« 鎌田慧・聞き手:出河雅彦『声なき人々の戦後史』(上・下) | トップページ | 差し引き分は法定休日労働に限る »

2017年6月30日 (金)

『若者と労働』第6刷

Chuko拙著『若者と労働』に第6刷がかかることになりました。2013年に刊行して以来ほぼ4年ですが、この間着実にロングセラーとして読み継がれていることになり、改めて読者の皆様に感謝申し上げます。

改めてそのまえがきから

 若者の労働問題は何重にもねじれた議論の中でもみくちゃになっています。
 一方には、日本の労働社会では中高年が既得権にしがみついているために若者が失業や非正規労働を強いられ、不利益を被っていると糾弾する議論があります。他方には、近頃の若者は正社員として就職しようとせず、いつまでもフリーターとしてぶらぶらしているのがけしからんと非難する議論があります。現実社会の有り様をきちんと分析することなく情緒的な議論で世の中を斬りたがる人々が多いことの現れなのでしょうが、いつまでもそのような感情論でのみ若者の労働が語られ続けること自体が、この問題をきちんと位置づけ、正しい政策対応を試みる上での障害となる危険性があります。
 本書は、今日の若者労働問題を的確に分析するために、日本型雇用システムやそれと密接に結びついた教育システムの本質についてかなり詳細な議論を展開し、それを踏まえて若者雇用問題とそれに対する政策の推移を概観し、今後に向けた処方箋の提示を行います。
 そのポイントをごくかいつまんで述べれば、まず第一に、仕事に人をはりつける欧米のジョブ型労働社会ではスキルの乏しい若者に雇用問題が集中するのに対して、人に仕事をはりつける日本のメンバーシップ型労働社会では若者雇用問題はほとんど存在しなかったこと、第二にしかし、一九九〇年代以降「正社員」の枠が縮小する中でそこから排除された若者に矛盾が集中し、彼らが年長フリーターとなりつつあった二〇〇〇年代半ばになってようやく若者雇用政策が始まったこと、第三に、近年には正社員になれた若者にもブラック企業現象という形で矛盾が拡大しつつあること、となります。これらは、メンバーシップ型社会の感覚を色濃く残しながら都合よく局部的にジョブ型社会の論理を持ち込むことによって、かつてのメンバーシップ型社会でも欧米のジョブ型社会でもあり得ないような矛盾が生じているものと見ることができるでしょう。
 これに対して本書が提示する処方箋は、中長期的にはジョブ型労働社会への移行を展望しつつ、当面の政策としては正社員と非正規労働者の間に「ジョブ型正社員」という第三の雇用類型を確立していくことにあります。
 分かりやすく攻撃対象を指し示すようなたぐいの議論に慣れた方には、いかにも迂遠で持って回った議論の展開に見えるかも知れませんが、今日の日本に必要なのは何よりもまず落ち着いて雇用システムや教育システムの実態をきちんと認識し、一歩一歩漸進的にシステムを改革していくことであるとすれば、本書のような議論にもそれなりの意味があるのではないかと思われます。

これまでにいただいた各種書評はこちらにまとめてあります。

http://hamachan.on.coocan.jp/chukobookreview.html

|
|

« 鎌田慧・聞き手:出河雅彦『声なき人々の戦後史』(上・下) | トップページ | 差し引き分は法定休日労働に限る »

若者と労働」カテゴリの記事

コメント

講談社ラクレ新書「若者と労働」...。発売直後、本書を読み終えた後のショックは今も忘れられませんね〜。あー、とうとうやっちゃった、この人、日本企業の実態を、身も蓋もない「本当のこと」を、こんなにきっちりと明瞭に描いてしまった、と...。

最近ツラツラと考えるのですが…、古来より近代までの永き時代の中、わが国ニッポンでは実はジョブ型こそデフォルト、基本形だったのではないかと…。封建時代のマジョリティ職種である農民を筆頭に、商人や職人あるいは漁師やマタギのような世襲の職業は「メンバーシップ型」ではありえませんから。女中も芸能人も棋士も力士もみな専門職ですよね。

そもそもジョブすなわち職業というものは本来、石版を書き換えるように一生の内に一人の人間がそんなに易々とあれこれ変えられるものではありません。すると、現代ニッポンの労働者を特徴づけるとされるメンバーシップ型とは、わが国の奇跡的な戦後復興経済のある一定条件下で偶然生み出された一種のメタモルフォーゼ、歴史的な奇形ではないかとさえ思えるのです。同時代の高等教育の大衆化、全入化の潮流と相まって、学校教育を終えた若者たちを出来るだけ多く労働社会の入り口へスムーズに適合させていく発明品としての新卒大量採用あるいはシューカツ。

多くの方が指摘されているとおり、明らかに現行のメンバーシップ型社会契約の最大の利点はその学校教育と会社員とのシームレスな接合面(毎年100万人の黒装束の社会階層大移動)にこそ存在します。すると、メンバーシップの課題はそこから先、つまり会社に入った後の職業人生、これをいかに主体的かつ自律的に専門性を高めながらプロとして個々人が持続的に成長出来るかということでしょう。

そこで、仮にメンバーシップ型の日本企業が部分的にもジョブ型を導入していく場合、いわゆる限定社員のように正社員よりも狭いジョブスコープとして補完的に導入することに加えて、やはりマネジャー職や専門職などの本チャンのポジションにもスペックを定めて優秀な社外人材も登用できるよう、均質的なメンバーシップ型組織から明確にジョブ(ポジション)を切り崩して提示していくことが望ましいと思います。

その時、日本企業の得意だった「人事異動」「配置転換」「転勤」たる人事慣行ですが、これまでのように人事部(会社)が関係部門と調整して本人同意なしに一方的に決めるのではなく、社内外の公募(オープンポジション)により社内外労働市場から人材を引き抜いて是々非々でアサイン(採用)すればよいのです。つまり、社内ポジションをめぐるルールの見える競争、可視化された選考プロセスですね。

そりゃ、人材を引き抜かれた部門や企業があまりにも可哀想だとか非情すぎるなどという印象を受けるかもしれませんが、そうしたらそうと割り切って新しい人を社内外から探していけばよいのです。なぜなら、本人が納得できる仕事、ジョブで働いて貰うことが本人にとっても会社にとっても一番望ましいわけですから。

今も昔もお役所や日本企業の「社内競争」は熾烈かと思います。が、それを軽減できるとまでは言えません。しかしながら、「ジョブ」の概念なり仕組みを一部導入することで「競争のカタチ」がより健全な方向に変わっていくように思えるのです。

投稿: 海上周也 | 2017年6月30日 (金) 22時28分

「講談社ラクレ新書」ではなくて「中公新書ラクレ」ですね。

残念ながら講談社さんからはお声がかかったことがありません。

投稿: hamachan | 2017年7月 1日 (土) 15時25分

Hamachan先生他、出版社の皆さま大変失礼しました。(勝手にまた新しい新書本シリーズを作ってしまう所でした...。)

投稿: 海上周也 | 2017年7月 1日 (土) 15時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/3288/71008102

この記事へのトラックバック一覧です: 『若者と労働』第6刷:

« 鎌田慧・聞き手:出河雅彦『声なき人々の戦後史』(上・下) | トップページ | 差し引き分は法定休日労働に限る »