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2017年6月30日 (金)

差し引き分は法定休日労働に限る

ややトリビア気味ですが、もしかしたら世の中の多くの人はわかっていないことなのかも知れないという気がしてきて、念のためにエントリを書いています。

例の働き方改革で時間外労働の上限規制が導入されたことについていろいろ議論がありますが、一つの重要なポイントとして原則の1月45時間、年360時間、例外の年720時間(月平均60時間)は休日労働を含まないネットの時間外労働であるのに対して、2-6か月平均で80時間、単月で100時間未満の方は休日労働を含むという不整合があるという点です。

これは今までの政策のいきさつに由来するものですが、その結果として年間の時間外・休日労働の上限は実際には960時間になるという批判があります。たとえば、弁護士の佐々木亮さんがこういう記事を書かれています。

https://news.yahoo.co.jp/byline/sasakiryo/20170608-00071868/(残業時間規制は、結局どうなったのか?)

ここで書かれていることは、それ自体としては必ずしも間違いではないのですが、もしかしたら読者が誤解してしまうかも知れないという点があります。

それは、45時間超は6か月までという条件のもとで、こういうやり方ができるとして佐々木さんが示している例なのですが、

1月 80時間(時間外75+休日5)
2月 80時間(時間外75+休日5)
3月 80時間(時間外75+休日5)
4月 80時間(時間外75+休日5)
5月 80時間(時間外75+休日5)
6月 80時間(時間外75+休日5)
7月 80時間(時間外45+休日35)
8月 80時間(時間外45+休日35)
9月 80時間(時間外45+休日35)
10月 80時間(時間外45+休日35)
11月 80時間(時間外45+休日35)
12月 80時間(時間外45+休日35)

これは確かに全ての条件を充たしており、かつ年間合計は960時間になるのですが、このうち後半の半年で課される時間外労働は月45時間までだが休日労働は月35時間までできるというのは、もちろんやろうとすれば可能ですが実はかなり難しいはずです。

というのは、ここでいう休日労働とは労働基準法で定める週1回の法定休日における労働のみを指し、通常もう1日ある法定外休日(多くの場合土曜日)の労働は含まれないからです。

つまり、上記例でいうと、7月から12月までは、平日平均2時間ずつ時間外労働しても土曜出勤は厳禁で、その代わりに日曜日は毎週フルに、いや月に日曜が4回しかない月には9時間近く働かないとこれを達成できないことになります。

「時間外45」でありながら「休日35」というのはそういうことのはずです。そして佐々木さんは当然それをわかった上でこれを書かれていると思うのですが、もしかしたら読者の中にはそれを理解してない方もいるのではないかというがしてきました。

一般人が誤解する分にはまだいいのですが、企業の人事担当者がこれを理解してなくて、ああ、平日の残業は45時間までだけど、土日出勤で月35時間までこなせばいいんだな、とか思ったりすると、その土曜出勤分が時間外の制限を超えてしまっていて、あとから実は労基法違反でしたということになりかねません。

これ、実は労働基準法施行規則様式第9号自体も、大変ミスリーディングというか、誤解を招きかねない書き方になっていて、

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どういうわけだか、わざわざ所定休日を書かせた上で、「労働させることができる休日並びに始業及び終業の時刻」を記入することになっています。

いやもちろんこの様式の下の方にはちゃんと、「4 「労働させることができる休日並びに始業及び終業の時刻」の欄には、労働基準法第35条の規定による休日であつて労働させることができる日並びに当該休日の労働の始業及び終業の時刻を記入すること。」と、わかっている人であれば誤解しようのない注釈が付いているのですけれども、この「労働基準法第35条の規定による休日」が週1回の法定休日であり、通常土曜日のような法定外休日を含まないとわかっている人がどれくらいいるのかな、と。

あんまり誰も指摘していない話ですが、そして確かにトリビアといえばトリビアな話ではあるんですが、もしかしたら法施行後にあちこちで爆弾が破裂し始めるかも知れない危険性がもしかしたら潜んでいるかも知れない話でもあります。

(追記)

上記の書き方は、もしかしたら誤解を招いたかも知れないので念のため追記しておきます。

労働行政は何でこんな訳のわからない様式を作ったんだと、もし思った人がいれば、それは間違いです。何故なら、この様式が作られた時には、これは全然おかしくなかったからです。

それは終戦直後の時期、労働基準法が1947年に制定され、その翌年の1948年に施行されるときに作られたのが労働基準法施行規則であり、諸様式であったわけです。

で、ご案内の通り、その時の労働基準法は1日8時間、1週48時間でした。そして休日はいまと同じ週1回(4週4休)でした。8×(7-1)=48で、計算はぴたりと一致します。

なので、上記様式の趣旨は、「所定休日」の欄には、その週1回の休日が何曜日なのか、日曜日なのか月曜日なのか・・・を記入させ、その法定休日=所定休日に休日労働させる場合の始業・終業時刻をその右の欄に記入させようというものだったわけです。

もちろん、土曜日半ドンの会社もあったわけですが、その場合でもその半ドン後の残業は時間外労働以外の何物でもなく、休日労働ではあり得ないわけです。

ね、全然おかしくないでしょう。

ところが、その後週休二日制の会社が徐々に増大していき、1987年労基法改正で法律上も1日8時間、週40時間になります(実際には時間がかかる)。でも休日の規定は週1日のままです。

その結果、極めて多くの会社にとって、「所定休日」の欄にはたとえば土曜日と日曜日と二日分を記入しないといけないのに、その右横の欄には、そのうち日曜日に法定休日労働をさせるときの始業・終業時刻だけを書かなければいけないという仕儀に立ち至ったわけです。ああ、めんどくさい。

ここまで誤解を招きかねない様式はどこかの段階で見直した方がよかったのではないかという気もするのですが、おそらく様式なんていうのは『労働総覧』にも『労働法全書』にも載っておらず、現場の監督官にとってはおなじみでも、政策担当者にとってはそれもルールの一環であると認識されにくい存在であったことが、ここまで終戦直後のままにされてきたことの背景ではないかと考えられます。

でもそれが原因でトラブルが起こる恐れがもしあるのであれば、そろそろ見直してみてもいいような気がしないでもありません。

(再追記)

上で「あんまり誰も指摘していない話ですが」と書きましたが、いやいや労務屋さんは働き方改革実行計画が出てすぐの時点でちゃんと指摘しておられました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20170321#p1 (「100時間」について)

(なお追記)

朝日の澤路さん呟きて曰く

https://twitter.com/sawaji1965/status/881023102183849984

この件、もちろん、休日労働は法定休日だということを承知した上で、記者レクで「理論上、毎月80時間は可能か?」とたずねたのです。そうしたら「理論上は可能である」という事務局の返答があったわけです。差し引き分は法定休日労働に限る

https://twitter.com/sawaji1965/status/881025334228926464

その際、事務局からは「割増率が違うから、簡単には休日労働には流れない」という説明がありました。一方で、ある大手の組合幹部からは「労使間で法定休日と法定外休日の割増率を揃えているから、割増率の違いは防波堤にはならない」という話も聞きました。実態はどうなんでしょう?

いやもちろん、弁護士や社労士、それに澤路さんのような本格的な労働記者であれば当然「承知」している話ですが、世の中はそういう人ばかりではないということが言いたいわけです。

事務局の返答は、残業を残業代だけで考える癖が抜けていなかったということでしょうが、実際は上述のように、土曜出勤を厳禁して毎日曜日9時間近く働かせるのはかなり無理があるということでしょう。

それより本エントリの趣旨は、終戦直後から殆ど変わっていない労働基準法施行規則の様式が、現実の姿と乖離してしまっており、様式に沿って素直に書いていくと、所定休日の労働も「休日労働」だと勘違いしてしまいかねない危険性があるんじゃないかということでした。

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