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2017年6月 9日 (金)

『POSSE』35号その2

Hyoshi35_2昨日のエントリ

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/posse-e383.html

に対して、今野さんから

https://twitter.com/konno_haruki/status/872757373990981633

濵口桂一朗(ママ)さんが紹介してくれました。しかし…完全に坂倉のアイドルネタに独占されてしまいました…。うれしいやら悲しいやら。。

とお怒りのツイートをいただきましたので、別ネタを。

ただ、特集の「働き方改革」はわたしの持ちネタで、今まさに東大公共政策大学院の講義でいろいろ最先端の話を喋っているところなので(今週労働時間、来週賃金、再来週労働契約)、特集記事ではあるけれども政策論よりはすこし本質論に踏み込んだ木下武男さんのこれについて、

日本社会の危機と政府諸改革の無策 木下武男(労働社会学者(元昭和女子大学教授))

木下さんはこの論文で、「働き方」としての日本型雇用システムのさらに根っこにある「暮らし方」としての日本型「福祉」システムのイデオロギーが形成された1970年代後半に着目しています。そのマニフェストに当たるのが1979年の自民党『日本型福祉社会』で、生活保障をまず「個人が所属する家庭」、次に「個人が所属する企業」、そして第3に「市場を通じて利用できる各種のリスク対処システム」で、最後になってようやく「国が用意する社会保障制度」が出てくるという枠組です。

雇用システム論としては、この2番目に頼るというところに日本の特色を見出し、2,3,4番目の相互関係に着目して論じていくわけですが、1番目の家族扶養システムへの依存というところの重要性に着目しているところは、女性労働論などでは繰り返し指摘されている話ではありますが、こうして整理されると頭がすっきりします。

で、実はこれだけではなくて、この『POSSE』35号の面白いところは、この話が脳裏に残ったまま後ろの方を読み進んでいくと、渡辺寛人さんの

生を否定するバッシングの登場 渡辺寛人(NPO法人POSSE事務局長)

で、再びそれにお目にかかることになるという仕掛けになっていることです。この記事は、それに続く

若者の貧困のリアル vol.9 「中絶」を迫る生活保護行政 貧困女性に子どもを「産む権利」はないのか? 本誌編集部

でも取り上げられているYahooニュースの記事に寄せられたコメント(いわゆる「ヤフコメ」って奴ですな)を言説分析したものですが、そのヤフコメのバッシングの背後にある自己責任論が、家族責任を強調し、権利の制限、ひいては生の否定に至るものであることを示しつつ、そうしたバッシングを引き起こすイデオロギー装置として、「日本型福祉社会」を引っ張りだし、日本型福祉社会のなれの果てとしての現在がある、と結論づけています。

約100ページを隔てて別の記事が呼応し合っているようで、なかなか面白かったです。

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