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« 福田耕治編著『EU・欧州統合研究[改訂版]』 | トップページ | 明治大学現代中国研究所日中雇用・労使関係シンポジウム »

2017年4月18日 (火)

玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』

24070そのものズバリ、聞きたいことをそのままタイトルにした本です。曰く:人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか?

https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766424072/

“最大の謎”の解明に挑む!

働き手にとって最重要な関心事である所得アップが実現しないのは、なぜ?
22名の気鋭が、現代日本の労働市場の構造を、驚きと納得の視点から明らかに。
▼企業業績は回復し人手不足の状態なのに賃金が思ったほど上がらないのはなぜか? この問題に対して22名の気鋭の労働経済学者、エコノミストらが一堂に会し、多方面から議論する読み応え十分な経済学アンソロジー。
▼各章は論点を「労働需給」「行動」「制度」「規制」「正規雇用」「能力開発」「年齢」の七つの切り口のどれか(複数もあり)を中心に展開。読者はこの章が何を中心に論議しているのかが一目瞭然に理解できる、わかりやすい構成となっている。
▼編者の玄田教授はまず、本テーマがなぜいまの日本において重要か、という「問いの背景」を説明し、各章へと導く。最後に執筆者一同がどのような議論を展開したかを総括で解題する。
▼労働経済学のほか、経営学、社会学、マクロ経済、国際経済の専門家や、厚生労働省、総務省統計局、日銀のエコノミストなど多彩な顔ぶれによる多面的な解釈は、まさに現代日本の労働市場が置かれているさまを記録としてとどめる役割も果たしている。

詳細な目次はこちらにありますので、ご参考までに。

玄田さんの編集なので経済学者がやや多いですが、人事労務管理論の人、労使関係論の人、社会学の人など、それぞれの切り口の違いが面白いです。

経済学系の議論ではやはり、第5章(山本、黒田)や第14章(加藤)が論じている賃金の上方硬直性の原因論が面白いです。

えっ?上方硬直性?そう、景気が悪くなっても賃金が下がらない現象を下方硬直性と呼ぶならば、景気がよくなっても賃金が上がらない現象は上方硬直性ですね。

その原因を、これら論文は下方硬直性にあるといいます。えっ?何のこと?

細かい議論は第14章でされていますが、第5章での表現を使えば、

・・・過去の不況期に賃下げに苦慮した企業ほど、景気回復期に賃上げを控える傾向にある可能性、すなわち「名目賃金の上方硬直性」は「名目賃金の下方硬直性」によってもたらされている可能性があることを指摘する。

という議論です。ちょっとアクロバティックな感じをかもしつつきっちりと経済学的な議論になっていて、とても面白いです。

一方、人事労務管理や労使関係の専門家がこの問題に取り組むと違った側面が見えてきます。

第6章(梅崎)は人材育成力の低下による「分厚い中間層」の崩壊が原因なんだと説きます。企業から見たら、人手不足だけれど本当に欲しい人材がいないからだと。

あるいは、JILPTの西村さんの第13章は、前に本ブログでも若干紹介しましたが、賃金表が変わってきて、積み上げ型からゾーン別昇給表になってきたため、ベースアップしてもそれが後に効果として残っていかなくなっているということを指摘します。

そして社会学の立場から第15章(有田)は、日本の非正規雇用が身分制が強く、生活保障の必要性が正社員との格差の正当化理由だったのに、能力という別の正当化ロジックで都合のよい使い分けがされてきたといいます。これについても、有田さんの本を紹介した時にやや詳しく紹介しました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-8659.html(有田伸『就業機会と報酬格差の社会学』)

事実認識として結構衝撃的なのは、第4章(黒田)が示す、就職氷河期世代が見事に低賃金のまま今に至ってきているというデータでしょう。

2010年から2015年にきま給の変化を学歴別年齢階層別に見ると、高卒と高専短大卒で35-39歳層、大学大学院卒で35-39歳層ととりわけ40-45歳層でぐっと落ち込んでいるのです。これはつまり上のコーホートよりも低賃金になったということで、就職氷河期世代が被った「傷痕」効果は極めて大きなものであったことが分かります。

ちなみに、この黒田さんの論文は連合総研が昨年11月に出した『就職氷河期世代の経済・社会への影響と対策に関する研究委員会報告書』の黒田論文のサマリーになっていて、そちらから、グラフを引用しておきますね。

http://www.rengo-soken.or.jp/report_db/file/1478760813_a.pdf

Diodio

他の論文もそれぞれに興味深い議論を展開しています。この問題に関心のある人々にとっては「買い」でしょう。

基本データ 人手不足と賃金停滞   玄田有史・深井太洋

 序  問いの背景   玄田有史

第1章 人手不足なのに賃金が上がらない三つの理由   近藤絢子
 ポイント 【規制】 【需給】 【行動】
  1 求人増加の異なる背景
  2 医療・福祉:介護報酬制度による介護職の賃金抑制
  3 「人手不足イコール労働力に対する超過需要」ではない可能性
  4 名目賃金の下方硬直性の裏返し
  5 複合的な要因解明が必要

第2章 賃上げについての経営側の考えとその背景   小倉一哉
 ポイント 【制度】
  1 賃上げ率と賞与・一時金の動向
  2 経団連の主張と主な特徴
  3 成果主義の普及
  4 経営環境の変化
  5 今後も不透明は漂う

第3章 規制を緩和しても賃金は上がらない
――バス運転手の事例から   阿部正浩
 ポイント 【規制】 【制度】
  1 バス需要の増加と深刻な運転手の人手不足問題
  2 バス運転手の仕事と労働市場の特徴
  3 バス運転手の賃金構造の変化
  4 なぜ賃金水準は下がったのか
  5 バス運転手の労働市場の問題か

第4章 今も続いている就職氷河期の影響   黒田啓太
 ポイント 【年齢】 【正規】 【能開】
  1 「就職氷河期世代」への注目
  2 同一年齢で見る世代間賃金格差
  (1) 学歴別・性別によるちがい
  (2) 雇用形態別の給与額
  (3) 給与額増減の要因分解
  (4) 「就職氷河期世代」の労働者数に占める割合について
  3 「就職氷河期世代」の賃金が低い理由
  4 氷河期世代の悲劇

第5章 給与の下方硬直性がもたらす上方硬直性   山本 勲・黒田祥子
 ポイント 【行動】
  1 下方硬直性によって生じ得る名目賃金の上方硬直性
  2 名目賃金の下方硬直性が生じる理由とエビデンス
  3 企業のパネルデータを用いた検証
  (1) 利用するデータと検証方法
  (2) 過去の賃金カットと賃上げの状況
  (3) 名目賃金の下方硬直性と上方硬直性の関係
  4 日本の賃金変動の特徴と政策的な含意

第6章 人材育成力の低下による「分厚い中間層」の崩壊   梅崎 修
 ポイント 【制度】 【能開】
  1 「欲しい人材」と「働きたい人材」のズレ
  2 「分厚い中間層」の崩壊
  3 New Deal at Workのジレンマ
  4 企業内OJTの衰退
  (1) 長期競争よりも短期競争
  (2) 経験の場の消失
  5 解決策は実現可能な希望なのか

第7章 人手不足と賃金停滞の並存は経済理論で説明できる   川口大司・原ひろみ
 ポイント 【正規】 【需給】 【能開】
  1 問題意識――パズルは存在するか
  2 企業の賃金改定の状況とその理由
  3 労働者の構成変化が平均賃金に与える影響
  4 女性・高齢者による弾力的な労働供給
  5 労働供給構造の転換点と賃金上昇
  6 賃金が上昇する経済環境を整えるために――人的資本投資の強化

第8章 サーチ=マッチング・モデルと行動経済学から考える賃金停滞   佐々木勝
 ポイント 【需給】 【行動】
  1 日本だけの問題なのか
  2 標準モデルから予想できること
  3 モデルは循環的特性を再現できるか
  4 なぜ賃金調整は硬直的なのか
  5 賃金硬直性の帰結と背景

第9章 家計調査等から探る賃金低迷の理由――企業負担の増大   大島敬士・佐藤朋彦
 ポイント 【年齢】 【正規】 【制度】
  1 世帯の側からの視点
  2 世帯主の勤め先収入
  3 世帯主の年齢分布
  4 高齢化・非正規化の影響
  5 増加する賃金以外の雇主負担
  (1) 上昇する社会保険料率
  (2) 非消費支出比率の上昇
  (3) 世帯主の勤め先収入
  (4) 1人あたり雇主の社会負担
  6 社会保険料率等の引き上げの影響

第10章 国際競争がサービス業の賃金を抑えたのか   塩路悦朗
 ポイント 【規制】 【需給】
  1 高齢化社会と「あり得たはずのもう一つの現実」
  2 パズルは本当にパズルなのか――国際競争に注目する理由
  3 イベント分析の対象としてのリーマン・ショック
  4 検証1:求職者は対人サービス部門に押し寄せたか
  5 検証2:求職者の波に対人サービス賃金は反応したか
  6 検証結果のまとめ
  7 労働市場で何が起きているのか? 図解
  8 今後の課題:なぜ対人サービス賃金は硬直的なのか

第11章 賃金が上がらないのは複合的な要因による   太田聰一
 ポイント 【正規】 【需給】 【年齢】
  1 原因は一つではない
  2 非正規雇用者の増大
  3 賃金版フィリップス曲線から
  4 誰の賃金が上がっていないのか
  5 議論――「世代リスク」にどう対処するか

第12章 マクロ経済からみる労働需給と賃金の関係   中井雅之
 ポイント 【需給】 【正規】
  1 日本的雇用慣行の特徴から労働需給と賃金の関係を考える
  2 労働需給と賃金は必ずしも連動しない
  3 需給変動と内部・外部労働市場
  4 雇用の非正規化と一般の時間あたり賃金の動向
  5 労働市場の課題と労働政策

第13章 賃金表の変化から考える賃金が上がりにくい理由   西村 純
 ポイント 【制度】
  1 賃金の決まり方
  (1) 賃金表
  (2) 三つの要素
  2 昇給の仕組み(三つの方法)
  3 昇給額決定の実際
  (1) 「積み上げ型」の賃金表
  (2) 「ゾーン別昇給表」の登場
  (3) ベースアップ
  (4)賃金表変化の背景
  4 賃金を上げるために

第14章 非正規増加と賃金下方硬直の影響についての理論的考察   加藤 涼
 ポイント 【正規】 【年齢】 【行動】
  1 なぜ賃金は上がりにくくなったのか――問題の所在
  2 賃金が硬直的な下での正規・非正規の二部門モデル
  3 賃金の下方硬直性と上方硬直性
  4 人的資本への過少投資と賃金の上方硬直性

第15章 社会学から考える非正規雇用の低賃金とその変容   有田 伸
 ポイント 【正規】
  1 社会学と国際比較の視点から
  2 日本の非正規雇用とは何か
  (1) 正規/非正規雇用間の賃金格差
  (2) 賃金格差の強い「標準性」
  (3) 非正規雇用の補捉方法の特徴
  3 なぜ日本の非正規雇用の賃金は低いのか
  (1) 格差の正当化ロジックへの着目
  (2) 企業による生活保障システムと格差の正当化
  (3) もう一つの正当化ロジックと都合のよい使い分け
  4 非正規雇用の静かな変容
  5 なぜ賃金が上がらないのか――非正規雇用に着目して考える

第16章 賃金は本当に上がっていないのか――疑似パネルによる検証   上野有子・神林龍
 ポイント 【需給】 【年齢】
  1 上がらない賃金?
  2 賃金センサス疑似パネルからみた名目賃金変化率
  3 賃金総額の変化の分解
  4 結論――上がらない賃金と人手不足傾向の解釈

結び 総括――人手不足期に賃金が上がらなかった理由   玄田有史

あとがき

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コメント

>日本の非正規雇用が身分制が強く、生活保障の必要性が正社員との格差の正当化理由だったのに、能力という別の正当化ロジックで都合のよい使い分けがされてきた

実際のところ、非正規という身分を搾取しなければ、政府が小さく社会保障の貧しい日本では正社員の生活保障ができないですよね。この状況でおいそれと非正規の賃金を上げようとはしないでしょう。

日本がこんなに停滞しているのは、家父長制と身分制という類型の間で中途半端な状況に陥っているせいでしょう。家父長制は必ずしも上位者の恣意的支配を意味しない。むしろ共同体の仲間全体のための支配であり、仲間に対する庇護義務を負う。日本型雇用におけるメンバーシップ制はそのようなものだ。ただそのメンバーシップは成年男性にのみ開かれたものであり、フェミニズムから見ればホモソーシャルな支配だ。これに対して欧米は階級社会であって身分制原理が強い。

高度成長が終焉し、日本型雇用が崩壊過程に入ると、正社員の生活保障を維持するために身分制原理によって搾取する対象が必要になった。それが非正規雇用の増大という現象につながった。家父長制的な生活保障を維持するために身分制的要素を取り入れるというグロテスクな形になっている。

この状況から抜け出すには政府規模を拡大させて国が直接生活保障を行うしかない。しかし90年代以降新自由主義が台頭し、小さな政府路線という真逆の方向に動いた。これでは身分に基づく搾取を強化せざるをえない。その犠牲になったのが氷河期世代でしょう。

確かに高度成長が終焉して日本型雇用は維持できなくなり、そこからの脱却は必要だった。しかし小さな政府・構造改革という路線はむしろ事態をこじらせ、社会の停滞を招いただけだった。

この状況を打破するために必要な政府規模の拡大は、しかし家父長制を衰退させ、身分制的要素を強めることになるでしょう。それは欧米や戦前の日本のような階級社会化であり、抵抗は大きいでしょう。

まあ、運輸・介護などの分野で賃金が上がらない様を「低賃金カルテル」っていうのは、もちろん競合同士の話し合いでそうなってないにしても、言い得て妙だな。と思いましたが、どうも事態はより複雑な様で。

タイトルだけでアホらしくて読む気すらおきませんでした。
詳細を長々とご苦労様です。
読んでからものもうせ。が基本ではありますがあえて言わせてもらいます。
人手不足なんじゃないです。安い人手が不足しているだけです。800円のハンバーガーが100円で食べれる。600円の牛丼が300円で食べれる。そんな時代です。裏を返せば経費も半減です。当然人件費も下がります。賃金安いから働きたくない。けど消費は安いのがいい。と言う人の我儘の結果。単に負のスパイラルに入っているだけのはなし。
自給1万円のコンビニバイトだったら人気殺到ですよ???
で、そのコンビニはそれだけの利益を出せますか?ってだけ間話。
賃金が上がるかどうかは、人手が足りてるかどうかではなく、儲かっているかどうかの話。
このタイトルは根本から間違っている

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