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2017年4月29日 (土)

宮前忠夫『企業別組合は日本の「トロイの木馬」』

9784780716115 宮前忠夫さんより『企業別組合は日本の「トロイの木馬」』(本の泉社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://honnoizumi.co.jp/single/971/

日本の常識となっている「労働組合」という用語・概念も、「企業別組合」という組織形態も、財界と支配階級が労働者・国民を欺くために、贈り物を装って送り込んだ社会的偽装装置・「日本版トロイの木馬」であり、世界の非常識であることを歴史的・理論的に検証。この視座に立って、戦前・戦後の内外の議論を批判的に分析・総括し、21世紀日本における企業別組合体制克服をめざす様々な「蠢動」を紹介しつつ総合的戦略の構築を訴える。

ということですが、400ページを遥かに超える大冊は、日本の「企業別組合」の特殊性を論ずるにとどまらず、それが「財界と支配階級が労働者・国民を欺くために、贈り物を装って送り込んだ社会的偽装装置・「日本版トロイの木馬」」であることを論証しようと試みたものです。

第1章 「日本にはトレード・ユニオンがない」 ――問題の原点・「団結体としての(個人加盟、職業別・産業別を原則とする)労働者組合」

第2章「トレード・ユニオン」が「労働組合」になるまで

第3章 企業別組合は誰が、どのように創り出したのか ――日本版「トロイの木馬」(その1) 第二次世界大戦期まで

第4章 企業別組合は誰が、どのように創り出したのか ――日本版「トロイの木馬」(その 2) 第二次世界大戦直後の法制化と法認

第5章 米欧主要国の団結権と労働者組合 ――世界の常識と「企業別組合」

第6章 外国から見た日本の「労働組合」とその実体としての「企業別組合」

第7章 「企業別組合」をめぐる21世紀の闘い(1) ――今日の「企業別組合」論

8章 「企業別組合」をめぐる21世紀の闘い(2)――新たな対応の開始

付録編 日本の「労働組合」運動に関する訳語・誤訳・不適訳問題

しかしながら、率直に言って、その論証は成功しているようには見えません。

いや、日本人が常識に思っていることが世界では常識じゃないことを縷々説明しているところは、いろいろなトリビア的な情報も交えつつ、とても面白く読めますし、役に立ちます。

問題は、終戦直後の政治過程、立法過程において、日本の支配層が意図的に企業別組合化を図ったと「論証」しようとしているところです。

宮前さんが一生懸命引用しているのは、賀来才二郎、松崎芳伸、飼手眞吾といった、占領下で労働法制の作成に携わった労働官僚たちの証言です。

彼らは異口同音に、宮前さんの基本認識と同様のことを述べています。日本の企業別組合がいかに特殊であるかを。だから引用しているんでしょうが、だとすると、その彼らが意図的に企業別組合化を図って、まさに成功したと主張していることになります。おかしいと思わないのでしょうか。

実はこのあたりは、私にとっても『労働法政策』を書く時にかなり詳しく調べたところですし、古くは遠藤公嗣さんの研究、近年は渡辺章先生らの共同研究で相当に詳しく明らかにされてきている分野ですが、GHQからアメリカ型の交渉単位制を入れろといわれて、よくわからないまま一生懸命そういう条文を作って検討していたところ、今度はGHQがいきなりそれを引っ込めたので労働省ははしごを外されたというのが大まかないきさつです。

宮前さんはこういう言い方をしていますが、これはどう考えても事実に反しています。

GHQ当局は「改正」に際して、企業別組合(日本型会社組合)を排除して、アメリカ型の交渉単位制を取り入れるように指示しましたが、日本の財界と政府当局は、この「全面改正」(49年法の制定)の過程においても、巧妙・狡猾な策を弄し、GHQ側の隙を突いて、ついに介入・指示を突破し、新「労働組合法」においても「企業別組合」の法認を確保したのです。・・・

もしほんとにそうだというのなら、財界は交渉単位制の導入に猛反対し、労働側は断固として支持していたはずですが、もちろんそういう事実はありません。

4623040720 も一ついうと、宮前さんはまったく言及していませんが、1949年改正の後、1952年改正の時も、賀来才二郎局長率いる労働省労政局は、(もはや占領軍の指示はなくなっていたにもかかわらず、自分たちの信念で)交渉単位制の導入を目指して労政局試案を公表しましたが、殆ど支持するものはなく、失敗に終わっています。詳しくは拙著『労働法政策』等を参照のこと。

これに限らず、宮前さんはほんとに細かな歴史的事実をいろんなところから発掘してきて、一つ一つはなかなか面白いのですが、それをはめ込んで作り上げようとする全体の絵図があまりにも歪んでしまっている感があります。

おそらく宮前さんは、企業別組合が本来の労働組合とは異なるものであり、それが諸悪の根源であるという、それ自体は十分成り立つ議論を、とりわけ自分が属する左翼運動の人々に訴えるという目的のために、それをもっぱら財界と政府当局というそもそもアプリオリに悪である(と、少なくとも思想的同志の間では論証抜きに通用する)連中の陰謀であることにして、説得しようとしているのではないかと思います。

実は本書の相当部分、多分半分近くは、戸木田嘉久氏ら主として共産党系といわれる研究者の議論に反駁することに費やされています。彼らが企業別組合という形態に容認的であるのを批判しているのです。

そのため、企業別組合を擁護するのは右派なんだという議論を一生懸命しているのですが、実は宮前さんが示している資料自体がそれを裏切っています。これもまた日本の労働史の研究者にとっては常識に類しますが、終戦直後に産業別の組織化を図った(がうまくいかなかった)のは右派の総同盟であり、工場委員会中心に急速な拡大に成功したのが左派の産別会議でした。

宮前さんは右派が企業別主義であることの証明として、海員組合出身の和田春生が1967年(!)に書いた文章をひっぱってきているんですが、これはあまりにもご都合主義でしょう。まさか宮前さんは、海員組合が戦後日本における殆ど唯一の個人加盟の純粋産別組合(まさに「トレード・ユニオン」の名に値する唯一の組織)であり、ゼンセン同盟と並んで戦後日本で長期闘争を勝ち抜いた数少ない組合の一つであることを知らないわけではないはずですが。

その和田氏といえども、同盟幹部としては、現実に圧倒的大多数である企業別組合を否定できないわけで、それをもってきてあたかも海員組合が企業別組合主義の右代表であるかのような議論をするのは印象操作も度を超している感があります。

そういう議論になる理由はだいたい想像が付きます。

企業別組合か産業別組合かという軸と、労使協調的であるか階級的戦闘的であるかという軸とは、本来まったく異なるものであるのに、それをあえていっしょくたにしようとして、無理に無理を重ねることになっているのではないでしょうか。

日本の企業別組合なんかトレード・ユニオンじゃない、という議論は大いに根拠のある議論であり、それとして十分に展開することができます。

労使協調主義はけしからん、労働組み合いたるものすべからく階級的戦闘的であるべし、という議論も、近頃はあんまり流行りませんが、それはそれとして論理整合的に組み立てることのできる議論です。

この二つを組み合わせて、企業別組合はけしからん、労使協調主義もけしからんという主張をすることも、論理的に十分あり得る選択肢です。

しかし、まったく違う軸をわざとごっちゃにして、企業別組合=労使協調、産業別組合=階級的戦闘的、というのは明らかに事実に反します。その証拠は、この宮前さんの大部の本のここかしこに散乱しているというのが、実は一番の皮肉かも知れません。

ちなみに、戦後日本の企業別組合の源流の一つは戦前の工場委員会から産業報国会に連なる流れですが、もう一つ工場ソビエト運動もその源流であり、だからこそ宮前さんの思想的同志の人々の中に色濃く企業別組合主義が脈々と流れているのだと思っています。

単純な話ではないんです。

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コメント

 皆さん、今晩は。

 我が国の労働組合が企業別組合になってしまったのは、二村一夫氏が指摘されるように、我が国にはヨーロッパによくある同業組合(いわゆるギルド)がほとんど育たなかったことに原因があるように思えます。
 同業組合という勤務先外のつながりが弱いところでは、同じ勤務先の人間で団結するのが自然かもしれません。

 我が国で産業別組合を根付かせようとするのなら、日本商工会議所の労働組合版のような組織を法律で制定すると共に、勤務先単位の団結権を禁じたり団体交渉権を企業外労組にしか認めないようにしたりするくらいのことをしなければならないのかもしれませんが…。

>我が国にはヨーロッパによくある同業組合(いわゆるギルド)がほとんど育たなかった

みんな織田信長が悪いんや

すいません極論です。

宮前さんの本を読んでいないので何とも言えませんが、hamachanのここでの指摘は概ね首肯できるものと思います。企業や事業所別に基礎を置く労働者の組織(組合)はおしなべて御用組織であると断じるのは無理があるでしょう。労働者組織の性向がすべて組織対象とする労働者の範囲で決まるとするのは無理がある。なぜ日本では戦後の労働組合が企業別中心になったのかという点について、氏原正治郎氏ははっきり書いていなかったようですし、白井泰四郎氏の『企業別組合』もその成立史については数行しか触れていなかったように思います。その意味で遠藤さんや渡辺さんの研究は貴重ですね。
現在の企業別組合やその集合体としての企業連をつぶさにみれば、企業利益から自立した対等な労使関係の担い手としては完全に機能不全を起こしていると言ってよいでしょう。hamachanが「シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』からの教訓」(連合総研DIO 2014.1)で連合(や民主党)が、労使の賃金交渉への政治介入に対して、あたかも閉じられた企業内交渉に固執し、全国レベル交渉に警戒的な経営者団体のごとくに文句を付けている逆転現象と述べている事態も、企業から自立できない企業別ならぬ企業内組合にその原因を求めることができるでしょう。いまの企業別(内)組合は、1920年代にアメリカで猛威をふるい、ワグナー法では不当労働行為とされた会社組合と似たような性格だと言っても過言ではないかも知れません。ただし企業別組合が敗戦後から一貫してそういう体質であったとするのは明らかな錯誤です。hamachanも指摘しているように、戦前から活動していた総同盟の幹部(わたしの大先輩の総同盟金属も含めて)は産別運動志向であり、産別会議の方が職場生産点における労働力供給独占を基盤とした職場闘争で勢力を一定程度拡大したというのは歴史的事実です。
欧州型の産業別協定というのは強い武器にはなるが、経営協議会(独)や工場委員会(仏)のような事業所別の労働条件を交渉する組織との連携もまた不可欠だし、日本の企業別組織も1970年代前半までの総評全国金属などのように企業別供給独占を武器に経営者とまともに渡り合ってきたが、これも産業別統一闘争という枠組みで闘われていましたた。だから企業別交渉も産別の企業横断的闘争も相互補完的な、さらに相乗的な効果を期待すべきものだったと言えます。
今日欧州では産別機能が弱体化して企業別協約が幅を利かしているようだし、日本では職場組織が企業内化の傾向を強めています。こうした労働運動の後退局面は、組織が企業別だからというような単純な要因で生じているわけではないでしょう。それでは労働運動停滞の根因は何か。実はそれが明確になれば問題は半ば以上解決したようなものですが。

Hayachanさん、長大なコメントありがとうございます。

そう、ヨーロッパの悩みは企業の外では力がある労働組合がいざ企業の中では力がないことだったのであり、だからこそ法律の力で無理にでも労働者側に力を与えるような仕組みを作ってきたわけです。これはとりわけフランスに典型的です。

いっぽう、日本から見ていると気がつきにくいのですが、アメリカというのはヨーロッパとの対比でいうとその労働運動の企業別的性格こそが特徴的です。ワグナー法が導入した排他的交渉代表制とは、それに先立つ時代に広がっていた会社組合の枠組みをある程度使いながら、それを産業別組合を企業別交渉の主体とするための道具であったとも言えます。だから逆に広がりを持ち得ない。

おそらく宮前氏がわかっていないのは、このアメリカ労働法自体が持つアイロニカルな性格でしょう。だから交渉代表制と企業別組合を二律背反的に描き出して疑いを持たないのです。

企業・事業所レベルというミクロな場にしっかりと根ざしつつ、産業・全国レベルというマクロな場でも主体的に行動できる、ミクロマクロ縦断的な労働運動というのは、実際に実現するのはなかなか難しいのが先進国といえども現実の姿であって、シンプルマインデッドではうまくいかないということだと思います。

ふうむ、お二人の議論を総合すると、企業別組合か産業別組合かというのは決定的な要因ではないということになりますかね。ではなにが決定因か?

経営学者の工藤剛治は戦後日本の労使関係の特殊性の起源をGHQ改革によってもたらされた階級構造の変化に求めていますね。

戦後日本の階級構造と日本的経営
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/40116

財閥解体や農地解放によって大資本家のくびきから逃れた経営者層が戦後の民主化の流れで高揚した労働運動と結びつき、企業共同体が生まれたとする。工藤の議論を引用すると、

「戦後の労働組合の動きを確認しておこう。戦
後の短期間に無数に結成された日本の労働組合
は多様な起源をもっていたが,いずれも工場・
事業所別あるいは企業別の形態をとった。それ
らのなかに,組合など知らぬ一般労働者が経済
的困窮を解決するために急遽つくったものが多
数あったが,これは注目すべき事実である(大
河内,1950)。このことがもつ意味を藤田の工
場ソビエト論が語っている。
藤田(1970)によれば,本来の労働組合とは
「労働者の自発的集団であり,社会学的には誓
約集団である」。この短い定義のなかに彼の思
想が凝集されている。敗戦のような危機的状態
のもとでは新しい権力による工場組織が生まれ
ることがある。第1次大戦後のロシアやドイツ
における「工場ソビエト」がそれである。敗戦
時の日本も例外ではなかった。工場ソビエトは
緊急事態に際して従業員全員を一括組織するも
のであり,自発的誓約集団である労働組合とは
集団の性格が異なる。
工場ソビエトは日々の物質的な要求が通るよ
うになると役割を終える。ドイツでも資本主義
の復興とともに,工場ソビエトに代わって労働
組合が日常的な機能を発揮するようになった。
ワイマール体制は工場ソビエトを資本主義の枠
内における協調組織へと変形させ,経営労働者
協議会という懇談会組織へと移行させた。藤田
によれば,この経営労働者協議会に相当するも
のが日本の企業別組合であり,したがってそれ
とは別に真の労働組合が必要であったが,それ
は実現しなかった。
筆者は,日本の企業別組合は工場ソビエトと
労使協議会の融合型だと考える10)。そして企業別組合の定着は,単に工場ソビエト論だけでなく,「資本と経営の分離」という資本側の事情を加味して語るべきだと考える。「資本と経営の分離」と工場ソビエトの相互作用論である。戦後型経営者は所有に基づく管理者ではなく従業員内部から選抜・昇進した者であり,戦前からの工員・職員の間の身分差別撤廃に反対する理由はなかった。その一方で,GHQ の支持のもとで労働組合運動が勢いを増し,工場ソビエトとして従業員全員を一括組織する状況があった。こうして企業は資本所有者の支配から解放されると同時に,労働組合の基本的組織単位にもなった。労使双方は,従来までの支配者が去っていった企業を同一の母胎として向かいあったのである。」

資本と経営の分離は先進資本主義国に共通の現象であったが、GHQ改革によって日本は特殊な軌道を描くことになった。工藤の議論は説得的に感じますが、経営学畑の議論なのであまり労働研究では参照されないのでしょうか?

宮前の錯誤は「財界と支配階級が労働者・国民を欺くために」という一文に集約されているように感じますね。支配階級を大資本家ととらえるなら、そのような支配階級は戦後日本からは消失してしまったのだ。大資本家の支配から自由となった経営者と労働者の蜜月のうちに企業別組合が繁茂し、戦後日本の労働運動の在り方を規定してしまった。それはあくまで日本型雇用の枠内にとどまるものだった。

労働運動停滞の原因は、少なくとも日本では労働者の中流化でしょう。正確には労働者が日本型雇用のもとで誰でも中流になれる可能性が開かれたことだ。しかし高度成長が終焉し、その可能性は減少し続けている。中流意識のみが肥大化した。

日本の多くの労働者の地位を改善するのに必要なのは、実はこの日本型雇用における中流への可能性をいったん放棄することであるように思われる。もはや衰退したその可能性を捨てて、豊かさへの別の可能性を獲得することこそが未来を切り開く道なのだ。

しかし、人間は一度手に入れたものをそうやすやすと手放すことができるものではない。失われた夢にしがみつきながら、ゆでガエルになるしかないのだろうか。

 全国金属兵庫地本の柳田さんというお方が数年前に出版された『闘えなくなった企業別組合』という本でも、政労(右派)使三者一体となって企業別組合を推進するような労組法策定がこっそりと行われたという宮前さんと同じような陰謀論?まがいの主張が述べられていました。
 宮前さんがこの本を参考にしたのかどうかは分かりませんが、両者に共通して無理のある主張だろうと言わざるを得ないのは戦前の流れを汲む戦後右派、総同盟系が企業別組合主義者であったというところです。今までそういう議論は一度も目にしたことがありません。一般常識の水準からしても不可解です。左派の産別会議系がむしろ企業別組合主体の運動として飛躍し、戦前からの運動づくりにこだわった右派系はむしろそのことで出遅れてしまったというのが一般的に説明されていることではないでしょうか。通説と異なる議論をやるのはよいのですが、それがちゃんと検証されているわけでもないし、ずいぶんと乱暴な話です。
 企業別組合原罪論も陰謀論まがいになってきたのか、と驚かされてしまいますが、それにしても。企業別組合はダメだから産業別だ、最近はこれが職業別だとか業種別だとかにもなってきているようですが、こういう安直な議論の展開でよいのかどうか。戦後の労働争議史などを読むと、争議中の組合分裂など確かに企業別組合という組織構造の限界を感じさせられることが多いのは事実ですが、それでも闘争的な企業別組合が展開した職場での運動は使用者側にとって大きな脅威となり得たものでした。日本の現実が圧倒的に企業別組合主体の運動となっているのに、それを産別組合へ置き換えるべきだとただ主張するだけでは結局のところ何も前進できないだろうということは、この数十年で十分明らかにされてしまったと思われます。企業別組合を論じるには宮前さんのように諸悪の根元であるかのように主張するのではなく、もっと別のアプローチが必要なのではないかと思われます。

今本書を読んでいてイマイチすっきりしないのは宮前さんの企業別組合に対する捉え方ですね。企業別組合=会社組合=御用組合で海外(欧米)では労働組合として認められていない、というのが基本的な主張のように見えますが、p213をみるとあくまでもこれは従業員を組織する形態ないし方法で御用組合のような機能的意味合いと同じではない、とも説明しておりこの文脈であれば企業別組合でも労働組合たり得ると解釈できそうです。そもそも国家により労働基本権が法的に容認されているかどうかをもって、つがい組織が労働組合であるのかどうかを判断するかのような発想にも疑問がありますが、労働者の自発的結社であれば産業別であれ企業別であれ、ともかくそれが労働組合であることは当然のようにも考えられます。実際のところ欧米では宮前さんの言う通り企業単位で成立する労働組合は労働組合として認められないものなのでしょうか。一般的ではない、有用ではないということならわかるのですが、宮前さんの主張はちょっと極端すぎるように感じられます。濱口さんの見解をお聞きしたいところです。

極めてあっさりといってしまえば、当該産業の賃金水準に影響を与えられないような、いわばプライステーカーでしかないような普通の企業であれば、その単位でのみ活動する企業別組合は、企業を超えた産業レベルで労働の価格を設定する団結体という意味でのトレードユニオンではない、という議論は成り立ちうるでしょう。逆に当該産業の賃金水準を事実上決めてしまうくらいの強大な、いわばプライスメーカーであるような大企業であれば、その単位でのみ活動する企業別組合であっても、立派に産業レベル組合としての機能を果たしていると言えるようにも思います。これは、当該組合が労使協調的であるか否かとは全く独立の話です。
以上は、あくまでも労働組合をその祖型であるトレードユニオンに引き付けて理解しようとする場合の話であって、そんな機能なんかなくても、企業内で経営者をガンガンやり込めていれば立派に労働組合じゃないか、という考え方もありうるし、上記本エントリ本文で述べているように、共産党系の戦後日本左翼はむしろそういう発想に深く漬かっていたように見えます。

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