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2017年4月 3日 (月)

「賃金の年齢差別」@『エルダー』2017年4月号

Om5ru8000000ld61 一方、昨年から1年間『エルダー』に連載していた「高齢者雇用施策を考える」はこの4月号で最終回を迎えました。

http://www.jeed.or.jp/elderly/data/elder/

http://www.jeed.or.jp/elderly/data/elder/q2k4vk000000trts-att/q2k4vk000000trwc.pdf

 本連載もあっという間に1年が過ぎ、最終回となりました。今までいろいろな論点を取り上げてきましたが、最終回にはやはり昨年人事関係者の注目を集めた長澤運輸事件の関係で、賃金にかかる年齢差別の問題を取り上げてみたいと思います。ただし、長澤運輸事件自体は実は年齢差別ではなく有期雇用であることによる不合理な労働条件であるかどうかが争点となったものなので、正面から賃金の年齢差別を争った昨年のL社事件(東京地判平28.8.25労判1144-25)を取り上げます。

 本件も自動車運転に関わる業種の事件ですが、普通の運輸業ではなく、企業等が保有する役員車等の運行管理関連業務全般を受託する自家用自動車管理業の被告会社と、その車両管理者として専任嘱託契約社員という雇用形態で採用された原告労働者との間の事案です。他の事案との違いは、この労働者が同社の定年退職者ではなく、他社を定年退職後に同社に採用されたという点にもあります。同じ車両管理者であるのに、60歳未満の者に比べて、原告の賃金は約74~81%であったことを、年齢による差別である、あるいは同一労働同一賃金原則に反すると主張して訴えたのがこの事件です。

 東京地裁は年齢差別の論点についてまずこう述べています。基本給与決定にあたり、「責任感と優秀な技能を有し、かつ、健康な若年層及び中年層の車両管理者をより多く擁する必要があるとの認識や、高年齢者は様々な健康問題を抱えている場合が少なくなく、また、自動車運転にとって必要な能力、技能等は加齢とともに低下していくとの認識の下、若年層及び中年層に対しては高年齢者層に対する場合と比べて手厚い処遇をすること」は、「専任社員につき満60歳での定年制を採用し、もっていわゆる終身雇用型の雇用制度を採用している被告が被告に採用された後はそのままより長い期間働く可能性が高いことを見越してより若い労働者を優遇するという点からも一定の合理性があるものということができ」る、と。この議論はいくら何でもひどいのではないでしょうか。

 実はこのあとの段落では、「我が国においては、ある企業において定年に達した者が同一の企業で又は別の企業で引き続き雇用されることを希望する場合、同人の賃金水準が同人が定年に達する前のそれと比べて相当程度低く定められることは一般的にみられる事象ということができる」と述べて、高年齢雇用継続給付の存在をその例証としてあげるなど、長澤運輸事件控訴審判決(東京高判平28.11.2労判1144-11)と同じような議論も展開しています。これは一言でいえば、高齢者の労働能力が若年層や中年層と比べて低下しているかどうかなどとは一切関係なく、日本の正社員の賃金制度がいわゆる年功賃金体系であり、定年前の中高年期には貢献よりも高い賃金を受け取っていることが一般的であることを所与の前提として、定年後にはその貢献に見合った賃金水準とするための低賃金化であるという論理です。

 長澤運輸事件のように、60歳まで勤務していた会社に引き続き再雇用されて賃金水準が下落したような場合には、この論理はかなり正当性があると思われます。もちろん、それでも同事件の原告はおかしいと思ったから訴えたわけですし、原審の東京地裁(平成28.5.13労判1135-11)はそれを労働契約法20条違反と断罪したわけです。一方で、労働契約法20条ははじめから有期契約で雇われた人が無期契約で雇われた人との間で差別されることを対象にしているのであって、正社員として長年勤務したあとに有期契約で再雇用された人に適用するのはおかしいという意見も大変有力で、控訴審はむしろそちらに与しました。同事件は現在最高裁に係っていますのでそのうち最高裁の判断が下されることになるでしょう。

 しかし、何回も繰り返しますが、正社員の年功賃金体系(を享受していたこと)を根拠に定年前よりもかなり低い賃金を正当化する議論が有効であったとしても、上に引用した本件東京地裁の判決はひどい議論になっています。そもそも本件では、原告は被告会社を定年退職したわけではなく、高齢の新人として新たに採用しているのです。別段、高齢法に基づく継続雇用の義務づけでやむを得ず採用したわけではありません。高齢であってもその車両管理者の業務を的確にこなせる人材であると考えたから採用したはずです。もちろん、他の再雇用された高齢の専任嘱託契約社員とのバランス上、彼だけ高く設定することも困難でしょうから、彼らに見合った低賃金とすることも非合理と言うことは難しいかも知れません。そういう論理なら、賛成するかしないかは別として成り立ち得ます。

 しかし、自社を定年退職した人の再雇用でもなく、その能力を評価したから採用したはずの原告に対して、「高年齢者は様々な健康問題を抱えている場合が少なくなく、また、自動車運転にとって必要な能力、技能等は加齢とともに低下していくとの認識」を根拠に持ち出すというのは、この判決の基本認識に疑いを投げかけます。実を言うと、本件は争点が二つあり、一つは原告がけいれんを起こしたりしたことを長時間労働のせいだとして会社の安全配慮義務違反を問うているのです。健康問題云々は、そうしたいきさつが影を落としている可能性があります。被告側としては、せっかく採用してやったのに健康問題で文句を言いやがって、という意識があったのかも知れません。しかし、もし本人の健康問題が原因だというのなら、それはそれとして対応すべきことであって、制度としての高齢の専任嘱託契約社員の賃金水準をどうするかとは直接関係がないはずです。

 とはいえ、本件は弁護士も立てずに行われた本人訴訟で、地裁判決で確定してしまっています。年齢差別との主張を認めなかったという結論自体は、今日の日本が未だに年功的な賃金体系の下にあり、それを前提にした高年齢雇用継続給付もなお廃止されずに活用され続けていることを考えると、やむを得なかったものと言わざるを得ないかも知れません。しかし、上記引用のように、まるで労働者は高齢期になると「様々な健康問題を抱えている場合が少なくなく、また、自動車運転にとって必要な能力、技能等は加齢とともに低下していくとの」ステレオタイプの「認識」を公認したかのような判決文がそのまま確定してしまったことは、今後ますます人口の高齢化が進み、その中で健康で活躍できる高齢者の雇用を推進していかなければならない時代にあって、いささか納得できないものを感じます。

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コメント

このような裁判例もあったのですね…。あるべきデモクラシーの姿、中長期的な雇用社会の理念〜同一労働同一賃金の日本社会への実装に向けて、東京地裁はその落とし所を必死に暗中模索しているのか(そうあってほしいです)、それとも経済社会への短期的影響や自らの評判を気にする余り結果ありきの判決に陥ってないか…、Hamachanの洞察も借りながら我々もしっかりと注視していきたいものです。

投稿: 海上周也 | 2017年4月 6日 (木) 07時51分

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