« 雇用助成金における生産性要件@WEB労政時報 | トップページ | 細見正樹『ワーク・ライフ・バランスを実現する職場』 »

2017年3月13日 (月)

遠藤公嗣さんの「ILO100号条約の審議過程と賃金形態」@『季刊労働法』256号

256_hp先週案内しておいた『季刊労働法』256号(2017年春号)が届きました。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/4856/

とりあえず、一番興味深そうな遠藤公嗣さんの「ILO100号条約の審議過程と賃金形態」に目を通しました。

これは、ILOのサイトにアップされている同条約の制定過程に関わる諸文書を丁寧に分析して、最近の同条約に対するいくつかのコメントに反論を加える、というものになっています。

一言で言えば、とりわけ筒井晴彦氏の言う「使用者が、勤続年数に基づいて賃金を加算したり、結婚して子どもを育てる労働者に諸手当を支給したりすることなどによって賃金に差異が生じたとしても、性を理由とする差別でない限り、それは条約違反にならないと言うことです」という主張を、上記同条約の制定過程文書に基づいて否定しようとするものになっています。

細かい分析は是非『季刊労働法』そのものに当たって読んでいただきたいと思いますが、この時に一番関心の焦点となっていたのは、アメリカで普及しつつあった客観的な職務評価システムとヨーロッパで伝統的に用いられてきた労働協約による賃金決定システムとの間の問題だったようです。

いろいろと修正案が提案され、否決されたり、というプロセスは込み入っていてなかなかわかりにくいのですが、当初は労働協約で同一賃金の基準を決定できるという考え方が主流だったが、最終盤で自発的な団体交渉よりも抜け道なく同一賃金を確立することを選んだのだ、と遠藤さんは主張しています。

ここは、なかなか判断の難しいところだと思われます。その後EU条約やEU指令に男女同一労働同一賃金が書き込まれ、その内容が累次の欧州司法裁判所の判決で示されてくる中で、少なくとも男女差別については労働協約による決定の正当性は否定される一方、いわゆる年功による昇給については認める方向も示されているからです。とはいえ、性別にかかる賃金差別については、極めて厳格な基準が確立していったことについては、これまでにも労働法研究者によって明らかにされているところです。

しかし、実はこれがこの『季刊労働法』における「同一労働同一賃金の展望」という特集にこのILO100号条約に関する遠藤論文が載っていること自体のねじれを表しているとも言えるのですが、そもそもこのILO100号条約というのは、「男女同一価値労働同一報酬」の条約であって、今日日本で政策論議の焦点となっている、そして『季刊労働法』の今号がまさに特集で取り上げているところの、雇用形態に基づく取扱いの格差自体を対象にしているものではない、ということです。

つまり、この論文で遠藤さんが70年近く前のILOの政策決定過程の諸資料を渉猟して明らかにした100号条約の立法者意思に係る様々な議論は、それが男女間の間接差別に該当するという場合であれば格別、そうでない限り、実はアナロジー的な論拠以上のものにはなりえないのではないか、という問題があるのですね。

これが特に問題となり得るのが、労働協約による賃金決定の正当性をめぐる問題です。性別に関しては、協約による性差別も許されないというのは確立した判例となっていますが、それ以外の格差はどうなのか。つまり、ILO100号条約のそもそもの射程外にある問題です。

07044そしてだからこそ、先日沖永賞を受賞した大木正俊さんの『イタリアにおける均等待遇原則の生成と展開 ―均等待遇原則と私的自治の相克をめぐって―』が、その問題を突っ込んで論じているわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-36fa.html

・・・均等待遇原則をめぐる推移を論ずる前に、「イタリアの労働条件決定システムと労使関係の特徴」を1章割いて論じています。ここが味噌です。そう、副題の「均等待遇原則と私的自治の相克をめぐって」の「私的自治」とは、もちろん企業と個別労働者との民法的個別自治も含まれますが、イタリア的文脈においてはこれは何よりも、全国的産業別労働組合が結ぶ労働協約で基本的な労働条件を決定するという集団的労使自治を指すのです。

そして、本書の大部分で大木さんが事細かに論じていくのは、まさにそういう集団的労使自治で賃金を決めるという社会の在り方と、それを破ってまでも裁判官が均等待遇を強制することが出来るのか?という意味での均等待遇原則との『相克』なんですね。

そして本書が描き出すのは、性別や人種といった差別禁止法とは異なり、そういう一般的な均等待遇原則は、むしろ否定される傾向にあるというイタリアの姿です。

もちろん、逆にヨーロッパ諸国では性別のような生来的差別でない限り労働協約が自由にやっていいとなっているというわけでもなく、この分野は大変複雑な状況です。その一端は、

http://www.jil.go.jp/foreign/report/2016/0715_03.html(諸外国における非正規労働者の処遇の実態に関する研究会報告書)

でかい間見ることができます。

いずれにしろ、現在この問題は、そもそも今、何について議論しているのかを改めて明確にしながら論じる必要性が高い分野になっていることは間違いないように思われます。

|
|

« 雇用助成金における生産性要件@WEB労政時報 | トップページ | 細見正樹『ワーク・ライフ・バランスを実現する職場』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/3288/69908005

この記事へのトラックバック一覧です: 遠藤公嗣さんの「ILO100号条約の審議過程と賃金形態」@『季刊労働法』256号:

« 雇用助成金における生産性要件@WEB労政時報 | トップページ | 細見正樹『ワーク・ライフ・バランスを実現する職場』 »