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「労働者性に関する大審院判例」@『労基旬報』2017年3月25日号

『労基旬報』2017年3月25日号に「労働者性に関する大審院判例」を寄稿しました。

 最近また「雇用類似の働き方」という名称で、非雇用労働者に関する政策が注目を集めています。この問題は労働法サイドからは「労働者性」の問題としてさまざまに議論がされてきたものですが、現在までのところ1985年に当時の労働基準法研究会がまとめた「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という報告書がその拠り所となっています。

 しかしこの問題はおよそ労働法という特別の保護法が成立して以来常に付きまとう問題であり、既に戦前にも労働基準法の前身である工場法という法律の適用をめぐって大審院(戦前の最高裁判所)にまで持ち込まれた事案があるのです。今回は、労働法の歴史秘話ヒストリアの一環として、この今ではほぼ完全に忘れられた判例を紹介しておきましょう。

 これは昭和8年4月14日大審院判決(昭和7年第1720号)で、三重県の浴布製造業者山田豊を被告とする工場法違反事件です。彼はもともと工場法の適用を受ける浴布工場を経営していたのですが、昭和6年まず自分の妻子や旧職工を社員とする合資会社という形をとり、これが工場法違反の疑いで取り調べを受けると、今度は妻子や旧職工を組合員とする共同浴布製造組合(民法上の「組合」)を設立し、工場法の適用を受けないと主張していました。これに対し三重県当局は工場法違反として安濃津区裁判所に告発したのですが、同区裁判所は「本件ノ如ク組合契約ヲ原因トスルモノニ対シテハ工場法ノ適用ナキモノト言ハザルベカラズ」として昭和7年5月10日無罪を言い渡しました。控訴審の安濃津地方裁判所も同年10月19日、「縦令事実上ハ前記ノ如キ関係ニアリトスルモ法律上ハ他組合員ハ被告人ニ対シ組合契約ニ因ル組合員タル地位ニ在ルモノニシテ雇傭契約ニ基ク職工ノ地位ニ在ルモノニ非ザル」を以て「被告人ト他組合員トノ関係ニ付キ工場法ヲ適用スベキ限リニ非ザルモノ」としてやはり無罪の判決を下していたのです。労働の実態よりも契約形式を重視したがる裁判官の感性は戦前にも強かったわけですね。

 これに対する上告審の判決は、原判決を破棄し、有罪を言い渡しました。そのロジックを見ていきましょう。同判決は同「組合」で就労している職工たちの証言をいくつか引用しています。「自分ハ十五歳ノ時ヨリ山田浴布工場ニ通勤シ居レルガ同工場ハ其ノ後組合トナリ自分等モ組合員ト為リタル故金十五円ヲ以テ出資スルコトト為リタルモ自分等ハ金ナキ故山田ガ立替ヲキ呉レタルコトゝナリ居レリ而シテ従来自分ハ飯代ヲ差引キ月六円宛月給トシテ貰ヒ居リタルガ同工場ガ組合ト為リタル後モ月給ハ従来通リニシテ少シモ変リナシ」(谷口はる)など、就労の実態を垣間見せてくれます。

 それを踏まえて大審院は、「本件組合ニ於テハ・・・該組合ノ事業遂行ノ為被告人ガ其ノ業務執行代表者ト為リ総事業ノ執行監督利益分配並組合員ノ加入脱退除名ニ関スル全般ノ事務ヲ掌リ爾余ノ組合員ハ総テ被告人ノ指揮監督ノ下ニ組合ノ工場ニ於テ工業的作業ノ労働ニ従事シ其ノ労務ニ応ジ月給日給及製品出来高等ノ標準ニ依リ毎月其ノ報酬ヲ受ケ之ヲ各人生活ノ資ト為シ因テ以テ右組合員タルト同時ニ一面組合ニ従属シテ傭使セラレ居ル事実ヲ観取シ得ベシ然リ而シテ工場法ニ所謂職工トハ鉱業主ニ対シ従属的関係ニ於テ有償ニ工業的作業ニ従事スル工場労働者ヲ云フモノト解ズベキヲ以テ叙上被告人以外ノ組合員ガ各自該組合ノ一員タルト同時ニ一面同組合ノ職工ニ該当スルコト勿論ナリ然レバ被告人ヲ其ノ一員トスル本件組合ガ被告人以外ノ組合員ヲ職工トシテ同組合ノ工場ニ使用シ以テ常時十名以上ノ職工ヲ使用セル事実ハ其ノ証明十分ナリ」と判示しました。

 大審院は、この企業体が民法上の組合として適法に設立され、運営されていることを否定していませんし、そこで就労する労働者たちがその民法上の組合の組合員であることも否定していません。民法上の組合の組合員だからといって工場法の適用を受ける職工でなくなるわけではなく、後者の判断は契約上の地位如何ではなくて就労の実態から判断するのだというのが、この大審院判例のもっとも重要なところであり、今日においても熟読玩味すべき点であろうと思われます。

 今日、労働法の適用は就労の実態で判断すべきということは、司法関係者にもある程度共有された認識になっていることは確かでしょう。しかし、その意味については必ずしも的確に共有されているとは限らないように思われます。つまり、契約形式は雇用契約ではなく請負や本件のように組合契約であっても、就労の実態が雇用であれば、その契約を雇用契約であると性格認定すべきであるという風に理解している場合が多いのではないでしょうか。しかしそういう風にものごとを考えていくと、双方の合意で成立している契約形式をあえて否定するだけの根拠が必要ということになり、労働者性の認定が難しくなってしまうのではないでしょうか。

 民法上の契約類型としては雇用契約ではなく請負契約や場合によっては組合契約であるかも知れないが、そうであると「同時ニ一面」において、労働法上の労働者であるということは十分あり得るのであり、むしろこういった限界事例においては積極的にそういう判断をしていくべきなのではないか、といったことを、この80年以上も前の大審院判例はわれわれに考えさせてくれます。

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