加班文化和日本獨特的僱傭制度有着密不可分的關係
香港のネットメディア「Initium Media」に、「不想加班?日本青年人向過勞死說不」という記事が載っています。例の電通過労死事件を入口に、日本の残業文化(「加班文化」)の原因を探ったなかなかしっかりした記事ですが、その中で、私の議論が引用されておりました。
https://theinitium.com/article/20170227-international-karoshi/
日本勞動政策專家濱口桂一郎指出,日本的企業僱傭制度同世界其他國家有着本質上的區別。他將日本的僱傭制度稱為成員型(membership type),僱傭以人為單位,本着將一個可造之材納入到自身組織當中的思維方式,而不是單純的考慮僱員的職業技能。企業通常傾向於僱傭沒有經驗的應屆畢業生,讓其適應企業中各個崗位的工作,最後將其「訂製」成為一個適用於所在企業的綜合型人才。而世界其他地區則多為工作型(job type),以某項技能要求尋找僱員,要求僱員上崗即可發揮作用,滿足企業該項技能的要求。
日本的成員型有其積極的一面,例如應屆畢業生更容易被一流企業接納,企業願意更多的投入資金和時間去培養員工,由此衍生的終身僱傭制讓員工對企業更有歸屬感,僱傭關係更加穩定等等。但同時,成員型制度中,哪幾項工作是員工必須做的,作為企業的「成員」應該為企業做出什麼程度的貢獻,都沒有明確的規定,這種模糊不清就成了過勞的温床。
此外,已經被「訂製」成一家企業「成員」的員工即使辭職,也很難被其他企業接納,只能自降身價,面臨待遇更加惡劣的危險,無形中限制了員工的選擇權。因此日本與其他國家相比,人才流動性偏低。
60、70年代經濟騰飛時,會員型僱傭制度弊端尚不明顯,但80年代後期日本泡沫經濟破滅後,眾多企業開始進行大規模的裁員,人員的減少必然帶來人均工作量的增加。終身僱傭制度已經逐漸崩壞,其塑造的企業文化卻難以立刻消解。由於員工工作範圍邊界模糊,再就業較困難,面臨裁員危機只得揹負着越來越龐大的工作量以求自保。
濱口桂一郎在自己的著書《年輕人與勞動》中指出,日本的僱傭制度應該向「工作型終身僱傭」方向進行轉型,即在維持員工穩定性的前提下引入工作型的觀念,明確勞動的範圍和標準。然而在現如今經營狀況風雨飄搖的日本企業當中,恐怕難以得到積極地響應,難免成為一紙空談。
成員型僱傭制度造成的另一個弊端便是企業中上司與下屬之間的權力關係。在成員型僱傭制度中,年輕員工必須和組織中的其他成員搞好關係,由於僱傭初期並沒有什麼特別專門的技能,是否能夠成長,是否能夠得到更好地發展,很大程度上取決於遇到的上司和同事。
對於初涉日本職場的外國人來說,這是一種強烈的文化衝擊。
「有條件加班,沒條件創造條件也要加班,我覺得加班就是日本企業的潛規則。」留學後在日本一家食品加工企業工作的中國人王靜成抱怨道。
他留學前曾在一家講求效率和個人能力的外資企業工作。一開始王靜成並不熟悉日本加班文化,完成自己的工作後便按時回家了。不到一週,他的「事蹟」就在公司傳開了,暗地裏公司同事戲謔地稱他為「歸宅man」,上司也對他的工作態度極為不滿,批評他對工作沒有全心投入,不懂得為其他人着想。
ジョブ型正社員を「工作型終身僱傭」と訳したりしていて、ちょっと違う感もなきにしもあらずですが、概ね私の議論を的確に紹介していただいているように思います。
最後の3パラグラフは中国人にとっても日本型雇用がいかに違和感があるかを語っています。
初めて日本の職場にやってきた外国人にとって、これは強烈なカルチャーショックだ。
「残業するのに条件はあるが、残業する条件を作るのに条件はない、私は残業が日本企業の暗黙のルールだと分かった」留学後日本の食品会社で働いた中国人の王靜成は怨みながらこう語る。
・・・王靜成は日本の残業文化をよく知らなかったので、定時通り家に帰れるように仕事を完了した。1週間も経たずに、彼の「振る舞い」は会社中に広まり、同僚たちはひそかに彼のことを「帰宅マン」と呼んでからかった。上司も彼の勤務態度に極めて不満で、彼は仕事に全身全霊没入しておらず、まわりの人がどう思っているかを理解してないと批判した。
確かに、カルチャーショックですね。
その後、最近の時間外労働の上限設定に向けた動きの話など、実にいろいろなことが盛り込まれています。「政府有限制 企業有對策」(政府ニ限制アラバ企業ニ對策アリ)なんていう気の利いた台詞もあったりして、なかなか面白いです。
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