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2017年2月

元組員雇用給付金

神戸新聞に興味深い記事が・・・。

https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201702/0009954104.shtml(元組員雇用の事業所に給付金 兵庫県が制度創設へ)

指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)と神戸山口組(本拠地・淡路市)の対立が続く中、組織からの離脱を促すため、兵庫県警は2017年度、組を離れた元組員を雇用した県内の事業所に対し、1人当たり最大72万円の給付金を出す制度を創設する。同様の制度は福岡県警に続いて2例目という。県の同年度当初予算案に、5人分を想定した360万円を計上した。

 給付金支給は1年間のみ。雇ってから半年間は就労日数に応じて月額最大8万円、その後は3カ月ごとに12万円を支給する。・・・

こ、これは・・・。

記事をよく読むと、この給付金の目的は、元組員ということで就職が困難な人の就職を促進するというよりも、「組織からの離脱を促すため」ということのようですが、たとえば国の制度である特定求職者雇用開発助成金が、1年間計60万円であるのと比べても若干高めに設定されていますね。

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『日本労働研究雑誌』2017年2・3月号

680_0203『日本労働研究雑誌』2017年2・3月号は、3年ぶりの労働法学の学界展望が特集で、本庄さんの派遣本や大木さんのイタリア均等本など、若手の意欲作も取り上げられています。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/02-03/index.html

ここでは、石田眞さんの巻頭言を。これはPDFファイルで全文読めます。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/02-03/pdf/001.pdf

基本認識として、

労働法の曲がり角に関していうと,「労働法は誰のため,何のために存在するのか」という〈労働法の範囲と目的〉および,「労働法は何をするのか」という〈労働法のあり方〉の双方が揺らいでいる。具体的には,労働法の「境界」が労働世界の現実と乖離し,従来の定型的な労使関係像を前提とした画一的な規制モデルが労働世界の多様化・複雑化に十分に対応できなくなってきている。その背景には,労働法の対象である〈企業組織や労働市場〉〈労使関係や雇用関係〉が,第四次産業革命といわれる世界的なシステム変動に伴い,大きく変容していることがある。

という認識を示した上で、ではこれから何をなすべきかについて、歴史研究、比較研究、国際発信の3点を挙げます。

まず歴史研究の重要性について、

いまわれわれの眼前にある労働法も,他の社会現象がそうであるように,歴史的な産物である。それは,一定の社会システムを前提にそれと相互構築的に作りあげられたイデオロギー装置である。したがって,相互構築の前提である社会システムが変動すれば,それに対応する労働法も変動を余儀なくされるはずであり,そのことは,現在の労働法が生成してきた歴史的経路を辿ることによってより明らかになる。現在ごく自然で自明であると思われている労働法システムも,歴史を辿ることによって,実は偶然や選択の結果であることがわかる。そして,そうした現行労働法の歴史的偶然性や恣意性を明らかにすることは,現在ある労働法とは別のあり方を構想する際の重要なきっかけになるはずである。

4623040720これはまさに我が意を得たりで、拙著『労働法政策』や季刊労働法連載の「労働法の立法学」で、延々と現在の法制を過去に遡って歴史の細かいことをあれこれ論じているのも、「現行労働法の歴史的偶然性や恣意性」を示す効果があると思っています。

ただ、恐らくここで石田さんが想定しているのは、そういうレベルよりもう少し深く、最近早稲田の紀要にも書かれているような、雇傭契約のそのもっと原点に遡るような話なのだろうと思います。労務賃貸借と奉公とか、本気でやると極めてディープな世界ですが、なかなか若手が手をつけにくい領域かも知れません。

次に比較研究について、

わが国のこれまでの労働法学において,国際比較の試みは,労働法政策の構想を考える際にも,法解釈学的示唆を導き出すためにも,盛んにおこなわれてきた。しかし,そこでおこなわれた比較法研究の多くは,かたちを変えた外国法研究あるいは日本法研究であったのではないか。ある種の比較がおこなわれたとしても,それは,わが国労働法の日本的特色や欠陥を浮き彫りにすることにとどまっていたのではないか。もちろん,それらの研究の意義を否定するものではないが,労働法現象が国境を越えて展開し,各国の労働法が直面する課題も共通化するグローバル時代にあっては,それぞれの国の歴史的経路性を等しく認めつつも,共通の枠組を設定して比較をおこない,それを通じてより普遍的な労働法システムを構想する比較労働法研究が必要であると考える。

Eulabourlawこれもまさにその通りで、やや我田引水ですが、様々な法伝統を持つ諸国が合わさって作られたEUという枠組で摩擦を生じさせながら労働法が構築されてきた歴史というのは、大変示唆するものが大きいと思います。先月刊行した『EUの労働法政策』も宜しくお願いします。

最後に国際発信ですが、

共通の課題と共通の枠組にもとづく国際的な比較労働法研究をおこなうためには,その前提として,わが国労働法学の国際的発信力を強化することが決定的に重要である。とくに,若い労働法研究者たちは,国際的な議論の場に積極的に参加し,日本の労働法学の国際的発信力を高め,それを通じてグローバル時代の労働法学の未来を担ってほしいと願っている。

ということで、名宛人は「とくに,若い労働法研究者たち」ということなので、皆さんよろしくね。

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加班文化和日本獨特的僱傭制度有着密不可分的關係

香港のネットメディア「Initium Media」に、「不想加班?日本青年人向過勞死說不」という記事が載っています。例の電通過労死事件を入口に、日本の残業文化(「加班文化」)の原因を探ったなかなかしっかりした記事ですが、その中で、私の議論が引用されておりました。

https://theinitium.com/article/20170227-international-karoshi/

1ecdbd956ffa45ac8fedcbf081224ca6加班文化和日本獨特的僱傭制度有着密不可分的關係。

日本勞動政策專家濱口桂一郎指出,日本的企業僱傭制度同世界其他國家有着本質上的區別。他將日本的僱傭制度稱為成員型(membership type),僱傭以人為單位,本着將一個可造之材納入到自身組織當中的思維方式,而不是單純的考慮僱員的職業技能。企業通常傾向於僱傭沒有經驗的應屆畢業生,讓其適應企業中各個崗位的工作,最後將其「訂製」成為一個適用於所在企業的綜合型人才。而世界其他地區則多為工作型(job type),以某項技能要求尋找僱員,要求僱員上崗即可發揮作用,滿足企業該項技能的要求。

日本的成員型有其積極的一面,例如應屆畢業生更容易被一流企業接納,企業願意更多的投入資金和時間去培養員工,由此衍生的終身僱傭制讓員工對企業更有歸屬感,僱傭關係更加穩定等等。但同時,成員型制度中,哪幾項工作是員工必須做的,作為企業的「成員」應該為企業做出什麼程度的貢獻,都沒有明確的規定,這種模糊不清就成了過勞的温床。

此外,已經被「訂製」成一家企業「成員」的員工即使辭職,也很難被其他企業接納,只能自降身價,面臨待遇更加惡劣的危險,無形中限制了員工的選擇權。因此日本與其他國家相比,人才流動性偏低。

60、70年代經濟騰飛時,會員型僱傭制度弊端尚不明顯,但80年代後期日本泡沫經濟破滅後,眾多企業開始進行大規模的裁員,人員的減少必然帶來人均工作量的增加。終身僱傭制度已經逐漸崩壞,其塑造的企業文化卻難以立刻消解。由於員工工作範圍邊界模糊,再就業較困難,面臨裁員危機只得揹負着越來越龐大的工作量以求自保。

濱口桂一郎在自己的著書《年輕人與勞動》中指出,日本的僱傭制度應該向「工作型終身僱傭」方向進行轉型,即在維持員工穩定性的前提下引入工作型的觀念,明確勞動的範圍和標準。然而在現如今經營狀況風雨飄搖的日本企業當中,恐怕難以得到積極地響應,難免成為一紙空談。

成員型僱傭制度造成的另一個弊端便是企業中上司與下屬之間的權力關係。在成員型僱傭制度中,年輕員工必須和組織中的其他成員搞好關係,由於僱傭初期並沒有什麼特別專門的技能,是否能夠成長,是否能夠得到更好地發展,很大程度上取決於遇到的上司和同事。

對於初涉日本職場的外國人來說,這是一種強烈的文化衝擊。

「有條件加班,沒條件創造條件也要加班,我覺得加班就是日本企業的潛規則。」留學後在日本一家食品加工企業工作的中國人王靜成抱怨道。

他留學前曾在一家講求效率和個人能力的外資企業工作。一開始王靜成並不熟悉日本加班文化,完成自己的工作後便按時回家了。不到一週,他的「事蹟」就在公司傳開了,暗地裏公司同事戲謔地稱他為「歸宅man」,上司也對他的工作態度極為不滿,批評他對工作沒有全心投入,不懂得為其他人着想。

ジョブ型正社員を「工作型終身僱傭」と訳したりしていて、ちょっと違う感もなきにしもあらずですが、概ね私の議論を的確に紹介していただいているように思います。

最後の3パラグラフは中国人にとっても日本型雇用がいかに違和感があるかを語っています。

初めて日本の職場にやってきた外国人にとって、これは強烈なカルチャーショックだ。

「残業するのに条件はあるが、残業する条件を作るのに条件はない、私は残業が日本企業の暗黙のルールだと分かった」留学後日本の食品会社で働いた中国人の王靜成は怨みながらこう語る。

・・・王靜成は日本の残業文化をよく知らなかったので、定時通り家に帰れるように仕事を完了した。1週間も経たずに、彼の「振る舞い」は会社中に広まり、同僚たちはひそかに彼のことを「帰宅マン」と呼んでからかった。上司も彼の勤務態度に極めて不満で、彼は仕事に全身全霊没入しておらず、まわりの人がどう思っているかを理解してないと批判した。

確かに、カルチャーショックですね。

その後、最近の時間外労働の上限設定に向けた動きの話など、実にいろいろなことが盛り込まれています。「政府有限制 企業有對策」(政府ニ限制アラバ企業ニ對策アリ)なんていう気の利いた台詞もあったりして、なかなか面白いです。

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労働時間通算規定の起源@WEB労政時報

WEB労政時報に「労働時間通算規定の起源」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=630

昨年7月25日付けの本欄で取り上げた「副業・兼業と労働法上の問題」が、その後急速に展開しています。9月27日の第1回働き方改革実現会議の最後において、安倍首相は9項目にわたるテーマを示しましたが、その中に「5番目に、テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方」が入っていました。その後の同会議では、同一労働同一賃金の問題と長時間労働の是正の問題が主たる論点として取り上げられ、マスコミの注目を集めていますが、10月24日の第2回会議では副業・兼業の問題も取り上げられ、何人かの委員から意見が示されています。

例えば樋口美雄氏(慶應義塾大学商学部教授)は「これを認めるモデル就業規則の策定、あるいは、通算される労働時間における時間外労働の取り扱いなどについて、検討していく必要があるのではないかと思っております」と述べていますし、高橋進氏(日本総合研究所理事長)も「兼業・副業の場合における総労働時間の把握や雇用保険の適用関係など、必要な環境整備について検討して、ガイドラインを示すべきではないかと思います」と述べています。・・・

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拙著評エントリが入り口に

「せんり」さんの「転職の舞台裏」というブログで、拙著を手始めに労働関係の本を芋づる式に読まれていったことが書かれていて、大変興味深いものでした。

http://backstage.senri4000.com/entry/2017/02/25/231908 (インプット実証実験|雇用・労働関係)

その芋づる式読書のきっかけについて、「せんり」さんがかなり詳しく書かれています。こういう問題意識をお持ちだったのですね。

・・・企業内で管理職として働いていること、退職や転職も経験していること、子育て期間中もワーキングマザーとして過ごしてきたことなどから、この分野については疑問に思うことが多くありましたし、現在進行形でもあります。例えば、以下のようなものです。

・スキルと経験を買われる中途採用なのに、「転勤できるか」が踏み絵のように質問され、それが処遇に反映されるのはなぜなのか。

・特定職務に派遣さんを採用したらとてもスキルの高い人だったので是非長く働いて欲しいと思うのだけれど、雇用形態の変更が難しい。

・社内資格に「期待役割」が設定されていて、それを満たすかどうかで人事考課を行うことになっているが、実際に割り当てている職務との関連性が希薄で評価が難しい。

・異動で受け入れた人材を「期待役割」に照らすと評価が急降下してしまう。マニュアルに沿って辛めに評価したら部門に不要なのかと言われる。

これらに関連して、日本企業は「職能給」(人の能力に対して給与を払う)で海外企業は「職務給」(仕事に値札がつく)、ということを言われることがあります。分かったような気分にさせられる説明ですが、ではなぜそのように日本だけが職能給という状況になったのかについての説明を見たことがなく、納得感が薄いのです。

ということで、ずっともやもやしていた雇用システム周りについて基礎知識をつけようと決意しまして、池上彰さんお勧めに従って、大きめの書店の関係の棚を見に行ったのですが、どうも目的に合うような書籍が見つけられない(悲)。人事労務関係のところかと思ったのでその当たりを探したのですが、実務チックな細かいノウハウ本があふれていてうまく欲しい本に当たらずに諦めました。

まあ、そういう棚には実務的な本が所狭しと並んでいて、なかなか全体像を分かり易く解説してくれる本は見つけにくいですからね。

そこで、「せんり」さんは検索エンジンで探索を始めます。

・・・色々ワードを試しつつ、興味に近い系統のページを探していたところ、検索ワードがなんだったか忘れましたが、濱口桂一郎氏のブログで氏の著作の書評を紹介している頁に当たりました。2冊紹介されていた新書の書評記事を読みに行き、自分の興味と近そうだと判断し、どちらも電子版が出ていたのでその場で購入し読み始めました。

なんと、本ブログの拙著評を紹介するエントリがヒットしたようです。これですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-5d65.html

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 これは、「hiyu」さんの『働く女子の運命』評と、「国崎犀考」さんの『若者と労働』評の紹介ですが、どちらも電子版が出ているので、「せんり」さんは直ちに読まれたようですChuko

切り口は違えど、どちらも「日本的雇用システム」の歴史をしっかり説明することにより全体を俯瞰してその特徴を述べる形になっており、私の持っていた疑問に相当応えてくれるものでした。現場にいた身からするとそこまでではないのでは?と思うところもありつつも、かなり説得的に感じたので、氏の他の著作も読んでみることにしました。

131039145988913400963 ようやく求めていた種類の本に出会えたようです。そして、さらに、『新しい労働社会』『日本の雇用と労働法』『日本の雇用と中高年』などの他の拙著にも手を伸ばされたようです112483

問題となっている側面を切り出した形(「女子」「若者」「中高年」)でなく、全体をニュートラルに記述しているのは日経文庫のもので、リファレンスとして使いやすいと思いますが、その分抽象的に見えるので、読みやすさで言えばその他の新書の方がよいように思います。

26184472_1 ここまで拙著を読み込んでこられた「せんり」さん、さらにそこから他の方々の著書にも手を伸ばしていきます。それは、amazonのレコメンドだったようですKaneko

これらを読んでいたところ、Amazonに「日本の賃金を歴史から考える」をお勧めされまして、やっと違う著者の観点から読めそうと思い、購入。賃金という観点なのですが、賃金だけでは当然話が終わらないので賃金を軸に雇用システム全体を眺めることができる構成になっていてとても良かったです。

なんと、私の本を読むような人に金子良事さんを薦めるというのは、最近評判の悪いamazonのAIの知恵だったようですね。実に賢い。

そしてそこから、清家篤、脇坂明、といった方々の労働経済学の本、さらには労働経済白書やJILPTの報告書と、芋づる式にどんどん読み進んでこられたとのこと。

以上のところまで来るのに約1ヶ月かかりました。

それがたった一月の間というのですからすごいです。

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「ガンバリズムの平等主義」@『労基旬報』2016年2月25日号(再掲)

「発達障害就労日誌」というブログに、「残業禁止は強者のルールなのでは、という話。」というエントリが書かれて話題になっているようです。

http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

Profile ・・・上に引用したエントリはまぁ、正しいと思うんですよ。そう思う。本当に思うよ。みんなスパっと働いてスパっと帰宅する。そして家に帰ってシェスタする。そういう世界が美しいと思う。本当に思う。僕もそうしたい。そうしたいんだ…。(パソコンの前で「記事を書く」画面を睨んで2時間が経過しようとしています)

僕がかつて勤めていた職場の雰囲気もこれでした。その昔は常に残業カーニバルが開催され、人々は踊って暮らしていたそうです。でも、ある日マッキンゼーって額に刺青した部族がやってきて全てを蹂躙したとのことです。それ以来、残業は罪となり、罪は塩の柱となりました。祭りはこのように終わったのです。

で、まぁ長い前置きだったんですけど、要するに僕が言いたいのはこういうことなんですよ。「それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな」ってことです。人が仕事をこなすスピードというのはかなり幅があります。10のタスクをこなすのに12時間かかる人もいれば24時間かかる人もいる。「定時帰宅」を絶対是とすると、まぁ効率の良い人しか生き残らないよねー、という話です。)

http://b.hatena.ne.jp/entry/syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

この記事を読んで、ちょうど1年前に書いたこの文章を思い出しました。とりわけ太字にしたあたり。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/2016225-239b.html (「ガンバリズムの平等主義」@『労基旬報』2016年2月25日号)

 近年長時間労働を問題視し、労働時間の上限規制や休息時間規制などの導入を唱道する議論が溢れています。いや、筆者自身がその代表格であり、7年前の『新しい労働社会』(岩波新書)から昨年末の『働く女子の運命』(文春新書)まで、そういう論陣を張ってきました。しかし今回はあえて、長時間労働規制論に対して違和感を感じる労働者の素朴な感覚を腑分けしてみたいと思います。というのは、トップレベルの平場では労働組合サイドが長時間労働への法的規制を唱え、経営者サイドがそれに反対するというわかりやすい構図のように見えますが、企業現場レベルに行けば決してそんなわかりやすい構図ではないからです。

 ちょうど1年前の『労働法律旬報』2015年1月合併号に連合総研前副所長の龍井葉二氏が書かれている「労働時間短縮はなぜ進まないのか?」に、労働側-少なくとも現場レベル-の本音が描かれています。

 もう10年近くも前になるが、連合本部で労働条件局を担当していたときの話である。連合としての時短推進計画を見直すことになり、時間外労働の上限規制が論点になった。われわれ事務局としては、上限規制を強化する方針で臨んだのだが、いくつかの産別から猛反対を食らった。この推進計画はガイドライン的なものであり、もともと縛りの強いものではなかったのに、である。

 われわれは産別本部にまで足を運んで説得に当たったが、頑として聞いてくれない。日本における時間外労働の労使協定時間が異様に長いことは、当時から指摘されていたことであったが、連合がその邪魔をしてくれるな、というのが本音だったと思う。

 ここに現れているのは現場の労働者の本音そのものであり、産別はそれを正直に表示しているだけでしょう。その本音とは、ある部分はもっとたくさん残業して残業代を稼ぎたいという経済的欲求であることは確かですが、それだけにとどまるものとも言えません。実はここには、日本型雇用システムにおける長時間労働の意味が露呈しかかっているのではないでしょうか。

 これを説明するためには、戦後日本社会が戦前日本社会と異なり、また戦後欧米社会とも異なり、エリートとノンエリートを原則として入口で区別せず、頑張った者を引き上げるという意味での平等社会を作り上げてき(てしまっ)たということを頭に入れておく必要があります。この点について、今から4年前に『HRmics』12号でのインタビューでこう述べました。

・・・エリートの問題についても大きな違いがあります。アメリカではエグゼンプト(exempt)、フランスではカードル(cadres)といいますが、残業代も出ない代わりに、難易度の高い仕事を任され、その分もらえる賃金も高い、ごく少数のエリート層が欧米企業には存在します。彼らは入社後に選別されてそうなるのではなく、多くは入社した時からその身分なのです。

一方、「ふつうの人」は賃金が若い頃は上がりますが、10年程度で打ち止めとなり、そこからは仕事の中身に応じた賃金になります。出世の階段はもちろんありますが、日本より先が見えています。その代わりに、残業もほどほどで、休日は家族と一緒に過ごしたり、趣味に打ち込んだりといったワークライフバランスを重視した働き方が実現しています。

日本は違います。男性大卒=将来の幹部候補として採用し育成します。10数年は給料の差もわずかしかつきませんし、管理職になるまで、すべての人に残業代が支払われます。誰もが部長や役員まで出世できるわけでもないのに、多く人が将来への希望を抱いて、「課長 島耕作」の主人公のように八面六臂に働き、働かされています。欧米ではごく少数の「エリート」と大多数の「ふつうの人」がいるのに対して、日本は「ふつうのエリート」しかいません。この実体は、ふつうの人に欧米のエリート並みの働きを要請されている、という感じでしょうか。

 欧米ではノンエリートとして猛烈な働き方なんかする気にならない(なれない)多くの労働者が、日本では疑似エリートとして猛烈に働いている、というこの構造は、なかなか切り口の難しい代物です。ある種の左翼論者は、それは資本家に騙されて虚構の出世を餌に搾取されているだけだと言いたがりますが、もちろんそういうブラック企業も少なくないでしょうが、日本型雇用を代表する多くの大企業では必ずしもそうではなく、確かに猛烈に働く係員島耕作たちの中から課長島耕作や部長島耕作が、そしてきわめて稀にですが社長島耕作が生み出されてきたことも確かです。とはいえ、ではこの構造は人間の平等と企業経営の効率を両立させた素晴らしい仕組みだと褒め称えて済ませられるかというと、そうではないからこそ長時間労働が問題になっているわけです。

 このシステムにおける「平等」とは、いわばガンバリズムの前の平等です。凄く頭のよいスマート社員がてきぱきと仕事を片付けて、夕方には完璧な成果を出してさっさと帰宅している一方で、そんなに頭の回転は速くないけれども真面目にものごとに取り組むノンスマート社員が、夕方にはまだできていないけれども、「明日の朝まで待って下さい。ちゃんと立派な成果を出して見せます」と課長に頼んで、徹夜して頑張ってなんとかそれなりの成果を出してきた、というケースを考えましょう。長時間労働は良くないから禁止!ということは、ノンスマート社員に徹夜して頑張ってみせる機会を奪うことを意味します。さっさと仕事を片付けられるスマート社員だけがすいすいと出世する会社になるということを意味します。そんなのは「平等」じゃない!と、日本の多くの労働者は考えてきたのです。

 とはいえその「平等」は、そうやって頑張ることのできる者だけの「平等」にすぎません。かつての係員島耕作たちの隣にいたのは、結婚退職が前提で補助的業務に従事する一般職女性だったかも知れませんが、その後輩たちの隣にいるのは、会社の基幹的な業務に責任を持って取り組んでいる総合職女性たちなのです。彼女らはもちろん結婚しても出産しても働き続けます。しかし、子どもを抱えた既婚女性には、かつての係員島耕作とは違い、明日の朝まで徹夜して頑張ってみせることも不可能です。島耕作たちの「平等」は、彼女らにとってはなんら「平等」ではないのです。むしろ、銃後を専業主婦やせいぜいパート主婦に任せて自分は前線での闘いに専念できるという「特権」でしかありません。その「特権」を行使できない総合職女性たちがいわゆる「マミートラック」に追いやられていくという姿は、「平等」という概念の複雑怪奇さを物語っています。

 ノンエリート男性たちのガンバリズムの平等主義が戦後日本の経済発展の原動力の一つとなったことは間違いありません。しかし、その成功の原因が、今や女性たち、さらには男性でもさまざまな制約のために長時間労働できない人々の活躍を困難にし、結果的に日本経済の発展の阻害要因になりつつあるとすれば、私たちはそのガンバる平等という戦後日本の理念そのものに疑いの目を向けて行かざるを得ないでしょう。

 長時間労働問題はなかなか一筋縄でいく代物ではない、からこそ、その根源に遡った議論が必要なのです。

上記「発達障害就労日誌」のエントリはまさに、意外に思われるかも知れませんが、まさにこの戦後日本社会特有の「ノンエリート男性たちのガンバリズムの平等主義」を何の夾雑物もなくそのままに表明したものと言えるでしょう。

でも、上の私の文章の最大の眼目は、それに続く部分にあります。その「ノンエリート男性たちのガンバリズムの平等主義」とは、「そうやって頑張ることのできる者だけの「平等」にすぎ」なかったのだということ、そんな風に頑張れること自体が別の視点からすれば一個の特権でしかなかったというこそが、今日それが問題とされなければならない最大の理由であるわけですね。

この問題を考える上では、少なくともこれくらいのことを念頭に置いた上で論じるのでなければ、やや薄っぺらな議論になってしまうでしょう。

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鎌田耕一・諏訪康雄編著『労働者派遣法』

Rdshahakenho 鎌田耕一・諏訪康雄編著、山川隆一・橋本陽子・竹内(奥野)寿著『労働者派遣法』(三省堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/roppou/rodo_shakai/rdshahakenho/

厚労省研究会委員として立法に携わった著者陣が、労働者派遣法制を解説。業規制から、当事者間の私法的な関係に至るまで、政省令や指針、判例・学説などを豊富に示しながら論考。平成27年改正完全対応版。

著者名を見ればわかるように、まさに最近の派遣法改正に直接に携わってきた方々による派遣法の解説書です。

労働者派遣法と言えば、本書はしがきにあるように、「あたかも、増改築を繰り返して道案内がなければどこにも行けない温泉旅館の建物にも似ている」と言われるくらい、複雑怪奇で素人にはわけわかめな法律でした/です。

その原因の一つは、本書ではそこまではっきりと書いていませんが、立法当時の政策思想がその後の時代の変化でどんどんずれていったにもかかわらず、いったんできた制度を取り替えることなくその上に別の思想による制度を建て増ししてきたからで、まさしく水木しげる亭ならぬ妖怪屋敷の様相を呈していたわけです。

2015年改正はそのわけわかめのかなりの部分を整理したとはいえ、未だに魑魅魍魎の生き残りみたいなのがあちこちにいっぱいふわふわと浮かんでいるので、全体を論理整合的に説明しきろうとする本書を素直に読んでいっても、今ひとつわかりにくいところは残るのは、実はやむを得ない面もあります。

とはいえ、そんな労働者派遣法を実務面もふまえつつ学術的な面の双方にきめ細かくここまで分かり易く解説した本も、この著者たちならではでしょう。

序編 労働者派遣法の道しるべ―構造・機能・歴史(諏訪)

第1編 労働者派遣法の歴史(諏訪)

第2編 法の目的と労働者派遣の概念(鎌田)

第3編 労働者派遣事業の許可(橋本)

第4編 労働者派遣事業の規制(竹内)

第5編 派遣元・派遣先間の法律関係(橋本)

第6編 派遣元・派遣労働者間の法律関係(鎌田)

第7編 派遣労働者・派遣先間の法律関係(山川)

第8編 労働基準法等の適用の特例(橋本)

第9編 紹介予定派遣(竹内)

第10編 労働者派遣法の実効性確保(山川)

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祖父母たちのオフィスラブ伝説 by 西口想

51li6rvwhil_sx346_bo1204203200_ 西口想さんが、「マネたま」というネット上のメディアに「祖父母たちのオフィスラブ伝説」というエッセイを書かれていて、これがなかなか面白いです。拙著『働く女子の運命』もちょいと引かれているのですが、田辺聖子の長編小説『甘い関係』を素材に、今の若者たちの祖父母の時代、つまり高度成長期のころの職場における男女のありようをあれこれ考察しています。

https://www.manetama.jp/report/office-love-2/

今回は「甘い関係」を読みながら、東京オリンピック(1964年)が終わり、大阪万博(1970年)の準備を進めていた頃、日本の高度経済成長期のオフィスラブ模様を見てみたい。・・・

50年前のオフィスラブを知るために、ヒロインの一人、松尾美紀に注目したい。小説のなかで彼女の職種は「BG」と呼ばれている。「OL」という言葉が生まれる以前、女性の一般事務職は「ビジネス・ガール」の頭文字をとってそう呼ばれていた。

ほらほら出ました、BG、ビジネス・ガール。拙著でかなり詳しく解説したので、この言葉がOLに取り替えられた経緯はご存じでしょう。

美紀が連載時の1967年に29歳であったとすれば、彼女は1938年生まれ。いま生きていれば78歳くらいだ。美紀が働いていた当時の企業社会では、男女の人事コースは公然と区別された。男性事務職員は幹部社員に出世するのが前提で、女性事務員=BGは結婚退職を前提に採用された時代だ。

濱口桂一郎『働く女子の運命』(文春新書、2015年)によれば、当時の日本企業では、女性事務員の採用時に「結婚したときは自発的に退職する」旨の念書をとったり、あるいは結婚しなくても、女性のみを30歳・35歳定年とする就業規則が普通に見られた。企業側も「結婚前の娘さんを預かる」という意識だったのだ。

そうして「働くこと」の入口でジェンダーの枷を嵌められるBGにとって、生存・結婚戦略の一つとして、職場内恋愛(オフィスラブ)による結婚相手探しが入ってくるのは必然だった。会社内の女性のほとんどが高卒や短大卒の20代前半の未婚女子。そのなかで、美紀は破格のキャラクターを与えられている。

そうそう、この辺の感覚も、拙著で何回も引用した上坂冬子さんが当時山のように出していたBG本の中で繰り返し描いていたものですね。

56年ぶりのオリンピックがもうすぐ東京にやってくる。今、学校を出て就職する人たちの祖父母の世代が、ちょうど美紀たちの世代だ。「甘い関係」という小説を媒介にして、あなたの祖父母に、若かりし頃のオフィスライフについて聞いてみるのも楽しいと思う。きっと、想像を超える豊かで生き生きとした物語が、あなただけに語られるはずだ。

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小谷敏編『二十一世紀の若者論』

28299072_1小谷敏編『二十一世紀の若者論 ― あいまいな不安を生きる』(世界思想社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.sekaishisosha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=display&code=1693

イデオロギー対立と経済発展が終焉した二十一世紀。若者たちはどう語られてきたのか。
大人たちの偏見にさらされ、生きづらさを抱えて浮遊する若者たちの姿を、
言説の分析を通して浮かび上がらせる。メタ社会学的冒険の書。

はじめに(小谷敏)
第Ⅰ部 「失われた一〇年」か、「失われざる一〇年」か
第1章 宮台真司という現象(新井克弥)
第2章 この〈世界〉の中で〈他者〉に出会うことの困難(鈴木智之)
第Ⅱ部 若者の生きづらさについて
第3章 「自立しない若者たち」という語り(小川豊武)
第4章 「昭和」対「平成」の世代間戦争(鈴木洋仁)
第5章 働く若者はどう語られてきたか(杉田真衣)
第6章 スクールカーストと能力主義(鈴木弘輝)
第Ⅲ部 若者文化の絶望と希望
第7章 オタクたちの変貌(辻泉)
第8章 ヤンキーとは何者か?(小谷敏・内藤理恵子)
第9章 若者文化の絶望と希望(小谷敏)

うーん、そうですね、まさに「言説の分析」が中心の「メタ社会学的」な本なので、興味ある人にとってはとても面白いでしょうけど、現実をどう分析するのかに関心のある人にとっては隔靴掻痒の感があるかもしれません。

第1章の「宮台真司という現象」から古市憲寿氏を取り上げた第9章の「若者文化の絶望と希望-消費される『若手社会学者』」まで、いろんな人を取り上げていますが、あえていうと、狭義の社会学ムラの中に視線が集まっている感があり、この20年間にワカモノ論としてマスコミでもてはやされたりしてきたものの一部にとどまっている感もあります。まあ、これは私がもっぱら労働論の視点から見ているからかもしれませんけど。

本書で言うと、第5章の「働く若者はどう語られてきたか」(杉田真衣)が若者と労働について取り上げていて、いくつか興味深い叙述がありました。とりわけ、「<学校から仕事へ>の移行という枠組みの問い直し」の必要を説いているところは、私も同感です。

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『労働六法2017』

149792 『労働六法2017』(旬報社)をお送りいただきました。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1157?osCsid=mnjhuji55ebblvp570nehs65g3

この版は、先月出たばかりの「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」まで収録されています。

もっとも、昨年末に働き方改革実現会議に提出された例の同一労働同一賃金のガイドライン「案」は載っていません。そこは編集者なりの判断があったのでしょう。

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外国人材の活用について

昨日、官邸で働き方改革実現会議が開かれ、例の長時間労働の上限について労使間で合意したのしないのという報道があるようですが、それよりも注目すべきは、厳密には「働き方改革」じゃないのではないかという気がするんですがなぜか入っている「外国人の活用」について、議論されたらしいことです。

新たなトピックを打ち出すときにはいつも斬り込み役的な役目を果たしている高橋進さんが提出した資料を見ると、

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai8/siryou3.pdf

「今後とも構造的に人手不足が見込まれる分野(建設、製造、農業、医療・介護、家事支援、IT 等)では、場当たり的でない、新たな枠組みの下での外国人活用を視野に入れるべき」と述べた上で、こういう構想を提示しています。

・新たな枠組みとして、一般労働者(非高度・非専門人材)を含め、以下のような雇用許可制度を導入してはどうか。
 労働市場テスト(国内求人努力)を行い、労働者を確保できない企業に対して外国人雇用を許可。
 政府は外国政府との間に二国間協定を締結し、割り当て数、対象業種等を決定、ビザを発給する。滞在期間は、例えば3年とし、一定の条件下で再入国可能。
 入国後、就業教育を経て企業に配置。転職には一定の制限。
 一般労働者から、高度・専門人材、熟練労働者への転換、それによる長期滞在、永住を可能とする。

これは韓国型の雇用許可制ですね。

これに対しては、水町さんが

外国人材の受入れ・活用については、韓国など諸外国でとられているような方法も視野に入れつつ、中長期的な視点から、日本の労働市場の健全な発展(日本人の技能形成・雇用確保等)と外国人材の積極的な活用との両立を可能とする制度のあり方を検討することが必要ではないか。

樋口さんが

未熟練の外国人労働者の受け入れについては、一時的なニーズの問題だけで即断すべきではない。日本人の雇用への影響や社会的コストも十分勘案すべき。韓国では二国間協定に基づく外国人労働者のコントロール制度を入れている。自分もヒアリングしたが、いろいろと問題を感じている。現在の技能実習制度に問題があることは十分承知しているが、さりとて直ちにこれがベストという具体案を持ち合わせていない。

と、そう簡単にこうと言えない悩ましさを示しています。

私は立ち入りませんが、最近(拙著のオビの文句を書いていただいた)上野千鶴子さんの移民問題に関するエッセイが炎上したとかしないとかという話もあり、この問題はポリティカリーにセンシティブなんですね。

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右翼こそが女性の自由と解放を体現?

水島治郎さんの本で繰り返し論じられていることではありますが、こういうシンボリックなかたちで演じられてしまうと、改めて、近代ヨーロッパが作り上げた価値観を体現しているのは右翼政党なのか!?という何とも言えない奇妙な気分になります。

http://www.cnn.co.jp/world/35096984.html (仏FNのルペン氏、レバノンでベール着用拒否 会談中止に)

Marinelepenfile ベイルート(CNN) 仏大統領選の有力候補とされる極右政党、国民戦線(FN)のルペン党首は21日、訪問先のレバノンでイスラム教の女性が頭を覆うスカーフの着用を拒否し、予定されていた大ムフティ(イスラム法最高権威者)との会談を中止した。・・・

FNのフィリポ副党首は直後にツイッターでこの件に言及し、「フランスと世界の女性たちに向けた自由と解放のメッセージだ」と称賛した。

ルペン氏はかねてイスラム教のベールに反対の立場を示し、公共の場では宗教的シンボルを全て禁止するとの公約を掲げてきた。

文化相対主義の名の下に非西洋社会の価値観を尊重するあまり、実は自分たちが依って立っているはずの近代西洋的価値観を却っておとしめてしまっているかのように振る舞ってしまいがちな(今日風の文化的)左翼のジレンマに対し、正々堂々とまさにその近代的価値観を振りかざしてみせることでその排外主義的思想と行動を正当化してしまえる立ち位置を得てしまっている右翼勢力、というよく考えてみれば実に不思議な、しかしそれこそが現代社会というものを表してしまっているのだなあ、というその姿。

まあ、これが一番よく現れているのはやはりヨーロッパであって、アメリカやとりわけ日本は大部文脈が違うのですが。

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石田眞・浅倉むつ子・上西充子『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』

14993石田眞・浅倉むつ子・上西充子『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1155?osCsid=p50gu6tn6k1s5sqc1c0p5dm092

タイトル通りの本です。法政キャリアデザインの上西さんが原案執筆、それを早稲田労働法のお二人がチェックして作られた、薄いけれども大変親身に作られた本です。

上西さんによる前書きに本書の趣旨が詳しく述べられているのでそのままコピペしておきます。

 この本は、大学生が働くうえで直面する可能性があるトラブルを「アルバイト」「インターンシップ」「就職活動」「内定と内定後」「労働契約と入社後」に分けて、Q&A形式で解説したものです。さらに相談の仕方や相談機関に関する情報も掲載しています。

■さまざまな労働トラブル
 若手社員が長時間労働やパワハラによって、うつ病や過労死に追い込まれる問題が社会的に注目を集めています。しかし労働トラブルは、入社後に初めて直面する問題ではありません。
 アルバイトでも、無理やりシフトを入れられる、時間外にタダ働きさせられる、ノルマを与えられ達成できないと自費での購入を迫られる、辞めたいのに辞めさせてもらえない、などの問題が表面化しています。そのような問題は一部のアルバイトだけに見られるわけではなく、厚生労働省の調査によれば、アルバイトに従事した大学生らの6割が何らかのトラブルを経験したことがあるという結果が出ています。しかしながら、多くの学生は労働契約を結ぶという認識も薄いまま、アルバイトを始めているのが現状です。
 就職活動の前に参加の割合が高まっているインターンシップでは、実務に携わることもありえますが、労働者としての位置づけにはないことが多く、安価な労働力として都合よく使われてしまうリスクもあります。
 就職活動においては、内定を出す条件として他社の選考の辞退を求められるといった問題が注目を集めています。内定後に泊まり込みの研修への参加を求められる、入社前に資格取得を求められるなど、卒業論文や卒業研究に支障となる事態も生じています。
 入社後には、聞いていた労働条件と違う条件を押し付けられる、長時間の残業を求められるのに一定時間分しか残業代は申告できない、といった問題が起こりえます。

■労働トラブルに備える
 このようにさまざまな労働トラブルのリスクが潜んでいるにもかかわらず、大学の学生支援や就職支援、キャリア教育はその現状に十分に対応できていないのが実情です。
 私たち3名の執筆者はいずれも大学の教員です。学生の皆さんが理不尽な要求を押し付けられて苦しんだりすることがないようにと、本書を執筆しました。本書では大学入学から卒業・入社後までに直面する可能性がある労働トラブルについて、順を追ってわかりやすく解説しています。Q&Aは若者の労働問題を追ってきた上西充子が原案を作成し、労働法を専門とする石田眞と浅倉むつ子が手を加えました。コラムは分担して執筆しました。
 学生の皆さんには、アルバイトを始める前や就職活動を始める前から本書を手にとっていただきたいと願っています。トラブルを予防するためには、またトラブルに直面したときに適切に対処できるためには、一定のワークルール知識を身に付けておくことが重要です。さらに、大学生の保護者の方々や、大学の教職員の皆様、企業の人事・労務担当の皆様にも、本書をお読みいただき、適切な対策を考えていただければ幸いです。

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「日本死ね」の一源泉

去る2月9日にこういう判決があったようです。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/519/086519_hanrei.pdf

(神戸地方裁判所平成29年2月9日)

第2 事案の概要
本件は,被告が平成18年4月1日に開園した本件保育園の近隣に居住する原告が,本件保育園の園児が園庭で遊ぶ際に発する声等の騒音が受忍限度を超えており,日常生活に支障を来し,精神的被害を被っていると主張し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,一部請求として,慰謝料100万円及びこれに対する不法行為以降の日である平成23年7月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の遅延損害金の支払を求めるとともに,人格権に基づき,本件保育園の敷地北側境界線(以下「本件境界線」という。)上において本件保育園からの騒音が50dB(LA5)以下となるような防音設備の設置を求める事案である。

日本死ねという言葉が飛び出してくるほど保育所が少ない理由の一つとして、近隣住民が反対するからだというのはよくいわれていますが、その近隣住民が保育所のガキどもがうるさいといって裁判に訴えた事案のようです。

結論をいうと原告の請求を棄却しているんですが、でも保育所のガキどもがやかましいという気持ちは分かるよといってもいます。とりわけ、

・・・さらに,本件保育園は,神戸市における保育需要に対する不足を補うために被告が神戸市から要請を受けて設置・運営したという経緯からすれば,本件保育園は,神戸市における児童福祉施策の向上に寄与してきたという点で公益性・公共性が認められるものの,本件保育園に通う園児を持たない原告を含む近隣住民にとってみれば,直接その恩恵を享受しているものではなく,本件保育園の開設によって原告が得る利益とこれによって生じる騒音被害との間には相関関係を見出しがたく,損害賠償請求ないし防音設備の設置請求の局面で本件保育園が一般的に有する公益性・公共性を殊更重視して,受忍限度の程度を緩やかに設定することはできないというべきである。

と、保育所なんか作られても一文の得にもならない人間は、保育所にガキを預けないと日本が死んでしまうような人のために、他人のガキの騒音を我慢する理由はない、とまで同情しています。

まあ結論は、何デシベルがどうとかこうとかいろいろと言った上で、

・・・以上の事情を考慮すると,原告が本件保育園からの騒音により精神的・心理的不快を被っていることはうかがえるものの,原告宅で測定される本件保育園の園庭で遊戯する園児の声等の騒音レベルが,未だ社会生活上受忍すべき限度を超えているものとは認められず,不法行為を基礎づける程度の違法があるということはできない。

といって棄却しているんですが、判決をざっと読んだ素直な感想はむしろ、そうか保育所の公益性はその程度のものか、というものでした。

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公益通報者保護法の改正へ@『労基旬報』2017年2月25日号

『労基旬報』2017年2月25日号に「公益通報者保護法の改正へ」を寄稿しました。

 去る2016年12月に、消費者庁に設置された「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」が最終報告書をまとめました。公益通報とはいわゆる「内部告発」のことです。2000年代始め頃、雪印や日本ハムなどで食品偽装事件が相次ぎ、また三菱自動車のリコール隠しなど消費者の信頼を裏切る企業不祥事が続発したことから、これらの犯罪行為や法令違反行為を知った内部労働者による公益通報を保護するために、2004年に公益通報者保護法が成立したのです。
 同法で「公益通報」とは、労働者が、不正の目的でなく、その労務提供先(派遣先も含む)またはその役員や従業員等について、法令違反行為が生じ、またはまさに生じようとしている旨を、一定の相手に通報することと定義されています。通報先として挙げられているのは、その労務提供先、処分勧告権限を有する行政機関、そして「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」です。この最後のものには報道機関も含まれます。労働者がこの法律でいう公益通報をした場合、解雇の無効(3条)、労働者派遣契約の解除の無効(4条)、不利益取扱いの禁止(5条)といった保護がかかります。興味深いのは、直接雇用労働者の解雇と派遣労働者の派遣解約解除とを同列に並べて無効と規定している点です。労働行政ではなく消費者行政の観点から法的介入をしようとしている立法のスタンスがうかがわれます。
 これらの保護の対象となる公益通報は、公益通報先ごとに要件が少しずつ異なっています。事業者内部への通報の場合、不正の目的でなく、法令違反が生じ、またはまさに生じようとしていると思ったということだけで保護されますが、行政機関への通報の場合、不正の目的でなく、法令違反が生じ、またはまさに生じようとしていると信じたことに相当の理由がなければなりません。事業者外部への通報の場合、これに加えて、事業者内部に公益通報しても調査が開始されない場合など5要件のどれか一つを満たすことが必要になります。公益通報の対象となるのは、個人の生命または身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他国民の生命、身体、財産その他の利益に保護に関わる法律に規定する犯罪行為です。別表には刑法から始まって食品衛生法、証券取引法等々の法律が掲げられていますが、政令にはさらに労働基準法等の労働法令も並んでいます。
 公益通報者保護法の成立後10年以上がたちましたが、最近も東洋ゴム工業の免震ゴム不正問題、東芝の粉飾決算、三菱自動車の燃費不正など企業不祥事は後を絶っていません。そうした中で、この法律の実効性をもっと高めるべきではないかという議論が盛り上がってきたのです。そこで2015年6月に消費者庁は「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」(学識者14人、座長:宇賀克也)を設置したことから始まりました。2016年3月に取りまとめられた第1次報告書は、かなり広範な領域にわたって、論点を洗い出しました。これを受けて同年4月からワーキング・グループが開催され、11月にワーキング・グループ報告書を取りまとめ、この両者を合わせて12月に最終報告書が取りまとめられたわけです。以下、報告書で提起されている法改正の方向性を概観しておきましょう。
 不利益取扱いを民事上違法とする効果の要件のうち、まず通報者の範囲について、現行法は保護される通報者を在職中の労働者に限定していますが、実際に法令違反行為を知って通報しようとするのは在職中の者に限らないことから、既に退職した労働者は「含めることが適当」と、会社役員等は「加える方向で検討する必要がある」と、取引先事業者は「加えることについて今後さらに検討する必要がある」と、微妙な差異をつけながら拡大の方向を示しています。なお、それ以外の者も含めて「何人も」と規定することも「今後さらに検討する必要がある」と述べています。
 次に通報対象事実の範囲について、現行法では「個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他国民の生命、身体、財産その他の利益に保護に関わる法律に規定する犯罪行為」ですが、刑事罰の対象となっていない行為についても対象に含めるべきではないかという議論が提起され、報告書では「当該事実に公益性や明確性があるかを踏まえた上で、今後さらに検討する必要」としています。一方特定の目的の法律という限定を外すことについては、税法や国家公務員法等への違反であってもこれを「追加するなど、通報対象事実の範囲を拡げる方向で検討する必要がある」としています。切迫性、つまり「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている」ことの要件の削除も論点に上がりましたが、「逐条解説等で具体的に示すことによって対応することが適当」とされました。
 通報先には労務提供先、行政機関、その他の3種があり、それぞれに要件が異なりますが、その見直しも焦点となりました。行政機関への通報には、現行法では一律に真実相当性、つまり「法令違反が生じ又はまさに生じようとしていると信じるに足りる相当の理由がある」ことが求められていますが、これを「緩和する方向で検討する必要がある」としています。一方その他通報先については、「真実相当性を緩和することについては、慎重に検討する必要がある」と否定的です。またその他通報先にのみ求められている特定事由該当性については「緩和する方向で検討する必要がある」としています。
 もちろんこれがこのまま立法化されるとは限らず、今後具体的な立法化に向けた作業が始まるわけですが、企業と労働者の関係に対して大きな影響を与えるものになる可能性があります。企業の人事担当者はこの報告書にぜひ一度目を通しておいたほうが良いと思います。

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桑村裕美子『労働者保護法の基礎と構造』

L14490 桑村裕美子さんから『労働者保護法の基礎と構造-- 法規制の柔軟化を契機とした日独仏比較法研究』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641144903

本書、タイトルがだいぶ変わっているのですが、学士助手であった桑村さんの助手論文「労働条件決定における国家と労使の役割」(『法学協会雑誌』に2008年に連載されたもの)の改稿決定版です。

この間、ドイツでもフランスでも、そして言うまでもなく日本でもめまぐるしいほどの労働法改正が続けざまに行われ、元論文は原形をとどめないまでに改稿されています。

近年では,あらゆる労働関係に一律に適用される強行規定ではなく労使合意による例外設定(逸脱)が可能な法規定が増えている。本書はそうした規制手法の有用性と限界を検討し,国家・集団・個人が労働者保護の実現においてどのように関わるのが適切かを論じることで,労働者保護法のあるべき姿を模索する。

第1編 問題の所在
 第1章 労働法の特徴と問題点
 第2章 国家規制と労使合意の関係
 第3章 学説の議論
 第4章 法規制からの逸脱と労働者の同意
 第5章 本書の検討内容
第2編 ドイツ
 序 章 ドイツ労働法の沿革と本編の構成
 第1章 伝統的労働協約制度と国家規制
 第2章 労働組合をめぐる変容と労働法体系への影響
 第3章 事業所委員会制度と国家規制
 第4章 ドイツ法の分析
第3編 フランス
 序 章 フランス労働法の沿革と本編の構成
 第1章 団体交渉・労働協約制度の概要
 第2章 法規制の柔軟化と労働協約
 第3章 法規制の柔軟化に付随する改革
 第4章 フランス労働法の変容と評価
 第5章 法規制の柔軟化と個別契約
 第6章 フランス法の分析
第4編 総 括
 第1章 ドイツ・フランスの比較
 第2章 日本法の分析
 第3章 結論と展望

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部活は保育?

プレジデントオンラインに「「土日の部活は常識」陰の推進者はあの人」という松尾英明さんの記事が載っていますが、

http://president.jp/articles/-/21376

ほぼ休みなし状態――。中学・高校生の土日祝日の「部活動」のことです。週末の部活は日本ではほぼ常識的な“風景”です。しかし、これは世界のスタンダードからすると間違いなく「異常」な状況に違いない。親として部活動をどう見るかをさまざまな立場の視点から一緒に考えていきましょう。・・・

推進者の「あの人」というのは、実は生徒の親たちだというのがこの記事の主張です。

子供が行きたくて行っていて、その間は、親も自由な時間ができる。スポーツクラブだったら1回何千円、月に数万円かかるところが、何と「無料」&「時間無制限」。反対する理由は何もありません。

もし「土日の部活をなくす」と言ったら、親御さんから大反対運動が起きても不思議ではないでしょう。子供の側はといえば、部活を楽しみながらも内心はたまに休みたいと思っているので、きっと反対運動までは起きません。その点で、一部の熱心な親御さんは、土日部活動の陰の推進者といえるかもしれません。

私も実のところはそうだろうと思っていますが、だとするとこれはそう簡単に止めることもできにくいということでもあります。

手間のかかる思春期の子供たちの世話を低コストで学校教師に丸投げできるというのは、部活が一種の「保育」機能を果たしてしまっているということなのですから。

部活に預けることができなくなると、その親たちからすれば「日本死ね」と言いたくなるということでもあるわけです。

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手紙は覚えている

近所の名画座でやっていたので、昨年の映画『手紙は覚えている』を見てきました。

http://remember.asmik-ace.co.jp/

最愛の妻ルースが死んだ。だが、90歳のゼヴはそれすら覚えていられない程、もの忘れがひどくなった。ある日彼は友人のマックスから1通の手紙を託される。「覚えているか?ルース亡きあと誓ったことを。君が忘れても大丈夫なように、全てを手紙に書いた。その約束を果たしてほしい―」2人はアウシュヴィッツ収容所の生存者で、70年前に大切な家族をナチスの兵士に殺されていた。そしてその兵士は身分を偽り、今も生きているという。犯人の名は“ルディ・コランダー”。容疑者は4名まで絞り込まれていた。体が不自由なマックスに代わり、ゼヴはたった1人での復讐を決意し、託された手紙と、かすかな記憶だけを頼りに旅立つ。だが、彼を待ち受けていたのは人生を覆すほどの衝撃の真実だった―

映画自体ははらはらどきどきの極上のサスペンスとこの上なくえぐい結末ですが、ネット上に既に結末のネタバレは溢れているので、それを前提にしての映画それ自体からはかなりかけ離れた感想を。

自分はナチスに家族を殺されたユダヤ人だという思い込み(というか正確には「思い込まされ」)に似た虚偽意識の構築というのは、戦後世界におけるアイデンティティ維持のための不可避の便法として、実はかなり広範に見られたことだったんではないか、とふと思ってしまった。

実は枢軸国側であったヴィシー政権下のフランス人としての記憶を押し隠すかたちでの自由フランスの抵抗の「歴史」にしても、大日本帝国臣民としての記憶を否定するかたちでの独立韓国の「歴史」にしても、エスニックなアイデンティティ故にそのわかりやすい例だけど、さらにいえば戦後ドイツ人や戦後日本人の自己認識にもそれと似た機制が働いているのではないだろうか・・・、てなことをぼんやり感じながら帰途につきました。

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諏訪康雄『雇用政策とキャリア権』

279904労働法学で一番世の中に影響を及ぼしたのは誰か?といえば、総合点ではもちろん現在第11版まできている菅野和夫『労働法』ということになるでしょうが、ある一つの概念、コンセプトが世の中に及ぼした影響という角度から見れば、本書の著者諏訪康雄さんの「キャリア権」という概念に匹敵する程の影響力を持ったものはないのではないかと思われます。

なにしろ、この概念をもとに「NPO法人キャリア権推進ネットワーク」というのが設立され、活発な活動が行われています。あの菊池桃子さんが理事ということでマスコミにも注目されましたが、なんにせよ、ある一人の学者が考案したある一つの概念がもとになって、こういう一つの運動が推進されるに至っているというのは、なかなか他では見られない現象ということができるでしょう。

http://www.career-ken.org/soshiki.html

ところが、その肝心の論文、有名な「キャリア権の構想をめぐる一試論」は、20年近く前にJIL雑誌に載って以来、今日まで本にまとめられることはありませんでした。その他の諏訪さんの諸論文も、今回の本でようやく一冊にまとめて読むことができるようになったのです。

http://www.koubundou.co.jp/book/b279904.html

職業上のキャリアの生涯にわたる形成と展開を基礎づける法概念=キャリア権。この提唱者である著者が、20世紀末から21世紀初頭にかけて、雇用環境が激変する過渡期のなか、人々のキャリアをめぐる主題に沿って労働法政策的な視点から考察を試みた画期的な論文集です。

第1部 これからの雇用政策―理論と枠組み
 第1章 雇用政策はどこに力を注ぐべきか
 第2章 労働市場法の理念と体系
 第3章 能力開発法政策の課題
 第4章 雇用政策をめぐる断章
 第5章 労働市場と法―新しい流れ
 第6章 雇用戦略と自助・共助・公助
 第7章 労働をめぐる「法と経済学」
第2部 キャリア権の提唱
 第8章 キャリア権の構想をめぐる一試論
 第9章 キャリア権とは何か
 第10章 キャリア権をどう育てていくか
 第11章 職業能力開発をめぐる法的課題
第3部 キャリア権の展開(Ⅰ)―社会人のキャリア形成支援
 第12章 エンプロイアビリティは何を意味するのか
 第13章 キャリアデザインとは何か
 第14章 中高年のキャリア展開
  第15章 内職と在宅就労
 第16章 テレワークの導入をめぐる政策課題
 第17章 テレワークという働き方がもたらすもの
 第18章 日本企業とテレワーク
第4部 キャリア権の展開(Ⅱ)―若者のキャリア形成支援
 第19章 グローバル化時代の若年雇用の方向
 第20章 キャリア考現学
 第21章 社会人基礎力とは何か
 第22章 大学におけるキャリアカウンセリング 
 第23章 アルバイトとキャリア教育

発表時に熱心に読まれたであろう論文と共に、意外なメディアに発表された今日的に見ても興味深い論文も入っていて、興味深いのですが、その中でも最後の「アルバイトとキャリア教育」は、2006年に『青森雇用・社会問題研究所ニュースレター』15号に掲載されたもので、その後ブラックバイトとかインターンシップとかいろいろ議論が沸騰したあとに読むと、また一段と味わい深いものがあったりします。今は熊本にいる紺屋博昭さんがまだ弘前におられた頃、「女学生らを研究員に仕立て研究に当たらせ」(紺屋さん自身の台詞)ていた頃のニュースレターですね。

4623040720ちなみに、冒頭で述べた「世の中に及ぼした影響」の中で逸することができないのは、現実の労働政策それ自体への大きな影響です。拙著『労働法政策』の中でも、90年代末から21世紀初頭の職業能力開発政策の動きについてこう述べています(p181)。

・・・90年代末から、職業能力開発政策は「キャリア」という言葉を愛好するようになる。これは、上記職業能力開発推進研究会の座長を務めた諏訪康雄教授が、1999年7月にキャリア権という概念を提示したことが大きく影響していると見られる。・・・

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同一労働同一賃金と集団的労使関係@『労働判例』2月15日号

Roudouhanrei_2017_02_15『労働判例』2月15日号の巻頭エッセイ「遊筆」に「同一労働同一賃金と集団的労使関係」を寄稿しました。

http://www.e-sanro.net/jinji/j_books/j_rodohanrei/d20170215/

・遊筆―労働間題に寄せて
同一労働同一賃金と集団的労使関係 独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員 濱口桂一郎

なお、本号は「労働契約法20条をめぐる判例と課題~ハマキョウレックス(差戻審)事件・長澤運輸事件判決からみえるもの~」という鼎談が載っています。

鼎談者は、経営法曹からは峰隆之さん、労働弁護士からは水口洋介さん、学者からは山本圭子さんです。これは結構読みでがあります。

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時間外労働の上限規制

本日の働き方改革実現会議に、「時間外労働の上限規制(事務局案)」が提示されました。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai7/siryou2.pdf

ざっくりいうと、労働時間について3つの上限ができるということのようです。

第1は労働基準法本則の1日8時間、週40時間。とはいえこれが空洞していることはご存じの通り。

第2は、現在法的拘束力のない大臣指針で決められている月45時間、1年360時間という「原則」の時間外労働の上限。

第3は、「臨時的な特別の事情ある場合」に認められる1年720時間(月平均60時間)という「例外」の時間外労働の上限。これにおそらく1ヶ月の絶対上限(100時間?)がつけられるか。

この最後のものは、おそらく過労死認定基準や安衛法上の面接指導の要件とリンクしているのでしょう。

これについて、「そんな長時間労働を認めるのか!!?」みたいな批判をする人が多分出てくるでしょうが、現時点では日本国の法令においては、そんな長時間労働の上限すらなくて青天井であるということを踏まえて議論をする必要があるでしょう。

最低賃金が存在しない国で、「そんな低い最低賃金で良いのか!!?」といって潰すみたいな話は避けた方が良いとは思います。

ただ、勘違いしてはいけないのは、この上限設定はあくまでも「命」という意味でのワーク・ライフ・バランスなのであって、だから絶対上限なのであって、女性の活躍とか言う時の「生活」という意味でのワーク・ライフ・バランスではないのであって、そこをごっちゃにした議論はしない方が良いと言うことです。

その点、この資料のはじめの方の「基本的考え方」のところに「女性や高齢者が活躍しやすい社会」とか「ワーク・ライフ・バランスを改善」とか書いてあるのは、いささかミスリーディングだと思います。

過労死しない程度の労働時間を何とか設定しようという話なので、それで女性や高齢者が楽々働けるというわけではないのですから。そこをどうするかは、むしろこれからの問題のはずです。

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権丈善一『ちょっと気になる医療と介護』

253107権丈センセの「へのへの」シリーズ第2弾です。『ちょっと気になる医療と介護』(勁草書房)。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b253107.html

正確にいうと、第1弾の『ちょっと気になる社会保障』の方は、「へのへのもへじ」が真ん中にあって、右上に「へめへめしこじ」だったのが、今回のでは逆で、真ん中に「へめへめしこじ」で、右上に「へのへのもへじ」です。

それがどういう意味なのかはともかく、本書はハードカバーの「再分配の政治経済学」シリーズに比べれば一般向けのわかりやすい入門書という位置づけであることは確かなんですが、それでも前著よりは結構難しいです。

団塊世代が後期高齢者となる2025年以降、日本の医療介護ニーズの絶対量は高原状態となる。日本社会はそれまでに何をすべきか。医療と介護の正確な情報を踏まえ、医療介護の一体改革が必要である理由と、提供体制の改革こそが重要であること、改革の具体的な道筋を解説する。勘所をわかりやすく説く「ちょっと気になる」入門書第二弾。

もっとも、これはいわゆる年金問題が壮大な論壇と政界を貫くオレオレ詐欺みたいな話で、筋道をきちんと解きほぐせばするすると分かる程度の問題であるからかも知れません。本書のテーマである医療・介護というのは、それに比べて実体のある話で、本当に目の前にある難題を何とか解決しなければならないという意味では、これくらいわかりやすく書こう書こうとした本であっても、話に追いついていくのは世間の普通の人にとっては結構難しいのではないかと思います。

目次は下の方にコピペしておきますが、もう一つ本書をやや読みにくくしているのは、冒頭の第1章とか最後の第16章で、社会保障を考える上で必要な、とはいえ一般人にとってはかなり抽象的なレベルの経済そのものに関する総論的議論をそれなりに深く突っ込んで論じていることで、この辺は「ちょっと気になる医療と介護」に入れるテーマだったのかな、という気もしました。

いや、そこで論じられていることは私にとってはむしろ大変興味深い話で、冒頭いきなりアダム・スミスのいう生産的労働と非生産的労働というのがでてきて、これは戦後日本ではもっぱらマル経の学者によってああでもないこうでもないと議論されてきたテーマですが、だけど農業や製造業の生産性が高まった社会ではサービス業が拡大し、とりわけ現代社会では医療福祉産業がダントツに増えているわけです。そこに、生産性概念を持ち込んでしまうと、

・・・生産性という言葉が、専門家の手を離れて大衆のものとなる1950年代までは、生産性は、スミスが生産的労働と呼んだ産業における物的生産性しか指していませんでした。しかしながら、フーラスティエたち専門家の警告にもかかわらず、生産性という言葉は、大衆の間では付加価値生産性を指すようになり、その付加価値生産性によって、民間のサービスだけでなく社会サービスも語られるようになってしまったわけです。そして、医療介護の見た目の「生産性」は低く、そのことが経済の重荷であると断定されて、もっともっと働けとムチが打たれる。こうした根本的なところでの誤解に基づく社会観、経済政策観は、正すにはなかなか手強いものがあります。

と、何とか医療介護とつながるんですけど、あれ。このお話どこかで聞いたことがあるぞ、と本ブログの読者は思い当たるでしょうね。とても大事な話なんですが、ここから始めますか、と感じましたね。

第1章 働くことの意味とサービス経済の意味
 『国富論』における生産的労働と非生産的労働とは
 第1次,第2次産業における生産性の上昇とサービス産業の役割
 就業人口が増えている業種──医療福祉産業
 需要の担い手と生産性
 付加価値生産性と物的生産性
 対人サービスにおける生産性と第1次,第2次産業における生産性との関係

第2章 人口減少社会と経済政策の目標
 Output is centralという考え方と1人当たりGDP
 成熟社会における経済成長の姿を見るためには

第3章 今進められている医療介護の一体改革
 社会保障改革の本丸,医療介護の一体改革
 地域で治し,支える「地域完結型医療」へ

第4章 医療提供体制の改革とご当地医療
 目下進行中の政策のスピード感──2018年度は惑星直列?
 提供体制の改革が目指すもの
 あるべき医療介護の試算方法の進化
 データによる制御という理念の具現化
 都道府県単位への医療政策再編の動き

第5章 地域医療構想と地域包括ケアという車の両輪
 ご当地医療構築へ地域住民も積極的な参加を
 賽は投げられた,に込めた考え方

第6章 競争から協調へ
 社会保障制度改革国民会議におけるプレゼンテーション
 非営利ホールディングカンパニーから地域医療連携推進法人へ

第7章 医療・介護費用は誰がどのようにして賄っているのか?
 なぜ,この国では社会保険という制度に頼らざるを得ないのか
 少子高齢化と保険料──現役被保険者の間での財政調整額の算定方法
 産業構造の変化と財政調整

第8章 制度と歴史と政治
 韓国からみた日本
 組合主義とみんなで助け,支え合うという社会保障の理念の衝突

第9章 リスク構造調整の動きが国民健康保険にまでおよぶ2018年度
 なぜ,リスク構造調整というような言葉が世の中に存在するのか?
 リスク構造調整を組み込んだ画期的な国民健康保険制度改革
 リスク構造調整の展開を健保組合サイドからみれば

第10章 医療介護のマンパワー総数と偏在問題
 医療従事者の需給に関する検討会・医師需給分科会
 医師養成をとりまく環境
 医療環境をとりまく社会性
 医療における専門職規範,そして公共政策とプロフェッショナル・フリーダム
 再び,医師総数について

第11章 高齢障害者向け介護保険と若年障害者向けの障害者福祉
 介護保険法第一条にみる介護保険とは
 介護保険と障害者福祉の関係

第12章 最近の介護保険改革の意味
 介護保険における居宅空間と「在宅医療等」という政策用語の意味
 なぜだか難しい,介護保険用語
 介護保険における傾斜生産方式的改革

第13章 福祉の普遍化の中での介護保険
 社会保障の歴史的展開
 措置制度
 福祉の普遍化と高齢者福祉と介護保険
 障害者福祉の普遍化と支援費制度
 障害者自立支援法と介護保険
 財源調達という難作業と介護保険の保険性
 年金と医療介護の類似性

第14章 租税財源は,どこに求めるべきなんでしょう──cool head but warm heartな財源調達論
 ゆたかな社会と付加価値税
 すべての税目を増税するプラスα増税の必要性
 累進課税の仕組みと日本の所得税の実情
 社会保障目的消費税の拡大はジニ係数を小さくして格差問題を緩和する

第15章 無い袖を振りつづけたらどんな未来がやってくるのか
 借金のストックと国債費という厄介な存在──ドーマー条件
 給付先行型福祉国家の宿命?
 奇跡の三党合意から増税はひとつの選択肢へ
 ドーマー条件と現実の金利と成長率

第16章 手にした学問が異なれば答えが変わる
 上げ潮派とかトリクルダウンとかの話
 手にした学問が異なれば政策解が変わる
 右側の経済学と左側の経済学
 経済政策思想の流れ

おわりに

(知識補給)
 診療報酬と介護報酬
 ガルブレイスの依存効果と社会的アンバランス
 「シュンペーター,イノベーション,成長戦略?」考
 QOLとQODについて
 医療費と経済のタイムラグ?
 国策としての健康増進で医療費が抑制できるのでしょうかね
 政治が変えた後期高齢者医療制度のかたち
 どうして,協会けんぽが総報酬割に反対するんだろうか?
 医療保険と保険者の政治
 2005年に「医療サービスの経済特性と保険者機能という幻想」と書いてしまっている!?
 前期高齢者医療制度における年齢リスク調整の仕方
 医師偏在を解決する政策技術
 医師偏在と医学部進学熱の本質
 介護保険における「特定疾病」
 国の法律が違憲とされた10の最高裁判決
 と言っても,累進税の強化は必要だよっという話
 指標と政策概念の間にあるギャップ
 カッサンドラのような誰も信じない不吉な予言
 いま何が起こっていて,これから何が起こるのかを考えるのに知っておいた方がいいかもしれない小選挙区制と内閣人事局
 限界貯蓄性向って言われても,分からないよっという人に
 ノーベル経済学賞って? それと平和賞が生まれたステキな話

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中澤篤史『そろそろ、部活のこれからを話しませんか 』

279130中澤篤史さんの『そろそろ、部活のこれからを話しませんか』(大月書店)をお送りいただきました。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b279130.html

教師の過酷な勤務実態、体罰・暴言問題等により、部活への関心が高まっている。日本独自の文化である部活は、そもそもどうして生まれたのか。いま何が問題で、これからどうすべきなのか。部活研究の第一人者がやさしく解説。

恐らく、私には「教師の過酷な勤務実態」との関連で送られてきたのだと思うのですが、戦前、戦中、戦後と日本独特の部活文化が形成されてくる過程を詳しく説明した本書は、大変面白いものでした。

ある意味で言うと、日本の学校のあり方と会社のあり方というのはよく対応していて、日本の部活というのは学校という共同体のメンバーとして生徒も教師も一体となって取り組む活動になっているのだと感じました。

学業成績が悪い生徒に部活を禁止したりする一方で少数エリートの競技活動が活発なアメリカは、そういう意味では典型的なジョブ型かも。

本書の歴史叙述で一番面白い、というか皮肉を感じたのは、1970年代から80年代に文部省が設けた必修クラブ活動と部活の関係です。

「自主的」な部活とは別に作られた、課内活動としての「必修クラブ活動」に対し、当時の日教組は猛烈に反対したそうです。

曰く、「必修クラブ活動は、生徒全員を強制的にクラブへ加入させることになり、生徒の自主性を大切にできなくなる」「必修クラブ活動を強引に実施することになれば、教師の自主性を大切にできなくなる」と。

一方で、生徒と教師の自主性を大切にし、民主主義教育を進める上では、部活が良い、確かに部活は教師の負担が大きいが、それでもやはり大切だ、そんな部活を、平等に、生徒全員に与えることが、教師の使命なのかも知れない、と日教組は考えたそうです。

今から振り返ると、何という皮肉でしょうか。

苛酷な「勤務」を強いられるブラック部活を糾弾してやまない今日の教師たちにとって、大先輩たちのこの「自主性」「平等」「民主主義」への素朴な信仰は、何とも皮肉に映ることでしょう。

でも視野を少し広げてみれば、「自主性」「平等」「民主主義」に充ち満ちた日本型雇用と極めて相似的な動きを示してきたと言えるのかも知れません。

部活それ自体に関心のある人にとって有用な本であるだけではなく、広く日本の教育、いやむしろ学校問題に関心のある人にとって興味深い本であるにとどまらず、それ以外の社会のありようについてあれこれ考えている人にとっても、たとえば雇用労働問題について何かヒントになるトピックはないかなと思っている人にとっても、いろんな刺激を与えてくれる本だと思います。

第1章 なぜ部活は成立しているのか
第2章 部活はいつ始まったのか
第3章 なぜ部活は拡大したのか
第4章 いま部活はどうなっているのか
第5章 部活の政策は何をしてきたのか
第6章 生徒の生命を守れるか――死亡事故と体罰・暴力
第7章 教師の生活を守れるか――苛酷な勤務状況
第8章 生徒は部活にどう向き合っているか
第9章 部活の未来をどうデザインするか
コラム多数

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大内裕和『奨学金が日本を滅ぼす』

18825もう一冊、朝日新書から、大内裕和さんの『奨学金が日本を滅ぼす』をお送りいただきました。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18825

いまや大学生の半数以上が奨学金を借りている。多い人は700万円もの借金を抱え、卒業後に返済で困窮する。授業料が高く親世代の収入が減ったため、子世代は奨学金とバイトが頼みの綱。「ブラックバイト」と命名した著者が奨学金問題の本質と解決策に初めて迫る。

ブラックバイト問題を世に訴えてきた大内さんが、それと共にさらに社会のあり方として訴えてきたのがこの(貸与型)(学生ローン型)奨学金問題です。

多くの人々に、多くの場合時代の変化が見えないための世代効果のために、現に目の前にある社会問題が見えない状況にあるときに、それを的確に社会問題として提起し、その構造を分析し、その解決の方向性を提示するという、実践的社会科学のあるべき姿を身を以て体現してきたのが大内さんだったと言えましょう。

本書はその大内奨学金論の一般向けの概説書として、とても読みやすくできています。

9784906708314_200中で、私が『POSSE』32号に寄稿した「日本型雇用と日本型大学の歪み」も引用していただいています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/posse32-6c4d.html

(目次)

【第1章】この30年で大きく変わった大学生活
●奨学金問題の「発見」  
●大学で奨学金の講義を行う  
●新学期の奨学金説明会に長蛇の列  
●片道3時間以上かけて通学する学生  
●事例1 通学に6時間以上かかる学生に
●「大学、楽しいだろ! 」と話しかける高校教員  
●ゼミ合宿の日程調整ができない  
●仕送り額急減│大学生の貧困化によるブラックバイト  
●車をめぐる世代間断層│格安バスツアーの悲劇  

【第2章】なぜ奨学金を借りなければならないか
●事例2 卒業後の返済が600万円を超える不安  
●大学授業料の値上がり│国立だからといって安くない  
●国立でも自宅外通学なら、自宅通学の私立と変わらない  
●無理せずに高卒で働けばいい?  
●奨学金利用│全大学生の50%を超える  
●なぜ奨学金に頼るのか?│急速に下がる親の所得 
●自己責任ではすまされない  
●奨学金返済を心配し、希望の進路をあきらめる学生たち  
●事例3 奨学金返済が無理だから大学院進学を断念  
●事例4 借金1千万円でも弁護士になる夢を追いかけるべきか  

【第3章】奨学金を返せないとブラックリストに
●事例5 延滞金が発生し、返しても返しても元金が減らない  
●事例6 心の病になり奨学金返済は無理……親子で自己破産  
●極めて厳しくなった奨学金の回収  
●奨学金返済は将来借りる学生のため?
●延滞金というシステム  
●「返せない」人に返済を強制する奨学金制度  
●1十分には知られていない返還猶予制度  
●2返還猶予制度の不備  
●「使いにくい」救済制度│猶予・減額・免除規定  
●奨学金の回収強化  
●事例7 返済のためにブラックな職場で頑張った末に過労自殺  

【第4章】奨学金返済で「結婚」「出産」「子育て」できない
●奨学金を「返す」ことによって生み出される問題  
●事例8 結婚相手に多額の返済義務があることが分かり、両親が難色  
●事例9 2人の返済額合計が1200万円。出産・子育ては無理?  
●奨学金返済のため「結婚・出産できない」  
●奨学金返済がのしかかる│若年層雇用の激変  
●結婚や出産・子育ての困難と親子関係の現在  
●重くのしかかる子育て費用・教育費負担  
●アンケートでも明白「結婚できない」「出産できない」「子育てできない」  

【第5章】学費と奨学金制度の過去から現在
●国立大学の授業料はなぜ安かったのか?  
●授業料値上げへの動き  
●なぜ学費の上昇が問題とならなかったのか?  
●大学の学費上昇と日本型雇用  
●80年代に有利子奨学金の導入  
●有利子奨学金の拡大  
●有利子貸与型奨学金はなぜ受け入れられたのか?  
●高卒と大卒の就職格差  
●1990年代から続いた親の所得減少  
●自己責任論の台頭と日本型雇用の「幻想」  

【第6章】奨学金をめぐる改善の動き
●ゼミでの学生との出会い  
●「愛知県 学費と奨学金を考える会」の活動と反響  
●「奨学金問題対策全国会議」結成  
●2014年、早くも行われた奨学金制度改善  
●奨学金制度改善の運動から見えてきた課題  
●高校教員や大学教員の認識不足  
●ブラックバイトの発見  
●奨学金利用者が当事者意識を持つことの困難  
●2015年以降の奨学金制度改善運動│中央労福協との出合い 
  ●所得連動返還型奨学金制度の問題点  
●2016年秋からの奨学金制度改善運動  

【第7章】奨学金制度│当面の改善策
●当面の対策  
●1奨学金をめぐる現状を正しく認識する  
●2高校・大学関係者に求められること  
●3日本学生支援機構に求められること  
●4親や保護者に求められること  
●5奨学金返済に困った場合  
●貸与型奨学金の改善へ向けて  
●1延滞金を廃止する  
●2返還猶予期限の撤廃  
●3日本学生支援機構による運用面での改革  
●4真の所得連動返還型奨学金制度の導入  
●5人的保証の廃止と機関保証料の引き下げ  
●6無利子貸与型奨学金の抜本的拡充

  【第8章】奨学金制度の抜本的改革が必要
●奨学金と教育費負担をOECD諸国と比較する  
●私費負担=親負担主義の限界  
●貸与から給付へ│給付型奨学金の意義  
●給付型奨学金だけでよいのか│授業料引き下げとセットで  
●給付型奨学金と授業料引き下げの財源はどこに求めるべきか  
●財源をどこに求めるか│富裕層と大企業  
●給付型奨学金と授業料無料のために約4兆円  
●人への投資の重要性│大学教育への公的支出増額による経済戦略  
●「自分の子どもさえ良ければ」を乗り越えられるか  
●「生まれながらの差別」に鈍感な日本社会を変えたい

  おわりに  
奨学金返済に困った時の相談先  
参考文献  

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柴田悠『子育て支援と経済成長』

18827柴田悠さんから『子育て支援と経済成長』(朝日新書)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18827

経済効果は、投入予算の2.3倍も夢じゃない! ?
「子育て支援」が経済成長率を引き上げ、
財政改善する可能性が見えてきた!
経済成長の「足かせ」にならない、社会保障の新しいあり方とは?

純債務残高600兆円超の財政難に沈む借金大国ニッポン。
いま最も必要とされるのは「保育サービスを中心とした子育て支援である」。
保育サービスに1.4兆円つぎ込めば、経済成長率は0.64%上がり、
子どもの貧困率は2.2%下がる――。
「マツコ案」(保育費・教育費・医療費無償化)を試算した
若手社会学者が先進国の成功例をヒントに
独自のデータ分析から新提案。

目次は下の方にコピペしてありますが、一言で言えば昨年出た『子育て支援が日本を救う』(勁草書房)をより一般向けにわかりやすくした新書版ということになります。

227459前著の時に紹介したのと同じく、左右両派が一致して推進できる政策として、子育て支援を打ち出そうとする柴田さんの思いがみなぎっている本です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-0ab9.html(柴田悠『子育て支援が日本を救う』)

ただ、では前著の要約簡略化版かというと、そうではない本書独自の部分もありまして、そこは柴田さんのこれまであまり人に見せてこなかった部分がちらちらと垣間見えるところでもあり、なかなか興味深いのです。

それは、「第4章 社会保障の歴史から見るこれからの日本」というところで、いつもは徹底的にデータに基づいて語る柴田さんが、ここではかなり羽を伸ばして、思い切った議論をいろいろと展開しています。

この章は、柴田さんのお父様が障害者支援施設で働いておられたことから「適応」ってほんとに良いことなのかという本源的な疑問を提起し、さらに北欧諸国が高福祉国家になったのはルター派の影響だという議論が展開されていきます。

ここで面白いのは、世間ではプロテスタントとして一括されがちなルター派とカルヴァン派が、福祉国家という観点からすると対極的な影響を与えたという議論です。

貧しい人を救う活動は教会が行うのではなく、住民たちがお金を出し合って作る協働基金によって行うべきだというルターの思想が福祉国家の原点だというのですね。

これに対して、予定説のカルヴァン派が「資本主義の精神」を作ったというのが例のマックス・ウェーバーの議論ですが、これが一番純粋に実現したのがアメリカで、そのためここが一番の低福祉国家になったのだというわけです。

ちなみにカトリックの強い大陸ヨーロッパ諸国は、社会保障は手厚いが高齢者に偏っていて子育ては家族(女性)に委ねる傾向が強かったと評しています。

うーむ、あんまり暇はないけど、学生時代に読んだきりのマックス・ウェーバーや大塚久雄を引っ張り出して読み返さなきゃいけないな・・・。

と、この辺の議論はとても面白いのですが、それに続くところで(今日本で大流行の)エマニュエル・トッドの家族システム論も出てきて、正直いささか収拾のつかない感じになっています。トッドの議論では北欧、ドイツと日本は直系家族で共通しているはずなので、ちょっと媒介項が必要な感じです。

それはともかく、もう一つ柴田さんが肉声を聞かせているのが最後の「おわりに――分断を超えて」で、古市憲寿さんや駒崎弘樹さんとの出会いを語っているところです。

2013年に柴田さんが初めて一般向けに書いた記事「いま優先すべきは「子育て支援」を読んだ両氏と品川駅で会ったときのことを回想しています。

この記事については、本ブログでもその時に紹介していましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/g2-3c6c.html(柴田悠「いま優先すべきは「子育て支援」」@『g2』)

おお、私も古市さんのツイートを紹介してましたね。

(目次)

はじめに

◆第1章 財政難からどう抜け出すか
・お金がないのが大問題
・日本政府の懐事情
・社会保障支出に食いつぶされる超高齢社会・日本
・訪れなかった第3次ベビーブーム
・先進諸国の経験から学べ――統計分析という手法
・財政余裕に影響する三つの要素

◆第2章 働きたい女性が働けば国は豊かになる
・財政余裕は改善できる
・女性の心に響く商品を生み出すには
・正社員女性比率と利益率
・ラガルド発言の根拠
・「財源なし」でできる一手
・そもそも昔の女性は働きに出ていた
・女性の職場進出を後押しする
・「3年間抱っこし放題」は効果なし?
・育休より効果的な保育サービス
・保育の拡充が財政余裕を増やす?
・限られた予算を活かす政策を

◆第3章 「子どもの貧困」「自殺」に歯止めをかける
・高齢者より高い子どもの貧困率
・子どもの貧困がもたらす問題
・子どもの貧困を減らす政策
・ワークシェアリングより保育サービス
・家計に負担のかかる無認可保育園
・3歳以上は夕方まで保育無料のフランス
・児童手当も大事
・日本の自殺率を下げる
・自殺予防に効果的な政策
・離婚による孤立と自殺
・「一家の大黒柱」からの解放
・子育て支援が日本を救う
・それぞれが「幸せ」を感じられる社会

◆第4章 社会保障の歴史から見るこれからの日本
・子育て支援額は先進国平均の「半分」
・「経済成長を促す政府支出もある」
・障害者福祉サービスと「応益負担」
・「適応」って本当にいいことなの?
・適応概念の歴史
・社会保障の問題を数字で示したら
・高福祉国家・北欧とルター派の関係
・宗教改革が高福祉国家を生んだ
・17世紀に導入された救貧税
・カルヴァン派がつくった低福祉国家・アメリカ
・投資によって偶然儲かったら
・キリスト教の歴史と社会保障
・トッドの家族システム論
・日本はなぜ低福祉になったのか
・江戸時代からの新しい救貧文化
・バブル崩壊後の企業福祉

◆第5章 子育て支援の政策効果
・結局、待機児童はどれくらいいるのか
・子どもを持ったお母さんは一生パート?
・保育士が集まらない
・待機児童問題解消にはいくら必要か
・公立の認可保育所は縮小傾向
・子育て支援でどのくらい経済成長するのか
・本当に経済成長率は上がるのか
・待機児童の解消による政策効果
・長時間労働が引き起こす「保育の質」の低下
・フランス革命と出生率
・保育ママ以外の要因は?
・フランスから学べること
・保育所で解決したスウェーデン
・「マツコ案」で保育・教育の無償化を試算してみた

◆第6章 財源をどうするか
・財源のミックス案
・財源案の合意形成に向けて

◆おわりに――分断を超えて
・古市さん、駒崎さんとの出会い
・相手と共通の「暗黙の前提」からスタート
・子どもたちのための協力

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職業安定法改正案のインパクト@WEB労政時報

WEB労政時報に「職業安定法改正案のインパクト」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=626

 去る1月31日、雇用保険法等の一部を改正する法律案が国会に提出されました。中身は三つの法改正を一本にまとめたもので、標題になっている雇用保険法の改正に加えられた育児・介護休業法の改正は、労使のいずれも望んでいないのに、官邸からやれと言われてやらされた感のある改正ですが(その中身はここでは省略します)、残る職業安定法の改正は、これまでの労働市場法政策をかなり大きく変える可能性のあるものです。今回はその中身を過去の経緯にさかのぼって見ていきたいと思います。
 今回の改正には二つの発端があります。一つは規制改革会議が2015年1月に公表した「雇用仲介事業の規制の再構築に関する意見」です。これは、2014年に労働者派遣法改正案が国会に提出されたので、それに続く労働市場規制緩和策として検討されたものです。これを受けて厚生労働省は同年3月から雇用仲介事業等の在り方に関する検討会を開催し、翌2016年6月に報告書を取りまとめました。・・・

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東京経済大学の車内広告

山内大地さんのツイートで紹介されていましたが、こういう車内広告が貼ってあったようです。

https://twitter.com/yamauchitaiji/status/830370929637089280

日本のメンバーシップ型雇用は、職務が明確でないからクリエイティブなのだそうです。東京経済大学の車内広告

C4yr8vrvyaiilp8

ポスターの上の方の微妙な曲がり方からすると、これは地下鉄都営大江戸線でしょうか。

なんにせよ、

「職に就く」というよりも

「社に入る」のが日本です

というのは、拙著で繰り返し述べてきたことでありまして、まさにその通りでありますが、

日本は会社のメンバーになる感じで

職務が明確でないからこそクリエイティブ

というのは、いや、メンバーシップ型だの職務が不明確だの、その通りなんですが、そこから突然「クリエイティブ」といういささかいかがわしげな言葉が出てくるところが、あれ?という感じで、当惑させられます。

別に、ジョブ型だからクリエイティブになるわけでもなければ、メンバーシップ型だからクリエイティブになるわけではありません。

それぞれに社会の様々な人々にとって損得勘定があるという程度の醒めた認識がまずは必要でしょう。

まあこれがある種の売り込み話法にはよくちりばめられる台詞であることはよく承知していますが、こういう使い方をされると、「クリエイティブ」という言葉が出てくるまでのそれ自体としては正しい認識をそのまま表した部分までいささかいかがわしげに見えてしまいかねない気がして、いささか複雑な心境です。

(参考)

http://www.chuko.co.jp/laclef/2013/08/150465.html

Chuko 若者と労働

「入社」の仕組みから解きほぐす

新卒一括採用方式、人間力だのみの就活、ブラック企業、限定正社員、非正規雇用……様々な議論の中でもみくちゃになる若者の労働問題。日本型雇用システムの特殊性とは? そして、現在発生している軋みの根本原因はどこにあるのか? 日本型雇用の状況だけでなく、欧米の成功例・失敗例を織り交ぜて検証する。労働政策に造詣の深い論客が雇用の「入口」に焦点を当てた決定版。感情論を捨て、ここから議論を始めよう。

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労働者階級と知的文化的左翼の永すぎた春の終焉

Rothstein_bio 「ソーシャル・ヨーロッパ」にオックスフォードのロスステインさんが「The Long Affair Between The Working Class And The Intellectual Cultural Left Is Over」というエッセイを寄稿しています。

https://www.socialeurope.eu/2017/02/long-affair-working-class-intellectual-cultural-left/

「affair」ってのは「love affair」つまり恋愛とか情事という意味なので、「long affair」を「永すぎた春」と訳してみましたが、これは凝り過ぎかも知れません。

なにが「恋愛」かというと、

Sometimes love comes to an end. The glow fades, the couple has grown “apart” or suffered what used to be called “irreconcilable differences”. This occurs not only between individuals but also in politics. The Brexit referendum in the UK, Donald Trump’s election victory in the United States and the success of all sorts of nationalist-populist parties in many European countries (including Sweden) clearly show that one of the more protracted political marriages must now be regarded as dissolved.

愛は時に終わりを迎える。愛の高揚が薄れていくにつれ、二人は別れたり、「妥協しがたい相違」というやつに悩まされる。これは男女の間だけではなく政治でも起こる。イギリスのEU離脱投票、アメリカのトランプの勝利、多くの欧州諸国におけるあらゆる種類のナショナリスト-ポピュリストの勝利が、長きにわたる政治的結婚の一つが解消しつつあることを示している。

The more than 150-year-old alliance between the industrial working class and what one might call the intellectual-cultural Left is over. The recent election results suggest that these two now have almost completely different views on key social and political issues. In general, the traditional working class favours protectionism, the re-establishment of a type of work that the development of technology inexorably has rendered outdated and production over environmental concerns; it is also a significant part of the basis for the recent surge in anti-immigrant and even xenophobic views. Support from the traditional working class for strengthening ethnic or sexual minorities’ rights is also pretty low. The intellectual-cultural Left is the exact opposite: these people are internationalists, free traders, environmentalists and strongly focused on supporting various minority groups’ rights via identity politics. And this group is positively disposed towards immigration and multiculturalism. It is nowadays difficult to imagine a leftist intellectual like Olof Palme inspiring the industrial masses. Instead, it is Trump’s, Marine Le Pen’s and Nigel Farage’s nationalist and xenophobic messages that are gaining a hearing. ・・・

産業労働者階級と知的文化的左翼というべきものとの間の150年以上にわたる同盟は終わった。近年の選挙結果は、この両者が重要な社会的政治的問題について殆ど完全に異なった見解を持っていることを示している。一般的に、伝統的労働者階級は保護主義、技術革新が否応なく時代遅れにするタイプの労働の再建を望み、環境よりも生産を優先する。これはまた近年の反移民的、排外主義的見解の高まりの根っこでもある。人種や性的志向におけるマイノリティの権利を強化することへの伝統的労働者階級の支持は極めて低調だ。知的文化的左翼は完全に正反対である。彼らはインターナショナリストで、自由貿易論者で、環境保護主義者で、アイデンティティポリティクスを通じた様々なマイノリティグループの権利を擁護することに強く焦点を当てている。このグループは移民と多文化主義に積極的に傾いている。今日では、オロフ・パルメのような左翼知識人が産業大衆を鼓吹したことを想像することも難しい。その代わり、聴衆を引きつけているのはトランプやマリーヌ・ルペンやナイジェル・ファラージのナショナリスト的で排外主義的なメッセージなのだ。・・・

This also means that one of the dominant theories about what would be the driving force behind the rise of a new socio-economic system must be abandoned. The classic Marxist idea that the working class would be the historical engine of a fundamentally new socio-economic form of production has simply come to nothing. None of the traditional industrial workers’ unions or any of the Social Democratic parties in Europe has produced a vision of what this new model would look like.・・・

これはまた、新たな社会経済システムの興隆の背後にある原動力は何かについての支配的な理論の一つが放棄されなければならないということも意味する。労働者階級が根本的に新たな生産方式の歴史的なエンジンであるという古典的なマルクス主義の考え方は水の泡になった。欧州の伝統的な産業労働者の組合のどれ一つとして、社会民主政党のどれ一つとして、この新たなモデルがどういうものかというビジョンを生み出せていない。

Well, we should not be that surprised. When a group of union leaders in London in 1864 urged Karl Marx to help them form the First Workers’ International, they did not envision any particularly radical socialist future. One of their main demands was instead to stop the British employers’ import of cheap French labour which was used to drive down their wages.

いや、我々は驚くべきではない。1864年にロンドンの組合リーダーのグループがカール・マルクスに第1インターナショナルの結成について援助を求めた時、彼らは特段ラディカルな社会主義的未来を想像していたわけじゃない。彼らの主たる要求の一つは、イギリスの使用者たちがその賃金を引き下げるために安価なフランス人労働力を輸入しようとするのを止めることにあった。・・・

じわじわと何かが内からしみ出してくるような文章です。

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佐藤博樹/武石恵美子編『ダイバーシティ経営と人材活用』

9784130511407_2佐藤博樹/武石恵美子編『ダイバーシティ経営と人材活用 多様な働き方を支援する企業の取り組み』(東京大学出版会)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-051140-7.html

多様な人材が活躍できる職場環境の構築が,企業に求められている.本書は,仕事と育児・介護の両立や,女性の活躍の場の拡大といった枠組みに加えて,従業員のキャリア形成のための転勤政策のあり方や,仕事と病気療養の両立支援をめざす企業の取り組みを提示する.

というわけで、多様な働き方に関わるいろんなトピックが取り上げられていますが、やはり今日的には、転勤にかかる問題を取り上げた第1章から第3章が注目でしょう。

日本型正社員の無限定性のうち、長時間労働については今まさに官邸の働き方改革推進会議で上限設定の方針が打ち出されるというところにきていますが、もう一つの空間的無限定性にかかわる転勤問題についても、ようやく厚労省に「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会というのが設置されて議論が始まったところで、

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000148353.html

まさにここで議論されている佐藤博樹、武石恵美子といった方々が本書のメインライターでもあります。

序章 ダイバーシティ経営と人材活用――働き方と人事管理システムの改革(佐藤博樹)

I 新しい課題としての転勤問題
第1章 ダイバーシティ推進と転勤政策の課題――社員の納得性を高めるために(武石恵美子)
第2章 転勤が総合職の能力開発に与える効果――育成効果のある転勤のあり方(松原光代)
第3章 転勤と人事管理――「変革の必要性」と「変革の波及性」(今野浩一郎)

II 女性活躍支援の課題――両立支援から活躍支援へ
第4章 企業における女性活躍推進の変遷――3つの時代の教訓を次につなげる(松浦民恵)
第5章 男女若手正社員の昇進意欲――持続と変化(高村 静)
第6章 短時間勤務制度利用者のキャリア形成――効果的な制度活用のあり方を考える(武石恵美子・松原光代)
第7章 女性が役員になるための成長の要因――女性役員の「一皮むける」経験の分析(石原直子)

III 働き方改革――――ワーク・ライフ・バランス管理職と男性の子育て参画
第8章 ワーク・ライフ・バランス管理職と組織の支援――変化する管理職(高村 静)
第9章 ワーク・ライフ・バランス管理職の育成――研修方法とその効果(高畑祐三子)

IV 仕事と介護・療養との両立
第10章 仕事と介護における「両立のかたち」――企業に求められる支援(矢島洋子)
第11章 従業員への介護情報提供と就業継続意識――――「介入」による実証実験(佐藤博樹・松浦民恵・池田心豪)
第12章 長期在宅介護に対応した仕事と介護の両立支援――介護離職を防ぐ労働時間管理と健康管理(池田心豪)
第13章 ケアマネジャーによる仕事と介護の両立支援――両立支援ケアマネジャーの育成が課題に(松浦民恵・武石恵美子・朝井友紀子)
第14章 仕事とがん治療の両立――新たなWLB支援課題としての視点から(矢島洋子)

書かれているのはだいたいこのテーマではおなじみの方々ですが、若干異色なのは、より大御所の今野浩一郎さんが書かれている第3章です。74ページから75ページに書けての図は、じっくり見るととても味わい深い図になっていて、いろいろと面白いです。

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坂本治也編『市民社会論 』

51z0lgzb6al__sx350_bo1204203200_坂本治也編『市民社会論 理論と実証の最前線』(法律文化社)を、執筆者のひとりである仁平典宏さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03813-5

「市民社会」といっても、近代思想史で出てくるヘーゲル風のビュルガーリッヒ・ゲゼルシャフトじゃなくって、今日風のシビル・ソサエティです。

市民社会の実態と機能を体系的に学ぶ概説入門書。第一線の研究者たちが各章で①分析視角の重要性、②理論・学説の展開、③日本の現状、④今後の課題の4点をふまえて執筆。3部16章構成で理論と実証の最前線を解説。

どなたがどの章を執筆されているかは、下記にコピペしておきます。

第1章 市民社会論の現在―なぜ市民社会が重要なのか―(坂本治也)
第I部 市民社会の理論枠組
第2章 熟議民主主義論―熟議の場としての市民社会―(田村哲樹)
第3章 社会運動論―国家に対抗する市民社会―(山本英弘)
第4章 非営利組織経営論―経営管理と戦略の重要性―(吉田忠彦)
第5章 利益団体論―市民社会の政治的側面―(丹羽功)
第6章 ソーシャル・キャピタル論―ネットワーク・信頼・協力の重要性―(藤田俊介)
第II部 市民社会を左右する諸要因
第7章 ボランティアと寄付―市民社会を支える資源―(桜井政成)
第8章 政治文化としての価値観―政治と市民社会をつなぐもの―(善教将大)
第9章 協 働―官民関係は何を生み出すのか―(小田切康彦)
第10章 政治変容―新自由主義と市民社会―(仁平典宏)
第11章 法制度―市民社会に対する規定力とその変容―(岡本仁宏)
第12章 宗 教―市民社会における存在感と宗教法人制度―(岡本仁宏)
第III部 市民社会の帰結
第13章 ローカル・ガバナンス―地域コミュニティと行政―(森裕亮)
第14章 国際社会における市民社会組織―世界政府なき統治の最前線―(足立研幾)
第15章 公共サービスと市民社会―準市場を中心に―(後房雄)
第16章 排外主義の台頭―市民社会の負の側面―(樋口直人)

まさに幅広くシビル・ソサエティをめぐる諸問題を解説している手ごろな本になっていると思います。

Eulabourlaw個人的には、先月上梓した『EUの労働法政策』における一つのややアンビバレントなトピックが、「ソーシャルからシビルへ」であったこともあり、利益団体とアドボカシー団体をどう考えるのかというのが、読み進めながら常に脳裏にありました。

とりわけ、高度成長期以後の日本のリベラルな左派に強く見られた、脱物質主義的な価値観を掲げて高邁な理想の実現のために奮闘するアドボカシー団体を褒め称え、返す刀で自分たちの利益の実現のために活動する農協や医師会などの諸団体を利権だ、既得権だと貶しつけてきた、その挙げ句の果てが、もっとも成功したアドボカシー型市民社会団体たる日本会議の大成功と、物質主義的な労働組合に対する非難の大合唱なのであってみれば、心の底から市民社会日本おめでとうと言いたくもなります。

本書の良いところはそういう所にもちゃんと目配りがされていることで、第5章「利益団体論」にはこのような一節がちゃんと書かれています。

・・・上のような考えとは別に、日本の市民社会論の歴史の中では、高度成長期に登場した都市問題・環境問題などの解決を目指す「市民団体」がプラスの価値を与えられると同時に、政権党や官僚制と結びついて経済的な利益を求める団体が「圧力団体」としてマイナスの価値を付与されたという事情もある。このような考え方は現在でも存在し、市民社会とは多数の利益・公共の利益に関わるものであり、私的利益を追求する利益団体はそこに含まれないという、価値判断を伴った区分につながっている。

こうした区分ができるほど団体の世界は単純ではない。・・・

これが決して日本だけの話でないことは、最後の第16章「排外主義の台頭」が「市民社会の負の側面」という副題で描き出しているとおりです。同章は、日本の事例としてはネトウヨや在特会を取り上げていますが、市民社会団体としては粗雑で落第気味のそんなものよりも、本書で描かれているアドボカシー集団としても恐らくもっとも質が高い日本会議をこそ取り上げた方が、じわじわとした問題意識を醸し出せたのではないか、と感じました。

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野村浩子『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』

321601000069 野村浩子さんから『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.kadokawa.co.jp/product/321601000069/

男女雇用機会均等法の施行から30年が経ち、女性たちの労働環境はどう変わったか。多様化する時代の中で、自分らしく働くためにはどうすればよいか。豊富な事例から、新しい時代の「働き方」「生き方」を探る。

ちょうど拙著『働く女子の運命』の後半、第3章と第4章で描いた男女雇用均等法以来の働く女性たちの姿を、もっと人々の生の姿に寄り添ったかたちで丁寧に描き出した一冊です。

裏見返しの著者紹介にあるように、野村浩子さんは1995年から2006年まで、『日経WOMAN』の副編集長、編集長として、働く女性の姿を見つめ続けてきた方です。

拙著で大きな転換期の象徴として引用した「OLビッグバン」て言葉も、同誌の特集のタイトルなんですね。

第1章 仕事と子育て両立編

◆残業できる人、できない人

◆家事・育児を手放せない人、任せられる人

第2章 ライフコース編

◆専業主婦か、キャリア女性か

◆扶養枠を超える人、超えない人

◆子どものいる人、いない人

第3章 働く女性の30年 A面・正社員

◆総合職か、一般職か

◆男女雇用機会均等法の産みの親、赤松良子さんに聞く

第4章 働く女性の30年 B面・非正規女子

◆非正規で働く女性

◆シングルマザー

第5章 キャリア編

◆管理職になりたい人、なりたくない人

◆女性起業家

第6章 これからの働き方、生き方を探る

◆二極化の時代に、どう働くか

CHOICE 1 ◆年収300万円、世帯年収600万円の幸せ

CHOICE 2 ◆地方でスローライフ、スローキャリア

CHOICE 3 ◆専門性を生かして週4日働く

CHOICE 4 ◆変わる会社員1 多様な働き方を選択する自由と責任

CHOICE 5 ◆変わる会社員2 副業やプロボノで、会社の垣根を超えて働く

CHOICE 6 ◆変わる会社員3 「シェア」が広げる可能性

本のはじめの30ページほどが、ここで試し読みできるようになっていますので、是非目を通してみてください。

https://bookwalker.jp/de2c489c9f-5e67-4af9-8cbf-05c466b6bb37/?adpcnt=7qM_Nkp&sample=1&from=1

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『季刊労働者の権利』318号に拙著書評

6f0e6ddfaa2b4079594024036b8cd0b0日本労働弁護団の機関誌『季刊労働者の権利』の318号に、拙著『働く女子の運命』の書評が載っています。

http://roudou-bengodan.org/quarterly_newspaper/318%e5%8f%b7%ef%bc%882017%e5%b9%b41%e6%9c%88%e7%99%ba%e8%a1%8c%ef%bc%89/

書評
濱口桂一郎 著 文春新書「働く女子の運命」  長谷川悠美

長谷川さんは水口さんなど労働弁護士の多い東京法律事務所の方で、2013年弁護士登録という若手です。

3ページにわたって丁寧に拙著のロジックを追い、働く女子の今後の運命について自らの見解を示していただいています。

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5最後のところで、こう評していただいたことは著者としてこの上ない喜びです。

・・・本書は、本稿で紹介した以外にも、日本で生活給が確立した経緯を皇国勤労観やその後の労働組合運動から説明し、日本における女性労働のあり方を女工時代から解き明かし、均等法や育児休業法の成立経緯を概観している。女性労働を考えるに当たって必要な歴史的背景が、当時の発言等を引用しつつ紹介されている。新書の少ない頁数に、すごい情報量である。しかもこれが非常にわかりやすくまとまっている。

本書は、女性労働を考えるに当たって必読の書である。

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個別労働紛争における出口の年齢差別@『エルダー』2017年2月号

Q2k4vk000000nres『エルダー』2017年2月号に「個別労働紛争における出口の年齢差別」を寄稿しました。

http://www.jeed.or.jp/elderly/data/elder/201702.html

 本連載では日本の高齢者雇用施策が定年延長や継続雇用といった出口に着目した内部労働市場政策をメインとし、募集採用における年齢制限の禁止という入口に着目した外部労働市場政策をサブとしてらせん状に展開してきたことを説明してきました。

 しかしこの組み合わせは論理的に考えられる全ての政策をカバーしていません。入口に着目した内部労働市場政策と出口に着目した外部労働市場政策が論理的にはあり得ます。もっとも、前者は新卒一括採用に関わる問題なので高齢者雇用政策としては自己矛盾ですから外していいでしょう。これに対して後者の出口に着目した外部労働市場政策というのは論理的にあり得るだけではなく、その対象となる社会的現実は存在します。つまり、定年とか継続雇用制度といった内部労働市場型の制度とは関係なく、年齢に基づいて解雇されたり雇止めされたりといったことは、現実にかなりの頻度で起こっているのです。しかしながら、冒頭述べた政策の組み合わせで進められてきた日本の高齢者施策においては、それはまともに取り上げられることはほとんどなかったのです。

 年齢に基づく解雇その他の雇用終了事案は、私が2回にわたって調査した労働局あっせんにおける個別労働紛争事案に姿を現しています。1回目の2008年度調査では、全1144事案のうち労働者の年齢を理由とするものは11事案ありました。2回目の2012年度調査では、全853事案のうち労働者の年齢に関わるものは25事案でした。2008年度はリーマンショックのあった年で経営上の理由による解雇や雇止めが大変多かったことを差し引いても、年齢をめぐる雇用紛争は増加傾向にあるように見えます。

 拙著『日本の雇用紛争』から2012年度事案をいくつか見ておきますと、まず定年が概念上ないはずの非正規労働者にも「定年」を適用している例があり、また「定年」とはいわないにしても年齢を理由に退職させているる事例があります。

・10015(非女)定年等、その他労働条件引下げ(打切り)(卸小売、不明、無)

 デパート販売の契約社員、3か月前に突然60歳定年といわれ、定年後週2日で時給引下げに合意できず退職。本人は60歳定年を聞いていないと言い、会社側は労働条件を明示していないが、定年後再雇用を知っているはずと主張。ここでいう有期契約の「定年」とは、定年前の有期契約の更新と定年後の有期契約の更新で労働条件が引き下げられるという意味にしかならず、実質的には年齢を理由にした雇止め型変更解約告知であるが、正社員の「定年」が非正規労働者にも規範として作用していることが窺える。

・30217(非女)年齢差別・他の労働条件(不参加)(卸小売、不明、有)

 期間満了直前に65歳定年を理由に雇止めの通知を受け、人事部長と話し合って延長することとされたが、その間の勤務で差別的取扱を受け、退職後も足や腰に痛みを感じる。

・10049(非男)雇止め・年齢差別(打切り)(運輸、200-299人、無)

 事業所の一部移転に伴う事業縮小で65歳以上の者に勇退をお願いして雇止め。雇止め基準を年齢だけにしたことに納得がいかない。

・30207(非女)普通解雇(15万円で解決)(他サービス、10-29人、無)

 若い正社員を入社させたからという理由で解雇された。会社側によれば、クレームが幾つか寄せられ、正社員の定年が60歳であることもあり、世代交代の時期であることを伝えようとして、かえって本人の気持ちを逆なでしてしまった。

・30383(非女)普通解雇(50万円で解決)(製造、1000人以上、無)

 面接時には年齢制限はないということだったのに、年がいっているという理由で解雇された。会社側によれば、年齢を重ねるにつれて手元が危なくなり、現場からもとても危ないことが多いのでいつ事故が起きても不思議ではないという声が届くようになり、面談の結果退職を了解して貰ったもの。一定の年齢に達したからではなく、体力・能力的に業務に耐え得ないと判断したのだが、退職理由の記載が申請人に配慮して年齢しか書かなかったために誤解を招いた。

 こうした事案は、まさに出口における年齢差別というべきですが、現在の日本の労働法体系の中ではどこにも議論する拠り所がありません。正社員の定年も出口における年齢差別ですが、一定年齢以上の定年を許容しているのはそれが定年までの一定の雇用保障と裏腹の関係になっているからでしょう。定年までは雇用を守るというのも一種の年齢差別ですが、それはよい年齢差別であるという前提で成立しているわけです。ところが、こうした個別労働紛争に見られるような非正規労働者の「定年」や年齢に基づく雇用終了は、その年齢に達するまでの雇用保障があるわけではなく、いつ雇止めされるか分からない状況の下において適用されているものであることを考えると、そのようなものを許容しなければならない正当性がどれほどあるのか疑問が生じます。

 実をいえば、そういう問題意識はこれまでの法政策の議論の中で全く姿を見せていないわけではありません。2012年高齢者雇用安定法改正に向けた今後の高年齢者雇用に関する研究会の議事録を眺めていくと、とりわけ佐藤博樹委員からいくつか興味深い指摘がなされています。例えば、定年延長や希望者全員の継続雇用というときは、それまで期間の定めなく雇用されてきた人が定年がきても雇い続けようということのみが対象であって、有期労働契約の反復更新で働き続けてきた人が60歳になったことで雇止めされることは対象にならないという指摘です。そもそも年齢による強制退職という雇用形態に関わらない問題を、定年という期間の定めのない雇用形態の労働者に限った形で問題としてきたことの帰結ということもできます。しかし、この時もそれ以後も、こうした問題提起が受け止められ何らかの政策につながっていくということはありませんでした。そろそろそういう議論を再度提起してもいいのではないでしょうか。

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