価格(報酬)に転嫁されないサービス
本日の日経新聞の経済教室で、教育社会学者の苅谷剛彦さんが、本ブログでも何回も取り上げてきたサービス業の生産性と【おもてなし】問題に対して、高学歴化という補助線を引きながら、見事な表現を用いて語っています。
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO11876830Z10C17A1KE8000/(<人口減時代の人材育成・活用(中)人的資本向上正しく生かせ 過剰なサービス、見直しを)
経済学の教科書的理解によれば、労働者の生産性は賃金に反映し、人的資本の多寡と関係する。人的資本が増大し、それが生産性の向上につながるとすれば、就業者の高学歴化は生産性を高めるはずだ。ところが、日本の労働生産性は・・・・停滞したままだ。
苅谷さんは、「就業者の高学歴化」によって人的資本(能力)は高まっているはずだと言います。その証拠は、OECDのPIAACで日本が世界の最上位にあることです。では・・・、
それでは、その高まったはずの人的資本が生み出す価値はどこに消えたのか。
そう、それこそが問題です。
ここからは実証データを提示できない仮説に基づく議論となるが、それは価格(さらには報酬)に転嫁されない、他の先進国以上に行き届いたサービスを消費者が受け取ることで使い果たされていると考えられる。
苅谷さんはオックスフォード大学教授で、ここ数年イギリスに住んで、それまでの日本との違いを痛感しているのでしょう。これは海外に住んだ人はみんな感じることです。
日本の消費者は安価できめ細かいサービスを受け取ることに慣れすぎている。受取の時間指定ができ、冷凍品や冷蔵品まで区別できる宅配サービスなど、いつ来るか分からない配達を一日中待たねばならない国に住む筆者から見ると、かゆいところに手が届くサービスだ。・・・
裏を返せば、きめ細かい、なおかつ報酬に反映しにくいサービス労働の上に、日本人の便利で快適な生活が成り立っている。日本の消費者はそれが当たり前と思い、国際水準以上に行き届いたサービスを低価格で要求する。自ら消費者である働く側も、当然のように受け入れる。国際比較のできない内需型産業ゆえに許される仕組みだ。・・・
全体としての賃金が増えず消費も伸びない。長期のデフレ経済の下で内需型産業を中心に就業者の高学歴化が進行した。その結果、増大した人的資本は付加価値を生む資本になりきれず、その高度化した能力はより高度なサービスを提供する中で使い果たされる。ポジションに報酬が結びついた仕組みの下での就業者の高学歴化が、賃金を上昇させる競争よりも、過剰なサービスを供給する競争を生んだ。閉じた仕組みの作動(=サービスのガラパゴス化)である。
本ブログでも「すまいる0円が諸悪の根源」とか、国際競争に曝されない内需型サービス業こそが問題とかいろいろ論じてきたことについて、高学歴化して高まったはずの人的資本の価値はどこに消えたのかというユニークな視角から切り込んでいて、大変面白いです。「サービスのガラパゴス化」って、まさにそうですね。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-107c.html(スマイル0円が諸悪の根源)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-0c56.html(誰の賃金が下がったのか?または国際競争ガーの誤解)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-fcfc.html(労働生産性から考えるサービス業が低賃金なワケ@『東洋経済』)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-8791.html(なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!)
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コメント
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過剰サービスが問題と言ってもですね、職業選択が自由で平等な市場経済では自社ひとり止めても、必ず他企業がその間隙に入るだけです。
サービス内容の規制・営業時間の規制・参入規制(新参者を認めない)のどれも自由平等に反しており日本では不可能です。
日本は西欧よりも職業選択における身分差別(既得権益)が少ないために競争が激しいのです。これは身分の平等なので善です。
ヨーロッパは競争が少ないから善とは限りません。参入規制で起業・就職できない人を、競争規制論者が養ってくれるわけではないからです。
一部サービス業で生産性が相対的に低いと言いますが、むしろ正しい市場競争をやっているのですよ。他業界をこれに合わせて改革すべきです。
低賃金問題は、競争制限ではなく、最低賃金上昇でソンビ企業淘汰という公正競争でやるべきです。
投稿: 阿波 | 2017年1月20日 (金) 12時53分
なんか纏まりのない文章になってしまいましたが、ようするに、ヨーロッパ風の「休日・深夜営業規制」や「参入規制」なんぞするのは下策で、
労働規制・賃金規制を強化すれば自然に過剰サービスなんかできなくなるってことだ。
そういう規制をしたうえで、あえて高い人件費を費やして深夜営業とか過剰サービスするのは全く問題ない。また、そうした労働規制強化のうえでのサービス競争は、経営者・株主から消費者への利益移転ですから、全く再分配のうえでも正しい。
投稿: 阿波 | 2017年1月20日 (金) 16時50分
規制強化ではなく、価格に反映されないがゆえに労働生産性の低下をもたらし、それがさらなる労働強化をもたらし、と、労働生産性と労働条件の両者が下向きの螺旋階段を降りるのはまずいと主張しているのでは?
最近の日経では、正しく「市場の失敗」と表現されており、私は少しビックリしました。またその記事では、対応策として労働時間の総量規制が必要であると書かれていました。私は、この問題こそ労働組合が運動するべき課題であると思います。確かに日本の現状を考えれば運動で変えることは難しいでしょうが、しかし、だからといって最初から諦めてしまえば、状況は悪くなるばかりでしょう。
過剰サービス問題は、賃金や労働時間といった労働条件の柱に関係する大切な問題です。個別資本では解決出来ない、まさに労働側がイニシアチブを取るべき課題です。頑張れ連合!UAゼンセン同盟‼
投稿: 高橋良平 | 2017年1月20日 (金) 19時53分
高橋さんの仰るとおり、上記記事で苅谷さんは、別に「休日・深夜営業規制」や「参入規制」をやれなどと一言たりとも言っていませんね。
批判している当の相手が一言も言っていないことを脳内で勝手に作り上げてドンキホーテよろしく突きかかっていくという、何回も指摘した阿波さんの宿弊は、今回もまったく変わっていないようです。
まあ、ここの読者の皆さんはそれが阿波さんの芸風だと認めているようなのでおられるようなので、ここはこのままにしておきますが、リアル世界でこんなことばかりやっていると、まともに相手にしてもらえなくなりますよ。。
投稿: hamachan | 2017年1月20日 (金) 20時00分
売れないものをいくら生産しても生産性は向上しない、というのはそのとおりだと思うのですが。製造業で JIT (Just In Time) 生産がもてはやされるのも、売れ残り在庫を減らしたいからなわけで。
ただ、「サービス業の生産性」というのは、様々な業種・業態を含むトータルの平均値ですから、たとえば、日本の宅配業の生産性が低いか高いかは、この数値ではわからないですよね。
OECD の産業連関表をみると、次の産業の国民1人あたり付加価値額(VAL: Value added)は日本の方が英国よりも高いです。
・「C50T52: Wholesale and retail trade; repairs」(卸売・小売業)
・「C60T63: Transport and storage」(輸送、運輸付帯サービス)
・「C64: Post and telecommunications」(郵便・通信)
他方、以下の産業は英国の方が日本より高いですね。
・「C65T67: Financial intermediation」(金融、保険)
・「C72: Computer and related activities」(情報処理)
おそらく、小売、外食、運輸のような伝統的・典型的サービス業については、日本の方が生産性が高いのではないかと思います。よって、日本の宅配業の生産性も世界的にみて高いのではないかと思うのですが。大きく稼ぐのが難しい産業ですし、平均値に与えるインパクトは大きくないのでしょうけど。
投稿: IG | 2017年1月21日 (土) 01時26分
「消えてしまうサービス価値問題」と言う面で見ると、少数の企業の努力で全体が変えられないだろう、変える必要があるなら何処かで強制的にルールを変えるしか無い、と言う認識は私も阿波さんと同じなのですね。
しかし、いま日本のサービス業でやっているのは制約が弱いために起こっている「皆んなでやってるからそうは見えないダンピング」なわけで。製造業で国境越えてやったらアンフェアだ、って言われるようなことを正当化する人がおっしゃっていることが多くの部分で正鵠を射てるとは思えませんが。
この「ダンピング」を許しているのは日本の労働規制のゆるさと、雇用慣習という我々の認識なわけです。もし、これが大きな範囲の視点でプロフィットを損ない、修正するために急ぎ大きく舵を切る必要があるなら、前者でコントロールするのが効率的かと。
「Winner Takes All」はシステム自身も蝕む。プリミティブな資本主義はその中に富の偏在化という自壊機能を備えている。ということを、自由主義を信奉する人はもっと自覚していいんじゃまいかと思うわけです。
まあ、いまは民主主義というフェイルセーフが働いてますがね。
投稿: Dursan | 2017年1月21日 (土) 07時18分
IGさん
マクロでは賃金の高さが生産性と連動しているはずなので、その分野が英国より高いというのは、ちょっと信じがたいのですが…
OECD産業関連表は、そういう風に使えるデータなんでしょうか。疑問を投げかけるだけになってしまいすみませんが、あまりにも感覚的に違和感があり過ぎで…勘違いしていたらすみません。
投稿: ありす | 2017年1月21日 (土) 10時56分
> ありすさん
IGさんは効率性=生産性という意味で使ってるんじゃないですか?
生産性の本来の定義では、独占企業が消費者から搾取したような場合に大きくなり、平等でフラットな競争環境では小さくなりますので、その大小自体に優劣の意味はないんですね
投稿: 阿波 | 2017年1月21日 (土) 13時04分
阿波さん
>IGさんは効率性=生産性という意味で使ってるんじゃないですか?
私は、OECDの使い方(定義)はどうか、と聞いているのです。IGさんがどういうつもりで使ったかではなく。
その定義が、IGさんの意図にそった数値でなければ、IGさんの説がそれによって支持されることになりませんので。
また、その定義が、IGさんの意図にそっていて、一般にマクロ的な比較に使われる生産性と違うならば、それはそれで教えてもらって勉強になります。
まず元のOECDの定義を確認したかったのです。
投稿: ありす | 2017年1月21日 (土) 14時06分