年次有給休暇のそもそも
マイナビウーマンのこの記事が炎上しているそうですが、
https://woman.mynavi.jp/article/170127-9/(意味わかんない!「社会人としてありえない」有休取得の理由7つ! )
もちろんこの記事自体、炎上する理由がてんこもりの立派な炎上案件ではあるのですが、とはいえ、これに噛み付いている方々の年次有給休暇観自体が、実は世界的に当たり前の年次有給休暇のありようとはかなりかけ離れてしまっているということは、労働問題の常識としてわきまえておいてもいいように思われます。
この記事自体が
体調が悪いときや身内に不幸があったときは、やむを得ず有休を取りますよね。・・・
と書き始めていますが、いやそもそもそうじゃないから。
今から70年前に労働基準法なる法律が日本で作られたときに、その担当課長だった寺本廣作氏は、そもそも年次有給休暇というのはまとめて一括取得するのが大原則で、一日ずつとるなどというのは本来あり得ないことだという国際常識を重々承知した上で、しかし敗戦直後で焼け野が原になった日本ではそれをそのまま適用することは難しいというやむにやまれぬ事情の下で1日単位の分割取得というおかしな制度をあえて導入したと明言しています。
・・・年次有給休暇の日数は最低6労働日とし分割を認めることゝした。国際労働条約では逓増分については分割を認めてゐるが基礎日数たる6労働日については分割を認めてゐない。基礎日数の分割を認めたのでは、一定期間継続的に心身の休養を図るという年次有給休暇制度本来の趣旨は著しく没却されることになるが、我が国の現状では労働者に年次有給休暇を有効に利用させるための施設も少なく、労働者は生活物資獲得のため、週休以外に休日を要する状況にもあり、且又立案当時、労働者側使用者側双方の意見もあって、基礎日数についても分割を認めることとなった。・・・(寺本廣作『労働基準法解説』)
「労働者は生活物資獲得のため、週休以外に休日を要する状況」てのは、つまり食料の買い出しのために農村に出かけていく必要があったという話です。
本来の年次有給休暇とは、一定期間まとめて休むもの、あるいはより正確に言えば休ませるべきものなので、1954年省令改正前は使用者の側がまず労働者にいつ年休を取りたいかを聞く義務を課していました。現在は例外扱いとなっている計画年休制度の方が、本来の年休制度なのです。「生活物資獲得」の必要性が消え去ってしまったあともなおそのまま維持されてきた1日単位の年休が既に世界的には常識はずれであり、ましてや2008年改正で導入された時間単位の年休なんてへそでお茶が沸くような制度ではあるのですが、ここまでガラパゴス化してしまった日本の年休制度、あるいはむしろ年休思想がいかに強固なものであるかということが、図らずも今回の炎上騒ぎで露呈したわけですね。どちらの側も。
・・・尚、病気、欠勤、忌引等を年次有給休暇より使用者が一方的に相殺することは違法である。労働者が年次有給休暇をこれらの目的に充用することは、制度本来の趣旨には沿はないが、本条第1項で分割を認めてゐる以上、これを違法と解することは困難である。・・・・(同書)
70年前に「制度本来の趣旨には沿はない」けれども「違法と解することは困難」としぶしぶ認めていたものが、許される唯一の取得理由になってしまっているとは、あの世の寺本廣作氏も予想はつかなかったことでしょう。
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コメント
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体調が悪いときや身内に不幸があったときは、やむを得ず有休を取りますよね。・・・
これが多くの日本人の偽らざる本音であると思います。
そもそも論はそもそも関係ありません。
なぜ「働いていないのに」「お給料がもらえるのか」の説明がどうしても理解・納得できないのだと思います。
労働の対価としてもらえるのが賃金なのに、働いていないのに賃金が出る…ってことは、社長(上司や同僚の理解なども)の恩情ではないか?ならば、病気やケガ、急なのっぴきならない用事はともかく、気分転換はあり得ん!!というのは、気持ちとしてよくわかります。
そもそも有給休暇って、私たち日本人にとってなんなのでしょうか。西欧諸国のみなさんの労働観、休暇観はさておき、私たち日本人にとっての労働観、休暇観ってどんなものなのでしょうか。
投稿: 社労士みょうみょう | 2017年2月10日 (金) 05時50分
別に法律上の規定はなくても、昔から慶弔で休みを取るというのは慣習としてありましたし、有給でなくても病気で欠勤するというのもいくらでもあったと思います。
むしろ、戦後日本人が年次有給休暇というのを初めて与えられて、それを正当に休む理屈だと位置づけてしまったことに、ボタンの掛け違いがあるのではないかという気がします。
法律的に言えば、労働法上は無給である病気休暇について、社会保障法上は傷病手当金という形で所得保障がされているわけですが、
そもそも休む正当性という風に(共同主観的に)位置づけられてしまったことが、そういう法律上の本則だけではなかなかものごとが行かない理由なのではないでしょうか。
投稿: hamachan | 2017年2月10日 (金) 09時32分
エントリを読ませていただき、お二人のコメントを通じ、やはり日本社会にありがちな、事実(慣習)と真実(法)の前者に偏る力がずっと支配しているのだろうなあと本件に素人ながら妙に感心いたしました。
では、それを支え補完している日本社会に存在する因果を考えるに、本ブログで濱口さんが問い続けておられる”日本式の雇用制度=メンバーシップにそれを求めると、企業の規模に関係なく認知的社会化されるべく同質性を旨とする雇用慣習による意識形成とその錯覚とでもいえる既成の事実を作り得たのであろうかと想像してしまいした。
日本にずっと住み続けておられる方々にとって当たり前のことが、他国で生活した経験の人に違和感を感じさせる一例であろうと思いました。
インターバルもしかり、今バカみたいにすったもんだしている、(させている利益団体)受動喫煙対策の自民党厚生労働部会の騒動も「なんだかなあ」です。
投稿: kohchan | 2017年2月10日 (金) 12時08分
久しぶりの投稿です…。今、実務上でアジア各国(中国、香港、韓国、シンガポール)の労働法で認められている年休と傷病休暇(sick leave)の日数比較して見直しているのですが、こと休暇法制に限っては労働者に一番シビアなのは日本のようですね…。
意外にも解雇規制がゆるく英米法に一番近いシンガポールが一番手厚く、年休25日に加えて傷病休暇が年間14日(計39日)が与えられます。また香港でも年休付与とは別に(勤務半年後に80%支給の)法定傷病休暇が10日付与されます。
実は日本でも外資系企業では年休に加えて有給の傷病休暇が与えられているのがごく一般的なのですが、それが日本の労基法では普通ではない(傷病休暇がサポートされてない)ということを知っている労働者は少数派です。あたかも就業規則で定められた有給傷病休暇は、外資系では労働者の当然の権利だとみなされているかのようです。
ちなみに以前及び現在私が勤めている企業には有給とは別に年間12日の有給傷病休暇(翌年繰越なし)があります。誰しも寒い冬には風邪やインフルエンザで数日会社を休むことは自然なことでしょう。そうした労働者に普通に起こりうることをしっかりサポートするのも労働法の基本的役割だと思うのですが…。
投稿: 海上周也 | 2017年2月10日 (金) 21時40分
海上周也様
横槍すみません。勉強になります。ちなみに年12日というのは月1日になりますが、だいたいそれくらいが相場なのでしょうか?
女性のなかで生理が不順で体調不良を訴えるケースが前の職場で割りと多かったので、あれば助かるだろうなと思いました。
何か今の日本を考えるとこちらの休暇の方が適している気がしますが、それはそれで権利の後退ですね。嗚呼‼
投稿: 高橋良平 | 2017年2月12日 (日) 02時34分
知っている医療機関は数十年前よりいわゆる「生理休暇」として、女性コ・メディカルにはにシフトの中で月に一日の休日が保障されて組み込まれておりました。いわば使用側から強制的に取らされるといってもよく、そうなると濱口さんがエントリで本来の意味として年次有給休暇に準じる感じも致します。法的意味は分かりませんが。
ですから海上さんの言われる傷病休暇と上記の例は違うのでしょうね。
おっしゃられる取得方式は、まずは繰り越しナシで、シフトに自動的に組み込まれるとも書かれておりませんので、急性疾患等に限り、柔軟に年次適用するということでしょうか。
しかし医師はなんでか対象外だったんですよねえ(笑)。
聖職者でも何でもないんですが。
投稿: kohchan | 2017年2月12日 (日) 10時18分
高橋さん、kohchanさん
外資系によくあるシックリーブ(有給傷病休暇)ですが、そうですね、付与日数は年間10〜14日あたり(一番多いのは12日)でしょうか。今の会社では制度導入初期は「月1日を限度に」という縛りが記載されていたようですが、現在は「年間12日」で運用しています。本人の病気や怪我だけでなく、家族の看護目的にも利用できます。運用にあたっては厳しくしたい場合は薬の領収書や医師診断書(何らかの証明)を取得1日目から提出して頂く運用もありえますし、少し緩い場合は連続して3日以上取得した場合に限って診断書等の証明書を提出して頂くといった運用となるでしょう。また、時効2年の法定年休と違ってシックリーブは自由裁量ですから、翌年への繰り越しを認めないケースが多いと思います。
以上、ご参考になれば幸いです。(PS そういえば、いまどき外資系では生理休暇というのは殆ど聞かないですね…。)
投稿: 海上周也 | 2017年2月12日 (日) 14時59分
なるほど。
海上さん、ありがとう。
投稿: kohchan | 2017年2月12日 (日) 17時24分
たいへん勉強になりました。ぼくもここ数日風邪でつらかったのですが、休めば代わりの人がいないため無理をしました。この一文をを見て反省しきりです。
投稿: ホームズ事務所 | 2017年2月12日 (日) 18時20分
海上様、kohchan様、ご返事ありがとうございます。
きっとこういうのは、何かしら的確な理由からというわけではなく、一つのオプション、やる気を出してもらうための方策なんでしょうね。
現業系ですと、まだまだ人件費は管理費、固定費扱いですから。。そこが一番辛いところなんですけどね。。
昔から有給ではなく年休権と言おう!働く者の権利だから!と原理主義的に言ってました(叫び?笑)が、今じゃ全然言えません。
何か、日本(だけじゃないでしょうけど)って、賃金安いところは権利すらも制限されているところが多くありませんか?そこがね。。
投稿: 高橋良平 | 2017年2月14日 (火) 22時56分
上記コメントにつき、念のためですが…。ニッポンの場合、暦日4日以上病気や怪我でお休みすると、健康保険から「傷病手当金」(日割賃金の三分の二)が無休欠勤期間に対して被保険者へ支給されます。
きっとこの傷病手当金こそが、諸外国でいうところのsick leave(傷病休暇)に日本で相当するもの、という建てつけ(制度設計)なのでしょうが、三日以内(待機期間中)では使えないこと、日額賃金の全額補償ではないこと、手続きがやや煩雑なこと等の理由からか(入院や休職などの長期療養でもない限り)十分に認知&活用されているとは言えませんね。
ということで、広く世界〜アジア及び欧米各国〜を見倣い、労働者の健康とワークライフバランスを確保する観点から、日本でもぜひ「傷病休暇」を年次有給休暇とは別枠で法制度化してほしいと思います。
まあ、とはいえ、労基法はあくまでも国の定める「強制最低基準」ですから、別に国から言われずとも優良企業が優秀な人材を惹きつけるには世界で当たり前とされるベネフィットのアイテムを導入し社員へ提供していく努力は常々求められているはずです。
投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月25日 (月) 12時45分