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2017年1月 2日 (月)

低賃金カルテル異聞

Coffeeillustrationbybi009 昨年末からネット上で「低賃金カルテル」なる言葉が流行っていたようですが、あまり口を挟む必要もなさそうな議論が多いようなので静観しておりましたが、そういえばそういう概念って欧米でもあるのだろうかと思って検索してみたら、一昨年の英紙「ザ・ガーディアン」の記事にこういうのがありました。

https://www.theguardian.com/commentisfree/2015/sep/21/lidl-living-wage-low-pay-cartel-british-business-model (Will Lidl’s living wage smash the UK’s low-pay cartel?)

「リドルの生活賃金はイギリスの低賃金カルテルをたたき壊すか?」

「low-pay cartel」は文字通り「低賃金カルテル」ですね。リドルというスーパーマーケットが時給を8.2ポンド(ロンドンでは9.35ポンド)に引き上げるという決定が、どこもほぼ最低賃金で販売員を雇っているイギリスのスーパーやチェーンレストランをゆるがしていると。

この記事のこの一節は、イギリスのことを叙述しているんですが、なかなか興味深い一節です。

One of the prevailing ideas of our time is that workers need not be paid enough to live on. Of course, few put it so crudely. When asked why they don’t pay staff more, company bosses talk about financial viability or summon up the spectre of 1970s-style inflation. But whatever the euphemism, the net result is the same: more households scraping by on poverty wages and having to depend on the public for top-ups..

我らの時代に広まっている一つの考え方は、労働者にその生計を立てるに十分な賃金を払う必要はないというものだ。もちろん、そこまで露骨にいう人はほとんどいないが。どうして職員にもっと高い給料を払わないのかと聞かれると、企業経営者たちは財務的実行可能性を語り、1970年代のようなインフレの脅威を持ち出す。しかしなんと言いくるめようと、その正味の帰結は同じだ。貧困賃金によって破壊され、補填のために公的扶助に依存する世帯の増加だ。

この記事の時点でイギリスの最低賃金は6.7ポンド(現在は7.2ポンド)だったので、約2割強増しということでしょうか。ただ、この記事ではこのリドル社って、白馬にまたがった王子様みたいですが、実はヨーロッパではこのリドル社って、ブラック企業として有名だったりするんですね。ウィキペディアに邦語の記事もあるのでちょっと引用しますと、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%89%E3%83%AB

ドイツやその他の国の労働組合は繰り返し、就業時間や酷使に関するEU指令に違反したリドルの従業員に対する不利な取り扱いを批判している。Black Book on the Schwarz Retail Companyという本がドイツで発行されており、現在では英語版も入手できる[4]。タイムズは、リドルのマネージャーは会社に就職する際にEU指令から逸脱することを承認させられ、過剰な時間の労働を強いられていると報じている。ガーディアン[5]やタイムズ[6]は、リドルは全従業員、特に女性や時間雇用の従業員に対してカメラを使ったスパイを行っており、個人の行動に関する膨大な文書を作っていると報じている。イタリアでは2003年にサヴォーナの裁判所が、リドルが反労働組合活動を行っていると認め、現地法で有罪としている[7]。イギリスやアイルランドでも、従業員が労働組合に入るのを認めていないとして批判されている。

うううむ、これを見ると、ブラック企業という批判を緩めるために賃金を引き上げたのかという疑問も生じますね。白書ならぬ「黒書」が出てくるくらいですからまさにブラック。低賃金カルテルを壊したのはそれ以上のブラック企業でした、というのはなかなかシュールな構図かも知れません。

ちなみに、法律的に厳密な意味で、いくつかの企業が共謀して賃金を一定額以上にしないようにカルテルを結んでいたことが競争法上のカルテル行為として訴えられたアメリカの事例がありますが、

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/030500800/ (GoogleやAppleなど4社、4億1500万ドルで賃金カルテル訴訟和解)

これは高い給料に歯止めをかけようとするものなので、まさに使用者サイドの「高賃金阻止カルテル」ではありますが、ここでいう「低賃金カルテル」とは別のレベルの話のようです。

(参考)

ちなみに、そもそも労働組合とは賃金カルテルなんだよ、という話をよくわかっていない人に噛んで含めるように解説したのが6年前のこのエントリ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-1383.html (労働組合は賃金カルテルだが・・・)

http://twitter.com/#!/ikedanob/status/80854685522739200

>労働組合は賃金カルテル。ワグナー法までは違法だった

例によって、半分だけ正しいというか、一知半解というか、いやいやそういうことを言ってはいけないのであった。どこが正しいかというと、

1890年のシャーマン反トラスト法が、連邦最高裁によって労働組合にも適用されると判決されたことにより、まさに「労働組合は賃金カルテル」となりました。

これに対し、1914年のクレイトン法が「人間の労働は商品ではない」と規定して、労働組合の行動を反トラスト法の対象から除外したのですが、なお当時の司法はいろいろと解釈して反トラスト法を適用し続けたのです。

それをほぼ全面的に適用除外としたのが1932年のノリス・ラガーディア法で、これを受けて、むしろ積極的に労働組合を保護促進するワグナー法がルーズベルト大統領の下でニューディール政策が進められていた1935年に成立します。

ですから、学生ならお情けで合格点を与えてもいいのですが、社会科学に関わる人であれば「ワグナー法までは違法だった」で落第でしょう。

で、ここからが本題。

このように労働組合がカルテルであるというのは、つまり労働者が企業の一員ではなく企業に対する労働販売者であり、労働組合とはそういう労働販売者の協同組合であるという認識を前提にします。労働組合がギルドだという言い方も、同じです。

欧米の労働組合は、まさにそういう意味で労働販売者の協同組合として、社会的に位置づけられているわけですが、日本の労働社会ではそうではない、というのが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a4ee.html(半分だけ正しい知識でものを言うと・・・)

の最重要のポイント。

日本の企業別組合は、企業の一員(メンバー)であることが要件であり、そのメンバーシップを守ることが最重要課題なので、自分が働いている職場に、自分のすぐ隣で、同じ種類の労働をものすごい安売りをしている非正規労働者がいても、全然気にしないのです。そんなもの、カルテルでもなければギルドでもあり得ない。

アメリカは自由市場イデオロギーの強い国なので、こういう反カルテル的発想から反労働組合思想が発生しがちなのですが、少なくともそのロジックをそのまま日本に持ち込んで、日本の企業別組合に対して何事かを語っているつもりになるとすれば、それは相当に見当外れであることだけは間違いありません。

批判するなら、「もっとまともなギルドになれ!」とでもいうのでしょうかね。それは立場によってさまざまでしょうが。

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コメント

非常に分かりやすい解説でした。
以前○港湾の方との話のなかで、労働組合の究極の目的は労働市場における供給力の独占的販売である、と言われ、労働組合といえば、権利や賃金含めた労働条件の向上が目的と考えていた私はハッとしたものです。しかし同時に、現実とのあまりの落差にやはり唖然ともしました。hamachan 氏のメンバーシップ論で、私の長年の疑問は見事に氷解しましたが、既存の高度経済成長と年功序列正社員制度に習おうとしたのは今や昔、企業内外において労働者の競争と淘汰は激しくなっているように思います。なので労働力販売者として労働者としての自己を認識することは大切だなぁと思いつつ、しかし、会社という集団、日本社会という集団に属している方が楽だし自然であるというのが実情なので下からの制度改革は望めないのでしょうか。。

あらま、これまた噛みつかれそうな話題を、、、

いつも楽しく(!)読ませていただいております。
久方ぶりに投稿させていただきます。
本ブログ記事とは直接関係ないのですが、(直近の「EUの労働政策」カテゴリーということで御容赦ください。)
先日のメイ首相のEU離脱演説
https://www.gov.uk/government/speeches/the-governments-negotiating-objectives-for-exiting-the-eu-pm-speech
において、

7. Protect workers’ rights

And a fairer Britain is a country that protects and enhances the rights people have at work.That is why, as we translate the body of European law into our domestic regulations, we will ensure that workers rights are fully protected and maintained.

Indeed, under my leadership, not only will the government protect the rights of workers set out in European legislation, we will build on them. Because under this government, we will make sure legal protection for workers keeps pace with the changing labour market – and that the voices of workers are heard by the boards of publicly-listed companies for the first time.

との記載があり、European legislationについては、
英国のTUPE規則等があるのかなと理解しております。
他方、the boards of publicly-listed companies というのが
今イチ理解できなかったのですが、
ここでいうboardというのは、労使の代表者協議会(ドイツ的な)
のような場のでしょうか??
コメント欄を利用しての質問で大変恐縮ですが、
先生の御見解を賜れると幸いです。

五月雨に申し訳ございません。
いろいろなサイトを見ましたが、boardはやはり取締役会のような感じがします。
そうなると、取締役会において従業員の声を聞くという訳になろうかと思います。日本的常識しか持ち合わせていない私からすると、すごいなと思います。

もう少し勉強してから、質問すべきでした。

お騒がせしました。

『世界の労働』1999年10月号
欧州会社法案とヨーロッパのコーポレートガバナンス
労働福祉事業団総務部 総務課長 濱口桂一郎

労働者代表は、これらの問題について意見を述べ、労働者の利益に重大な影響を及ぼす問題について合意に達する目的を持って(with a view to reaching agreement)欧州会社の取締役会又は重役会に会見することができる。

http://hamachan.on.coocan.jp/kaishahou1.html


大和総研のレポートに最近の経緯が載っておりましたので、貼らせていただきます。

● 2016 年11 月28 日 大和総研レポート
  迷走するメイ首相の企業ガバナンス改革 労働者代表を取締役会メンバーとするガバナンス改革案を撤回
  11 月21 日に行われた英国産業連盟(Confederation of British Industry)の年次大会でのメイ首相の演説では、労働者による経営参加の方法に関して「労働者委員会の設置を義務付けるものではないし、労組からの代表者を取締役会メンバーに任命することを義務付けるものでもないことは明確にしたい」と述べた。これまでの方針とは異なる方法で「労働者の声を取締役会に届ける」ことを目指すのだという。
  http://www.dir.co.jp/research/report/capital-mkt/20161128_011443.pdf

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