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三者構成原則の過去・現在・未来@『労基旬報』1月15日号

『労基旬報』1月15日号に「三者構成原則の過去・現在・未来」を寄稿しました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/

 昨年7月26日に、厚生労働大臣の私的諮問会議として「働き方に関する政策決定プロセス有識者会議」が設けられ、去る12月14日に報告書が取りまとめられました。労働政策審議会のあり方を見直すということですが、この問題を考える上では、ILOに由来する三者構成原則の意義を改めてきちんと確認しておく必要があります。

 そもそも政労使三者構成なる制度が世界に登場したのは、第1次大戦後ヴェルサイユで開かれたパリ平和会議です。各国からはサムエル・ゴンパースAFL会長(米)やレオン・ジュオーCGT書記長(仏)のような労働界の大立者が参加していました。ゴンパースが議長となり、イギリス提案の原案をもとに、労働条件の国際規制を促進するための常設機関を設置するための条約に向けて、審議が進められました。その中で特に議論となったのは国際労働総会に出席する代表の議席配分で、結局各国から政府2名、労使各1名が出席することになりました。現在でもILOの総会や理事会は、政労使3者の席に分かれて議事が進められます。

 実はILO発足当初、日本政府はとんでもない恥をかいたことがあります。1919年ワシントンで開かれた第1回ILO総会への労働者代表として、条約では代表的な労働団体と合意して指名することになっているのに、わが国には未だ代表的な労働団体が存在しないと称して、鳥羽造船所技師長の桝本卯平を送り出し、労働組合から反発を受けたのです。第3回総会では政府が任命した松本圭一が自ら、条約違反として自らの資格を否認されんことを求めるという異常な事態となりました。当時農商務省の工場監督官として工場法の施行に当たっていた若き日の河合栄治郎は、この問題で上層部と対立し、「官を辞するに当たって」を朝日新聞に発表して農商務省を辞職したのです。

 こうした醜態が繰り返された挙げ句、労働問題の主管官庁がそれまでの農商務省から新設の内務省社会局に移され、労働問題をやりたいと農商務省に入っていた若手は一斉に社会局に異動しました。新生内務省社会局は労働組合のみを労働者代表の選定に参加させ、日本労働総同盟会長鈴木文治を代表に選出することで決着しました。三者構成原則をおろそかに扱うととんでもないしっぺ返しを喰らうという百年前のこの教訓を、現代の政治家やマスコミ人がどこまでちゃんと理解しているのかがまず第一の論点です。

 日本の政策決定過程への三者構成原則の導入は、敗戦後占領下で急速に進みました。その出発点は1945年10月の労務法制審議委員会の設置です。これは官庁側10名、学識経験者7名、事業主6名、労働者側5名、貴衆両院議員6名という変則的な形でしたが、同委員会の意見書に基づき同年12月日本で初めての労働組合法が制定されました。

 この労働組合法に、使用者代表、労働者代表及び第三者同数からなる労働委員会の設置が規定されました。このときの労働委員会は、斡旋、調停、仲裁の他、労働事情の調査とか、「労働条件の改善に関し関係行政庁に建議する」ことまで含まれていました。1946年3月に任命された中央労働委員会の労働側委員には、西尾末広、松岡駒吉、荒畑寒村、徳田球一(共産党書記長)といったすごい顔ぶれがそろっていました。

 労務法制審議会(審議委員会から改称)はその後も労働関係調整法や労働基準法の制定に当たりました。ここまでは、政策決定過程の一番始めの段階から三者構成に近い審議会が関わるという仕組みであり、実質的にイニシアティブをとっているのは末弘厳太郎という労働法学者でした。1947年に制定された労働基準法は、その明文の規定で政策決定過程における三者構成原則をうたいました。すなわち、中央、地方に、労働者、使用者及び公益を代表する同数の委員からなる労働基準委員会を置き、諮問に応ずるほか労働条件の基準に関して建議することができるとされたのです。これが後に労働基準審議会に改称されます。職業安定行政はじめ他の労働分野でも同様の三者構成原則が確立していき、何れもILOの原則に従い、三者構成で審議し、立法や政策に関して決定してきました。

 ところが1990年代にはいると、再び規制緩和の波が高まり始めました。労働省よりも上のレベルの政府機関が規制緩和路線を打ち出し、労働行政はそれの実行部隊という風に位置づけられてくると、労働省に設置された審議会でいかに三者構成が確保されていても、現実の政策決定過程における地位は確実に低下することになってしまいます。審議会で議論を始める前に既に外堀は埋まっているという状態になってしまうからです。

 もっとも、1990年代には規制緩和を推進する機関にもきちんと労働側代表が参加していました。そもそも規制緩和は行政改革という課題から派生してきた形であり、行政改革委員会には5人のうち1人労働側代表が参加していましたし、1998年に改組された規制改革委員会にもなお14人中1人と比率は低いものの労働側の代表が参加していました。ところが、2001年の総合規制改革会議以後は、労働側代表を排除し、代わりに派遣会社と就職情報会社の代表が2人参加しました。かなり露骨な労働排除です。

 さらに2007年前後には、当時の規制改革会議からこのような議論が飛び出してきました(福井秀夫労働タスクフォース座長)。

現在の労働政策審議会は、政策決定の要の審議会であるにもかかわらず意見分布の固定化という弊害を持っている。労使代表は、決定権限を持たずに、その背後にある組織のメッセンジャーであることもないわけではなく、その場合には、同審議会の機能は、団体交渉にも及ばない。しかも、主として正社員を中心に組織化された労働組合の意見が、必ずしも、フリーター、派遣労働者等非正規労働者の再チャレンジの観点に立っている訳ではない。特定の利害関係は特定の行動をもたらすことに照らすと、使用者側委員、労働側委員といった利害団体の代表が調整を行う現行の政策決定の在り方を改め、利害当事者から広く、意見を聞きつつも、フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべきである。

 労使団体は労働問題に関するもっとも切実な利害関係者であるからこそ、その意思決定への参加が必要だというILOの発想を真っ向から否定する議論です。とりわけ、労働者の声を排除してしまおうというこうした議論に対しては、思想的レベルできちんと批判していく必要があります。

 わたしが当時から繰り返し主張してきたのは、ILOが掲げる政労使三者構成原則とは、労使はその二者構成で、即ち労使自治で、労働条件を決めたりさまざまな問題を解決する能力を持っているからこそ、そこに政府を加えた三者構成でものごとを決めることができるのだということです。他の団体、たとえばNGOとかアドボカシーグループなどは、政府にある政策の採用を要求するための活動はできても、自分たちだけでルールを作ることはできません。労使自治こそが三者構成原則の基礎であるということも、政治家やマスコミ人たちに理解して欲しい重要な論点です。

 しかし同時に、ここで引き合いに出されている労働組合が正社員中心で、非正規労働者の声をきちんと代表していないという議論に対しては、労働組合のあり方を見直すことも含め、きちんと対応していくことも必要です。冒頭で述べた労政審の見直し論も、畢竟するところ現在の労働組合がどれだけ非正規労働者や中小零細企業労働者を代表しているのか、という問題に帰着するからです。

 とりわけ現在、非正規労働者の処遇格差問題をめぐって同一労働同一賃金原則が政府から提起され、議論が進められつつある中で、その基準を定め運用していく上で集団的労使関係の役割はこれまで以上に大きなものにならなければならないはずです。労政審のあり方が政府から見直されようとしている今だからこそ、三者構成原則をきちんと守りながらそれができるだけ多くの労働者の声を代表するものとなるような方向に向けて、労働組合自身の覚悟も求められるでしょう。

 労働法が集団的労使関係(労使自治)による労働条件決定をその中軸に据えているのは二つの意味があります。一つは、一人一人では弱い立場でも、集団的な声に統合されることによって労使対等が実現できるということですが、さらに重要なのは、労働者にとって何が重要で何が重要でないかを判断し、決めるのは、労働者自身であるという当事者主権の考え方です。その意味でも、非正規労働問題を本当に解決しようとするならば、まず何よりも非正規労働者たちがきちんと労働組合に組織化され、彼ら彼女らの声がきちんと集団的な形で集約され、彼ら彼女らが本当に望ましいと思っていることをめぐって、協議交渉が行われるような土俵を作っていくことから始める必要があるはずです。それを抜きにして、代表権のない者があたかも代表権があるような顔をして議論が繰り返されても、肝心の当事者の意図から離れたところで空中戦をしているだけということになってしまうでしょう。

 ただ、非正規労働者の組織率は、パートタイマーを中心に近年少しづつ増えつつあるとはいえ、なお極めて低い状況にありますし、とりわけ派遣労働者の組織化は、UAゼンセンの人材サービスゼネラルユニオンのような例外はあるものの、ほとんどまったく手がつけられていない状況です。このままでは、結局短絡的な議論が依然としてまかり通ることになりかねません。事態を一歩進めるため、あえて非正規労働者のための集団的な枠組みを積極的に作っていくという方向性があってもいいのではないでしょうか。それには、労働組合とは別の労働者代表制度という形で非正規労働者の声を汲み上げる仕組みもありうるでしょうし、既に正社員の労働組合が存在するところでは、その組合に非正規労働者の加入を義務づけるというやり方もあり得るかも知れません。派遣労働者の場合、派遣元単位に組合を設立するのであれば、派遣料金の中に一定額を組合費としてあらかじめ組み込んでおくということも考えられます。

 この集団的労使関係について、ここ数年、政府の各研究会では、さまざまな問題提起がされており、非正規労働者の均等処遇問題に関しては一定の方向性が示されています。例えば、2011年に「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」や2012年に「非正規雇用のビジョンに関する懇談会」で取りまとめられた報告書では、非正規労働者の処遇改善のために「集団的労使関係システムが企業内の全ての労働者に効果的に機能する仕組みの整備が必要」であることが提示されています。また2013年に取りまとめられた独立行政法人労働政策研究・研修機構の「様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会」の報告書では、現在の集団的発言チャネルである過半数労働組合と過半数労働者の課題として、前者には非正規労働者などへの非組合員への配慮、後者には過半数代表者における交渉力の強化やその正当性の確保などを課題として挙げるとともに、その課題解決に向けたシナリオとして、現行の過半数代表制の枠組を維持しつつ、過半数労働組合や過半数代表者の機能の強化を図る方策に加え、新たな従業員代表制を整備し、法定基準の解除機能等を担わせる方策も提示されています。

 現在の労政審見直しの議論が、三者構成原則の基礎にある労使自治の思想、当事者主権の思想を軽視して進められることなく、とりわけ10年前に規制改革会議から放たれたようなある種の理論経済学者のみを特権化するがごとき思想に迷い込むことなく、非正規労働者や中小企業労働者といった真に切実な労働問題の利害関係者の声をきちんと掬い上げることができるような仕組みの構築に向けて、適切に進められていくことを心から念願したいと思います。

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コメント

福井氏の
>使用者側委員、労働側委員といった利害団体の代表が調整を行う現行の政策決定の在り方を改め、利害当事者から広く、意見を聞きつつも、フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべきである

というのはハイエクが批判した、問題に関する具体的情報を持ち、それを表出するインセンティヴを備えた当事者を排除し、結果的に情報的不効率をもたらす計画経済の発想そのものなんですよね。

私は常々新自由主義はマルクス主義に実は近いのではないかと思ってきましたが、福井氏の言葉にはそれを裏付けるものがありますね。

特に日本における新自由主義の跋扈は、高度成長という現実に敗れたマルクス主義的潮流の復讐という側面があるのではないかと疑っています。構造改革を唱える理論経済学者はフリーターや非正規社員を率いる前衛のつもりなのかもしれません。

投稿: 通りすがり2号 | 2017年1月21日 (土) 17時54分

 皆さん、今晩は。

 人材サービスゼネラルユニオンは、派遣会社の従業員、つまり営業やコーディネーター等、派遣労働者の面倒をみる人を組織している労働組合です。つまり、実際に派遣先企業に派遣されている派遣労働者を組織しているわけではありません。

 池田信夫氏はともかく、濱口先生までもがこのような誤解をしていることを残念に思います。
 これが私の勉強不足からくる誤解であれば幸いですが。

投稿: 国道134号鎌倉 | 2017年1月21日 (土) 20時10分

日本の企業別ユシ依存労使関係を基礎とする、某最大センターの労働運動では、非正規(組合メンバーでない)労働者との公平、マクロレベルでの労働者の利益擁護など期待するほうが無謀と思います。
かといい、安易な開放条項に浸かりきった使に従業員代表制の導入の説得など…
そもそも、某センターも、個人レベルでも労側も…
半世紀以上労使関係政策を眠らせた、原因を分析し反省の上で立論しないとこのまま永眠するのでは…
日本の労使関係を現在の姿に(またはなるまで放置)した責任は政策サイドにもあると思われ…
気づいたたときには最早手遅れか…

投稿: 万年係員 | 2017年1月23日 (月) 20時50分

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