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2016年12月25日 (日)

梶谷懐『日本と中国経済』

9784480069290 これは個人的な興味から買った本。副題は「相互交流と衝突の100年」ですが、冒頭の第1章が「戦前の労使対立とナショナリズム」と、あまり類書にないトピックを扱っていたので、どういう風にこの問題を扱っているんだろうと読み始めました。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480069290/

この第1章で扱われているのは、戦前中国に進出して生産活動をしていた日系企業、いわゆる「在華紡」というやつです。在華紡は中国経済にとってかなりプラスの意味をもっていたようなのですが、これまでの公式見解では一方的に悪者扱いされていたようなのですが、その一つの原因は、そこで生じた労使対立が引き起こしたストライキが、当時の中国民衆のナショナリズムと結びついたことがあるようです。労使対立自体は当時は日本でもむしろごく普通ですが、

・・・在華紡でも、工場における劣悪な労働条件に職工たちが反発し、大規模な労働争議がたびたび生じました。そこに中国共産党などの政治組織が介入することにより、労働争議は往々にして「反帝国主義資本」のための闘争、という性格を帯びたのです。

また、職工たちの反発の背景には、日本では改正工場法によって女工の深夜労働を禁止していたのに、在華紡では昼夜二交代制で中国人女性に深夜労働を行わせたり、日中の労働慣行の違いがあったようです。

それから100年近く経って、その間いろいろと本書に書かれているような「相互交流と衝突」があり、最後の終章で、再び日系工場における労使対立がトピックに出てきます。

共産党が資本主義を推進する現代中国において、

・・・民間の企業家が政府から自立した存在として見なされず、政治的な発言が許されない一方、それと対峙する労働者の権利を訴えるNGOの運動などもまた大きく制限されているというのが中国社会の現状です。このことは、たとえ今後労使間の対立がより激化したとしても、国家が両者の調停の役割を一元的に担うことにより、権力基盤を図っていくであろうことを示唆しています。その際、労使間の対立を一時的にそらす手段として、ナショナリズムが持ち出される可能性は、決して低くないでしょう。

と梶谷さんは予想するわけですが、労使対立という本来資本主義社会にとって生理現象であり、適切な処理で解決すべきものが、政治的な思惑でナショナリズムと結びつけられて事態を悪化させるという今現在の事態は、実は20世紀前半にも同じような状況にあったということを改めて思い出させてくれる本でした。

ナショナリズムの言葉で労使対立を語り出すと、人間どんどんおかしな方向に突っ走っていきますからね。日本国内ではどう考えても労働者側でしかあり得ないような人が、なぜか外国の日系企業の問題では、ナショナリズムから企業側に成りかわったみたいに考え、そこで働いている労働者のことはすっぽり抜け落ちてしまうというのはよく見られる現象です。

第1章 戦前の労使対立とナショナリズム

第2章 統一に向かう中国を日本はどう理解したか

第3章 日中開戦と総力戦の果てに

第4章 毛沢東時代の揺れ動く日中関係

第5章 日中蜜月の時代とその陰り

第6章 中国経済の「不確実性」をめぐって

終章 過去から何を学び、どう未来につなげるか

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