« ブラック消費者 | トップページ | 「厚生年金基金の興亡」@『エルダー』2017年1月号 »

社会保険労務士試験の素材に絶好のツイート

労働法分野というのは、民事法、刑事法、行政法が複雑に絡み合った領域なので、それをきちんと頭の中で整理できているかどうかは、企業で人事労務に関わる人やとりわけ社会保険労務士にとって大変重要です。

とりわけ労働基準法まわりはこれらが複雑に絡まり合っているので、一知半解の人がへたに知ったかぶりをすると大やけどをする可能性があります。

そこのところの頭の整理が全然できていないとどういう妄言を発することになってしまうかを、あまりにも見事に表出したツイートを発見してしまったので、(別段それ以上の他意はありませんが)社会保険労務士試験を受験しようとされている方々にとっての間違い探しの手頃な素材になるのではないかと思って、引用させていただくことにしました。

https://twitter.com/ikedanob/status/814119998402609152

Gqa41t_i_400x400 過労自殺の因果関係は、法的には立証できない。だから労災認定という形で(因果関係を大目に見て)救済したのに、刑事罰まで加えるのはルール違反だ。これでやるなら、労基法違反の朝日新聞も検察が起訴すべきだ。

まずもって、労基法上の労災補償責任の担保制度としての労災保険制度における労災認定の相当因果関係が民事上の損害賠償訴訟における相当因果関係論と違って「法的には立証できない」とか「大目に見て」いるという、どこから仕入れたのかわからない間違った認識。

行政上の労災補償との関係が問題になるのは、民事上の損害賠償責任。こちらは相当因果関係論自体に違いはないけれども、本人の責任による賠償額の算定如何に違いが出てくる。逆に言うと、行政上の労災補償では本人の責任は問題にならない。長時間労働やパワハラと自殺との因果関係の存在だけが問題。その因果関係の存在については行政基準が存在し、裁判所もだいたいそれを使っている。

なので、仮に今回過労自殺した新入女子社員のお母さんが民事損害賠償を提起した場合、会社側は長時間労働等と自殺との因果関係自体は争わなくても、本人の(上司等とは別の)人間関係上の諸問題を提示することで過失相殺の主張をしてくることは十分にあり得る。

で、そういう行政法と民事法が絡み合う労災補償とは別の次元に存在するのが、行政法と刑事法が絡み合う労働時間規制そのもの。

工場法以来、物理的労働時間規制とは、一定時間を超えて働かせたことに対して刑事罰を科するというもの。この点は現行労働基準法32条もまったく変わらない。

その刑事罰を免除されるための要件が労基法36条の労使協定。

ところが日本では、その36協定による時間外労働に法律上の上限が(現時点では)存在しない。なので、なまじ真面目に36協定で上限を定めてそれを超えてしまうと、労基法32条違反として刑事罰の対象になるけれども、とても超えないくらい超絶的な上限を設定しておいたら、過労死が続出して労災認定は受けるかも知れないけれども、労基法上の刑事罰の対象にならない。

そういう法制度のあり方はおかしいのではないか、という議論は、私自身口を酸っぱくして述べてきたことですし、最近になってようやく法政策として動き始めたことですが、なんにせよ、労基法の基本構造がわかっていないと、そういう批判を適切にすることもできないことはいうまでもありません。

もう一つ、可能性としては全て刑事罰の対象であり得る労基法違反のうち、実際に送検されるのはごく一部であって、大部分は是正勧告等の行政上の措置で済まされるのは、厳密に言い出すと行政法と刑事法との関係をめぐる壮大な議論に発展しうるけれども、少なくとも刑事罰の対象にすること自体は法律が本来予定していることですね。

同じような違反をしている同業他社は是正勧告で済まされているのに、うちの会社だけ送検されるのはルール違反だという言い方は、人事担当者の気持ちとしては理解できないことはないけれども、法律上は無理筋であることはだれもがわかっていること。

そういう構造のところにのこのこ出てきて、「刑事罰まで加えるのはルール違反だ」ですから、そのわかっていなさぶりは超絶技巧的なレベルにありますな。

|
|

« ブラック消費者 | トップページ | 「厚生年金基金の興亡」@『エルダー』2017年1月号 »

コメント


36協定上の労働時間を超えない場合にどういう理由で起訴したのだろう?


>同じような違反をしている同業他社は是正勧告で済まされているのに、うちの会社だけ送検されるのはルール違反だという言い方は、人事担当者の気持ちとしては理解できないことはないけれども、法律上は無理筋であることはだれもがわかっていること。

法の下の平等・法の支配って法内容の平等だけじゃなく適用・手続きの平等も要求されるので、統治者の気分や空気で差をつけてはならない。

はっきり言って電通くらいの優良企業でさえ刑事罰を受けるなら、それより悪い企業は幾らでもあるのに放置っておかしいよね? 罪の重さを勘案して法を公平に適用するのではなく、統治者の気分で刑を決めることを人治主義と言うが、幾ら法が明白であっても適用に於いて統治者が勝手に決めれるなら人治主義と何ら異なりませんよね??

例えば、政治家の9割がやっているけど厳密には違法、という現象があったとして、野党側だけ狙って捜査するのはおかしいということ。こんなことをやれば政敵や商売敵を自由に抹殺できる暗黒の独裁国家になる。

投稿: 阿波 | 2016年12月30日 (金) 09時35分

安倍首相がつい先日、「道半ば。これからもしっかりと働き方改革をがんばる」と述べたそうですね。
第一ステージの金融緩和・機動的財政政策・成長戦略にも
GDP600兆円達成・子育て支援(出生率1.8目標)・安心社会保障(介護離職ゼロ)の新三本の矢にも 働き方改革が特筆されていなかったように思いますが・・・
今の念頭にあるのは電通過労死問題だと思いますが
働き方改革が「規制緩和で成長戦略」に留まらず、36協定問題などの改善につながるとよいですね。

投稿: 途上 | 2016年12月30日 (金) 09時37分

まあ、すくなくともHさんとかAさんとかCAさん(隠れてない)とかまで手ぇ伸ばさんとダメでしょうな。

まぁ無理を承知で言えばクライアントも刑事罰の処罰の対象にしてほしいと思ってます。たとえそれがクライアントの意図しないことであったとしても。
これぐらいしないと広告関連の人たちは「お客のため」といって無茶を止めないですから。

投稿: Dursan | 2016年12月30日 (金) 14時06分

>日本では、その36協定による時間外労働に法律上の上限が(現時点では)存在しない。なので、なまじ真面目に36協定で上限を定めてそれを超えてしまうと、労基法32条違反として刑事罰の対象になるけれども、とても超えないくらい超絶的な上限を設定しておいたら、過労死が続出して労災認定は受けるかも知れないけれども、労基法上の刑事罰の対象にならない。

36協定には一応「労働時間の延長の限度等に関する基準」があるのでは。告示なので法律そのものではないにしても、告示や通達を実質的には法律と同等に扱うのが我が国の法体系でしょう。

あるいは特別条項をつければ「労働時間の延長の限度等に関する基準」を超えて青天井にできるということなのかも知れませんが、こちらは一年のうち半分を超えて特別条項適用とはできませんので、通年で恒常的に青天井の残業をさせることはできません。多くの企業ではこちらは引っかかっていますがね。

投稿: tuna | 2017年1月 3日 (火) 23時08分

>告示や通達を実質的には法律と同等に扱うのが我が国の法体系でしょう。


そんな馬鹿な話はありません。法律の教科書をきちんと読むところから始めた方が良さそうです。

当該告示の法的効力については、菅野和夫『労働法第11版』p489~490をよく読むこと。

投稿: hamachan | 2017年1月 4日 (水) 09時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/3288/69033074

この記事へのトラックバック一覧です: 社会保険労務士試験の素材に絶好のツイート:

« ブラック消費者 | トップページ | 「厚生年金基金の興亡」@『エルダー』2017年1月号 »