長澤運輸控訴審判決
本日、例の定年後再雇用労働者への労働契約法20条の適用が問題となった長澤運輸事件の控訴審判決があり、原告(被控訴人)が敗訴したようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161102-00005303-bengocom-soci
2審の東京高裁は、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を禁じた「労働契約法20条」が、定年後の再雇用にも適用されると判断。一方で、今回のケースについては、定年前と比較して、一定程度賃金が減額されることは一般的で、社会的にも容認されていると考えられるなどとして、「不合理であるとは言えない」と原告の請求を棄却した。
これだけではどういう理屈立てなのかいまいちよくわからないので、判決文を見る必要がありますが、記事からすると、高齢者の定年後再雇用であるという点がポイントになっているようにも思われます。
上告するそうなので、来年には労契法20条の最高裁判決というのがでそうですね。
(参考)
『労基旬報』2016年6月25日号に寄稿した「定年後再雇用者の賃金格差と高年齢者雇用継続給付」
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/2016625-e599.html
去る5月13日、東京地裁は、定年後に1年契約の嘱託として再雇用されたトラック運転手の男性3人が定年前と同じ業務なのに定年前より2~3割低い賃金水準となったことについて、労働契約法20条の期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止に該当するとして、定年前の賃金規定を適用して差額分を支払うよう同社に命じたと報じられました。この事件は長澤運輸事件で、現時点ではまだ判例雑誌等に掲載されていませんので、判旨の詳細は不明ですが、高齢者雇用政策において過去数十年にわたって当然と考えられてきたことを逆転させるような含意もあり、その影響する範囲は極めて大きなものがあるように思われます。
まずもって、現在の高齢者雇用政策の考え方を改めて確認しておきましょう。2012年に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの継続雇用がほぼ例外なく義務化されています。法律上厳密に言えば、65歳定年、65歳継続雇用、定年制の廃止の三者択一という義務です。問題はこの三択のうち65歳定年と65歳継続雇用は何が違うのか?という点にあります。定年と言おうが、継続雇用と言おうが、65歳まで何らかの形で雇用が維持されることが義務づけられているのですから、違うのはその雇用の中身、つまり定年時にいったんそれまでの高い賃金その他の労働条件を清算して、定年前よりかなり低い賃金その他の労働条件にすることができるところに、65歳定年ではなく65歳継続雇用を選択する意味がある、というのが、恐らく圧倒的に多くの人々の認識ではないかと思われます。
これを裏付ける制度として高年齢者雇用継続給付があります。これは雇用保険法に基づく労働者への給付ですが、60歳以降の賃金が60歳時点に比べて大きく下がることを前提とした制度設計になっています。これは、65歳までの継続雇用が努力義務とされた1994年改正時に設けられたものです。そのときは25%支給という手厚いものでしたが、その後改正がされ、現在の制度では、60歳時点賃金の61%以下であればその賃金の15%、61%~75%であればその低下率に応じた額となります。重要なのは、60歳定年後に再雇用された労働者の賃金は、この給付の支給対象となるくらい大幅に引き下げられるのが当たり前だ、という認識に立ってこの制度が設けられているということです。少なくとも、それが期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止に該当するなどということは全く想定されていないことだけは明らかでしょう。
その意味で、今回の判決は単に労働契約法やパート法といった労働条件法政策において重要な意味を持つだけではなく、高齢者雇用政策という労働市場法政策に対する含意も極めて大きなものがあります。上述したように、現時点ではまだ判決文が公開されていませんので、原告側や被告側がどういう主張をしたのかも明らかではありませんし、その中で高齢者雇用政策が取り上げられているのかどうか、また判決がそうした雇用政策上の諸制度についても考慮しているのかいないのかなど、論ずる上で必要な情報はありませんが、少なくとも今後この問題をめぐる議論が労働条件政策と労働市場政策の両方を睨みながら進められなければならないことだけは間違いないと思われます。
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» 長澤運輸定年後賃下げ社会的容認誰が?それで適法? [シジフォス]
昨日から「労働情報」次号の編集が始まり、その最中に飛び込んできた長澤運輸高裁判決敗訴の一報。現役活動家も含むスタッフ4名とも、判決日であることも知らず「ウソだろ」と絶句。今年5月に労契法20条裁判として画期的な勝利判決を得たばかりなのに、あまりに早すぎる高裁判断だった。もちろん詳細は分からず、走行している内に4時前、弁護士ドットコムに<「定年後再雇用」の賃下げめぐる控訴審、従業員が逆転敗訴「賃金差別、納得いかない」>とのニュースがアップされ、以下の判決要旨に再び…沈黙。... [続きを読む]
以前話題にされていた日本電産が残業ゼロを目指すそうです。
会社も変わるものですね。
投稿: しん | 2016年11月 2日 (水) 22時40分
以下、もっぱら労働条件政策的な観点ですが。
今後議論されるべきポイントの一つとして60歳定年時(下げられる前)の賃金水準そのものの妥当性が、つまり彼らの定年時最終賃金にどれだけ「年功プレミアム」的な要素が乗っかっていたか(市場相場の賃金水準とどれだけ乖離していたか)が問われるべきでしょう。現状、再雇用時に賃下げが広く見られることの前提に定年前と異なる仕事や役割が当てがわれるという実態があるにせよ、一方で今回のように60歳定年後も65歳までずっと同じ仕事をやっていく人も多いでしょうから。ジョブベースの欧米グローバル企業でも、同一職務の従事者であってもその人の経験年数やスキルが違えば当然賃金は異なります。その人が60歳時点で到達した賃金水準が(その人と同水準の経験スキルを持つ人を仮に外部から雇い入れるに)適切なレベルの金額かどうかを判断するのは簡単ではないかもしれませんが、一方で「新たに同じレベルの人を外から雇い入れてこの人と同じくらい仕事ができる所まで持っていくのにどれくらいコストがかかるの?」という観点抜きには、同一労働同一賃金の理念(外部労働市場の賃金水準を前提)も骨抜きになってしまいますから…。
つまり、定年直前の本人賃金水準が外部労働市場相場と比べて(年功プレミアム等を含んだため)明らかに高すぎるなら、再雇用時にその人のもつ市場価値の賃金水準まで調整されてしまうのは(外部労働市場水準というその他の事情を考慮して)「不合理」とは言えないでしょう。
そこで、長澤事件ですが「彼らの賃金がいくらからいくらになったのか?」「彼らの運転手としての職業能力評価や経験値はいかほどなのか?」という点を考慮しないとやはり適切に判断できませんね。
投稿: 海上周也 | 2016年11月 5日 (土) 09時18分
長澤運輸事件…。2016年11月の高裁判決からすでに一年以上経過していますが、最高裁判決が待たれますね。
今のところ世間の「常識」的な見解では、会社勝訴(原告敗訴、高裁判決支持)という観測が多いようですが、その主な根拠としては、①本件はあくまでも定年後の再雇用契約であって法律が想定していた無期雇用者と比較しうる純粋な有期契約ではない、②世間一般の再雇用時賃下げ水準が「三割程度」という実態をみれば本件の二割強水準の賃下げは不合理とまではいえない、というものでしょうか。
しかしながら、このまま被告(会社)勝訴、原告(労働者)敗訴となった場合の社会的な影響を想像しますと、おそらくこの判決を盾にほとんどの企業が今後ともさしたる合理的理由もなく60歳再雇用時に2-3割の賃下げを行うことにお墨付きが与えられると捉える企業が増えることから、昨今の生涯現役や高年齢者雇用促進(年金受給開始年齢引き上げなど)を図ろうとしている社会的観点からはかえって逆効果になる恐れがありましょう。
とはいえ一方で、もしも原告勝訴(会社敗訴)となれば、特に多くの中小企業で過去の定年後再雇用時に本件同様のケース(再雇用時の同一職務、賃下げ実績)が無数にあるでしょうから、第二第三の長澤運輸事件が将来勃発してどうにも収集がつかなくなる事態が起こりましょう。このように、本件はどちらに転んでも社会的に望まざるネガティブな影響が多かれ少なかれ発生するため、最高裁判決としてはちょっと変わった落とし所、捻った解決策を見出さないといけませんね。
例えば、本件は定年後再雇用契約であるため労契法20条趣旨に直接違反するものではない(すなわち会社勝訴といえるが)、一方で従事する職務が定年前後で全く変わらないまま再雇用時に一定の賃下げを行うという現状の日本企業の雇用慣行が望ましい訳ではなく、過去の実態はともかく同一労働同一賃金の主旨からしても今後(例えば経過措置も含めて2019年4月以降)の再雇用時の運用に関しては賃下げは慎重であるべきだろう、などというコメントをつけるなどして将来の予防を図ることが必要かもしれません。
投稿: ある外資系人事マン | 2018年1月21日 (日) 22時19分