「協同組合の団体協約締結権」@『労基旬報』2016年11月25日号
『労基旬報』2016年11月25日号に「協同組合の団体協約締結権」を寄稿しました。
労働組合法上の「労働者」は「賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」(第3条)とされており、労働基準法上の「使用される者で、賃金を支払われる者」(第9条)よりもやや広くなっています。実際に、プロ野球選手や建設業の一人親方の労働組合も存在しますし、近年の最高裁判例が労組法上の労働者性を広く解する判決を下していることは周知の通りです。
しかし、それだけではなく、法制的には労働者性のない明らかな自営業者に対しても、日本の法制は既に集団的労使関係システムに類似した法制度を用意しているのです。すなわち、各種協同組合法は組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結を各種組合の事業として挙げ、しかもこれに相手方の交渉応諾義務や団体協約の規範的効力、行政庁による介入規定などが付随しています。
このうち、特に労働者との連続性の強い商工業の自営業者を対象とした中小企業等協同組合法についてみますと、1949年7月の制定時に既に事業協同組合の事業として「組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結」(第70条第1項第5号)を挙げ、この「団体協約は、あらかじめ総会の承認を得て、同項同号の団体協約であることを明記した書面をもつてすることによって、その効力を生」じ(同条第4項)、「直接に組合員に対して効力を生ずる」(同条第5項)とともに、「組合員の締結する契約でその内容が第1項第5号の団体協約に定める規準に違反するものについては、その規準に違反する契約の部分は、その規準によつて契約したものとみなす」(同条第6項)とその規範的効力まで規定しました。これらは協同組合連合会の締結する団体協約についても同様です。
これらの規定は1955年改正で第9条の2に移されましたが、その後1957年改正で団体交渉権の規定が設けられました。すなわち、「事業協同組合又は事業協同小組合の組合員と取引関係がある事業者(小規模の事業者を除く)は、その取引条件について事業協同組合又は事業協同小組合の代表者(これらの組合が会員となっている協同組合連合会の代表者を含む)が政令の定めるところにより団体協約を締結するため交渉をしたい旨を申し出たときは、誠意をもつてその交渉に応ずるものとする」(第9条の2第5項、現第12項)とされており、この「誠意をもつて」とは、下記商工組合について「正当な理由がない限り、その交渉に応じなければならない」と規定しているのと同趣旨と解されています。
さらに同改正によって斡旋・調停の規定も設けられました。すなわち、「交渉の当事者の双方又は一方は、当該交渉ができないとき又は団体協約の内容につき協議が整わないときは、行政庁に対し、そのあつせん又は調停を申請することができ」(第9条の2の2第1項)、「行政庁は、前項の申請があった場合において経済取引の公正を確保するため必要があると認めるときは、速やかにあつせん又は調整を行」い(同条第2項)、その際「調停案を作成してこれを関係当事者に示しその受諾を勧告するとともに、その調停案を理由を附して公表することができる」(同条第3項)のです。
なお、これら改正と同時に中小企業団体の組織に関する法律が制定され、商工組合及び商工組合連合会にも組合協約締結権が認められ(第17条第4項)、商工組合の組合員と取引関係にある事業者等は「正当な理由がない限りその交渉に応じなければな」りません(第29条第1項)。もっとも組合協約は「主務大臣の認可を受けなければその効力を生じ」ず(第28条第1項)、また主務大臣は商工組合又はその交渉の相手方に対し、組合協約の締結に関し必要な勧告をすることができる」(第30条)と、行政介入が強化されています。商工組合等に関しては、1999年に中小企業の事業活動の活性化等のための中小企業関係法律の一部を改正する法律によって組合協約関係の規定がばっさりと削られ、上記事業協同組合の規定を準用する(第17条第7項)という形になりました。
なおこの外に、自営業者の団体による団体協約の締結を規定している法律としては、1947年の農業協同組合法(組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結、規範的効力あり)、1948年の水産業協同組合法(同前)、1954年の酪農及び肉用牛生産の振興に関する法律(規範的効力の規定なし)、同年の輸出水産業の振興に関する法律(規範的効力あり)、1957年の内航海運組合法(認可制、規範的効力あり)、1978年の森林組合法(規範的効力あり)があります。
ちなみに、こういった自営業者よりも実態としては労働者に近いはずの家内労働者については、家内労働法において特に団体協約締結権の規定は置かれていません。なまじ、労働法制の枠組みの中におかれると、かえって柔軟な対応は困難になるのかもしれません。もっとも、かつて日本社会党が提出した家内労働法案には、家内労働者組合と委託者との労働協約の規範的効力や、あっせん、調停、委託者の不当行為に対する命令といった規定が盛り込まれていました。今では誰も顧みることのない文書ですが、ネットを介した個人請負がかくも広がり、家内労働法による最低工賃制度が全く及ばない領域がかくも拡大している今日、改めて今後の法政策のヒントとして再検討する値打ちはあるのではないでしょうか。
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お~、なんだか、コンビニ店主たちとコンビニ本部との今後の関係再構築に関しても、示唆的な内容ですね。
投稿: 原口 | 2016年11月24日 (木) 15時44分
協同組合の協約に、規範的効力まで付与されていたとは。
労組法の専売特許ではないのですね。
確かに対称性の確保という目的は同じですね。
「なまじ、労働法制の枠組みの中におかれると、かえって柔軟な対応は困難になる」
おっしゃるとおりだと思います。
勉強になりました。ありがとうございます。
投稿: 万年係員 | 2016年11月25日 (金) 12時40分