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「高齢者事業団とシルバー人材センター」@『エルダー』11月号

Elder 『エルダー』11月号に「高齢者事業団とシルバー人材センター」を寄稿しました。

http://www.jeed.or.jp/elderly/data/elder/q2k4vk000000ezhu-att/q2k4vk000000ezke.pdf

 定年延長から継続雇用へと一貫して流れる内部労働市場政策と、雇用率制度が消滅してから年齢差別禁止が再浮上した外部労働市場政策という二つの流れの外側で、そもそも「雇用」施策の限界領域に位置しつつ今日まで独自の道を歩み続けてきたのがシルバー人材センターと呼ばれる高齢者運動/政策です。その出発点は高齢者事業団という名の、ある種の地域市民運動でした。

シルバー人材センターの出発点「高齢者事業団」の歩み

 小山昭作『高齢者事業団』(碩文社、1980年)や『高齢社会に生きる 20周年記念誌』(東京都高齢者事業振興財団、1995年)がその草創期の姿を生き生きと描いていますが、その出発点は1973(昭和48)年、失対就労者団体が要求していた都独自の高齢者就労事業に対し、当時の小山失業対策部副主幹が高齢市民による地域の自主的組織による事業を対置したことに遡ります。猛烈な反対を押し切って、翌年大河内一男を会長とする東京都高齢者就労対策協議会が設置され、さらに東京都高齢者事業団(仮称)設立準備会が設置されて具体的な事業構想が進められていきました。一方江戸川区とその老人クラブに接触して第1号の設立に向けた準備が進められていき、翌1975年2月には江戸川区高齢者事業団が事業を開始しました。

 この事業の理念について、設立準備会の提言は「一般の労働市場における雇用には適さず、かつ望まないが、さればといってたんなる社会参加、健康の保持等のための仕事を求めるというだけではない高齢者の就労ニードが広汎に存在」し、「いわゆる労働と社会福祉の中間にまたがる就労ニードの解決が求められる」とした上で、「あくまでも高齢者の自主的な組織として設立され運営される」ことが特徴であると述べ、「従来とかく行政依存に流れがちな老人問題対策の中にあって、新しい途を切り開く」ものだと主張しています。

 多くの人が知らないでしょうが、1963年に制定された老人福祉法の第3条第2項は「老人は、その希望と能力とに応じ、適当な仕事に従事する機会その他社会的活動に参加する機会を与えられるものとする」と規定しています。もっともこれを受けた第13条は「老人の心身の健康の保持に資するための教養講座、レクリエーションその他広く老人が自主的かつ積極的に参加することができる事業」を地方公共団体の努力義務とするとともに、老人クラブなどへの援助を求めているだけなので、実質空振り規定でした。大河内一男は講演集『高齢化社会を生きる』のなかで、「働く高齢者というのが本来の老人福祉法の狙いの眼目だったわけでありますが、その働く老人のイメージというのは、現実の、その後十年間の老人福祉法の運用の中では、ほとんど実を結んでこない」と批判していました。本事業はこの空隙に地方自治体の労働行政が独力でふみ込んでいったものと見ることもできます※1。

 都内では江戸川区を嚆矢(こうし)として続々と高齢者事業団が設立されていき、さらにこの運動は東京都を超えて全国に波及していきました。この間、この運動の象徴的リーダーとして大河内一男がいたことは、この事業に国が関与し、法制化されていくうえで重要な役割を果たしました。労働省は当初、従来の失業対策事業の弊害を憂慮して、高齢者事業団には関与しない方針でしたが、1979年に政策を転換し、1980年度から高年齢者労働能力活用事業という名称で補助金の予算措置を講じることになったのです。このとき、竹下蔵相と藤波労相の大臣折衝で「シルバー人材センター」という名称になったといわれています。ちなみに当時の職業安定局長は東大経済学部大学院で大河内ゼミにいた関英夫氏でした。とかく失対事業が気になって消極的になる労働行政をマクロ的な総合的高齢者政策の観点に引っ張ったのは恩師大河内一男の熱意だったと思われます。

シルバー人材センターをめぐる法的動向

 一方東京都サイドでは1977、79、81年と法制化の研究を行い、1983年には高齢者の生きがい就労の保護を目的とする高齢者事業団法(仮称)を提案しています。そこでは、雇用を基本とした一般労働関係とは一線を画し、会員の協同的、自律的就業として明記することとされていました。当時定年延長の法制化を迫られていた労働省は、1986年改正(高年齢者雇用安定法)においてシルバー人材センターを法的に位置づけました。ただ、上述のようなこの運動の思想的側面を考えれば、どちらかというと周辺的な業務によって位置づけられた感があります。すなわち、自主自立・協働共助というスローガンを掲げ、労働政策と福祉政策を架橋するという理想を掲げたこの運動を、高齢法は高齢者の労働力需給調整機能の一端をになうものとして位置づけたのです。具体的には、雇用によらない臨時的かつ短期的な就業の機会を確保、提供するとともに、臨時的かつ短期的な雇用について無料職業紹介事業を行う指定法人として規定しました。とはいえ、運動の趣旨に合致するような法制化をしようとすれば、既存の労働法体系とは別個の法体系を確立しなければならず、当時の状況ではきわめて困難でした。ややご都合主義的な手法ですが、シルバー人材センターを社会的に認知されるものとしたいという情緒的な法制化要望に応えるうえでは、それなりに有効なやり方だったのかも知れません。

 法律の動向としては2000年改正で「その他の軽易な業務」も含まれたほか、2004年改正で届出により一般労働者派遣事業(登録型)を行えるようになり、2012年改正で届出により有料職業紹介事業を行えるようになったことが注目されます。2015年派遣法改正ですべての労働者派遣事業が許可制になり、また無料職業紹介事業と異なり有料職業紹介事業はすべて許可制であることを考えれば、労働市場規制の観点からするとシルバー人材センターはかなり特別扱いされているといえます。2016年改正では臨時、短期、軽易の3要件を緩和する法改正(労働者派遣事業・職業紹介事業に限定)も行われました。

 その創生期を振り返ってみると、高齢者事業団=シルバー人材センターは労働と福祉の境界領域を切り開いてきた存在であり、その点にこそこの運動を特別扱いする理由があったはずです。しかし、法制化以後の歴史はむしろ労働市場政策として特別扱いすることに注力してきたように見えます。職業安定局所管の政策としてやむを得ない道筋であったともいえますが、改めて障害者の福祉的就労などと並ぶ境界領域政策として考え直してみる時期かも知れません。

*1実は同じ頃、東京都民生局では老人福祉施策の一環として老人福祉工場(仮称:老人しごとセンター)という構想もあり、調査研究をしていたようです。

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