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2016年10月 5日 (水)

「弁護士堀の随想」でさらに拙著書評

112483『新しい労働社会』(岩波新書)に引き続き、「人と法と世の中:弁護士堀の随想」で『日本の雇用と労働法』(日経文庫)も書評いただきました。

http://arminius.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-b40f.html

さきに読んだ同じ著者の「新しい雇用社会」と共通する部分もあるが(特に日本の雇用システムの基本構造に関する部分)、そちらは執筆時点で話題となっていた問題を取り上げて一応の処方箋を示すことに重点が置かれていたのに対して、本書は、歴史的経緯や政策決定過程も踏まえつつ(前掲書でも触れているが、こちらの方が詳しい)、日本の労働法制と現場の実際の雇用システムのあり方との関係を論じている。労働法についての書籍はいくらでもあるし、逆に雇用システムについての書籍も数多く出ているが、その両者の関係を論じたものは珍しい。

と本書のビジョンをご説明いただいたあと、いかにも法律家らしい感想をいくつか寄せておられます。たとえば、

なお私なりの勝手な余談ではあるが、実際の紛争になった場合の当事者の法的主張という観点から見ると、ケースに応じて、ジョブ型的契約法理を主張した方が有利な場合と、メンバーシップ的な団体の発想に基づいた主張をした方が有利な場合がある。たとえば私生活の非行を理由として解雇された労働者が解雇無効・雇用契約上の地位確認を求めて訴訟を提起する場合は、契約法理を徹底させる方が有利であり、会社側はまさにその反対ということになる。整理解雇について労働者が争う場合は、まさにその逆で、メンバーシップ的な観点を全面に出すということになるのだろう。

そうなんですね。法律実務家としては、別段ジョブ型にもメンバーシップ型にも忠誠を尽くす義理はなく、その時のシチュエーションに応じて、都合のよい理屈を組み立てればいいわけですし、それが弁護士の職業倫理でもあるわけです。

ただし、法律学者として理論的整合性をとった議論をしようとするのであれば、そういうあっちではジョブ型全開、こっちではメンバーシップ型で一点突破みたいな議論でいいのかというのはあるわけですが。

中小企業はジョブ型かそうじゃないかというのも、とてもいい論点で、突っ込むとこれだけで小一時間くらいの話になり得ますが、とにかく目の付け所が光っている書評を久しぶりに読ませていただき感謝しております。

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コメント

大企業やインフラ系の労働者というだけで税金で経営破綻から逃れて雇用や待遇を守られている。
明らかにメンバーシップ型(=企業と利害を共にし忠誠を捧げる)で特権的保証を得ながら、東電差別するなとかふざけてる。

民民の契約である正規非正規より、特定企業”だけ”の雇用保護=「国家による差別」のほうが問題だ。

こういう労働貴族は労働者に厳しいと言われるアメリカにも存在する。労働者間の保護の差別を無くしていきたい。

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