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2016年10月22日 (土)

メンバーシップ型学校教育の情意考課

今野晴貴さんがかなりの怒りを込めてツイートされているのですが、

https://twitter.com/konno_haruki/status/789457869888299008

給付型奨学金の審査基準が「内心評定が平均4以上」になるという。だが、内心評定など、教師の気分次第でいくらでも変わる。「授業態度」とか「学ぶ意欲」とかいう、意味不明の判断がされる。私はテストで100点でも、3をつけられたことがある。教師に「取り入ること」の競争になる危険を感じる。

https://twitter.com/konno_haruki/status/789458630160453633

給付型奨学金は「内申書評定4以上」が対象。次のような結果が予想される。教師:「おい、お前、内申点が4以上じゃないと奨学金はもらえないんだぞ。そんな態度でいいのか?」。内申書の場合はテストの点数と違い、「努力の方向性」がはっきりしない。だから、教師に対してひたすら委縮するしかない。

https://twitter.com/konno_haruki/status/789459099226222593

今でも覚えている。中学の時、教師から「お前の内申書は悪い。いくらテストの点がよくてもいい高校にはいけない」。こういわれて、腹の底から怒りがこみ上げてきて、憤りを禁じえなかった。なぜ、教師の主観評価の「内申書」とやらを盾にとって、将来について脅迫を受けなければならないのか。

https://twitter.com/konno_haruki/status/789459627192700932

宮城県の中学では「特A」という内心評価があるらしい。当時、教師に聞かされた話しだ。「部活動などをまじめにやってる学生は、「人格的に優れている」と評価する仕組みがある。なぜ、教師に「人格的に優れている」ことが評価され、選抜の理由にされるのか。心の底から怒った覚えがある。

今野さんには釈迦に説法ですが、いうまでもなくこれは日本型雇用における人事評価システムの特徴である「情意考課」ですね。

実際に出した成果(=試験の成績)よりもやればできるはずだという潜在能力を評価し、そもそも生徒にとって本来のジョブであるはずの勉強の成果や能力よりも、学校という集団のメンバーとして適切に行動しうることを評価するその考え方は、業績評価よりも(潜在)能力評価を、さらにそれよりも情意考課を重視する日本企業のあり方を、人生の先行部分において忠実に遂行しているということもできます。

そして、ここが一番重要ですが、そういう学校のあり方を推奨してきたのは、、国民の意思に反した国家権力が無理矢理にとかでは全くなく、むしろ全く逆で、「勉強の成績だけで子供たちを評価するなんて、なんて血も涙もない冷酷無残なやり方なんだ!」と口を極めて批判する心優しい(日本風)りべらるな人々であった、ということも、戦後史の歴然たる事実としてかみしめておく必要がありましょう。

そして、労働社会において一生懸命頑張っていることそれ自体を高く評価する情意考課の思想が、日本企業の宿痾である長時間労働を生み出し、働く人々のワークライフバランスを失わせていることとまったくパラレルに、学校教育の世界においても一生懸命頑張っていることそれ自体を高く評価する情意考課の思想が、(ときに若き日の今野さんのようなメンバーシップ型の発想に違和感を感じる人の反発を受けながらも)長時間部活漬けという事態を生み出しながらも、、社会全体としては「そうじゃ、そうじゃ、それが正しい」と受け入れられてきたからこそ、今日においてもなおこういう発想が主流であるわけです。

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コメント

こういうことになるだろうなあと予想したとおりになった感じですね。こんなくだらない制度なら給付型奨学金なんて止めたほうが良い。

もし本当に貧困家庭の若者を救いたいのなら、ドイツのデュアルシステムのように給料をもらいながら職業教育を受けられる仕組みを大学や高校に導入すべきです。形ばかりの給付型奨学金など百害あって一利なしでしょう。

普通にリベラル思想で考えた場合は全国試験の点数で決めるべきと思う。

ただ左派系の論者は、試験で決めてたとしても「貧困家庭ゆえの低学力が排除される」と批判するのではないかしら。(実際、そういう怨嗟の声がツイッターに溢れてる)

給付制奨学金は所得の何処で切っても不公平は生じるし、金額が大きければ大きいほど貰えない側の層の不満は大きくなる。

私は給付制奨学金の創設理由が全く理解できない、貸与が苦しいなら非課税世帯だけ救済する意味がない。

また、「奨学金返せないから風俗orホームレス」は貧困支援界の悪癖がまた出たかとうんざりしている。

>通りすがり2号さん

>形ばかりの給付型奨学金など百害あって一利なし

同意!
なんか駒崎某らがワーッっと叫んでほとんど反論を黙殺する形で進めるのはおかしい!

論理的・親学生的な給付制反対論が少しずつ出てきているが、給付反対イコール貧困者叩きだと見られる。

そもそも、「卒業後にまともに稼げないから学生ローン止めて給費にしろ!」っていうのが主な理由になってるのが間違ってる。
これ因果関係逆で、奨学金のせいでまともに稼げないのではない。卒業後にまともに稼げない人は給付制奨学金を導入したからと言って解決しない。大卒後の貧困は極一部とはいえ解決すべきだが、それと奨学金給付化は全く関係ない。

あの違法でないが不適切な舛添は給付反対論だけは正しかったよ

>実際に出した成果(=試験の成績)よりもやればできるはずだという潜在能力を評価し、そもそも生徒にとって本来のジョブであるはずの勉強の成果や能力よりも、学校という集団のメンバーとして適切に行動しうることを評価するその考え


素人の考えなので的外れだと思いますが、内申を入試の判定に利用するのは以下のような理由もあるのではないかと思います。

入学試験は技能検定ではなく自分たちが入学後に指導する(それによって能力を向上させる)対象者を選抜するものです。そのため指導の成果が期待できる志願者を選ぶ必要があります。現時点での能力は指導の成果を上げるための重要な要素なので入学試験によって評価します。しかし志願者の選抜にはそれ以外にも考慮すべき要素があると思います。
例えば入学試験の成績が同じでも、専属の家庭教師がつきっきりで指導した志願者と普通の高校の授業を受けただけの志願者では、入学後の教育の効果(伸び代)が異なると思います。また大学の教育は”序破急”の"序”の段階だと思うので、教育では指導者の指示に従う必要があります。このためあまりコミュニケーションに問題があって指導者の指示に従えない志願者は教育の効果が期待できないと思います。
もちろん指導者がいなくでも能力を向上できる人もいると思いますが、そのような人は大学に行く必要は無いと思います。
また内申の評価者が不適切であると内申の内容も不適切になりますが、それは内申制度の問題ではなく評価者の選定の問題だと思います。例えば体罰やセクハラを行う顧問がいる事は部活動全体を否定する理由にはならないと思います。


>労働社会において一生懸命頑張っていることそれ自体を高く評価する情意考課の思想

私も以前に同様に考えていて、先輩に”やるべき事ができれば(周りに迷惑をかけない限り)勤務態度とかは評価に関係ないんじゃないですか”と言った事があります。しかし先輩から”やるべき事をできていればそうかもしれないが、できなかった場合にそれ(結果のみで評価する)を行うのは殺人と過失致死を区別しないようなものだ”と言われて返答できませんでした。


給付型奨学金に関しては私も反対です。
どんなに家が貧しくても奨学金を利用して職に就けたら、可能な範囲で返済すべきだと思います。
給付型奨学金を作るお金で無利子の奨学金を増やすべきだと思います(1人分の給付型奨学金の資金で
何人もの有利子奨学金を無利子にできると思います)

この問題の根本は、奨学金制度ではない。

根本問題は、公立学校の授業料引き上げに遡る。これが諸悪の根源なのだ。私が卒業した国立大の授業料は、1980年代当時、年間たったの8万円であった。

私のクラスメイトの1/3は貧乏学生で、アルバイトをして生計を立てていた。それで学校に通えたのである。

ところが現在はどうだろう。授業料は年間30万円を超える。これでは、貧乏学生がいくらバイトをしても追いつかない。

その結果、東大生の95%以上が富裕層の親、という有様である。

ちなみに、私が通った都立高の授業料は、月にたったの960円で、PTA会費の3000円よりも安かった。その高校の現在の授業料は、月に1万5000円である。

格差が固定化する原因は、国公立校の授業料高騰なのである。(特に、学歴社会の日本では)それを議論せずして、奨学金の議論など、笑止である。

授業料の高騰政策を進めた自民党政権に投票した国民がバカだったのである。もっとも、毎年忘年会で酒をあおって全てを忘れる国民なら、当然の事だろう。”愚民”とは、よく言ったものである。

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