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「育児と保育の間」@『労基旬報』2016年10月25日号

『労基旬報』2016年10月25日号に「育児と保育の間」を寄稿しました。

タイトルから想像されるのとは違い、言葉にこだわったややトリビア風のエッセイです。

 去る9月14日、労政審雇用均等分科会で急遽「仕事と育児の両立支援について」の審議が始まりました。育児・介護休業法は今年かなりの項目にわたって改正されたばかりなのに、なぜまた急に法改正をすることになったのかといえば、その直前の8月2日に閣議決定された「未来への投資を実現する経済対策」の中で、「育児休業期間の延長等」として「男女とも仕事と育児の両立に資するよう、保育所の整備を進めつつ、雇用の継続のために特に必要と認められる場合の育児休業期間の延長等を含めた両立支援策について、必要な検討を経て、成案を得、平成29年度(2017年度)において実現する」という一節が盛り込まれたからです。同対策では「一億総活躍社会」の実現の一環として、待機児童ゼロを実現するため、保育の受け皿整備を進めることが施策の筆頭に上がっていますが、それだけでは足りない部分を育児休業期間の延長で補おうという発想です。現時点ではまだ公式に成案は示されていませんが、新聞報道によると最長2年を想定しているようです。育児休業制度それ自体の内発的な必要からではなく、保育所整備の遅れのツケを回すような政策ともいえます。
 という問題については、審議会の場で労使双方から様々に議論がなされるでしょうから、ここではやや斜め方面の視角からになりますが、ここに出てくる「育児」と「保育」という言葉についてややトリビア的ですがちょっと考えをめぐらしておきましょう。
 「育児」というのは育児・介護休業法に見られるように、労働者が親として自分の子供を育てる場合に使われます。その育児という家庭責任と仕事を遂行する上での責任との衝突を何とか両立させるために、育児休業をはじめとして時間外労働の制限や深夜業の免除、さらには短時間勤務などの措置が同法に規定されているわけです。それに対して「保育」というのは保育所という言葉に見られるように、そういう親から子供を預かって世話をするという状況を指す言葉です。
 実は、育児・介護休業法にも「保育」という言葉が出てくるのですが、それは深夜業の制限を請求することができない場合として「当該請求に係る深夜において、常態として当該子を保育することができる当該子の同居の家族その他の厚生労働省令で定める者がいる場合」(第19条第1項第2号)というところです。同居の家族が面倒を見る場合は「保育」になるわけです。
 とはいえ、現下の政策で課題となっている保育は、言うまでもなく児童福祉法に規定する保育です。同法によると「保育所は、保育を必要とする乳児・幼児を日々保護者の下から通わせて保育を行うことを目的とする施設」(第39条第1項)です。この条文の次に幼保連携型認定こども園についての規定がありますが、これは2012年の子供・子育て支援法によって設けられたもので、「義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとしての満三歳以上の幼児に対する教育・・・及び保育を必要とする乳児・幼児に対する保育を一体的に行い、これらの乳児又は幼児の健やかな成長が図られるよう適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする施設」(第39条の2)と定義されています。文部科学省所管の幼稚園と厚生労働省所管の保育所の両方の機能を併せ持つものとして創設されたことはご承知の通りです。
 しかし、この規定ぶりだけを見ると、幼稚園が行うのは教育であり、保育所が行うのは保育であるときれいに分けられているように見えますが、実は学校教育法を読むと、幼稚園も「保育」をすることになっているのです。「幼稚園は、義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして、幼児を保育し、幼児の健やかな成長のために適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする」(第22条)。おやおや、幼稚園は幼児を「保育」することになっているではありませんか。そのあとにも「教諭は、幼児の保育をつかさどる」 (第27条第9号)といった規定が並んでいます。先の児童福祉法には、「保育士とは、・・・登録を受け、保育士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、児童の保育及び児童の保護者に対する保育に関する指導を行うことを業とする者をいう」(第18条の4)という定義規定がありますが、これでは保育士も幼稚園教諭も余り変わりがないようです。それならなぜあれほど大騒ぎをして「幼保連携」をしなければいけないのかよくわからないところもあります。
 さて、上記2012年の子供・子育て支援法により、児童福祉法のある規定の文言が変えられました。市町村が保育をしなければならない場合について、それまでは「保護者の労働又は疾病その他・・・事由により、その監護すべき乳児、幼児又は・・・児童の保育に欠けるところがある場合」であったものを「保護者の労働又は疾病その他の事由により、その監護すべき乳児、幼児その他の児童について保育を必要とする場合」と変えたのです。つい最近までは「保育に欠ける」というのが保育所に入るための要件であったわけです。この用語法はなかなか興味深いものがあります。保育所の提供する「保育」というのは、本来的な保育ではなく、本来の保育が欠けているからやむを得ずその代替物として提供せざるを得ないものなのだ、という発想が浮かび上がってくるからです。改正後の規定は、必要な保育を提供するという素直な書き方になっているので、逆になぜこれまではこういう規定ぶりだったのか興味が湧きます。
 終戦直後の1947年に制定された児童福祉法は既に「市町村長は、保護者の労働又は疾病等の事由により、その監護すべき乳児又は幼児の保育に欠けるところがあると認めるときは、その乳児又は幼児を保育所に入所させて保育しなければならない」と規定していました。これからすると、「保育」というのは親自身も含めて子供を養育することを指していた言葉のようです。先の学校教育法上の幼稚園の「保育」も含めて、現在我々が考えているほど明確な使い分けがされていなかったようです。
 保育所というのは戦後児童福祉法で登場したものですが、その前身は1938年の社会事業法に規定されていました。同条第1条に「育児院、託児所其ノ他児童保護ヲ為ス事業」という規定が置かれていたのです。育児院というのは戦後の児童養護施設ですから、戦後の保育所の前身は託児所ということになります。託児所というのは今でも無認可保育所の名称として普通に使われる言葉ですね。

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