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『私の「貧乏物語」 』

0611530 岩波書店の山本賢さんより、岩波書店編集部編『私の「貧乏物語」 』をお送りいただきました。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0611530/index.html

日本では非正規雇用比率が4割を越え,セーフティネットが手薄なまま,若者,女性,高齢者など多くの人たちが貧困や孤立にあえいでいる.そんななか,希望はどこにあり,生きていくための支えがあるとしたら,どのようなものか.各界の36名が体験的に綴るいくつもの「貧乏物語」から,そのヒントをさぐるエッセイ集.

というわけで、こういう有名人が自分の貧乏だった頃の話を語るという趣の本です。

浅井愼平,井手英策,井上達夫,内澤旬子,蛭子能収,沖藤典子,金原瑞人,亀井静香,栗原康,小出裕章,古賀誠,小坂井敏晶,小関智弘,最首悟,斎藤貴男,佐伯一麦,佐伯泰英,佐高信,髙田明,武田砂鉄,出久根達郎,鳥居,永田和宏,橋本治,福山哲郎,ブレイディみかこ,星野博美,益川敏英,松元ヒロ,水島宏明,森達也,安田菜津紀,安彦良和,湯浅誠,吉原毅,吉田類

いかにもという人もいれば、え?この人が?という人もいますが、まあ、ぱらぱらとめくって見てください。

個人的には、バブル時代に高校生活を送ったブレイディみかこさんのこのエピソードが印象的です。

・・・それからしばらくすると、今度は学校帰りにスーパーでアルバイトをしていたのがばれた。着替える時間がなくてセーラー服のままでレジを売っている姿をOBに目撃され、学校にチクられたのである。担任に呼び出され、どうしてアルバイトをしているのかと聞かれたので、

「通学の定期を買うためです」と答えると、彼は顔を真っ赤にして言った。

「嘘をつくんじゃない。今どきそんな高校生がいるわけがない」

彼の瞳には一点の曇りもなく、ひたすら正義感に燃えていた。一億総中流幻想を信じすぎていたのである。私はため息をついた。やはり自分が貧しいということは絶対に他人に言ってはいけないことなのだった。・・・・

これを読んで、逆に今の若い人々からは、そんな幻想にみんなが浸っていた時代があったのか、と不思議に感じるかも知れません。高校生が貧しくてアルバイトで学費を稼がなくてはいけないという状況が違和感なく通じる今日には。

いやそうだったのですよ。そういう時代が間違いなくあって、世の中のそれでもそれなりにあちこちにあるはずの貧困が見えなくなるほど豊かな日本万歳イデオロギーが津々浦々に浸み渡っていた時代が確かにあったのです。

その他の人々のエッセイのなかにも、じわじわくるのがいくつかあります。

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コメント

日本では「頑張れば普通の生活ができる」という思想と事実があり、救済的な福祉は否定の風潮が強いとされている。
ヨーロッパ主要国(英独仏伊西)と比べると、日本は明らかに「頑張れば中流以上になれる流動性の高い国」だと思う。
それが救済的な福祉の否定感情に繋がっているわけだが、それでも欧州より平等な社会だと思う。
イギリスで税金にタカって生きて行こうとする輩が大量に滞留しているのも、機会が不平等なわけだから被害者とも言える。

やはり、階級流動性が高い機会平等の、格差がある公平で明るい社会を目指したい。

「貧困のカタチを外部から押し付けるな」と言う、あの自己申告式の相対的貧困を、言い値で認めるのはやはり納得いかない。相対的貧困は、「もう古い概念」と福祉業界人・学界人は仰るけど、「平均的生活を保障するのは当然だ」が極論でなく普通にでてきちゃう現状は、もうちょっと冷静になれよと感じます。

投稿: 阿波 | 2016年10月 1日 (土) 02時27分

以前も紹介しましたがぜひとも「現代語訳 貧乏物語
河上肇・佐藤優」も同時並行にお読みいただくと貧乏を指す時代の定義変遷が興味深く理解できるかと思います。河上先生時代の貧乏現象とその因果のシンプルさが、おそらくはまちゃん先生参照コメントにもあるように、その時代ごとに人の心にどのように変化し、しかし脳科学に照らせば、このエピソードも河上型貧乏の単列系から並列系(かつての貧乏人層がなにかの要因=たとえばマクロ経済発展とミクロ物質消費選好による無謬化)となった近代版プレ・アダプテーションであろうということが、少なくともエントリ参照コメントからも私は見てしまったように感じます。
ですから以前、松尾さんの書を活用させていただき、魅力的な社会層タテの分割に引き寄せられそうになっても、ヨコの分割を軸にタテ各層の差異を認め合える自然と社会の偶然に遊ばれない社会が不完全で有ろうともポンコツでも相互関係でしか発展しない人間社会に最適ではなかろうかと思うのです。たまたま筆者の一人に井手英策もおりますから彼の「論」とも親和するかもしれませんね。なるべく、統治力は市場だけでご勘弁していただき、社会は補完組織や制度により自治力に依存するハイブリッドを願いたいものです。

投稿: kohchan | 2016年10月 1日 (土) 07時56分

そんな本買って、佐藤優氏に印税稼がせるくらいなら、河上肇著がちゃんと岩波文庫に入っているのだから、そちらを読むべき。
そもそも近代日本語で書かれた河上肇の本を「現代語訳」しようという発想が余り気にくわない。

投稿: hamachan | 2016年10月 1日 (土) 08時45分

そちらってどちらです?
初版とその後の版は、違いがあるようですが、初版でしょうね。
解釈問題でしょ。
べき論もよいが、である論で読めばいいじゃない?
読むかどうかはまさにいまや諸問題の核である「消費者主権」ですからね(笑)。
それに佐藤氏の懐具合を云々してもねえ。
それに私は先に紹介した折、佐藤氏の解説は別ですよと書いたはずです。とはいえ確認しておりませんし、別の大学の先生とのメールでの出来事かもしれませんので、あらためて「佐藤氏の解説は推奨品ではありません」と付け加えましょう。
でも、若い世代には初版は読みずらいでしょ?読まないよね。高齢者に呼びかける趣旨ではありませんのでそういうことでございます。
なんか利根川越えの人に相似してるなあ(笑)。

投稿: kohchan | 2016年10月 1日 (土) 09時47分

あのね、わたしは「河上肇著」と言ってます。それが素直な現代日本語であってそのまま読めるのに、「現代語訳」などというおかしなことをしていることを批判しているだけです。「初版」などという変な概念が出てくるところを見ただけで困ったものですが。

佐藤優氏の解説をどう評価するかはまた別の話。河上肇著佐藤優解説で本を出すのならそれはそれで結構。既に著作権は切れているので、岩波書店と講談社が競争で売って悪いことはない。でも、現代語で書かれた一般向けの易しいエッセイ風の解説書を「現代語訳」にして売ろうというのは私は余り気に入らない。

少なくとも、河上肇著は、佐藤優現代語訳なる奇怪な本の「初版」じゃない。

本屋で立ち読みでもいいから、河上肇著をぱらぱら読んでご覧なさい。戦後出された下手な本より百万倍読みやすい日本語ですよ。

投稿: hamachan | 2016年10月 1日 (土) 17時03分

つか、これがありなら、これから丸山真男の「現代語訳」とか、大塚久雄の「現代語訳」とかなんでもありになるのでは?

投稿: hamachan | 2016年10月 1日 (土) 17時13分

反応どうもです。
でも、「あのね」の冒頭はないよでしょ。
読めても何でも媒体で出しているのですし、印税云々部分はどうですか?これに誰も反応してませんか?
「ご覧なさい」ですか?
凄いお方なんですね。

あの~、はまちゃん先生の最後の部分ですが、その分野を
一気に持ち出されても、そこは無知ですので全く反応できませんよ。ですから勉強させていただいているといつも言っているわけで、反発覚悟でしょうから、辛抱強いなあという意図のコメントもいたしましたが。
それよりもなによりも、この応答を多くの人にヒットしていただきたいと喜んでおります。特に、最後の大先生に頂いたコメントの「時差」と「ご指導」。
どうぞ、みなさまコメントされたらよいのです。
勉強になりますよ。
はまちゃん先生、ありがと。

投稿: kohchan | 2016年10月 1日 (土) 17時58分

いかにも岩波というメンバーだなぁ
つか、「機会不平等社会で貧乏だったゆえに、既得権を許さない新自由主義者になった人」も同時に登場させたら面白いと思う。橋下氏とか孫会長みたいな人を。

岩波含めて経済左翼系は「構造改革派じゃなければ誰でもいい」路線なのかな。
平等を重視する彼らが、構造改革(民営化等)したくないばかりに、封建的階級秩序死守の亀井らを優遇するのは、ほんと不思議だ。

左翼界で「反小泉」「反橋下」旋風が起きたとき、私はいつも、「亀井や郵政民営反対一派や改革反対の保守は、機会の平等すら認めない差別主義者だぞ。なんで平等を求めるアンタらがすり寄っていくんだ??」と思ってた。

機会の平等を追求せず、結果の平等のみに固執し、その結果、既存の階級秩序再生産を助けるような左翼は、ダメだろ。

投稿: 阿波 | 2016年10月 2日 (日) 10時27分

>「通学の定期を買うためです」と答えると、彼は顔を真っ赤にして言った。
「嘘をつくんじゃない。今どきそんな高校生がいるわけがない」
彼の瞳には一点の曇りもなく、ひたすら正義感に燃えていた。・・・やはり自分が貧しいということは絶対に他人に言ってはいけないことなのだった。

当たらずとも遠からずで、次の「一文物語」を思わせられてしまうなぁ。
「自分の潰れた醜い声で祈るのは冒涜だと感じて、彼女は祈りを求められても押し黙っており、周りの信者たちからは不信仰と看做されている。」
(飯田茂美「一文物語集」/『とっておき名短編』ちくま文庫p.50より)

投稿: 原口 | 2016年10月 2日 (日) 15時10分

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