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2016年9月 2日 (金)

ラスカルさんの拙著書評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5ラスカルさんが先月の『日本の雇用と中高年』に続いて、今度は『働く女子の運命』を書評されています。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20160901/1472725579

何にせよ、本格的な書評の対象にしていただけることはそれだけでも嬉しいですし、今回は、この本を取り上げるときはどうしても中心になってしまいがちな「女子の運命」に関わるところはあえて外して、サブテーマとして立ててある賃金制度の問題を中心に論じていただいているところなぞも、いかにも玄人好みで有り難いです。

・・・このように前著『日本の雇用と中高年』に引き続き本書でも「知的熟練論」批判が展開されるが、本書の批判はより(本質的というよりはむしろ)「本格的」である。ここでは、本の主題である女性労働政策からは外れることになるが、まずは、この部分について整理してみたい。

で、拙著の議論をトレースして、

・・・上記の批判はきわめて興味深く、ここまで執拗に批判を加える意図を考えずにはいられなくさせるものでもある。いうまでもなくその背後には日本的雇用慣行を礼賛することにより、結果的に、正社員の無限定的な働き方をも正当化してしまったこと、またその仕組みによって「疎外」されることを余儀なくされる総合職女性や「悶える職場」(吉田典史)で苦しむ正社員の姿があるのだろう。

と推測されています。そして、

・・・とはいえ日本的雇用慣行は「知的熟練論」とイコールではない。・・・・・・そうした中、本書における「知的熟練論」の取り上げ方は、ややスケープゴートのきらいを感じさせる。「罪」を着せるべきは、むしろそれを無批判的に利用した政策側の人間の方なのではないだろうか。

と評されます。

まず一点、本書(女子の運命)に関わっては、上記の問題意識ですが、先月取り上げていただいた中高年の本での問題意識はむしろ、本来生活給として作られ維持されてきたものを「能力」で説明してしまったために、かえってその本来の「生活」の側面での問題を正面から理論的に提起することができなくなってしまったことの問題点を、私は結構重視しています。どちらが本質的でどちらが本格的というわけではありません。

子ども手当をめぐる議論の迷走も、最近の奨学金債務で破産する云々の話も、「生活給」が面倒見るはずだったものを面倒見られなくなってきているにもかかわらず、それが「生活給」だという議論が(本音では強力に生き残っていながら)建前上は「能力」だということになってしまっていることが最大の背景だと思っています。この点は、前著の最後で述べたとおりです。

小池批判はスケープゴートではないかというのは、いやいやそれは1970年代後半から1990年代前半までの私の言う「企業主義の時代」の労働経済学を全部ひっくるめて小池理論で代表させてしまうというのは最大の賞賛だと思いますよ。他の学者の議論はわざわざ取り上げるに値しないと言っているに等しいのですから。

それに匹敵するのは、1990年代後半以後の私の言う「市場主義の時代」の労働経済学を八代尚宏さんで代表させるくらいですかね。こちらも、どこを切っても八代さんの顔が出てくる。いずれも、ナポレオンじゃないですが、一種の時代精神(ツァイトガイスト)の具現化みたいなところがあります。

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コメント

功罪含め一時代をリードしてきた功績に敬意を表する姿勢は忘れたくないものですね。
その学術貢献が時代に取り残される宿命も先人に頼る我々は肯定的に受け入れてはじめて新しいい動的平衡が生まれるのだと思います。さらにそれは続くのですが・・・。
話は変わり「帯」ご登場で先般は年金発言でスッタモンダノの上野先生(ご本人は不参加でなんだか欠席裁判風になりわたくしも反省いたしておりますが)が、東洋経済onllineにてインタヴュー(前後半2回のようです)が掲載されており、社会汎用批評とは一味違う内部専化批評をされておられ、面白い。
女子学生にヒットするよう申しつけました(笑)。
なにせ学閥、性とあらゆる古典的ヒエラルキー圧力にさらされる大切な未来人なのもですから。

投稿: kohchan | 2016年9月 8日 (木) 08時39分

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