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2016年9月21日 (水)

「非正規雇用と社会保険」@『労基旬報』2016年9月25日号

『労基旬報』2016年9月25日号に「非正規雇用と社会保険」を寄稿しました。

 もうすぐ、今年の10月1日から、長年課題となってきたパートタイム労働者への社会保険の(一部)適用拡大が施行されます。2012年に成立した年金機能強化法(正式には「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律」)のうち、この部分の施行は4年後の今年10月とされていたからです。

 この問題は非正規雇用と社会保険として論じられることが多いのですが、実は今回の法改正まで、法律の明文上に非正規労働者を全面的に適用除外するというような規定は存在しませんでした。日雇労働者については後述の特別の扱いがありますが、少なくともかつて臨時工といわれていたようなフルタイム有期契約労働者は一貫して適用対象でしたし、パートタイム労働者についても1980年のいわゆる「内翰」が出されるまでは適用除外する根拠などどこにもありませんでした。そして、その「内翰」に基づいて実務上適用除外されるようになっていた時期でも、少なくとも行政法理論上はその扱いは大変疑問のあるものでした。その経緯を遡って見ておきましょう

 日本の社会保険第1号は1922年に成立し1926年に施行された健康保険法ですが、その時の被保険者は工場・鉱山に「使用セラルル者」で、「臨時ニ使用セラルル者ニシテ勅令ヲ以テ指定スルモノ」を除外していましたが、その中身は①雇用期間60日以内の者、②期間の定めなく労務供給契約に基づき又は試用期間の者、③日々雇い入れられる者等であり、しかも①は60日を超えたら、③は30日を超えたら適用対象になります。直接雇用で反復継続されているような臨時工は、出発点から適用対象だったのです。同法は戦後1948年に改正され、労働基準法21条に倣って適用除外は①雇用期間2月以内の者(2月を超えたら適用)、②日々雇い入れられる者(1月を超えたら適用)、③季節的業務に雇い入れられる者(4月を超えたら適用)とされました。労務供給事業は職業安定法で禁止されたから削除されたのでしょう。

 一方1941年に成立した労働者年金保険法は男子労働者のみですが、やはり①雇用期間6月以内の者、②期間の定めなく労務供給契約に基づき又は試用期間の者、③日々雇い入れられる者、④季節的業務に使用される者等を適用除外としていました。1944年の厚生年金保険法で女子にも適用されるようになり、戦後1954年に全面改正された時の適用除外も健康保険法とほぼ同様でした。以上を一言でいうと、日雇型の極めて短期的な労働者を除き、ある程度の期間反復継続して就労する臨時工タイプの労働者は健康保険にも厚生年金にも加入するのが原則だったということです。

 さらに1953年には日雇労働者健康保険法が制定され、適用されていなかった日雇型の労働者にも被用者医療保険が適用拡大されました。適用されていなかったのは技術的に難しかったからですが、1949年に失業保険が日雇労働者に適用拡大され、その際に白手帳といわれるスタンプ方式を採用したことから、基本的に同じスタイルで制度が作られたのです。労働者である限り、健保か日雇健保かいずれかが適用されるという仕組みは、健康にかかわる問題としては当然だと考えられたのでしょう。年金の方は日雇は適用除外のままで、従って1959年国民年金法では第1号被保険者に含まれることになります。

 もっともこれはあくまでも法律上の規定であって、現実は必ずしもそうなっていなかったようです。1958年に刊行された労働省労働基準局監督課編『臨時工』(日刊労働通信社)によると、神奈川労働基準局の調査では、健康保険が70.7%、厚生年金保険が70.0%、日経連調査では健康保険が90.0%、厚生年金保険が79.3%となっています。同書は「賃金その他の労働条件が比較的低位で失業の危険度も高い臨時工のごとき者にこそ、その適用が図られるべき性質であることを考慮すべきではなかろうか」と問題を提起しています。

 この考え方は厚生省サイドでも同じで、1975年に刊行されたコンメンタールである厚生省保険局保険課・社会保険庁健康保険課『50年新版健康保険法の解釈と運用』(社会保険法規研究会)には、日々契約の2ヶ月契約で勤務時間は4時間のパートタイム制の電話交換手について、「実際的には2ヶ月間の雇用契約を更新して行くものと考えられるので、当初の2ヶ月間は日雇労働者健康保険法を適用し、その2ヶ月を超え引き続き使用されるときは被保険者とする。」(昭和31年7月10日保文発第5114号)という通達が示されています。

 ところがこういう流れをひっくり返したのが1980年6月6日厚生省保険局保険課長・社会保険庁医療保険部健康保険課長・社会保険庁年金保険部厚生年金課長名の通達(正確には課長レベルの「内翰」)です。これは具体的に「1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が当該事業所において同種の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者については、原則として健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取り扱うべき」であるとし、4分の3未満の労働者を適用除外としたのです。

 通達とは何でしょうか。行政法学的にいえば、それはあくまでも行政内部の指示であって、直接国民の権利義務を創設することはできません。そんなこと言ったって、現実に山のような通達で行政が行われているではないかと思うかも知れませんが、それらはあくまでも権利義務を定めた法令を執行する上での解釈基準を示したものであって、何もないところで勝手に通達で権利義務を作ったり消したりできるわけではないのです。

 その意味からすると、この標題もなければ発出番号もない「内翰」はかなり怪しげなところがあります。この内翰が倣った雇用保険法上の扱いは通達によるものでしたが、それは法律上の「労働者」の解釈として示されていました。詳しくは拙稿「失業と生活保障の法政策」(『季刊労働法』221号)に書きましたが、1955年の局長通達(職発第49号)で、「臨時内職的に雇用される者、例へば家庭の婦女子、アルバイト学生等」は「法第六条第一項の「労働者」とは認めがたく」云々と述べています。1980年当時の業務取扱要領もこれを受け継いでいました。これ自体内容的には突っ込みどころがいっぱいありますが、少なくとも形式的には法令の解釈通達です。

 ところが1980年内翰は「拝啓 時下益々御清祥のこととお慶び申し上げます。」から始まり、「もとより、健康保険及び厚生年金保険が適用されるべきか否かは、健康保険法及び厚生年金保険法の趣旨から当該就労者が当該事業所と常用的使用関係にあるかどうかにより判断すべきものですが、短時間就労者が当該事業所と常用的使用関係にあるかどうかについては、今後の適用に当たり次の点に留意すべきであると考えます。」と綴られているお手紙という風情で、この法律のこの概念は行政としてこう解釈すべきものと上級行政庁が下級行政庁に指示しているのかどうかいささか頼りなげです。そもそも法律上に「常用的」などという根拠となる概念はありません。

 にもかかわらずこの時期にほとんど問題にならなかったのは、短時間労働者は家計補助的な主婦パートがほとんどなのだから、適用除外するのは当たり前という「常識」が世の中一般に広がっていたからでしょう。その常識は、かつての臨時工に対する眼差しとはまったく違っていたのです。この点については、非正規労働者の社会的ありようがどのように変わってきたかを論じた拙稿「性別・年齢等の属性と日本の非典型労働政策」(『日本労働研究雑誌』2016年7月号)で述べたとおりです。

 そしてその70年代から80年代の常識が90年代から2000年代に再び大きく激変します。主婦パートや学生アルバイトではない若者フリーターが出現し、やがて年とともに彼らが中高年化していって、膨大な若年・中高年非正規労働者が生み出されていったのです。その中でかつては当然視された非正規労働者への社会保険適用除外にも疑問の目が向けられるようになりました。2004年の国民年金法改正時には附則に検討規定が置かれ、2007年の被用者年金一元化法案には一定の適用拡大が盛り込まれましたが廃案となり、ようやく民主党政権下の2012年に紆余曲折を経て年金機能強化法が成立し、パートタイマーへの適用拡大が来月から施行されるところまできたわけです。

 とはいえ、その「拡大」の内容はかなりしょぼいものです。週所定労働時間20時間以上という要件と学生の適用除外は2010年改正雇用保険法と同じですが、同改正で廃止された1年以上雇用見込み要件がこっちでは逆に新たに入り込んできたのは違和感があります。そもそも雇用期間については健康保険法制定時から「臨時」という概念があり、その「臨時」に該当しないのに短期を抜いてしまうというのは整合性があるとは思えません。現在でも健康保険法には日雇健康保険の規定がありますから、ある種の短時間労働者は雇用期間2ヶ月未満だと日雇健保に入れるけれども、それを超えると入れなくなり、1年を超えてようやく再び入れるということになります。いかにも奇妙な制度設計です。

 また月額賃金8.8万円以上要件も、現に健康保険法40条では、報酬月額6.3万円未満の者の標準報酬月額を5.8万円と定めていることと整合性がありません。とはいえ、これらは何とか外形的要件で家計維持的な非正規に限ろうとしたためのものと理解できますが、従業員501人以上要件というのはもっぱら流通・サービス業の企業の猛烈なロビイングによるもので、政治的な決着としか説明のしようはないでしょう。いずれにせよ、これによってこれまで法的性格の疑わしい「内翰」で適用除外がされていたものが、法律上に適用されるか否かが明確に規定されるようになったという点は、大きな進歩と言うべきでしょう。

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コメント

こちらのエントリも一つ前の自己都合退職者の保険給付期間もそうですが、テーマ的に社会保険ど真ん中ですので「社労士」(またはハロワ関係者)の方から忌憚のないコメントをぜひ拝読させていただきたいものですね…。

PS. 別エントリでの「イデオローグ論争」?ですが、年輩の先達者の方々に特有の思考パターンなり社会を捉える枠組みの指向性(嗜好性?)なり時代精神の一端が垣間見ることでき、傍で見ていて学べることはたくさんありますよ…(笑)。ちなみに僕は1969年高崎市生まれ、ロンヤスの高校時代まで米ソ冷戦やベルリン東西の壁がありましたのでかろうじて「マル経」や「近経」という用語に接した最後の世代です。そういえば大学選択の際、雑誌 蛍雪時代に「〇〇大はマル経、名大は近経が中心」なんて記載されていましたっけ…。

確かにしょぼい…が日本での社会保障制度はとりあえず保険方式を中心にし、その制度イノベーションをとの微々たる一歩かもしれません。やはりキーポイントは事業側も受け入れられる法的強制よりも三方よしを起源とされるイノベート開発でしょうかと思われます。それは海上さんPSに触れてあるいわばタテの分断を増殖する本質論に固守しない懐の深さが必要なのだと思いますし、そうしないと何度も使っておりますプランク、サミュエルソンの格言通りとなりますので(笑)。
高橋さんがこの経緯をご覧になっておれば、わたくしからの返信の意味を図らずも実証実験として実感していただけただろうとも思います。

追記で。
これってトレンド「豊洲」をめぐる政治と官僚、民間
そしてメディアの複数変数をいずれかに従属して解を求めるのではなく、すべては独立変数であり、すべてが複雑に主役を演じていた関係と理解しておりますが、それはそれとして立派に相似しておりませんか?

>月額賃金8.8万円以上要件も、現に健康保険法40条では、報酬月額6.3万円未満の者の標準報酬月額を5.8万円と定めていることと整合性がありません。

健康保険では、払った分に応じて貰えるわけではないですが、厚生年金において標準報酬月額を5.8万円まで落としてしまうと、「保険」ではなく、単純な再分配・救貧に近づく。低賃金者の救済を労働者間の再分配のみで行うのは、かえって不公平ではないですか。

今でも厚年は基礎年金負担があるから再分配されているが、低賃金者の保険料負担(労使合計)が国民年金保険料を割り込むと、再分配が露骨になる。保険のシステムとして如何かという議論がある。

低賃金労働者や非正規労働者を社会保険に組み込むか否かの問題は、単純に「標準報酬の最低額を下げて適用しろ」では矛盾が出るので難しいです。

低賃金の場合でも保険料額を一定以上(例えば、国民年金保険料)に維持しつつ、企業負担割合を増やすのが合理的ですが、政治的には無理そうだ。

>月額賃金8.8万円

自分で書いてて気づいたが、8.8×18%=約15800円で、国民年金保険料と近い額。

国民年金保険料>厚生年金保険料となったら過度な再分配になってしまうので、この額で適用拡大を打ち止めするのは筋が通っていると思う。

これ以上の低賃金に厚生年金拡大するのは非常に違和感を感じます。

低賃金ゆえに適切な保険料を課せない=保険で何とかできないので救貧政策の対象にするしかない?

阿波さんがおっしゃられる「低賃金の場合でも・・・企業負担を増やす・・・政治的には無理そうだ」。そこは鉄板ですね。たとえば、雇用の質と安定が経営活動に正の相関をもたらすと事業者が便益を認められるに至った場合、たとえばパート雇用入れ替えコスト+その採用教育部門コスト<
安定と継続の事業ベネフィット等は一つかなと思われます。今日安倍首相が日本の高齢化と人口減社会について真意の定義のほどは定かではありませんが(彼と与党全体、官僚組織は、存外に従属変数関係ではないようで、怪しさいっぱいです)、非常に前向きなというかびっくりする(アベノミクスとやらにこだわっている箇所はいただけませんでした)発言をしたことに、国内での発言ではなくNYでのものであることを考えますと、ポーズ以上の何かがとも思わせてくれます。全く想像の域をでませんですが。
といいましても、民主国家である限りはその合意形成に参加する我々の側にも克服すべき責任もありますので見通しはただただ不確実であると言うしかありません。しかし、別エントリの「極右政党・・・」の世界はごめんですからね。

>kohchan さん

企業からすれば、社会保険料が一番避けたい支出ですからね。

私は以前なら、社会保険料回避を画策する奴はけしからんと思ってたんですが、医療・介護・年金において特定の勤労形態の人からのみ搾取すること自体が「???」と感じております。

勤労形態によらない公平な負担だったら社会保険未加入とか偽装請負とかは起こらない。現状の、給与収入者と準委任契約の名目上の事業所得者で、労使の負担が天と地の差があることが、間違ってると思うのですよ

阿波さん,返信傷み入ります。
そういうお礼の表し方が相応しいお心根の方と思い使いました。
阿波さんの宇都宮さんへのコメントに「掲載すべきじゃない」とコメントしました当事者で表層的には、こいつなんだあ?と取られる方も多いかと存じますが、阿波さんがいわばエントリ・コメント含め様々なバイアスに怒ってらっしゃる正当性を感じ、しかしどうもにも情報拡散媒体には危険と思われ、しかしはまちゃん先生もキチンと掲載していただきましたので、今回はあえて指名して(笑)稚拙なコメントをいたしました。
冷静の書いていただけると、予想通りとても生真面目に考えてらっしゃる方だと判り、指名コメントは多くの本ブログ訪問者にも福音であったと思います。
意見の違いと法則は何の因果も科学的根拠もありませんからね。克服できる、しなければならないことはヘンテコに昨今使われ合理的無知により使われる小異を捨てではなく、小異は”置き”大同につく、であろうと思っております。
反応ありがとうございました。

阿波さんへの追記です。

私への返信中に「私は以前なら社会保険料回避を画策する奴はけしからん…特定の勤労形態の人”のみ”から…」が阿波さんのお考えの肝の現象化であろうと思われ、消費増税に言及されておられる以前のコメントにつながることを知ある方々は納得されておられるでしょう。
消費税がどこで生まれ、どの国に対しての戦略的税の意味を一方で有し、その対象国が消費税導入国に対しどのような対抗を続けているのかを知ることが、日本での消費税のあり方にややもすると国が持つ徴税権の乱用=これが以前別コメントで私が申しあげた軍隊以上の暴力装置の第一根拠ですが=に目を奪われたかのような議論にもつながるのではと思っております。とかくこれも以前よりコメントさせていただいておりますが、高度経済成長期よりミドル層生成とその消費に期待するための今はやり言葉を使うと、税のガラスの天井とでもいうような可処分所得調整を政治が行ってきた特殊な国でありますから、増税アレルギーは今となってはますます高まってくることは皮肉にも時間軸政策パラドクスなのであろうと思われます。
ですから、知らせるべきことは知らせ、今にアジャストさせるには、先般申し上げた通り、私も消費増税やむなし、ただし上げ方の工夫はあるよね、の立場です。阿波さんも同意していただけると存じまして、追記させていただきました。
税に関してはいろいろ政治的悪玉コレステロール値を下げるための処方をしなければなりませんが、それが今を生きている我々の避けがたい使命だと思っております。未来へ紡ぐためにですね。

生物学的オジャマ虫特性(我がテリトリー)により、本エントリ・コメント(野次馬根性)を他力本願にてご理解(賛否は別です)いただく紹介を以下に。

①権丈善一教授「適用拡大という社会保険改革の政治経済学」会報:東京都社会保険労務士会2016.5月号No.426 
*まずはタイトルが経済学ではなく、”政治”経済学であることと、わたしは税の悪玉コテルテロールと一括りしたの中の要素、3号問題や業界と政界のレント等を”政治ファクター”として権丈先生はタイトルに従い書かれておられます。

②「130万円の壁放置が若者を下流老人予備軍にする」早川幸子さん署名記事 Diamond online
商業媒体っぽい文体で、ややもするとバイアスが多々見受けられる様態の違和感はございますが真摯です。
ただし、私の趣味から言わせていただくと、予備”軍”ではなく予備”群”にしていただきたかったななと、今日に至るも軍事用語がスルッと使われる鈍感力にはいささか萎えますが、あくまで個人的なものです。

以上①②ともに、権丈善一HP9.24日でアップされておられますので多くの方はご承知済みとは思われますが、せっかくですのでまだの方は覗かれてはいかがでしょうか?

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