本庄著への萬井書評@『労旬』1870号への疑問
『労働法律旬報』8月下旬号(1870号)は「労働者派遣法大改正を受けて」という大特集を組んでいますが、それについては後ほど。
http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1113?osCsid=6bj916fhnsc9506egsr01t3sm2
その特集と中身的には密接な関係がありますが、一応独立の記事として、萬井隆令さんによる本庄淳志著『労働市場における労働者派遣法の現代的役割』への書評があります。
人の本への書評ではあるのですが、その中に私の名前が出てきて、私が書いた覚えのない文章が私の文章をして引用されているので、疑問を呈しておきたいと思います。
この書評は細かな字で12ページに及ぶ大変精力的な書評で、その射程も広範に及びますが、47ページの一番下の段の第2段落にこういう文章が書かれています。
・・・濱口桂一郎氏は、直接雇用の原則を認めなければ「価値中立的」という結論になるが、「直接雇用を労働法上の原則だと解し、その観点から見れば・・・(派遣法は-筆者注)明らかに反価値的である」と指摘される(12)。・・・
この注(12)にはこう書かれています。
(12)濱口桂一郎「いわゆる偽装請負と黙示の雇用契約」NBL885号(2008年)19頁およびそれについてのブログ記事
この記述からすると、私は労働者派遣を反価値的だと評価しているかのように読めますが、私はそのようなことを書いた記憶はありません。
まず『NBL』に載せた松下プラズマディスプレイ高裁判決への評釈では、こう明確に述べています。
(2) 現行法における「労働者供給」と「労働者派遣」の概念
職業安定法における「労働者供給」の定義と、労働者派遣法における「労働者派遣」の定義は、判旨1(1)の冒頭部分にあるとおりであるが、この定義をもって直ちにそれに続く議論を展開することは実はできない。なぜならば、職業安定法が原則禁止しているのは「労働者供給」という行為ではなく「労働者供給事業」という事業形態であり、労働者派遣法が規制をしているのは「労働者派遣」という行為ではなく「労働者派遣事業」という事業形態だからである。職業安定法上「労働者供給事業」の定義規定はないが、労働者派遣法上は「労働者派遣」の定義規定とは別に「労働者派遣事業」の定義規定がある。「労働者派遣事業」とは「労働者派遣を業として行うこと」をいう(2条3号)のであるから、業として行うのではない労働者派遣は労働者派遣法上原則として規制されていないことになる。
もっとも、さらに厳密にいうと、労働者派遣法上「派遣元事業主」や「派遣先」を対象とする規定は労働者派遣事業のみに関わるものであるが、「労働者派遣をする事業主」や「労働者派遣の役務の提供を受ける者」を対象とする規定は業として行うのではない労働者派遣にも適用される。労働者派遣法上、この二つの概念は明確に区別されており、混同することは許されない。
職業安定法上、「労働者供給事業」ではない「労働者供給」を明示的に対象とした規定は存在しないが、44条で原則として禁止され、45条で労働組合のみに認められているのは「労働者供給事業」であって「労働者供給」ではない。これを前提として、出向は「労働者供給」に該当するが「労働者供給事業」には該当しないので規制の対象とはならないという行政解釈がされており、一般に受け入れられている。
以上を前提とすると、職業安定法4条6号と労働者派遣法2条1号の規定によって相互補完的に定義されているのは「労働者供給」と「労働者派遣」であって、「労働者供給事業」と「労働者派遣事業」ではない。経緯的には従来の「労働者供給」概念の中から「労働者派遣」概念を取り出し、それ以外の部分を改めて「労働者供給」と定義したという形なので、その限りでは「労働者派遣」でなければ「労働者供給」に当たるといえるが、ここでいう「労働者派遣」「労働者供給」はあくまでも価値中立的な行為概念であり、それ自体に合法違法を論ずる余地はない。「違法な労働者派遣」という概念はあり得ない。あり得るのは「違法な労働者派遣事業」だけである。そして、「労働者派遣事業」は「労働者派遣」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」も「労働者派遣」であることに変わりはない。
本判決は、「労働者派遣法に適合する労働者派遣であることを何ら具体的に主張立証するものでない」ゆえに「労働者供給契約というべき」と論じているが、ここには概念の混乱がある。労働者派遣法による労働者派遣事業の規制に適合しない労働者派遣事業であっても、それが「労働者派遣」の上述の2条1号の定義に該当すれば当然「労働者派遣」なのであり、したがって両概念の補完性からして「労働者供給」ではあり得ない。「労働者供給事業」は「労働者供給」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」が「労働者供給事業」になることはあり得ない。
読めばわかるように、「価値中立的」という言葉は「ここでいう「労働者派遣」「労働者供給」はあくまでも価値中立的な行為概念であり、それ自体に合法違法を論ずる余地はない。」という中に出てくるだけであって、何かを「反価値的」と言っているわけではありませんし、そもそもそれが出てくるのは直接雇用原則を認めるか否かという話の文脈ではありません。
気になるのは注(12)の「およびそれについてのブログ記事」なる言葉ですが、通常ブログ記事を引用する時は、URLを明記するのが当たり前だと思いますが、それがないので、本ブログに検索をかけても、そのような文章はまったく出てきません。
そもそも、上に引用した『NBL』の判例評釈からしても、私が上に引用されたような文章を書くとは思えず、もし書いたらそれこそ支離滅裂と批判されることになるでしょうから、なぜこういうかたちで私の文章と称するおそらくは全く別の方の文章を引き合いに出されたのか、正直よくわかりません。
« 高等徒弟制 | トップページ | ラスカルさんの拙著書評 »
これは大変困ったものですねー 手の込んだ論文不正…。まさか評者もHamachan先生ご本人が細部にまで目を通すとは想像だにしなかったと。該当引用ブログ記事が存在しないことから「捏造」なのは明らかで、またそれが「なぜか」も…。自説を強化する上でHamachan先生の「権威」をしれっと使ってしまったのでしょう。
それにしても今のこの時代ゆえ内容が内容だけに注意が必要ですよね。私なども人事屋として雇用管理の実態からつい無意識の内に「直接雇用が主、間接雇用は従」という価値的な判断をしかねない自分がいますから…。
投稿: 海上周也 | 2016年9月 2日 (金) 06時36分
いや、おそらくは別の人の議論と混線してしまった結果なのではないかと思います。
私がこういうことを言っていると主張することによって、別段この書評の標的である本庄さんが窮地に陥るわけでもなく、誰も得をしないのですから、悪意によるものとは思えません。
投稿: hamachan | 2016年9月 2日 (金) 09時05分