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管理監督者以外はみんな時給制!

「管理職以外が全員時給制」というのが、何かとても珍しいニュースとして報じられているんですが。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160809-00010001-biz_plus-bus_all&p=2 (コストコが管理職以外「全員時給制」なワケ)

・・・コストコの興味深い点は、正社員でも管理職以外は時給制を取っていることだ。これは一見、労働者に不利なように見えるが、同一労働同一賃金の考え方によるものだ。・・・

いやいや、なんだかとても話が混乱していますが、時給制か否かというのは、あくまでも賃金計算の単位の問題であって、同一労働同一賃金とは直接関係ありません。

というより、実はそもそも、現行日本国の労働基準法の上では、自分は時給制じゃないと勝手に思い込んでいる正社員たちも、管理監督者じゃない限り、法律上は時給制なんですよ。それに気がついていない人が圧倒的に大部分ですが。

この問題については、既に8年前の2008年に、『賃金事情』に寄稿した文章でちゃんと説明しているのですが、なかなか世の中に伝わらないようです。

「日本の労働システム④月給制と時給制」(『賃金事情』2008年5月号

 昨年6月に成立し、今年4月から施行されている改正パート労働法は、短時間労働者と「通常の労働者」の均等待遇や均衡処遇を求めている。また同法の審議で指摘された短時間勤務ではない非正規労働者(いわゆるフルタイム・パート)の問題に対応するため、昨年12月に成立し、今年3月から施行されている労働契約法では、国会修正により「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」といういささか意味不明の条項が挿入されている。均等待遇や均衡処遇といったときにもっとも重要なのはもちろん賃金であるが、現実の労務管理の世界では正規労働者と非正規労働者を分かつ賃金制度上の最大の違いは、前者が月給制であり、後者が時給制であるという点にある。長期雇用を前提とする正規労働者に適用される月給制においては、学卒初任給に始まり、毎年の定期昇給によって賃金額が年功的に上昇していくことが普通である。その際、人事査定によって年功的上昇の度合いに格差がついていく。一方、非正規労働者に適用される時給制においては、そのつどの外部労働市場の状況によって賃金額が決まってくるのであり、年功的上昇や査定は原則として存在しない。

 厳密に言えば、月給制の賃金額と時給制の賃金額は比較することが容易ではないはずである。なぜならば、本来の月給制とは、その月に何時間労働しようがしまいが、月当たりの固定給として一定額を渡し切りで支給するものであり、時間当たりの賃金額を一義的に算出することはそもそもできないはずのものだからである。実際、戦前の日本でホワイトカラー職員に適用されていた月給制とは、そのような純粋月給制であった。彼らに残業手当という概念はなかったのである。これに対し、ブルーカラー層に適用されていた日給制とは、残業すれば割増がつく時給制であった。

 この両者が入り混じってきたのは、戦時下にブルーカラーの工員にも月給制が適用され、その際月給制であるにもかかわらず残業手当が支払われることとされたことが大きい。。これは厚生省労働局の主導で行われたが、一方で大蔵省により、ホワイトカラー職員の給与にも残業手当を支給するよう指導が行われた。この職員も工員も陛下の赤子たる産業戦士であるという戦時体制の産物が、敗戦後の活発な労働運動によって工職身分差別撤廃闘争として展開され、多くのホワイトカラー労働者とブルーカラー労働者が残業代のつく月給制という仕組みの下に置かれることとなった。

 労働基準法第37条もこの土俵の上に立って、労働時間規制の適用が除外される管理監督者でない限りは、すべての労働者に対して残業代の支給を義務づけている。同法施行規則第19条は、月給制であってもその額を1月の所定労働時間で割った時間当たり賃金を算出し、それをもとに割増額を算定することを求めている。これは、管理監督者でない限り、月給制といえども月単位にまとめて支払われる時給制であると見なしているのと同じである。つまり、正規労働者と非正規労働者を分かつ最大の違いであったはずの賃金制度は実は共通であり、両者は時間当たり賃金において比較可能であるという意外な結論に導かれる。

 ここからどういう結論を展開するかは、読者の関心によって様々であり得る。正規労働者も実は時給制であるのであれば、時給ベースで均等待遇を論ずることができるはずだという議論もあり得るし、本来の月給制は残業代無しの渡し切りなのだから、そういうエグゼンプトは均等待遇の議論には乗らないはずだという議論もあり得よう。昨年初頭のホワイトカラー・エグゼンプションの議論は「残業代ゼロ法案」というマスコミの批判で潰えたが、残業代ゼロでないような正規労働者は、その時給額が非正規労働者との関係で均等ないし均衡が問題となりうるような労働者であるという認識があったとは必ずしも言えないように思われる。

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コメント

大蔵省がホワイトカラーの給与制度を決めていたという戦時下統制経済のシステムが興味深い。会社経理統制令は会社を国益・公益に従属させようとしたが、経済エリート全体をあたかも天皇の官吏であるかのようにとらえる発想があったのかもしれない。

ホワイトカラー・エグゼンプションに見られるように、新自由主義者・構造改革論者には戦前や欧米のようなエリートとノンエリートを峻別するシステムに移行しようとする志向が見られるが、それを市場の論理によって達成しようとする試みはうまくいっていない。

むしろそれは一度国家主義的な、一体的な国家エリート層の形成という経路をたどることで達成されるのではないかという気もする。天皇の赤子という形象を経る事でエリートとノンエリートの区別が消失したのとは正反対に、天皇のエリートという形象を経ることで区別は復活するのだろうか。玉音放送の騒ぎを目にしてそのようにも感じた。

投稿: 通りすがり2号 | 2016年8月10日 (水) 19時07分

コメントに対してです。放送ビデオ・メッセージ解説を放送メディアで行っておりましたが、保阪氏も同じく「あの(昭和天皇のことでしょうね)玉音放送と同じく・・・。」との枕詞に仰天いたしまして、「えっ、ってことは、あそこは今もあんたは宮城なの?史実家と思っていたらあんたも思想家だったのか(笑)」って腰を抜かし(いつもで申し訳ないですが)その時間を止めたかのような語彙をスルッと使われる方(使える環境)の海馬を知りたいとf-MRIに不遜ながら思いを馳せてしまいました。
もうひとつ。エリートとノンエリート峻別は市場の論理でうまく言っていないのではなく、行政府の(今の権力という意味ですが)権力を経済利得等で支持する既得権層こそが事実上の反権力的ハザードとして存在する机上論理とは全く別な”ねじれ”にあると思われます。リベラルとは、を盛んに論じる本ブログの問題意識(そもそも)と同じく思われますね。
ですから現政権の支持率の高さとその反作用的な支持内容の不安定性をメディアが毎度毎度語らざるを得ない明確な弱点なのではないでしょうか。
それよりもなによりも、語彙に現れる時間軸の静的か動的かの意識の差異こそ問題視すべき原子的歴史問題であろうと痛感いたしました。
騒ぎを起こしているとなにかと話題の同じ海洋国家でもこうも違うものかと考えますと、ブログ主のねばり強いというか執着心には頭が下がります。はまちゃん先生、皮肉じゃないですよ。英国風なのはお分かりですね。

投稿: kohchan | 2016年8月10日 (水) 21時51分

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