ラスカルさんの拙著書評
ラスカルさんの「備忘録」で、拙著『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)を書評いただいております。ありがとうございます。
http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20160813/1471052174
実は一瞬、あれ?既に書評されてなかったっけ?と思ってしまいました。今まで、かなり突っ込んだ書評を書いていただいていたので、本書も既にされていると勝手に思い込んでいたのですが、初めてでした。
・・・著者はこれまで『新しい労働社会』、『日本の雇用と労働法』、『若者と労働』という3つの新書で、それぞれ違った切り口から、避け難く進行する少子・高齢社会の中での欧米の議論とも平仄の取れた労働政策の在り方や、多様化する雇用契約と働き方が広がる中での「ジョブ型」労働社会を提唱している。本書もまたその意味では同様であるが、特に「メンバーシップ型」雇用システムの中での中高年の問題に焦点を当てている。
で、労働経済の専門家であるラスカルさんの視点は、当然のことながらここに向けられます。
・・・知的熟練論では、不況期に中高年を標的として行われるリストラは技能を浪費しており大きな損失だと指摘されるが、これに対し著者は、日本企業が知的熟練論に従って人事管理をしているのであればこのような事態は生じないはずで、「小池(和男)氏よりも日本企業の方が冷静に労働者の価値を判断しているからこそ、中高年リストラが絶えず、高齢者雇用が問題になり続けるのではないでしょうか」と手厳しい。加えて、内部労働市場論が一般化したことの功罪として、雇用政策の中から中高年の視点が消え、高齢者対策は定年延長と継続雇用に焦点が絞られ、年齢差別禁止法制の試みはほとんど議論されず消え失せたことを上げる。こうした指摘から、著者自身の、これまでの(雇用維持を主眼とする)労働政策が前提としてきた雇用システム論からの決別を読み取るとすれば、少々大袈裟であろうか。
この点について、ラスカルさんはやや違う観点からコメントされます。
・・・ところで、知的熟練論が指摘する日本的雇用慣行の合理性が正しいものであるかどうかは、日本的雇用慣行の維持可能性の如何に直接的につながるものではない。中高年の仕事のパフォーマンスが仮に賃金に見合うものでなかったとしても、長期的な契約の仕組みとして合理的なものだとする説明は、生命保険の仕組みとの類推から可能である。・・・
またマクロ政治的コストという観点からのコメントも、
一方で、少子・高齢化や高学歴化、経済の低成長が続く現在においては、日本的雇用慣行の維持可能性に疑義が生じており、非正規雇用問題などもその延長線上にある。そうした文脈の中において、本書が最後に提唱するような「ジョブ型労働社会」という社会制度も説得力を持つものとなる。しかしそれは同時に、これまでは顕在化することのなかった「労働力の再生産」のための費用(家計の生計費や育児・教育費等)を誰が負担するのかという問題も招来することになる。これを欧米型社会システムがそうであるように国家が担うとしても、その結論を導くまでには多くの政治的資源を費やすことになる。このことは昨今の消費税をめぐる喧騒をみていても明らかであろう。むしろ、より安定的なマクロ経済のもと、現在の日本的雇用慣行を維持することの方がよりコストが少ないのではないか、との見方ももう一方の考え方としてあり得るものである。
たかが消費税増税ごときであれだけ大騒ぎになって何もできないような日本なんだから、じっとしていた方がまだましではないかという、なかなかにシニカルな意見です。
(追記)
下記コメントに基づき、引用文を正文に修正しました。
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早速取り上げていただきありがとうございます。引用していただいた最後の部分ですが、OneNoteの同期が上手くいかず変になっていたので修正しました。申し訳ありません。
投稿: ラスカル | 2016年8月13日 (土) 13時31分
これまでの書評やコメントとは趣も視野も格段に広く、またそれは帰結として社会を著書の主張と現在進行を同時比較し俯瞰しているため、私には「だよね」と理解容易なラスカルさんのお考えを読むことができました。
投稿: kohchan | 2016年8月13日 (土) 14時25分
引用部分も修正しました。
ちなみに、小池理論批判は、中高年に関しては本書のテーマであるとともに、女性に関しては昨年末の『働く女子の運命』のテーマでもあり、非正規雇用との関係では来年早々の『大原社会問題研究所雑誌』に掲載予定の文章でも取り上げております。
投稿: hamachan | 2016年8月13日 (土) 14時34分
「企業(労働)による社会保障」は否定されるべきなのか?
私は労働や社会保障に関しては守旧派です。
ヨーロッパ見てたら、税金上げて雇用と生活を切り離してどんどん福祉を配ればバラ色ということは無いと思うので。
現実的な市場経済というのを考えると、金持ちから取る税金を劇的に増やせない以上、中間層からガッツリ取ってしまうことになると思うけど、私は同意できない。
投稿: 阿波 | 2016年9月 4日 (日) 20時10分
↑に書き忘れましたが、低所得層からも中所得層からも広く(結果として、一人当たりの痛税感を少なく)消費税を上げて行こうってのは賛成なんですが、労働と生活権の分離が善なのかは疑ってます。
日本人の世論が特に再分配に冷淡ということは全然なくて、税負担に重くのしかかるような福祉給付はイギリスでもがっつり叩かれています。
投稿: 阿波 | 2016年9月 5日 (月) 13時14分