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「契約社員という不思議」 @『労基旬報』2016年8月25日号

『労基旬報』2016年8月25日号に「契約社員という不思議」を寄稿しました。「不思議」、って何が?

 以前にも本連載で述べましたが、「契約社員」という言葉は二重三重に奇妙な言葉です。そもそも日本国の法律上「社員」というのは出資者という意味なので、正社員も派遣社員もみな変なのですが、それを括弧に入れて社員とは労働者という意味だとしても、正社員だって派遣社員だってみんな雇用契約に基づいて働いているはずなので、わざわざ「契約」社員と呼ぶのは奇妙です。まあ、派遣社員は間接雇用で、直接雇用契約関係にないから「契約社員」と呼べないというのは分かりますが、それは枝葉末節。契約社員をわざわざ「契約」社員と呼ぶのは、正社員は「契約」などという無粋な関係じゃない、と働く側も働かせる側もみんな思っているからなのでしょう。つまり、正社員とは「身分」であると。まさに、日本型雇用システムのメンバーシップ感覚をそれとのコントラストによって如実に表している言葉が、この「契約社員」という言葉なのです。

 ところが、では「契約社員」とは一体どういう人々のことなのか?と改めて問うと、これほどつかみ所のない言葉はないのではないかというくらい、訳が分かりません。つまり、非正規社員と呼ばれる人々の中でどういう特徴を持った人々なのかということです。恐らく一般的なイメージでは、直接雇用であるという点で派遣社員と区別され、フルタイムであるという点でパートやアルバイトと区別される、というところは共通でしょう。しかしそれ以上になにがしかの専門職的イメージをもって語られる場合もあれば、全くそのような意味合いなく使われることもあります。後者の場合、フルタイム・パートと呼ばれる人々(これまた論理的にはむちゃくちゃな言葉ですが)と何が違うのか全く分かりません。さらに、「契約」という言葉のニュアンスからか、雇用契約ではなく請負・委託契約によって就労する個人請負労働者のことを「契約社員」と呼ぶ例もあるようです。

 従って、論理的整合性を命の次に大事にする労働法学の世界では「契約社員」などという不可解な言葉を不用意に使うことはあまりなく、権利義務関係について語るときにはたとえば「直接雇用有期フルタイム労働者」などと外延の明確な言葉を使うわけですが、労働実務家の世界では現実に使われる言葉こそが現実を映しているというわけで、「契約社員」という言葉が氾濫することになります。

 この不思議な「契約社員」という言葉はいつ頃から使われるようになったのでしょうか。学術情報ナビゲータ(Cinii)で検索してみると、1990年代までは圧倒的に労働関係実務雑誌にばかり出現しています。最初に本格的な特集を組んだのは『労政時報』1988年2月12日号の「契約社員制度はどう運用されているか」で15社の事例をかなり詳しく紹介しています。その後、1995年2月3日号「雇用多様化時代における契約社員制度の実際」、1996年11月8日号「契約社員制度-進むフロー型人材活用の実際」、1998年3月20日号「幅広い分野で活用進む契約社員制度」、同年10月16日号「契約社員制度の現状と動向」といった具合で、事例紹介を繰り返しています。また『労務事情』も1996年8月15日号で「96年女子パートと雇用形態多様化の実態」を特集して以後、1997年1月15日号「わが社の契約社員」、1998年1月15日号「わが社の契約社員・派遣社員活用」と事例紹介を載せていきます。

 1988年の『労政時報』では、特集名は「契約社員」ですが、各事例は「嘱託社員」「準社員」「ベンチャー要員」「専門社員」「挑戦社員」などさまざまな名称になっています。後になるにつれ、「契約社員」に統一されていく様子も窺えます。また、個々の事例を見ていくと当初から専門職的な位置づけをしている者とそうではない者が混在していたことも分かります。キーになる概念は「フロー型人材活用」であり、いわゆる正社員のストック型人材活用に対し、(専門職かどうかは別にして)基幹的な業務を即戦力として遂行する人材と位置づけられていたようです。

 実は、「契約社員」で検索するとヒットするものの、これに含めていいかどうか迷うのが『労政時報』1978年11月10日号の「有期契約社員の雇用実態を探る」です。「契約社員」の最初の特集の10年も前です。ここに並んでいるのは「特別嘱託」「パート、季節工、期間工」「嘱託社員」「ファッションコンパニオン」「特定社員」(=女子販売員)「パート・契約制社員」(=優秀なパートの登用)「販売社員」「準社員」「クルー」(=学生アルバイト)といった名称で、かつての臨時工の残存や当時非正規の中心だった主婦パート、学生アルバイトの基幹化型が中心ですが、若干後の契約社員の先行型も見られます。ただし、重要なのはその多くが家計維持型ではなく家計補助型と社会的にみなされる類型の人々(女性)を対象にしていたことでしょう。このことは、この特集号に掲載されている安西愈弁護士の「有期雇用契約をめぐる法的意義と留意点」の次の記述に明らかです。

 パートタイマー等の有期雇用契約を締結して雇用するに当たって注意すべきことは、雇用される労働者側にいわゆる終身雇用者となることに不適当な事由のある者を雇用しなければならないということである。・・・主婦、学生、兼業者等家庭生活等と両立した責任と義務の比較的軽い、また、中高年齢者等、年功賃金の適用不適当な、企業との関係も、希薄な雇用を望む就労者側の要望と合致した制度であるということになる。

 ・・・この点が実にポイントであって、生計維持の主体となっている男子をパートタイマーとか嘱託とかという名称のみで雇用し、契約の更新を繰り返しながら、「あなたは臨時社員だから仕事がなくなったので雇止めにする」という具合にはいかないのである。

 今日の目から見ると大変ジェンダーバイアスに満ちた文章に見えるかも知れませんが、この頃はまだこういう性差別的な形での非正規化への歯止めが効いていたということの裏返しでもあります。そういう時代には後に一般化するような意味での「契約社員」という言葉はまだ存在していなかったわけです。逆にいえば、こうした性別と年齢に基づく非正規化への歯止めが外れつつある状況の中で産み出されたのが、1988年以降実務誌で特集されていく「契約社員」であったと言えるかも知れません。

 こういう実態の進展を、いささか専門職的なバイアスを強く示しながら定式化したのが、1995年の有名な日経連の『新時代の「日本的経営」』における「高度専門能力活用型」であることは周知の通りです。そして、そのイメージに基づいてその後10年近くにわたって、労働契約の上限規制の延長(1年→3年→5年)などが行われたこともよく知られています。しかし20年以上経った今、天下三分の計で3大雇用類型の一つになるはずだった高度専門能力活用型はほとんど拡大せず、雇用柔軟型が量的に拡大するともに質的にも基幹化していったということも明らかになっています。やがて2000年代に入ると、契約社員を労働法的に捉えた有期契約労働者という概念が法政策の焦点になっていき、議論の末2012年労働契約法改正で無期転換や不合理な労働条件の禁止が規定されるに至ったことも周知のところです。

 パート店長やアルバイト店長が普通に存在するようになった今日、「契約社員」という言葉は、パートやアルバイトと違い性別や年齢にニュートラルな非正規社員と指す言葉として落ち着いているようです。

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コメント

kohchanら皆さんの出足鈍いので懲りずに私から…。

ケーヤクシャイン…。きっと語呂がよく、長すぎず短すぎず、覚えやすかったのでしょう。

例えば、ハローワーク、シューカツ、イクキュウ、テレワーク等々。定着した言葉は、発音しやすく誰にでも覚えやすい。

反面、ホワイトカラーエグゼンプション、きかくがたさいりょうろうどうせい(企画型裁量労働制)、こうどせんもんのうりょくかつようがた(高度専門能力活用型)等々…いかにも難しそうで、覚えづらい。これでは、せっかくの魅力も半減ですね。

そして、どういつろうどういつちんぎん…

どうなることやら、行く末に一抹の不安が…。

投稿: 海上周也 | 2016年8月25日 (木) 21時49分

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