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2016年7月 9日 (土)

第1次ワークライフバランスと第2次ワークライフバランス@『JP総研Research』第34号

Jp 『JP総研Research』第34号(2016年7月)に「第1次ワークライフバランスと第2次ワークライフバランス」を寄稿しました。

https://www.jprouso.or.jp/activity/lab/publish/pdf/jpresearch_contents34.pdf

「女性が仕事と子育てを両立するために」という特集の一環で、他の寄稿は次の通りです。

生み育てやすい社会のカギは「脱家事ハラ」 和光大学 教授 / ジャーナリスト 竹信三恵子

第一次 ワークライフバランスと第二次 ワークライフバランス 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)主席統括研究員 濱口桂一郎

働く妊婦の「就業環境」を考える― マタニティ ・ ハラスメント防止措置義務化に向けて 埼玉学園大学 大学院 専任講師 杉浦浩美

保育現場の実情 労働経済ジャーナリスト 小林美希

データで見る 働く女性をとりまく現状と課題 編集部

拙稿の目次は次の通りです。

1 規制緩和でワークライフバランスを実現?
2 第一次ワークライフバランスが空洞化
3 第二次ワークライフバランスだけが遜色なく充実
4 育休世代のジレンマで悶える職場
5 原則と例外の逆転
6 いまこそ労働時間の上限規制を

(追記)

上記杉浦浩美さんのマタハラに関する文章では、わたくしの「マタハラ」という言葉の用法に対する批判に対する反論(?)が書かれています。

私の文章は『生産性新聞』に載ったこれですが、

http://www.jpc-net.jp/paper/zokunihonjinji/20160405zokunihonjinji.pdf

そこの

 一方で、2000年代末頃からマスコミ等でマタニティハラスメントという言葉がよく用いられるようになり、2014年には新語・流行語大賞にも選出されました。ただしその内容は、妊娠・出産を理由とした解雇や不利益取扱いが多く、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントなど、ハラスメント独自の規定がなければそもそも規制の対象とならないものとの区別が必ずしもついていない面も見受けられます。たとえば2015年9月、厚生労働省は初めて妊娠を理由とする解雇事案を悪質として公表しましたが、主要マスコミはほとんど「マタハラ」と報じていました。解雇してもハラスメントで済むのなら、こんな楽なことはありません。

という一節について、

・・・だが、法令で禁じられているにもかかわらず、「働く妊婦の権利」が軽んじられ、守られてこなかったのは事実である。・・・「解雇してもハラスメントで済む」のではなく、「ハラスメント」として訴える声が高まったことを受けて、やっと、横行していた解雇事案が「法律違反」として非難され、炙り出されたのである。・・・

と指摘されています。

そこのところはよくわかります。六法全書にどう書いてあろうが、現実の労働社会の「常識」-生きられた法-がそうなっていなかったのを、(いかに法律用語的に変であろうが)マタハラというインパクトのある言葉を打ち出すことで現実を、職場の男性たちの意識を揺るがしたではないか、という社会学的な意味では全く杉浦さんに同意します。

その上で、それを全部分かった上で、法律を扱う人はちゃんと分かってやってねという意味合いで書いた小文ですので、決してこの間杉浦さんや小谷部さんらを批判する意図ではありません。社会運動的には「マタハラ」という言葉は近来まれにみる成功を収めたコンセプトだったと思います。

せいぜい、そうですね、日本労働法学会でこの問題を取り上げる際には、ちゃんと概念規定をして下さいね、と某方面に言うくらいでしょうか。

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コメント

本エントリを活用させていただき、はまちゃん先生にちょいとワーク・ライフ・バランスの定義というか概念を質問。
朝日新聞に毎日一面に掲載されている”折々の言葉 鷲田清一さんご担当の欄で本日は(2016.8.13)ワーク・ライフ・バランスが現代の標語として取り上げられております。
以下、なぞります。

これがもし、仕事という公的活動と家族との私的生活とをうまく両立せよという意味なら、言われたくない。一企業の利益のためになすワークもまた私的であり、結局この標語は私的なものに専念せよと人に告げるだけだから。
逆に、一市民としての活動に従事するかぎり個人のライフも公的である。そういう公的活動に個人としてもっと時間を割こうという意味なら、聞ける。

こうしたものに疎い私としては、本ブログでのその紹介や議論はわかりづらかったため、たまたま鷲田さんの短文を目にして「そうだよな、あれ、でもはまちゃんブログの紹介やはまちゃん先生自身はこのスタンスがベースと思っておられるのだろうかと、ちょうどいいチャンスと思いコメントいたしました。許されるのならば簡易に応答していただくとありがたく存じます。

ことばは「ワーク」と「ライフ」って言ってるだけなのに、自分で勝手に「公的」だの「私的」だのという言われてない概念をくっつけて、しかも、仕事は公的だと勝手にはじめに決めつけておいて、イヤそれは私的だと自分でひっくり返して見せているだけの、いかにも哲学者流の自慰的議論であって特にコメントする必要があるとは思えませんが。

そもそも、賃金労働者にその稼得活動以外の活動を保障しようとする立法の一番古い例は、戦前1931年の入営者職業保障法です。

兵役服務者の復員後の就職確保の問題はかねてから意識されていたが、昭和初期の不況の中で深刻な社会問題となった。そのため、1931年入営者職業保障法が制定され、除隊者の復職を保障しようとした。同法はまず第1条で「何人ト雖モ被傭者ヲ求メ又ハ求職者ノ採否ヲ決スル場合ニ於テ入営ヲ命セラレタル者又ハ入営ヲ命セラルルコトアルヘキ者ニ対シ其ノ故ヲ以テ不利益ナル取扱ヲ為スヘカラス」と均等待遇を求めた上で、第2条で「雇傭者ハ入営ヲ命セラレタル被傭者ヲ解雇シタルトキ又ハ被傭者ノ入営中雇傭期間ノ満了シタルトキハ、其ノ者カ退営シタル日ヨリ三月以内ニ更ニ之ヲ雇傭スルコトヲ要ス」と、雇入れの義務づけを行っている。もっとも、陸軍では2年、海軍では3年を超える期間の服役を志願して採用された場合などいくつかの例外が規定されている。この場合の労務及び給与は入営直前の労務及び給与と同等でなければならず、これは被傭者が解雇されずに復職する場合にも同じである。

戦前の日本国家にとって兵役は企業にこれだけの義務を課する値打ちがあることだったということです。

ご返答ありがとうございました。
哲学者流の自慰ですか(笑い)。

1931年ですか。たしか昭和6年ですね。即応答タイピングしておりますので時代考証等間違いもあるかと思いますが、一次大戦から二次対戦開戦を10年後に控えた不安定な国際政治状況下の日本国内の空気が臭う法律ですねえ。たしか5.15事件とも重なり合う時代背景ですね。それから数年後には2.26事件ですね。農村部(貧困層でもあり、食いぶち減らしでもあったかと)から兵役に応じた多くの若者たちが・・・意味深です。そして結局は開戦。一次から二次の空間での立法趣旨で国家が徴兵した人材のその後の面倒を企業に移転する。しかし10年後には開戦し最後は国家総動員して敗戦から引き揚げに、今で言う団塊の世代登場=人口爆発で耐えられない経済は国家により移民政策で今度は国家が食い扶ぶちべらし。その後の日本経済に絡む人口政策とも絡まり合う立法趣旨を垣間見る機会となりました。

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