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2016年6月16日 (木)

「年功賃金制度と非定年延長型継続雇用政策の選択」@『エルダー』2016年6月号

Elder 『エルダー』2016年6月号に「年功賃金制度と非定年延長型継続雇用政策の選択」を寄稿しました。

http://www.jeed.or.jp/elderly/data/elder/book/elder_201606/index.html#page=1

 前回述べたように、内部労働市場型高齢者雇用政策の歴史は、一定程度重なり合いつつ、55歳から60歳への「定年延長」が中心であった時代と、60歳から65歳までの「継続雇用」が中心であった時代からなります。なぜ60歳を超えると定年延長ではなく継続雇用が中心になるのか、その背景にあるのはいうまでもなく日本型雇用システムの中軸の一つである年功賃金制です。「60歳時点の高くなりすぎた賃金水準でそれからさらに5年も雇い続けるのは無理だろう」と関係者が考えているから、いったん雇用関係を終了させ、それまでの労働条件を精算したうえで、労働と報酬のバランスがとれていると思われる水準で再雇用する、というのが通例になっているわけです。

 もっとも、法律上の規定では2000年改正以後は定年引上げ、継続雇用、定年廃止の三択となっているのですが、定年延長を強制せずに継続雇用でも可としているところが重要です。しかし考えてみると、それと同じ論理は55歳から60歳までのところでもありえたはずです。なぜそちらでは同じような選択制にしなかったのでしょうか。なぜ60歳までは定年延長でなければならず、定年後再雇用ではいけなかったのでしょうか。

 いろいろな説明の仕方があると思いますが、一番大きな要因はその時代時代の雇用政策思想ではないかと思われます。実はそもそも、1960年代までの日本政府は「職業能力と職種に基づく近代的労働市場の形成」を目標に掲げ、外部労働市場型の政策を打ち出していました。終身雇用、年功序列といった日本型システムに対してはかなり否定的なスタンスであったのです。それゆえ1960年代の中高年対策は職種別中高年雇用率制度が中心でした。

 1970年代は雇用政策が外部志向から内部志向に大きく転換した時期ですが、その重要な柱の一つが定年延長政策でした。とりわけ1972(昭和47)、1973年にはいくつもの研究会から定年延長を推進すべきという報告書が出され、雇用対策法に定年引上げを目ざすという宣言規定が盛り込まれ、第2次雇用対策基本計画には計画期間中に60歳を目標に定年を延長すると書き込まれました。ただ、定年延長が内部労働市場政策であることは間違いありませんが、その細かな施策を見ていくと、それまでの日本型雇用慣行見直し論が引き続き濃厚に持続しているのです。とりわけ賃金研究会報告は、「高年齢になってまで勤続年数が伸びたことのみを理由として賃金を増加させる必要は疑問」であり、「少なくとも、現在の定年年齢である55歳を過ぎてまで持続する必要はない」と断言していました。つまり、雇用維持型政策に移行しつつも年功賃金見直し政策は堅持されていましたし、第2次雇用対策基本計画でも年功序列型賃金制度等の見直しが掲げられていました。この頃の定年延長指導でも賃金制度の見直しに重点が置かれていました。

 このように年功賃金制に否定的な姿勢を前提とすると、年功賃金制を維持するために必要となる(定年延長ではない)継続雇用に対して顧慮する必然性がそれだけ乏しくなります。実態としても、1973年の雇用管理調査では55歳定年企業が52%と半数を超えるなかでも、再雇用・勤務延長などのある企業が8割を超えており、前回最後に論じたような「希望者全員60歳まで継続雇用せよ、ただし定年は55歳でよい」という奇妙なロジックを持ち出すよりは、賃金制度を改革して60歳定年を目ざすというのが筋だったのでしょう。

 こうして定年延長指導が進められ、1986年法により60歳以上定年が努力義務となり、1994年改正で義務化されると、その後の内部労働市場政策は継続雇用中心となっていきます。もちろんそのかなり以前から、例えば1976年の第3次雇用対策基本計画では、60歳までは定年延長、その先65歳までは再雇用・勤務延長・再就職という割当をしていました。しかしこれは、当面喫緊の課題と、まだまだだいぶ先の課題とで書き分けていると理解すべきでしょう。この時期の発想を単純に延長していけば、やがて60歳定年が完全に普及した暁には、今度は同じように65歳定年が課題に浮上してくることもあり得たはずです。

 しかし、日本の雇用政策の思想的転換は1970年代から1980年代、そして1990年代初頭に向けて、ますます日本型雇用礼賛の色彩を強め、それまで否定的であった年功賃金制に対しても必ずしも否定的ではない姿勢が色濃く出てきます。興味深いのは、65歳までの継続雇用の努力義務を規定した1994年改正と同時に、雇用保険法に高年齢雇用継続給付が設けられ、60歳以降の継続雇用が大幅に賃金ダウンすることを当然の前提として、その相当部分を補填(ほてん)するという政策が採られたことです。もちろん、当時の政策目的は未だ努力義務にすぎない継続雇用の促進にあったわけですが、それが2004年に(労使協定による例外つきで)義務化され、2012年にはほぼ完全に義務化されたにもかかわらず、現在なお存続し、利用され続けています。雇用政策思想の主流は20年前から外部労働市場志向の色彩が強まってきていますが、この分野ではなお年功制を前提とする政策が色濃く残っているのです。

 正確にいえば、過去20年間の高齢者雇用政策は継続雇用と(入口における)年齢差別禁止がらせん状に絡み合いつつ進展してきました。後者については改めて取り上げる予定ですが、時代精神を強く表現する政策であることはたしかです。これに対して、定年・継続雇用は、内部労働市場志向の政策ではありますが、出口における年齢差別禁止ととらえることもできます。むしろ欧米ではそういうとらえ方が一般的です。前回述べたように、定年とは年齢のみを理由とする雇用終了制度なのですから、その規制は年齢差別禁止のはずです。しかし、とりわけ政策の主力が定年延長から非定年延長型継続雇用にシフトして以降は、それは定年という名の非雇用終了年齢における労働条件の精算を認めるという性格が中心となり、その意味では年齢による取扱いの違いを正面から認めるというメッセージを発するものになっているということもできます。皮肉ないい方ですが、年齢差別を推進することで年齢差別をなくそうとする政策です。

 今後、65歳を超える高齢層の雇用問題が課題に上がってくるなかで、改めて年功制を大前提にした継続雇用政策のさらなる延長でよいのか、という論点を避けることはできないでしょう。その際には、半世紀以上前に遡(さかのぼ)って考え方の整理をする必要があることは間違いありません。

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コメント

近代までに至る日本の労働政策史実を知りことは非常に重要でありましょうし、はまちゃん先生が繰り返し提言されるご努力には頭が下がる思いです(ほんとですよ!いつも抗っておりますから信用ないかも?ですねえ)。それをさらに包括して考える方法論として、明治維新(俗な呼び名を使います)以来の日本(と呼ぶべきか知ったこっちゃありませんが)とそれ以前の明確な社会の制度激変と人口爆発、それを時の新しい中央集権政治により「移民」と称していわば口減らしを進めてた史実、そして到来する産業社会への逆説的人口増加政策と都会への人口移動政策、はたまた保健活動のある一面としての優生政策等々も加味するひつようがあるのではないでしょうか?エントリのくくりでは狭義なその帰結としてどうしても「右と左」を呼び込んで収拾は永久につかないと思われます。それを飯のためにする人々も多々おりますから、はまちゃん先生には頑張って目を見開いてもらいたいのです。結局また悪態をついてしまいました。応援しているつもりなんですけど、どーにも我慢ならず失礼いたしました。素直に親和してしまう人が増えるのが社会としては困るなあと思われ、包括的な思考法がとりあえずはセカンドベストに相関がよろしいようです。

投稿: kohchan | 2016年6月16日 (木) 07時45分

どんなクラブや組織であれ、メンバーシップの入会と退会の手続きには時間や手間がかかるのが常ですよね。ましてや生涯40年コミット前提の雇用契約…退会時のマイレージ精算ならぬ退職年金、「定年退職」後の準会員規約ならぬ再雇用契約、等々。現役世代が縮小する中、引退年齢が60から65歳そして65から70歳へ伸びる中での定年制度の見直し作業は、極めて難しいハンドリングが求められるはずです。今後もhamachan の的確な政策アドバイザリーぶりにに大いに期待しています。

投稿: 海上周也 | 2016年6月16日 (木) 15時14分

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