こんなニュースが流れていますが、
http://www.sankei.com/affairs/news/160612/afr1606120006-n1.html (大手AVプロ元社長逮捕 労働者派遣法違反容疑 女性「出演強要された」)
経営していた芸能事務所に所属していた女性を、実際の性行為を含むアダルトビデオ(AV)の撮影に派遣したとして、警視庁が11日、労働者派遣法違反容疑で、大手AVプロダクション「マークスジャパン」(東京都渋谷区)の40代の元社長ら同社の男3人を逮捕したことが、捜査関係者への取材で分かった。女性が「AV出演を強いられた」と警視庁に相談して発覚した。
最近話題のAV出演強要問題について、目に余ると考えたか、警察は労働者派遣法を適用するというやり方を取ってきたようです。
しかし、労働法学的にはいくつも論点が満載です。
まずもって、AVプロダクションがやっているのは労働者派遣なのか?AVプロダクションに「所属」しているのは、AVプロダクションが当該女優を「雇用」しているということなのか?
そういう判断はあり得ると思われますが、そうすると、今やっている全てのAVプロダクション、にとどまらず、多くの芸能プロダクションは届出もせず許可も受けずに業として労働者派遣をやっているということになりかねませんが、そういうことになるのかどうか?
後述の判決ではこの点は当然の前提として議論になっていません。
もっと重要なのは、この問題について強要の有無ではなく、当該出演内容たる性行為を「公衆道徳上有害な業務」と判断して適用してきたという点です。
労働者派遣法にはこういう条文があります。
第五十八条 公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をした者は、一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
記事はこういう記述があり、
労働者派遣法は実際の行為を含むAVへの出演を「公衆道徳上有害な業務」として規制している。捜査当局が同法を適用して強制捜査に踏み切るのは異例。
実際、確かに、アダルトビデオ派遣事件判決(東京地判平成6年3月7日判例時報1530号144頁)では、こう述べています。
本件における派遣労働者の従事する業務内容についてみると、派遣労働者である女優は、アダルトビデオ映画の出演女優として、あてがわれた男優を相手に、被写体として性交あるいは口淫等の性戯の場面を露骨に演じ、その場面が撮影されるのを業務内容とするものである。右のような業務は、社会共同生活において守られるべき性道徳を著しく害するものというべきであり、ひいては、派遣労働者一般の福祉を害することになるから、右業務が、「公衆道徳上有害な業務」にあたることに疑いの余地はない。そして、労働者派遣法五八条の規定は、前述のように、労働者一般を保護することを目的とするものであるから、右業務に就くことについて個々の派遣労働者の希望ないし承諾があつたとしても、犯罪の成否に何ら影響がないというべきである。
弁護人は、性交ないし性戯自体は人間の根源的な欲求に根ざすものであるから「有害」でないと主張するけれども、性交あるいは口淫等の性戯を、派遣労働者がその業務の内容として、男優相手に被写体として行う場合と、愛し合う者同士が人目のないところで行う場合とを同一に論じることができないことは、明らかであり、この点の弁護人の主張もまた採用することができない。
たしかに「右業務に就くことについて個々の派遣労働者の希望ないし承諾があつたとしても、犯罪の成否に何ら影響がない」と言いきっていますが、ここは議論のあるべきところでしょう。
同判決は後段でさらに「たとえ雇用労働者が進んで希望した場合があつたにせよ、若い女性を有害業務に就かせ、継続的、営業的に不法な利益を稼ぎまくつていたことも窺われ、その犯情は極めて悪質で、厳しく咎められなければならない」とまでいっています。
この判決からすると、今回の警察の動きはそれに沿ったものということになりますが、そもそも出演「強要」を問題にしていた観点からすると、こういう解決の方向が適切であるのか否かも含めて議論のあるべきところでしょう。
(追記)
当該女性がAVプロダクションに雇用された労働者なのか、という点について、上記平成6年3月7日東京地裁判決では、被告側が争っていないので議論になっていないのですが、そこを争った事案はないかと探してみたら、こういうのがありました。平成2年9月27日東京地裁判決です。被告側が雇用関係不存在を主張したのを判決が否定しているところです。
・・・弁護人は、CはAが雇用する労働者ではないし、また、被告人がCをBの指揮命令のもとに同人のためモデルとして稼働させたことはないから、被告人の行為は労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下、「労働者派遣法」という)五八条にいう「労働者派遣」に該当しない旨主張する。
そこで検討するのに、前掲関係各証拠によれば、Aは、昭和六三年七月ころから事務所を設置して無許可でいわゆるモデルプロダクション「E」の経営を始め、同年九月ころ、Cに対しモデルになるよう勧誘し、Cはこれに応じたこと、そのころから平成元年一〇月ころまでの間、Aは、Cを本件のBのほか、いわゆるアダルトビデオ制作販売会社、SMクラブ、ストリップ劇場等に派遣したこと、Cに対する報酬は、いずれの場合も派遣先から直接同女には支払われず、A又はAと意思を通じたFから支払われ、その金額はAらが決定していたものであり、本件において、Aは、派遣料として取得した六万円のうち二万円をギャラとしてCに支払ったこと、AはCに対し仕事の連絡のため一日一回必ず電話するよう指示し、同女は右指示に従っていたことが認められ、以上の事実に照らせば、Cは、相当長期間にわたりAの指揮命令のもとにモデルとしての労働に服し、その対価として報酬を得ていたというべきであって、AとCとの間には労働者派遣法二条一号にいう雇用関係を認めることができる。
また、前掲関係各証拠によれば、Bは昭和五九年秋ころから多数のモデルの派遣を受けて、同女らとの性交及び性戯のビデオ撮影を反復継続してきたこと、本件において、Bは、右と同様のビデオ撮影の目的をもって被告人からCの派遣を受けたものである上、当日は、ビデオカメラ、モニターテレビ、照明器具等の備え付けられた判示の「D」(省略)号室内において、約六時間にわたりCとの性交、性戯等の場面をビデオ撮影していること、その間、CはBの指示に従い、同人を相手方とせず単独で被写体となって自慰等種々のわいせつなポーズをとっていたことも認められるから、CがBの指揮命令の下にモデルとして稼働したことは明らかである。
なお、弁護人は、CはBの性交又は性戯の相手方となったに過ぎないから、Cは労働に従事したとは言えない旨主張するが、前記事実関係に照らせば、BによるCのビデオ撮影は、同女がBの性交又は性戯の相手方となったことに付随するものにとどまるとは認められない。
以上のとおり、被告人の本件行為は労働者派遣法五八条にいう「労働者派遣」に該当するものと認められるから、弁護人の右主張は採用できない。
(追記2)
判例を調べていくと、プロダクションが雇用してビデオ製作会社に派遣するという労働者派遣形態としてではなく、プロダクションがビデオ製作会社に紹介して雇用させるという職業紹介形態として、やはり刑罰の対象と認めた事案があります。平成6年7月8日東京地裁判決ですが、
第一 被告人Y1及び同Y2は共謀のうえ、同Y2が、平成五年九月一七日ころ、東京都渋谷区(以下略)先路上において、アダルトビデオ映画の制作等を業とするC株式会社の監督Dに対し、同人らがアダルトビデオ映画を撮影するに際し、出演女優に男優を相手として性交性戯をさせることを知りながら、E’ことE(当時二一歳)をアダルトビデオ映画の女優として紹介して雇用させ
第二 被告人Y1及び同Y3は共謀のうえ、同Y3が、同月二八日ころ、東京都新宿区(以下略)F(省略)号室において、アダルトビデオ映画の制作等を業とする有限会社Gの監督Hに対し、同人らがアダルトビデオ映画を撮影するに際し、出演女優に男優を相手として性交性戯をさせることを知りながら、I’ことI(当時一八歳)をアダルトビデオ映画の女優として紹介して雇用させ
それぞれ、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介をした。
という事実認定のもとに、
一 本件の争点は、本件アダルトビデオ映画に女優として出演する業務が、職業安定法六三条二号にいう「公衆道徳上有害な業務」に該当するか否かである。
二 前掲各証拠によれば、本件アダルトビデオ映画への出演業務は、制作会社の派遣する不特定の男優を相手に性交あるいは口淫、手淫などの性戯を行い、これを撮影させて金銭を得るものであると認められる。ところで、本来、性行為は、その相手の選択も含めて個人の自由意思に基づく愛情の発露としてなされるものである。しかるに、本件のように、女優が不特定の男優と性交渉をし、それを撮影させて報酬を得るということは、女優個人の人格ないし情操に悪影響を与えるとともに、現代社会における一般の倫理観念に抵触し、社会の善良な風俗を害するものであるから、これが職業安定法六三条二号にいう「公衆道徳上有害な業務」に該当することは明らかである。
三 右の点につき、弁護人は、男女の性器を隠すなどの修正を加え、自主的倫理審査委員会の審査を経たうえで市販されるアダルトビデオ映画は、今日の日本社会においては社会的風俗として受容されており、それに出演する業務についても一定の社会的な受容があるから、右業務は右法条にいう「公衆道徳上有害な業務」に該当しない旨主張する。
しかしながら、右のような修正及び審査を経て市販されるアダルトビデオ映画が社会的風俗として受容されているか否かと、その制作過程の出演業務が公衆道徳上有害であるか否かとは別個の問題であり、たとえ、右のようなアダルトビデオ映画に一定の社会的受容があるとしても、前述した本件のごとき内容のアダルトビデオ映画への出演業務は、「公衆道徳上有害な業務」に該当するというべきである。
また、弁護人は、右法条は売春またはそれに準ずる程度に著しく社会の道徳に反し、善良な風俗を害する業務に限定して適用すべきであると主張するが、前記のとおり、本件アダルトビデオ映画への出演業務が「公衆道徳上有害な業務」に該当することは明らかであり、弁護人の主張は理由がない。
と判示しています。
ご承知のように、労働者派遣法58条はもともと職業安定法63条2号からきています。
第六十三条 次の各号のいずれかに該当する者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
一 暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者
二 公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者
こちらは「暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて」というのがあるのですが、派遣法にはないのですね。
ただいずれにせよ、プロダクションのアダルトビデオ出演を募集/紹介/供給/派遣する行為は、法的形態がどれであるにせよ、「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」であるというのは、地裁レベルとはいえほぼ確立した判例になっているようです。
(追記3)
ちなみに、上記職業安定法63条2号には「募集」も含まれます。判例には、ビデオ制作メーカーがこの「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で」「労働者の募集」をしたとして有罪になった事案もあります。東京地判平成8年11月26日(判例タイムズ942号261頁)は、
被告人は、わいせつビデオ映画の制作販売業を営んでいたものであるが、わいせつビデオ映画制作の際に女優として自慰等の性戯をさせる目的で、平成七年一二月二〇日ころ、東京都渋谷区代々木〈番地略〉○○ビル二階の被告人の事務所において、B子(当時一五歳)と面接し、同女に対し、「セックス場面は撮らないで、入浴シーンやオナニーシーンを中心に撮る。」「出演料はいくら欲しいの。」「顔や人物がわかる部分はあまり撮らないし、入浴シーンなどで変な部分が写ったらボカシを入れる。三万円欲しければ三万円なりの内容でいく。五万円欲しければ五万円の内容でいく。親や友達には絶対分からないようにするから安心しなさい。」などと申し向け、自己の制作するわいせつビデオの女優として稼働することを説得勧誘し、もって、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者を募集した。
という事案について、
被告人は、前示犯罪事実につき、B子と面接した際、同女を全裸にせずに下着を着けさせてビデオを撮影するつもりであったから公衆道徳上有害な業務に就かせる目的はなかったと主張する。右主張は、B子の供述内容に反するばかりでなく、被告人自身がその後に実際にB子を全裸にして撮影していることに照らしても疑わしいところであるが、仮に、当初は被告人が主張するような意図であったとしても、本件のように心身の発達途上にある一五歳の女子中学生が自慰などをし、その場面を撮影させて報酬を得るということは、当該女子の人格や情操に悪影響を与えるとともに、現代社会における善良な風俗を害するものであるから、このような業務が職業安定法六三条二号にいう「公衆道徳上有害な業務」に該当することは明らかである。したがって、いずれにせよ、被告人の主張は理由がない。
と判示しています。もっとも、同判例は、芸能プロダクションから紹介された別の女性については「募集」に当たらないとして無罪としています。
このように、派遣でも紹介でも、さらには直接募集でも「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」であれば刑罰の対象となるのです。
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