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2016年5月

2016年5月30日 (月)

ガイ・スタンディング『プレカリアート』

Isbn9784589037800ガイ・スタンディング『プレカリアート 不平等社会が生み出す危険な階級』(法律文化社)を、法律文化社の小西英央さんからいただきました。ありがとうございます。

http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03780-0

新自由主義とグローバル化の下で非正規職や失業が増大し、不安定で危うい階級としてプレカリアートが世界中で生み出されている。底辺に追いやられ、行きづらさを抱えている彼/彼女らの実態を考察し、不平等社会の根源的問題を検証する。不安定化する社会の変革方法と将来展望をも提起する。

著者のスタンディング氏はILOに勤務したこともあり、ベーシックインカム地球ネットワーク(BIEN)の創設者の一人でもあるということで、世界のいろんな諸国の動向に目配りをしながら、プレカリアートを生み出した新自由主義-リバタリアン・パターナリズムからの脱出口はベーシックインカムだという最後の結論にもっていくまで、現代世界の実にさまざまな局面を描写していく手際はなかなかすごいものがあります。内容において結構ずっしりと重い本です。

最終結論のベーシックインカムはともかく、その議論の一つ一つが異論反論を呼びそうな結構断言口調で語られていて、そこが気持ちいいという読者もいそうです。

冒頭の「プレカリアートを定義する」というところで、7つの階級からなる階級論を展開していて、これも議論を呼びそうですが、なかなか面白いです。まずトップにいるのは数は少ないが圧倒的に金持ちのグローバル市民の「エリート階級」、パナマ文書に名前が出て来る人々でしょうか。その下に「サラリーマン階級(サラリアート)」、それと並んで「専門技術職階級(プロフィシャン)」。この「プロフィシャン」というのはプロフェッショナルとテクニシャンと組み合わせた言葉だそうです。その下に縮小しつつある「労働者階級」がいますが、既にしなびて縮小し、社会的連帯の感覚を失ってしまったといいます。

これら4つの集団の下に、ますます増大する「プレカリアート」がいて、その両脇には失業者軍団と、社会に順応できず社会のクズのような暮らしを送るやや離れた集団がいる、と。

第6章が「地獄に至る政治」で、第7章が「極楽に至る政治」ですが、スタンディングに言わせると、ワークフェアやコンディショナリティによってむりやり働かせようとするのは「地獄に至る政治」なんですね。この辺、福祉国家の見直しの議論におけるスタンスとして、べーカム派の旗頭であることがよくわかります。そして、その第7章の一番印象的な台詞はこれです。

・・・労働中心主義者の「労働者商品ではない」という宣言とは逆に、労働は完全に商品化されるべきだ。・・・

・・・適切な商品化は進歩的な動きだ。・・・

これらの台詞がどういう文脈で語られているかは、是非本書を読んでみてください。これはかなりに説得的な議論を展開しています。

人材ビジネスによる退職勧奨@WEB労政時報

WEB労政時報に「人材ビジネスによる退職勧奨」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=537

 今年2月22日、朝日新聞が一面トップで「リストラ誘発しかねない再就職助成金」という記事を載せ、「人材会社が、企業にリストラ方法をアドバイスし、助成金が使われる退職者の再就職支援で利益を得るなどしている」ことを批判し、厚生労働省が労働移動支援助成金の支給要件を厳格化する予定であることを報じました。同日の国会質疑では、塩崎厚労相が「人材会社の関与は『趣旨に反する』」と答弁し、4月から助成金の申請書に退職者自身が退職強要を受けなかったことを確認する欄を設ける考えを示しました。
 その後3月14日には、厚労省職業安定局長名で日本人材紹介事業協会会長宛てに「企業が行う退職勧奨に関して職業紹介事業者が提供するサービスに係る留意点について」(職発0314第2)が出され、再就職支援を行う職業紹介事業者による、企業の労働者に対する退職強要の実施、退職強要・・・・・

2016年5月26日 (木)

『新しい労働社会』第10刷

131039145988913400963 『新しい労働社会』第10刷が届きました。

2009年の刊行以来、ロングセラーとして読み継がれていることに、改めて感謝申し上げます。

中身は古びていないと確信していますが、修正しなければならない部分があったことを失念しておりました。

巻末の「参考書」の中で、

 本書の素材となった論文は、現在発売中の書籍雑誌に収録されたものを除き、原則としてすべてわたしのホームページ(http://homepage3.nifty.com/hamachan/)に収録してあります。各項目について、本書では軽く触れるだけにとどめた歴史的な経緯やEUの状況を詳しく説明していますので、いわばエグゼクティブサマリーに対する詳細版としてお読みいただくことができるでしょう。

と、ホームページを紹介していたのですが、ニフティがホームページサービスをやめたため、同系列のラ・クーカンに移転していたのですね。

本書に対する書評その他全てのコメントを集めたこのページも、

http://hamachan.on.coocan.jp/bookreviewlist.html

やはり移っておりますので、このURLだけは直しておかなくてはいけなかったのです。しまった。

『日本の雇用と中高年』に力作amazonレビュー

41mvhocvl一昨年刊行の『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)に対して、海上周也さんによる長大で突っ込んだamazonレビューがアップされています。

http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R1QDAF73YQ8TR3/ref=cm_cr_arp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4480067736

「Hamachan」の名で知られる労働政策研究者、濱口桂一郎氏。わが国の雇用労働問題が象徴的かつ端的に現れる「中高年」というテーマに焦点をあてることで、本書は「若者と中高年の雇用問題」「日本型雇用と高齢者政策」「定年」「年齢差別禁止」等の中高年に関連するトピックスを縦横無尽に論じています。

その中で、わたくしのスタンスについてこういう評価をしていただいていることには、感動いたしました。

・・・そこで、日本の現状をわかりやすい言葉で説明するためには、いったんわが国の雇用システムの「外」(アウェイ)に立ち、日本の社会経済の歴史的事実も踏まえて冷静かつ愛着をもって記述していく必要があります。ただ、そこで自分自身の立ち位置を完全にアウェイにしてしまうと「日本は特殊でガラパゴス、だからダメだ」という単純な現状批判(日本を非とし、世界を是とする姿勢)におちいってしまいます。

おそらく濱口氏の著作が大勢の読者から支持されている最大の理由は、元厚労省官僚かつ研究者という正統派のキャリア経験から滲み出るキレ味のよい分析力に加えて、日本人インサイダーとしての「愛のムチ」がほどよくブレンドされている点にあると思います。だからこそ、どの本を読んでも良識的な「語り」に安心して身を任せることができるのです。ただ、ときには厳しいスパイスの効いた警句をちらりと挿入するあたりなどは一種の職人芸を見ているかのようです。・・・

欧米の労働組合は中国への市場経済国認定に反対

Japan_g7今日から伊勢志摩サミットですが、日本以外の欧米各国の労働組合がこんな声明を出していました。

https://www.etuc.org/press/afl-cio-clc-etuc-statement-granting-market-economy-status-china

The American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO), the Canadian Labour Congress (CLC) and the European Trade Union Confederation (ETUC) strongly reject the granting of Market Economy (MES) to China.

アメリカ労働総同盟産別会議、カナダ労組会議及び欧州労連は、中国に市場経済国の地位を与えることに強く反対する。

中国がWTOに加盟して15年、年末にこのまま自動的に市場経済国の地位を与えるか否かをめぐっていろいろと対立が深まってきているようですが、米欧の労働組合はこの問題にかなり強い姿勢を示しているようです。

労働組合の関心事からすると、中国の労働問題は懸念すべきことが多く、

China does not uphold the principle of fair competition in its trading relationships. Moreover, interference in trade union affairs – indeed state control of trade union organisations – and the lack of free collective bargaining should be raised in this context with the Chinese authorities jointly by the EU and the US. Granting MES to China would remove any incentive for China to move from a state-led economy to a social market economy, to respect labour standards and to create a global level playing field.

中国は通商関係における公正競争の原則を維持していない。さらに、労働組合問題への干渉-実際国家による労働組合組織のコントロール-と自由な団体交渉の欠如は、この文脈で中国当局によってEUや米国とともに取り上げられるべきである。中国に市場経済国の地位を与えることは、中国が国家主導経済から社会的市場経済に移行し、労働基準を尊重し、グローバルな公平な土俵を作るインセンティブを失わせることになる。

Trade liberalisation can never be a goal in itself and without any conditions. Trade policy should be based on the principles of fair and balanced trade: creating added value, reinforcing labour standards and human rights, promoting sustainable development, improving living standards and working conditions for all.

貿易自由化はそれ自体が無条件に目的ではあり得ない。通商政策は、付加価値を生み出し、労働基準と人権を強化し、持続可能な発展を促進し、万人の生活水準と労働条件を改善する、公正でバランスのとれた貿易に立脚しなければならない。

日本の労働組合はこれに加わっていないという点も含めて、いろんな意味で世界の労働状況を考える素材になります。

2016年5月25日 (水)

和田肇『労働法の復権』

07124 和田肇さんの新著『労働法の復権 雇用の危機に抗して』(日本評論社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7124.html

雇用の危機に対して、労働法学がどのような処方箋を提案すべきかを説く。労働時間法制、非正規雇用問題などを中心に検討する。

前著『人権保障と労働法』に比べても、更にいっそう時論的性格を強め、とりわけ近年の規制緩和的な法政策に対して、舌鋒鋭く批判を加えています。その鋭い切り口に快感を感じる方も少なくないと思われます。

批判の対象はきわめて広汎に渡り、その中には私のジョブ型正社員論も含まれています。

ただ、正直言って、その批判の趣旨はよくわかる一方で、いささかの違和感も感じるところもあります。

和田さんは、ジョブ型正社員論に対して「正社員の階層化を意味し、ジョブ型正社員という美名の元で新たな身分状態が出現する」と批判されるのですが、とはいえ、一方で日本型の無限定正社員の姿には批判的で、その理想とする「標準的労働関係」の姿は、実を言えばジョブ型正社員に近いのです。

これまでも書いてきたように、ジョブ型正社員ないし限定正社員論には、ローパー社員の解雇をし易くしたいといういささか筋違いの議論と話が混じり合っている面もあり、議論に懸念を感じること自体には理解できる面もあるのですが、単なる批判は少なくとも日本の文脈においては、無限定型正社員になることを良いことだと主張していることになってしまいかねない面があることも考慮する必要があるのではないかと思います。

序論 雇用社会の持続可能性と労働法

第1章 二つの危機と雇用社会

 第1節 リーマン・ショックと雇用社会

 第2節 3・11大震災等と雇用社会

第2章 アベノミクスと雇用改革

 第1節 成長戦略としての雇用改革

 第2節 労働時間の法政策

 第3節 労働者派遣法の政策と基本原理

第3章 ディーセント・ワークの実現に向けて

 第1節 雇用形態と労働者像の多様化とは

 第2節 標準的労働関係モデルの再構築

 第3節 非正規雇用と均等待遇

第4章 労働組合の未来

第5章 良質な労働と持続可能な雇用社会

2016年5月24日 (火)

『図説 労働の論点』

14627高橋祐吉・鷲谷徹・兵頭淳史・赤堀正成編著『図説 労働の論点』(旬報社)をお送りいただきました.ありがとうございます。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1087

働くことをめぐって現在問題になってる29の項目を象徴的なグラフや表を用いながら分かりやすく解説する。就職活動に翻弄されているかのように見える現代の若者たちが、自らの人生を左右することになる労働問題に興味を持ち、その理解を深めてもらうことを目的とする。

労働問題の入門書という風情ですが、実は極めてメッセージ性の強い本です。

上記4人の編著者に加えて、石井まこと、須田光照、神部紅の3人が執筆している項目は下記目次の通りですが、いずれも今日の労働の在り方、労働政策の方向に対して極めて批判的なスタンスから書かれています。

その意味では、既に金子良事さんが評しているように、

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-430.html

左派か右派かという区分よりも、労働の暗部に焦点を当てるのか、光の部分にも焦点を当てるのかといったバランスで考えると、本書は圧倒的に暗部に焦点を当ててい・・・

るわけですが、同じように現状批判的な労働問題の論じ方、たとえば木下武男さんやPOSSEの人たちの議論とは、もう一つの軸では鋭く対立しています。それは、たとえば第3章の「年功賃金は時代遅れなのか」の項目によく現れていますが、成果主義と年功賃金を対立させて後者を称揚する議論になっています。ただ、そこで例えば成果主義が子育て世代に優しいなどという為にするふざけた議論を叩いて済ませているのはいささか物足りない感があります。そんなたわけた議論を叩いただけで済む話ではないはずですから。また、欧米もホワイトカラーは年功的だという小池和男氏の議論をそのままもってきて年功制を正当化するのは、少なくとも賃金の決め方と上がり方を峻別すべきという遠藤公嗣氏の議論以後は底が浅いのではないかと思います。ジョブ基準ではなくヒト基準であるという賃金の決め方をそのままにして、年功制を薄めるために成果主義を恣意的に(それこそ成瀬氏が言うように賃金を抑えるために)導入したからこそ、訳の分からない状況になっているわけで、年功制万歳で済む話ではなかろうと思います。

これはたとえば、第2章でブラック企業を取り上げているところで、ブラック企業現象の要因として経済優先の雇用政策とか、人件費削減頼みの経営とか、労働組合の不在とか、教育機関の責任とかが指摘されている割に、今野晴貴さんらが指摘する日本型雇用の無限定性の悪用という面を取り上げていないところにも現れているように見えます。

一方で、第4章では「クミアイ」に否定的で「ユニオン」に肯定的という面が強くでており、ここは木下武男さんらの議論と極めて波長が合っているのですが、そこのところのリアリティについては、私はむしろ慎重にならざるを得ないところがあります。まあ、ここの記述はまさにユニオンの活動家である須田さんや神部さんも書かれているので、当然のスタンスではありますが。

はじめに-働くことと生きること
第1章  「働く」ことを見直す
 1 「働く」ということ
 2 「働けない」ということ
 3 「働かない」ということ
 4 終身雇用はどう変わったのか
 5 増え続ける非正社員
 6 急がれる地位の改善
第2章  若者の働き方を考える
 1 キャリア教育の落とし穴
 2 広がる「名ばかり」正社員
 3 若者と転職
 4 フリーターという働き方
 5 まん延する「ブラック」企業と若者
 6 やりがいかそれとも労働条件か
第3章  ワーク・ルールを学ぶ
 1 働く、そして暮らす
 2 エンドレス・ワーカーでいいのか
 3 「不払」残業はなぜまん延しているのか
4 長時間労働の悲劇
 5 ホワイトカラー・エグゼンプションは必要か
 6 安全で健康に働く権利
 7 賃金はどう決められるのか
 8 年功賃金は時代遅れなのか
 9 最低賃金で暮らすことは可能か
 10 女性はなぜ差別されるのか
11 「同一労働同一賃金」と「同一価値労働同一賃金」
第4章  ユニオンを活用する
 1 職場の不満やトラブルをどうするか
 2 労働組合はどこへ行ったのか
 3 「クミアイ」と「ユニオン」は違うのか
 4 パワハラ、セクハラとユニオン
 5 若者たちとユニオン
 6 労働組合はどのように生まれたのか
おわりに-ディーセントな働き方が未来を拓く

2016年5月23日 (月)

八代尚宏『シルバー民主主義』

102374 八代尚宏さんから新著『シルバー民主主義 高齢者優遇をどう克服するか』(中公新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2016/05/102374.html

急激な少子高齢化により、有権者に占める高齢者の比率が増加の一途にある日本。高齢者の投票率は高く、投票者の半数が60歳以上になりつつある。この「シルバー民主主義」の結果、年金支給額は抑制できず財政赤字は膨らむばかりだ。一方、保育など次世代向けの支出は伸びず、年功賃金など働き方の改革も進まない。高齢者にもリスクが大きい「高齢者優遇」の仕組みを打開するにはどうすべきか。経済学の力で解決策を示す。

同じ中公新書で出された『新自由主義の復権』と同じように、いかにも挑戦的なタイトルですが、そしてこのタイトルだけ見ると、ある種の「ワカモノ論者」のように、ワカモノが損しているぞ、トシヨリが得しているぞ、叩け叩け、みたいな本だと誤解されかねない感もありますが、もちろんそんな内容ではありません(そういう匂いは若干ありますが)。

むしろ、高齢者内部での格差が拡大していることをきちんと指摘し、高齢者世代内部での再分配の必要性を説くところは、冷静な議論を展開していると言えます。

年金を中心に医療/介護など社会保障が本書の中心であるのは当然ですが、わたくしからすると最後の「第8章 企業内のシルバー民主主義」が、拙著『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)と重なる論点が多く、興味深く読めました。

これは先日東京地裁の判決で話題になっている定年後再雇用の処遇問題をはじめとする、その全ての局面にわたって年齢が中核的基準になっている日本型雇用システムを、その根幹からラディカルに批判する視座に立っており、賛成するにせよ反対するにせよ、きちんと八代さんの議論と正面から向かい合う必要があることを意味します。

この章からいくつかの一節を引用しておきますが、いずれも日本が雇用システムの矛盾が中高年に現れるという事実を鋭く指摘しています。

・・・もともと管理職としてふさわしいものが登用されていたとすれば、55歳でそのポストから一律に外されることは合理的ではない。これは企業内労働市場で、最も重要な役割を果たすべき管理職が、具体的な仕事能力と結びついた「職種」ではなく、労働者の「処遇」のためのポストと化しているためである。労働者の処遇を金銭ではなく職場のポストの配分で行う、職場でのシルバー民主主義は、管理職年齢に当たる高年齢者の増加とともに、企業内の人材の効率的な配置との矛盾はいっそう深まることになる。・・・

・・・これは定年退職者だけでなく、中高年労働者の過剰問題にも現れる。欧米の雇用問題が主として未樹訓練の若年者の高失業であることに対して、日本では熟練中高年が雇用調整の主たる対象となる(濱口2014)。この雇用問題の違いの要因も仕事能力とかけ離れた年功賃金であり、高齢者にとって有利すぎる賃金制度が、逆にその雇用機会を制約している。それにもかかわらず、高齢労働者の目先の既得権に配慮し改革が進まない。政治面のシルバー民主主語と瓜二つである。・・・

西川幸孝『マネジメントに活かす 歩合給制の実務』

2472472001_2西川幸孝さんから『マネジメントに活かす 歩合給制の実務』(日本法令)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.horei.co.jp/item/cgi-bin/itemDetail.cgi?itemcd=2472472

歩合給制の現状と歴史を概観し、現在の企業における歩合給制の実態や法的背景と問題点、今後の可能性を考察。裁判例や通達を掲げつつ実務へ役立てるためのポイントを示した書。

いやしかし、労働実務書は数あれど、歩合給だけを取り上げた本というのはあまり見たことがありません。いや、戦前から戦時中の賃金に関する本なんかだと、歩合給制というのが大きな分量を占めているんですが、戦後はあまり論じられなくなり、こういう本もほとんど類例がないように思います。

あとこの目次をみると、実務書ではありながら金子良事さんの『日本の賃金を歴史から考える』や私の本などからかなり引用されていて、研究書的な色彩もあります。

目 次

はじめに  1

第1章 歩合給制の現状と歴史  9

1 出来高払制とは 10

2 歩合給制に対する批判の論調 11

3 労働契約に関する法律定義 13

4 欧米における出来高払制 17

5 F.テーラーの取組みとそれ以降の展開 18

6 日本における出来高払制に関する歴史的経緯 19

7 近年の出来高払制の適用状況 21

8 雇用契約の2つの系譜 24

9 メンバーシップ型雇用 26

10 ジョブ型雇用 27

11 正社員、非正規社員の区分 29

第2章 歩合給制の法的側面  33

1 平均賃金の算定方法 34

2 残業代をどのように支払うか 35

3 年次有給休暇を取得した場合の賃金 37

4 出来高払制の保障給 39

労働者の責により労働に従事しない場合  40

使用者の責に帰すべき事由により休業を余儀なくされた場合  40

業務に就いたものの、歩合給が極端に低くなった場合  41

自動車運転者についての特別な扱い  42

5 歩合給と最低賃金 43

6 社会保険の扱い 44

第3章 歩合給制と経営合理性  47

1 経営にとって望ましい賃金構造 48

2 人件費の変動費化が経営にもたらす影響 48

3 損益分岐点に係るモデルケース 51

4 労働時間の変動が賃金に与えるインパクト 54

5 付加価値の創造と賃金 56

6 労働時間の変化と固定給制、歩合給制 58

第4章 賃金とモチベーション、ルール支配行動 61

1 仕事における満足と不満足:「動機づけ・衛生理論」 62

2 衛生要因としての歩合給、固定給 63

3 行動の原則:行動分析学の考え方 65

4 ルール支配行動 67

5 歩合給制はルール支配行動を起こす 67

6 人事評価制度はルール支配行動を起こすか 69

7 もう一つのルール支配行動「長時間労働」 71

8 行動は必ずしも「意志」によらない 72

9 長時間労働がもたらす健康問題とコストアップ 73

10 長時間労働をどのようにして防ぐか 76

11 業務効率を人事評価の対象とすること 77

12 労働時間のマイクロマネジメント 78

13 定額残業代方式の採用 80

14 みなし労働時間制の採用 82

15 歩合給制の採用 85

第5章 歩合給制の実務考察   87

1 歩合給制で保つべき原則 88

戦略性  88

明確性  88

規範性  89

公平性  90

安定性  93

2 歩合給制の構成パターン 93

オール歩合給制  94

固定給+歩合給:歩合給主体型  94

固定給+歩合給:固定給主体型  96

3 歩合給の設定方法 98

その賃金は歩合給といえるか  98

歩合給の設定例  99

4 出来高払制の保障給 106

保障給は歩合給である  107

月額固定の保障給  107

保障給が固定給と判断された例  110

保障給の設定がない場合  111

保障給の規定方法  112

5 歩合給制と労働時間管理、定額残業代の問題 115

歩合給制と定額残業代  115

歩合給の一定割合を割増賃金として支給する方法について  117

転機となった最高裁判決とそれ以降の裁判例  120

修正定額残業代方式の歩合給制  125

6 自動車運転者に適用される特別なルール 125

保障給に関する通達  126

累進歩合制度の禁止  127

累進歩合制に関する裁判例  130

第6章 歩合給制と労働条件の不利益変更   131

1 歩合給制と労働条件の不利益変更 132

2 労働条件不利益変更の法理 133

3 歩合給制と就業規則・賃金規定 135

4 賃金制度をコントロール可能な状態にしておく 136

5 歩合給制に関連した労働条件不利益変更の裁判例 138

第一小型ハイヤー事件  138

第四銀行事件  140

新富自動車事件  141

大阪京阪タクシー事件  145

6 賃金制度(歩合給制)の不利益変更の留意点 147

スケジュールに基づき実施する  147

就業規則を通した変更とする  148

説明と情報提供を適切に行う  149

不利益の程度の限界  149

代償措置を検討する  150

7 激変緩和措置について 150

旧賃金制度による計算額の一定割合を確保する方法  150

新旧賃金制度の差額を一定割合補てんする方法  155

第7章 歩合給・出来高制のすすめ   157

1 産業構造と職務内容の変化 158

2 従来型雇用形態の限界 160

3 フリーランスと歩合給社員の違い 163

4 オール歩合給制のワークスタイルの前提 164

5 時間請負型の歩合給制 164

6  業務の標準時間が設定できる職種への歩合給制適用の可能性

166

7 オール歩合制に付随するその他の労働条件 167

労働時間制  168

年次有給休暇の賃金  169

保障給  169

8 歩合給制と評価 170

9 プロフェッショナルとしてリスペクトすること 171

資料編   173

2016年5月21日 (土)

若い女性の方に一読をお勧めします@amazonレビュー

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 Amazonレビューで、沙風琴さんという方に、『働く女子の運命』について「若い女性の方に一読をお勧め」していただいております。

http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R354TTUQFXXTPH/ref=cm_cr_arp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4166610627

「運命」という題名で、「受け」を狙った軽い本と勘違いされる方がいらっしゃるかと思いますが、非常に学術的な本です。

私は、海外勤務が長く、海外には「一般職」に当たる制度はありません。 定型事務を担当するクラークという職務はありますが、男性も女性もいます。 女性だけの「一般職」という制度は非常に居心地が悪く違和感を感じていたのですが、この本を読んで、一体何故日本にだけ「一般職」という制度があるのかが、はじめてわかりました。・・・

いやまあ、タイトルは正直受け狙いの側面もないわけではありませんが、中身は仰るとおり、決して軽くない直球の本のつもりで書きました。

労働法学会@同志社の当日レジュメ

日本労働法学会のホームページに来週開かれる第131回大会@同志社大学の当日レジュメがアップされています。学会員のみアクセス可能ですが、ぱらぱら見ていると、なかなか面白そうな報告がけっこうありますね。

http://www.rougaku.jp/

受付開始 8:15~

個別報告 9:00~11:10

第一会場

テーマ:「有期労働契約の濫用規制に関する一考察」

報告者:岡村優希(同志社大学大学院)

司会:土田道夫(同志社大学)

テーマ:「経済統合下での労働抵触法の意義と課題」

報告者:山本志郎(流通経済大学)

司会:毛塚勝利(法政大学)

第二会場

テーマ:「日韓の集団的変更法理における合意原則と合理的変更法理」

報告者:朴孝淑(東京大学)

司会:荒木尚志(東京大学)

テーマ:「中国労働法の賃金決定関係法における政府の関与に関する法的考察」

報告者:森下之博(内閣府)

司会:島田陽一(早稲田大学)

特別講演 11:15~12:00

テーマ:「労働法における学説の役割」

報告者:西谷敏

昼食・休憩 12:00~12:50

総会 12:50~13:30

ミニ・シンポジウム 13:40~17:30

第一会場「労働者派遣法の新展開―比較法的視点からの検討―」

司会:盛誠吾(一橋大学)

報告者:高橋賢司(立正大学)

大山盛義(山梨大学)

本久洋一(國學院大学)

第二会場「労働契約法20条の法理論的検討―『不合理性』 の判断を中心に」

司会:中窪裕也(一橋大学)

報告者:緒方桂子(広島大学)

阿部未央(山形大学)

水町勇一郎(東京大学)

森ます美 (昭和女子大学)

第三会場「職場のハラスメント問題への新たなアプローチ」

司会:島田陽一(早稲田大学)

報告者:内藤忍(労働政策研究・研修機構)

滝原啓允(中央大学)

柏﨑洋美(京都学園大学)

部落差別の解消の推進に関する法律案

自由民主党、民進党、公明党の3党共同で、「部落差別の解消の推進に関する法律案」を国会に提出したとのことです。

民進党のホームページに法案と説明が載っていますが、

https://www.minshin.jp/article/109119

https://www.minshin.jp/download/28133.pdf

なんだかこういう人権法関係がぱらぱらと個別に出てくるなという感じです。

小泉政権時代に政府が提出した人権擁護法案が、当時は野党の反対で、その後はむしろ自民党内部の反対で成立に至らず、民主党政権時代に出した法案も廃案となるなどという状況の中で、障害者については国連の条約の関係で法律ができましたが、そのほかはヘイトスピーチの法案が今国会に出され、LGBTもいろいろ動きがあるようですが、それらをまとめて人権立法を目指す考え方はなお表には出てこない状況が続いているようです。

人権擁護法案では「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」というかなり包括的な差別理由を掲げていましたが、当分そういう立法の望みはなさそうです。

http://hamachan.on.coocan.jp/kikan246.html「労働人権法政策の諸相」『季刊労働法』246号

・・・・・・

(5) その後の推移

 しかしながら、残念ながら特にメディア規制関係の規定をめぐって、報道の自由や取材の自由を侵すとしてマスコミや野党が反対し、このためしばらく継続審議とされましたが、2003年10月の衆議院解散で廃案となってしまいました。この時期は与党の自由民主党と公明党が賛成で、野党の民主党、社会民主党、共産党が反対していたということは、歴史的事実として記憶にとどめられてしかるべきでしょう。

 その後2005年には、メディア規制関係の規定を凍結するということで政府与党は再度法案を国会に提出しようとしましたが、今度は自由民主党内から反対論が噴出しました。推進派の古賀誠氏に対して反対派の平沼赳夫氏らが猛反発し、党執行部は同年7月に法案提出を断念しました。このとき、右派メディアや右派言論人は、「人権侵害」の定義が曖昧であること、人権擁護委員に国籍要件がないことを挙げて批判を繰り返しました*1。

*1全くの余談ですが、この頃私は日本女子大学のオムニバス講義の中の1回を依頼され、講義の中で人権擁護法案についても触れたところ、講義の後提出された学生の感想の中に、人権擁護法案を褒めるとは許せないというようなものがかなりあったのに驚いた記憶があります。ネットを中心とする右派的な世論が若い世代に広く及んでいることを実感させられる経験でした。

DNPファインオプトロニクスほか事件@東大労判

昨日、東大の労働判例研究会でDNPファインオプトロニクスほか事件を報告。

さいたま地裁の判決と東京高裁の判決が、結論(だけ)は同じだけれども、そこに至る筋道がまったく正反対なので、両者を比較対照しながら評釈しました。

なにしろ、さいたま地裁にかかったら、本件は偽装請負であり、労働者供給事業であり、職安法44条違反であり、労基法6条違反なのですが、だけれども黙示の雇用契約も共同不法行為も認めないといういささかわかりにくいものであるのに対して、東京高裁は偽装請負じゃない、からそのあとも全部否定というわかりやすいもの。

ただ、そもそも偽装請負か否かという基準について、いずれも指揮命令についてオールオアナッシング的考え方で論じている点がおかしい、というのが私の主たる論点でした。

請負であるためには請負業者が指揮命令をしていなければならないというのは確かですが、だからといって注文者が少しでも指揮命令をしたら全て偽装請負になるというのはおかしいのであって、安衛法などは指示をすることを求めているわけで、指揮命令じゃなくて指示だなどという言葉遊びでごまかすのではなく、両方から指揮命令/指示行為がされている状況においては、その比較考量で判断すべきではないか、というのが私の意見です。

http://hamachan.on.coocan.jp/rohan160520.html

2016年5月18日 (水)

『支援』第6号

Cover155f『支援』第6号をお送りいただきました。

http://www.seikatsushoin.com/bk/155%20shien06.html

この雑誌を見るのは初めてなので、どういうつながりで私に送ってきたのだろうかと思いましたが、表紙に橋口昌治さんの名前を見つけて、なるほどと思いました。下記の通り、橋口さんの「最低賃金の三つの顔」という論文が掲載されており、これを読めという趣旨でお送りいただいたのでしょう。

特集1 その後の五年間
【震災】
      描かないと福島が潰される──端野洋子さん(漫画家)に聞く    端野洋子
      東日本大震災と理不尽な原発事故に遭遇して
         ──被災障がい者の支援活動を行ないながら日常生活を送って感じたことなど    白石清春
【貧困】
      貧困問題への「支援」という営みの周辺
         ──震災後五年間の生活保護をめぐる話題・出来事から考える    岩永理恵
【労働】
      最低賃金の三つの顔──貧困対策、「成長戦略」、労働市場改革    橋口昌治

【ヘイトスピーチ】
      ヘイトスピーチ問題の構成過程──三・一一以降の運動が可視化させたもの    金 明 秀
【介護保険】
      改正介護保険──地域は高齢者を支えきれるか    春日キスヨ
【障害者福祉制度改革】
      〈自立生活支援〉のブレークスルー?    岡部耕典

特集2 くう、ねる、だす
【くう】
      介護者とともに生きる方法    橋本操
      摂食障害における「くうこと」と「くうもの」    宮下阿子
【ねる】
      眠れない休めない──精神障害者の休息・睡眠を阻む社会    桐原尚之
      見えない者が見る夢    大河内直之
【だす】
      自立のキーワードは排泄にある──気持ちよく「出す」ための工夫と方法    小島直子
        心地よく出すこと    浜田きよ子

トークセッション
      障害児の母、やってます!──ハハのコマッタ、そしてウラワザ    福井公子×すぎむらなおみ
         (司会/岡部耕典・出口泰靖)
エッセイ
     女性差別撤廃条約(CEDAW)国連ロビーイングに参加して    藤原久美子
     認知症とよりよく生きる──ジョニィさん&真梨子さんの場合    水谷佳子
     (ほぼ偽りのない)経過報告──バルネラブルな知識の交換のために(5)    飯野由里子

支援の現場を訪ねて
     ① 草の根ささえあいプロジェクト(名古屋市)──合理的な支援と手をかけること    井口高志
     ② さくらピア(豊橋市)──あなたの避難先に障害者が来たら    土屋葉
     ③ ジョイアススクールつなぎ(奈良市)──「学校」という場の持つ意味    井口高志

書評
     ① 共同性のオルタナティブへ──支援を受けて暮らす自立生活の現在
       (『ズレてる支援!──知的障害/自閉の人たちの自立生活と重度訪問介護の対象拡大』
         寺本晃久・岡部耕典・末永弘・岩橋誠治著)    深田耕一郎
     ② 地域で掘り下げる障害者運動史の試み
       (『愛知の障害者運動──実践者たちが語る』障害学研究会中部部会編)    廣野俊輔
     ③ ミクロな相互作用の観察から問う当事者性の構築
       (『路の上の仲間たち──野宿者支援・運動の社会誌』山北輝裕著)    山本薫子

くまさんのシネマめぐり
     セルフ・ドキュメンタリーがもつ力──『ちづる』『チョコレートドーナツ』    好井裕明

ブックガイド
     震災のもう一つの証言(『原発震災、障害者は…──消えた被災者』青田由幸・八幡隆司著)    土屋葉
     口は目ほどにものを見る(『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗著)    倉本智明
     ノンエリート若年女性の語りがひらく新たな視野
       (『高卒女性の12年──不安定な労働、ゆるやかなつながり』杉田真衣著)    村尾祐美子
     日本の「働きにくさ」「産みにくさ」について明確に回答する一冊
       (『仕事と家族──日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』筒井淳也著)    永田夏来
     食をとりもどすために(『食べること考えること』藤原辰史著)    三島亜紀子

口絵 福島・郡山 あいえるの会     写真・矢部朱希子

表紙装画    白石清春

橋口さんの論文は、近年の最低賃金引き上げの政治課題化には、貧困対策という顔だけではなく、成長戦略、そして労働市場改革という顔があり、その点があまり認識されていないことを訴えています。私のネット上の文章まで使っていただいているのはびっくりです。

あと、特集2の「くう、ねる、だす」ってのがいいですね。そう、生き物は毎日「くう、ねる、だす」。

『若者と労働』が第5刷

Chuko 2013年に出た『若者と労働』(中公新書ラクレ)も依然として少しずつ売れているようで、今回第5刷の連絡をいただきました。読者の皆様に感謝申し上げます。

昨年末には、東大法学部の『法学部に進学される皆さんへ 3年次・4年次開講科目のためのリーディングリスト』で荒木尚志先生に本書を推薦していただいたのも効いているのかも知れません。

http://www.j.u-tokyo.ac.jp/kyomu/fl-1/readinglist2016.pdf

現在生じている種々の雇用労働問題を、特に若年雇用にフォーカスを当てて、欧米諸国の「ジョブ型雇用」と日本の「メンバーシップ型雇用」という視点で鮮やかに描き出し、今後の雇用政策のあり方も展望するもの。「そういうことだったのか」と目からウロコの本。

ここ数週間くらいの間に見つけた本書への書評をいくつか紹介しておきますと、まずグアルデリコさんの「世の中備忘録」から、

http://ameblo.jp/acdcrush/entry-12153668410.html

昨日、ブログで紹介した中外時評の記事を読んで、早速濱口氏の著書を読んでみた。 日本のメンバーシップ型の雇用問題と欧米やアジアなど、世界的には一般的なジョブ型の雇用の詳細やメリットデメリット、そして日本の今後の方向性等が詳細に書いてあって、実に説得性の高い著書で、興味深く一気に読んでしまった。・・・・

苦虫さんの読書メーター

http://bookmeter.com/cmt/56384411

なんのスキルも知識ももたない若者が入社できてしまう不思議の国の幸福な?ニッポン。世界は仕事のスキルを身に付けさせてから就職へ挑ませるのが雇用政策のスタンダード。著者は、仕事ありきの「ジョブ型」/際限ない命令に従う「メンバーシップ型」雇用の名付け親とのこと。何度かジョブ型雇用実現の変化を見せようとする日本の政策も辿ることができる。またこのメンバーシップ型雇用がブラック企業の根源にもなっている。現行正社員のダウンシフト、一般職のジェンダーレス化、非正規雇用の正社員化がジョブ型正社員を実現させる3つのルートだ。

2016年5月17日 (火)

上野千鶴子さんの書評@毎日夕刊

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 本日の毎日新聞夕刊の「読書日記」で、上野千鶴子さんが拙著『働く女子の運命』を含む3冊を書評しています。

http://mainichi.jp/articles/20160517/dde/012/070/002000c

と言って良いんですよね。実は、上野さんは拙著のオビに推薦の言葉を書いていただいているので、なんだかやらせっぽい感じを与えるのではという気もするんですが、いやいや推薦する値打ちがあるから推薦しているんでしょう。

取り上げている3冊は、

■職務格差 女性の活躍推進を阻む要因はなにか(大槻奈巳著・2015年)勁草書房・3456円

■働く女子の運命(濱口桂一郎著・2015年)文春新書・842円

■女子のキャリア−−<男社会>のしくみ、教えます(海老原嗣生著・2012年)ちくまプリマー新書・907円

拙著については、

拙著「女たちのサバイバル作戦」(文春新書)で、「日本型雇用」が諸悪の根源と論じた。まったく同じことを、濱口桂一郎さんが「働く女子の運命」で書いている。同書には「そうか、やっぱり、そうだったんだ。ニッポンの企業が女を使わない/使えない理由が腑(ふ)に落ちた」と推薦の文を寄せた。日本型雇用とは、終身雇用、年功序列給、企業内組合の3点セットからなる。ひとつの組織に長く居すわれば居すわるほどトクをするというしくみだ。一見、性差上、中立的に見えるが、このルールのもとでは長期にわたって構造的に女性が排除される。これを間接差別という。日本型雇用はあきらかに女性差別的な雇用慣行だということを、濱口さんも立証している。そのとおり、均等法時代から、「男なみ」の労働環境に女も合わせろという「男女平等」がうまくいくわけがない、とわたしたちは警告してきたのだ。変わらなければならないのは女ではない。企業と男性社員の働き方のルールの方だ。

と、オビの文句をパラフレーズしています。

この上野さんとhamachanが初めて対談したのが、

http://hon.bunshun.jp/articles/-/4523 (働く女子は活躍できるのか? 濱口桂一郎×上野千鶴子、"組織の論理"と"女性の論理"が大激論!(前編))

http://hon.bunshun.jp/articles/-/4524 (働く女子は活躍できるのか? 濱口桂一郎×上野千鶴子、"組織の論理"と"女性の論理"が大激論!(後編))

です。掛け合い漫才を見るように読んでいただければ、と。

稲葉振一郎『不平等との闘い』

Img_44fcbbdbf9cc4c5eab1bb6685679899稲葉振一郎さんから近著『不平等との闘い ルソーからピケティまで』(文春新書)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610785

担当編集者曰く:

資本主義と経済格差の問題は、切っても切り離せない関係にあるようです。不平等は端からいかんという考え方もあれば、不平等だからこそ人間はがむしゃらに頑張るのでは? という問いも考えられます。
この難問に挑んだ経済学の歩みを、『経済学という教養』などの著書で知られる稲葉振一郎さんがまとめ上げました。経済学の流れも、不平等の歴史も分かる、濃密な一冊です。

この担当編集者というのが、あとがきによると、最初は鳥嶋七実さんで、彼女が文芸部に移ったあとは高木知未さんに引き継いだとのこと。しかも話がきたのが昨年2015年1月だったそうで、そうするとほぼわたくしの『働く女子の運命』と同時期に、同じ編集者の手で進められていたということになりますね。

さて、このタイトルでこの著者名だと、哲学的、思想史的な内容を予測したくなりますが、そして冒頭の数章はルソーだのマルクスだのが出てきて、そんな雰囲気も漂わせますが、途中からはむしろ経済学部の真面目な教授の推薦する副読本という風情を濃厚に漂わせるようになります。

いやもちろん、ピケティブームの「出し遅れの便乗本」ということであれば、(内容的に「便乗」すらしていないあれこれの只乗り本とは違って)まことにまっとうな便乗本ということになるのでしょうが、明治学院大学社会学部社会学科で社会倫理学を教えているはずの先生の書かれた本としては、あまりにもまっとうな経済学の主流派の議論の淡々とした解説が続いていて、本屋でタイトルと著者名だけみて手に取った人は、いささかあれ?と感じるかも知れません。「不平等との闘い」というタイトルで、副題に「ルソー」まで出していて、ロールズもノージックも全然出てこない。まあ、経済学部の先生だったときに出した本がほとんど哲学まみれだったのと好対照というべきなのかもしれませんが。

そのなかで、やや異色の章が第5章の「人的資本と労働市場の階層構造」で、稲葉さんはこれが「不平等ルネサンス」への転換点になっているというのですが、さあそれはどうでしょうか。この章については、いろいろと疑問もありますが、おそらくかつて労働問題を研究していた頃の(東大学派の)匂いがそこはかとなく漂っている感じもします。

2016年5月16日 (月)

「定年制の歴史と将来」@『エルダー』2016年5月号

先週金曜日に定年後再雇用の賃金差別についてのインパクトのある判決が出たところですが、この問題を考えるためには、そもそも定年とは何か?という大問題とがっぷり取り組む必要があります。

Elder たまたま、雑誌『エルダー』の5月号から、1年間高齢者雇用に関する連載をすることになり、その第1回目が「定年制の歴史と将来」というテーマだったので、この号がJEEDのホームページに公開されたのを機に、こちらでもアップしておきたいと思います。いろいろと考えるヒントがあるのではないかと思います。

http://www.jeed.or.jp/elderly/data/elder/q2k4vk0000004klm-att/q2k4vk0000004ko0.pdf

 定年制とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する強制退職制度です。しかしながら、有期労働契約の期間の定めとは異なり、定年到達以前の退職や解雇が(定年の存在によって)制限されるわけではありません。この点だけで見れば、これは一定年齢到達を理由として労働関係を終了させる制度であり、労働者の雇用を保障する制度ではないことになります。しかしながら、一般的に期間の定めのない労働契約であっても合理的な理由がなければ解雇することができないという法規範が存在しているならば、これは定年年齢までは雇用の継続を保障するという機能をも有することになります。ところが、解雇権濫用法理は戦後1950年代に下級審で発達し、1970年代になって最高裁が認めたものです。それ以前にも定年制は存在していましたが、それはどういう性格だったのでしょうか。

 日本型雇用システムの原型が大企業セクターに成立するのは第1次世界大戦後の不況期でした。この時期に子飼いの本工について概ね55歳の定年制が普及していきます。しかし当時は雇用保障という意味合いはほとんどありませんでした。現に昭和ゼロ年代は、不況の中で全産業にわたって多数の解雇が行われ、激しい労使紛争が頻発した時代です。定年退職までたどり着く労働者はまだほとんどいませんでした。

 日本の企業に定年制が広がったのは終戦後です。これは、全国で解雇をめぐる争議が頻発している時期において、過剰人員を整理解雇という形をとらないで退職させることができるという意味を持ったからです。日経連は後に『定年制度の研究』において「定年制度制定の必要性は戦後益々強まってきた。それは戦時生産遂行のために極度に膨れあがった過剰雇用の問題を急速に解決する必要に迫られたからである。しかも戦後の労基法その他の労働立法や労働運動によって過剰人員の整理は益々困難の度を加えてきたことも定年制度の設定を促進した」と述べています。

 一方、定年制の導入は雇用保障という意味で労働側の要求事項でもありました。1946年4月、日清紡績美合工場では「定年制確立」を要求し、これを受けて男子55歳、女子50歳の定年制を導入しています。ここでは定年制の導入は、定年到達までは解雇させないという意味合いを持っていたのです。多くの企業で1940年代後半期に定年制が導入されています。人員整理のさなかで、使用者にとっての雇用終了機能と、労働者にとっての雇用保障機能とを、同床異夢的に組み合わせた制度としての戦後定年制がここに生み出されたということができるでしょう。1950年代前半に裁判例として解雇を制約する法理が形成されたことも、定年制の雇用保障機能を高めることになりました。

 1954年の厚生年金保険法改正により男子の支給開始年齢は3年ごとに1歳ずつ引き上げられて、最終的には1974年に60歳に到達することになりました。実際に支給開始年齢が引き上げられていくようになってから、労働組合による定年延長要求が現れてきます。例えばナショナルセンターでは総評、同盟いずれも1967年の運動方針で60歳定年を目標に掲げています。

 政府の法政策が本格的に動き出すのは1970年代になってからで、1973年の第2次雇用対策基本計画において「計画期間中に60歳を目標に定年を延長する」ことが打ち出され、同年の改正雇用対策法により、国が定年の引上げを促進するという宣言的規定が設けられました。これに併せて、定年を引き上げた中小企業に定年延長奨励金が支給されることとなり、以後十年あまり、定年延長は予算措置を伴う行政指導ベースで進められていくことになります。1970年代は、民間大企業を中心に55歳定年制から60歳定年制に移行していった時期です。55歳定年は1968年には63%でしたが1980年には40%に減り、逆に60歳以上定年はこの間22%から40%に増えて、ほぼ交差するところまできました。特に1980年前後に大手鉄鋼業や銀行などが60歳定年の実施を決めています。

 定年延長の立法化問題が政治課題となったのは1979年、野党の社会党及び公明党から60歳未満の定年を禁止する法案が提出され、労働大臣から雇用審議会に諮問する旨表明されたことによります。「昭和60年に60歳定年」というスローガンの下審議が繰り返され、1985年にようやく労使の合意が得られ、これに基づき1986年に成立したのが高齢者雇用安定法です。これにより「事業主は、定年を定める場合には、60歳を下回らないように努める」こととされ、これを実効あらしめるための行政措置規定として、定年引上げの要請、定年引上げ計画の作成命令、その適正実施勧告、さらには従わない場合の公表の規定が盛り込まれました。その後、60歳以上定年企業は上昇の一途をたどり、1993年には80%に達しています。こういった状況もあり、1994年改正により60歳未満定年が禁止され(施行は1998年)、1970年代初頭の問題提起以来、20年あまりの紆余曲折の末、ようやく法的義務化という形で最終決着に至りました。

 さて、その後の年金改正により支給開始年齢は60歳から65歳に引き上げられていきますが、今度は雇用政策の主たる方向は定年の引上げではなく、継続雇用という形を取っていきます。その理由や問題点は次回に取り上げることとしますが、ここでは一点だけやや細かい法律論を展開しておきます。とりわけ2012年改正により原則として例外なく希望者全員の65歳までの継続雇用が義務づけられたことを前提に、改めて冒頭の定年制の定義をじっくりと読み直してください。希望者全員を65歳まで継続雇用しなければならないということは、定年と称している60歳はいかなる意味でもそこで労働契約が終了する年齢ではあり得ないということです。もちろん人事労務管理の実務からいえば、賃金制度や退職金の扱いなど大きな違いがあるわけですが、法的にいえば、定年到達前の段階で賃金を大幅に引き下げたり、退職金を精算してしまうこともありえます。いわゆる選択定年制における早期退職年齢が法的に定年(強制退職年齢)でないのと同様に、希望者全員が65歳まで継続雇用される制度における60歳は法理論的には定年ではないはずです。2004年改正では労使協定による選別を認めていたので強制退職年齢という性格も残っていましたが、今やそれもありません。

 やや皮肉な言い方になりますが、法的には65歳定年の義務化であるものを65歳継続雇用の義務化と呼ぶことによって、60歳時点での賃金や退職金その他人事労務管理上の扱いを変えることを公認していると言えましょうか。

まさに「60歳時点での賃金や退職金その他人事労務管理上の扱いを変えることを公認」するために、強制退職年齢という本来の意味からは60歳定年とはいかなる意味でももはや呼び得ないものをあえて「定年は60歳だよ、そのあと65歳までは継続雇用だよ」ということにしていたのに、そしてご丁寧に高年齢者雇用継続給付によってそれを法制的にも当然の前提としていたのに、労働契約法20条という異次元からの正義でもってそれをあっさりとひっくり返してしまったのですから、今回の判決のインパクトは大きいわけです。

経済のデジタル化と労働組合――インダストリオール欧州の対応@WEB労政時報

本日のWEB労政時報に「経済のデジタル化と労働組合――インダストリオール欧州の対応」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=532

近年、経済のデジタル化が世界中で話題になっています。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)、ロボット化、3Dプリンティング、ビッグデータ、インダストリー4.0、シェアリングエコノミー、クラウドソーシング等々、その雇用労働への影響についてもさまざまな議論が沸騰していますが、現在までのところ、日本の労働組合サイドからまとまったかたちでの政策論議は打ち出されてきていないようです。

 これに対し、ヨーロッパでは欧州労連の研究機関である欧州労研(ETUI)が今年に入ってから、『Digitalisation of the economy and its impact on labourmarkets』『Work in the digital economy: sorting the old from the new』という2冊の報告書を相次いで刊行し、真剣に取り組む姿勢を示しています。また、産別レベルでも、インダストリオール欧州が昨年末までに、①『Digitalising manufacturing whilst ensuring equality, participation and cooperation -A Discussion Paper by industriAll European Trade Union』という政策ブリーフと、②『Digitalisation for equality, participation and cooperation in industry -More and better industrial jobs in the digital age』というポジションペーパー(公式見解)を発表し、労働組合としての対応方針を打ち出そうとしています。 ・・・・・

と、このあとインダストリオール欧州の文書の中身を紹介しています。今後注目すべき分野であることは間違いありません。

岸健二編『業界と職種がわかる本 ’18年版』

8784_1463357717岸健二編『業界と職種がわかる本 ’18年版』 (成美堂出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.seibidoshuppan.co.jp/product/9784415222370/

これから就職活動をする学生のために、業界や職種を11業界・8職種にまとめ、業界の現状、仕事内容などを紹介。就職活動の流れや最新採用動向も掲載。就職活動の基本である業界職種研究の入門書として最適な一冊。
自分に合った業界・職種を見つけ就職活動に臨む準備ができる。

ということで、就活用のガイドブックですが、業界研究に「業界を理解しよう」と並んで「各業界の働く環境を知っておこう」がちゃんと入っていたり、業界研究と並んで職種研究があったりと、結構本格派の本になっています。

◇ 将来を見据えた企業選びのために
 ◇ 最新動向を1ページでおさらい 就職活動ポイントチェック
 ◇ 本書の構成と使い方

【第1章】 業界研究

 1 業界を理解しよう
 2 各業界の働く環境を知っておこう
 3 各業界の仕事を理解しよう

【第2章】 職種研究

 1 企業のしくみを知っておこう
 2 職種への理解を深めよう
 3 企業が求める人物像とは?

【第3章】 就職活動シミュレーション

 1 就職活動の流れを知っておこう
 2 準備なくして勝機なし
 3 いざ、企業にアプローチ
 4 山あれば谷ありの就職戦線
 5 先輩たちの就職活動日記
 6 スケジュールチェックシート

【第4章】 最新採用動向

 1 学生確保の競争が激化
 2 活動期間見直しは続く

【インタビュー】 先輩に聞いた就職活動の極意

♦ 「内定」を得た先に ― 将来を見すえたキャリアデザインをしよう

2016年5月15日 (日)

第3回派遣・請負問題勉強会も「企業経営における労使関係を考える」

NPO法人人材派遣・請負会社のためのサポートセンターが開催する「派遣・請負問題勉強会」、来る6月1日の第3回目も「企業経営における労使関係を考える」がテーマです。

http://www.npo-jhk-support119.org/page2.html

今年の「派遣・請負問題勉強会」では、昨年9月に派遣労働者の保護を前面に立てた派遣法の抜本改正を受け、人材サービス企業とそこで雇用され働く派遣労働者との「労使関係」に焦点をあて、毎回3名の講師によるセミナー形式で、4月から10月にかけ開催します。

その第3回目を、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎主席統括研究員並びに法政大学大学院の藤村博之教授と、長年労働組合の組織化に携わってこられた元ゼンセン同盟組織局長で、現在、連合のアドバイザーをされている二宮誠様の3名の方々を講師とし、6月1日に開催致します。人材サービス企業は自ら雇用した労働者にどう向き合っていくべきか共に考える機会にしていければと思います。 是非ご参加ください。

Hamaguci

1. 導入プレゼンテーション「企業経営にとっての労働組合」労働政策研究・研修機構主席統括研究員 濱口桂一郎様

Fuzimura_s 2. 講演1「企業の競争力と労働組合」  法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授 藤村博之様 

Ninomiya_s 3. 講演2「労働組合の組織化と労使関係」  連合 中央アドバイザー (元ゼンセン同盟(現UAゼンセン)組織局長) 二宮誠様

というわけで、メイン講演は藤村さんと二宮さんであり、わたくしは前座でイントロ的なことを喋ります。

二宮さんについては、本ブログで何回も取り上げてきていますので、いかに過去のエントリを紹介しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-e847.html (『二宮誠オーラルヒストリー』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/h-7bb6.html (組と組合はどう違う?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-5f85.html (誰か『組合オルグ一代』を映画かドラマにしませんか?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-71e8.html (二宮誠『労働組合のレシピ』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-2b3a.html (『二宮誠オーラル・ヒストリー第二巻』)

山野晴雄さんの小林節氏評

最近マスコミを騒がせている元憲法学者の小林節氏の政治行動やその政治的意見については、本ブログで何かを論じようと言うつもりはありません。

ただ、職業教育・キャリア教育の関係で本ブログとも若干の関わりのある山野晴雄さんが、ご自身の体験を元に御自分のブログ「三鷹の一日」に書かれていることについては、氏の人格を評価する上で重要な情報であるように感じられましたので、紹介だけしておきます。

http://yamatea.at.webry.info/201605/article_8.html

山野さんはかつて桜華女学院で教えておられたそうですが、そこにワタミの郁文館高校から校長として乗り込んできたのが小林節氏だったそうです。氏がどういうことをしたと山野さんが書かれているかは上記リンク先を参照のこと。パワハラなどで多くのベテラン教員や若手教員が辞めていったと書かれています。その真偽について私がとやかく言う立場にはありませんが、こういう時期に、こういうエントリを書かずにはおれない気持ちを抱かせるような方であったのだな、ということはよく伝わってきます。まさに「国民怒りの声」でしょう。

なお、山野さんの拙著書評として、日本キャリアデザイン学会のメールマガジンに掲載されたこれがあります。

http://yamatea.at.webry.info/201312/article_5.html (『若者と労働-「入社」の仕組みから解きほぐす-』を読む)

2016年5月13日 (金)

定年後再雇用の賃金差別は違法!?

これは結構インパクトのある判決でしょう。

http://www.asahi.com/articles/ASJ5F4V1RJ5FUTIL02V.html(同じ業務で定年後再雇用、賃金差別は違法 東京地裁判決)

横浜市の運送会社に勤めるトラック運転手の男性3人が、定年後に再雇用された後、業務内容が全く同じなのに賃金が下がったのは「正社員と非正社員の不合理な差別を禁じた労働契約法に違反する」として、定年前の賃金規定を適用するよう求めた訴訟の判決が13日、東京地裁であった。佐々木宗啓裁判長は、再雇用後の賃金規定は同法に違反すると認めたうえ、元の賃金規定を適用するよう会社に命じる運転手側勝訴の判決を言い渡した。

トラックの運転手、ということで、ニヤクコーポレーションと似ていますが、こちらは定年後再雇用のケース。再雇用されたら賃金が下がるのはあまりにも常識化されていて、それゆえに未だに高年齢者雇用継続給付というのがあるわけですが、その常識に疑問を突きつけるような判決と言えましょう。

判決は「定年前と同じ業務をさせながら賃金水準を下げることで、定年後再雇用を賃金コスト圧縮の手段とすることは正当とは言えない」と述べた。弁護団によると、定年後に再雇用された人の賃金格差をめぐり、同法違反を認めた判決は極めて異例という。

ニヤク事件もそうでしたが、トラックの運転手ということで定年後も仕事の中身が全く同じであるというのは日本の企業としてはむしろ特殊事情という面はありますが、それにしても、「定年後再雇用を賃金コスト圧縮の手段とすることは正当とは言えない」というのはインパクトのある判示です。

実は一昨日、東大公共政策大学院の授業で高齢者雇用を取り上げ、年齢に基づく人事管理を基軸とする日本の企業に年齢差別禁止なんてことが一体どこまで可能なのか、という問題をめぐって受講生の皆さんと結構議論になりましたが、まさにそれを論ずるのに適切な事件と言えましょう。

ただ、いつもいいますが、新聞報道で判決をあれこれ論じるのは危ないので、あとは判例雑誌に載ってからということにしましょう。

『経営法曹研究会報』84号

経営法曹会議より『経営法曹研究会報』84号をお送りいただきました。今回のテーマは「ICT(情報通信技術)の発展に伴う労務管理上の留意点」で、

1.テレワーク(在宅勤務)の労務管理上の法的留意点

2.テレワーク(モバイルワーク)の労務管理上の法的留意点

3.ICT利用における職務専念義務違反への対応

4.ICT利用における情報管理と情報漏洩への対応

という4つに分けて議論がされています。

三柴丈典さんの研究報告書

近畿大学の三柴丈典さんより『リスクアセスメントを核とした諸外国の労働安全衛生制度の背景・特徴・効果とわが国への適応可能性に関する調査研究』と題する膨大な報告書(400ページを超える)をお送りいただきました。ご存じの通り、三柴さんは日本における労働安全衛生法学の第一人者で、これまで産業精神保健法制に関わる膨大な報告書を続々と出してこられましたが、今回は労働安全衛生システム自体の再構築を考えているようです。

パラパラとみて興味深かったのは、「現行安衛法制度の利点と課題に関するインタビュー調査の結果」という部分で、元労働基準監督官数人の方が自らの経験に基づいて率直な意見を語られています。

2016年5月12日 (木)

時間外にEメールされない権利

_89641461_woman_cut BBCニュースから、フランスの労働法案の中のある条項が紹介されています。

例によって、イギリス人がフランスの労働法の動きを語る時特有のちょいと皮肉な感じをかもしつつも、かなり正面から取り上げています。なんといってもこの問題、急速に「いつでもどこでも」化しつつある現代社会にとって共通の問題だからでしょう。

http://www.bbc.com/news/magazine-36249647 (The plan to ban work emails out of hours)

Should governments step in to regulate work emails and so rescue harassed staff from the perils of digital burnout? The answer in France appears to be "Yes". President Francois Hollande's Socialist Party is about to vote through a measure that will give employees for the first time a "right to disconnect".

政府は仕事のEメールを規制して職員が燃え尽きる危険から救い出すべきだろうか。フランスの答えは「イエス」のようだ。おランド大統領の社会党政権は初めて職員に「接続されない権利」を与える措置を採択しようとしている。

Companies of more than 50 people will be obliged to draw up a charter of good conduct, setting out the hours - normally in the evening and at the weekend - when staff are not supposed to send or answer emails.

従業員50人以上の企業は、職員がEメールを送ったり返事をしたりすることが想定されない時間、主として夕方や週末を規定する行為規範を設けるよう義務づけられる。

・・・・・

"Employees physically leave the office, but they do not leave their work. They remain attached by a kind of electronic leash - like a dog. The texts, the messages, the emails - they colonise the life of the individual to the point where he or she eventually breaks down."

「従業員は物理的には事務所を離れるが、仕事からは離れない。彼らはまるで犬のように、電子的首輪でつながれている。テキスト、メッセージ、Eメール、これらは人々が倒れるまで彼らの生活を植民地化するのだ。」

The measure is part of a labour law - named after Labour Minister Maryam El Khomri - many of whose other provisions have sparked weeks of protests in France. The "disconnection" clause is about the only part on which there is consensus.

この措置は労働法の一部で、その他の規定の多くはフランスで数週間にわたって抗議運動を引き起こしている。この「接続解除」条項は合意が得られた唯一の条項だ。

・・・・・

"You're at home but you're not at home, and that poses a real threat to relationships," she says.

「あなたは自宅にいるけれども自宅にいないのだ。」

・・・・

いや結構現代人の姿を言い当てていますね。

もっとも日本の場合、そもそも物理的にすら会社につながれていて自宅に帰れない人も結構いますけど、しかしそれをインターバル規制とかで何とか解決しても、現代デジタル社会では、自宅にいても山のような仕事がやってこれてしまうのもまた現実。

それにしてもこの問題を「接続されない権利」というコンセプトで語ってしまうところがやはりフランスなのだな、と。

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会答申素案

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会の答申素案が文部科学省のホームページにアップされています。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo13/gijiroku/1370697.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo13/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2016/05/10/1370697_01_1.pdf

これは結構長々しいので、「新たな高等教育機関の制度と教育活動の特徴」というこれがわかりやすいです。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo13/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2016/05/10/1370697_02_1.pdf

いろいろと書いてありますが、突き詰めると、

◎ 分野の特性に応じ、卒業単位のおおむね3~4割程度以上は、実習等(又は
演習及び実習等)の科目を修得。
◎ 分野の特性に応じ、適切な指導体制が確保された企業内実習等を、2年間で
300時間以上、4年間で600時間以上履修。

というデュアルシステム的な設計を義務づけている点が、これまでの(実際には限りなく就職のための教育機関のくせに表向きはアカデミックな顔をして見せていたもろもろの大学と違う)この教育機関の特徴と言うことでしょう。

そこから、

- 必要専任教員数のおおむね4割以上は、実務家教員とする。
- さらに、専任実務家教員については、その必要数の半数以上は、
研究能力を併せ有する実務家教員とする

という特徴も出てくるということになるわけです。

2016年5月11日 (水)

『日本労働法学会誌』127号

Isbn9784589037787 学会員なので『日本労働法学会誌』127号が届きました。昨年10月に東北大学で開かれた第130回大会の報告とシンポジウムの記録が載っています。

http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03778-7

《130回大会》報告:水島郁子/木下潮音/成田史子/徳住堅治/戸谷義治/池田悠

《回顧と展望》相澤美智子/古賀修平

《荒木誠之先生追悼》菊池高志 ほか収録

わたしは、徳住さんの報告に対し、感想めいた質問をしています。97ページです。

今月末には同志社大学でまた大会があります。

http://www.rougaku.jp/contents-taikai/131taikai.html

先日、社会学部に出講しにいったばかりですが、また同志社にお邪魔します。

受付開始 8:15~

個別報告 9:00~11:10

第一会場

テーマ:「有期労働契約の濫用規制に関する一考察」

報告者:岡村優希(同志社大学大学院)

司会:土田道夫(同志社大学)

テーマ:「経済統合下での労働抵触法の意義と課題」

報告者:山本志郎(流通経済大学)

司会:毛塚勝利(法政大学)

第二会場

テーマ:「日韓の集団的変更法理における合意原則と合理的変更法理」

報告者:朴孝淑(東京大学)

司会:荒木尚志(東京大学)

テーマ:「中国労働法の賃金決定関係法における政府の関与に関する法的考察」

報告者:森下之博(内閣府)

司会:島田陽一(早稲田大学)

特別講演 11:15~12:00

テーマ:「労働法における学説の役割」

報告者:西谷敏

昼食・休憩 12:00~12:50

総会 12:50~13:30

ミニ・シンポジウム 13:40~17:30

第一会場「労働者派遣法の新展開―比較法的視点からの検討―」

司会:盛誠吾(一橋大学)

報告者:高橋賢司(立正大学)

大山盛義(山梨大学)

本久洋一(國學院大学)

第二会場「労働契約法20条の法理論的検討」(仮題)

司会:中窪裕也(一橋大学)

報告者:緒方桂子(広島大学)

阿部未央(山形大学)

水町勇一郎(東京大学)

森ます美 (昭和女子大学)

第三会場「労働関係におけるハラスメント法理の展望」(仮題)

司会:島田陽一(早稲田大学)

報告者:内藤忍(労働政策研究・研修機構)

滝原啓允(中央大学)

柏﨑洋美(京都学園大学)

海老原嗣生『即効マネジメント─部下をコントロールする黄金原則 』

27788428_1海老原嗣生さんより新著『即効マネジメント─部下をコントロールする黄金原則』(ちくま新書)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480068927/

自分の直観と経験だけで人を動かすのには限界がある。マネジメントの基礎理論を学べば、誰でもいい上司になれる。人事のプロが教える、やる気を持続させるコツ。

海老原さんと言えば雇用のカリスマですが、もう一つの顔が本書のようなマネジメント系の解説者。昨年お送りいただいた『マネジメントの基礎理論』(プレジデント社)の系列の本です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-f86f.html(海老原嗣生『マネジメントの基礎理論』)

同書と同様、私は今まであんまり触れてこなかった領域なのですが、すらすらと読めるそのわかりやすさはやはり海老原流で絶品です。

本書の場合、後ろの方の第5章で「世界でも特殊な日本型のキャリア構造」として、雇用システム論でおなじみの「誰もがエリートを目指せる社会」の特殊性を強調しています。

それにしても、3か月ごとに『HRmics』の特集記事をあれかと思えば今度はこれとせわしなく世界中飛んで調べて執筆しながら、その合間にこういう本もすらすら書けるのですから、やはり海老原さんはただ者ではないのですよ。

ちなみに、あとがきでオマージュを捧げているリクルートの先輩の大沢武志さんについては、やはり荻野進介さんとの共著『名著で読み解く日本人はどのように仕事をしてきたか』(中公新書ラクレ)の第6章に詳しいです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-2ed7.html

2016年5月10日 (火)

サポートセンター勉強会が早速記事に

本日開催されたNPO法人派遣請負サポートセンターの労使関係の勉強会、早速アドバンスニュースに記事がアップされています。

http://www.advance-news.co.jp/news/2016/05/post-1875.html (呉、松井両氏が労使関係、人材育成を語る  サポートセンターの第2回勉強会)

N160510 NPO法人の人材派遣・請負会社のためのサポートセンター(高見修理事長)は10日、東京・市ヶ谷で2016年第2回派遣・請負問題勉強会(アドバンスニュース協賛)を開いた=写真。今年の統一テーマは「改正派遣法施行に伴う新たな課題~労使関係を考える」で、この日は「企業経営からみた労使関係とその実際」。

労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎主席統括研究員が「企業経営にとっての労使関係」について概説した後、同機構の呉学殊主任研究員が「経営資源としての労使関係」、良品計画の松井忠三元会長(現名誉顧問)が「無印良品の人の育て方」と題して講演した。

 濱口氏は、労働基準法などでは「労使対等」が規定されているものの、現実には対等ではなく、労働者側が声を出しにくいのが一般的であり、両者をつなぐ集団としての労働組合の重要性を強調した。

 これを受けて呉氏は、一時は業績不振に陥った資生堂やケンウッドグループの回復事例を挙げ、そこで労組が果たした役割を詳細に解説。大企業に限らず、中小企業でも経営者の姿勢次第では労使コミュニケーションが可能な好事例を紹介して、「良好な労使関係は重要な経営資源になる」と述べた。

 松井氏は、右肩上がりの業績上昇が続いた良品計画が、2000年になって大きくつまづいた経緯を説明し、どのようにして経営改革を果たしたのかを説明。店舗業務マニュアルの「業務基準書」、適材適所の配置を行う「人材委員会」の設置といった施策を講じて、人材育成と社風改革に取り組んだことが奏功したと述べた。

ということですが、この記事、最後に一言注文をつけています。

この日は、企業経営にとって労使の良好な関係が重要なカギになるという点で講演者らの意見は一致したものの、労組加入者は年々減少の一途をたどっており、集団的労使関係の形骸化、稀薄化という深刻な現状が存在している点にはほとんど言及がなく、全体に“消化不良”の印象は免れなかった。

いや、呉さんの話にはその点も触れられていたと思いますが、今日のところはどちらかというと、労使関係、労使コミュニケーションの意味を説くという点に重点が置かれていたと言うことだと思います。

2016年5月 9日 (月)

「企業経営における労使関係を考える」明日です

NPO法人人材派遣・請負会社のためのサポートセンターが開催する「派遣・請負問題勉強会」、今年は4回シリーズで労使関係をとりあげていきますが、明日5月10日の第2回目は「企業経営における労使関係を考える」がテーマです。

http://www.npo-jhk-support119.org/page2.html

今年の「派遣・請負問題勉強会」では、昨年9月に派遣労働者の保護を前面に立てた派遣法の抜本改正を受け、人材サービス企業とそこで雇用され働く派遣労働者との「労使関係」に焦点をあて、毎回3名の講師によるセミナー形式で、4月から10月にかけ開催します。

その第2回目を、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎主席統括研究員並びに呉学殊主任研究員のお2人と、無印良品を展開する㈱良品計画の企業再建を果たした松井忠三元良品計画代表取締役会長の合計3名に方々を講師としてお招きし、5月10日(火)に開催いたします。人材サービス企業は自ら雇用した労働者にどう向き合っていくべきか共に考える機会にしていければと思います。是非ご参加いただきますようご案内申し上げます。

Hamaguci1. 導入プレゼンテーション「企業経営にとっての労使関係」 労働政策研究・研修機構主席統括研究員 濱口桂一郎  

Ou_s2. 講演1「経営資源としての労使関係」  労働政策研究・研修機構主任研究員 呉学殊  

Matui_s3. 講演2「無印良品の人の育て方」  株式会社良品計画元代表取締役会長 松井忠三

というわけで、メイン講演は呉さんと松井さんであり、わたくしは前座でイントロ的なことを喋ります。

なお、第3回目以降の予定は次の通りです。

第3回:6月1日(水):企業経営からみた労働組合とその実際
    ・導入プレゼンテーション「企業経営にとっての労働組合」
 労働政策研究・研修機構主席統括研究員 濱口桂一郎様
    ・講演1.「企業の競争力と労働組合」
 法政大学大学院教授 藤村博之様
    ・講演2.「労働組合の組織化と労使関係」
 連合中央アドバイザー二宮誠様(元ゼンセン同盟組織局長)

第4回:10月17日(月):フォーラム
    ・『非正規労働問題と集団的労使関係の再構築(仮題)』
    ・基調講演
    ・パネルディスカッション

平地一郎さんの拙著書評@『社会主義』5月号

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5社会主義協会の機関誌『社会主義』5月号で、平地一郎さんに拙著『働く女子の運命』を本格的に書評されました。4ページにわたる書評論文です。

http://www.kyokai.gr.jp/

平地一郎さんは佐賀大学経済学部に勤務され、『労働過程の構造分析 鉄鋼業の管理・労働・賃金』(お茶の水書房)を出されている労働研究者です。

平地さんは冒頭、

10年ほど前に出した私の本(『これから10年の賃金闘争-仕事と賃金の関係を探る』労大新書、2007年)と趣旨は重なり、私としては違和感はない。

とまずはいいながら、それに続いて、

惜しむらくは、女性の活躍を阻害する構造の加担者として労働組合やマルクス経済学に対しても本書の批判が向けられ(その多くは的を射ているのだが)、そうした構造を打破する主体への視点に欠けている。

と批判されます。いわば、認識論的には共通するところが大きいが、価値判断のレベルで異なるところが大きいということでしょうか。

以下、平地さんは拙著の内容を詳しく紹介していき、とりわけ「賃金思想の迷走と反省」という項では、マルクス経済学に言及したところについて、こう詳しく吟味しています。

・・・本書の批判の矛先は、マルクス経済学へも向けられている。取り上げられているのは、同一労働力同一賃金という観点から生活給を擁護する宮川實の賃金論である(『資本論研究』青木書店、1949年)。「これは、戦時体制下の皇国勤労観に由来する生活給思想を、剰余価値理論に基づく「労働の再生産費=労働力の価値」に対応した賃金制度として正当化しようとしたもの」と本書は批判している。

本書の宮川實批判は大筋正しい。ただし、宮川實=マルクス経済学ではない。マルクスの賃金論は、個々の労働者の賃金額を論じたものではなく、労働の対価=賃金と見る古典派経済学では、剰余価値の源泉が明らかにならないので、賃金の本質は労働力の価値だと把握する議論である。これによって資本が労働者を搾取する関係が明らかにされた。しかし賃金は労働の対価として映る(現象形態)。本質は労働力の価値だとしても、現象は変わらない。従って、賃金の本質の在り方を、現象形態に押しつけて「同一労働力同一賃金」とする賃金論は誤りなのだ。残念なことに、宮川實の賃金論は現在でも「学習の友」を友とする人々によって読み継がれているようである。

もし、マルクス経済学の中に、本書のような批判を招く要素があれば、それはそれで反省すべきであろう。

正直言って、マルクス経済学内部の争い(社会主義協会と日本共産党?)に割って入る気もありませんし、本質と現象ときれいに分けて議論できるのかな、とかいろいろありますが、「本書の宮川實批判は大筋正しい」ということなので、とりあえずは安心しました。実をいうと、もとの原稿では大澤真理さんの激烈な文章にかなり影響されて、日本のマルクス経済学者だけではなく、マルクス本人に対する批判めいた一節もあったのですが、そもそも私はマルクス自体をちゃんと読んでいるわけでもないし、本筋ではないので削除しました。今のところ、私はマルクス本人をあれこれ論評するだけの見識はないと思っています。

平地さんの書評は近年の様々な動きに移り、最後にこうまとめています。

・・・本書の疑っている労働組合の本気度が試されていると同時に、社会保障と賃金という観点から私たちの賃金論を見直すよい機会でもあろう。

そういう観点から読んでいただけるのもまた嬉しいことです。

2016年5月 7日 (土)

「日本型雇用、賃金システムの本質をつく、名著」@amazonレビュー

131039145988913400963 久しぶりに、amazonレビューで『新しい労働社会』(岩波新書)が取り上げられました。評者は「沙風琴」さんです。

http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4004311942/ref=cm_cr_dp_synop?ie=UTF8&showViewpoints=0&sortBy=recent#R21M9RK9ZNOJK9

年功序列、終身(長期)雇用、企業別組合が、日本型雇用制度の三種の神器といわれていることは、誰でも知っている。

この日本型雇用システムの本質は、職務に基づいて採用し、評価する、職務給制度ではなく、職務遂行能力を資格化した「職能給制度」にあると喝破している。

この本質をベースに、今まで、バラバラに頭に入っていた色々な事象が、根は一つなのだということが理解できる。

取り扱っている社会事象は非常に幅広く、かつ一つ一つの事象についての考察はとても深い。

そういった意味で、レベルとしては啓蒙書の域を凌駕しているが、説明は平易。  名著です。

そしていくつか具体的なテーマを取り上げて解説していただいたあと、

このように、取り扱うテーマは非常に幅広く、かつ掘り下げは非常に深い名著です。

日本型の雇用制度の本質を理解されたいかたに、お勧めの一冊です。 

繰り返し「名著」と評していただきました。ありがとうございます。

『労働法学研究会報』第2620号

2620 『労働法学研究会報』第2620号が届きました。

http://www.roudou-kk.co.jp/rkk/report/4010/

わたくしの「現在の紛争解決の実態」と、水町勇一郎さんの「2016年の労働法制の行方」が収録されています。

■最新労働法解説

現在の紛争解決の実態―個別労働関係紛争の経緯と実際の紛争解決における内容と解決金額等―

労働政策研究・研修機構 統括研究員:濱口桂一郎

1・制度間の利用者の特徴

2・各制度間の解決金額の大きな違いをもたらしている要因は?

3・非解雇型の雇用終了

■最新労働法解説

2016年の労働法制の行方―労働法制の変遷とこれからの労働法制の見通し

東京大学社会科学研究所教授:水町勇一郎

1・インセンティブシステムのメリット

2・同一労働同一賃金推進法について

3・解雇の金銭解決の行方

2016年5月 6日 (金)

同志社大学で「EUの労使関係」

本日、同志社大学社会学部産業関係学科で2コマ3時間でEUの労使関係についてお話をしてきました。

最近は日本の労働法政策のお話しをする機会が多く、EUの話をこれだけ突っ込んでお話ししたのは、一昨年の社会政策学会での報告以来のような気がします。

ゴールデンウィークの合間の日にもかかわらず、結構多くの学生さんたちが出席してくれたのも嬉しかったです。

ちなみに、同学科は、Industrial Relationsを「産業関係」という言葉で学科名にしている、おそらく日本で唯一の学科ではないかと思われます。

それにしても、京都は外国人の観光客が多いですな。

2016年5月 4日 (水)

インターバル規制に助成金

昨日の憲法記念日にこと寄せて、憲法27条2項にはちゃんと「休息」という文字が書かれているということを(何度目かになりますが)綴ったところですが、そしたらその翌日の今朝の日経新聞の1面トップに、でかでかと「退社から翌日出社まで 勤務一定の間隔確保 規則明記で助成金」という記事が載っていました。

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO00374750U6A500C1MM8000/?dg=1

厚生労働省は従業員がオフィスを退社してから翌日に出社するまで一定時間を空ける制度を導入した企業に助成金を出す方針だ。就業規則への明記を条件に、早ければ2017年度から最大100万円を支給する。深夜残業や早朝出勤を減らすことで、長時間労働の解消につなげる。・・・

EUが既に導入していることを述べたあと、

・・・政府が5月にまとめるニッポン一億総活躍プランに、この制度の普及を目指すと盛り込む。厚労省は現段階では義務化を考えてはおらず、助成金で導入を促す。

支給先は中小企業を想定しているが、対象を広げる可能性もある。間隔を何時間空ければ助成金を出すかは今後詰める。

具体的には長時間労働の削減や有給休暇の取得促進に取り組む中小企業を対象とする「職場意識改善助成金」に、勤務間インターバル制度の導入も対象に加える。制度導入に必要な労務管理用のソフトウエアの購入費、生産性を高めるための設備や機器の導入費用などを支援する。

職場意識改善助成金は数十万円から100万円で、これを参考にする。企業側に目標の数値を盛り込んだ計画を提出させたうえで、達成度合いに応じて金額に差をつける予定だ。・・・

厚労省は企業が退社から出社までどれくらい間隔を取っているか実態調査にも乗り出す。現状ではそうした統計がないためだ。・・・

さらに、本ブログでも何回か取り上げてきたKDDIをはじめとする導入企業が紹介されています。

政治的な背景や、労使双方の内情などいろいろと論じうることはありますが、それらはともかく、わたしがEU出羽の守としてこれを言い出してからもう10年近く経ち、なんだかんだといいながらここまできたかという思いも禁じ得ません。

雑誌『世界』の2007年3月号に「ホワイトカラーエグゼンプションの虚構と真実」を書いた時、その最終節は「4 EU型の休息期間規制を」でした。

・・・ 「労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者」であっても、健康確保のために、睡眠不足に由来する疲労の蓄積を防止しなければならず、そのために在社時間や拘束時間はきちんと規制されなければならない。この大原則から出発して、どのような制度の在り方が考えられるだろうか。

 実は、日本経団連が2005年6月に発表した「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」では、「労働時間の概念を、賃金計算の基礎となる時間と健康確保のための在社時間や拘束時間とで分けて考えることが、ホワイトカラーに真に適した労働時間制度を構築するための第一歩」と述べ、「労働者の健康確保の面からは、睡眠不足に由来する疲労の蓄積を防止するなどの観点から、在社時間や拘束時間を基準として適切な措置を講ずることとしてもさほど大きな問題はない」と、明確に在社時間・拘束時間規制を提起している。

 私は、在社時間や拘束時間の上限という形よりも、それ以外の時間、すなわち会社に拘束されていない時間--休息期間の下限を定める方がよりその目的にそぐうと考える。上述の2005年労働安全衛生法改正のもとになった検討会の議事録においては、和田攻座長から、6時間以上睡眠をとった場合は、医学的には脳・心臓疾患のリスクはほとんどないが、5時間未満だと脳・心臓疾患の増加が医学的に証明されているという説明がなされている。毎日6時間以上睡眠時間がとれるようにするためには、それに最低限の日常生活に必要不可欠な数時間をプラスした一定時間の休息期間を確保することが最低ラインというべきであろう。

 この点で参考になるのが、EUの労働時間指令である。この指令はEU加盟各国で法律となり、すべての企業と労働者を拘束している。EUでは、労働時間法政策は労働安全衛生法政策の一環として位置づけられており、それゆえに同指令も日、週及び年ごとの休息期間を定めるとともに、深夜業に一定の規制を行っているが、賃金に関しては一切介入していない。つまり時間外手当がいくら払われるべきか、あるいはそもそも払われるべきか否かも含めて、EUはなんら規制をしていないのである。労働者の生命や健康と関わる実体的労働時間は一切規制しないくせに、ゼニカネに関することだけはしっかり規制するアメリカとは実に対照的である。各国レベルで見ても、時間外手当の規制は労働協約でなされているのが普通であり、法律の規定があっても労働協約で異なる扱いをすることができるようになっている。たとえばドイツでも、1994年の新労働時間法までは法律で時間外労働に対する割増賃金の規定があったが、同改正で廃止されている。

 EUの労働時間指令において最も重要な概念は「休息期間」という概念である。そこでは、労働者は24時間ごとに少なくとも継続11時間の休息期間をとる権利を有する。通常は拘束時間の上限は13時間ということになるが、仮に仕事が大変忙しくてある日は夜中の2時まで働いたとすれば、その翌朝は早くても午後1時に出勤ということになる。睡眠時間や心身を休める時間を確保することが重要なのである。

 これはホワイトカラーエグゼンプションの対象となる管理職の手前の人だけの話ではない。これまで労働時間規制が適用除外されてきた管理職も含めて、休息期間を確保することが現在の労働時間法政策の最も重要な課題であるはずである。これに加えて、週休の確保と、一定日数以上の連続休暇の確保、この3つの「休」の確保によって、ホワイトカラーエグゼンプションは正当性のある制度として実施することができるであろう。

131039145988913400963_2 その後、2009年7月に『新しい労働社会』(岩波新書)を出版した時、「第1章 働きすぎの正社員にワークライフバランスを」で取り上げたテーマがまさにこのトピックでした。

まずはEU型の休息期間規制を

 残業代規制だけで労働時間規制の存在しないアメリカと対照的に、EUの労働時間指令は労働者の健康と安全の保護が目的で、物理的労働時間のみを規制して残業代は労使に委ねています。

 そこでは週労働時間の上限は48時間とされています。日本より緩いではないか、と思ったら大間違いです。これは「時間外を含め」た時間の上限なのです。EUの労働時間規制は、それを超えたら残業代がつく基準ではありません(それは労使が決めるべきものです)。それを超えて働かせることが許されない基準なのです。最高1年の変形制が認められていますが、これも日本のように変形制の上限を超えたら残業代がつくだけのものとは違い、上限を超えることを許さないものです。これが、(イギリスを除く)EU諸国の現実の法制です。

 イギリスだけはオプトアウトという個別適用除外制度を導入しています。労働者が認めたら週48時間を超えて働かせてもいいというもので、大きな非難を浴び続けてきました。しかし、実はオプトアウトを適用しても労働時間には物理的上限があります。それは休息期間規制があるからです。

 EU指令は1日につき最低連続11時間の休息期間を求めています。これと1週ごとに最低24時間の絶対休日を合わせると、1週間の労働時間の上限はどんなに頑張っても78時間を超えることはできません。たとえオプトアウトでも上限はあるのです。現在審議中の指令改正案ではこの上限を週60時間にしようとしています。

 現在の日本に「時間外含めて週48時間」という規制を絶対上限として導入しようというのは、いささか夢想的かも知れません。しかし、せめて1日最低連続11時間の休息期間くらいは、最低限の健康確保のために導入を検討してもいいのではないでしょうか。

 上記安全衛生法改正時の検討会では、和田攻座長が、6時間以上睡眠をとった場合は、医学的には脳・心臓疾患のリスクはないが、5時間未満だと脳・心臓疾患の増加が医学的に証明されていると説明しています。毎日6時間以上睡眠がとれるようにするためには、それに最低限の日常生活に必要な数時間をプラスした最低11時間の休息期間を確保することが最低ラインというべきではないでしょうか。

 なお、情報労連に属する9つの労働組合が、2009年春闘で残業終了から翌日の勤務開始までの勤務間インターバル制度の導入を経営側と妥結しました。2社が10時間、7社が8時間と、EU指令よりやや緩やかですが、いのちと健康のための労働時間規制という方向に向けた小さな第一歩として注目すべきでしょう。

それ以来、このテーマで書いたり喋ったりしてきたことは結構な数になりますし、これに取り組む労働組合の数も増えてきました。

現時点でもなおこの制度を導入している企業はごくごく少数に過ぎませんが、今後の労働時間のあり方を考える上で避けて通れないものだという認識がこの10年間かけてじわじわと広がってきたことだけは、本邦でこれを紹介し始めた一人として、確信することができます。

『新しい労働社会』に2回目の書評

131039145988913400963 今まで本ブログで拙著に対するネット上の書評をできるだけ拾って紹介してきました。同じ方が、拙著が出るたびに素晴らしい書評を書いていただいていることにも感謝ですが、既に書評をいただいていた『新しい労働社会』(岩波新書)に、2回目の書評をアップしていただいた方もいます。塩川太嘉朗さんです。

本が出たのは2009年ですが、塩川さんの第1回目の書評は2011年でした。

http://shiokawatakao.blogspot.jp/2011/07/2009.html

それから5年近く経って、再びこの拙著を取り上げていただきました。

http://shiokawatakao.blogspot.jp/2016/05/57122010.html

法律を法律の視点からだけで捉えると無味乾燥なものになってしまう。しかし、現実に起こっている事象と法律との関連が述べられると、そこに切実なストーリーを見出せることがある。本書はまさにそうした書籍であり、労働法が企業やそこで働く人々にとってどのような影響を与えてきたのかに思いを巡らせてくれる。・・・

そして自らの経験を踏まえて、拙著のスタンスをこう評されます。

日本企業における企業と働く個人との関係性をメンバーシップに置いている点が、本書を通底する主張である。日系の企業でキャリアを始め、現在外資系企業に勤めている身として、日系の企業がメンバーシップを雇用の根幹に置いているという点は納得的であり、身をもって理解できる・・・

ちなみに、塩川さんは他にも、『日本の雇用と労働法』『若者と労働』の書評も書いていただいております。

http://shiokawatakao.blogspot.jp/2011/10/2011.html

http://shiokawatakao.blogspot.jp/2014/01/2013_18.html

2016年5月 3日 (火)

憲法記念日に憲法27条2項を考える

8年近く前のエントリのお蔵出しになりますが、やはり憲法記念日に労働問題のブログが語るべきことはこれでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-807a.html (休息時間なくしてワーク・ライフ・バランスなし)

今はもうとっくに廃刊になった雑誌『現代の理論』に載った小林良暢さんの記事を引きつつ、

興味深いのは、休息時間規制は労働基準法にはないけれども、

第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。

と、憲法にははっきりと明示されていることを指摘していることです。

・・・・上の憲法に「休息」時間規制の根拠規定があるというのは、労働省の大先輩に当たる田中清定さんの指摘ですが、その田中さんも同じ『現代の理論』08秋号に「労働契約法から労働関係基本法へ-労使対等の協議システム確立が急務」という文章を寄せています。こちらも意気投合する内容です。

(追記)

参考までに、英文でいうと、

Article 27.

   All people shall have the right and the obligation to work.

   Standards for wages, hours, rest and other working conditions shall be fixed by law.

   Children shall not be exploited.

レスト(休息)であって、ブレイク(休憩)ではありませんね。

まあ、今日憲法を取り上げて口泡飛ばして論じている多くの人々にはほとんど意識されていない小さな条項ですが、こと労働法制を論じるような人であれば、せっかくの憲法記念日には、この条項に思いをはせてみても悪くはないんじゃないでせうか。

2016年5月 2日 (月)

『日本の雇用と労働法』第6刷

1124832011年に刊行した『日本の雇用と労働法』(日経文庫)が第6刷となるそうです。

https://twitter.com/nikkeipub/status/727065164256821248

【増刷のご案内】働く現実と法の関係をトータルに理解する。ロングセラーです!

日経文庫『日本の雇用と労働法』濱口桂一郎 著。6刷。増刷出来日5/16。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/11248/

http://hamachan.on.coocan.jp/nikkeibookreview.html

日本型雇用の特徴や、労働法制とその運用の実態、労使関係や非正規労働者の問題など、人事・労務関連を中心に、働くすべての人が知っておきたい知識を解説。過去の経緯、実態、これからの課題をバランスよく説明。

著者は労働法や、人事労務の世界で、実務家・研究者から高い評価を受ける気鋭の論客です。

もともと法政大学社会学部で非常勤講師として教えることになり、そのためのテキストとして執筆したものですが、労働問題と労働法制の両方を手頃にかつ有機的に組み合わされた形で解説した本として、一般の方にも興味深く読める本になっていると思います。

求人詐欺の雇用システム的要因@『労基旬報』2016年4月25日号

『労基旬報』2016年4月25日号に「求人詐欺の雇用システム的要因」を寄稿しました。今野晴貴さんの本をお送りいただいて感じたことをエッセイにまとめたものです。

 最近「求人詐欺」という言葉が飛び交っています。いくつかの雑誌で取り上げられるだけでなく、去る3月には今野晴貴氏の『求人詐欺』(幻冬舎)が出版され、また今野氏が共同代表を務めるブラック企業対策プロジェクトが2月、若者雇用促進法の公布を受け、「募集段階からの固定残業代の明示」と「職場情報の積極的な公開」に関し、厚生労働省に申入書を、さらに日本経済団体連合会と全国求人情報協会に要望書を提出するなど、社会運動として高まりを見せてきています。
 法律上は職業安定法65条8号により、「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者」には6月以下の懲役、または30万円以下の罰金が科せられることになっています。しかし、同書にあるように、この規定が実際に適用された前例はありませんし、入社後に契約を書き換えてしまう場合にはこの規定は適用されないことから、取締はきわめて困難です。今野氏はそこで、求人票の形式を厳格に規制し、詳細な記載のない求人を認めないようにすべきだと主張します。
 しかしここには単なる法律論では片付かない雇用システム的難問があるのです。それを理解するためには、職業安定法が欧米の労働社会と同様のジョブ型社会を前提に作られているところから始める必要があります。同法は「公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するよう努めなければならない」(第5条の7)と規定しています。そこで前提として想定されているのは、労働市場で一般的に通用する技能資格等で表示される職業能力と、賃金、労働時間その他の労働条件をお互いにシグナルとしながら、労働供給と労働需要を結合させようと市場で行動する人間像です。
 ところが現実の日本社会では「職務の定めのないメンバーシップ型」が典型的な在り方とされ、そこでは「採用」とは、企業の中のある特定のジョブに対してそれにふさわしい労働者を探し出して当てはめることではなく、新規採用から定年退職までの数十年間を同じ会社のメンバーとして過ごす「仲間」を選抜することであり、職業安定法的な意味で「求職者に対して」「その能力に適合する職業を紹介」することは原理的に困難です。つまり、求人票は少なくとも職務内容を細かく記述して求人者と求職者の結合に資するというその本来の意義は失っており、あえて言えば求人企業の名前だけしか意味がない存在になっていたとすらいえます。
 では賃金、労働時間等の労働条件についてはどうでしょうか。こちらはやや複雑ですが、まず労働時間についていえば、男性正社員であれば無制限の時間外労働がデフォルトルールであった日本型雇用システムの下においては、所定労働時間とはどこから時間外手当が付くかという目印にすぎなかったわけで、やはりその本来の意義は失われていたと言うべきでしょう。
 それに対して賃金の方は、少なくとも入社時の賃金に関する限りはきちんと正しい情報を記載するべきものという意識はあったのでしょう。ただ、それでもメンバーシップ設定契約であるという実態から、日本の裁判所はかなり柔軟な対応をしてきています。実際の初任給が求人票と異なっていた八州事件(東京高判昭58.12.19労判421-33)では、「新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数ヶ月も前からいち早く行われ、また例年4月頃には賃金改定が一斉に行われる我が国の労働事情の下では、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえって実情に即しない」として、「契約成立時に賃金を含む労働条件が全て確定していることを要しない」と判示しました。
 このように見てくると、現実の日本の労働社会は、ジョブ型社会を前提とする職業安定法の規定からはるかに離れ、求人票に書かれていることは求人者の名前以外にはあまり意味がないような社会を作り上げてきてしまったことが分かります。そのような社会でなお今問題となっているような「求人詐欺」がそれほど問題にならなかったのは、求人者の側もまさにメンバーシップ感覚に溢れて、新規採用から定年退職までの数十年間を同じ会社のメンバーとして過ごす「仲間」を選抜するつもりで対応していたからでしょう。今野さんのいう「企業に就職さえすれば、後は悪いようにはされないという『信頼』」が根づいていたわけです。
 しかしその信頼を逆手にとって、入ってきた若者を使い捨てにするつもりで悪辣な求人詐欺を繰り返すような企業が登場してくると、今までそれなりにうまくいっていた仕組みが全て逆機能をし始めることになります。今野さんが以前書いた『ブラック企業』も同様ですが、こうした労働問題は、日本型雇用システムの規範がなお濃厚に残っており、多くの人々がなおそれを前提として行動せざるを得ない状況下にありながら、そのような規範意識を持たない企業がしかし表面的には日本型雇用の匂いを漂わせることで、その意識のずれによる利益を独占してしまうという現象なのでしょう。

2016年5月 1日 (日)

神尾真知子さんの拙著推薦

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 日本大学法学部図書館のホームページの「推薦図書紹介」のコーナーに、同学部教授の神尾真知子さんによる推薦の言葉が載っています。

http://www.law.nihon-u.ac.jp/library/recommend/3782/

1986年に均等法が施行されて30年が経過するにもかかわらず,なぜ,日本において,男女間の賃金格差が甚だしく,そして管理職に女性が少ないのか・・・という疑問に,スパッと答えてくれる本である。筆者は,旧労働省出身で,現在労働政策研究・研修機構の主席統括研究員をしているが,「hamachan」ブログ(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/)で,積極的に労働政策に関して社会に発信している。

と、まず、拙ブログの紹介までしていただいております。ありがたいことです。

筆者は,日本型雇用システムが原因であるとする。日本型雇用システムにおいては,労働者の就いている「職務」ではなく,企業が求める様々な仕事を時には無理をしながらこなし数十年にわたって企業に忠誠心を持って働き続けられる「能力」と,どんな遠方への転勤も喜んで受け入れる「態度」が査定され,そのような「能力」や「態度」があって初めて企業社会のメンバーシップが認められ,「年功賃金」や「長期雇用」の適用を受けるのである。本書に引用されている女性のみの結婚退職制の違法性を争った1966年の住友セメント事件判決における使用者側の主張は,現在から見ると滑稽ですらある。

本書を読んで,「働く女子の運命」を,どう切り開いていけばいいのかを考えてみよう。

法学部の先生だけあって、やはり長々と引用した住友セメント事件の会社側主張のディテールを取り上げておられますね。ここは、多くの法学部の授業では結論しか語られないので、あえて当時の企業サイドの「常識」がどういうものであったのかをくっきりと浮かび上がらせるという目的で、わざとあれだけの分量をとって引用したものなので、こうしてリアクションがあると嬉しいです。

なんにせよ、学生の皆さんに「疑問に,スパッと答えてくれる本」と評価して推薦していただいていることは感謝のことばもありません。

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