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2016年5月 9日 (月)

平地一郎さんの拙著書評@『社会主義』5月号

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5社会主義協会の機関誌『社会主義』5月号で、平地一郎さんに拙著『働く女子の運命』を本格的に書評されました。4ページにわたる書評論文です。

http://www.kyokai.gr.jp/

平地一郎さんは佐賀大学経済学部に勤務され、『労働過程の構造分析 鉄鋼業の管理・労働・賃金』(お茶の水書房)を出されている労働研究者です。

平地さんは冒頭、

10年ほど前に出した私の本(『これから10年の賃金闘争-仕事と賃金の関係を探る』労大新書、2007年)と趣旨は重なり、私としては違和感はない。

とまずはいいながら、それに続いて、

惜しむらくは、女性の活躍を阻害する構造の加担者として労働組合やマルクス経済学に対しても本書の批判が向けられ(その多くは的を射ているのだが)、そうした構造を打破する主体への視点に欠けている。

と批判されます。いわば、認識論的には共通するところが大きいが、価値判断のレベルで異なるところが大きいということでしょうか。

以下、平地さんは拙著の内容を詳しく紹介していき、とりわけ「賃金思想の迷走と反省」という項では、マルクス経済学に言及したところについて、こう詳しく吟味しています。

・・・本書の批判の矛先は、マルクス経済学へも向けられている。取り上げられているのは、同一労働力同一賃金という観点から生活給を擁護する宮川實の賃金論である(『資本論研究』青木書店、1949年)。「これは、戦時体制下の皇国勤労観に由来する生活給思想を、剰余価値理論に基づく「労働の再生産費=労働力の価値」に対応した賃金制度として正当化しようとしたもの」と本書は批判している。

本書の宮川實批判は大筋正しい。ただし、宮川實=マルクス経済学ではない。マルクスの賃金論は、個々の労働者の賃金額を論じたものではなく、労働の対価=賃金と見る古典派経済学では、剰余価値の源泉が明らかにならないので、賃金の本質は労働力の価値だと把握する議論である。これによって資本が労働者を搾取する関係が明らかにされた。しかし賃金は労働の対価として映る(現象形態)。本質は労働力の価値だとしても、現象は変わらない。従って、賃金の本質の在り方を、現象形態に押しつけて「同一労働力同一賃金」とする賃金論は誤りなのだ。残念なことに、宮川實の賃金論は現在でも「学習の友」を友とする人々によって読み継がれているようである。

もし、マルクス経済学の中に、本書のような批判を招く要素があれば、それはそれで反省すべきであろう。

正直言って、マルクス経済学内部の争い(社会主義協会と日本共産党?)に割って入る気もありませんし、本質と現象ときれいに分けて議論できるのかな、とかいろいろありますが、「本書の宮川實批判は大筋正しい」ということなので、とりあえずは安心しました。実をいうと、もとの原稿では大澤真理さんの激烈な文章にかなり影響されて、日本のマルクス経済学者だけではなく、マルクス本人に対する批判めいた一節もあったのですが、そもそも私はマルクス自体をちゃんと読んでいるわけでもないし、本筋ではないので削除しました。今のところ、私はマルクス本人をあれこれ論評するだけの見識はないと思っています。

平地さんの書評は近年の様々な動きに移り、最後にこうまとめています。

・・・本書の疑っている労働組合の本気度が試されていると同時に、社会保障と賃金という観点から私たちの賃金論を見直すよい機会でもあろう。

そういう観点から読んでいただけるのもまた嬉しいことです。

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