フォト
2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 神尾真知子さんの拙著推薦 | トップページ | 『日本の雇用と労働法』第6刷 »

2016年5月 2日 (月)

求人詐欺の雇用システム的要因@『労基旬報』2016年4月25日号

『労基旬報』2016年4月25日号に「求人詐欺の雇用システム的要因」を寄稿しました。今野晴貴さんの本をお送りいただいて感じたことをエッセイにまとめたものです。

 最近「求人詐欺」という言葉が飛び交っています。いくつかの雑誌で取り上げられるだけでなく、去る3月には今野晴貴氏の『求人詐欺』(幻冬舎)が出版され、また今野氏が共同代表を務めるブラック企業対策プロジェクトが2月、若者雇用促進法の公布を受け、「募集段階からの固定残業代の明示」と「職場情報の積極的な公開」に関し、厚生労働省に申入書を、さらに日本経済団体連合会と全国求人情報協会に要望書を提出するなど、社会運動として高まりを見せてきています。
 法律上は職業安定法65条8号により、「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者」には6月以下の懲役、または30万円以下の罰金が科せられることになっています。しかし、同書にあるように、この規定が実際に適用された前例はありませんし、入社後に契約を書き換えてしまう場合にはこの規定は適用されないことから、取締はきわめて困難です。今野氏はそこで、求人票の形式を厳格に規制し、詳細な記載のない求人を認めないようにすべきだと主張します。
 しかしここには単なる法律論では片付かない雇用システム的難問があるのです。それを理解するためには、職業安定法が欧米の労働社会と同様のジョブ型社会を前提に作られているところから始める必要があります。同法は「公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するよう努めなければならない」(第5条の7)と規定しています。そこで前提として想定されているのは、労働市場で一般的に通用する技能資格等で表示される職業能力と、賃金、労働時間その他の労働条件をお互いにシグナルとしながら、労働供給と労働需要を結合させようと市場で行動する人間像です。
 ところが現実の日本社会では「職務の定めのないメンバーシップ型」が典型的な在り方とされ、そこでは「採用」とは、企業の中のある特定のジョブに対してそれにふさわしい労働者を探し出して当てはめることではなく、新規採用から定年退職までの数十年間を同じ会社のメンバーとして過ごす「仲間」を選抜することであり、職業安定法的な意味で「求職者に対して」「その能力に適合する職業を紹介」することは原理的に困難です。つまり、求人票は少なくとも職務内容を細かく記述して求人者と求職者の結合に資するというその本来の意義は失っており、あえて言えば求人企業の名前だけしか意味がない存在になっていたとすらいえます。
 では賃金、労働時間等の労働条件についてはどうでしょうか。こちらはやや複雑ですが、まず労働時間についていえば、男性正社員であれば無制限の時間外労働がデフォルトルールであった日本型雇用システムの下においては、所定労働時間とはどこから時間外手当が付くかという目印にすぎなかったわけで、やはりその本来の意義は失われていたと言うべきでしょう。
 それに対して賃金の方は、少なくとも入社時の賃金に関する限りはきちんと正しい情報を記載するべきものという意識はあったのでしょう。ただ、それでもメンバーシップ設定契約であるという実態から、日本の裁判所はかなり柔軟な対応をしてきています。実際の初任給が求人票と異なっていた八州事件(東京高判昭58.12.19労判421-33)では、「新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数ヶ月も前からいち早く行われ、また例年4月頃には賃金改定が一斉に行われる我が国の労働事情の下では、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえって実情に即しない」として、「契約成立時に賃金を含む労働条件が全て確定していることを要しない」と判示しました。
 このように見てくると、現実の日本の労働社会は、ジョブ型社会を前提とする職業安定法の規定からはるかに離れ、求人票に書かれていることは求人者の名前以外にはあまり意味がないような社会を作り上げてきてしまったことが分かります。そのような社会でなお今問題となっているような「求人詐欺」がそれほど問題にならなかったのは、求人者の側もまさにメンバーシップ感覚に溢れて、新規採用から定年退職までの数十年間を同じ会社のメンバーとして過ごす「仲間」を選抜するつもりで対応していたからでしょう。今野さんのいう「企業に就職さえすれば、後は悪いようにはされないという『信頼』」が根づいていたわけです。
 しかしその信頼を逆手にとって、入ってきた若者を使い捨てにするつもりで悪辣な求人詐欺を繰り返すような企業が登場してくると、今までそれなりにうまくいっていた仕組みが全て逆機能をし始めることになります。今野さんが以前書いた『ブラック企業』も同様ですが、こうした労働問題は、日本型雇用システムの規範がなお濃厚に残っており、多くの人々がなおそれを前提として行動せざるを得ない状況下にありながら、そのような規範意識を持たない企業がしかし表面的には日本型雇用の匂いを漂わせることで、その意識のずれによる利益を独占してしまうという現象なのでしょう。

« 神尾真知子さんの拙著推薦 | トップページ | 『日本の雇用と労働法』第6刷 »

コメント

現状はエッセイに記述される様々な各セクターが相互補完的に結果自己実現されたものが、70年代よりの世界経済変化に対応すべくマイナーチェンジしながら漸進的対応でゾンビ企業のごとく生き延びたが、すでにつじつまの合わない現実社会ではさらなる延命を目指し「雇用版レモン市場」となった現象を今野さんは”求人詐欺”と称して責任の重き方を告発されたのでしょうね。情報非対称性がある限り双方に同じく責任ありは酷ですから、そうした意味からも”主権”という言葉は自己の解放とトレードオフな不均衡な自己責任と称される一見公平そうなバイアスを社会に与えてしまいます。誰が何がそれを自覚あるいは無自覚にかかわらずそれも所得を得てパブリシティしてるかを見極めるセンチメンとではなくオピニオンが必要なのでしょうが、関係するギルド組織には今のところ期待はもてそうにもありません。とするとその諸ギルド組織は、これからも疑うことを知らない同質性を保有するアクター生産産業としてこれまたゾンビよろしく生き延びる命題が成立します。ぞっとするのは私だけでしょうかね。

以前にも同様のコメントを別の箇所(「ジョブカード」)に記載しましたが、わが国の雇用慣行の実態を勘案した場合、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への雇用社会の移行は、かなりの強制的な理念&法規範(例「均等賃金法」cf.米国 1964 Equal Pay Act参照)をもって実行していくしかないと考えます。ただし、社会全体の安定性を考慮した場合、やはり学生から社会人への「ソフトランディング」(年間100万人の身分移動)をスムーズに進めるためには、ある程度の期間は「メンバーシップ契約」が維持されるべきだと。一案として、例えば、雇用契約の「最初の10年間」にメンバーシップ契約は限定するなど。あるいは組合員から非組合員になるタイミングでジョブ契約へ移行するなど(メンバーシップ契約は一種の「モラトリアム期間」という位置づけ)。あるいは、一部のエリート向けの特別契約としてのメンバーシップ契約もありかと思います(ファストトラックで柔軟にジョブローテーションさせて経営者人材を早期育成する)。いずれにせよ、わが国の企業組織が抱えるほぼ全ての雇用問題(長時間残業、ダイバーシティ欠如、中高年労働者の働く低意欲、等々)が、戦後生まれたわが国固有の「メンバーシップ契約」に起因することは論を待ちません。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 求人詐欺の雇用システム的要因@『労基旬報』2016年4月25日号:

« 神尾真知子さんの拙著推薦 | トップページ | 『日本の雇用と労働法』第6刷 »