uncorrelatedさんの拙著書評
uncorrelatedさんの「ニュースの社会科学的な裏側」ブログで、拙著『働く女子の運命』を書評していただきました。
http://www.anlyznews.com/2016/03/blog-post_31.html
目を惹く秀逸なタイトルで気になっていた、濱口桂一郎氏の「働く女子の運命」を拝読した。ネット界隈の社会学者などが女性の就業や育児出産などの問題を取り上げる事は多いのだが、歴史的経緯を説明してくれないと言うか考慮していない事が多く、門外漢には彼らの問題意識の妥当性が分からない事が多い。本書は、濱口氏の過去の著作と同様に、戦前からの労働政策をまとめており手軽に経緯を追えると言う意味で、経済学などの抽象化された分野をバックグラウンドに持つ人々には重宝する一冊だと思う。現在の政策的課題も第4章で説明されており、それに対する回答も提案されている。メンバーシップ型とジョブ型の雇用形態の違いで整理されている所は、いつもの通りである。さて、つらつらと感想を書いてみたい。・・・
いやその、「目を惹く秀逸なタイトル」は文春の優秀な女性編集者の産物ですから。
歴史的経緯を丁寧に説明しつつ、現代の政策課題を浮き彫りにするというのが、いままでの本と共通の私のやりかたですので、まさにそのとおりなんですが、
実はこの書評、私がひそかに期待しながら、今まで誰もそこに踏み込んできていただけなかった領域をメイントピックとして取り上げています。それは、統計的差別の話です。
・・・ところで、「とても日本的な統計的差別」(P.169--171)の節に幾つか気になるところがあった。まず、アローとフェルプスは男女の勤続年数の違いを議論していないと言うのは確かではあるが、それは問題なのであろうか。ジョブ遂行能力であろうが、勤続年数の違いであろうが、産休・育休だろうが、企業収益に影響を与える理由が何かあれば、数理的には同様の議論になる。その理由が日本独特のOJTであっても良いはずだ*4。次に、『いうまでもなくこれは社会全体としては非効率な意思決定』と言うところが気になった。統計的差別では少数に不釣合な仕事を割り当ててしまう損失が生じるが、統計的差別無しではもっと多くに不釣合な仕事を割り当ててしまう、もしくは採用候補を全て精査する費用が膨大である状況で使われており、単純な想定では社会全体としては(補償原理的に)改善になる。「非効率な意思決定」としているのは、差別される人々が人的資本の形成を怠ったりする事象などを強調した上での議論では無いであろうか*5。濱口氏が参照している遠藤公嗣氏のエッセイで、なぜ市場の失敗と言えるのかまで説明していなかった為だと思うが*6。
正直言って、労働法と労使関係がメインフィールドの私が、日本の労働経済学者の統計的差別の議論に異議を唱えるというのも結構心臓ではありますが、せっかく「これを読むと、アメリカ由来の理論のはずなのに企業内の長期のOJTとか日本独特の条件が入っているのはおかしいと感じませんか。前章で見たように、小池理論では宇野派マルクス経済学に基づいて、独占資本主義段階の欧米はだんだん日本化してくるという想定なので、矛盾は生じないのでしょうが、そう考えない人々まで矛盾を感じなかったのは不思議です。実は、アメリカで統計的差別理論を作りだしたケネス・アローやエドマンド・フェルプス(いずれもノーベル経済学賞受賞者)のもとの論文を見ても、こんなことは書いてないのです。」とまで書いたのに、あんまり反応がなくて少々残念だったのですが、ようやくアンコレさんが反応してくれました。
それも最後のところで、
・・・こんな事を思いながら拝読したのだが、昔の状況を知る事によって、遅々とした進みでも世相は変わって来ているのを感じる一冊であった。なお、個人的には統計的差別について著名論文の主張を確認したりしたので読むのが大変だったが、普通はさらさらと読める文章だと思う。
とあるように、わざわざこの書評を書くために、アローやフェルプスの昔の論文を確認までしていただいたようで、ほとんど中身を読まずに書評なるものを書き散らすどこかの誰やらさんとは真逆の真摯な姿勢に感銘を受けたところです。
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