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2016年3月

2016年3月31日 (木)

JILPT『職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの実態』

HarrassJILPTの報告書(資料シリーズ)『職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの実態―個別労働紛争解決制度における2011年度あっせん事案を対象に―』がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2015/154.html

昨年6月に刊行されていたのですが、諸般の事情でアップが遅れ、ようやく年度内にアップされました。

担当者は、

内藤 忍 副主任研究員

杉村 めぐる 一橋大学大学院経済学研究科 ジュニアフェロー 労働政策研究・研修機構 元アシスタント・フェロー

長沼 裕介 労働政策研究・研修機構 アシスタント・フェロー 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程

藤井 直子 労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員     早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程

徐 侖希 労働政策研究・研修機構 アシスタント・フェロー 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程

の5名ですが、既に大学に就職した方も多く、この肩書きはちょっと古いです。

タイトルからも分かるように、私たちが以前行った労働局あっせん事案の分析の、いじめ・嫌がらせに特化したバージョンということになりますが、非常に突っ込んだ分析がされており、この問題に関心を持つ方々には必読だと思います。

各都道府県にある労働局の中から、地域的なばらつき、都市部・非都市部のバランス、2011年度に取り扱った「いじめ・嫌がらせ」のあっせん事案数等を考慮して6労働局を選び、個別労働紛争解決制度におけるあっせんを利用したいじめ事案に関する資料(あっせん処理票、あっせん申請書、あっせん記録票、合意文書等の資料から個人や企業を特定できる情報を抹消したもの)の提供を受けた。提供された事案のうち、職場のいじめ・嫌がらせ事案と思われる 284件を分析対象とし、資料中に記載のある情報を数値化し、統計ソフトに入力した。

数値化した情報は、いじめ・嫌がらせの実態に関する情報とあっせん手続きに関する情報に分類される。いじめ・嫌がらせの実態に関する情報内容を列挙すると、申請人(主に労働者)の性別・年齢・雇用形態、行為者の職位、申請人の所属する企業の規模・業種・労働組合の有無、申請人の他の申請内容、いじめの行為類型(大分類・中分類・小分類)、会社等への相談の有無、いじめによる申請人のメンタルヘルスへの影響、申請人のあっせん申請前後の雇用の状況である。

あっせん手続きに関する情報内容は、あっせん申請の端緒、あっせん手続きにかかった日数、あっせん手続きの終了区分、申請人の請求内容(金銭の場合はその金額)、合意内容(金銭合意の場合はその金額)、会社側の行為の認否状況、あっせん手続きにおける代理人・補佐人の状況であった。

分析方法としては、単純集計表とクロス集計表を作成し、数量的把握を行い、また、個別の事案については質的把握も行うべく、事例としての記述も行った。

上記情報のうち、申請人が受けたと主張するいじめ行為(全879件)については、ワーキング・グループが作成した6つの行為類型をベースにしながら、これらに分類できないと思われる行為については新しい分類を作成し、類型化した。また、全879の行為を参考に、この8類型(大分類)以外に、新たに、中分類(20項目)・小分類(66項目)も作成し、全 879件につきそれぞれ類型化した。

この分類が超詳細です。

0154_03

ちなみに、巻末の資料編に収録されている26の事例のタイトルだけここに並べておきます。

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2015/documents/0154.pdf

ひとつひとつ、じわじわくる事案です。

事例概要一覧

事例1 営業成績が悪いことに対し、役員が会議で怒鳴りながら灰皿を投げつけ、他の社員の面前で侮辱等をした事例(正・男)

事例2 職場に座席を用意されず、邪魔者扱いをされ、仕事も与えてもらえずに掃除や草むしりをせざるを得なかった事例(正・男)

事例3 仕事のやり方を教えてもらえない等の嫌がらせ、邪魔者扱い、シフト減らし等のいじめがあった事例(正・女)

事例4 上司から暴言、嫌がらせ、過重な業務の押しつけなどの行為を繰り返され、心身ともに疾患を患い、就労不能の状態となって休職に追い込まれた事例(正・男)

事例5 入社後、営業用にと高額な自社製品の購入強制を受けた上、上司から罵声や暴力、退職勧奨を受けた事例(正・男)

事例6 上司や同僚から日常的に怒鳴られ陰口をたたかれた上、恣意的な仕事の割り振りにより給料が減らされた事例(正・男)

事例7 役員から故意に仕事を邪魔される、無理な作業を指示される、腕をつかまれて怒鳴られる等があった事例(契・男)

事例8 通勤途中での喫煙などの私的行為に対する注意等を社長から受けた事例(正・男)

事例9 高熱による体調不良時に会議出席強要、入院中に関係者への連絡を自らするようにという指示、退職の意思表示後に様々な言葉での嫌がらせを受けた事例(正・女)

事例10 上司からの暴力や罵声による脅しを毎日のように受けた上、顧客をだまして商品を売りつけるよう強要された結果、出社できなくなり退職せざるを得なくなった事例(正・男)

事例11 試用期間中に指導員から、執拗な嫌がらせや立場を利用した脅迫、無理な運転の強要、トイレ休憩の禁止等を受けた事例(正・男)

事例12 業務の一部を委託している会社の社員から、暴言やあらさがし、業務依頼の無視といった嫌がらせを受けた事例(パ・女)

事例13 厳しい営業ノルマを与えられ、達成できなければ異動させるとの脅しや、反省会と称する残業の強制、その他無視や嫌がらせを受けた事例(正・男)

事例14 同僚と先輩から暴言や嫌がらせのような態度を受け、上司からは特定の仕事の指示も連絡事項の伝達もなく、最終的に雇止めされた事例(契・女)

事例15 上司から仕事上の説明が十分になされず、注意事項や対応方法の指示を仰ぐと怒られ、会社方針と異なる対応を指示された事例(パ・女)

事例16 有給休暇取得の禁止、顧客クレームの身代わり、整備不良車両での運転命令、法令等違反行為の業務命令等を受けた事例(正・男)

事例17 派遣先会社の上司による強い口調での叱責や、残業をしなければ終わらない仕事量を就業時間内に終わらせるよう指示を受けていることを、派遣元会社に相談したが対処してもらえず、その後雇止めされた事例(派・女)

事例18 派遣先会社において、約束された昇給がされず、上司から到底無理な業務指示を受け、そのことを抗議したところ、個室で罵倒された末に雇止めされた事例(派・性別不明)

事例19 成果を確認されることなく上司の一方的な判断によって業績評価を下げられ、減給、降格処分を受けた上、残業禁止、過度の叱責、尾行、暴力等を上司や同僚から受けた事例(正・男)

事例20 上司からの体型に関する発言に加え、同僚からの無視や度重なる文句にも上司は対応せず、会社からは一方的に労働時間の短縮を告げられ、上司等に理由を尋ね相談したところ罵倒されるなどして退職させられた事例(契・女)

事例21 名前ではなく「ばばあ」などと呼ばれ、太ももを触るなどの行為を受けた事例(パ・女)

事例22 同僚の前で、異性であれば誰とでもみだらな行為をする人物であるかのように言いふらされ、会社側から適切な対応策も講じられず、その後も無視をされる等のいじめが続いた事例(パ・女)

事例23 職場内で孤立しており、仕事ができないことで有名だとして、辞めるか、異動するかしかない等と上司等から退職を勧奨するような発言を受け、退職に追い込まれた事例(パ・女)

事例24 仕事のミスを上司に報告しなかったことを問題視されたり、異動を契機に仕事をさせてもらえない状況におかれたり、罵声を浴びせられたりしたことで、精神的苦痛を感じ、退職せざるを得なくなった事例(正・女)

事例25 先輩から、大声で怒鳴る、無視する、プライベートに干渉するようなことを言われるなどの行為を受けたり、一貫性のない指示をされ混乱させられるなどして、うつ病となり、職場環境改善等の要望をするが対応されなかった事例(契・女)

事例26 上司から、辞めさせたい等の陰口を言われ、また、同僚に誤って送ったメールを悪質とされ始末書の提出を求められたこと等により退職を余儀なくされた事例(正・女)

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社員全員取締役!?

96f1413b0efd0bd9e57fc7702b6f9487d70弁護士の佐々木亮さんが、

http://bylines.news.yahoo.co.jp/sasakiryo/20160330-00056024/(社員全員を取締役にしたら残業代は払わなくてもよいのか?~「類塾」を営む株式会社類設計室のやり方)

という記事を書かれているのですが、

あまり一般の方には知られていませんが、労働業界周りの人であれば誰でも知っている超有名な「労働判例」という雑誌があります。
労働判例(2016年4月1日・1128号)労働判例(2016年4月1日・1128号)
私も労働事件を扱う弁護士の端くれなので、この雑誌を定期購読しているのですが、最新号におもしろいというか、目を疑うような事件が載っていました。
それは、関西で「類塾」を営んでいる株式会社類設計室が被告となった事件です(類設計室(取締役塾職員・残業代)事件・京都地裁平成27年7月31日判決・労働判例1128号52頁)。
ちなみに労働者の代理人は渡辺輝人弁護士です。

いや、問題は残業代だけじゃないでしょ、というか、残業代だけならば、管理監督者に仕立てておけばいいのですが、社員全員取締役、ということは、社員全員労働者にあらず、ってことで、ということは、そもそも労働者ではないんだから、一切の労働法が適用されないということで、残業代どころか、そもそも賃金を支払う必要すらなく、労働時間も安全衛生も一切規制がなく、被用者保険にも当然入れず、お前はクビだ!と言われても、それは取締役の解任なので解雇ではなく、要するに労働者の権利は一切なくなってしまうということになるわけであって、残業代だけじゃないでしょ。

あんまりものごとを唯残業代主義で語らない方がいい、というか、労働者に認められている権利ってもっともっと広範にわたっているのです。

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『新しい労働社会』第10刷

131039145988913400963 本日、岩波書店より、拙著『新しい労働社会』の第10刷を発行するとの連絡をいただきました。

2009年の7月に刊行してから約7年弱ですが、この間、ずっと心ある人々に読み継がれてきたことを、著者として心より感謝申し上げます。 第1刷から中身はまったく変わっておりません。ひと言も変える必要なく、そのまま現在の状況下でもお読みいただけると思います。

たとえば、現在言われている労働時間規制の議論にしても、非正規の均等待遇の問題しても、この7年前の本で述べたことに付け加えることはほとんどないことを、むしろ、そこで強調したことをさらに繰り返し強調しなければならないことを、喜ぶというよりもむしろ悲しみたい思いもあります。

いや、新書本というのは本来そういうもの、むしろ10年、20年読み継がれるのが当たり前の本のはずですが、昨今そうとばかりも言えないような出たらそれで終わりの名ばかり新書本が溢れていますからね。

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2016年3月30日 (水)

『経済セミナー』4・5月号の鶴・早川対談

07053_2『経済セミナー』と言えば、大学の経済学部や商学部に入った学生の読む雑誌とされていて、4・5月号の特集はまさに「1年生の日本経済入門」なんですが、いやいや、その巻頭対談がなかなか凄いです。

http://www.nippyo.co.jp/magazine/maga_keisemi.html

【対談】鶴光太郎×早川英男「日本経済の中長期的な絵姿を問う」

「なぜ賃金は上がらないのか」という節で、鶴さん、ここまで言ってます。

 賃金が上がってくれないことは政権が一番ピリピリしていることなのです。連合が去年の秋に2%という話をして、これを政権の方は名目成長率3%の目標なのだからそんなのではダメ、労働組合はもっと高めの数字を言ってもらわなければ困るのに、早々と2%という数字を言うのでは、安倍政権はもう労働組合を相手にできないということのようです。

早川 だから、政労使会議もやらないとか言っているでしょう。

 もういいから、賃金の話は企業側とだけ話しますということ。これも天と地が逆さまになるような話で、政府が賃上げをやれと言っているのに、労働側が政府の要求に対応できない。こんなことだったら労働組合は意味がないと言って外されてしまうというようなことが日本で今起きていて、こんなことの起きた国がこれまで世界中であったのかと思うと、少々愕然とするのですけれども。

そのあと、「いまバックラッシュが起きている」、「ジョブ型正社員をデフォルトに」では、むしろ早川さんの方が議論を引っ張っている感じです。

最後の「なぜ経済成長が必要なのか」の中から、ある種のエコロハスな人々が忘れている大事なことを抜き出しておきましょう。

早川 要は経済成長がなぜ必要なのかということだけれど、日本の場合、経済の水準自体はそんなに低いわけではない。だから「ゼロ成長でもいい」といっている人もいるわけだけど、成長が必要な理由は主に財政から来るのです。これだけのスピードで高齢化が進んでいる中で、いわゆる賦課型の社会保障システムを維持していくためには、どうしても経済成長が必要なのです。・・・

なぜか日本では、成長ばっかり言う人に限って、社会保障を敵視したりする傾向があったりするので話が余計ややこしくなったりするわけですが・・・。

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今野晴貴ブラックバイト論@『現代思想』4月号

少し前に、某ブログで「「現代思想」のような雑誌を「総合雑誌」といいます」とあったので、いやいやそれは違うでしょ、といちゃもんをつけたことがありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-c74c.html(総合雑誌?)

私の知る限り、総合雑誌とは『文藝春秋』『中央公論』『世界』『展望』といった政治経済系の評論を中心とする雑誌の謂であって、その亜種がいわゆるオピニオン誌であり、文学評論やら哲学やらのこ難しい屁理屈の一杯詰まった『現代思想』とかのたぐいは、ある時期にはニューアカ雑誌とか呼ばれていましたが、分類すれば『思想』とか『理想』などの哲学雑誌のたぐいであって、少なくとも総合雑誌などとは呼ばれていなかったことだけは間違いないか、と。

いや確かにここ数年、『現代思想』誌が時々教育問題とか労働問題といったトピックを、それもかつてのようなやたら哲学的ジャーゴンの一杯詰まった読んでもよく意味のわからない論文ばかりではなく、まさしく総合雑誌かな?と思われるような視角からの論文が結構載るようになったりしているので、まったく間違いではないと言えるようになってきているのかも知れませんが、少なくとも、バブル期に学生たちが総合雑誌離れした云々の話に持ち出すにはあまりにも不適当ではないか、と。

この後半で言っているように、近年はこの『現代思想』という雑誌、けっこう社会問題を(むかしのようなセカイ系ではなく)まさにシャカイ系の問題意識で持って取り上げるようになってきています。

97847917132022月号が「老後崩壊」だったかと思えば、4月号が「教育クライシス」で、対談が内田良さんと大内裕和さんで、今野晴貴さんや笹山尚人さんも登場するという具合で、まことにソーシャルです。

http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791713202

ここでは、おなじみ今野晴貴さんの「ブラックバイト問題を「労働」から読み解く」を紹介しておきます。これは、おそらく来月発行される今野さんの『ブラックバイト』(岩波新書)のエッセンスに当たるところだろうと思います。

いくつかの事例を紹介した後、今野さんはまずブラックバイトを生み出す労働の変化を見た上で、なぜ学生の方がそれを受け入れるのかを論じ、仕事への責任感、「想像の職場共同体」と経営への人格的統合、「人的資本への投資」としてのアルバイト経験を挙げ、それが学生の立場の喪失をもたらしていくと論じていきます。端的に引き締まったいい論文です。

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2016年3月28日 (月)

有田伸『就業機会と報酬格差の社会学』

9784130501873_2東大社研の有田伸さんより大著『就業機会と報酬格差の社会学 非正規雇用・社会階層の日韓比較』(東大出版会)をお送りいただきました。

http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-050187-3.html

日本社会では正規雇用と非正規雇用の間にきわめて大きな格差が存在する.そもそもそれはなぜなのだろうか? また,その解決のためにはいかなる視点が必要なのだろうか? 精緻な実証分析と国際比較を通じ,社会学の視角に基づく新たな説明枠組みを大胆に提示する.

序章で示される問題意識は、格差について社会学では世代間の階層移動機会に、経済学では報酬格差に集中し、そして後者では結果の格差が生じる原因を個人の資質や能力の違いに帰する傾向が極めて強いことを指摘し、この両者の間にこぼれ落ちた「椅子取りゲーム」的視角を、比較社会学的見地から分析していくと示しています。

まさにタイトルにあるように「報酬格差」の問題を既存の経済学のように能力から正当化するような議論ではなく、就業機会と絡ませて論じようというわけです。

序章 日本の格差問題を理解するために,いまいかなる視角が必要か?
1章 ポジションに基づく報酬格差への視座――議論の整理と課題の導出
2章 所得と主観的地位評価の格差――企業規模と雇用形態の影響は本当に大きいのか?
3章 雇用形態・企業規模間の賃金格差――パネルデータの分析を通じて
4章 日本と韓国における「非正規雇用」とは何か?――政府雇用統計における被雇用者の下位分類方式とその変化
5章 正規雇用/非正規雇用の区分と報酬格差――雇用形態の違いはどのような意味で格差の「独立変数」であるのか?
6章 ポジションにもとづく報酬格差の説明枠組み――付与された意味・想定による格差の「正当化」に着目して
終章 日本社会の格差問題の理解と解決に向けて
参考文献/あとがき/索引

本書のうち、私が読みながら「そうだ、そうだ、まさに!」と心の中でつぶやきながらページをめくっていったのは、第6章の「ポジションにもとづく報酬格差の説明枠組み――付与された意味・想定による格差の「正当化」に着目して」です。

日本において、正規/非正規間の報酬格差を正当化するロジックは何だったのか。

まずはわたくしの「メンバーシップ」論や今井順氏の「企業別シチズンシップ」論を引いて、メンバーシップを持つ正社員と持たない非正規という対比を取り出すのですが、ここで有田さんは日韓比較の見地から、韓国では社内請負など他社の労働者との格差は大きいが、直接雇用の労働者を正規と非正規に鋭く区別する度合いは少ないことを指摘し(まさに会社別の格差!)、なぜ日本では(韓国とさえ異なり)似通った職務に就いている同一企業の直接雇用従業員の内部に、あからさまな待遇の格差を伴う従業員の区別を設けるのか?というより細かい問いを提起します。

ここからの有田さんのロジックは目がくらむような技を見せていきます。

まず本音ベースのロジックとして、これは私も近著『働く女子の運命』で引っ張り出した「企業による従業員の生活保障と性別・年齢によるその受給権限の違い」を示します。大沢真理さんが鋭く摘出したロジックですね。

「世帯の稼ぎ主としての役割を持つ者」と「その役割を持たない者」という想定が、生活給規範の下で、両者の報酬格差を正当化している、というわけです。主婦パートも、学生アルバイトも、定年退職後の嘱託も、まさにこのロジックに基づいています。

しかし、それはかつては堂々と語られるロジックだったかも知れないけれど、今日の日本では、報酬格差の正当化はより洗練された・・・より正確に言えば、より洗練されているかのように見える・・・ロジックによるものになっています。

それは大きく二つあり、一つは近年の法政策でも用いられている「それぞれの従業員カテゴリーに期待される義務・責任の違いに基づく補償賃金仮説的な正当化ロジック」です。これは、残業や転勤といった「義務」の違いが、上記生活給的想定による世界の稼ぎ主とそうじゃない者の違いに近いと想定されるのですが、言うまでもなくその間にはずれがあり、それこそ「パートとして働くシングルマザー」は生活給の必要性は高いはずですが、残業や転勤を受け入れるのは難しいわけで、そこが残された課題になるというわけです。

もう一つの正当化のロジックは、これも拙著『働く女子の運命』でかなりねっとりと議論したところですが、「職務遂行能力」の違いって奴です。

しかし、これ、拙著でも論じたように結局どんなにこねくり回してみてもトートロジーにしかなりません。そこのところを、有田さんは「能力の社会的構築論」として論じています。これは社会学では結構昔からある議論のようですが、私はよく知りませんでした。要するに、人々の能力とは、個人の持つ属性と言うよりも、評価者や同僚によって生み出される「社会的構築物」だというわけです。日本型雇用における「職務遂行能力」なるものは、まさにどんぴしゃそれに当たりますね。パート店長の「職務遂行能力」は正社員窓際族の「職務遂行能力」よりも、その職能給の賃金額の差だけ低いわけですね。まさに「社会的構築」です。

こうして、有田さんは、

・・・いずれにしてもこのように、「技能・能力の相違」に基づくロジックと、「責任・義務の相違」に基づくロジックは、互いに補い合いながら、今日の日本における正規雇用と非正規雇用の間の報酬格差を正当化し、その再生産を支える要因として機能しているものといえるだろう。

と述べるのです。

問題意識といい、その際の目配りといい、わたしには大変ぴたっとくる内容でした。

とりわけ、客観的には検証不可能な「職務遂行能力」という操作概念をあたかも実体的なものであるかのようにみなしてそれであれこれを「説明」してこと足れりとしてしまうある種の労働経済学に対する批判的視座は、私としても大変共感できるものでした。

これは是非多くの方々に読んで欲しい本ですね。

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北岡大介『最新 有期・パート雇用をめぐるトラブル対応実務』

2472461001北岡大介さんから『最新 有期・パート雇用をめぐるトラブル対応実務』(日本法令)をお送りいただきました。ありがとうございます。タイトル通り、実務書です。

http://www.horei.co.jp/item/cgi-bin/itemDetail.cgi?itemcd=2472461

近年の労働契約法、パート労働法、派遣労働法の改正、また、平成274月の有期特別措置法の施行により、有期雇用労働者・パートタイマーをめぐる法体制は大きく変わっている

本書は、これらの法改正に基づく実務対応、また、マイナンバー制度、社会保険の適用拡大、育児休業、マタハラ、パワハラといった労務トラブルへの対応や今後の法改正の動向をQ&Aで解説してた実務家必読の1冊

第2章の均衡処遇規定に伴うトラブル対応では、こういう設例が出されています。

・・・先日、パート社員のうち何名かが地域労組に加入し、当該労組から団体交渉を受けました。その席で、労働組合側からは、パート社員の労働条件が正社員と比べ著しく低く、「同一価値労働同一賃金原則」に反するので是正するよう主張され、回答を求められています。

確かに当社ではパート社員と正社員との間の賃金を時給換算すると1.5倍から2倍以上の開きがありますが、一方でパート社員と正社員の職務、責任、さらには配転・職務変更の範囲なども大きく異なります。このような場合でも組合側の主張が認められることがあるのでしょうか。

真面目に答えようとすると大変な問いではありますが、本書は実務書ですから、これまでの裁判例、立法の動向、学説(菅野著)等々を引いて、現時点での答えを述べています。

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2016年3月27日 (日)

リフォーム

669_04 『日本労働研究雑誌』4月号は「労働研究のターニング・ポイントとなった本・論文」が特集で、

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/index.html

その中で注目は、ゴードンの『日本労使関係史』に対する金子良事さんによる二度目の書評です。

ゴードン『日本労使関係史』

金子 良事(法政大学大原社会問題研究所兼任研究員)

0242930

一度目は『大原社会問題研究所雑誌』で、

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/650/650-07.pdf

これに対して私がコメントしたところ、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-c4a4.html (金子良事さんのゴードン『日本労使関係史』書評について)

本書については、本ブログでも何回もしつこいくらいにエントリをあげてきていますので、ここでは金子さんの書評スタンスについて一言だけ。

金子さんが反論され、

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-247.html (メンバーシップ論から企業別組合を説くのには屈せない)

さあさあ御立合い、御用とお急ぎでない方は聞いておいで、見ておいで、濱口金子劇場、始まるよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-657e.html (金子劇場が始まった!)

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-248.html (メンバーシップ論と企業別組合)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b666.html (労使関係の「近代化」の二重性)

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-249.html (問われるべきは企業別組合強化よりも労働戦線統一)

このやりとりの中では、「はっきり言って、メンバーシップの問題で労使関係を切っていく視点は二村、ゴードン、禹に至るまでみんなダメだと私は思っているんです。だから、ほとんど無視した。それだけのことです。」とまで断言されていた金子さんですが、今回の特集は紹介という趣旨から、そこまでの激しい言葉は見られません。

131039145988913400963 その代わり、と言っては何ですが、私の著書を引っ張り出してきて、メンバーシップ論が従来の常識であり、その言葉のもとがゴードンであることに注意喚起しています。

・・・近年、濱口桂一郎が『新しい労働社会』(岩波新書)で従来の労働研究において常識とされてきたことをリフォームして、メンバーシップ型雇用社会という概念を提出した。本書(=ゴードン著)は「メンバーシップ」という概念によって本格的に取り組んだもっとも初期の研究であり、このトピックに関心のある現代の読者は、様々な示唆を受け取ることができるだろう濱口自身もこの議論が。自分の発想の元であることを認めている。・・・・・

いやそれは、労働研究をちょっとでもかじっていれば、メンバーシップ論が「従来の常識」にちょっと変わったカタカナのラベルを貼っただけであり、そのラベルもゴードンさんの本から持ってきたに過ぎないことは、それこそ常識の範囲内のはずなんですが、そういういう常識がかけらもないような人になると、「俺様の発見」(!?)を勝手に使うな、というわけのわからない話に堕してしまうようであります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-5545.html

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2016年3月25日 (金)

今野晴貴『求人詐欺』

5138efwnwbl_sx331_bo1204203200_ 今野晴貴さんから新著『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.gentosha.co.jp/book/b9623.html

日本の求人票は、どれも嘘かもしれない――。最近のPOSSEに寄せられる相談でもっとも際立っている問題、それが「求人詐欺」だ。背景には人手不足がある。いま、団塊の世代がリタイアし、少子化も進み、確実に企業の人手は不足している。そこで「嘘の高待遇」を打ち出して若者を採用し、使い潰して次を狙う、そんな事態が進行しているのだ。 内定後に起こるため、大学の教職員も、就職サイトの担当者も、行政も、まだ把握できていないこの問題。対策を待っていては、自分が潰される! そうなる前に、求人詐欺の実態、見分け方、対処法を伝授する。求人詐欺が横行しやすい業界研究付。人生をムダに遠回りしないための必読書。

目次は次の通りですが、前半はえぐい事例をこれでもかと並べ立て、後半はどう対処すべきかを実践的に論じています。

1 求人詐欺 典型的な6つのケース
2 こんな求人票がアブない
3 求人詐欺の見抜き方
4 求人詐欺の対処法
5 オワハラに負けるな
6 なぜこの業界は、労働者騙しが横行しやすいのか
7 日本の労働市場に求められる新ルール

最後の「日本の労働市場に求められる新ルール」は、ほぼそのまま下で紹介した『POSSE』30号の巻頭に載っています。内容的にも、理論的に踏みいった議論を展開していますので、それに関わって求人詐欺現象の雇用システム論的な議論にも繋がっていきます。

本書では余りそこまで議論が広がっていませんが、求人詐欺という現象は、同じく今野さんが取り上げたブラック企業現象と同じく、やはり日本型雇用システムが維持されながら崩れていくことを利用した現象であるという点に特徴があると思われます。

そもそも、職業安定法などが想定している労働市場というのは、まさにその内容が明確化されたジョブを単位にして求人と求職がマッチするという世界ですが、そのジョブが希薄な日本では、「入社」とは何でもやりますからちゃんと面倒を見てねというメンバーシップ設定契約なのであり、求人票の細かなことをあれやこれやと言いつのること自体が、社会的文法に反する愚かな行動なのですね。

もちろんそれが愚かなのは、そんな細かなことをぐちゃぐちゃ言わなくても、会社側が社員のメンバーシップを尊重し、企業別組合もそれを見張ってくれるという世界であることが前提で、それが崩れてくると、法の本来の精神に立ち返って、求人票に書いてあったことと違うではないかと言いつのる必要が出てくるわけです。

ところが、一方に日本型雇用システムの遺産を悪用して求人詐欺を行う悪徳企業がとりわけ新興サービス産業において続々出てきても、他方ではやはり従来型の日本型雇用をちゃんと維持している会社もあるわけで、そういうところからすると、まさに数年前にブラック企業現象について言われたように、「そんな求人と入ってからの仕事が違うのは当たり前じゃないか、ぐちゃぐちゃ言わずにやってれば良いんだ」という(かつてはそれなりに正しい面もあった)批判を今日の悪質な求人詐欺への抗議にもそのままぶつけてしまうということになるわけです。

いろんな問題の構造は共通しているのですね。

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『POSSE』30号は「下流社会」特集

Hyoshi30 『POSSE』30号をお送りいただきました。特集はは「下流社会の深淵と「政治」/ブラック社労士の蔓延」です。

http://www.npoposse.jp/magazine/no30.html

2015年、「下流老人」が流行語となった。

しかし、「下流化」は高齢者にとどまらず、日本社会全体に及んでいる。

なぜ、ここまで日本社会は崩れてしまったのか。

この状況を打開していくためには何が必要なのか。

本特集では「下流老人」問題を通じて、

日本社会の「下流化」の実態と構造を明らかにしていく。

さらに、「下流老人」の言説としての側面に焦点を当て、

この言説が社会運動においてもつ意義を検証する。

巻頭に今野晴貴さんの「日本の労働市場を攪乱する「求人詐欺」」が載ってますが、これ実は本日同時にお送りいただいた今野さんの『求人詐欺』の最終章なので、そちらで取り上げますね。

第1特集の「下流社会」は、

15分でわかる下流老人 本誌編集部

階層化する日本社会―「下流老人」という言説の戦略的意図 藤田孝典(NPO法人ほっとプラス代表理事)

「下流化」の諸相と社会保障制度のスキマ 後藤道夫(都留文科大学名誉教授)

「一億総貧困化社会」と同一労働同一賃金への道 木下武男(労働社会学者/元昭和女子大学教授)

子どもの貧困を解決しない限り「下流社会」はなくならない 山野良一(名寄市立大学教授)

藤田さんは若者の貧困を取り上げた『貧困世代』を出したばかりですが、ここでは「下流」という表現にリベラルな人から批判がされたことをとっかかりに、そもそも「下流」という表現を嫌がる心性に、日本型雇用を前提として階層から目を背け福祉政治にネガティブな感覚を見いだし、むしろそれを直視させるところから制度保証を求めていくための「言説戦略」として打ち出していることを語っています。

後藤さんのはデータを駆使した論文ですが、ここではその中で、奨学金ローンと過重なアルバイトによる生活破綻と疲弊に対するあるべき姿を論じている部分から、ややもするとある種の人々の議論から抜け落ちがちなところを引用しておきたいと思います。

・・・同時に、学校、職業訓練という領域に即して、どの様な対抗のイメージが必要かということも考える必要があろうと思います。高校への原則全員就学は良いと思いますが、大学も、というのは強い違和感があります。

別に時間と紙幅をとってきちんと議論すべき事ですが、職種別、熟練度別で福祉国家型の労働市場を形成する展望とつなげるかたちで考えるべきだと思っています。ここでは一つだけ、現在の学歴競争や「学校」と「企業内職業訓練」の固定観念を超えるイメージを喚起するために、無償・生活保障付きの「職業訓練型のカレッジ」を、たとえば東京で5000人程度の定員で作るというアイディアはどうだろうか、とだけ発言しておきたいと思います。・・・大学等、専修学校、職業訓練施設の「無償」と生活保障の根拠についても、機会を改めて議論する必要があると思います。・・・

これはとても重要なポイントだと思います。親が日本型雇用の生活給で大学の学費を負担できることを大前提とし、卒業後は日本型雇用のOJTで仕事に必要なことは全部教えてくれることを小前提とし、それゆえに卒業後は役に立たないことを親の潤沢な金を頼りに教えるという時代に確立し膨張したビジネスモデルをそのままにしたまま、その前提が崩れてきたことによる矛盾を何とかしようとしても、「何でそんな卒業したら無駄になることに公金をつぎ込む必要があるんだ」という世間の頑固な声を乗り越えられないでしょう。少なくとも、「無用の用」と嘯いていればどこかから金が振ってくるわけではないのですから。

木下さんは最後の「同一労働同一賃金への道」の節が絶品です。「・・・その時、非正規雇用の待遇改善のために同一労働同一賃金を実現したいとする政治家が現れた。・・・」というセンテンスに続くのはどういう文章でしょうか。

第2特集はブラック社労士。座談会には弁護士の佐々木亮、島崎量両氏とともに、社労士の飯塚盛康氏も出てきます。

あといろいろと面白い記事がありますが、重要だと思ったのは最後に載ってる鈴木由真さんの「ブラックバイト問題とユニオンの発展による労働法教育の新段階」です。ブラック企業を問題としていた頃の労働法教育は、将来就職してからのブラック企業への泣き寝入りしない心構えを教えるものだったのに対して、ブラックバイトが問題化してからは、もっと身近な高校生、大学生が自身当事者である問題を取り上げるようになってきたということです。

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『ビジネス・レーバー・トレンド』2016年4月号は労使関係特集

201604 『ビジネス・レーバー・トレンド』2016年4月号は、「労働組合法、労働委員会制度70年――立法過程と今日的な課題」が特集です。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2016/04/index.html

<巻頭コラム> 集団的労使関係法制の課題 JILPT 主席統括研究員 濱口 桂一郎

労働組合法、2つの立法過程と史料研究 中窪 裕也 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授

証言史料 労働組合法制定当時の思い出

労働委員会制度創設70周年記念講演

労働委員会の安定的運営と活性化について 菅野 和夫 JILPT理事長

平成16年労働組合法改正と労働委員会 山口 浩一郎 上智大学名誉教授

資料 「過半数代表者」選出方法の厳格化・適正化を―連合の従業員代表制をめぐる考え方 調査・解析部

というわけで、わたくしも巻頭コラムでちょびっと顔を出しております。

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大学教育は役立っているか?と思われているか?

Hamanaka経済産業研究所(RIETI)のディスカッションペーパーとして、先日新著を紹介した濱中淳子さんの「「大学教育無効説」をめぐる一考察―事務系総合職採用面接担当者への質問紙調査の分析から」がアップされています。

http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/16j022.pdf

日本の労働市場において、大学教育は役に立たないものとして認識されてきた。「大学で扱っている知」と「仕事で用いる知」の乖離を指摘する声は後を絶たず、大学改革の必要性も繰り返し訴えられている。しかし、この「大学教育無効説」とでも呼べる言説については、その妥当性について疑問を投げかけることもできるはずだ。すなわち、大学教育は実態として役立っているにもかかわらず、役立っていないと語られているにすぎない可能性もある。こうした観点から、本稿は、企業関係者側のまなざしに注目し、とりわけ文系領域の教育をめぐる現時点での評価のありようとその背景について検討を加えた。

事務系総合職採用面接の担当者に実施した質問紙調査のデータを分析した結果、主な知見として次のものが得られた。(1)専門の学習・研究が役立つかについての意見はばらついており、意義を評価している者も少なくないというのが現状である、(2)ただし、学習・研究への評価が低いのは、大企業といった発言力がある組織の関係者に多い、(3)新事業への参加や業績不振などの苦境を経験することは、大学時代の意義を認識することにつながるが、必ずしも学習・研究の評価を大きく高めるものになっているわけではない、(4)面接担当者自身の経験が及ぼす影響も看過できるものではなく、自らが大学時代に意欲的に学習に取り組んでいなければ、学習を役立つものとして認識することは難しくなる。

さらに分析からは、大学時代の学習・研究に意義を見出している場合でも、専門に対する理解不足の問題から、面接場面で学習のことを十分に取り上げられないケースがあることがうかがえ、このように大学教育無効説には企業側の事情も大きく絡んでいることが示唆された。

私の観点からすると、大学教育が役に立っているかいないのかという実体論的な議論よりも、社会がどのように考えているかという問題の方が本質的ではないかと思います。私の言う「教育と労働の密接な無関係」とは、大学の側も会社の側もそのように考えて行動しているという社会システム論的な意味のものなのです。

逆から考えてみましょう。職業レリバンスがあると思われている欧米では、本当に、ほんとのほんとに大学教育あるいはむしろビジネススクールとかグランゼコールの教育内容って、役に立っているんでしょうか。

いやそりゃ、彼らに聞けば役に立っていると答えるに決まってます。だって、社会全体がそういう大前提で動いているんですから。本当は大して役に立っていないのかも知れないけれど、役に立っているということにしておかないと世の中がうまく回らないからみんなそう答えているだけかも知れません。

教育に職業的レリバンスがある社会とは、世の中のみんなが教育には職業的レリバンスがあるに決まっているじゃないか、何を馬鹿なことを言っているんだ、と異口同音に答える社会のことなのかも知れません。

それは要するに、ジョブ型社会たる欧米において、ヒトを様々に格付けする一番いい(文句のつかない)理屈づけが、大学でこれこれをきちんと勉強してきてそのスキルを身に付けているから、というものであるからにすぎないのでしょう。

もう一度日本に戻って、誰も彼もが大学教育なんかとりわけ文科系の教育なんか役に立つわけねえじゃねえか、と異口同音に答えるような社会のことを、職業的レリバンスのない社会というのかも知れません。

会社の側がそう答えるだけじゃなく、大学の文科系教授たちが、役に立つわけねえじゃねえか、馬鹿野郎、無用のようってのを知らねえか、役に立たないんだからさっさと金よこせ、と、うそぶいて不思議がられないような社会のことなのかもしれません。

それは要するに、メンバーシップ型社会たる日本において、大学から会社へのメンバーシップ転換を行うために、「大学で勉強してきたことは全部忘れろ、これから俺たちが一から教えてやるからな」というメッセージをきっちりと突っ込むために、社会全体がそういうことにしておいた方が都合がいいからにすぎないのでしょう。

それはいずれにしても、その教育内容が本当のところどれくらい役立っているかいないかとは、とりあえず別次元のことでしょう。

以前、広田さんの科研で喋ったのが、その辺のことに触れていますので、改めてお蔵出ししておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-73bf.html(広田科研研究会での発言録)

 実は、どういうジョブをどういうスキルを持ってやるかで世の中を成り立たせる社会の在り方と、そういうものなしに特定の組織に入り、その組織の一員であることを前提に働いていく在り方のどちらかが先天的に正しいとか、間違っているという話はないと思います。
 もっと言うと、ある意味ではどちらもフィクションです。しかし、人間は、フィクションがないと生きていけません。膨大な人間が集団を成して生きていくためには、しかも、お互いにテレパシーで心の中がすべてわかる関係でない限りは、一定のよりどころがないと膨大な集団を成して生きることができません。
 そのよりどころとなるものとして何があるかというと、その人間が、こういうジョブについてこういうスキルがあるということを前提に、その人間をこう処遇し、ほったらかしてこういうふうに処遇していくというものをかたち作っていくのは、いわば、お互いに納得し合えるための非常にいいよりどころです。
 もちろん、よりどころであるが故に、現実との間には常にずれが発生します。一番典型的なのは、スキルを公的なクオリフィケーションというかたちで固定化すればするほど、現実にその人が職場で働いて何かができる能力との間には必ずずれが発生します。
 ヨーロッパでいろいろと悩んでいるのは、むしろそれで、そこから見ると、日本のように妙なよりどころはなく、密接につながっている同じ職場の人間たちが、そこで働いている生の人間の働きぶりそのものを多方向から見ます。その中で、おのずから、「この人はこういうことができる」というかたちでやっていくことは、ある意味では実にすばらしい社会です。
 ただし、これも一つの集団組織に属しているというよりどころがあるからできるのであって、それがない人間との間にそれがあるかというと、ありません。いきなり見知らぬ人間がやってきて、「私はできる」と言っても、誰も信用できるはずがありません。それを信用できる人間は、必ず人にだまされて、ひどい目に遭うことは人類の歴史でわかっています。だからこそ、何らかのよりどころをやるしかありません。
 よりどころのやり方として、どちらが先験的に正しいというのは必ずしもないと思います。そして、今までの日本では、一つの組織にメンバーとして所属することにより、お互いにだましだまされることがない安心感のもとで、より公的なクオリフィケーションではない、もっと生の、現実に即したかたちでの人間の能力の把握、それに基づく人間の職ができていた面があります。
 それにしても、大きい組織になると、本当はどこまでがそうなのかというのがあり、議論をしだすと永遠の渦巻きみたいなものになるかもしれません。しかし、逆に言うと、同じ集団に属しているので、ある種のトレンディー的な感覚を共有する者の中でしか通用しない話です。その中に入れなかった人がふらっとやってきて、「俺は、実はこれだけの能力がある」と言ってみたところで、下手に信用したらどんなひどい目に遭うかわからないので、誰も信用できません。
 たぶん、ここ数年来、あるいは十数年来の日本で起こっている現象は、局部的には、公的にジョブとスキルできっちりものごとを作るよりも、より最適な状況を作り得る仕組みがあちこちにできて、それが縮小しながら、なお起きています。
 ですから、中にいる人にとってはいいですが、そこからこぼれ落ちた人にとっては、「自分は、本当は中に入ったらちゃんと見てくれるはずだ。見てくれたら俺がどんなにすばらしい人間かわかるはずだ」と思い、門前で一生懸命「わーわー」わめいていても、誰も認めてくれません。恐らく、それが起こった状況です。

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2016年3月24日 (木)

「職務給と横断賃率」@『労基旬報』2016年3月25日号

『労基旬報』2016年3月25日号に「職務給と横断賃率」を寄稿しました。

 昨年9月、改正労働者派遣法とともに成立した「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」(通称「同一労働同一賃金推進法」)は、その基本理念で「労働者が、その雇用形態にかかわらずその従事する職務に応じた待遇を受けることができるようにすること」を唱っています。また今年に入ってから、1月22日の施政方針演説で安倍総理が「同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります」と述べたのを皮切りに、官邸主導による同一労働同一賃金への政策の動きが目立っています。

 この問題については今までも何回か取り上げてきましたが、主として歴史的経緯に主眼を置き、かつて1950年代から60年代にかけての頃には、経営側と政府が同一労働同一賃金原則に基づく職務給への移行を唱道していたのに対し、労働組合側は極めてリラクタントな姿勢に終始していたと説明してきました。当時労働側の主流であった総評に関する限りはそのことに間違いはないのですが、それだけでは当時のこの問題をめぐる配置状況をやや単純化してしまうことになります。というのは、労働側にも同一労働同一賃金原則を正面から受け止め、日本の属人的な年功賃金制度を西欧型の賃金制度に変えていくことを展望する意見があったからです。

 1960年代末から70年代にかけて経営側が職務給志向を捨て去り、労働に関わる政労使三者がみんな日本型雇用を礼賛するようになってしまった後では、もはや完全に忘れられた歴史ではありますが、半世紀以上後に再び同一労働同一賃金原則が政策のホットトピックになるに至って、その歴史を深い地層の底から掘り返してみることにも、一定の意義があるのではないかと思われます。

 素材として有用なのは、賃金制度改革が熱心に議論されていた1961年に日本労働協会から出版された『労働組合と賃金-その改革の方向』です。ここには、総評調査部の小島健司、全労(後の同盟)書記長の和田春生、新産別調査部長の大谷徹太郎の3氏による基本的考え方の提示と、全造船、電労連、合化労連、全繊同盟、私鉄総連といった各産別の賃金担当者による問題点の提示がされており、現在読み返してみてもきわめて重要な論点が提起されているのです。

 まず総評の小島氏ですが、賃金体系とは資本が労働者を搾取するための手段なのだから、労働組合側が長期的な賃金体系の在り方を提示する必要はなく、大幅賃上げだけを言い続けろという議論を展開しています。これが当時の労働側の主流であったことは間違いありません。しかし、総評傘下の産別も含め他の組織はかなり違う意見を述べています。

 まず全労(=同盟)の和田氏ですが、自ら「年功序列賃金を攻撃して、これを直さなくてはいけない」と言いだした一人だと述べ、そのために有効なのが職務給制度への移行であり、「職務を中心に考えていくという形が、年功序列型の賃金を是正し、同一労働同一賃金へ近づく・・・かなり効果のある方法」だと主張しています。ただし賃金決定機構が企業内に限られている状態では、職務評価が企業別になってしまうという点に懸念も示しています。

 新産別の大谷氏はより理論的で、今こそ賃金制度の近代化のチャンスであると述べ、労使対等の協議交渉によって職務分析、職務評価を行い、それに基づいて職務・職種別賃金を導入すべきだと主張しています。その際、企業別組合にのみ責任を負わせることはできず、全産業別、産業別に一般的な基準が必要になると論じています。欧州型の横断賃率を企業別組合の現実の中でどう実現するかが課題というわけです。

 実は当時、組織としては職務給反対の総評の傘下の労組からも、欧州型横断賃率論を唱える動きがかなりあったのです。たとえば全造船の西方副委員長は、「賃金に取り組む態度としては、同一労働同一賃金を打ち出していかなければならない、これこそ、賃金のあるべき姿である」としつつ、その具体的な姿としては産業別に横断賃金体系を作っていく必要があると述べています。そして、「一人前労働者とその上の中熟練、高度熟練というように三段階に区別し、その中で賃金体系を組み直してい」くことを提起しています。また、合化労連の岡本副委員長も、「年功賃金ではどうにもならなくなった」という認識に立ち、産業別統一闘争の中で同一労働同一賃金を実現していくという方向を主張しています。共通するのは、経営側主導の職務給を企業別に分断されるとして否定し、西欧型横断賃率を対置しようとする姿勢です。もっとも、日経連の議論もまず企業別に職務給化を進め、将来的には業種別全国的に横に揃えていくというものなので、最終的な姿はあまり違わないようにも思えますが、当時はむしろ労働組合の運動論との関係で産業別統一闘争の目標として論じられていたのでしょう。

 一方全労(=同盟)傘下の全繊同盟の井上調査部長は、「現在の属人的な賃金の決め方を廃止していって、同一職種については同一の賃金が支払われるような、いわゆる職種別賃金を確立していく方向が望ましい」と述べつつ、「同一労働同一賃金と、生活を十分に保障する賃金水準の確立が、その前提になければならないから、今の時点ですぐそれができるかどうか」と疑問を呈し、「家族手当のようなものについても、当然国家が社会保障制度の中で措置する」ことを求めています。まさに西欧型福祉国家と一体の仕組みとして提示しているのです。

 この関係で大変興味深いのは、労働研究者の立ち位置と労働組合の組み合わせが、いわゆる左派と右派という軸で見るときれいに逆転していることです。総評主流派は職務給を否定、横断賃率論にも極めて懐疑的で、労働組合は賃金の決め方などという余計なことを考える必要はない、賃金をいかに上げるかだけを考えていればいいんだ、といういささか思考停止的な議論に終始していましたが、その議論と見事に平仄を合わせているのが、賃金の決め方を重要ではないとし、賃金の上がり方に関心を集中すべきだと唱えた小池和男氏の議論です。それに対して、労働界で同一労働同一賃金を首唱していたのは全労(=同盟)などどちらかというと右派に属する組合でしたが、1960年代に労働学界で横断賃率論を積極的に唱えていたのはむしろ左派に属する研究者で、その一人に熊沢誠氏がいます。小池氏と熊沢氏は今日に至るまで労働研究の二大巨峰ですが、その出発点における賃金論のその当時の労働界における配置状況は、いろんな意味で皮肉なものを感じさせます。

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「シルバー人材センターの業務拡大」@『生産性新聞』3月25日号

『生産性新聞』3月25日号に「シルバー人材センターの業務拡大」を寄稿しました。

 今国会に提出された「雇用保険法等改正案」の中に、高齢者雇用安定法の改正としてシルバー人材センターの業務拡大が含まれています。継続雇用制度や年齢差別禁止などのように労使間で利害が対立するホットな話題ではありませんが、労働政策の最周縁に位置するこの政策について簡単にまとめておきましょう。

 もともとこれは労働行政の外部で始まりました。東京都で高齢者の自主的な組織として高齢者事業団運動が始まり、その後全国に波及していったのです。労働省は当初失業対策事業の弊害を憂慮してこれに関与しない方針でしたが、1979年に政策を転換し、1980年度から国の予算措置としてシルバー人材センター事業が開始されました。この中で、東京都高齢者事業団時代からの課題であるシルバー人材センターの法制化が、繰り返し要望され、1986年高齢法の一環として実現します。これによりシルバー人材センターは法律上に「臨時的・短期的な就業機会を確保提供し、無料職業紹介事業を行う」団体として位置づけられましたが、この運動の思想的側面を考えれば、どちらかといえば周辺的な業務によって法律上に位置づけられた感があります。すなわち、自立自助、協働共助というスローガンを掲げ、労働政策と福祉政策を架橋するこの運動を、高年齢者雇用安定法上は高年齢者の労働力需給調整機能の一端を担うものとして位置づけたのです。

 その後2000年改正では、それまでの「臨時的・短期的」な就業に加え、「その他の軽易な業務に係る」就業が業務に含まれました。これは、教室や家庭における教授、家庭生活支援、自動車運転などについて、日数の制限をなくす代わりに就業時間を短くするもので、おおむね週20時間以内とされています。2004年改正では、届出により構成員を対象に登録型労働者派遣事業を行うことができることとなりました。さらに2012年派遣法改正により、届出で有料職業紹介事業を行うことができることとされました。有料職業紹介事業について届出制としている例は他になく、規制の均衡という点でかなり問題を孕んでいます。ちなみに2015年改正労働者派遣法は、特定派遣事業の届出制をなくし、すべて許可制とするものですが、シルバー人材センターは引き続き唯一の届出制派遣事業として残されています。

 今回の改正案は、介護・育児支援など現役世代を支える分野への職域拡大を目指し、そのため一定の手続の下で「軽易」要件を外して職業紹介事業及び労働者派遣事業に限って週40時間まで就業可能としようとするものです。既に昨年の改正国家戦略特区法により特区内では可能とされており、その一般化という面もあります。法案では民業圧迫とならないために都道府県知事が地域関係者の意見を聴いて業務範囲を指定し、国も関与する等の仕組みが組み込まれています。しかし、既に2006年の公益法人改革で公益法人から一般社団法人ないし一般財団法人となったシルバー人材センターの業務をいつまでも「民業圧迫」というのも不思議なものです。

 むしろ、2012年に健康保険法上の被扶養者であるシルバー人材センター会員の就業中の負傷が健康保険法の給付を受けられないことが社会問題となったことなどを考えれば、その適正な就業環境の確保こそが課題であり、労働市場サービス業者としての適切な監督を講じていくことが重要なはずです。

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2016年3月23日 (水)

「妊娠したから解雇」と言ってくれる親切な使用者ばかりじゃないが

判決文は見当たらないので、一番詳しそうな弁護士ドットコムから、

https://www.bengo4.com/roudou/n_4441/ (妊娠告げた2カ月後「協調性ない」とクビになった中国人女性が勝訴 「解雇無効」判決)

会社に妊娠を告げたら2カ月後に解雇されたとして、東京都内のカバン会社に勤めていた中国人の女性が、解雇の無効と未払い賃金の支払いを求めていた裁判で、東京地方裁判所は3月22日、解雇を無効とするとともに、未払い賃金(月給21万円×17カ月分)を支払うよう会社に命じる判決を出した。

というところだけ見ると、妊娠故の解雇を無効としたように見えますがさにあらず。

会社から告げられた解雇理由は、「協調性が無く、注意および指導しても改善の見込みがない」「会社の社員としての適格性がない」というものだった。しかし、女性はこのような解雇理由に全く心当たりがなく、2014年12月、解雇の無効などを求めて提訴した。

弁護団は、カバン会社の解雇は、妊娠を理由とする解雇を禁じた男女雇用機会均等法9条や、客観的に合理的な理由のない解雇を禁じた労働契約法16条に違反するとして、解雇の無効を主張していた。

東京地裁は労働契約法との関係についてのみ検討し、本件解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」から、解雇権の濫用にあたるとして、無効であると判断した。

妊娠したことを理由とする解雇はもちろん無効ですが、でもまあ、そうはっきり言ってくれる親切な使用者ばかりではないわけです。

いやまあ、そんな親切な使用者もたまにいて、厚生労働省に公表するネタを与えてくれたりするわけですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0136.html (妊娠を理由とする解雇の公表)

さすがにそこまで親切じゃない少しは賢い使用者は、いやいや妊娠が理由じゃないよ、協調性だよ、と言うわけです。

そうすると、使用者が言っている解雇の理由はホントじゃなくて、本音は妊娠したからだと労働者側が立証しなきゃいけないのか。

そうだとすると、そんな悪魔の証明はなかなか難しいので、そんなのをすっ飛ばして労働契約法16条の解雇権濫用だと言って済ませたくなるかも知れません。

でもね、実はそうでもないのです。

昔の男女均等法は、確かに妊娠が理由の解雇は無効だと言っているだけでしたが、2006年改正でこういう規定が設けられているのです。

4  妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

おやおや、妊娠中の女性の解雇はまずもって無効であって、使用者がそうじゃない、本件でいえばその協調性、適格性が理由だったってことを、使用者の側が立証しなくちゃそれをひっくり返せない、ということになってますね。

悪魔の証明を求められているのは労働者の側じゃなくて使用の側なんですね。

だとすると、何でこの裁判官が男女均等法のこの規定を無視して解雇権濫用の一般原則に逃げてしまったのかがよくわかりません。

使用者の立証不十分で解雇無効にできるのですから。

正直言って、裁判官が解雇権濫用法理を濫用しすぎている感が否めません。

権利濫用というのは、あくまでも権利があることを前提にして、それの行使の仕方が濫用だと言っているに過ぎません。

妊娠した女性を解雇するなんて、そもそも濫用なんて生やさしいものではない、という発想は、残念ながらこの裁判官にはなかったようです。

とはいえ、以上はあくまでも判決文を読まずに上記リンク先の記事を見ただけの感想ですので、判決文を読んだら意見が変わるかも知れませんのであしからず。

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藤田孝典『貧困世代』

9784062883580_obi_l 藤田孝典さんより『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社現代新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062883580&_ga=1.29245372.1852214663.1458729080

昨年の『下流老人』に続いて、今度は若者がテーマですが、一見すると世間によくあるたぐいの世代論かと思うかも知れませんがさにあらず。現代日本社会の矛盾が、かたや老人の貧困に、かたや若者の貧困に露呈しているのだということを訴えている両著でして、その意味ではひとつながりのメッセージといってもいいかもしれません。

はじめに

第1章 社会から傷つけられている若者=弱者(じゃくしゃ)

第2章 大人が貧困をわからない悲劇

第3章 学べない悲劇――ブラックバイトと奨学金問題

第4章 住めない悲劇――貧困世代の抱える住宅問題

第5章 社会構造を変えなければ、貧困世代は決して救われない

おわりに

第1章で藤田さん自身が受け止めた事例をこれでもかと示した後、第2章では大人たちが若者を語る際によく出てくる議論を5つのタイプにまとめて、どれもこれも間違いだと一刀両断していきます。

 大多数の若者たちは、現代日本の社会構造のおかげで、夢や希望を叶える活力を持ちながらも、それを生かせずにもがいている。しかも悪いことに、若者たちは支援が必要な存在だと認識されておらず、社会福祉の対象としては扱われてこなかった。

 貧困世代約3600万人はまるで、日本社会がつくった監獄に閉じ込められている囚人のようである。

 若者は働けば収入を得られる、若者は家族が助けてくれる、若者は元気で健康である、昔の若者のほうが大変だった、若者の苦労は一時的なものだ・・・・・・こうした「大人の言説」はすべて間違っている。

 本書では、所持金13円で野宿していた栄養失調状態の20代男性、生活保護を受けながら生きる30代女性、ブラック企業でうつ病を患った20代男性、脱法ハウスで暮らさざるを得ない20代男性の事例などの、筆者自らが聞き取った体験談を分析し、いかに若者が社会からこき使われ、疲れ果て、貧困に至っているのかを書き尽くす。

 貧困世代のつらさを全国民が深く理解し、いびつな社会構造を変えなければ、下流老人も含めた日本固有の貧困問題は絶対に解決しない。

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2016年3月22日 (火)

ブリュッセルでテロ

報じられているように、ブリュッセルで爆弾テロが起きました。3年間住んだ町であり、とりわけザベンテム空港は何回もお客さんを迎えに行ったり送りにいったりしましたし、EU本部近くも足繁く通ったところなので、映像を見ると皮膚がぞわっとくる感じです。

ベルギーの現地紙「Le Soir」のサイトの映像から

Bruxelles: à l'intérieur de l'aéroport après... 投稿者 Le_Soir

L'évacuation de l'aéroport de Zaventem suite à... 投稿者 Le_Soir

一方で、当時よくモロッコ系の人がやってるクスクス料理のレストランに行ってたので、彼らムスリムが置かれている状況も想像すると辛いものがあります。欧州系のレストランは子供を連れては入れないので、家族で外食する時クスクスはしょっちゅう行ってました。

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福井康貴『歴史のなかの大卒労働市場』

217707 福井康貴さんの『歴史のなかの大卒労働市場 就職・採用の経済社会学』(勁草書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b217707.html

企業と学生の出会いの場面をかたちづくる実践、ルール、規範は、それ自体の歴史をもっている。求人・求職活動とその制約のあり方を、明治期から現代まで定点観測することによって、労働市場の創られ方に迫る。新規大卒労働市場の経済社会学。

福井さんとは、今から6年前に出た岩波書店の『自由への問い 第6巻 労働』でご一緒した仲です。私は「「正社員」体制の制度論」、福井さんは「就職空間の成立」を書きましたが、福井さんの研究はそれを更に深めていき、今回の本に結実したわけですね。

序章 大卒労働市場を解読する

 1 構築される大卒労働市場

 2 本書の位置づけと方法

 3 本書の構成

第1章 他者と教育への信頼とそのゆらぎ

 1 シグナルとしての紹介と成績

 2 成績と紹介の意味変容

 3 変化の背景にあったもの

第2章 儀礼としての人物試験

 1 見えないものと見えるもの

 2 真/偽の物差しの彼岸

 3 見えてきた問題

第3章 見えがくれする学歴

 1 戦前期の大学・企業間取引と学歴の見え方

 2 展開する制度と学歴の見え方─学校推薦/指定校/自由応募

 3 見えがくれする学歴の現在

第4章 タイミングを制約する─就職協定の展開

 1 六社協定と新卒一括定期採用

 2 就職協定とルール違反

 3 ルール違反の規制と追認

 4 行為と制度の相互規定,政治的埋め込み

第5章 スクリーニングとしての面接試験

 1 誌上面接の定点観測

 2 行為を制約するロジックの諸相

 3 手続きの適正化と決定の正統化

終章 大卒労働市場の創られかた

 1 大卒労働市場の社会性と歴史性

 2 個人と仕事の出会い方の現在へ

あとがきで「就職に関する学術書というと、アンケート調査や官庁統計を用いた分析というイメージがあるかも知れない。そうした想定で本書を手に取った方は、明治時代から始めある本書の構成に面食らうに違いない」と書かれていますが、私のように、まずは歴史的パースペクティブで物事をとらえないと居心地が悪くて仕方がないタイプの人間からすると、本書のように明治や戦間期のエピソードがずらずらと連なっていく叙述は、むしろ大変気持ちよく、話がすとんと落ちていく感じです。

現代の問題を論ずる前提として歴史を語ることに対して、「ふーん、それでどうした」と鼻であしらうタイプと、「それそれ、それこそが大事」と思うタイプとでは、なかなか話が通じないのかも知れません。

今日の諸問題との関わりでは、やはり第5章で取り上げられている企業サイドにおける「能力主義管理」の登場と対応する<仕事への自由>の強調が興味深いです。企業側が志望動機として具体的な仕事の表明を求めることと、希望した仕事に就けるわけじゃない事との矛盾を、「主体性」「参画意識」で説明している点ですね。

あと、まことにつまらぬいちゃもん。126ページの日経連の根本会長の言葉の引用の中で、

・・・企業側、大学側ともに協定を蝉脱しているという状況は・・・

いや蝉じゃないんだから「蝉脱」はしないでしょう。「潜脱」ですね。

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『経営法曹』188号

経営法曹会議の『経営法曹』188号をお送りいただきました。今号の特集は「女性活躍」です。木下潮音さんが基調講演、報告と討議も女性経営法曹が中心という構成で、おそらく聞いている男性経営法曹諸氏には耳の痛い時間だったのではないか、と想像されます。

女性経営法曹の皆さんのいわれていることはほとんど賛成です。特に、木下さんの

・・・均等法は残念ながら女性労働を企業社会において男女均等の結果に結びつけることには失敗したのではないかと私は考えています。・・・

・・・均等法は、均等法が弱かったから失敗したのではないと私は思っています。その意味で女性労働の権利実現という意味で、均等法をもっと強化しようというのは、全く筋違いな議論だと思います。家庭を営みながら女性も男性も働きやすい社会を作るような、しかもそれで競争力が維持できるような。・・・競争力を維持しつつ、男性も女性も働きやすく、そして家庭も維持できる。こんなミッションを、今、日本の企業社会、あるいは労働法実務家である私どもは、その実現を迫られているのではないかと考えているわけです。

というのは、全くその通りなのですが、さて聴衆の男性経営法曹諸氏の耳にどこまで伝わったでしょうか。

労働組合の集まりで女性陣の言っていることが男性組合幹部の耳に入らない度合よりもよりマシであることを祈りますが。

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水町勇一郎『労働法 第6版』

L14487いまや時の話題の「同一労働同一賃金」の代表的論者となった趣のある水町勇一郎さんですが、その教科書もきっちり2年ごとに改訂を繰り返し、早くも第6版となりました。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641144873

労働法の背景にある歴史や社会等の基盤を踏まえて労働法の理論と動態を明快に描く。多数の事例を通じての解説,裁判例の詳細な紹介・分析や理論的考察で,初学者から法曹をめざす人,実務家,研究者まで,幅広いニーズに応える。判例・立法の動向を反映した最新版。

というわけで、実は第5版と変わっていないのですが、今や多くの人が関心を持って見詰めていると思われるその話題についてのコラムを引用しておきましょう。317ページの「正規・非正規労働者間の処遇格差の公序違反性(私見)」です。

正規・非正規労働者間の処遇格差については、パートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者、業務委託労働者など非正規労働者全体を視野に入れ、かつ、賃金のみならずその処遇(労働条件)全体を対象としながら、非正規労働者に対する合理的理由のない不利益取扱いを違法とする法原則を構築する方向で格差問題の漸進的解決を図っていくべきである。この原則の運用に当たっては、①個々の給付の目的・性質ごとに個別に「合理的理由」の有無を判断すること、②その判断において、労使間で正規労働者と非正規労働者間の利益を調整するための誠実な話し合い・取り組みが行われたかを考慮する解釈をトルコとがポイントになる。・・・・・

正規。非正規の均等問題と集団的労使関係を絡ませるという方向性は、菅野『労働法』とも共通し、適切な考え方だと思います。


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Solomonさんの拙著評

Solomonさんの「ソロモンの書棚」というブログで、拙著『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』(岩波新書)への書評が書かれています。もう7年近く前の本ですが、こうして読み継がれているのは嬉しいことです。内容的にも、個々の法制度の細かいところは別として本筋の議論としては全然古びていないと思います。

http://blogs.yahoo.co.jp/solomon12726/13877571.html

著者の専門が労働法ということもあり、近年の労働法分野における最高裁判例を踏まえた上で、従来の日本型雇用の典型と問題点を指摘し、労働組合の新たな在り方を模索するのが本書の骨子と言えるでしょうか。

理想論・空中論にならないよう、地に足を付けて議論すべく著者が随所に意を払っていることがうかがわれます。

とはいえ、真に実行力のある解決策が提示されているのかには留保が付されてよいかと思います。

「真に実行力のある解決策」とは何か、というのは、ある意味で哲学的な問いですが、少なくとも現実を見据えていないものや現実にただ流されているものはその名に値しないと思っています。

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第4の矢は賃上げ@IMF

IMF(国際通貨基金)のスタッフが、日本に「第 4 の矢を放つ準備を」求めています。第4の矢とは賃上げです。

http://www.imf.org/external/japanese/np/blog/2016/031416j.pdf

日本がデフレから決別するには賃金上昇が必要である―これは全ての人が同意すると ころです。1995 年から正社員の賃金は僅か 0.3%しか上昇していません!たとえば、 利益が史上最高を更新したトヨタ自動車が 2015 年に決めた基本給の引き上げは 1.1% です。また経団連に加盟する 219 社の平均は 0.44%にすぎません。和製英語で「ベー スアップ」と呼ばれる基本給の上昇は久しく実現していないのです。・・・

なぜ日本が賃金デフレに陥ってしまったかについてはこう的確に分析しています。

IMF スタッフの行った分析は、賃金が伸びなかったことには構造的な原因があり、そ れが日本を長期的なデフレに落ち込ませた可能性があることを示しています。第一に、 大半の労働者は終身雇用の下で働いており、ほとんど転職することはありません。終 身雇用と引き換えに、被雇用者は賃上げ要求を控えるようになっています。その結果、 労働市場が逼迫しても賃上げにつながらないのです。さらに、現在、労働者の多くを 占める 37%の人々が非正規の雇用契約の下で働いています。これは他の同様の国や地 域と比べ非常に高い比率です。1980 年代に円が急上昇し、企業は競争力を取り戻すた め必死で海外に生産拠点を移し、大幅に賃金の低い非正規労働者ばかりを採用し始め ました。同時に、労働組合の組織率は低下し、労働組合の賃金闘争における交渉力は ほとんど失われてしまいました。

ではどうするべきか?アベノミクスの金融の矢はその役割を果たせなかったといいます。

・・・アベノミクスが日本に根付いていたデフレ・マインドを払しょくしようとしたことは 正しい判断でした。金融政策の矢は、インフレ期待を 2%に引き上げ賃金上昇とイン フレがともに起こるメカニズムを作ることを目指しました。しかし、これは困難を極 めました。企業も労働者も未来を見ず過去を見て見通しを形成しているようだからで す。結果、全ての人にプラスになるはずであるこうしたメカニズムの構築でその役割 を果たすことができていません。

また、最低賃金もその効果は限定的です。

最近では、安倍首相は、最低賃金の引き上げで指導力を示しました。しかし、この恩 恵を直接受けるのは労働力人口の 10%程度で、その効果はほとんど期待できません。 また残りについてもモラルに訴えるとしても効果を期待できるか不確かです。

そこで、第4の矢として、企業に直接介入するかたちでの賃上げ政策を唱道します。

・政府は、収益を上げている企業に対しては、少なくとも 2%プラス生産性の伸 びの賃金引上げを確かにするため、コーポレート・ガバナンス改革で成功した 「順守か、説明か」という原理を導入することができるのではないでしょうか。

・現在行われている賃金引上げのための税制上の優遇措置を強化することもでき るかもしれません。

・あるいはさらに一歩踏み込んで、過剰な利益の伸びを還元しない企業に対し税 制上の懲罰的措置を設けることを考えることもできるでしょう。

・前向きな方法で公的セクターが賃金を上げ、手本を示すことも選択肢のひとつ です。

結構踏み込んだことをいっています。念のため言っておけば、これは労働組合でもなければILOでもなく、あの(!?)IMFのスタッフが言っているんです。

 

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2016年3月20日 (日)

量で戦う癖

陸上の為末大さんのブログに「量で戦う癖」というエントリが載っています。

http://tamesue.jp/20160317

もちろんはなしはスポーツ界のあり方に対する警告なんですが、読んでいくと日本の会社のあり方、仕事の仕方に対する苦言そのものとしか思えない文章になっています。

是非ご一読を。いちいち日本の働き方の話に解説する必要もないくらいです。

・・・トレーニングにおいての日本的根性論とは、諸所の問題に対し量の拡大で対応しようとすることである。バッティングがよくないとなれば、1日何時間もバットを振ってスランプを脱しようとし、世界で勝てなければ世界中の誰にも負けないぐらい練習(量)をして戦おうとする。・・・

なぜ、日本のスポーツ界が量をこれほど好むのかというと、日本人の性質というところにいくのかもしれないが、ここ最近で感じるのは、量で問題を解決した成功体験が多すぎるのではないかと思う。・・・・

量の拡大は結局人間の時間が356日(ママ)24時間しかないことを考えるといつか限界がくる。よく努力には限界がないというが、スポーツの世界ではだんだんと量が拡大して行って、いずれトレーングのしすぎで自分の努力で自分の体を壊すことができるようになる。量の確保で勝負をしてきた選手はこの辺りで脱落する。・・・

本当の意味では根性論は結果だけではなく、勝利への至り方にもこだわりが強い。変な話ではあるが、犠牲を払わずに勝ってしまうことを嫌がる傾向にある。満足を、疲労感や、トレーニングの量によって測り、いかにそれでパフォーマンスが上がったかでは計っていない。クタクタにならないと罪悪感さえ抱いてしまう。・・・

そして、考え続けることよりも、むしろ決められたことを淡々とこなすことの方がむしろ楽な時がある。スポーツの現場では根性を出して頑張っているのではなく、時々苦しくて根性に逃げていることすらある。・・・

ほらほら、そこの「頑張っている」あなた、「頑張っている自分にうっとりしている」あなた、あなたのことですよ。

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2016年3月17日 (木)

1分単位の賃金

高校生がユニオンに入って交渉して1分単位で賃金を支払う労働協約を結んだというニュースが話題のようです。

http://www.asahi.com/articles/ASJ3H4FQJJ3HULFA00G.html (サンクスバイトの高校生、ブラック職場に対抗し労働協約)

これに対してやり過ぎだという批判をする人がいて、POSSEの人がそれに反批判をしたりという状況のようです。

労働法学的に言えば、時間外賃金は厳密に言えば1分単位で計算すべきであることは確かです。ただ、1分単位の賃金なんてなんと煩雑な、という反応もきわめてまともなのです。

問題は、そのまともな感覚が通るためには、1分単位の時間外労働などという変なものがやたらにはびこっていては通らないと言うことです。

何でこんな事になるかと言えば、そもそも所定時間の中で労働が始まり終わるという、他の諸国であれば当たり前のことが、日本ではアルバイトといえども全然当たり前でないからでしょう。

ヨーロッパに旅行したり住んでた人は皆経験していることですが、閉店時間が近づくと、まだ開店時間中であっても「もうすぐ閉店だよ、しっ、しっ」と追い払われます。

下手に客を入れてしまうと、その客の相手をしている間に閉店時間がきてしまい、1分単位の時間外労働を計算するなどという変なことになりかねません。

そういう馬鹿げたことにならないように、余裕を持って客を追い払うわけです。

普通の工場やオフィスでも同じこと、所定時間をはみ出さないように余裕を持って働いていれば、1分単位の時間外労働なんて変なものは考えなくて済みます。

日本社会で『余裕を持って』というのと、全然方向が違いますね。

そう、労働時間がちゃんと区切りのいい単位をはみ出さないようにしておけば、1分単位の時間外労働なんていう変なものを計算しなくて済むのです。

そして、そう、そういう『合理的』な行動が一番やりにくく、下手にやったら極悪非道として糾弾されてしまうのがこの日本社会なのであってみれば、所定時間の前に仕事を始め、所定時間の後で仕事を終えるのが礼儀作法だという社会文法がしみ通っているこの日本社会において、労働法の原則を素直に適用してしまえば、1分単位の時間外手当を細々と計算するというその額に比してやたらに煩雑な帰結がもたらされるのも宜なるかなというべきなのかもしれません。

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『労務理論学会誌』第25号

41hju3lhp3l__sx342_bo1204203200_『労務理論学会誌』第25号が届きました。

労働時間の規制を受けないホワイトカラー・エグゼンプションを他国の現状などを比較検討しながら分析。同時に、新自由主義的な資本蓄積構造であることを明 確化し、日本型雇用システム、賃金、人事労務についての論考を所収。

昨年6月に茨城大学で開催された労務理論学会の全国大会の報告を一冊にしたもので、統一論題は右の表紙の通り、「現代資本主義企業と労働時間」ですが、それとは別に私が行った特別講演「日本型雇用システムと労働法制の在り方を巡って」も収録されています。

その統一論題のコメントとして中村艶子さんがこう語っているのを見ると、「現代資本主義企業と労働時間」などと大上段に振りかぶって滔滔と説いている研究者の皆さん自身が実はそれを裏切っている姿が垣間見えてなかなか興味深いものがあります。

・・・女性の活躍を阻むものが長時間労働であると頭では理解しても、討論でのフロア(清山委員)からの「この中で一体、何人の男性が家庭内で女性と同等かそれ以上に家事・育児に従事しているのか」という指摘について会場での失笑が漏れ起こったように、頭では理解していても実情との乖離があることは否めない。・・・・

「失笑が漏れ」たのですか・・・。

あと、自由投稿論文で興味深かったのは櫻井幸男さんの「労働過程論と同一価値労働同一賃金論批判」ですね。

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2016年3月16日 (水)

拙著からハーシュマンへ

Koyoufunsou 去る1月にひっそりと刊行した『日本の雇用紛争』を読まれた方が、それをきっかけにハーシュマンの名著を読み出したというツイート。

https://twitter.com/skybeagle_SB58/status/709757442683379712

hamachan先生の「日本の雇用紛争」で引用されていた「離脱・発言・忠誠-企業・組織・国家における衰退への反応-」を読み始めたけど、かなり興味深い議論が展開されそう。じっくりと読み進めたい。

なんとなんと、私の本があのハーシュマンの名著への導きになったとは嬉しい限りです。

・・・・・まず、もっとも客観的合理性に欠ける可能性が高い類型の「行為」に係る解雇型雇用終了事案として、権利行使や社会正義といった労働者の「発言」への制裁としての解雇型雇用終了事案がある。

ここで「発言」(voice)とは、アメリカの経済学者アルバート・ハーシュマンが提示した概念で、組織や集団の成員がその組織や集団の運営に対して不満や問題意識を抱いた際に、組織や集団の内部でその不満を述べたり、問題を提起したり、改善策を訴えたりするといった内部解決型の行動を指す。それに対し、不満や問題意識を抱いた成員がそれを内部で発言するのではなく、組織や集団を脱退して、別のルートで解決を探ろうとすることを「退出」(exit)という*1。この「発言-退出」モデルは、政治から経済まで社会のさまざまな局面に応用されることが可能な概念枠組みであるが、職場における労働者の行動様式にも応用することが可能であり、とりわけ個別労働紛争の原因となる労働者の行為を概念化する上で有用であると考えられる。

475 この本の説明としては、「ラスカルの備忘録」ブログのこのエントリが簡にして要を得ています。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20061101/1162393932

本ブログにおけるハーシュマンに関するエントリとしては、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_3c8e.htmlフリードマンとハーシュマンと離脱と発言

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_1a4b.html離脱と発言再び

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-2d75.html意地悪な質問?

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/voiceexit-fb62.htmlvoiceなきexitの世界

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松永桂子『ローカル志向の時代』

9784334038915松永桂子さんの『ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント』(光文社新書)を編集部よりお送りいただきました。

http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334038915

豊かさが示すところは時代によって変わる。いま、価値を持ち始めているのは、人とのゆるやかなつながりや安心感など、貨幣的価値に還元できないもの。そして、これまでとは異なるライフスタイル、価値観、仕事、帰属意識が生み出されつつある。
都市と農村のフラット化、新たなスタイルの自営業、進化する都市のものづくり、地場産業、地域経営、クラウドファンディングetc.
いま、日本社会の底流で何が起きているのか――。現在の「ローカル志向」を解き明かすために、「地域」をベースにして、経済や消費、産業の領域から個人と社会の方向性について考える。

正直言うと、私の問題意識とクロスするところはそれほどなかったのですが、地域雇用を考える上では「新たな自営」というのをもう少し真面目に考える必要があるのだろうな、と感じました。

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外国人を「労働力」に位置づけ@日経新聞

本日の日経新聞にベタ記事ですが結構気になる記事が載っています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS15H31_V10C16A3PP8000/(外国人を「労働力」に位置づけ 自民特命委提言へ )

自民党は15日、外国人労働者の受け入れ拡大を議論する「労働力の確保に関する特命委員会」の初会合を開いた。外国人を明確に「労働力」と位置づけて受け入れ、介護分野などで不足する労働力を補う狙いがある。規制緩和策などを検討し、4月末までに政府への提言をまとめる。

 木村義雄委員長は会合で「労働力をしっかりと確保し経済成長を確実なものにしないといけない。長年のタブーだった労働力として外国人に活躍してもらおう」と訴えた。・・・・

もちろん現段階ではあくまでも自民党の特命委員会で委員長がそう喋ったというだけではありますが、近年労働問題でも政治主導の傾向がとみに高まっていることを考えると、これがこの先どういう方向に動いていくか、注目していく必要がありそうです。

実際には、日系南米人という「バックドア」や技能実習生という「サイドドア」から、事実上まさに「労働力」として外国人を使ってきているわけですが、それをそうじゃない、単純労働力は受け入れないんだという建前を建前としては維持してやってきたわけで、それをひっくり返すというのは結構政治的には力業が要りそうではあります。

なんにせよこの問題、一つ間違うと妙な方向にナショナリズムが沸騰しかねない微妙な問題でもあるので、引き続き事態の進展を要注目です。

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濱中淳子『「超」進学校 開成・灘の卒業生』

27692562_1濱中淳子『「超」進学校 開成・灘の卒業生 ─その教育は仕事に活きるか』(ちくま新書)を編集部の松本良次さんよりお送りいただきました。松本さんは以前に『日本の雇用と中高年』を担当していただいた方です。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480068798/

さてしかし、このタイトルだけ見たら、なんだかいかにも売らんかなのいささか際物めいた本という印象を受ける方もいるかも知れませんが、さにあらず。

著者の濱中淳子さんは、『検証・学歴の効用』で労働関係図書優秀賞も受賞されている立派な教育社会学者です。

「受験の勝者が実力ある者とは限らない」「頭でっかちは打たれ弱い」あるいは「一三歳からすでに選別ははじまっている」「難関大学、優良大企業へのパスポート」…難関中高の卒業生について、よくも悪くも両極端な物言い、さまざまな印象がある。イメージだけで語られがちだったそれらを、アンケートをもとに、具体的な数字や事例で統計分析。超進学校の出身者は、どんな職業に就き、どれくらいの年収を得ているか。中学高校での経験は、卒業後にどれほど活かされているか。中高時代はどのように生活し、何に悩んだかなど、彼らの実像に迫り、そこから日本社会と教育の実相を逆照射する!

世間のイメージを実証で突き崩すという、まことに社会学者の本領を発揮する研究であるとともに、テーマがテーマであるだけにおそらく多くの人がついつい気になって手に取ってしまうような本でもあるという作りですな。

プロローグ 「超進学校卒業生」という人材
第1章 超進学校卒業生たちの仕事―全体像と多様性
第2章 リーダーとしての可能性―卒業生たちのソーシャルスキル分析
第3章 超進学校卒業生の葛藤―課される試練
第4章 開成卒業生と灘卒業生は何が違うのか
エピローグ 超進学校卒業生にみる日本の課題

ただまあ、こういう「超進学校」出身者と大学に入ってから初めて出合うことになった、それまではずっと公立学校を通してきた一地方公立高校出身者の視点からすると、「そう言われているほど違わないじゃん」というかつての印象を改めて重ね書きするような内容であったことも確かです。いやもちろん、レベルはだいぶ違うかも知れないけれど、質的な違いは感じない。

じゃあ質的な断層はどこにあるかというとたとえばクラスの半分が不良系だった公立中学校の雰囲気との間にあるんですね、経験的には。

それはともかく、最近灘だ開成だ麻布だ御三家だといった本が売れ線狙いで続々出ている中で、両校の校長を通じて卒業生に大規模調査を行ってそのデータでもって論じている本書は、やはり群を抜いているというべきでしょう。カバーにでかでかとご本人の顔写真が載っていますが、濱中さん凄い人です。

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2016年3月15日 (火)

著者は実に時代に順応している

Chuko「にこブツ」さんの「病床メモ」というブログで、拙著『若者と労働』が取り上げられていました。

http://blog.livedoor.jp/nikonikobutubutu/archives/52139213.html

「若者と労働」(濱口桂一郎著)読了。「入社」の歴史が示されている。「金の卵」時代は著者にも実感がなく(著者は1958年生まれ)触れられていないが、中学生の入社には職安が関与したこと、高校生の入社には学校の先生がキーパーソンだったことなど懐かしく思い出しした(そこらが労務係の接待相手だった)。エントリーシートあたりから私は時代に取り残されたのだな、と感じた。・・・・

このブログ主はかつて新卒採用担当の人事労務係の方だったんですね。

・・・・彼はこの時点で非正規社員から不安定さを取り除いた「ジョブ型正社員」を提起する。それは一方では(ここがユニークなんだが)、幹部候補でない正社員の受け皿でもある。いわゆるキャリア・ノンキャリの話だ。彼はそれに対応する教育制度も視野に入れている(組織が大きくなっても幹部の数は増えないので、組織数の減っていく時代にはキャリア市場はドンドン縮小されるのだ)。どこまで意識しているのか知らないが、日本は過剰な期待感に溺れていると言いたいのだと思う。それが無意味で過酷な競争と疎外を産んでいる。著者は実に時代に順応している。

拙著のスタンスについては、「著者は実に時代に順応している」という褒められているようなそうでもなさそうな微妙な表現です。

・・・・まあ書名は「若者と労働」であって、「老人と労働」ではないわけだ。

その後『日本の雇用と中高年』というのも出しておりますので、もしよろしければご一読いただければ幸いです。

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だからそれを「リストラ」って言うなって・・・

今朝の朝日に、例のローパー社員問題関係の記事が載っていますが、

http://www.asahi.com/articles/DA3S12257814.html(業務命令で職探し「不適切」 厚労省、労働局に初通達へ)

自分の再就職先を探して――。そんな業務命令を会社がするのは「不適切だ」とする初の通達を、厚生労働省が近く全国の労働局に出す。退職勧奨を断っても社内外で転職先を探させて退職を迫る手法は「追い出し部屋」として問題視されたが、国がはっきり不適切と認めることで歯止めがかかりそうだ。・・・

この関係で、先日連合が厚労省に要請した旨公表されています。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2016/20160314_1457954575.html

連合は、3月11日、厚生労働省に対し、労働移動支援助成金の適正化等に関する要請を行った。
 冒頭、安永副事務局長から生田職業安定局長に要請書を手交し、「雇用保険制度の労働移動支援助成金に関して、一部の職業紹介事業者による行き過ぎた営業活動への活用など、不適切な運用事例がある。労働者の生活と雇用の安定を第一目的とする雇用保険制度が、まったく正反対の目的に使われ、不適切な運用を行った送り出し企業や職業紹介事業者に労働移動支援助成金が支給される構造は極めて問題。早急に制度見直しを含めた政府の対応が必要」と要請の趣旨を述べた。
 生田職業安定局長からは、「労働移動支援助成金は、あくまでも企業が労働者の人員整理を行わざるを得なくなった場合に、労働者の移動・再就職を支援するための制度で、その趣旨に反する使われ方はまったく不本意」、「さらに労働者本人の意思確認や、職業紹介事業者による営業活動への活用禁止など、さまざまな対策を取らなければならない」、「厚生労働省としてできることは精一杯、取り組んでいきたい」との回答があった。

ここでいわれていることはその通りで、そもそも労働者の責任ではなく会社の都合で人員削減せざるを得ないという言葉の正確な意味での「リストラクチャリング」を出来るだけ苦痛を少なくして実施するための政策手段が、別に人を減らす必要があるからではなくその労働者がローパーだから追い出したいという言葉の正確な意味での個別解雇でありいかなる意味でも「リストラクチャリング」ではない事態に使われてしまっているというところに問題があるわけですから。

ただ、それを前提にした上で、あまりにも多くの日本人が「りすとら」という言葉を本来の意味とは全く逆の意味に使い込んでしまっているという事態が、連合という労働組合のナショナルセンターの要請文書の中にまで影響してしまっているという皮肉が、ここに添付されている連合の要請文書に垣間見えているのもまた事実なのです・・・。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20160311_yousei.pdf

・・・私たち連合は、この間、この労働移動支援助成金に関して、①安易なリストラを助長することになりかねない、・・・・・・・・

いやいやいやいや、安易も何も、それが言葉の正確な意味での「リストラクチャリング」なら、つまり労働者個人の問題ではなく会社の経営上の問題でやらざるを得ない人員削減なら、労使協議をして、助成金も使っていろいろやるしかないわけです。

そうじゃないから問題なんでしょ。ていうか、連合さん自身の言葉遣いまで、かくもねじれきってしまっているという点にこそ、実は最大に問題が孕まれているわけですが。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-748f.html(だから、リストラ(整理解雇)とローパー解雇は違うって何回言ったら・・・)

リストラ、つまり整理解雇というのは、労働者本人の責任ではなく、会社の経営状況に基づく解雇なのであるから、ローパフォーマンス云々という話とは全然別次元の話である、というような、労働法の基本概念が全然通用しないこの日本では。

雇用契約がジョブに基づいている社会では、もちろん当該ジョブができないという理由による個人的解雇もありますが、いかなる意味でもそれは『リストラ』ではありません。

『リストラ』とは、あくまでも労働者個人の能力等とは関わりのない会社側の理由によるものであり、だからこそ、労働者の方もそれを恥ずかしがったりしないし、労働組合も積極的にその再就職のために支援をするわけです。

ところが、雇用契約がジョブではなく会社の社員であるというメンバーシップに基づいている日本では、『リストラ』が労働者に社員である資格がないという宣告になってしまい、それゆえに一番情緒刺激的な言葉になってしまうわけです。

そして、それゆえに、本来会社の都合でやるものであるがゆえに労働者の責任ではないはずの『リストラ』が、ローパフォーマーを追い出すためのものと(労使双方から全く当たり前のように)思い込まれ、それを前提に全てが動いていってしまうという訳の分からない事態が現出し、しかもそれに対して、「社員なのにけしからん!」とか「ローパーだから当然だ!」といった情緒的な反応は山のようにあっても、そもそも『リストラ』とは労働者側の理由によるものではないはずなんだが、という一番基礎の基礎だけは見事にすっぽり抜け落ちた議論だけが空疎に闘わされるという事態が、いつものように繰り返されるわけですね。

この記事で書かれている労働移動支援助成金とは、リストラの欧米的捉え方を前提に、それまでの雇用調整助成金型のひたすら雇用維持だけを目指す政策から、会社側の理由による雇用変動を外部労働市場を通じてうまく処理していこうという、それ自体としては何らおかしくない、ヨーロッパでもごく普通に見られる政策思想で作られたものであるわけですが、肝心の会社側がジョブ型ではなくメンバーシップ型にどっぷり浸かったままで制度を活用しようとすると、まさに会社側の理由ではなく、本人がローパフォーマーだからお前の責任だと言わんばかりの文脈で、使われていってしまうという事態になるということなのでしょう。

それに対して、昔の日本は良かったとばかり言っても仕方がないですし、ある種のえせネオリベ派の如く、ローパー社員を追い出すのが正義だみたいなインチキな議論もきちんと批判しておく必要があるでしょう。・・・

(追記)

Svenskaちなみに、労働者を「ちゃんと」守ることにかけては世界一品であるスウェーデンで、言葉の正確な意味での『リストラ』の場合に、労働組合がちゃんと関与して再就職支援をやっており、その際組合が人材サービス企業を選定して、進捗管理までやっていると云う事については、JILPTの西村純さんのこの報告書を読むと良いです。

(追記)

ありすさん曰く

https://twitter.com/alicewonder113/status/709584301017292801

会社の金で職探しできるなんて羨ましいとしか思えないが

いやだから、「職」がなくなってしまったことを前提に、「会社の金で職探しできる」ならそれは大変結構なことであり、まさに制度の本旨。

「職」が無くなっていないのにそこから特定の労働者を追い出そうとするのに使うと、こういうことになる。

・・・

ということがきちんと腑に落ちるように「分かる」ためには、そもそも最初に「職」があり、然る後にそれに就けるために「ヒト」を採用するというジョブ型感覚がなければいけないのですね。

メンバーシップ感覚にどっぷり浸かった人であればあるほど、それが全然分からない。そもそも雇用関係の前提に「職」があると思ってなければ、残るのは「ヒト」それ自体の評価でしかないわけです。

マスコミの報道では表層しか見えませんが、ここに露呈しているのはまさにジョブ型感覚とメンバーシップ型感覚の壮絶なずれそのものなのです。

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2016年3月14日 (月)

balthazarさんの拙著評

26184472_1 balthazarさんが読書メーターで拙著『日本の雇用と中高年』に端的な評をされています。ありがたい言葉です。

http://bookmeter.com/cmt/54772234

日本型雇用の問題点を語らせたら恐らく一番の濱口桂一郎さんによる中高年の雇用問題についての著書。「職務の定めがない雇用契約を最大の特徴とする日本型雇用」がどのようにして生まれ、なぜ日本で広く受け入れられていったのか、そしてその日本型雇用が中高年のリストラや追い出し部屋などの日本独特の中高年の雇用問題をどのようにして発生させているのかが分かりやすく述べられている。濱口さんの問題意識はこの本でも全くぶれがなく漸進的にジョブ型雇用に移行するなどの濱口流の解決策の提示もさすがだと思う。

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大内伸哉『勤勉は美徳か?』

31iztro9rl__sx303_bo1204203200_大内伸哉さんの新著『勤勉は美徳か?』(光文社新書)をお送りいただきました。ものすごい勢いで次々に本を出される大内さんですが、本書は光文社新書の前著『君の働き方に未来はあるか?』と同様、人生論風のややふんわりした話題と労働法の個別分野の論点をつないだ感じの軟らかな本の作りになっています。

私たちは、人生の時間の多くを仕事にあてている。
ということは、仕事の時間を幸福に過ごすことができなければ、幸福な人生を送ることはできないともいえる。
しかし、厳しいノルマや納期に追われている、意に沿わない会社の方針を押しつけられる、
長時間の非効率な会議が多い、会社から評価されない……といったことに悩んでいる人も多いのではないだろうか。
大きなストレスを抱えている現代日本の労働者が幸福になる道はないのか。
労働法の専門家が、働くことの本質、労働者が不幸となる原因、
人事と評価、ワーク・ライフ・バランス、日本特有の雇用・休暇文化などを見直しながら、
「幸福に働き、幸福に生きる」ためのヒントと具体案を提示する。

ただ、だからなのですが、前著と同様のいささかの不満をももたらす本でもあります。

すごくふんわりとした人生論的な次元の話と、かなり具体的な職場の場面を想定した労働法学者としての労働法の話とが、やや無媒介的にすいっとつながれてしまっていて、そうですね、その間をつなぐはずの社会学的な議論がどこかに消えてしまっている感も否めません。

たとえば、これも前著と同じなのですが、はじめのところで、雇傭契約の源流は奴隷だという話が出てきて、それは確かにその通りです。

ところがその後の章では、日本の正社員を前提にして人事権を論じ、残業や転勤を断れないという話になります。まあそれもその通りです。

でも、そこで大内さんお得意のイタリアが出てきて、イタリアはそうじゃないよ、と。

いや、それも確かにそうなんですが、でもイタリアは奴隷制の本家本元の古代ローマの跡地そのものじゃないですか。

そのイタリアで、正規労働者は日本の正社員みたいな無限定じゃないというのは、古代ローマの奴隷制とどういう関係になるの?というちょっとひねた子どもが思いつくような疑問は、全体のふわっとした話の流れの中ではあんまり相手にして貰えなさそうです。

いや、一般向けの新書本でそんな西洋法制史の小難しい話をしろというのも野暮です。でも、だったら最初のところで古代奴隷制の話を持ちだしていきなり現代につなげるものどうかな、というわけです。

なんだか難癖ばかりつけているように見えるかも知れませんが、でも歴史的経緯をしっかりと踏まえておくというのは、大きなややふわふわ気味の話をそれでもあらぬ方向に飛んでいかないようにそれなりにきちんとやるためには多分重要なことで、大内さん自身はそこの所はちゃんと分かって書いているとしても、読んでいる一般読者の方は脳内で話が飛んでしまっているかも知れません。

はしがき
【第1章】労働者が不幸となる原因を考える ―― 過労・ストレス・疎外
【第2章】公正な評価が、社員を幸せにする ―― 良い会社を選べ
【第3章】生活と人生設計の自由を確保しよう ―― ワーク・ライフ・バランスへの挑戦
【第4章】「どのように」「何をして」働くかを見直そう ―― 職業専念義務から適職請求権まで
【第5章】法律で労働者を幸福にできるか ―― 権利のアイロニー
【第6章】休まない労働者に幸福はない ―― 日本人とバカンス
【第7章】陽気に、自由に、そして幸福に ―― 勤勉は美徳か?
【第8章】幸福は創造にあり
あとがき

仕事の中身をしっかり限定することによって得られる近代西欧の労働運動が目指してきた「自由」と、仕事そのものが与える「自由」の輻輳した関係を、残念ながら大内さんの記述を辿っていくだけで一般読者がきちんと腑分けして頭に入れていけるのか、いささか疑問なしとしないというのが、前著『君の働き方に未来はあるか?』を読んだときと同様に正直な感想でした。

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建設労働の法政策@『季刊労働法』252号

1346714_p『季刊労働法』252号がとどきました。前にここでも紹介したように、特集は「制度発足70年・労働委員会制度を考える」、第2特集は「職場における精神障害とその法的救済」です。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/3903/

私の連載「労働法の立法学」は42回目、テーマは「建設労働の法政策」です。

 建設労働は港湾労働と並んで、有料職業紹介事業と労働者派遣事業が禁止されている二大業務の一つです。このうち港湾労働については239号で、労働法の立法学の第30回として取り上げましたが、建設労働についてはそのずっと以前に209号でシリーズ第6回「労働者派遣と請負の間-建設業務と製造業務」でごく部分的に取り上げたことがあるだけです。建設労働をめぐっては労働市場規制の外にも雇用管理や安全衛生・労災補償などさまざまな観点からの政策が講じられてきている割に、まとまった形で全体を一望できる論文は見当たらないようなので、歴史的な変遷を中心に概観してみたいと思います。

1 労災補償から始まった建設労働政策
2 その他の戦前・戦中の建設労働政策
3 労働者供給事業の全面禁止と建設業界
4 労務下請の復活
5 労働基準法と労災保険法
6 失業保険法・雇用保険法
7 災害防止と労働安全衛生法
(1) 建設業労働災害防止協会
(2) 建設業の特別安全規制
(3) 労働安全衛生法
(4) 労働安全衛生法の改正
8 建設業退職金共済組合
9 改正建設業法
10 雇用関係近代化への検討
(1) 政府の検討
(2) 建設業界の検討
(3) 労働組合サイドの建設労働法案
11 建設雇用改善法
12 その後の建設労働に関する検討
13 労働者派遣・有料職業紹介のネガティブリスト
14 有料職業紹介事業と労働者派遣事業の部分的導入

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2016年3月13日 (日)

森戸英幸『プレップ労働法 <第5版>』

217913_2 森戸英幸さんの『プレップ労働法 <第5版>』(弘文堂)をお送りいただきました。

http://www.koubundou.co.jp/book/b217913.html

例によって、おちゃらけ労働法テキストの王道(?)をいく森戸節あふるる教科書です。

ちょうど時宜に適したあたりをいくつか:

イヤミな課長「いやースズキくん、ようやく育児休業から復帰かー、長い休暇だったね-!もう戻ってこないかと思ったよ。っていうかいっそ戻ってこないなら来ないでも良かったんだけどね・・・・でこれを機にキミは配転になったから」

スズキ「え?どういう部署ですか?」

課長「なかなかやりがいのあるポジションだぞ。今度新設された育児介護休業濫用防止対策室副室長だよ」

スズキ「イヤミかよ・・・しかも室長じゃなくて副室長だし」

もっとイヤミな奴

セコ山社長「短時間勤務制度を利用するんだね。じゃあ1日6時間労働だ」

ワーキングママ「ありがとうございます。助かります」

セコ山「でも毎日2時間残業してもらうけどね」

例によってこういう調子です。

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2016年3月11日 (金)

『働く女子の運命』が重版

読者の皆様のおかげで、昨年末に刊行された『働く女子の運命』に重版がかかりました。本当にありがとうございます。

この間にマスコミ、ブログやツイッター等ネット上、各種書評サイトでいただいた書評は、こちらにまとめてあります。

http://hamachan.on.coocan.jp/bunshunbookreview.html

また版元の文藝春秋による紹介ページはこちらです。

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610624

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610624

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2

担当編集者より
つい最近まで、女子は「腰掛け就職」「職場の花」などと呼ばれ、重要な業務につけず、管理職にもなれない不遇を味わってきました。
そしてやってきた失われた20年以降、総合職というコースが用意された代わりに、“転勤も労働時間も無制限”に働けという。
さらには「少子化対策と女性の活躍」を両立させる、ですって――!?
いったい女性にどうしろと言うのでしょう。

本書では富岡製糸場から戦争時、職業婦人、ビジネス・ガールといった働く女子の歴史を追いながら、男性中心に成功してきた日本型雇用の問題点を探っていきます。
書評・インタビュー

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日本の雇用と年齢差別禁止政策@『DIO』313号

Dio313自民党の差別問題に関する特命委員会が検討を開始したからというわけではもちろんなく、たまたまそういう特集が組まれたからではありますが、なんだか測ったように今日、連合総研の機関誌『DIO』313号がアップされました。特集は「これからの高齢者雇用」です。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio313.pdf

長寿社会において何歳からが高齢者か? 駒村康平 ……………………4

高齢者雇用をめぐる法制度の現状と課題 柳澤武 ………………………8

日本の雇用と年齢差別禁止政策 濱口桂一郎 ………………12

駒村さんが「人類史においてはほとんどの期間が生涯現役時代であった」という観点から大変壮大な高齢者概念の組み直しを論じておられます。

柳澤さんと私はもう少しみみっちい法政策の話です。

 日本型雇用システムはその入口(新卒採用)から出口(定年退職)まで、またその間の処遇(年功賃金や年功序列)についても、大幅に年齢に基づくシステムとなっている。そのような雇用システムにおいて、「年齢に基づく差別」を論じることはいかなるインプリケーションを持つのだろうか。そして、「年齢差別」を禁止することはどのような社会的帰結をもたらすのだろうか。これらを考えるためには、雇用システムの歴史を振り返る必要がある。

1 年齢に基づく雇用システムの確立
2 年齢と雇用政策の複雑な関係
3 繰り返される中高年リストラ
4 年齢差別禁止政策の浮上
5 年齢差別禁止の代償
6 労働組合の役割

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第5回透明かつ公正な労働紛争可決システム等の在り方に関する検討会 配布資料

第5回透明かつ公正な労働紛争可決システム等の在り方に関する検討会の配布資料がアップされています。

イギリスについては立教大学の神吉知郁子さん、ドイツはJILPTの山本陽大さん、フランスは同じくJILPTの細川良さんです。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000115871.pdf

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000115872.pdf

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000115873.pdf

いろいろと面白いやりとりもあったようですが、それは議事録が公開されたときのお楽しみということで、とりあえずレジュメをどうぞ。

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就職年齢制限の見直し、自民が検討着手

今朝の日経新聞にさりげに載ってた記事ですが、

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS10H4D_Q6A310C1PP8000/(就職年齢制限の見直し、自民が検討着手 高齢者の社会参加促す )

 自民党は10日、就職時の年齢制限見直しなどを検討する「差別問題に関する特命委員会」の初会合を開いた。平沢勝栄委員長は「高齢者が社会参加するために、どういう年齢差別を撤廃する必要があるのか検討していく」と述べた。一億総活躍社会の実現へ向けた取り組みの一環で、7月の参院選の公約に反映していく考えだ。

 米国などは採用時の年齢制限を設けることを厳しく制限している。日本も年齢制限は原則禁止されているものの、多くの例外を認めており、年齢制限のある場合が多い。

 平沢氏は「地域を回ると高齢者が年齢のせいで働く場が閉ざされているという話を聞く」と指摘した。定年制との関係なども含め、年齢制限をどう見直すか検討する。同委員会は人種差別的なヘイトスピーチ(憎悪表現)の規制や被差別部落問題の解決へ向けた検討も進める。

いや、日本国の六法全書には、まさに年齢制限を禁止している規定がちゃんとあるんですけど。

雇用対策法 (昭和四十一年七月二十一日法律第百三十二号)

第十条  事業主は、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときとして厚生労働省令で定めるときは、労働者の募集及び採用について、厚生労働省令で定めるところにより、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。

日本の労働問題とは、(世の中にうじゃうじゃいる全然分かってない人々が考えるような)規制(レギュレーション)の問題ではなく、(企業自らがそうやりたいからそうやっているという意味での)慣行(レギュラシオン)の問題であるということが、解雇「規制」とは逆向きの方向で、よく示されているのがこの年齢差別の問題と言えます。

日本国の法律は募集採用において年齢制限するのはダメだよとちゃんと言っていても、人事労務管理の根本が年齢に基づく仕組みを維持している現実の日本の労働社会においては、そんなものは求人票に何歳までという本音をあえて書かないでおくという枝葉末節の対応で済まされてしまうだけのことに終わってしまうということになるわけです。

ちなみに、本日の日経新聞の1面トップは

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS10H5A_Q6A310C1MM8000/(復興から成長、正念場に 東日本大震災5年 )

震災5周年にかこつけて

・・・日本的な慣行を改めるための解雇ルールは厚生労働省が議論している段階から進まない。国民の暮らしに直結する岩盤規制は簡単に変わらない。

などと、何も勉強していないことを露呈するような軽薄な記事を依然として垂れ流していますな。

六法全書にあるのは、西欧諸国の法規定に比べればはるかに簡素かつ曖昧な

第十六条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

に過ぎず、それで解雇が困難になっているとすればそれはその企業が自らの慣行によって「何でもやらせるから、やらせることがある限りクビにしない」という自己規制ルールに縛られているだけであり、その「慣行」を解雇規制如きで「改める」ことができると思い込んでいること自体がこの記事を書いた記者の軽薄さを露呈しているわけです。

「岩盤」なるものがあるとすれば、それは六法全書の上にではなく、企業の日々の行動、人事労務管理行動の中にこそあるという、ごくごく当たり前の常識を、実はかつては労働規制緩和を声高に主張していた経済学者、たとえば八代尚宏さんなども良く理解するようになってきており、一部の分かってない評論家を除けば、労働契約法16条は諸悪の根源だから廃止せよ、などという言葉の正確な意味での愚かな議論はほとんど見られなくなっています。日経の記者は愚かな評論家並みの知性のまま推移しているようですが。

話を戻すと、上の日経の記事には大変興味深い一節もありました。

・・・同委員会は人種差別的なヘイトスピーチ(憎悪表現)の規制や被差別部落問題の解決へ向けた検討も進める。

これは、小泉内閣時に国会に提出されながらそのときには野党の反対で成立に至らず、その後はむしろ与党内部の反対で進まなかった人権擁護法案の再検討という面もありそうです。

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2016年3月10日 (木)

ケアエコノミーこそ成長への道

Itucさて、育児や介護をめぐる議論がかまびすしい昨今ですが、そういうときに是非じっくりと読むべき(正しい意味での)経済的観点からの報告書が、国際労連(ITUC)から出されました。題して「ケアエコノミーに投資せよ」(Investing in the Care Economy)。

本体は

http://www.ituc-csi.org/IMG/pdf/care_economy_en.pdf

プレスリリースは

http://www.ituc-csi.org/investing-in-the-care-economy-a?lang=en

にありますが、連合さんがわざわざ日本語の要約を作ってくれているので、それを見ましょう。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/kokusai/siryou/data/ituc2016report/care_economy_ja.pdf

まずもって、世界の労働運動が立脚する基盤はれっきとしたケインジアン経済学です。どっかの得体の知れないもどき経済学じゃありません。

公的投資を増やすことは、雇用と経済成長を刺激し、近年の緊縮政策より効果的に不況から脱する手段を提供する。・・・・

失業率の高い、あるいは失業の蔓延している時期に行う公的投資は、ケインズのマクロ経済理論に由来する。議論の中心となるのは、失業や不完全雇用は経済の有効需要が欠如しているためであり、需要の欠如は、商品の市場がないことによる民間投資を抑制する。そのため、政府はこの格差を埋め、雇用を促進し経済回復を助長するためには、経済に直接的投資をすべきである。このような投資は完全雇用を含めた資源を確保するだけではなく、生産性を高め、成長率を上げていくことも必要である。

公的投資は投資が行われる活動(例えば、住宅建築あるいは保育サービスの提供など)に直接雇用を創出するだろう。しかし、必要な原料や初期投資のためのサービス産業の仕事も創出する(間接雇用効果)ので、他部門にも波及し相乗効果を生むだろう。さらに、これらの仕事により創出された雇用の拡大は、世帯収入を拡大するので、食品、衣料、住宅、ケアサービス、娯楽などの世帯消費につながる商品やサービス全体に新しい需要を生む(雇用誘発効果)。

つまり、政府投資により需要を経済に入れ込むことは、直接的間接的に雇用を生み、需要全体に景気拡大の効果を与える。このように公的投資をすることは、需要を拡大し、経済を不況から立て直す手助けになる。

このような戦略の利点は、時期を得た初期投資がその価値以上に社会に利益を生み出すので、公共財政赤字の拡大や初期段階の借り入れを正当化することができるということである。支払わなければならなかったはずの失業保険や社会保障も縮減さえるので公費の節約となるだろう。新しく雇用された人々は税金を支払うので、長期的に見れば、投資の利益(リターン)となるだろう。例えば、橋やケアサービスへの投資では、その利益(リターン)は、運行時間の短縮や、さらに健康な生産年齢人口の増加によりもたらされる。

しかし、国際労連は旧来のケインジアン風の道路や橋などの物理的インフラよりも、教育、ケア(育児介護)、ヘルスサービスなどの社会的インフラを重視します。

通常、公的投資戦略を採択した政府は道路や橋など物理的インフラに投資する。社会全体の富を高め、長期的に利益をもたらすからである。本報告では、社会インフラ(基盤)への投資による利益として、よりジェンダー平等であるが類似したものを示し、特にケア産業に着目している。教育や保育への投資も社会全体に同じような利益をもたらす。このような投資は、さらに高い教育やより良い保育を受けた子ども達がより生産的で幸せな大人へと成長することで徐々に利益を生んでいく。社会インフラ(基盤)への投資としてケア産業へ投資するのも同じ理由である。

本報告において、社会インフラ(基盤)への投資により男女への雇用効果に関する実証研究結果やケーススタディによる論理的議論を提示している。低成長で失業率の高い失業の蔓延した時期に公的投資をする必要性を述べている。物理的インフラ同様にケア・インフラへの投資の重要性を強調し、研究結果を示す事例が相次いでいる状況を鑑み、建設産業およびケア産業への公的投資を増やすことで雇用へのプラスの影響が見込まれている7ヶ国(オーストラリア、デンマーク、独、イタリア、日本、英国、米国)の分析から新しい実証的事実を提示している。

我々の分析では、建設産業でもケア産業でも投資により雇用は大幅に生み出されている。仮にGDPの2%をケア産業に投資し、そして産業転換せず、あるいは他の産業に労働力供給せずに投資を増加できるのであれば、国によるが2.4%~6.1%といった範囲で雇用の増加が生じる。つまり、米国で1300万近く、日本で350万、ドイツで200万近く、英国で150万、イタリアで100万、オーストラリアで60万、デンマークで12万近くの新たな雇用が創出されることになる。

結果として、女性の雇用率は3.3%から8.2%(男性は1.4%から4.0%)に増加し、正確な数字は各国の特性によるが雇用における男女間格差が減少する(最大で米国の50%、最少で日本とイタリアの10%)。建設産業で同じレベルの投資を行えば、新しい雇用は創出するが(ケア産業への投資の)半分程度で、雇用における男女間格差は減少するどころか上昇する。

加えて、保育と社会的ケアの双方で新しい雇用を創出し投資を行うことは現代社会に立ちはだかる経済社会的主課題をいくつか解消するだろう。例えば、生産性の低さ、ケア不足、人口統計上の変化、有償・無償の労働における長引く男女間格差。

我々の調査結果は、雇用拡大を模索する政府は公的投資を増やすべきであること、現在のものよりもケア・インフラに投資すべきだろうと主張が強いということを示している。ケア産業への投資は、大幅に雇用を創出することに加え、ケア不足に対処し男女間格差を減少させる。このような政策は不況から脱出し景気を盛り上げるだけでなく、より包摂的な開発モデルを創出する。

だから、保育所や介護施設への公共投資は、デフレ脱却にもいいし、世の中の福利向上にも役立つので、一番いい経済政策だよ、というわけですね。

どっかの「りふれは」は目の敵にするかも知れませんけど。

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20160310#p1

共産党が保育園問題で声高だけど、経済学の初歩的な知識によれば、待機児童問題の根源は、価格規制にある(補助金が実現する低価格維持→恒常的超過需要)。価格規制をやめれば待機児童問題の解消が大幅に前進する。だがそれを拒むのは保育労組などの既得権団体。共産党もそれらの既得権団体のコア。

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ニッポンの女議員比率はインド以下

OECDが一昨日「公的分野における男女平等勧告」(Recommendation on Gender Equality in Public Life)なるものを公表していますが、そこに載ってたこのグラフがなかなか興味深いです。

http://www.oecd.org/governance/oecd-countries-agree-to-improve-gender-equality-in-public-leadership.htm(OECD countries confirm their drive to improve gender equality in public leadership)

Women20in20parliaments20chart20eng

ふむ、日本の女議員比率はわずか10%で、インドの12%よりもさらに低い、と。

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欧州社会的権利の柱一般協議

一昨日(3月8日)、欧州委員会は「欧州社会的権利の柱」(European Pillar of Social Rights)に関する一般協議(public consultation)を開始したと発表しました。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=2487&furtherNews=yes

協議の内容や関係文書は上記リンク先に載っていますが、リーマンショックに引き続くソブリン危機でEU、とりわけユーロ圏がもっぱらマクロ経済バランスにのみ関心が集中され、労働者の権利や社会保障がないがしろにされてきたことに対して、そろそろ見直しが始まったと解釈してよいのでしょうか。

The European Pillar of Social Rights will set out a number of essential principles to support well-functioning and fair labour markets and welfare systems within the euro area.

The experience of the past decade and a half has shown that persisting imbalances in one or more Member States may put at risk the stability of the euro area as a whole. As called for by the Five Presidents Report on "Completing Europe's Economic and Monetary Union", a stronger focus on employment and social performance is needed as part of a broader process of upward convergence towards more resilient economic structures within the euro area.   

欧州社会的権利の柱はユーロ圏におけるよく機能し公正な労働市場と福祉システムを支持するいくつかの重要な原則を提示している。

過去15年の経験は若干の諸国における執拗な不均衡がユーロ県全体の安定性を危機に曝すことを示した。5人の大統領たちによる「欧州経済通貨統合を完成する」報告の求めに応じ、ユーロ圏におけるよりレジリエントな経済構造にむけた上方への収斂過程の一環として雇用と社会面におけるパフォーマンスにもっと焦点を当てる必要がある。

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2016年3月 9日 (水)

予約数: 38 予想待ち時間: 6か月程度

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5さいたま市図書館の新着情報によると、

http://libsaitama.blog.jp/archives/56301414.html

働く女子の運命
濱口 桂一郎
文春新書

Amazonでの評価:(4.7/5.0)
予約数: 38
予想待ち時間: 6か月程度

いささか目を疑いましたが、こんなちっぽけな本1冊に「予約数: 38 予想待ち時間: 6か月程度」ですか・・・。

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2016年3月 8日 (火)

加藤恵津子, 久木元真吾『グローバル人材とは誰か』

9784787233974加藤恵津子, 久木元真吾『グローバル人材とは誰か 若者の海外経験の意味を問う』(青弓社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-3397-4

国際的な産業競争力を向上するために「内向き志向」を改善して海外に目を向け、語学力やコミュニケーション能力、主体性をもつことを期待される若者=グローバル人材。近年では、文科省や経産省がその育成に力を注ぎ、経団連が必要性を訴えている。
留学も含め海外に渡る若者は現在でも多いのにもかかわらず、行政や企業が強く求める「グローバル人材」とはいったい誰なのか。
海外滞在経験をもつ若者ともたない若者へのインターネット調査と、カナダやオーストラリアに実際にやってきた若者へのフィールドワークを組み合わせて、「普通の若者」にとっての海外経験の意味をすくい取り、期待される「グローバル人材」とのズレに、階層やジェンダーという、「若者の意識」だけには還元できない問題があることを明らかにする。そして、「グローバル人材」といった特権的な人材層の育成だけに目を向けるのではなく、若者のキャリア形成の多様性を確保しながら、若者に広い視野を与える環境づくりの必要性を指摘する。

ということなんですが、ふむ、いまいち焦点が絞りきれない感じが残りました。

はじめに 加藤恵津子

第1部 若者は「内向き」か?――インターネット調査からみる若者の海外経験と人生 久木元真吾

第1章 若者にとっての海外経験
 1 海外に行くということ、行っていないということ
 2 海外経験が豊富な若者たち
 3 海外経験が(ほとんど)ない若者たち
 4 若者たちにとっての海外経験の意味

第2部 「外」に向かう人びと――フィールドワークからみる若者の海外経験と人生 加藤恵津子

第1章 「自分探し移民」とオーストラリア、カナダ――「あれもこれも」の魅惑と困惑
 1 「海外」としてのオーストラリア、カナダ
 2 誰が「外」に来るのか?――日本の若者たちのプロフィール
 3 若者の「人生の場」としてのオーストラリアとカナダ――揺さぶられる三つの境界線
 4 「やりたいこと」「仕事」「自分」の三位一体化

第2章 「自分探し移民」と「グローバル人材」――〈自分〉と〈企業〉をめぐるジェンダー・階層
 1 「自分探し移民」とは誰か
 2 女性化する「自分探し移民」
 3 「グローバル人材」言説と男性性(ルビ:マスキュリニティー)
 4 ジェンダー内格差と「自分優先」という選択

第3章 「グローバル市民」のスゝメ――帰国者も、移民も、移動者も
 1 日本企業と「自分探し移民」の間のギャップ
 2 海外経験と自己肯定感・自己推進力
 3 「グローバル人材」か「グローバル市民」か
 4 帰国者・移民・移動者を含めた「グローバル市民」のスゝメ

あとがき 加藤恵津子

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2016年3月 7日 (月)

非ジョブ型大学と不動産投資

西川純さんのブログで、一見何のことを言ってるのかすぐにはわかりにくい譬え話が書かれています。

これを読んで、何の譬え話だかわかりますか?

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20160305/1457171331 (愚か)

 ある若者がいました。父を早くなくし、母のパートで生計を立てています。同級生がオシャレを楽しんでいるとき、それをぐっと我慢していました。豊かになりたい。親孝行をしたいと願いました。そこで目をつけたのは不動産投資です。不動産投資の勉強を一生懸命にしました。しかし、投資するためのお金がない。そこで借金をしました。ところが投資はうまくいきません。やがて借金生活になりました。とても払えません。しかたなく破産することにしました。しかし、破産した場合、連帯保証人の母に督促が行きます。母はわずかな年金で生きています。

 これを読んで若者に同情しますか?

 その若者が「家が貧乏だったら不動産投資をしてはいけないのか?」と言ったらどう思いますか?

 その若者が貧しい家庭の人が不動産投資をするための基金づくりのために募金活動をしたら、あなたは募金しますか?

 私は同情しません、募金もしません。

 そして、「何で不動産投資みたいなものに手を出すんだ。もっと地道にやれることがあるだろう。」と思います。

 おそらく、大方の人は同意すると思います。

と、ここまで読んでも、多分かなり多くの人は、不動産投資するような若者には同情できないな、と思いながら、それにしてもこの筆者はこの譬え話で何を言いたいんだろう、といぶかしく感じているのではないかと思います。

その正体はすぐに明かされます。

 中日新聞が奨学金で苦しむ若者を特集しました。・・・それを読んだとき、私は「愚かだな~」と思います。今の世の中で、投資に見合うものを提供できる大学は多くありません。分の悪い投資なのです。もともと、お金に余裕がある人がやるのはいいですが、借金してまで投資するものではないのです。

 中途半端な非ジョブ型大学に行くぐらいだったら、職業高校で手に職をつければ良いのです。高卒で大卒より安定した生活を得ている人は少なくありません。

 その若者に大学進学という不動産投資を教えた人がいるはずです。おそらく、教師でしょう。たしかに昔は大学進学という投資が儲かった時代もありました。でも、今はそうでないことを、不勉強な教師は知らないのです。

そう、金を稼げないような非ジョブ型大学に行くために金をつぎ込むのは、不動産投資をするのと同じくらい「地道じゃない」ことだという、ジョブ型社会であれば極めてまっとうな常識です。ジョブ型社会であれば。

でも、実を言うと話はそこで終わりではありません。

普通であれば不動産投資と同じような金が余っていればやっても良い道楽であるはずの非ジョブ型大学への進学が、必ずしもそう見なされてこなかった、いやむしろ、なまじジョブ型の教育機関などに行くと落ちこぼれと見下され、非ジョブ型大学でスキルのかけらも身につけなかった学生の方が、企業から好んで採用されるという状況が数十年にわたって継続してきたという日本の現実があればこそ、不動産投資とは全然異なるまっとうな投資として高く評価され、それゆえにそれを目指して苦労したあげくに苦しむ若者を生み出しているわけですから。

非ジョブ型を高く評価するという奇妙な社会の現実に過剰適応したことをその中で育ってきた若者の個人責任として糾弾して済む話ではない、からこそ、問題は構造的に論じなければならないのです。

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未だにこんな議論がまかり通っているのか・・・(再掲)

1月9日に、キャリコネに載った記事のひどさに呆れて書いたエントリを、まったく一字一句そのまま再掲しなければならないくらい、まったく同じレベルのトンデモな議論が何の反省もなく横行するのが現代日本というものなんですな。

http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47021815.html (ブラック社労士が必要とされる理由。)

要するに、日本は解雇規制が厳しすぎるからやむを得ず必要悪としてブラック社労士が求められるんだ、という一件もっともらしそうな議論です。

そうじゃないということを筋道立てて、現実の姿をこれだけ示して語っても、伝わらない人には全然伝わらないというのが、徒労感の源泉になるわけですが・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-518a.html (未だにこんな議論がまかり通っているのか・・)

例の愛知県のブラック社労士については、既に山のように論評されているので特にコメントすることもないのですが、それにこと寄せてインチキな議論を展開する手合いが依然として後を絶たないようなので、やはり一言なかるべしということで。

https://news.careerconnection.jp/?p=19774 (ブラック社労士の出現は「正社員解雇の厳しさ」が原因か? 再発防止は「金銭解雇の法制化」との意見も)

一連の騒動に対してネットでは、あらためて「これは酷い」と批判が出ているが、このような社労士が現れる背景には「正社員の解雇の厳しさ」があるという指摘する声もあがっている。

「経営者が本当に必要と考える場合であっても、安心して解雇ができないから、逆に半ばいじめのような退職勧奨になってしまいがちということである」

現実社会で生きている人なら誰でも知っているとおり、日本の労働社会における解雇のしやすさ、しにくさは、名の通った大企業と中小零細企業とでは雲泥の違いがあります。

後者における解雇の実情については、わたくしの労働局あっせん事案の研究によって、アカデミズムの人々にも最近はよく知られるようになってきましたが、未だに判例雑誌に載るような事案だけで日本の現実社会の解雇をすべて語って疑わない理論偏重な人々が、とりわけ理論経済学方面には結構いるようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-12a7.html (中小企業ではスパスパ解雇してますよ)

112050118少なくとも、私が日本の労働局のあっせん事案を調べた限りでは、こういうのが日本の解雇の現実の姿ですけど。

・10185(非女):有休や時間外手当がないので監督署に申告して普通解雇(25 万円で解決)

・10220(正男):有休を申し出たら「うちには有休はない」その後普通解雇(不参加)

・20017(正男):残業代の支払いを求めたらパワハラ・いじめを受け、退職勧奨(取下げ)

・20095(派男):配置転換の撤回を求めてあっせん申請したら雇止め(不参加)

・20159(派男):有休拒否に対し労働局が口頭助言した直後に普通解雇(不参加)

・20177(派女):出産直前に虚偽の説明で退職届にサインさせた(不参加)

・20199(派女):妊娠を理由に普通解雇(不開始)

・30017(正女):有休申請で普通解雇(使は通常の業務態度を主張)(打ち切り)

・30204(非女):有休をとったとして普通解雇(12 万円で解決)

・30264(非女):有休を請求して普通解雇(6 万円で解決)

・30327(非女):育児休暇を取得したら雇止め(30 万円で解決)

・30514(非男):労基署に未払い賃金を申告したら雇止め(不参加)

・30611(正男):指示に従わず減給、これをあっせん申請して懲戒解雇(打ち切り)

・30634(正男):労働条件の明示を求めたら内定を取り消し(15 万円で解決)

・10011(非女):個人情報(家族の国籍)を他の従業員に漏らしたことに抗議すると普通解雇(7万円で解決)

・10057(正男):会社から監視カメラで監視され、抗議すると普通解雇(15 万円で解決)

・20088(派女):いじめの現状を公にしたら派遣解除で雇止め(20 万円で解決)

・30015(派男):応募した業務と違う営業に回され、申し入れたら雇止め(不参加)

・30037(試女):無給研修に疑問を呈し、正式採用拒否(不参加)

・30048(正男)・30049(非女):配転で交通費を請求したが拒否され、退職勧奨(不参加)

・30077(正男):賃金が求人票と異なり、問うと退社を促された(10 万円で解決)

・30563(非男):偽造契約書に承諾させようとし、意見を言うと退職を勧める(不参加)

・10029(非女):賞味期限や注文数のごまかしを指摘したら普通解雇(不参加)

・10210(正女):データ改ざんを拒否して普通解雇(30 万円で解決)

・30036(正男):ハローワーク紹介で内定した会社が他社に労働者を供給する会社であることに疑義を呈したところ内定取消(不参加)

・20070(正男):常務に「勝手にやらんで欲しい」と言って懲戒解雇(打ち切り)

・20214(正女):マネージャーの降格人事に嘆願書をもって抗議したことで普通解雇(取下げ)

・30131(正男):客先で荷下ろし順に意見をしたら出入り禁止となり、さらに普通解雇(不参加)

・30243(正女):運営に意見が食い違っただけで普通解雇(打ち切り)

・30594(非男):副社長と営業方針、やり方が合わないとして雇止め(打ち切り)

・10032(正男):勝手に日曜出勤したので出勤停止、処分撤回を要求して懲戒解雇(取下げ)

・10056(正女):会社・社長の批判、社長の机を開けて社員の履歴書を見たので普通解雇(25万円で解決)

・10075(正男):会議中の発言や営業員との口論を理由に普通解雇(不参加)

・10097(派男):会社を信用できないと発言したことを理由に普通解雇(16.5 万円で解決)

・20052(正男):言い争いで出勤停止、不服申立に対し自主退職したものと見なす(30 万円で解決)

・20086(非男):社長、専務、同僚への暴言で普通解雇(不参加)

もし、解雇しにくいからいじめをする、という命題が正しいのであれば、これだけ解雇がやりたい放題な中小零細企業が圧倒的な労働局あっせん事案では、それを回避するためのめんどくさいいじめ事案なんかあんまり出てこないはずですね。

ところがどっこい、労働局あっせん事案は解雇も山のようにありますが、最近はそれ以上にいじめ嫌がらせによる自己都合退職事案がごまんとあります。もちろん、解雇もいくらでもやれそうな中小零細企業です。

・10001(派男):派遣先上司から時間外に個室で業務指導(説教)で退職(3万円で解決)

・10027(正女):同僚から言葉の暴力やセクハラまがいをされ退職(10万円で解決)

・10084(非男):同僚からのいじめについて異動させるとの約束を守られず退職(22.5万円で解決)

・10157(正女):上司から仕事ミスを厳しく叱責され、モニターで監視され退職(打切り)

・10215(正女):事務に向かないと異動を強要、心療内科に通い、退職(45万円で解決)

・10218(正女):「あなたの席はそこではない」等と言われ、退職(不参加)

・20090(非女):同僚3人からいじめを受け、上司も対応せず、退職(打切り)

・20118(正男):勝手に作業手順を変え問題を起こしたため掃除を命じられ退職(取下げ)

・20121(正女):先輩店員にいじめられ、店長に相談しても対応せず退職(25万円で解決)

・20124(正男):上司からパワハラを受け、心身にストレスがたまり退職(打切り)

・20158(正男):素手で便器掃除やゴミ片付けをさせられ、ボケ、バカと言われた(打切り)

・20212(非女):店長から「年取って邪魔なのでハローワークで仕事を探すように」と言われ退職(不参加)

・30034(派女):いじめから生ずる心身ストレスで勤務できなくなった(打切り)

・30035(派女):派遣先のいじめで他の職場に変えてもらえずうつ病で働けなくなった(打切り)

・30094(非女):公休日を無断欠勤扱いされ、中傷メモを貼られ、追い込まれ退職(打切り)

・30098(正男):不眠症から復職しようとしたら社長から暴言、うつ病で退職(18万円で解決)

・30166(非女):管理人夫妻から「自分でシフトを決めるな」と言われ、退職(9万円で解決)

・30176(正男):長時間の拘束と度を超した罵詈雑言で退職(不参加)

・30205(非女):社長から名指しで過大な暴言を受け退職(15万円で解決)

・30236(正男):皆の前でミスを公表し「欠陥社員」と言われ、うつ病で休職、退職(100万円で解決)

・30263(派男):ハラスメントで退職せざるを得なくなった(打切り)

・30287(非女):店長の暴言、出勤日数を減らされる等の嫌がらせで退職(9.4万円で解決)

・30313(正男):営業所長から「暗いオーラが出てる」「君はバカ」「親は育てるのに失敗した」等と言われ、退職(40万円で解決)

・30496(非男):代表者の息子から暴力を受け、恐怖心から退職(打切り)

・30561(非女):チーフの暴力的な言動で心療内科に通院、仕事ができない状態に(打切り)

・30582(非男):新店長から毎日シフトを減らすと言われ退職(打切り)

・10010(非男):店長からいじめを受けうつ病になり退職(30万円で解決)

・10059(非女):毎日暴言、罵声を浴びせられ、こなせない量の仕事で退職(10万円で解決)

・10072(派男):派遣先正社員より中傷され就業不能に(30万円で解決)

・10085(正女):上司より暴言を吐かれ、評価を貶めるメールを送信され退職(打切り)

・10127(正男):工場長のパワハラの恐怖心で体調悪化し、通院中退職(不参加)

・10167(正男):同僚から嫌がらせを受け、フォークリフトを当てられ退職(44万円で解決)

・10190(正男):パワハラでうつ病に罹患、入院後復職を拒否され退職(80万円で解決)

・10195(正女):社長からいじめ、自宅付近の駐車場で待ち伏せされ「生活できないようにしてやる」と言われ、退職(不参加)

・10196(正女):社長からいじめ、過重労働で体調崩し、退職(不参加)

・10197(正男):社長から心ない言動で退職(20万円で解決)

・20008(正女):嫌がらせで退職せざるを得なくなった(取下げ)

・20097(非女):准看護師にいじめられ、退職(打切り)

・30026(正男):支店長の激しい叱責でフラッシュバックを起こし、退職(不参加)

・30105(非女):足の捻挫をきっかけに店長から嫌がらせを受け、退職(打切り)

・30142(派男):派遣先でパワハラを受け退職(不参加)

・30150(非男):酒を飲んだ上司から「クビにする」と言われ、退職(10万円で解決)

・30160(非女):いじめがまかり通り精神的に限界で退職(不参加)

・30305(非女):業務妨害に等しい嫌がらせを受け、退職(不参加)

・30354(正女):ことごとに社長からいじめを受け、退職を余儀なくされた(不参加)

・30417(派女):派遣先の言動で精神的苦痛を受け、退職(3万円で解決)

・30511(非女):主任の言葉の暴力、いじめに耐えきれず退職(打切り)

・30529(派女):派遣先女性社員から八つ当たりされ、侮辱、嫌みを言われ退職(不参加)

何のことはない。解雇がしにくいから仕方なくいじめするしかないんだ、という一見もっともらしそうに見える議論は、現にスパスパ解雇やり放題の中小零細企業こそが、いじめ嫌がらせがてんこ盛りであることによって、見事に反証されてしまっています。

しかし、話はここで終わりません。

例の愛知の悪徳社労士は、どういう企業に対して、あの陋劣な手口を売り込もうとしていたのでしょうか?

愛知を代表する天下のトヨタ自動車・・・ではもちろんありませんね。

そういう、インチキ社労士を頼る必要のない大企業が、どちらかと言えば解雇がやりにくい立場にあり、労働法もよくわからずにそういうブラック社労士を頼ってくるのは、労働局あっせん事案に出てくるような中小零細企業ということになるでしょう。

あれ?そういう企業はそもそも結構スパスパ解雇していて、わざわざ悪徳社労士のアドバイスで持って回った手口でいじめ自殺に追い込むような必要性はないんじゃないの?

まさにその通り。そこにこそ、このインチキ社労士事件の最大の悪辣さがあるのです。

実のところ、あの社労士の口車に乗って、それなりに高い金を払って必要性のないいじめ自殺プロジェクトをやらされる中小企業こそ、いい面の皮と言えましょう。

そして、現実社会の実情を知らず(あるいは知っていても知らないふりをして)日本社会はすべて解雇ができないくらい厳しい規制があるなどと嘘八百をわめき立てて、こういう悪徳社労士の商売の宣伝を勤める一部のエコノミストや評論家諸氏の責任は重いものがあるといわなければなりますまい。

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2016年3月 5日 (土)

『季刊労働法』252号(2016春号)

252_hp 『季刊労働法』252号(2016春号)の案内が労働開発研究会のサイトに載っているので、こちらでもご案内。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/3903/

●特集は「制度発足70年・労働委員会制度を考える」です。「労働委員会制度は何の役割をはたしてきて、今、どのような役割変化に直面しているか」「個別労働紛争をめぐっては、労働審判制度や地方労働局あっせんと、どのように棲み分け、連携していくべきか」「また、労働教育において、三者構成の強みを生かした社会的な寄与ができないか」などの課題を検討します。労働委員会に求められる役割の変遷を振り返り、将来を展望したいと思います。

●第2特集では、「職場における精神障害をめぐる法的救済」を掲載いたします。メンタル不調に対する法的救済のあり方について論点をまとめ、重要な裁判例、代表的な学説をフォローします。①精神障害による休職者の復職と解雇・退職、②精神障害による労災補償、③精神障害に対する民事損害賠償――といった論点を検討します。

ということで、結構ヘヴィな特集です。

特集 制度発足70年・労働委員会制度を考える

戦後期における労働委員会と労使関係:偉大なる調停者の時代 国士舘大学教授 仁田道夫

労働委員会制度の現状と課題 法政大学名誉教授 諏訪康雄

不当労働行為法理の課題―団交権保障を中心として 放送大学教授 道幸哲也

個別労働関係紛争に対する労働委員会のあっせん―「地方特性の」自治事務としての優位性と課題― 九州大学教授 野田 進

労働委員会制度に未来はあるか? ―その専門性を問い直す 神戸大学教授 大内伸哉

第2特集 職場における精神障害とその法的救済

私傷病休職者の復職と解雇・退職 社会保険労務士・駒澤大学非常勤講師 北岡大介

精神障害の労災補償 ―「精神障害の認定基準」策定の意義と今後の課題― 東洋大学講師 田中建一

精神障害による自殺と損害賠償 東洋大学教授 鎌田耕一

■労働法の立法学 第42回■

建設労働の法政策 労働政策研究・研修機構主席統括研究員 濱口桂一郎

■文献研究労働法学 第18回■

採用・試用・採用内定(2) 神戸大学教授 大内伸哉

■イギリス労働法研究会 第24回■

イギリス労働組合法案の動向 島根大学教授 鈴木 隆

■研究論文■

事業譲渡における労働者保護法理の現代的展開 同志社大学大学院博士前期課程修了 藤澤佑介 同志社大学教授 土田道夫

契約締結過程における使用者の労働条件明示と説明義務・情報提供義務 N社事件(東京地判平26・8・13労経速2237号24頁)を契機として 小樽商科大学准教授 國武英生

中国法における解雇の金銭解決―経済補償金について― 追手門学院大学非常勤講師 オランゲレル

ドイツ・官吏の勤務評価 岡山大学教授 藤内和公

■判例研究■

社会保険給付と損益相殺的調整の方法およびその基準時 フォーカスシステムズ事件最大判平成27年3月4日判決民集 69巻2号178頁 筑波大学ビジネス科学研究科 鈴木和泉

■キャリア法学への誘い 第4回■

構想の視点 法政大学名誉教授 諏訪康雄

●重要労働判例解説

ファミリーマート店長の労組法上の労働者性について 東京都労働委員会平27年3月17日命令 山梨大学教授 大山盛義

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日本型雇用と女子労働の未来@TBS『調査情報』

1281681061_p TBSの『調査情報』3-4月号に「日本型雇用と女子労働の未来」を寄稿しました。

http://www.tbs-mri.co.jp/info/top.html

特集は「日本のこれから…私たちはどこへ向かうのか」。

今話題の内田樹、小森陽一、大澤真幸といった人たちに混じって、なぜか私も登場しています。

日本のこれから

…私たちはどこへ向かうのか

「街場の日本論」

―私たちが今するべきは立ち止まって考えること

内田 樹

百年前、漱石が見ていた日本の未来

小森陽一

人口減少社会にふさわしい国のかたちと日本人像

藤原智美

日本型雇用と女子労働の未来

濱口桂一郎

東京五輪後―

そのとき日本人は自身の「無」に突然直面することになる

大澤真幸

テレビジョンはこれからが青春である

~21世紀のデジタル型テレビ感覚~

重延 浩

インタビュー

元祖「鉄人」プレーヤー、大いに語る④

日本球界の2016年

衣笠祥雄

好評連載!

連載 ルポルタージュ 被災地再生への歩み

三陸の思いを紡ぐ ~未曽有の災禍を忘れないために~【最終回】…佐々木智之

三陸彷徨 新たな魂との出会いを求めて 第28回…龍崎 孝

同時代を生きる視点

馬と共に生きた一家の物語

―河﨑秋子『颶風の王』…川本三郎

テレビ日記

役者と役柄の関係…鴨下信一

メディア論の彼方へ

1968年、田英夫キャスター「解任」事件について書こう…金平茂紀

creator's voice

時事放談

「SEKAI NO OWARI」……。…石塚博久

著作権AtoZ

「判例百選」の編集著作物性(続)…日向 央

メディア漂流

大学におけるジャーナリズム教育【30】

八王子空襲の「謎」を解き明かす…松野良一

お前はただの過去ではない "クラシック"に何が可能だったのか?

ラジオ東京 音楽部の夢(1953―1959)【最終回】…小島英人

ブヒ道

【最終回】おおまか維新の回…小泉𠮷宏

culture windows

映画『スポットライト 世紀のスクープ』…宮内鎮雄

本 『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』…木原 毅

視聴者から

「やっぱりやめて」イマドキ街録事情…藤田多恵

データからみえる今日の世相

「悲惨」な戦争は避けられるか?

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世に倦む左翼の時代錯誤

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2 「ヨニウム」氏こと「世に倦む日々」氏が、拙著『働く女子の運命』で(一件迂遠なように見えるにもかかわらず)取りあげたある議論を、いささか戯画的に見えるような形で呟いていますね。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/705996491790221312

今の左翼リベラルは(ジェンダー論の延長で)とにかく夫婦二人が低賃金でも何でも必死で働くのがいいという発想をする。家事・子育ては二の次で分担だと。その脱構築的な考え方が、新自由主義の賃金切り下げをスムーズにする前提を作っている。一人が一家四人を支える昔のモデルこそを再建すべきだ。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/705978024198406144

労働力商品の価格の決め方が変わったんだよね。原理が変わった。昔は、一家四人を支えて、子ども二人を大学にやり、夫婦で安定した老後を送る人生のモデルがあり、そうした基準が公的に存在し、労働力商品の価格(給与体系)が決まっていた。新自由主義はその原理を崩したわけさ。固定費から変動費に。

何でもかんでも悪いのはネオリベにするという、ある種の思考停止の典型ですね。ヨニウム氏にかかれば、終戦直後の日本にやってきて、家族賃金を批判した当時の世界労連は、ネオリベの手先ということになるのでしょうか。(拙著『働く女子の運命』p86~p88)

世界労連の批判

 もう一つの批判者は世界労連でした。少し脇道ですが、この頃の世界の労働運動の流れを概観しておきます。終戦直後の1945年、東西両陣営の労働組合が世界労連に結集しました。ところが1949年にマーシャルプランをめぐって対立が生じ、西側諸国の労働組合は大挙して脱退し、国際自由労連を結成したのです。世界労連はソ連圏の(共産党直系の)組合だけの機関になりました。しかし、1947年3月に世界労連の視察団が来日したときはまだ西側労組が脱退する前でした。ですからこの時やってきたのは、仏労働総同盟(CGT)出身のルイ・サイヤン書記長を団長に、米産別会議(CIO)のタウンゼンド氏、全ソ労評のタラゾフ氏、英労組会議(TUC)のベル氏ら6名でした。視察団は同年6月にプラハで開かれた総理事会に予備報告を行いましたが、その中で日本の賃金制度について次のように手厳しく批判しています。

 代表は次の点に注意した。すなわち国有事業をも含めた工業において、賃金制度は職業能力、仕事の性質、なされた仕事の質や量に基礎を置いていない。時としてそれは勤労者の年齢や勤続年限によっている。また他の場合、われわれは調査にあたって男女勤労者の基本賃金を発見し得なかった。というのは、報酬は子供の数に基礎を置かれており、これら家族手当の性質や価値を決定し得ないのである。代表団は全部かかる賃金決定法を非難した。かかる方法は、雇主の意志のままに誤用され、差別待遇され得る道を開くものであるという事実はさておいても、方法そのものが非合法的非経済的である。賃金は勤労者の資格、その労働能力に基礎が置かれねばならぬ。妻子、老齢血続者等、家族扶養義務にたいする追加報酬は切り離すべきで、そして、受益者の年齢、資格を問わず、かれら全部に平等な特別の基準のものでなければならぬ。・・・

 代表団は全般的に見て、婦人労働者に正常の賃金と、より良い社会的地位とを保障する努力がこれまでほとんどなされていないと考えている。似通った仕事は同じ時間と、同じ質にたいして、同じだけの報酬に価するという原則に従って、代表団は、労働者の性別によって賃金に差をつけるべきではないと述べた。工場に多年勤めている婦人労働者は、男子見習員よりも安い賃金をもらっているが、この事実の中に、低い婦人にたいする不平等で、非人道社会的な考えが残っているのである。

 そして、賃金と労働条件の改善のための提案として、

四、婦人の賃金は引き上げられるべきこと。また、同一の量と、質の労働にたいする賃金には、労働者の性、年齢による差別を設けぬこと。

を求めています。

 このように、終戦直後の時期において、アメリカの労働行政官たちと、世界の労働組合運動家たちは、揃って日本の賃金制度を批判し、同一労働同一賃金原則の確立を求めていたのです。

すごいなあ、終戦直後のフランス、イギリス、アメリカ、それにソ連の労働組合がみんなそろってネオリベなんだ!!!

なんて便利な概念なんだろう。

さて、日本以外全ての国の労働組合をネオリベと批判するヨニウム氏の議論をちゃんと応援してくれる議論があります。

評判の悪い社会学(笑)じゃなく、一応経済学です。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/705980769097768960

子どもの貧困にせよ、保育園の問題にせよ、こういう問題は経済学の言葉で語らないといけない。社会学の言葉で語ってはいけない。経済学の概念で分析し、問題解決策を与えないといけない。脱構築主義の日本のアカデミーは、経済学の発想がないから(阿部彩や本田由紀みたいに)すぐに消費税でとなる。

どういう経済学かというと・・・・・(拙著『働く女子の運命』p104~p110)。

マル経で生活給を正当化

 こうした経営側や政府の職務給導入論に対して、労働側は口先では「同一労働同一賃金」を唱えながら、実際には生活給をできるだけ維持したいという姿勢で推移していたといえます。

 先の電産型賃金体系は、終戦直後に家族手当などが膨れあがる形で混乱を極めていた賃金制度を、基本給自体を本人の年齢と扶養家族数によって決めるように明確化したもので、生活給思想の典型といえるものです。それと同一労働同一賃金原則の関係は、労働側にとってなかなか説明しがたいものでした。

 これをマルクス経済学(マル経)の概念枠組みを駆使して説明しようとしたものとして、宮川實氏が1949年に唱えた「同一労働力同一賃金」説があります(宮川實氏『資本論研究2』青木書店(1949年))。これは、戦時体制下の皇国勤労観に由来する生活給思想を、剰余価値理論に基づく「労働の再生産費=労働力の価値」に対応した賃金制度として正当化しようとするものでした。そのロジックの説明は後で詳しく述べますが、まずはざっと目を通してください。

 ・・・同じ種類の労働力の価値(価格)は同じである。なぜというに、同じ種類の労働力を再生産するために社会的に必要な労働の分量は、同じだからである。だから同一の労働力にたいしては、同一の賃金が支払われねばならぬ。・・・資本家およびその理論的代弁者は、同一労働、同一賃金の原則を異なつた意味に解釈する。すなわち彼らは、この原則を労働者が行う労働が同じ性質同じ分量のものである場合には、同じ賃金が支払われねばならぬ、別の言葉でいえば、賃金は労働者が行う労働の質と量とに応じて支払われねばならぬ。というふうに解釈する。労働者がより多くの価値をつくればつくるほど、賃金は高くなければならぬ、賃金の大きさをきめるものは。労働者がつくりだす価値の大きさである、というのである。・・・すでに述べたように賃金は労働力の価値(価格)であって、労働力がつくりだす価値ではない。労働力は、それ自身の価値(賃金)よりも大きな価値をつくりだすが、この超過分(剰余価値)は、資本家のポケットにはいり、賃金にはならない。・・・われわれは、賃金の差は労働力の価値(価格)の差であって、労働者が行う労働の差(労働者がつくりだす価値の差)ではない、ということを銘記しなければならぬ。この二つのものを混同するところから、多くの誤った考えが生まれる。民同の人たちの、賃金は労働の質と量とに応じて支払わるべきである、という主張は、この混同にもとずく。・・・賃金の差は、労働力の質の差異にもとずくのであって、労働の質の差異にもとずくのではない。だから同一労働、同一賃金の原則は、正確にいえば、同一労働力、同一賃金の原則であり、別の言葉でいえば労働力の価値に応じた賃金ということである。・・・

 資本主義社会では、労働者は、じぶんがどれだけの分量の労働をしたかということを標準としては報酬を支払われない。労働者にたいする報酬は、彼が売る労働力という商品の価値が大きいか小さいかによって、大きくなったり小さくなったりする。そして労働力という商品の価値は、労働者の生活資料の価値によって定まる。・・・労働者の報酬は労働力の種類によって異るが、これは、それらの労働の再生産費が異るからである。

 さてしかし、この文章をいきなり読んで何を言っているかがすぐわかる人は、マル経をかなり知っている人でしょう。現在ではマル経はあまり流行らないので、何のことかさっぱりわからない人の方が多いのではないかと思われます。そこで、私自身全然納得していないのですが、できるだけわかりやすく説明してみたいと思います。

 まず、マル経では、商品の価値はそれを生産するのに要した労働量によって決まるということ(労働価値説)が出発点になります。ある商品と他の商品が同じ値段になるのはなぜかというと、どちらを生産するのにも同じ10時間必要だから同じ2万円になるのだ、という理屈です。細かくいえば、労働の質が違うと価値も違うとかいろいろありますが、大筋はこうです。これは現在主流の新古典派経済学とは異なりますが、本書は経済学の議論を展開するところではないので、マル経とはそういうものだと思ってください。

 では、労働生産物ではない労働そのものの価格である賃金はどうやって決まるのでしょうか。ここは大変技巧的な説明になります。世間ではみんな賃金とは「労働の価格」だと思っているけれども、実はそうじゃなくて「労働力の価格」なんだというのです。前者であれば、労働者というサービス業者が自社の商品である労働というサービスを切り売りしているイメージですが、後者だと奴隷主である労働者が奴隷である労働者をまるごと貸し出しているイメージですね。そうすると、労働力という商品はそれ自体も労働を投入して生産されるべき商品であり、その価値はその生産に必要な労働時間で決定されることになります。ここで労働力の生産とは、毎日飯を食って明日からまた同じように働けるようにすること、つまり「再生産」を意味します。つまり一言で言うと、労働者がずっと労働者として働き続けられる程度の生活ができるぎりぎりのお金が労働力の価値ということになります。

 これで最初に出てきた「同一の労働力にたいしては、同一の賃金が支払われなければならぬ」が何を言っているかがわかりました。「賃金は労働者が行う労働の質と量とに応じて支払われなければならぬ」というのは、マル経からすると間違いなのです。それは俗流経済学の間違った発想なのです。

 ここはマル経の一番根幹になるところです。一方で労働生産物の価値はそれに投入された労働者の労働時間によって決まるというのですから、商品の価値は本来すべて労働者に属するはずです。ところが労働者に払われる賃金は、その労働力の再生産に必要な分でしかない。そこで、たとえば1日10時間労働して2万円の商品を生産したとしても、その労働者に支払われるのはその労働力の再生産、つまり生活維持に必要な1万円でしかないので、その差額の1万円はまるまる資本家のポケットに入ってしまいます。これを剰余価値といって、それが資本家が労働者から搾取している部分だと説明するのです。搾取という言葉を、昔の『女工哀史』や昨今のブラック企業のようなことだと思っていたら、マル経の授業で単位はもらえません。マル経では、搾取とは利潤が存在することと同じことを意味するのです。

 問題はこの労働力の再生産に必要な労働時間の中身です。労働者本人の生存ぎりぎりの生活費では、その労働者が老衰して死んでしまったらおしまいです。労働者も生き物ですから、個体として生存するだけではなく、種族として再生産できなければ、それを使って商品を生産する資本主義社会も維持できません。それゆえ、労働力の再生産費には、労働者本人だけでなく、その妻や子供など家族の生活費も含まれなければなりません。つまり、女房子供を養える生活給の正当性は、マル経によって見事に弁証されたことになります。

 逆に、いままで成人男子労働者に養ってもらっていた女房や子供たちが働きに出ると何が起こるでしょうか?家族総出で働いても労働力の再生産費はほとんど変わりませんから、それが家族の賃金で分割されるだけです。今まで亭主一人で月40万円稼いでいたのが、亭主は20万円、女房は10万円、子供二人はそれぞれ5万円で、合計は以前と同じ40万円になるわけです。これをマル経では「労働力の価値分割」といいます。女性が労働力化すると労働力の価値が下がるのです。

 これでやっと生活給のロジックに接続しました。ここでの説明は頭にとどめておいてください。とりわけ、賃金は「労働の価格」ではなく、「労働力の価格」であるというマル経の考え方は、この生活給のロジックを超えて、今日の日本社会で支配的なメンバーシップ型労働社会のあり方と密接な論理的因果関係を有しているのです。

まさにヨニウム氏の議論の原型がここにあることがわかります。

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これは凄い本だ。。。会社にいた頃に疑問に思っていたことが全部書いてある。

Chuko ここんとこ『働く女子の運命』への感想が圧倒的に多いですが、それでも2013年刊の『若者と労働』への感想もときどきツイートされてます。

https://twitter.com/ohmistar/status/706049938753351680

【若者と労働】

これは凄い本だ。。。会社にいた頃に疑問に思っていたことが全部書いてある。

『女子』本に対して、自分の経験そのものだという(とりわけ90年代半ばに就職された年代の)女性の声がよく聞こえてきましたが、『若者』本にも御自分の経験を投影される方が結構おられるようです。

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『労働六法2016』

145422 旬報社から『労働六法2016』をお送りいただきました。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1064

実務に役立つ!使いやすく学習に便利。労働六法の最新版。

新たに「女性活躍推進法」、「同一労働同一賃金推進法」を掲載。

「労働者派遣法」、「若者雇用促進法」(勤労青少年福祉法の改正)、「労働安全衛生法」(ストレスチェック制度の導入)などの法改正に対応。

考えてみると、この『労働六法』も2004年以来12年目になりますね。

今までの日本の六法ではなかったEU法を載せる六法ということで、わたくしに声がかかり、以来、条約や指令に改正がある都度手を加えてきましたが、最近はEU労働政策も弱体化してあんまり改正もなく、こうして毎年いただいても、わたくしの改訂した部分というのがないこともあります。今年もEU労働法戦線は異常なし、というところです。

あと、今年収録された「同一労働同一賃金推進法」こと「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」ですが、労働市場法に分類されていますね。まあ、派遣法の『対案』と称して提出された訳なので、労働市場法ではあるのですが、本質的には労働条件法に含まれるようにも思われます。

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Tomoaki Itoさんのブクレコレビュー

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 Tomoaki Itoさんが、ブクレコという書評サイトで、拙著『働く女子の運命』を丁寧に評しています。

https://www.bookreco.jp/review/204217

 労働官僚出身で、労働法制や制度の歴史で著書の多い著者の最新作。「女子はなぜ〝活躍“できないか?」(あえて”活躍”にカッコをつけているところが今っぽい)を主題に、小手先だけに留まっている女性の登用・活用策を批判している。

 女性の社会進出が進まない根本的な原因として著者は男尊女卑的な考え方や文化的な背景以上に、労働者への給与システムが欧米的な「職務給」(仕事の内容や責任、労働に対する単価があらかじめ決まっていて、同一労働同一賃金=ペイ for ジョブ)ではなく、一家の主人たる男性に対して扶養家族の生活給まで含めて包括的に払う「職能給」になっていることに原因を求めている。女性は家庭に入り、一家の主人を助ける事を前提にしており、女性の仕事は家計の補助的なものに限り、長く務めることはないがないが故に低い給与体系に抑えて構わないという論理・・・・根は深く、古いようにも見えるが、実は戦前までは日本は「職務給」的な賃金体系であるところがあり、「一家丸ごと面倒見る」制度は、戦時中の「報告・産業戦士」を動員するために編み出された制度であるという。その後、戦後の労働運動の激化の中で、組合側がむしろ積極的に「職能給」を求めるようになり、今日まで続いている。

 タイトルに「運命」とあるように、女子の社会進出はそう簡単に進むものではない。「男女雇用機会均等法」は、単に一部の女子を「男のレール」に乗ることを認めたに過ぎず、男並みの働き方(無条件の服従)をして初めて「均等」が享受できるという実情と、「一般職女子」が派遣労働に置き換わる中で、女性の立場はますます厳しいものになっているとの指摘は鋭い。

 「年功序列」「知的熟練」という、歳を重ねれば自動的に待遇が良くなる日本的なシステムに警鐘を鳴らす著者。ただ、高すぎる教育費や、生活費、充実しない介護負担などに手を入れずにいきなり「同一労働同一賃金」の名のもとに昇給を止めてしまうことは、ともすれば人件費を安く抑えたい経営者側の意図と相まって社会を混乱に陥れかねないという点にも目を配りたい。とはいえ、正社員のみが優遇され、大量の非正規労働者(特に女性)を出している今、この問題提起にどう答えるか、それぞれの立場で議論を進める土台になるのではないかと思う。少なくとも、「女性管理職登用率」やら「育休取得率」といった小手先の数字を目標に立てて「総活躍」と言うよりは遥かに身がある議論になると思う。

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2016年3月 4日 (金)

セバスチャン・ルシュヴァリエ『日本資本主義の大転換』

0610870セバスチャン・ルシュヴァリエ著・新川敏光監訳『日本資本主義の大転換』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/06/2/0610870.html

かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛され,世界各国の注目を集めた日本経済の凋落はなぜ生じたのか.1980年代以降の日本経済の歩みを新たな枠組みで分析.「改革の遅れが原因」とする通俗的な見方を排して,一連の改革の失敗や問題点を指摘しながら,日本経済が現在どのような道を歩んでいるのかを明らかにする.フランス人研究者による新しい日本経済論!

フランス人による日本経済分析というと、今から30年~20年前に流行したレギュラシオン学派が思い出されますが、その頃のポストフォーディズムの熱狂の憑き物が落ち、失われた20年が過ぎた今、改めてこの30年間の日本の来し方を冷静に考える上で、こういう欧風制度学派のまなざしは役に立ちます。

まえがき

序章 なぜフランス人経済学者は日本の資本主義に興味をもったのか,そしてそれが日本にとってなぜ重要なのか

第1章 資本主義の多様性と資本主義の未来への日本からの教訓

第2章 J企業モデルの終焉?

第3章 日本の資本主義は今なお調整的なのか

第4章 現代日本の社会的和解の特質

第5章 新自由主義世界の教育システムとは

第6章 シリコンバレー・モデルが日本にとって唯一の道か

第7章 日本資本主義はグローバリゼーションに順応すべきか

終章 資本主義と新自由主義――日本からの教訓

監訳者あとがき

雇用システムに関わる論点としては、とりわけ第4章の最後のところで、平等社会から非平等社会への移行の本質として、「労働市場の再断片化」という概念を提案しています。

・・・労働市場の断片化が構造的にもたらされたにせよ、歴史的に見れば、それは戦後の亀裂に沿って強化されてきたといえる。今日議論されている日本の不平等は、1990年代に生み出されたものではなく、むしろずっと古く、終戦直後に形成された雇用制度、そしてそれに伴う不平等に関するもう一つの論争にまでさかのぼる。問題は、日本の賃金労働関係は、雇用保障創出のために断片化を必要とするのか、あるいは一時的に特定の種類の労働者を不安定な状況にさらすとしても、本質的には包摂的な制度であるのかと言うことである。本書の考えでは、断片化は、戦後の社会的和解にとって不可欠なものであった。したがって、日本の雇用システムは、三種の神器(・・・・)よりも、安定と不安定の均衡による労働市場の異なる断片の接合として定義される。このような均衡と妥協こそ、直接あるいは間接に新自由主義的な政策によって挑戦を受けているのである。危機ではなく、これらの政策こそが亀裂の真の源泉である。

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2016年3月 3日 (木)

「新しい「ハケン」の未来像」@『月刊人材ビジネス』3月号

201603_2『月刊人材ビジネス』3月号に「新しい「ハケン」の未来像」を寄稿しました。

https://www.jinzai-business.net/gjb_details201603.html

 昨年9月、ようやく改正労働者派遣法が成立し、極めて特殊であった日本の労働者派遣法がようやく先進国並みの普通の法律となった。しかしその道のりはなめらかではなかった。2014年3月に国会に提出した法案も、同年9月に提出した法案も廃案となり、2015年3月に提出した法案も野党の猛反対で延々審議が続けられ、ようやく(安全保障法案可決のためにわざわざ延長されていた)9月になって成立に至ったのである。しかし、国会での野党の主張やマスコミなどで語られる派遣法をめぐる議論は、日本の労働者派遣法の本質的な問題から目をそらし、情緒的な議論に終始するものであった。

 今回成立した改正労働者派遣法は、その元になった厚生労働省の研究会報告において史上初めて、特殊日本的「常用代替防止」論からの部分的脱却を打ち出し、専門26業務という虚構の概念をなくすことを提起した。そして派遣会社に無期雇用される派遣労働者については期間制限を撤廃し、有期雇用の派遣労働者については一定の上限規制をかけるという仕組みとした。紆余曲折の末これが実現したことによって、日本の労働者派遣法はようやく世界標準に並ぶことができるようになったのである。

 とはいえ、昨年10月から施行されている現行法も問題がないわけではない。昨年の改正で精力を使い果たした感もあるが、将来に向けて問題点をいくつか提起しておくことが重要であろう。本稿では、昨年改正時点で既に問題が指摘されていた日雇派遣に係る矛盾点を指摘するとともに、日本の労働者派遣システムの将来像をもっと明るくポジティブなものにしていくためのやや中長期的な将来に向けた提案を試みたい。

 まず2012年改正で盛り込まれた日雇派遣の原則禁止規定である。これは2007年当時格差問題が大きな社会問題となり、とりわけ日雇派遣労働者がネットカフェ等に寝泊まりしている実情が報道され、格差是正のために日雇派遣の禁止が主張されるようになったことが発端である。2008年に出された改正案では、26業務からさらに削ったファイリングや事務用機器操作など17.5業務でのみ認めるという改正案が提出された。学識者の研究会では危険業務の日雇派遣を禁止するといったまともな議論もあったのだが、結果として意味不明の業務限定となったのである。

 翌2009年には民主党への政権交代があり、製造業派遣や登録型派遣の原則禁止を掲げる2010年改正案が提出されたが、日雇派遣の原則禁止は自公政権時代の法案の規定がそのまま盛り込まれた。1年半後、自公民3党間で登録型派遣や製造業派遣の原則禁止規定を削除する合意がなり、2012年改正が成立したが、この時に日雇派遣の原則禁止規定に日雇派遣が認められる例外として、60歳以上の高齢者、昼間学生、労働者自身かその配偶者が年収500万円以上の者が盛り込まれた。規制緩和の意図だったのだろうが、労働現場からすれば、日雇派遣で生計費を稼ぐ必要性の高い者ほど、その日雇派遣で働くことが許されないという、何とも逆説的な事態をもたらすことになってしまった。

 昨年の改正では、本体の業務限定は廃止したにもかかわらず、日雇派遣の原則禁止規定(第35条の4)には依然としてその名残が残存している。上記例外規定も何ら改正されることなく今なお有効で、生計費を稼ぎたい者を日雇派遣から排除しながら小遣い稼ぎのために日雇派遣をする者だけを認めるという状態が続いている。派遣労働者の保護という労働法の基本理念からして、17.5業務への限定も小遣い稼ぎへの限定も意味不明と言わざるを得ない。ここは迅速に対処すべき点であろう。

 次にやや中長期的な課題である。過去30年にわたって派遣労働が政策課題になるたびに、労働組合や労働側評論家等から繰り返し労働者派遣を全面否定するような言動が繰り返され、それがマスコミや政治家に影響を与えておかしな政策が作られるといったことについて、単にそれを批判するだけではなく、なぜそんなことになってしまうのか、そうならないためにはどうしたらいいのか、という積極的な問題意識を持っていただきたいのだ。そこには、労働者派遣事業が労働者の味方であるというポジティブな宣伝を怠ってきたことが大きく効いているように思われる。

 今からもう4年前になるが、2012年3月、CIETT(国際人材派遣事業団体連合)の地域ワークショップとして講演とシンポジウムが開かれ、筆者もパネリストの一人として出席した。そこでCIETT、とりわけその中核をなしているヨーロッパのEuro-CIETTの方々の話には、日本の派遣業界ではほとんど使われることのない言葉がキーワードとして使われていた。ハーステレン会長(蘭)やペネル専務理事(仏)が繰り返し強調したのは、人材派遣こそがディーセントワーク(良質の仕事)を提供しうるのだということであり、その柔軟性と安定性の両立のためには適切な規制が必要だが、その中でも労使対話型が望ましく、人材派遣業界は労使対話に尽力しているのだということであった。ヨーロッパ各国で、労使パートナーによる人材派遣業界対象の共同組織が多数設立されていることが紹介され、ソーシャルパートナーシップ(労使協同)という言葉が何回も繰り返される姿は、ほとんどILO総会かと見まがうばかりであった。

 残念ながら、日本の派遣業界はこれまでディーセントワークとかソーシャルパートナーシップという概念に無関心であった。時としては公然と敵意を示すことすらあった。たとえば、かつて政府の規制改革会議や労働政策審議会労働条件分科会の委員として、公的な立場で派遣業界の意見を世間に示す立場にあった方が、「ILOは後進国が入るところだ。先進国はみんな脱退している」とか、「労働省や労基署はいらない」とか、「過労死は自己責任だ」といったことを語っていたのである。もちろん個人的にそのような意見を持つ方がいても全く自由だが、公的に派遣業界を代表する立場の人がそのような発言をするという事態の背後には、派遣業界のこの問題に対する認識の水準が顕れていたといわれても仕方がないであろう。

 しかしながら、これは派遣業界を責めていればよい問題でもない。既存の労働組合がややもすれば正社員組合に安住して、派遣労働者など非正規労働者の組織化に取り組んでこなかったことが、こういう事態の背景にあるとも言えるからである。派遣労働者を含む非正規労働者の「発言」のメカニズムをどのように構築していくか、日本の労働組合が非正規労働分野においても「ソーシャルパートナー」の名に値する存在であるのかどうかが問われている。実は既にUAゼンセンはその傘下に人材サービスゼネラルユニオンを結成し、派遣労働者の組織化に踏み出している。自動車でも電機でも何でもそうだが、ある業界の労使はその中では賃金その他をめぐって闘う仲だが、外に向かっては共に業界を守る仲間である。派遣業界もそういう意味で「フツー」の業界に進化することができるかどうかが、これからの中長期的課題であろう。

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2016年3月 1日 (火)

集団的労働関係法の時代@『法律時報』3月号

07052 『法律時報』3月号が「集団的労働関係法の時代」を特集しています。

http://www.nippyo.co.jp/magazine/maga_houjiho.html

非正規労働者・非雇用就業者の拡大により労働組合法を軸とした規制枠組みが機能不全に陥る中、より広い視野で集団的労働関係法を捉え直し、限界を打破するための新たな構造と機能を探る。

「集団的労働関係法の時代」認識……野田 進

労働組合法のこれまでとこれからの課題――「労働者」の集団的な利益代表の観点から……竹内(奥野)寿

集団的労働関係法における権利・義務主体論の再検討……富永晃一

団体交渉・労働協約の機能と新たな法的役割――非正規労働者および非雇用就業者をめぐる解釈問題の検討を通じて……桑村裕美子

従業員代表制設計の検討課題……神吉知郁子

労働組合の変容と不当労働行為制度――労働契約的把握及び裁判所化からの脱却……緒方桂子

労働委員会制度の実情と課題……山下 昇

主として若手研究者による意欲的な論考が並んでいますが、その中でも特に必読なのは、竹内(奥野)寿さんの論文です。戦後確立してきた複数組合平等主義に対して、労組法の立法時の経緯も踏まえて、なかなか言いにくい議論を果敢に展開しています。

現行の判例では、労働組合の団交権はもっぱらその組合員のためのものだということになってしまっていますが、それで良いのだろうかという問題意識です。これは、実は今現下の課題である非正規労働者の処遇問題を集団的労使関係を使って取り組んでいこうとする時にまず最初にぶち当たる問題でもあるわけですね。

この問題をあくまでも労働組合という切り口から論じる竹内(奥野)論文に対して、もう一方の切り口が神吉さんの論じている従業員代表制です。この二つは、形式論理でもって一方は憲法28条で他方は憲法27条だなどとうそぶいていれば済む話ではなく、まさに目の前の問題をどの武器でどの様に切り込むかという密接不可分の関係にあるわけです。

他の論文も含めて、この号の特集は学習指定文献ですな。

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<親子に時間を>イクメンの選択(6・完)識者インタビュー@静岡新聞

昨日の静岡新聞夕刊に、「<親子に時間を>イクメンの選択(6・完)識者インタビュー」として、わたくしのインタビュー記事も載っています。

http://www.at-s.com/news/article/women/series/215136.html

■雇用慣行の根源議論 浜口桂一郎・労働政策研究・研修機構主席統括研究員

 ―日本的雇用慣行について教えてください。

 「戦後から労使で積み上げた規範としての雇用の在り方。典型的な点が長期雇用、年功処遇の中で職務、時間、場所を無限定に働くこと」

 ―世界的にみた特徴とは何ですか。

 「学歴で社員、準社員、職工と分かれる身分制を戦後に解消し、ホワイトカラーとブルーカラーを同じ社員とした上で長期雇用、年功処遇の仕組みを築いた。男性に限れば世界で先駆的に平等化した企業社会だ。無限定に働く『頑張る』人は上に上がれる。出世民主主義と呼び、社会全体の効率を維持できた。欧米は今も職務による身分制が残っている」

 ―日本企業に今、何が起きていますか。

 「子どもを抱えた女性は男性同様に『頑張る』ことはできない。男性に限れば平等な企業社会を実現したために、後から女性を入れるのが難しいという皮肉な状況にある。どこまで『頑張る』かも職務で決まっている欧米は、不平等かもしれないが、男女とも無限定に働かなくても、それなりの生活ができる」

 ―日本企業の今後を展望してください。

 「労働力人口が減る中、育児や介護をしながら働く人が増えれば、転勤や長時間労働ができない人が多数派となる。将来的には労働時間を規制しなければ、社会は持続できなくなる。ただ、平等な企業社会をどの程度諦めるのかという問題でもある。雇用慣行は法律ではないので労働者の間で根源から議論し、時間をかけて解決するしかない」

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「企業組織再編における労働者保護」@損保労連『GENKI』2月号

120損保労連『GENKI』2月号に「企業組織再編における労働者保護」を寄稿しました。

http://www.fniu.or.jp/kikanshi/

 厚生労働省が一昨年末から開催していた「組織の変動に伴う労働関係に関する研究会」が、昨年11月20日に報告書を取りまとめました。

 会社分割時の労働者保護ルールを定めた労働契約承継法は、それまで営業譲渡というやり方でしか行えなかった事業の移転を「会社分割」というやり方でできるようにした2000年商法改正に伴って作られた法律です。その発想の根源はEUの企業譲渡指令にあります。ヨーロッパでは、労働契約は職務を限定して結ぶのが普通ですから、会社で自分のやっている仕事がほかの会社に行ってしまうのに、自分がそれから切り離されて元の会社に残されてしまう、というのが最大の悲劇です。ですから、労働者の担っていた職務とともに労働者自身も移転させることが労働者保護になる、というわけです。

 ところが、日本では労働契約で職務が限定されていないことが通常であり、主に従事している業務でも、それは会社から命じられたからに過ぎず、人事異動で全然違う部署の仕事に回されることも普通です。そういうメンバーシップ型社会に、ジョブ型社会で発達した労働契約承継のルールを持ち込んだため、労働契約承継法のルールは複雑なものになりました。すなわち分割計画書の記載を基本としつつ、主に従事する職務を優先させる方向への修正を認める仕組みです。就職よりも就社が一般的な日本の雇用慣行を踏まえつつも、労働者からの異議申出権を、「移転される事業に主に従事している労働者(主従事労働者)が移転対象となっていない場合」、または「移転される事業に主に従事していない労働者(非主従事労働者)が移転対象となっている場合」にのみ認めるという形で整理しています。

 もっともEU指令は、事業譲渡の場合でも職務と一緒に労働者も移転するというルールです。しかし日本では、従来から営業譲渡は個別承継だからという理屈で、原則として労働者は移転せず、個別に合意した場合だけ移転する、という扱いです。そのため、日本でもタクシー業界や医療業界のようにジョブ型の世界では、仕事から切り離されるという問題が生じています。営業譲渡については、承継法成立後の20001年から2002年にかけて「企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に関する研究会」で議論されましたが、結局「現時点で立法措置は不要」という結論でした。日本では会社に所属するという意識が強いからという理由も挙げられていますが、それを言うなら会社分割も同様でしょう。

 一方、メンバーシップ型社会にEU型の承継ルールを持ち込んだことによるトラブルとして日本IBM事件(最高裁平22.7.12)があります。日本IBMでハードディスク事業部門に従事していた労働者たちが、同部門が新設分割により設立された会社に承継された事案なので、承継拒否権はありません。問題になったのは、商法改正法附則5条で求められている労働者との個別協議が果たされたかどうかで、本件では「果たされた」と判断されましたが、「5条協議を全く行わなかったような場合には承継の効力に影響がある」と述べられた部分が注目されました。法律家にはそこがポイントでしょうが、EUであれば当たり前の主従事労働者が承継されたことに異議を唱えていることにこそ注目すべきでしょう。

 さて、労働契約承継法制定後の2005年、商法の中から会社関係部分が独立して「会社法」という法律ができるとともに、中身も大きく変わりました。会社分割についても、それまでは分割の対象が有機的一体性のある営業(事業)であったのが、「事業に関して有する権利義務の全部又は一部」となり、またそれまでは債務の履行の見込みがあることが前提だったのが、債務の履行の見込みがなくても分割できるようになりました。いわゆる「泥船分割」です。しかし、そのときには労働契約承継法は改正されず、指針で最小限の対応がされただけでした。今回の研究会の検討は、この会社法による新たな事態に対応すべきかどうかというのが最大の論点です。

 今回の報告書は、まず事業に当たらない権利義務の会社分割の場合について、①従来通り「事業」に主従事かどうかで判断し、事業たり得ない権利義務に従事していても非主従事と整理、②承継される権利義務に主従事か否かで判断、の二つの立場を示し、雇用や職場の確保の観点から①が望ましいとしています。しかしこの場合、どの範囲が「事業」に当たるのかが問題になりますから、その判断基準を明確にすべきだとも述べています。その上で、今までは5条協議の対象は承継される事業に主従事及び従従事の労働者だけでしたが、通知の対象となる不従事労働者についても対象とすることが望ましいとしています。

 次にいわゆる泥船分割の場合について、不採算事業に承継される労働者に何らかの保護が必要かを論じ、債務超過の状況についても、5条協議の対象に含めることや、過半数労働組合等と協議を行う努力義務を定めた7条措置の対象となることを明確に周知することとする一方、不採算事業に承継される主従事労働者や不採算事業に残留する非主従事労働者にも異議申出権を付与すべきではないかという議論に対しては、承継法の趣旨から否定的な考えを示しています。ジョブ型社会であれば、泥船であろうがなかろうが労働契約にその職務が書き込まれているのですから当たり前の理屈です。しかし、日本のようなメンバーシップ型社会では、たまたま会社から人事命令で不採算部門への配置転換を命じられたがためにその部門と運命をともにしなければならない、というのは不平不満の種になりかねません。

 曰く付きの事業譲渡の問題については、「将来の雇用の確保にもつながるような有用な組織再編への影響や全体としての雇用の維持の観点からも慎重な検討を要する」として、「事業譲渡に労働契約の承継ルールを設けることについては、未だ慎重に考えるべき」としています。ここは理屈がもやもやするところですが、おそらく事業譲渡の場合には日本的なメンバーシップ感覚から事業と一緒に労働者も動くということに対する抵抗感が強く、現実に問題が多発しているタクシーや医療などジョブ型の職域はまだまだ少数派であることが最大の原因ではないかと思われます。報告書は、手続面でのルールを整備することは考えられるとし、まずは例えば指針を定めて取り組みを促していくことを提案しています。

 以上のように、報告書は法改正に至るような提案はなく、指針の一部改正を提起しているにとどまりますが、ここで論じられた問題は結構奥が深いものが多く、さらに突っ込んで検討していくことが望まれます。

 

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