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2016年2月28日 (日)

読んでまあ勉強にはなるのですが、はー、そーっすかー、みたいな本

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 例によって、ブログで拙著を書評している方を紹介するシリーズ。

今日は、タコカバウータンというブログです。

http://hirokikiko.hatenablog.com/entry/2016/02/28/171037

冒頭、

塾の課題です。

提出したものは↓

としてなかなか辛口の書評が書かれていますが、

・・・近頃はいい年したオバサンが自分のことを女子、女子言って、いい年したオバサンの一員である私はあれはみっともない、やめとこと思うのだが、思えばあれも会社でずっと〝女子〟をやらされていた後遺症かもしれない。みんなオッサンが悪いのだ。

その後に、提出用じゃない部分が続いていて、こちらが絶品。

読んでまあ勉強にはなるのですが、はー、そーっすかー、みたいな本で、正直書きにくい中、唯一のひっかかりがタイトルのなんでわざわざ〝女子〟? 流行に乗っかり?  だったんだけど、そもそも〝女子労働〟という用語も定着しているそうで、じゃあ、〝男子労働〟って用語あるのか? フェミ嫌いは〝婦人問題〟とかも使いたがるけど、学生時代、民青女子(基本ダサい)はそう言っておった記憶があるけど、そして対抗勢力の新左翼女子は〝東南アジアの女性労働者との連帯〟ばっかり言っており、絶対、小娘が何ぬるいこと言ってやがるって、東南アジアのバリバリ労働者からバカにされてるぞ、と思っていた私だったが、〝婦人〟の対語って何? ウェブで調べたら〝殿方〟(!)しか出てこないぞ。〝殿方問題〟〜笑える〜。男流文学もびっくりだぁ。ことほどさように言葉遣いの鈍感さだけでもう、日本の女性の置かれている状況が見えてくる気がいたします。男の腐ったようなヤツ(権力志向ばりばりのガサツ鈍感猪突猛進24時間働きますっ!)しか出世できんぜ。

はぁ、やぱり「女子」に引っかかりましたか。

実は、もとの原稿には、女子と婦人と女性という言葉をめぐるトリビアみたいな一節もあったんですが、紙数の関係もあり。本からはばっさり落としてしまったんです。

ただ、その部分を、別の場所でエッセイとして書いたので、せっかくなのでそれを引っ張っておきますね。

英語では単に「women」になる言葉が、日本では異なる文脈で異なるニュアンスの言葉になるというところが面白いところです。

「女子と婦人と女性」(労基旬報11月25日号)

 慌ただしく「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律案」(「女性活躍推進法案」)が国会に提出されたのを機に、そもそも「女性」を日本の労働法制ではどのように呼んできたのかを振り返ってみましょう。どちらかというと、トリビア的な話題です。

 最近でこそ、どの法律でも「女性」で統一されていますが、昔の法律は「女子」や「婦人」という言い方がされていました。いずれも英語に訳したら「women」となるはずですが、日本語の文脈ではそう単純な言葉でもありません。womenの対になる言葉はmanですが、女子や婦人の場合、必ずしもそうではないのです。

 というと、「女子」と対になるのは「男子」に決まっているだろう、と異論があるかも知れません。確かに、学校教育の世界では、女子児童と対になるのは男子児童ですし、女子生徒と対になるのは男子生徒ですから、まさに男女ペアの言葉です。しかし、労働法の世界ではそうではありません。

 日本の労働法の先駆け的存在である1911年の工場法では、「女子」は「年少者」と並んで、保護されるべき職工の類型と位置づけられていました。

第三条 工業主ハ十五才未満ノ者及女子ヲシテ一日ニ付十二時間ヲ超エテ就業セシムルコトヲ得ス

第四条 工業主ハ十五才未満ノ者及女子ヲシテ午後十時ヨリ午前四時ニ至ル間ニ於テ就業セシムルコトヲ得ス

 つまり、男子職工という概念はないのです。成人男子はただの形容詞のつかない職工であり、女子と年少者は特別に保護されるべき存在でした。

 この考え方は,戦後制定された労働基準法でもほとんど変わっていません。

第六十一条 使用者は、満十八歳以上の女子については、第三十六条の協定による場合においても、一日について二時間、一週間について六時間、一年について百五十時間を超えて時間外労働をさせ、又は休日に労働をさせてはならない。

第六十二条 使用者は、満十八歳に満たない者又は女子を、午後十時から午前五時までの間において、使用してはならない 

 年少者が時間外労働禁止であるのに対して女子は上限設定というところに差は付けていますが、成人男子がただの形容詞のつかない労働者であるのに対して、女子と年少者が特別に保護されるべき存在である点においては何の変わりもありません。少なくともこれらの規定が置かれている労働基準法第六章「女子及び年少者」においては、女子は男子とではなく、年少者と対になる言葉です。

 ところが一方で、労働基準法第四条には、女子を男子と対にした規定が置かれていました。

第四条 使用者は、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱をしてはならない。

 これが、ILO憲章の男女同一価値労働同一賃金原則をもとにしながらも、労務法制審議会において年功賃金制や生活給との矛盾を指摘されて単なる男女同一賃金規定になったものであることは、今までも何回か紹介してきましたが、それにしてもこの条項においてだけは、女子が男子と対になって賃金におけるその均等待遇を要求しているという意味で、後の男女均等法を先取りする規定であったと言ってもいいでしょう。

 さて、労働基準法が制定されるのと相前後して労働省が設置され、そこに「婦人少年局」が置かれました。この「婦人」という言葉は、戦前から言論や運動の中で女性の社会的地位を表す言葉として用いられてきた歴史があり、「婦人の地位向上」を所掌事務とする局の名前に、年少者と並んで保護の対象というイメージの付着した「女子」ではさまにならなかったのでしょう

第七条 婦人少年局においては、左の事務を掌る。

一 婦人及び年少労働者に特殊の労働条件及び保護に関する事項

二 児童の使用禁止に関する事項

三 家族労働問題及び家事使用人に関する事項

四 その他婦人及び年少者に特殊の労働問題に関する事項

五 労働者の家族問題に関する事項但し、法律に基づいて他省の所管に属せしめられたものを除く。

六 婦人の地位向上その他婦人問題の調査及び連絡調整に関する事項但し、婦人問題の連絡調整については、他省が法律に基づいてその所管に属せしめられた事務を行うことを妨げるものではない。

 設立当初の婦人少年局長は戦前社会主義者、女権主義者として活躍してきた山川菊栄、その下の婦人労働課長は女性工場監督官として現場で活躍してきた谷野せつでした。

 こうして行政機関の名称としての「婦人」は、その後政策の名称としても「働く婦人の家」とか「婦人の就業意識を高める運動」などという形で使われていきますが、それが法律の名前に顔を出したのは1972年の勤労婦人福祉法でした。

 この法律は「勤労婦人」を対象にした法律ですが、では勤労婦人と対になる言葉は何でしょうか。勤労男性、ではありませんね、もちろん。勤労婦人の対義語は家庭婦人です。ちょうど1970年にできた勤労青少年福祉法の「勤労青少年」の対義語が勤労成人ではなくて在学青少年であるのと同じです。そもそもこの法律を審議した婦人の就業に関する懇話会では、「婦人の就業は助長すべきか」という問いに対してあれこれ論じていたくらいです。成人男性が働くのは当たり前だが、成人女性については就業自体が政策上の論点になるような時代背景が、この言葉の裏側に感じられます。

 実際、同法はその基本理念において、次のように述べていました。

第二条 勤労婦人は、次代をになう者の生育について重大な役割を有するとともに、経済及び社会の発展に寄与する者であることにかんがみ、勤労婦人が職業生活と家庭生活との調和を図り、及び母性を尊重されつつしかも性別により差別されることなくその能力を有効に発揮して充実した職業生活を営むことができるように配慮されるものとする。

第三条 勤労婦人は、勤労に従事する者としての自覚をもち、みずからすすんで、その能力を開発し、これを職業生活において発揮するように努めなければならない。

 男性労働者は育児に重大な役割を果たさず、仕事と家庭の両立を図らなくてもよく、勤労者としての自覚を云々されることもない、という、まことにこの時代の差別意識の漂う法規定ではありました。

 この勤労婦人福祉法がもとになって1985年に男女雇用機会均等法(いわゆる努力義務法)ができます。しかし、このときの法律の正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」でした。基本的理念も「勤労婦人」が「女子労働者」になっただけで、依然として育児や家庭責任は女子労働者向けで、労働に従事する責任を求められるのも女子労働者だけであったのです。この時期は(婦人局という行政機関名を別にすれば)法律上の用語が「女子」という言葉でかなり統一された時期ですが、そこには主として努力義務として男子との均等待遇を求める規定と、育児休業や再雇用措置など「勤労婦人」を受け継いだ女子向けの福祉規定、そして労働基準法に残った女子保護規定という三種類が混じり合った状態でした。

 こうした「男子」や「家庭婦人」や「年少者」の対義語が一体となった「女子」の労働法が純粋に「男性」に対する「女性」の均等待遇を求める法律になったのは、1997年改正でした。「女子」が「女性」となり、題名からも「福祉」の尻尾がとれ、基本的理念も単純明快になりました。

第二条 この法律においては、女性労働者が性別により差別されることなく、かつ、母性を尊重されつつ充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする。

 これが2006年改正では、もはや「女性」のための法律ですらなくなり、文字通り男女労働者に対する均等待遇を求める法律になっています。

第二条  この法律においては、労働者が性別により差別されることなく、また、女性労働者にあつては母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする。

 ちなみに最近、成人女性が自分たちを「女子」と呼ぶことが流行しているようですが、労働法制における言葉の推移を知っている者からすると、なかなかに興味深い現象です。

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コメント

数年前に宇宙戦艦なんとかのリメイクがテレビ放映されました。旧作を踏襲しながらも、船に女性乗員が事実上ひとりしかいなかった(ほかの子たちはOL扱いでセリフすらなし)のは設定変更して各部署にデキる女性乗員が配置されていました。それでも「君はどの娘を選ぶかな」な造形に留まっていました。商売としてはそれでいいんですけど。SFは、その作品の作られた時代の男女差や家庭観や雇用体制がストレートに出てしまうんだなと改めて感じました。ちなみにあの子たちヤマトガールズと呼ばれていました。

面白いのは35年前に作られたガンダムの一作目のほうが女性乗員の存在が大きいことです。ヤマトが士官学校出のエリート集団で回っていたのに対し、ガンダムの母艦ホワイトベースは艦長(といっても軍歴わずか半年の士官候補生!)を除いてたしかほぼ全員が非正規兵。(艦長の相棒みたいな士官がひとりいたけれど途中で戦死) ガンダムに搭乗する主人公の男の子なんて中学と高校のあいだくらいの年齢の根暗メカおたくですしね。ほぼ全員が非正規雇用なぶん平等…ああ頭が痛い。

そうだ今度このネタでまた一本海外向けに書いちゃえ!


投稿: くみかおる | 2016年3月 3日 (木) 08時03分

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