永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著『詳説 障害者雇用促進法』
永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著『詳説 障害者雇用促進法 新たな平等社会の実現に向けて』(弘文堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.koubundou.co.jp/book/b214705.html
平成25年、障害者権利条約の批准に向けて「障害者雇用促進法」の重要な改正が行われました。特に平成28年度施行の「障害者差別禁止」と「合理的配慮提供義務」、同30年度施行の「精神障害者雇用義務化」は、事業者に対して従来よりもさらに実効的な対応を義務づけており、障害者雇用の一層の前進が期待されています。しかし、その法文からは必ずしも具体的な事業者の義務内容を読み取れるとは限らず、実務の今後の展開に委ねられている点も少なくありません。
そこで本書では、研究者、弁護士および上記改正に携わった行政実務者の協働により、障害者を雇用する立場にある事業者やそれをサポートする社労士、ないし障害者の就労を支援する弁護士や各種支援者等に向け、上記の点を中心に改正障害者雇用促進法の逐条的解説を行います。それに加え、障害者雇用にかかわる実務上の様々なポイントを弁護士がレクチャーする〈実務のポイント〉や、障害者雇用を今後さらに展開させていくためのヒントとなる外国の制度などを紹介する〈海外事情〉など、障害者雇用にかかわるすべての人にとって重要な情報が満載。読者の関心に応じて必要な箇所から読み進めていけるよう、クロスリファレンスも充実しています。
新しい障害者雇用促進法の内容を理解し、その意義を発揮させていくための最も精確な情報を提供する、決定版です。
メインタイトルだけみると、いかにもありきたりの法律解説書に見えるかも知れませんが、いやいやどうして、これはなかなか凄い本ですよ。
第1章 障害者雇用政策のあゆみ
第2章 障害者雇用にかかる裁判例の検討
第3章 障害者雇用促進法の解説
第4章 障害者差別禁止原則の理論的検討
第5章 これからの障害者雇用政策
第6章 行政実務者が振り返る「障害者雇用促進法改正」
第1章から第5章までは、若手研究者が中心になり、実務家としての弁護士がそれを補完するという形で記述が進められますが、その中でも第4章や第5章では、はっと目を見開かれるような記述があります。
ここでは、第4章題4節「合理的配慮提供義務」(長谷川珠子執筆)の中の、「日本的雇用システムに適した合理的配慮の在り方」という項を挙げておきます。
欧米諸国では、採用時から職務が固定されており、当該職務の本質的機能の中身が明確であることが多い。そのため、障害者の職務遂行能力や当該機能を遂行するために必要とされる合理的配慮の内容を、比較的容易に評価・判断することができる。これに対し、長期雇用慣行や年功的処遇等を特徴とする「日本的雇用システム」においては、特に正社員について、職務が限定されず、長期的な勤続の中で企業内のさまざまな部署・職務に配置転換が行われることが予定されている。そのため、職務遂行能力を測ろうとしても「職務」事態が不明で必要な能力の判定が難しく、かつ、どの職務について合理的配慮を行えば事業主の義務が満たされるのか明らかではないことが多い。この点は、日本の合理的配慮(および過重な負担)を検討する上で、非常に悩ましい問題を報じさせる。・・・・
ちなみに、たまたまですが、WEB労政時報でわたくしも同じような観点からの問題提起を行っております。
https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=491(障害者差別と日本型雇用)
しかしながら、本書が他の類書と隔絶しているのはなんといっても第6章です。ここは細目次を引用しておきましょう。
第6章 行政実務者が振り返る「障害者雇用促進法改正」
第1節 行政実務者としてどういう姿勢で法改正に取り組んだか
Ⅰ 2013(平成25)年法改正がおかれた厳しい状況
Ⅱ 合意形成にあたって必要とされた「視座」
Ⅲ 行政実務者が政策形成過程を語るということ
第2節 障害者雇用に関する合意形成プロセス
Ⅰ 障害者雇用対策は、誰が決めるべきか
Ⅱ 「コーポラティズムアプローチ」は否定されるべきか
第3節 「差別禁止」「合理的配慮」「雇用義務」をめぐる議論の構図
Ⅰ はじめに
Ⅱ 「間接差別」という迷宮――「差別禁止」をめぐる議論
Ⅲ 「合理的配慮」という革新──「合理的配慮」をめぐる議論
Ⅳ 四面楚歌の「精神障害者雇用義務化」──「雇用義務」をめぐる議論
●もう一歩先へ…7 障害者雇用対策が目指すべきは、雇用の量の拡大か質の向上か
本章を執筆している「行政実務者」とは、障害者雇用促進法改正を、研究会、審議会、そして国会審議とすべて事務方の現場監督(障害者雇用対策課長)としてとりしきってきた山田雅彦さんです。
この章の記述は、他の章よりも、そして他のすべての役人経験者の書いた解説書よりも「主観的」です。主観的という意味は、障害者差別禁止と精神障害者の雇用義務化という二重の難題を実現する過程で実務家が否応なく直面した政策決定過程の問題を、妙なかっこつけをせずに、ストレートに表出しているからです。
彼は、労働行政において障害者対策を形成する仕組みとしての四者構成をコーポラティズムアプローチと呼び、それ以外の分野でとられた当事者中心アプローチと対比させます。そして、行政レベルで労使(とりわけ経営側)の意見をきちんと取り込んで一定の結論を出すというやり方だからこそ、その後はスムーズに行くが、行政レベルで当事者中心アプローチをとって障害者やその関係者ばかりで政策を決めても、その後が進まず、「政治主導」に依存することになってしまうと、極めて批判的です。
実は、率直な記述といいながらも、他の分野の話はあまり書かれていないのですが、おそらく彼の本音は、偉そうに急進的な議論をさんざんぶち上げた挙げ句に、結局あんたらのは尻すぼみで大したものになっていないじゃないか、と言いたいのを、さすがにそこは我慢したという感じですね。
この第6章を読むためだけにでも、本書は値打ちがあります。
(参考)
ついでながら、先週末刊行された『日本の雇用紛争』の中から、精神障害に係る障害者差別事案を二つほど紹介しておきます。
・10137(内男)内定取消・障害者差別(33万円で解決)(宿泊飲食、50-99人、不明)
面接・適性検査を受け内定をもらっていたのに、過去に障害者枠で応募していたことが知られ、副支配人から障害者であることを隠していたことを問責され、内定を取り消された。精神障害者を差別視する人権問題である。会社側によれば、障害の内容を考慮した配置も必要となるため、障害の事実は告知すべきであり、対応に落ち度はない。障害事実の告知義務があるかどうかは難しい問題である。・20081(正男)普通解雇・障害者差別(30万円で解決)(運輸、30-49人、無)
幼少時よりてんかんの症状があり、就職の際すべて申告して承知の上で採用された。会社は将来クレーン業務に就けると言っていたのに、突然解雇された。会社側によると、荷主から「病気の人間に業務を任せておいて何かあったら困るのでこれ以上任せられない」と言われ、他に配置転換する業務もないため、解雇せざるを得なかった。
てんかんに対する障害者差別であるが、使用者にはもともと差別意識はなく、取引先(荷主)の要求によって差別的解雇を強いられている事案である。前年にてんかんの症状のある人がクレーン車で集団登校の列に突っ込む悲惨な事故があったことが大きく影響している。
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