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最低賃金と業者間協定

『生産性新聞』2月15日号に「最低賃金と業者間協定」を寄稿しました。

 最低賃金は2006年に第1次安倍内閣の下で「再チャレンジ」の一環として政策課題化し、その後政権交代を挟みながらも一貫して大幅な上昇を遂げてきました。2006年から2015年の9年間で、最も高い東京都で719円から907円、最も低い沖縄県で610円から693円になっています。そして昨年末の「希望を生み出す強い経済実現に向けた緊急対応策」では、これからも年率3%程度を目途として引き上げていき、全国加重平均 1,000円を目指すとしています。当分、最低賃金が労働政策の一つの焦点となりそうです。しかし論じられているのはもっぱら地域最低賃金であって、かつての産業別最低賃金、今日の特定最低賃金ではありません。こちらは注目を集めていないどころか、地域最賃の急激な上昇に追い越されてしまう例まで出てきています。東京都では全ての特定最賃が地域最賃以下です。使用者側の産別最賃廃止論を何とか抑えて事実上維持したにしては情けない状況です。

 もちろんその原因は繰り返し論じられてきたように、企業別組合中心の賃金設定システムにあります。そこからこぼれ落ちた無組合中小零細企業の基幹的労働者に非正規並の地域最賃よりも高い産業別最賃を、というのが、1986年に新産別最賃が発足した時の思想だったはずですが、それ以来30年の歴史はその期待を裏切ってきたと言えます。

 しかし最低賃金の歴史を振り返ってみると、この状況はまことに皮肉なものがあります。というのも、1960年代から70年代にかけての時期には、労働側がもっぱら全国一律最賃を唱え、産別最賃に否定的であったのに対し、経営側は地域最賃を毛嫌いしていたからです。むしろ、1950年代にごく一部の業種に産別最賃を導入することにすら強い反対があったために、迂回作戦として労働省が持ち出したのが業者間協定方式でした。地域の事業協同組合等を主体とする業者間協定で初任給の最低額を定めるといったものです。これは当時、労働側から「ニセ最賃」と非難され、国会でILO条約をクリアしていないから変えますと大臣が答弁し、1968年改正で廃止されました。その意味で最賃の黒歴史とも言えます。

 しかしこの制度は、ある地域のある業界の経営者団体を、自分たちの雇う労働者の最賃を決めさせるという土俵に引っ張り出して、責任を持たせていたということもできます。当時の労組は全国一律最賃を唱えるばかりで、自分たちの力である地域ある業種の最賃を協定の形で勝ち取るなどという力量はほとんどありませんでした。当時地域最賃にすら反対していた経営側が、70年代前半に全都道府県で地賃ができてしまったら、今度は産別最賃なんていらないと言い出し、1986年には新産別最賃、2007年には特定最賃にして生き延びさせてきたわけですが、そもそも企業別組合の枠を超えられない日本の労働組合には、自分たちで産別最賃を作り出す力量は乏しいということが立証されたかたちです。

 今になって考えれば、当時あれだけ「ニセ最賃」と罵倒していた業者間協定をうまく使って、それに関係労組をうまく載っける形でのソフトランディングはありえなかったのだろうか、という思いもします。業界団体という土俵はあったのです。企業を超えた賃金設定システムという生まれつつあった土俵を叩き潰して、もはやその夢のあとすら残っていません。改めて業者間協定という「黒歴史」を、偏見なしに考え直してみても良いのかも知れません。

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