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2016年2月17日 (水)

大木正俊『イタリアにおける均等待遇原則の生成と展開』

07044大木正俊さんより『イタリアにおける均等待遇原則の生成と展開-均等待遇原則と私的自治の相克をめぐって』(日本評論社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nippyo.co.jp/book/7044.html

女性、非正規社員などの待遇格差を是正するための均等待遇原則が私的自治との関係からどのように正当化されるかを詳細に検討する。

多分出版社が作ったらしいこの簡単な紹介文が間違ってます。

大木さんがこの大著で論じているのは、女性などの人権的な差別禁止法制『ではなく』、現在の日本でいえば非正規労働者の問題が典型ですが、イタリアの文脈では必ずしもそうでもなく、むしろ正規労働者同士の待遇の違いを問題にする議論として展開されてきた一般的な均等待遇原則の話です。

えぇ、というくらい、出版元の編集者自身が自分らが出した本の中身がよくわかっていない、というあたりに、昨今かまびすしい均等待遇問題、同一労働同一賃金問題に対する『世間一般』のセンスの水準が窺われるわけですが、閑話休題。

Jilfire大木さんと言えば、日本の労働法学は他の法学諸分野には見られないくらいイタリア労働法学派が厳然と存在し、今日までその法統を伝えてきているわけですが、その最若手の俊英として今一番いきの良い研究者です。最近では、JILPTの資料シリーズ『欧州諸国の解雇法制』でイタリア編を執筆されています。

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2014/142.html

その大木さんの早稲田大学博士論文(だいぶ前に早稲田の紀要に連載したもの)をもとにまとめた大著ですが、まさに同一労働同一賃金原則が政府の重要課題に浮上しつつあるという時期に出版されるというのは、なかなか図ってそうなるものではないだけに、天の時と言いましょうか。

さて、本書は下記の目次を一瞥すると分かるように、

序章
 一 問題の所在
 二 労働法における私的自治と均等待遇原則
 三 イタリア法研究の意義と本書の構成
 四 用語の整理

第1章 イタリアの労働条件決定システムと労使関係の特徴
 一 イタリアの労働条件決定システム
 二 イタリアの労使関係の特徴
 三 小括

第2章 初期の学説と使用者の指揮権能の制限をめぐる議論
 一 均等待遇原則の強行性を肯定する学説の登場
 二 使用者の指揮権能の制限をめぐる問題の背景
 三 憲法の制定とその私人間における効力
 四 憲法を通じた使用者の指揮権権能の制限
 五 小括

第3章 差別禁止規定の創設と均等待遇原則
 一 立法を通じた使用者の指揮権能の制限
 二 労働者憲章法の制定
 三 1977年男女平等取扱法の制定
 四 均等待遇原則と立法の進展:労働者憲章法15条の意義
 五 小括

第4章 1989年憲法裁判所判決とその位置づけ
 一 賃金に関する均等待遇原則をめぐる従来の判例動向
 二 1989年憲法裁判所判決の内容
 三 1989年憲法裁判所判決の位置づけおよび学説の反応
 四 1989年憲法裁判所判決の背景
 五 小括

5章 1989年憲法裁判所判決以降の賃金に関する均等待遇原則
 一 1989年憲法裁判所判決直後の判決の状況
 二 1993年破毀院連合部判決による賃金に関する均等待遇原則の否定
 三 信義則による救済肯定判決と1996年破毀院連合部判決
 四 学説の動向
 五 小括

終章 総括
 一 これまでに明らかにしたこと
 二 イタリアの議論の考察
 三 日本の議論
 四 日本法との比較
 おわりに

均等待遇原則をめぐる推移を論ずる前に、「イタリアの労働条件決定システムと労使関係の特徴」を1章割いて論じています。ここが味噌です。そう、副題の「均等待遇原則と私的自治の相克をめぐって」の「私的自治」とは、もちろん企業と個別労働者との民法的個別自治も含まれますが、イタリア的文脈においてはこれは何よりも、全国的産業別労働組合が結ぶ労働協約で基本的な労働条件を決定するという集団的労使自治を指すのです。

そして、本書の大部分で大木さんが事細かに論じていくのは、まさにそういう集団的労使自治で賃金を決めるという社会の在り方と、それを破ってまでも裁判官が均等待遇を強制することが出来るのか?という意味での均等待遇原則との『相克』なんですね。

そして本書が描き出すのは、性別や人種といった差別禁止法とは異なり、そういう一般的な均等待遇原則は、むしろ否定される傾向にあるというイタリアの姿です。

こういう視点からの議論が(まったくなかったわけではないとはいえ)日本ではほとんど見られなかったのは、もちろん日本の労働組合が企業別組合でかつ多くの場合正社員組合であるため、『相克』を論じる土俵がほとんどなかったからではありますが、しかし今日ただいま目の前で進行しているように、集団的労使自治というもう一つの『規範』が欠如したまま、裁判官が絶対的判断基準を握るかのような形での均等待遇原則や同一労働同一賃金原則が声高に叫ばれるという事態に対して、そういう原則が生み出されたまさにヨーロッパ社会が、実はもう一つの(全国産業別レベルの)集団的労使自治という規範設定の仕組みが生きているということを、つい忘却させることになりかねません。

そういう意味で、ほんとに今大木さんのこの本が上梓されるというのは大変意味があることだと思います。

そこから今日の日本にどういうインプリケーションを導き出すかは、それぞれの読者に委ねられていますが、しかし本書をいったん読んでしまった人は、もはや集団的労働条件決定システムとの相克という本書が突き出す課題を知らんぷりしてこの問題を論じることはできなくなるでしょう。

あと、まことにつまらないいちゃもんを。せっかく本を出すのですから、校正はみっちりやっておきましょう。

結構校正ミスが目立つのですが、それにしても253ページの「終章 総括」の11行目。

・・・同一労働同一賃金幻想の法規範性を認めている。・・・・

いやいや、「幻想」じゃないでしょう。

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