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2016年2月

配偶者手当の見直し

WEB労政時報に「配偶者手当の見直し」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=504

 昨年12月15日から、厚生労働省労働基準局に「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」が設置され、議論が行われています。座長は阿部正浩氏、他の参集者は、安藤至大、戎野淑子、大嶋寧子、神吉知郁子、守島基博、山川隆一の各氏です。

※厚生労働省労働基準局「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」→リンクはこちら

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudou.html?tid=318359

 この検討会が設けられた直接のきっかけは、昨年6月の「『日本再興戦略』改訂2015」において、「女性の活躍促進」の項の「女性が働きやすい制度等への見直し」の一つとして、

女性の活躍の更なる促進に向け、税制、社会保障制度、配偶者手当等の在り方については、世帯所得がなだらかに上昇する、就労に対応した保障が受けられるなど、女性が働きやすい制度となるように具体化・検討を進める。

…また、配偶者手当についても、官の見直しの検討とあわせて、労使に対しその在り方の検討を促す。・・・・・

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読んでまあ勉強にはなるのですが、はー、そーっすかー、みたいな本

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 例によって、ブログで拙著を書評している方を紹介するシリーズ。

今日は、タコカバウータンというブログです。

http://hirokikiko.hatenablog.com/entry/2016/02/28/171037

冒頭、

塾の課題です。

提出したものは↓

としてなかなか辛口の書評が書かれていますが、

・・・近頃はいい年したオバサンが自分のことを女子、女子言って、いい年したオバサンの一員である私はあれはみっともない、やめとこと思うのだが、思えばあれも会社でずっと〝女子〟をやらされていた後遺症かもしれない。みんなオッサンが悪いのだ。

その後に、提出用じゃない部分が続いていて、こちらが絶品。

読んでまあ勉強にはなるのですが、はー、そーっすかー、みたいな本で、正直書きにくい中、唯一のひっかかりがタイトルのなんでわざわざ〝女子〟? 流行に乗っかり?  だったんだけど、そもそも〝女子労働〟という用語も定着しているそうで、じゃあ、〝男子労働〟って用語あるのか? フェミ嫌いは〝婦人問題〟とかも使いたがるけど、学生時代、民青女子(基本ダサい)はそう言っておった記憶があるけど、そして対抗勢力の新左翼女子は〝東南アジアの女性労働者との連帯〟ばっかり言っており、絶対、小娘が何ぬるいこと言ってやがるって、東南アジアのバリバリ労働者からバカにされてるぞ、と思っていた私だったが、〝婦人〟の対語って何? ウェブで調べたら〝殿方〟(!)しか出てこないぞ。〝殿方問題〟〜笑える〜。男流文学もびっくりだぁ。ことほどさように言葉遣いの鈍感さだけでもう、日本の女性の置かれている状況が見えてくる気がいたします。男の腐ったようなヤツ(権力志向ばりばりのガサツ鈍感猪突猛進24時間働きますっ!)しか出世できんぜ。

はぁ、やぱり「女子」に引っかかりましたか。

実は、もとの原稿には、女子と婦人と女性という言葉をめぐるトリビアみたいな一節もあったんですが、紙数の関係もあり。本からはばっさり落としてしまったんです。

ただ、その部分を、別の場所でエッセイとして書いたので、せっかくなのでそれを引っ張っておきますね。

英語では単に「women」になる言葉が、日本では異なる文脈で異なるニュアンスの言葉になるというところが面白いところです。

「女子と婦人と女性」(労基旬報11月25日号)

 慌ただしく「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律案」(「女性活躍推進法案」)が国会に提出されたのを機に、そもそも「女性」を日本の労働法制ではどのように呼んできたのかを振り返ってみましょう。どちらかというと、トリビア的な話題です。

 最近でこそ、どの法律でも「女性」で統一されていますが、昔の法律は「女子」や「婦人」という言い方がされていました。いずれも英語に訳したら「women」となるはずですが、日本語の文脈ではそう単純な言葉でもありません。womenの対になる言葉はmanですが、女子や婦人の場合、必ずしもそうではないのです。

 というと、「女子」と対になるのは「男子」に決まっているだろう、と異論があるかも知れません。確かに、学校教育の世界では、女子児童と対になるのは男子児童ですし、女子生徒と対になるのは男子生徒ですから、まさに男女ペアの言葉です。しかし、労働法の世界ではそうではありません。

 日本の労働法の先駆け的存在である1911年の工場法では、「女子」は「年少者」と並んで、保護されるべき職工の類型と位置づけられていました。

第三条 工業主ハ十五才未満ノ者及女子ヲシテ一日ニ付十二時間ヲ超エテ就業セシムルコトヲ得ス

第四条 工業主ハ十五才未満ノ者及女子ヲシテ午後十時ヨリ午前四時ニ至ル間ニ於テ就業セシムルコトヲ得ス

 つまり、男子職工という概念はないのです。成人男子はただの形容詞のつかない職工であり、女子と年少者は特別に保護されるべき存在でした。

 この考え方は,戦後制定された労働基準法でもほとんど変わっていません。

第六十一条 使用者は、満十八歳以上の女子については、第三十六条の協定による場合においても、一日について二時間、一週間について六時間、一年について百五十時間を超えて時間外労働をさせ、又は休日に労働をさせてはならない。

第六十二条 使用者は、満十八歳に満たない者又は女子を、午後十時から午前五時までの間において、使用してはならない 

 年少者が時間外労働禁止であるのに対して女子は上限設定というところに差は付けていますが、成人男子がただの形容詞のつかない労働者であるのに対して、女子と年少者が特別に保護されるべき存在である点においては何の変わりもありません。少なくともこれらの規定が置かれている労働基準法第六章「女子及び年少者」においては、女子は男子とではなく、年少者と対になる言葉です。

 ところが一方で、労働基準法第四条には、女子を男子と対にした規定が置かれていました。

第四条 使用者は、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱をしてはならない。

 これが、ILO憲章の男女同一価値労働同一賃金原則をもとにしながらも、労務法制審議会において年功賃金制や生活給との矛盾を指摘されて単なる男女同一賃金規定になったものであることは、今までも何回か紹介してきましたが、それにしてもこの条項においてだけは、女子が男子と対になって賃金におけるその均等待遇を要求しているという意味で、後の男女均等法を先取りする規定であったと言ってもいいでしょう。

 さて、労働基準法が制定されるのと相前後して労働省が設置され、そこに「婦人少年局」が置かれました。この「婦人」という言葉は、戦前から言論や運動の中で女性の社会的地位を表す言葉として用いられてきた歴史があり、「婦人の地位向上」を所掌事務とする局の名前に、年少者と並んで保護の対象というイメージの付着した「女子」ではさまにならなかったのでしょう

第七条 婦人少年局においては、左の事務を掌る。

一 婦人及び年少労働者に特殊の労働条件及び保護に関する事項

二 児童の使用禁止に関する事項

三 家族労働問題及び家事使用人に関する事項

四 その他婦人及び年少者に特殊の労働問題に関する事項

五 労働者の家族問題に関する事項但し、法律に基づいて他省の所管に属せしめられたものを除く。

六 婦人の地位向上その他婦人問題の調査及び連絡調整に関する事項但し、婦人問題の連絡調整については、他省が法律に基づいてその所管に属せしめられた事務を行うことを妨げるものではない。

 設立当初の婦人少年局長は戦前社会主義者、女権主義者として活躍してきた山川菊栄、その下の婦人労働課長は女性工場監督官として現場で活躍してきた谷野せつでした。

 こうして行政機関の名称としての「婦人」は、その後政策の名称としても「働く婦人の家」とか「婦人の就業意識を高める運動」などという形で使われていきますが、それが法律の名前に顔を出したのは1972年の勤労婦人福祉法でした。

 この法律は「勤労婦人」を対象にした法律ですが、では勤労婦人と対になる言葉は何でしょうか。勤労男性、ではありませんね、もちろん。勤労婦人の対義語は家庭婦人です。ちょうど1970年にできた勤労青少年福祉法の「勤労青少年」の対義語が勤労成人ではなくて在学青少年であるのと同じです。そもそもこの法律を審議した婦人の就業に関する懇話会では、「婦人の就業は助長すべきか」という問いに対してあれこれ論じていたくらいです。成人男性が働くのは当たり前だが、成人女性については就業自体が政策上の論点になるような時代背景が、この言葉の裏側に感じられます。

 実際、同法はその基本理念において、次のように述べていました。

第二条 勤労婦人は、次代をになう者の生育について重大な役割を有するとともに、経済及び社会の発展に寄与する者であることにかんがみ、勤労婦人が職業生活と家庭生活との調和を図り、及び母性を尊重されつつしかも性別により差別されることなくその能力を有効に発揮して充実した職業生活を営むことができるように配慮されるものとする。

第三条 勤労婦人は、勤労に従事する者としての自覚をもち、みずからすすんで、その能力を開発し、これを職業生活において発揮するように努めなければならない。

 男性労働者は育児に重大な役割を果たさず、仕事と家庭の両立を図らなくてもよく、勤労者としての自覚を云々されることもない、という、まことにこの時代の差別意識の漂う法規定ではありました。

 この勤労婦人福祉法がもとになって1985年に男女雇用機会均等法(いわゆる努力義務法)ができます。しかし、このときの法律の正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」でした。基本的理念も「勤労婦人」が「女子労働者」になっただけで、依然として育児や家庭責任は女子労働者向けで、労働に従事する責任を求められるのも女子労働者だけであったのです。この時期は(婦人局という行政機関名を別にすれば)法律上の用語が「女子」という言葉でかなり統一された時期ですが、そこには主として努力義務として男子との均等待遇を求める規定と、育児休業や再雇用措置など「勤労婦人」を受け継いだ女子向けの福祉規定、そして労働基準法に残った女子保護規定という三種類が混じり合った状態でした。

 こうした「男子」や「家庭婦人」や「年少者」の対義語が一体となった「女子」の労働法が純粋に「男性」に対する「女性」の均等待遇を求める法律になったのは、1997年改正でした。「女子」が「女性」となり、題名からも「福祉」の尻尾がとれ、基本的理念も単純明快になりました。

第二条 この法律においては、女性労働者が性別により差別されることなく、かつ、母性を尊重されつつ充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする。

 これが2006年改正では、もはや「女性」のための法律ですらなくなり、文字通り男女労働者に対する均等待遇を求める法律になっています。

第二条  この法律においては、労働者が性別により差別されることなく、また、女性労働者にあつては母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする。

 ちなみに最近、成人女性が自分たちを「女子」と呼ぶことが流行しているようですが、労働法制における言葉の推移を知っている者からすると、なかなかに興味深い現象です。

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トリビア満載の濱口史観

えーと、これは褒められているのでせうか、貶されているのでせうか、いづれにしても、濱口史観のキャッチコピーは「トリビア満載、ブッチャケ話的な面白さ」といふことのやうでありますな。

高井経営労務事務所 高井 利哉(特定社会保険労務士)さんのブログから:

http://takai-sr.blog.so-net.ne.jp/2016-02-20 (労働者派遣法の歴史 番外編)

さて、正統派の教科書的な歴史ではなく、「そのとき歴史は動いた」的なトリビアにご興味のある向きは、博覧強記の濱口桂一郎氏労働者派遣法の歴史論(歴史観?)があります。こちらは、本ではなく講演録です。

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ご自身のブログでご紹介されています。

労働者派遣法の経緯と動向について 20081210 ()

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労働者派遣事業だけでなく、労務供給事業職業紹介事業を絡めた史実の数々を、明治期の源流にさかのぼって説き起こされています。講演録は、下記で読むことができます。

労働者派遣法の経緯と動向について

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正にトリビア満載、ブッチャケ話的な面白さもある「濱口史観」とでも言うのでしょうか。私は、この講演録を読んで、初めて労働者派遣法が理解できたような気がしました。

 

濱口史観」を更に詳しく知りたいという方は、こちらもどうぞ。

請負・労働者供給・労働者派遣の再検討

請負・労働者供給・労働者派遣の再検討117回日本労働法学会ミニシンポ発言メモ

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なぜ時短は進まないのか?@かえせ生活時間プロジェクト

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『日本の雇用紛争』はamazon以外でお買い求め下さい

Koyoufunsou先月末に刊行した『日本の雇用紛争』ですが、圧倒的に多くの人が利用しているとおぼしきamazonで見ると、

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E7%B4%9B%E4%BA%89-%E6%BF%B1%E5%8F%A3-%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4538411582/ref=zg_bs_505404_9

なぜか新刊書は売られていなくて、中古(まだ「古」くねえだろ)本がなぜか8,260円という信じがたい値段で売られているという状況です。

お願いだから、定価2,500円(税別)の本で3倍以上の暴利をむさぼらないでよ。

どうしてamazonで新刊書が買えないのか分かりませんが、同書はJILPTのホームページその他のネット書店で購入可能ですので、間違ってもこんな古本に手を出さないで下さい。

http://www.jil.go.jp/publication/ippan/koyoufunsou.html

http://www.bookservice.jp/bs/ItemDetail?cmId=6524134

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784538411583

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033399230&Action_id=121&Sza_id=GG

http://www.honyaclub.com/shop/g/g17635609/

http://shop.tsutaya.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E7%B4%9B%E4%BA%89-%E6%BF%B1%E5%8F%A3%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/product-book-9784538411583/

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「ガンバリズムの平等主義」@『労基旬報』2016年2月25日号

『労基旬報』2016年2月25日号に「ガンバリズムの平等主義」を寄稿しました。

 近年長時間労働を問題視し、労働時間の上限規制や休息時間規制などの導入を唱道する議論が溢れています。いや、筆者自身がその代表格であり、7年前の『新しい労働社会』(岩波新書)から昨年末の『働く女子の運命』(文春新書)まで、そういう論陣を張ってきました。しかし今回はあえて、長時間労働規制論に対して違和感を感じる労働者の素朴な感覚を腑分けしてみたいと思います。というのは、トップレベルの平場では労働組合サイドが長時間労働への法的規制を唱え、経営者サイドがそれに反対するというわかりやすい構図のように見えますが、企業現場レベルに行けば決してそんなわかりやすい構図ではないからです。

 ちょうど1年前の『労働法律旬報』2015年1月合併号に連合総研前副所長の龍井葉二氏が書かれている「労働時間短縮はなぜ進まないのか?」に、労働側-少なくとも現場レベル-の本音が描かれています。

 もう10年近くも前になるが、連合本部で労働条件局を担当していたときの話である。連合としての時短推進計画を見直すことになり、時間外労働の上限規制が論点になった。われわれ事務局としては、上限規制を強化する方針で臨んだのだが、いくつかの産別から猛反対を食らった。この推進計画はガイドライン的なものであり、もともと縛りの強いものではなかったのに、である。

 われわれは産別本部にまで足を運んで説得に当たったが、頑として聞いてくれない。日本における時間外労働の労使協定時間が異様に長いことは、当時から指摘されていたことであったが、連合がその邪魔をしてくれるな、というのが本音だったと思う。

 ここに現れているのは現場の労働者の本音そのものであり、産別はそれを正直に表示しているだけでしょう。その本音とは、ある部分はもっとたくさん残業して残業代を稼ぎたいという経済的欲求であることは確かですが、それだけにとどまるものとも言えません。実はここには、日本型雇用システムにおける長時間労働の意味が露呈しかかっているのではないでしょうか。

 これを説明するためには、戦後日本社会が戦前日本社会と異なり、また戦後欧米社会とも異なり、エリートとノンエリートを原則として入口で区別せず、頑張った者を引き上げるという意味での平等社会を作り上げてき(てしまっ)たということを頭に入れておく必要があります。この点について、今から4年前に『HRmics』12号でのインタビューでこう述べました。

・・・エリートの問題についても大きな違いがあります。アメリカではエグゼンプト(exempt)、フランスではカードル(cadres)といいますが、残業代も出ない代わりに、難易度の高い仕事を任され、その分もらえる賃金も高い、ごく少数のエリート層が欧米企業には存在します。彼らは入社後に選別されてそうなるのではなく、多くは入社した時からその身分なのです。

一方、「ふつうの人」は賃金が若い頃は上がりますが、10年程度で打ち止めとなり、そこからは仕事の中身に応じた賃金になります。出世の階段はもちろんありますが、日本より先が見えています。その代わりに、残業もほどほどで、休日は家族と一緒に過ごしたり、趣味に打ち込んだりといったワークライフバランスを重視した働き方が実現しています。

日本は違います。男性大卒=将来の幹部候補として採用し育成します。10数年は給料の差もわずかしかつきませんし、管理職になるまで、すべての人に残業代が支払われます。誰もが部長や役員まで出世できるわけでもないのに、多く人が将来への希望を抱いて、「課長 島耕作」の主人公のように八面六臂に働き、働かされています。欧米ではごく少数の「エリート」と大多数の「ふつうの人」がいるのに対して、日本は「ふつうのエリート」しかいません。この実体は、ふつうの人に欧米のエリート並みの働きを要請されている、という感じでしょうか。

 欧米ではノンエリートとして猛烈な働き方なんかする気にならない(なれない)多くの労働者が、日本では疑似エリートとして猛烈に働いている、というこの構造は、なかなか切り口の難しい代物です。ある種の左翼論者は、それは資本家に騙されて虚構の出世を餌に搾取されているだけだと言いたがりますが、もちろんそういうブラック企業も少なくないでしょうが、日本型雇用を代表する多くの大企業では必ずしもそうではなく、確かに猛烈に働く係員島耕作たちの中から課長島耕作や部長島耕作が、そしてきわめて稀にですが社長島耕作が生み出されてきたことも確かです。とはいえ、ではこの構造は人間の平等と企業経営の効率を両立させた素晴らしい仕組みだと褒め称えて済ませられるかというと、そうではないからこそ長時間労働が問題になっているわけです。

 このシステムにおける「平等」とは、いわばガンバリズムの前の平等です。凄く頭のよいスマート社員がてきぱきと仕事を片付けて、夕方には完璧な成果を出してさっさと帰宅している一方で、そんなに頭の回転は速くないけれども真面目にものごとに取り組むノンスマート社員が、夕方にはまだできていないけれども、「明日の朝まで待って下さい。ちゃんと立派な成果を出して見せます」と課長に頼んで、徹夜して頑張ってなんとかそれなりの成果を出してきた、というケースを考えましょう。長時間労働は良くないから禁止!ということは、ノンスマート社員に徹夜して頑張ってみせる機会を奪うことを意味します。さっさと仕事を片付けられるスマート社員だけがすいすいと出世する会社になるということを意味します。そんなのは「平等」じゃない!と、日本の多くの労働者は考えてきたのです。

 とはいえその「平等」は、そうやって頑張ることのできる者だけの「平等」にすぎません。かつての係員島耕作たちの隣にいたのは、結婚退職が前提で補助的業務に従事する一般職女性だったかも知れませんが、その後輩たちの隣にいるのは、会社の基幹的な業務に責任を持って取り組んでいる総合職女性たちなのです。彼女らはもちろん結婚しても出産しても働き続けます。しかし、子どもを抱えた既婚女性には、かつての係員島耕作とは違い、明日の朝まで徹夜して頑張ってみせることも不可能です。島耕作たちの「平等」は、彼女らにとってはなんら「平等」ではないのです。むしろ、銃後を専業主婦やせいぜいパート主婦に任せて自分は前線での闘いに専念できるという「特権」でしかありません。その「特権」を行使できない総合職女性たちがいわゆる「マミートラック」に追いやられていくという姿は、「平等」という概念の複雑怪奇さを物語っています。

 ノンエリート男性たちのガンバリズムの平等主義が戦後日本の経済発展の原動力の一つとなったことは間違いありません。しかし、その成功の原因が、今や女性たち、さらには男性でもさまざまな制約のために長時間労働できない人々の活躍を困難にし、結果的に日本経済の発展の阻害要因になりつつあるとすれば、私たちはそのガンバる平等という戦後日本の理念そのものに疑いの目を向けて行かざるを得ないでしょう。

 長時間労働問題はなかなか一筋縄でいく代物ではない、からこそ、その根源に遡った議論が必要なのです。

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「障害者差別と日本型雇用」@『生産性新聞』2月25日号

『生産性新聞』2月25日号に「障害者差別と日本型雇用」を寄稿しました。

 2013年6月に改正された障害者雇用促進法のうち、差別禁止にかかる部分の施行は2016年4月と目前に迫ってきました。既に障害者差別禁止指針、合理的配慮指針、施行通達、Q&Aなども公表され、準備に遺漏はなさそうに見えます。しかし、欧米ジョブ型社会を前提として発達してきた差別禁止と合理的配慮という発想を日本のメンバーシップ型雇用の世界に導入したことによる落差は、必ずしも明確に意識されていないようにも見えます。

 実は同じ落差は男女差別についてもあったのです。昨年末出版した『働く女子の運命』で述べたように、「ジョブの平等」に立脚する欧米型男女平等を、雇用契約でジョブが定まっていない日本では「コースの平等」に読み替えて何とかこなしてきました。今回も基本枠組みは男女均等法のそれに倣っています。しかし、特定のジョブとの関係で初めて職業能力の低下や欠如が問題となり得る障害者において、ジョブ抜きの差別禁止やとりわけ合理的配慮というのは、かなり無理があると言わざるを得ません。その結果、指針の文言のある部分はいかにもジョブ型を前提にしたものとなっています。

 例えば募集採用について障害者を排除してはいけないけれども、業務遂行上特に必要な能力を条件とすることは差別ではないとか、障害者が支障となっている事情とその改善のために希望する措置を申し出たら、事業主は障害者と話し合って過重な負担にならない範囲で合理的配慮措置を確定せよとか、具体的にどういう業務を想定しているのかが明確でなければ議論のしようがありません。障害とはまさにある特定の職業能力の低下ないし欠如であり、しかしそこをうまく埋めれば業務が遂行できることが障害者雇用の存立基盤なのですから。ある業務のための合理的配慮があれば問題なく働ける障害者も、他の業務に配置転換されてしまえば働けなくなってしまうこともあり得ます。職務無限定の男性正社員と同じコースに女性正社員も「総合職」として乗せればよかった男女均等法とは事情が違うのです。

 その意味で障害者雇用は原則としてジョブ型にならざるを得ません。実はこれまでも、障害者雇用率制度とさまざまな助成制度の下で、特定業務にはめ込む、場合によっては特定業務を作り出すという形で、メンバーシップ型の健常者正社員とは違う雇用区分で障害者を活用してきたのではないでしょうか。そこを無理に「差別禁止」して無限定正社員にせよと言ってしまうと、かえって障害者が働けなくなってしまいます。ジョブ型正社員とは障害者が働くための合理的配慮とも言えるのです。

 ただ一方、そもそも採用がジョブ型ではない日本では、とりわけ新卒障害者の採用の場合、雇用率達成度合を考慮しつつ、一定数の障害者をまとめて採用という形をとることが多く、その場合はむしろ採用後しばらくは職務無限定でいろいろと試してみて、最少の合理的配慮で最大の能力発揮ができるような業務にうまくはまっていく、というパターンが少なくないのではないかとも思われます。

 いずれにしても、通達に書かれている差別事例には、「労働能力等に基づくことなく、単に障害者だからという理由で、障害者だけを総合職から一般職に変更させること」といった男女差別からそのままコピーしたようなものもありますが、障害者差別問題はもう少し深い検討が必要なのではないでしょうか。

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松尾匡『自由のジレンマを解く』

9784569829678松尾匡さんより新著『自由のジレンマを解く』(PHP新書)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-82967-8

人間関係が固定的で、個人の責任とは集団の中で与えられた役割を果たすこととみなされる「武士道型」の社会から、グローバル化によって人間関係が流動的な「商人道」型の社会に移行している現代においては、個人の責任は自らの自由な選択に対して課されるようになる。このような時代にフィットすると思われる思想はリバタリアンの自由至上主義であるが、リバタリアンは福祉政策にも景気対策にも公金を使わないことを主張することが多い。これらの政策はいかにして正当化されるのか。また、様々な文化的背景を持つ個々人の「自由」の対立は解決できるのか。かつてマルクスは、文化の相違をもたらす、人間のさまざまな「考え方」による抑圧を批判し、単純労働者による団結・調整により自由は現出すると考えたが、労働の異質化が進んだ現代ではその展望は実現しない。しかし、アマルティア・センの提案が大きなヒントになる――。俊英の理論経済学者が、現代の新たな自由論を構築する。

ご存じシノドスの連載をまとめたものですが、初期の名著『近代の復権』の一般向け普及版という趣もあります。とりわけ後ろの方になると、マルクスの疎外論の本質を滔滔と説いていまして、懐かしく読みました。

私とのやりとりも収録されている第1章から、リベラル、リバタリアン、コミュニタリアンをなで切りにしていく真ん中あたりまでは、割と気楽に読めると思うのですが、最後の方に近づいていくと、松尾さんのいう「疎外のない社会」のイメージが、なかなか伝わりにくいな、という印象もあります。とりわけ、最後の章の「培地」と「ウイルス」の比喩は、なかなか感情移入しにくくて、読者に若干の違和感を残しそうな気もします。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_2040.html(松尾匡さんの「市民派リベラルのどこが越えられるべきか 」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_9944.html(松尾匡さんの右翼左翼論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_bd6d.html(松尾匡「はだかの王様の経済学」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-be58.html(松尾匡『不況は人災です』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-7471.html(松尾匡さんの人格と田中秀臣氏の人格)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-62b1.html(松尾匡『図解雑学マルクス経済学』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-4298.html(「ショートカット」としての「人類史に対する責任」@松尾匡)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-b671.html(松尾匡センセーの引っかけ問題に引っかかる人々)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-efe7.html(松尾匡『新しい左翼入門』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-5d20.html(松尾匡さんの絶妙社会主義論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-26a5.html(松尾匡さんが、TPPの俗論を斬る!)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-79a6.html(松尾匡『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-4c85.html(松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』)


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Employment and Social Developments in Europe 2015

Blobservlet_2 欧州委員会のレポート「Employment and Social Developments in Europe 2015」の第2章「Labour legislation」(労働立法)がなかなか興味深い分析をしています。

本文はこれですが、

http://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=14952&langId=en

概要がこちらにまとめてあるので、それを見ましょう。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=2481&furtherNews=yes

Law enforcement: a forgotten determinant of labour law impact

法の実行:労働法インパクトの忘れられた決定要因

ここで取り上げられているのは解雇規制の厳格さというOECDがよく使う奴ですが、規制そのものに着目したOECDの数値と、使用者がどれくらいフレクシビリティがあると感じているかという世界経済フォーラムのデータには食い違いがあるのですね。

それは何によるものかというと、解雇規制自体は厳格でも、事案の処理に要する時間が短い諸国(ドイツやスウェーデンなど)は、使用者からはわりとフレクシブルだと感じられているんだと。

・・・According to employers' perceptions, flexibility was higher than what the OECD EPL index would suggest in Germany, Sweden and the Czech Republic, all part of group IV and highlighted in green. These four countries have some of the highest OECD EPL index scores but are perceived as relatively flexible by employers.

ということで、言いたいことは

One of the key messages from the chapter on Labour Law in the Employment and Social Development in Europe 2015 review is that the efficiency of the judicial system does appear to influence labour markets dynamics. This in turn suggests that when discussing possible labour law reforms improved efficiency of the civil justice system may be similarly important to employers as more flexible labour law rules.

司法制度の能率は労働市場のダイナミクスに影響するんだ。労働法改革を議論するんなら民事訴訟の能率改善も同じくらい重要だよと。

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タイトルの問題

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5拙著『働く女子の運命』について、こういうツイートが・・・、

https://twitter.com/misoshige/status/702178262529679360

最近よくあるキャッチャーなだけでペラペラな新書ではなく、かなり本格的で硬派な「明治期から今日までの日本女性労働史」なので、このタイトルで買う層は途中で読むの放棄しそうだし、こういうのが好みな層にはこのタイトルでは手にとってもらえないだろうなという…

https://twitter.com/misoshige/status/702178898537115648

中身はいいのに誰にどう売りたいのかブレブレでちょっと編集者のセンスなさすぎでしょ。私なら『女子と労働』なんてタイトルにするぞ

ただ、この点については私はむしろこのタイトルだからこそ、「本格派で硬派」な人だけじゃなく、広く関心のある人に手にとって貰えているという効果があるように思います。

オビの上野千鶴子さんの顔も賛否両論あるようですが(笑)、私としては編集者の判断は少なくともマーケットを拡大してより多くの人に読まれるという観点からは成功していると思いますよ。

そして、その人たちが「途中で読むの放棄」しているわけではないと、少なくともネット上の反応からは思います。

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一億総活躍国民会議の資料から

本日夕方開かれた一億総活躍国民会議の資料が既にアップされています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/gijisidai.html

ここには多くの委員による資料が載っていますが、とりわけ水町勇一郎さんの提出資料が、ここ数週間ほど話題をさらっている同一労働同一賃金についての議論の行方をほぼ明確な形で示しています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/siryou2.pdf

「日本での導入・実現可能性」という項の言葉を拾っていきますと、

◯ 欧州は職務給、日本は職能給(職務+キャリア展開)なので、日本への同一労働同一賃金原則の導入は難しいという議論がある。

◯ しかし、欧州でも、労働の質、勤続年数、キャリアコースなどの違いは同原則の例外として考慮に入れられている。このように、欧州でも同一労働に対し常に同一の賃金を支払うことが義務づけられているわけではなく、賃金制度の設計・運用において多様な事情が考慮に入れられている。

◯ これらの点を考慮に入れれば、日本でも同一労働同一賃金原則の導入は可能と考えられる。

◯ 「客観的な理由(合理的な理由)」の中身については、最終的には裁判所で判断され、社会的に蓄積・定着していくことが考えられる。もっとも、裁判所の判断は、事案に応じた事後的判断であり、その蓄積・定着には時間がかかる。

⇒法律の整備を行うとともに、欧州の例などを参考にしつつ、「合理的な理由」の中身について、政府として指針(ガイドライン)を示すことが有用ではないか。

と書かれており、これがこの安倍総理の発言のもとになっているようです。

http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201602/23ichioku.html

第一に、同一労働同一賃金の実現です。多様で柔軟な働き方の選択を広げるためには、非正規雇用で働く方の待遇改善は待ったなしの重要課題であります。

 本日は榊原会長からも大変心強い御発言がございましたが、同時に我が国の雇用慣行についても御意見がございました。また三村会頭からも御意見がございましたが、そうした我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、同時に躊躇なく法改正の準備を進めます。あわせて、どのような賃金差が正当でないと認められるかについては、政府としても、早期にガイドラインを制定し、事例を示してまいります。

 このため、法律家などからなる専門的検討の場を立ち上げ、欧州での法律の運用実態の把握等を進めてまいります。厚生労働省と内閣官房で協力して準備を進めていただきたいと思います。

 できない理由はいくらでも挙げることはできます。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに、意識を集中いただきたいと思います。

この安倍総理の言葉の中でもう一つ気になったのはこれですが、

第二に、高齢者就業の促進です。働きたいと願う高齢者の皆さんの希望を叶えるためにも、人口が減少する中で我が国の成長力を確保していくためにも、重要です。

 企業の自発的な動きが広がるよう、65歳までの定年延長や65歳以降の雇用継続を行う企業等に対する抜本的な支援・環境整備策のパッケージを『ニッポン一億総活躍プラン』の策定に向けて、政府を挙げて検討いただくよう、お願いします。経済界におかれては、再就職の受入れについても、御協力をお願いいたします。

「65歳までの定年延長や65歳以降の雇用継続」とあります。これも企業サイドからしたらえっとびっくりするトピックでしょう。

資料を見ていくと、これのもとになったのは樋口美雄さんの資料のようです。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/siryou7.pdf

○ 一方、60歳代前半の就業率は6割程度まで高まっていることから、次の対応として、65歳までの定年引き上げや65歳以降の雇用継続を行う企業を支援し、実態を変えていくことによって、将来的に定年を引き上げる環境整備を図るべき。

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高尾総司『完全攻略! もう悩まない ストレスチェック制度』

9784897615882500_2高尾総司さんより近著『完全攻略! もう悩まない ストレスチェック制度』(労働新聞社)をいただきました。

https://www.rodo.co.jp/book/9784897615882/

高尾さんについては、本ブログでも何回か取り上げてきましたのでご存じの方も多いと思います。

その高尾さんが書くのですから、そんじょそこらのお手軽な解説本になるはずがありません。

高尾さんから言わせれば、そもそも企業が親代わりになって健康診断から事後措置からやるという「前近代的構造」が問題なのです。企業は業務管理の観点から「高負荷」対策をすべきなのであって、医療的な観点から「高ストレス」対策をすべきではない、と。

で、今回の制度は、紆余曲折を経て労働者の自己選択が強化されたことによって、「ある意味の先進性」ができたと、やや皮肉に評価しています。そうなったんだから、企業はいっそ割り切って、個人向けストレスチェックと集団分析用ストレスチェックを完全に分離し、前者は完全に労働者の自由に委ねて、受検勧奨等は一切行わない。後者は業務の一環として、無記名で全員に実施せよ、と。

多分、この制度を政治レベルでやりだした頃のイメージとは全然違う話になっていますが、逆にここまで変形してしまった以上、メンバーシップ感覚溢れる親心の政治(@京極純一)ならぬ親心の経営とはきっぱり切り離した制度と位置づけて実施していくというのは、頭の整理としては大変すっきりするのは間違いありません。

本書のはじめの方が、ここで立ち読みできるので、是非ご一読を。

http://mixpaper.jp/scr/viewer.php?id=56c40c94c8a68





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同じ4.5cmで200ページ以上増量 菅野和夫『労働法 第11版』

217406労働法テキストの定番たる菅野和夫『労働法』(弘文堂)の第11版が出ました。書店に並ぶのはもう少し先になると思いますが、とりあえず、その外形的な特徴についてのみ。

http://www.koubundou.co.jp/book/b217406.html

 旧版刊行以降、2015年までに成立した有期労働契約(無期転換ルール)の特例措置立法、パートタイム労働法・労働者派遣法の大改正、非正規労働者待遇確保法の制定、労働安全衛生法の改正等々、多数の労働関係立法・改正法を網羅し、2016年の改正動向も詳細に解説。
 また雇用社会の変化を反映した判例の発展をフォローし、わが国の労働法の現状が具体的にわかるよう各種統計にも目を配った待望の大改訂版。
 時代の変化のなかで形成されてきた新しい労働法の姿を体系化し、個々の解釈問題を相互に関連づけて検討した、労働法の現在を知るために最適の基本書です。

始めに外見をぱっと見ただけでは、「第十版」が「第十一版」になっただけでほとんど変わりがないように見えます。

実際、分厚さでいうと、両者ともほぼ4.5cmで、分量に変わりはないように見えます。

しかしそれに騙されてはいけません。ページ数で言うと、第十版の最終ページは948ページ、第十一版の最終ページは1166ページで、200ページ以上も大増量になっています。

特に大きく増えているのは、第2編労働市場の法です。あと、第3編個別的労働関係法の第3章の第1節基本的法規制のところが、第十版では人権擁護と男女平等の二款だけだったのが、今回はセクハラ、パワハラ等の「職場における労働者の人格的利益の保護」と「障害者の雇用差別の解消のための法規制」の二款が加わっています。

という調子で見ていくといろいろとありますが、とりあえず。

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だから、リストラ(整理解雇)とローパー解雇は違うって何回言ったら・・・

今朝の朝日が一面トップででかでかと書いていますが、

http://www.asahi.com/articles/ASJ2M566MJ2MULFA015.html(リストラ誘発しかねない再就職助成金 支給要件厳格化へ)

事業縮小や再編で離職を余儀なくされた人の再就職を支援する国の助成金について、厚生労働省は4月から支給要件を厳格化する方針を固めた。人材会社が、企業にリストラ方法をアドバイスし、助成金が使われる退職者の再就職支援で利益を得るなどしているためだ。労働者を守るためのお金が、リストラを誘発しかねない仕組みになっている。

http://www.asahi.com/articles/ASJ1Y5RC5J1YULFA03Y.html(「ローパー」社員に退職勧奨 人材会社がノウハウ)

働き方改革の一貫として従来にはない雇用調整の手段として希望退職および退職勧奨を積極的に実施――。王子HDの内部資料には、こう記されていた。男性の2015年3月時点の評価は低評価の「D」。リストアップされた人は、「D」や最低の「E」ばかりだ。こうした人は「ローパフォーマー(ローパー)」とされ、退職勧奨の対象となった。

日本人にとっては、こういう(奇怪な)記事になんの違和感もないでしょう。

リストラ、つまり整理解雇というのは、労働者本人の責任ではなく、会社の経営状況に基づく解雇なのであるから、ローパフォーマンス云々という話とは全然別次元の話である、というような、労働法の基本概念が全然通用しないこの日本では。

雇用契約がジョブに基づいている社会では、もちろん当該ジョブができないという理由による個人的解雇もありますが、いかなる意味でもそれは『リストラ』ではありません。

『リストラ』とは、あくまでも労働者個人の能力等とは関わりのない会社側の理由によるものであり、だからこそ、労働者の方もそれを恥ずかしがったりしないし、労働組合も積極的にその再就職のために支援をするわけです。

ところが、雇用契約がジョブではなく会社の社員であるというメンバーシップに基づいている日本では、『リストラ』が労働者に社員である資格がないという宣告になってしまい、それゆえに一番情緒刺激的な言葉になってしまうわけです。

そして、それゆえに、本来会社の都合でやるものであるがゆえに労働者の責任ではないはずの『リストラ』が、ローパフォーマーを追い出すためのものと(労使双方から全く当たり前のように)思い込まれ、それを前提に全てが動いていってしまうという訳の分からない事態が現出し、しかもそれに対して、「社員なのにけしからん!」とか「ローパーだから当然だ!」といった情緒的な反応は山のようにあっても、そもそも『リストラ』とは労働者側の理由によるものではないはずなんだが、という一番基礎の基礎だけは見事にすっぽり抜け落ちた議論だけが空疎に闘わされるという事態が、いつものように繰り返されるわけですね。

この記事で書かれている労働移動支援助成金とは、リストラの欧米的捉え方を前提に、それまでの雇用調整助成金型のひたすら雇用維持だけを目指す政策から、会社側の理由による雇用変動を外部労働市場を通じてうまく処理していこうという、それ自体としては何らおかしくない、ヨーロッパでもごく普通に見られる政策思想で作られたものであるわけですが、肝心の会社側がジョブ型ではなくメンバーシップ型にどっぷり浸かったままで制度を活用しようとすると、まさに会社側の理由ではなく、本人がローパフォーマーだからお前の責任だと言わんばかりの文脈で、使われていってしまうという事態になるということなのでしょう。

それに対して、昔の日本は良かったとばかり言っても仕方がないですし、ある種のえせネオリベ派の如く、ローパー社員を追い出すのが正義だみたいなインチキな議論もきちんと批判しておく必要があるでしょう。

この間の事情を以前エッセイにしているので、ご参考までに。

「リストラはなぜ「悪い」のか?」 ((『WEB労政時報』2014年7月21日))

 去る6月26日に、日本・EU労働シンポジウムにパネリストとして出席してきました。テーマは「リストラクチュアリング」です。というと、日本の感覚では何か労使が全面対決する話のようですが、むしろ産業構造の転換の中で、いかに円滑に労働力移動を進めていくかが重要なポイントです。このシンポジウムに先だって、欧州委員会のアレンジでフィンランドの視察が組まれ、ちょうど今年の4月で携帯電話事業から撤退したノキア社の経営側と従業員代表だった方からも話を聞く機会がありました。労使が協力して、いかに円滑に再就職を進めていったかを、労使とも同じ図を使って説明していたことが印象に残っています。

 今回述べたいのは、EUでは労使が協力して進めていくべき課題として位置づけられるリストラクチュアリングが、日本語の「リストラ」になるとなぜか「無慈悲な」「冷酷な」「人と人とも思わない」などという悪意のこもった形容詞とともに語られることが多いのかについての、雇用システム論的説明です。上記シンポジウムに向けて用意された日本側バックグラウンドペーパーにおいて、わたくしが執筆した部分がまさにそれに相当していますが、いささか長いので、ここでは簡単に要約しておきます。

 日本の労働社会は、EU諸国の労働社会とはその構成原理が異なります。日本の労働社会の主流は、雇用関係が「職(job)」ではなく、「社員であること(membership)」に立脚しているのです。日本語で被用者を表す「社員」という言葉それ自体が「member of company」という意味です。会社は単なる営利組織ではなく一種の共同体的性格を有しています。雇用契約は原則として職務の限定のない「空白の石版」であり、企業の命令に従ってさまざまな部署に配置転換され、そこでさまざまな「職」を遂行することが労働者の義務と見なされています。このような社会では、教育から労働への移行は、「就職(job placement)」ではなく「入社(inclusion into membership)」です。

 この反面として、企業からたまたま命じられた「職」が景気変動や産業構造転換等によって消滅しまたは縮小したからといって、そのことが直ちに解雇の正当な理由とはなりません。企業内に配置することができる他の「職」がある限り解雇が正当とされる可能性は少なくなります。このような社会では、経済的理由による解雇は「失職(job displacement)」としてではなく「社員であることからの排除(exclusion from membership)」として受け取られることになります。日本語における「リストラ」という言葉が有する独特のニュアンスは、それが「職」に立脚した継続的な債権債務関係の解消というにとどまらず、共同体的な関係からの排除であり、メンバーシップの剥奪という性格を有していることに基づくのです。

 もちろん日本も市場経済であり、景気変動があり、また産業構造の転換によっても、個々の「職」に対する労働需要は変動します。しかし、雇用関係が「職」に基づいていないので、ある「職」の喪失は必ずしも雇用関係の終了の理由になりません。企業内に他に就くことが可能な「職」があれば配置転換により雇用関係を維持することがルールです。これは、日本の裁判所の判例法理においても、整理解雇法理の中に取り入れられている。所謂整理解雇4要件は、それだけ見れば欧州各国と比べて特段異例なものではありません。しかし、解雇回避の努力義務の中に含まれる企業内の他の「職」への配置転換の範囲が、雇用契約の条項や職業資格等によって限定されることがほとんどなく、やや極端にいえばどんな「職」であれ企業内に雇用を維持しうる可能性がある限り、解雇回避の努力義務を果たしていないと判断される可能性が高い点に特殊性があります。

 このような雇用慣行や、それに基づく判例法理、雇用政策は、「失職」(前述の通り、日本においては「社員であることからの排除」として現れる。)の社会的苦痛を減らすという意味では一定の意義があります。

 しかし逆に言えば、経済的理由からやむを得ず行われる解雇が、雇用契約で定められた特定の「職」の客観的な消滅・縮小に基づくものであるという意味において、自己の責任によるものではない「失職」としてではなく、企業内に彼/彼女が遂行しうるいかなる「職」も存在しないゆえの「会社からの排除」として、社会的スティグマを付与されてしまうことをも意味します。この場合、剰員整理解雇が労働者個人の能力不足による解雇として現れるのであり、その「能力不足」とは、特定の「職」の遂行能力ではなく、企業内の提供可能ないかなる「職」をも遂行しうる能力がなかったことを意味してしまうため、その社会的スティグマは極めて大きなものとなるのです。

 一方で、日本の裁判所が確立してきた整理解雇法理は、解雇回避努力義務に大きな力点があるのと対照的に、解雇対象者の選定についてはEU諸国のような明確な基準がありません。むしろ、中高年者を優先的に解雇することについても許容する傾向があります。

 このことがさらに剰員整理解雇への抑制効果として働き、大企業になればなるほど、雇用を縮小せざるを得ない場合でも、できるだけ解雇という形をとらないで、希望退職募集を通じて剰員整理しようとします。それは、「整理解雇」されたことが社会的に示す「能力不足」のスティグマがあまりにも大きいため、それを回避するための行動です。

 1970年代後半以降、日本の雇用政策は雇用調整助成金による雇用維持を最重要課題として運営されてきました。そのこと自体は必ずしも問題とは言えません。「失職」による苦痛を最小限に抑制することは社会政策として当然です。しかし、「職」に基づかない社会における雇用維持優先政策は、「社員であること」を維持するために「職」を軽視する傾向を生みがちです。

 日本的な「職」なき「雇用維持」政策は、助成金の援助によって企業が頑張れるぎりぎりまで失業を出さないという点においては、欧米諸国に比べて失業率を低水準にとどめる効果があり、雇用政策として有効であることは確かです。しかしながら逆に、企業がもはや我慢しきれずに不幸にして失業してしまった場合には、景気が回復しても簡単に復職することは困難となります。

 欧米では不況のため「職」が少なくなって「失職」したのであれば、景気回復で「職」が増えれば「復職」することは可能です。少なくとも当該「職」に技能のない若い労働者よりも有利です。欧米では多くの国で、いわゆるセニョリティ・ルールとして、勤続年数の短い者から順番に整理解雇されることとともに、解雇された者が再雇用される場合にもその逆順、すなわち勤続年数の長い者から順番に再雇用されるとのルールが確立しています。しかし日本では企業の中にあてがうべきいかなる「職」もなくなるところまで頑張ったあげくの失業ですから、失業者であること自体が「どの「職」もできない」というスティグマとなり、再就職が極めて困難となります。このため、失業率自体は比較的低水準であるにもかかわらず、1年を超える長期失業率はかなり高くなってしまうのです。 

(追記)

Svenskaちなみに、労働者を「ちゃんと」守ることにかけては世界一品であるスウェーデンで、言葉の正確な意味での『リストラ』の場合に、労働組合がちゃんと関与して再就職支援をやっており、その際組合が人材サービス企業を選定して、進捗管理までやっていると云う事については、JILPTの西村純さんのこの報告書を読むと良いです。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/0179.html

経済的理由による整理解雇の対象者は、労使が自主的に取り組んでいるTSL制度を利用し、次の職場を探している。したがって、現在スウェーデンでは、公共サービスと労使によって提供されるサービスのミックスによって、失業者支援が実施されていると言える。

TSL制度の特徴を指摘すると、大きく3つある。1つは、民間人材サービス企業を活用していることである。それらの企業を利用するのは、彼らの持つネットワークは広大で、多くの求人企業に対する情報を持っているからである。彼らのネットワークを利用することで、失業者と求人企業の早期のマッチングを試みている。2つは、とはいえ、民間に任せっぱなしにしているわけではないことである。制度の運用において、組合がかなりの程度関与している。例えば組合は、サービスへの参入業者に対する評価の主体となることで、良好なサービスを提供する業者のみを残そうとしている。また、3つは、このサービスが、実際に失業となる以前から提供されていることである。通常、整理解雇の実施までに、予告期間として一定の期間が与えられる。公的サービスはその期間は利用できない。一方、TSL制度は、その期間内からサービスを開始することができる。こうした取り組みは、実際に整理解雇の対象となったとしても、失業を経験することなく次の職場に移ることを可能にしている面がある。

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途中何度もうなずきすぎて首がもげるかと思いましたわ

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 ネット上の反応を見る限り、なぜか首がもげそうになる方が結構いるようです。

特定社会保険労務士、シニア産業カウンセラーの舘野聡子さんのブログ「Office Breeze」に、拙著『働く女子の運命』の書評が書かれているのですが、

http://www.7colors.net/2016/02/21/post-172/

昨年12月に発売になって、話題沸騰(私の周りだけかも)の濱口桂一郎先生の「働く女子の運命」Kindleで読みました。

いやー、素晴らしかった!途中何度もうなずきすぎて首がもげるかと思いましたわ。

「途中何度もうなずきすぎて首がもげるかと思いましたわ」というお言葉は、これ以上ないお褒めの言葉を受け止めたいと思います。

こういう反応をされるのは、やはり自らの経験からくるもので、

私は1994年に就職活動をした世代なので、バブル期とバブル崩壊後のちょうどハザマ。

この本を読みながら総合職としての道はほとんどなく、一般職は短大生がメインでどうしたら就職できるのか、途方にくれたのをありありと思い出しました。

と語られています。

似たような反応をされるのはやはり同じような経験をされた世代の女性たちが多いようで、

https://twitter.com/tatenosr/status/697209054398033920

今更濱口先生の「働く女子の運命」を読んでて、いちいち頷けるとこばっかりで首が落ちそうなぐらいなんだけど。私はなんとかなった。でも娘はどうか。本当に女性が幸せに働き続けられる社会にならないと。

https://twitter.com/michelle92226/status/697413451694546944

働く女子の運命、読み始めたけどp31「短大は就職に強い」ってのは私の頃まではジョーシキで私の同期も短卒は意外に多かった。大きな変化が起きるのは1990年代半ば以降とのことだけど、まーさーにー新卒のとき1995年入社なんだわ。第4章、楽しみだぜ。

https://twitter.com/tatenosr/status/700295337852796928

まー、自分が1990年代初めに就職活動した時に感じた違和感、産後働きたいと思ったときに感じた怒り。その理由が書いてあるのよ。すっきりしたわ。

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これは面白そう 渡部あさみ『時間を取り戻す』

145112 旬報社のサイトを見ていたら、もうじき出る面白そうな本に気付きました。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/1068

渡部あさみ『時間を取り戻す 長時間労働を変える人事労務管理』

発行日 2016年2月26日

というのも、この目次が、かなり私の問題意識と波長が合っていそうなので・・・・。

序 章 時間はどこへ

第1章 長時間労働の現場で何が起きているのか

1 柔軟な働き方と長時間労働問題

 2 「新日本的経営」にみる人事労務管理のフレキシビリティ

 3 懸命な努力が報われない企業の「働かせ方」

第2章 労働時間の実態とその影響

 1 世界からみる日本の労働時間

 2 戦後の経済優先型労働時間規制

 3 忘れてはいけないサービス残業問題

 4 なぜ長時間労働は発生するのか?

 5 「健康と生命」をおびやかす長時間労働

第3章 日本の労使は労働時間をどのように扱ってきたのか

 1 一九九〇年代以前の労働時間管理の実態

 2 日本の労使にとって「労働時間」とは?

 3 一九九〇年代以降の労働時間―時短が一つのテーマに

第4章 労働時間短縮へ向けた企業の取り組み

 1 日本の職場における時短へ向けた取り組みの特徴

 2 事例研究:労使共同で展開するA社における労働時間短縮運動

 3 「健康と生命」を守るための人事労務管理へ向けて

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松尾匡さんとのやりとり

Bk_jiyuu松尾匡さんのホームページに、新著『自由のジレンマを解く』が紹介されていたので、同書の元になったシノドス連載時の松尾さんとのネット上でのやりとりを思い出しました。

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__160219.html

ご報告が遅れましたが、2月16日に、新著『自由のジレンマを解く』がPHP研究所さんから出版されました。サブタイトルは、「グローバル時代に守るべき価値とは何か」。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-608b.html (ジョブ型責任とメンバーシップ型責任)

いつも明快な松尾匡さんが、例によってシノドスで明快な議論を展開していますが、

http://synodos.jp/economy/10051(「自己決定の裏の責任」と「集団のメンバーとしての責任」の悪いとこどり)

ここで松尾さんが例に引いているのは、イラクで拘束された3人に対する日本のバッシングと外国の賞賛ですが、松尾さんの言う「自己決定の裏の責任」と「集団のメンバーとしての責任」の区別は、なぜ日本の企業で成果主義がおかしな風になるのかを理解する上でも有用でしょう。

成果主義というのはいうまでもなく成果(あるいは成果のなさ)に応じて賃金を支払うことですが、それが可能であるためには最低限、その成果(あるいは成果のなさ)が当該労働者の自己決定に基づいて生じたものである必要があり、そのためには自己決定が可能な程度にはその労働者の職務が明確であり、権限が明確であり、逆に言えば上司その他の第三者の介入によって当該成果(あるいは成果のなさ)が生じたのであれば当該第三者にその責任を追及しうる程度にはデマケがはっきりしている必要があります。

でも、それが一番、日本の企業が絶対にやりたくないことなんですね。

職務が不明確であり、権限が不明確であり、誰の責任でその成果(あるいは成果のなさ)が生じたのか、デマケが誰にもわからないようになっているそういう世界で、なぜか上からこれからは成果主義だというスローガンと発破だけが降りてきて、とにかく形だけ成果主義を一生懸命実施するわけです。

そうすると、論理必然的に、松尾さんの言う「集団のメンバーとしての責任」の過剰追求が始まってしまう。もともと職務も権限も不明確な世界では、責任追及も個人じゃなくて集団単位でやるという仕組みで何とか回していたから矛盾が生じなかったのですが、そこで個人ベースの責任を追及するということになれば、「みんなに迷惑かけやがってこの野郎」的な責任追及にならざるを得ず、「俺だけが悪いわけじゃないのに」「詰め腹を切らす」型の個人責任追及が蔓延するわけですね。

まさに、自己決定がないのに、自己決定に基づくはずの責任を、集団のメンバーとしてとらされるという、「悪いとこ取り」になるわけで、そんな糞な成果主義が一時流行してもすぐに廃れていったのは当然でもあります。

この議論、もっと発展させるとさらに面白くなりそうな気がするので、松尾さんにはこの場末のブログから励ましのお便りを出しておきます。

松尾さんは早速その次の回で反応され、

http://synodos.jp/economy/10431

前回のウェブ記事が掲載されたあと、濱口桂一郎さんが早速拙稿をとりあげて下さいました。・・・

拙稿の議論を応用し、日本企業で一時流行った「成果主義」が、どうして「糞」なものになってしまったのかを、「自己決定の裏の責任」と「集団のメンバーとしての責任」の混同から説明しています。・・・

と議論を更に深めていただいています。

こういうポジティブなフィードバックが働き合う関係というのはとても嬉しいものです。

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「口笛はいつもクロマニヨンズ」の拙著評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2 與那覇文哉さんの「口笛はいつもクロマニヨンズ」というブログで、拙著『働く女子の運命』が書評されています。

http://ameblo.jp/reading-girls-baseball/entry-12130696210.html

冒頭、

著者の濱口桂一郎は、労働問題に疎い私にとって貴重な存在で、彼の本は重宝している。

というのから始まり、拙著のトピックをいくつか紹介した上で、

賃金問題にしろ、女性労働問題にしろ、個別的に述べるのではなく、日本的雇用慣行から派生される問題として論じているので、全体像が見渡せ安く、わかりやすかった。良書である。

と評していただいております。ありがとうございます。

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『法律時報』3月号がすごそう

07037 日本評論社のホームページを見てたら、『法律時報』の次号(3月号)の特集が結構すごそうです。(右の画像は2月号)

http://www.nippyo.co.jp/magazine/magazine1.html

集団的労働関係法の時代

非正規労働者・非雇用就業者の拡大により労働組合法を軸とした規制枠組みが機能不全に陥る中、より広い視野で集団的労働関係法を捉え直し、限界を打破するための新たな構造と機能を探る。

・予定目次

1.集団的労働関係法の時代性…野田進(九州大学教授)

2.労働組合法の現状と課題…竹内(奥野)寿(早稲田大学教授)

3.集団的労働関係法における権利・義務主体論の再検討…富永晃一(上智大学准教授)

4.労働協約・団体交渉の機能と新たな法的役割…桑村裕美子(東北大学准教授)

5.日本における従業員代表制の再設計…神吉知郁子(立教大学准教授)

6.労働組合の変容と不当労働行為…緒方桂子(広島大学教授)

7.労働委員会制度の実情と課題…山下昇(九州大学准教授)

今どき流行らないと言われ続けてきた集団的労使関係法が特集されています。それも「・・・の時代」というキャプションで。

2月27日発売とのことで、今から楽しみです。

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QJV97FCrさんの拙著評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 QJV97FCrさんの「やめたいときは やめるといい。」というブログで、拙著『働く女子の運命』が評されています。

http://irumashinjuku.net/?p=9960

紹介文や書評も見ずにタイトルだけで買ったものですからイメージしていた内容とは少し違いました。女性の労働環境の現状とか将来展望とかを論じたものかと思っていたのですが、どちらかというとそれらは既知の前提として、なぜそのような状況に陥ってしまったのかを過去の経緯から丁寧に読み解くというものでした。

とのことですが、とはいえ期待外れではなかったようです。

私の勝手な想像とは違いましたが、女性労働に留まらず年功序列や終身雇用など、いわゆる日本型雇用形態の成立過程も浮き彫りにされていて大変興味深い内容でした。

ただまあ、結論的には、

そんな感じでなんか結局何をどうしたらいいのかよくわかんないな、というのが率直な感想でもあります。それは私がこの分野に関する十分な知識を持ち合わせていないことにも起因していますので、今後も機会があれば勉強したいと思います。

とのことでした。

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濱口さんにコメントされてゐた!

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-a3d6.html (マジメな濱口に似合わない!!!)

の続編です。

「rollikgvice」さんのご批判(?)に応えて、

いやいや、タイトルの「女子」とオビの上野千鶴子さんの「絶賛」のおかげで、今までの雇用労働関係の読者マーケットを超えるかなり広い読者層が手に入ったのではないかと思っていますよ。

と申し上げたところ、

http://rollikgvice.hatenablog.com/entry/2016/02/19/094309 (濱口さんにコメントされてゐた!)

で、

濱口桂一郎が俺のブログについてコメントいるようだ。しかしこんな著名人が、一般人のブログに言及するもんなんだなぁ。昔ブログをやっていた時なんて何もなかったよ・・・

とびっくりされてしまい、さらに上のお答えに対して、

・・・なんだって。

でも、広い読者層が手に入るのは構わないけれど、いざ読んでみたら「何これ難しい!」って思う読者が多いんじゃないのww

まぁ良いのか、それで。いろんな人に読んでもらった方がね。

俺も図書館で借りようと思ったら、人気で全然借りられないでやんの!!

という反応が・・・。

いやいや、結構

http://bookmeter.com/b/4166610627

今年27歳。結婚して1年経ち、出産と仕事との間でジレンマに苦しんでいる私の頭に、ストレートに入ってくる本でした。

とか、

この本は実は20年ほど前に自分が卒論で取り上げたテーマの20年後の話。当時からずっと考えていることが沢山湧いてきてなかなか感想書けなかった。

とか、女性からのいい反応が多いようですよ。

図書館は、カーリルで見る限り、

https://calil.jp/book/4166610627/search?pref=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD

確かに貸し出し中というのが多いですね。

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現実は研究よりも奇なり

大原社会問題研究所で、岩田正美さんを呼んで「現実は研究よりも奇なり」という講演会をされるそうですが、

http://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/topics/1453356074/1453356074_0.pdf

このタイトルに心を惹かれました。岩田さんの場合、彼女の若き日の学界が貧困なんてもう昔の話だという感じで全然相手にもしなかったのを、一人このテーマに取り組んできた有為転変を語られるのでしょう。

でも私は、このタイトルに解雇規制をめぐる学界の議論と現実との落差をも感じてしまいます。

過去十数年にわたって一見熱心になされてきたように見える解雇規制をめぐる議論は、しかしながら日本の解雇規制は厳しいという(現実に即していない)大前提に賛成派反対派双方がどっしりと腰を落ち着けたままで、その厳しい解雇規制をけしからんと批判する側と、断固守れと主張する側との間で闘わされてきました。

双方とも、現実社会で起きている解雇のごく一部に過ぎない弁護士をつけて裁判に訴えて場合によっては何年も裁判闘争を継続した挙げ句に勝ち取った判例雑誌や判例集に載る判決分だけであれこれ論ずるという状態だったわけです。

もちろん、現実社会はそんなものじゃないよ、という声は、分かっている人々の口からは常にささやかれていましたが、それをきちんと示す研究成果というのはなかなか存在しませんでした。

そこで、労働局あっせん事案について調査分析し、報告書にまとめたほか、2012年には『日本の雇用終了』という本にしたところです。

Koyoufunsou今回、その全面改訂版として『日本の雇用紛争』という本を上梓しました。

http://www.jil.go.jp/publication/ippan/koyoufunsou.html

お読み頂ければ、改めて「現実は研究よりも奇なり」ということが良くお分かり頂けるものと思います。

第3部 日本の雇用紛争の内容分析(労働局あっせん事案から)
 
はじめに
一 解雇型雇用終了
Ⅰ 労働者の行為
1 労働者の発言への制裁
(1) 年次有給休暇等の取得
(2) その他労働法上の権利行使
(3) 労働法上以外の正当な権利行使
(4) 社会正義の主張
(5) 前勤務社での権利行使
2 労働条件変更拒否
(1) 配置転換・出向拒否
(i) 配置転換(勤務場所)拒否
(a) 配置転換(勤務場所)に係る変更解約告知
(ii) 配置転換(職務)拒否
(a) 配置転換(職務)拒否による解雇等
(b) 配置転換(職務)に係る変更解約告知
(iii) 出向・転籍拒否
(a) 出向・転籍拒否による解雇等
(2) 雇用上の地位変更拒否
(i) 雇用上の地位変更拒否による解雇等
(ii) 雇用上の地位変更拒否に係る変更解約告知
(3) 降格拒否
(i) 降格拒否による解雇等
(4) 労働条件引下げ拒否
(i) 労働条件引下げ拒否による解雇等
(ii) 労働条件引下げに係る変更解約告知
3 労働条件変更の要求
4 労働者の態度
(1) 業務命令拒否
(2) 業務遂行態度不良
(3) 職場のトラブル
(4) 顧客とのトラブル
(5) 欠勤・休み
(6) 遅刻・早退
(7) 不平不満の発言
(8) 相性
5 非行
(1) 不正行為
(i) 情報漏洩
(ii) 顧客奪取
(iii) 不正経理
(iv) その他
(2) 業務上の事故
(3) 職場の窃盗
(4) 職場におけるいじめ・セクハラ
(5) 素行不良
(6) その他
6 私的な事故
7 私生活上の問題
(1) 結婚
(2) 男女関係
8 副業
Ⅱ 労働者の能力・属性
1 労働者の能力
(1) 具体的な職務能力不足
(2) 職業資格
(3) 成果未達成
(4) 仕事上のミス
(5) 一般的能力不足
(6) 不向き
2 労働者の傷病
(1) 労働災害・通勤災害
(2) 私傷病
(3) 慢性疾患
(4) 精神疾患
(5) 体調不良
3 労働者の障害
(1) 身体障害
(2) 知的障害
(3) 精神障害
4 労働者の年齢・定年
5 労働者の性的志向
6 家族の属性
Ⅲ 経営上の理由
1 正社員
2 直用非正規
(1) 期間途中解雇
(2) 雇止め
3 派遣
(1) 期間途中解雇
(2) 雇止め
4 内定取消等
(1) 内定取消
(2) 待機
5 表見的整理解雇
6 コマからの外し
7 仕事の無発注
Ⅴ 理由不明
二 非解雇型雇用終了
Ⅰ 労働条件に起因する非解雇型雇用終了
1 労働条件変更
(1) 配置転換・出向
(i) 配置転換(勤務場所)
(ii) 配置転換(職務)
(2) 雇用上の地位変更
(3) 労働条件引下げ
(i) 賃金引下げ
(ii) 労働時間短縮に伴う賃金引下げ
(iii) 労働時間の延長
(iv) 年休取得拒否
(v) 社宅退去
(vi) 通勤手段変更
(4) 休職・自宅待機等
(i) 休職
(ii) 自宅待機
(iii) 労働者からの内定取消
2 労働条件の水準
(1) 雇用上の地位
(2) 労働時間
(i) 労働時間
(ii) 休日
(iii) 夜勤
(iv) 時間外訓練
(3) その他
(i) 配置転換希望拒否
(ii) 交通事故
(iii) 盗難
Ⅱ 職場環境に起因する非解雇型雇用終了
(1) 直接的な身体的攻撃
(i) 経営者、上司、同僚等
(ii) 顧客等第三者
(2) 物理的脅し
2 精神的な攻撃
(1) 主に業務に関連した発言
(2) 主に業務に関連しない発言
3 人間関係からの切り離し
(1) 能動的な切り離し
(2) 受動的な切り離し
4 過大な要求
(1) 事実上遂行不可能な要求
(2) 心情的に抵抗のある要求・行為
5 過小な要求
(1) 仕事を与えないこと
(2) 程度の低い仕事を命じること
6 個の侵害
(1) 私的なことに関わる不適切な発言
(2) 過剰な管理
7 経済的な攻撃
(1) 経済的不利益を与えること
(2) 労働者の権利を行使させないこと
8 行為不明
Ⅲ 懲戒処分
Ⅳ 傷病・障害等
1 精神疾患
2 精神障害
3 外国人差別
Ⅴ コミュニケーション不全
三 雇用終了以外の事案
Ⅰ 労働条件
1 労働条件変更
(1) 配置転換・出向
(i) 配置転換(勤務場所)
(ii) 配置転換(職務)
(iii) 出向・転籍
(2) 雇用上の地位変更
(3) 降格
(4) 労働条件引下げ
(i) 賃金引下げ
(ii) 労働時間短縮に伴う賃金引下げ
(iii) 賃金の精算
(5) 休職・自宅待機等
2 労働条件の水準
(1) 賃金
(2) 労働時間
(i) 労働時間
(ii) 休憩時間
(iii) 年次有給休暇
(3) 安全衛生
3 その他
(1) 健康診断
(2) 交通費
(3) 転居
(4) 労働者からの借金
(5) 求人の虚偽表示
(6) 紹介予定派遣
(7) 盗難
(8) 教育訓練
(9) 食事代
(10) 交通事故費用
Ⅱ 職場環境
1 身体的攻撃
(1) 直接的な身体的攻撃
(i) 経営者、上司、同僚等
(ii) 顧客等第三者
(2) 物理的脅し
2 精神的な攻撃
(1) 主に業務に関連した発言
(2) 主に業務に関連しない発言
3 人間関係からの切り離し
(1) 能動的な切り離し
4 その他の嫌がらせ
5 行為不明
Ⅲ 懲戒処分
Ⅳ 賠償
四 退職をめぐるトラブル
(1) 使用者側の退職拒否・希望退職拒否
(2) 退職撤回の拒否
(3) 退職時期
(4) 賞与
(5) 退職金等
(6) 退職時の精算
(7) 教育訓練費用
(8) 住宅費
(9) 雇用保険
(10) 社会保険
○ 制度対象外事案
(1) 賃金不払い
(2) 労働時間性

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マジメな濱口に似合わない!!!

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 rollikgvice's blogというブログで、拙著『働く女子の運命』がこう軽妙にからかわれて(?)おります。

http://rollikgvice.hatenablog.com/entry/2016/02/18/151434 (上野千鶴子絶賛・・・!?『働く女子の運命』)

・・・・社会学者の上野千鶴子が帯で絶賛しているらしく、一瞬大丈夫か?とも思うが、濱口の文章はマジメなので、大丈夫だろう。軽薄なことは書かないだろうし。何しろ富岡製糸場から書いているそうだからねwそこまでやるか?と思うけど、そこまでやるのがこの著者の「新規性」なのかもな。

にしても、このタイトルは何なんだろうねw「女子」なんていう、読者に媚びるような言葉を使う必要はあるんだろうかww

マジメな濱口に似合わない!!!

いやいや、タイトルの「女子」とオビの上野千鶴子さんの「絶賛」のおかげで、今までの雇用労働関係の読者マーケットを超えるかなり広い読者層が手に入ったのではないかと思っていますよ。

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デジャビュ

東洋経済オンラインに「「ブラック企業」がここまで蔓延する根本原因 実は日本型雇用システムの成れの果て」という記事が載っていますが、

http://toyokeizai.net/articles/-/105353

Toyokeizai 「365日24時間死ぬまで働け」――。大手飲食チェーン、ワタミグループの理念集に記載されていたこの言葉は、「ブラック企業」を象徴するものとして、あまりにも有名だ。同社は後に撤回したが、文字だけ見ればまるで働く人を奴隷とするような表現といえる。まさに、コンプライアンス意識が欠如した経営者が若者を搾取する構図であり、現在の「格差」の象徴のように思うかもしれない。

しかし、実はそうではない。「ブラック企業」というモンスターがエサにしているのは、日本人の「平等」意識だ。「ブラック」「格差」という単語は、「平等」の対極に感じるだろうが、実は密接に絡んでいるのだ。いったいどういうことか。・・・

うーむ、デジャビュが止まらない・・・・。

http://hamachan.on.coocan.jp/alter1207.html(「日本型ブラック企業を発生させるメカニズム」 『オルタ』2012年7-8月号)

Chukoこちらもどうぞ

http://www.amazon.co.jp/%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%81%A8%E5%8A%B4%E5%83%8D-%E3%80%8C%E5%85%A5%E7%A4%BE%E3%80%8D%E3%81%AE%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A7%A3%E3%81%8D%E3%81%BB%E3%81%90%E3%81%99-%E6%BF%B1%E5%8F%A3-%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4121504658/若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす (中公新書ラクレ)

就活、ブラック企業、限定正社員、非正規雇用……
様々な議論の中でもみくちゃになる若者の労働問題。
日本型雇用システムの特殊性とは?
そして、現在発生している軋みの根本原因はどこにあるのか?
労働政策に造詣の深い論客が、雇用の「入口」に焦点を当てた決定版。
感情論を捨て、ここから議論を始めよう。

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地域限定をデフォルトに@『Works』

W134_0_2リクルートの『Works』134号をお送りいただきました。今号の特集は「転勤のゆくえ」です。

http://www.works-i.com/publication/works/

中身は次の通りですが、

はじめに:「転勤」の「これまで」と「これから」

第1章 これまで 転勤という施策の歴史、目的と効果を振り返る

●なぜ、企業には従業員を「転勤」させる権利があるのか/山中健児氏(弁護士) 
●なぜ、日本企業に転勤が必要なのか/平野光俊氏(神戸大学経営学研究科 教授)
●転勤の目的と効果。企業のリアルとは
・幅を広げ、高い職責をこなすことによる人材育成効果/富士通
・顧客・場所を変えて組織の活性度を上げる/アステラス製薬
COLUMN1 転勤可能者の上乗せ賃金「転勤プレミアム」はいくらが適切か
●1500人調査で見えてきた個人にとっての「転勤」

そして、今 転勤という仕組みに、時代が変化を求めている 

第2章 これから 未来に機能する転勤の仕組みをつくるには
●有識者が考える 転勤の未来像を描くために議論すべきこと
・費用対効果を検証し、転勤を限定的かつ透明な仕組みにせよ
/武石恵美子氏(法政大学キャリアデザイン学部 教授)
・転勤を試金石に、人事思想や人事権のあり方を見つめ直すべき
/佐藤博樹氏(中央大学大学院戦略経営研究科〈ビジネススクール〉 教授)
・転勤は原則廃止に。地域限定社員を標準とする仕組みへの移行を目指すべき
/大久保幸夫(リクルートワークス研究所 所長)
COLUMN2 外資系の転勤の施策は日本企業とどう違うのか
●企業が動く 転勤を見つめ直す、意味と効果
地方限定型導入で「転勤しない主力社員」を生み出す/野村證券
自己判断で転勤回避できる措置で、キャリア自律を促す/キリン
COLUMN3 地方銀行64 行による「地銀人材バンク」の挑戦

まとめ:「転勤はアリ」という基本前提を崩せるか/石原直子(本誌編集長)

この中でやはり一番明確に「転勤は原則廃止に」と打ち出している大久保幸夫さんの議論を紹介しておきましょう。

http://www.works-i.com/pdf/w134_1toku.pdf

曰く:

転勤は、正社員の夫と専業主婦の妻という“標準世帯”を前提にしたもの。多様な人材を組織に受け入れ、その人たちに最大の力を発揮させるダイバーシティ&インクルージョンの時代にはもう必要ありません

地域限定社員を雇用のスタンダードにする

そもそも、雇用とは“ローカル”なもの。基本的には、その地域における経済活動に必要な人材は、その地域で育てていく。そして、教育を受けた人は、投資をしてもらった恩恵を、地域の企業で働くことによって返していくというのが、本来の姿です

そしてその原則に対するむしろ例外として、

ある人が、余人をもって代え難い人材だというなら、年齢を問わずエグゼクティブとして抜擢し、ふさわしい報酬と職責を与えて、世界中のどこにでも送り出せばいい。本人が希望し、その能力が備わっている人には、ビジネスリーダーとして、どんどん仕事を任せるべきです

そして原則はあくまでも、

歴史的にどれだけ企業側の転勤させる権利が認められてきたとしても、これからは、本人が望むのでない限り、企業の一存で転勤させることが許されない方向に向かうべきだと考えます

これを受けて、編集長の石原さんも最後にこう締めています。

個人のキャリア自律を唱えながら「辞令1本で全国どこへでも」を維持したいというのは、やはり矛盾なのだ。この矛盾に、正面から向き合うべき時が、今なのではないだろうか。

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職能を向上させるなら補助は不必要?

本ブログのこのエントリにトラックバックがついていますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-c136.html (大学がブラックビジネスでないためには)

http://www.anlyznews.com/2016/02/blog-post_17.html (大学教育への公的補助が正当になる条件)

その中に、少なくともごく普通の労働政策、職業能力開発政策の観点からは全く理解できないある一節がありました。

大学教育に意味があるか否かだけでは、大学教育への公的援助は正当化されない。それが職能を向上させるのであれば、後々賃金として反映されるので、公的補助は必要ないからだ。役立つ事にはお金をかける意義があると単純に考えてしまいがちで、労働問題が専門の濱口氏も「もしその教育内容によって学校で身につけた職業能力が職業人となってから役に立つからのであるならば、その費用は公共的な性格を持ちますから、公的にまかなうことが説明しやすくなります」と主張しているが、問題は教育内容が職能を向上させるかでは無い。本人が将来を見越して費用対効果の高い教育投資をすることができ無いのか、教育を受けた本人以外が便益を得る外部性があるかが問題になる*2。

これは極端に個人の利益のみに着目した意見ですが、もし職業能力の向上は全て本人の賃金上昇によってまかなわれるので公的助成は不必要だとすると、日本に限らず世界中で雇用政策の基軸として行われている職業訓練政策は全て無駄な政策ということになりましょう。

では、職業能力を向上させることのないような教育訓練(?)はどうかといえば、そんな役に立たないものに補助するのはもっと無意味だということになるから、けっきょくどんなものであれ、公的補助は全てすべきでないという結論がはじめから決まっているような感じです。

イヤまあ、そういう考え方もあり得るでしょうし、ある種の経済学者には結構よく見られる発想なのかも知れませんが、そのサークルを超えて通用性があるとはとうてい思えないですね。

現実の世界の諸国は、個々の労働者の労働能力が向上してその稼得能力が上がることが、労働市場全体によい影響を与えるという想定で、さまざまな教育訓練助成を行っていると思われますので、そういう一部経済学者の発想では動いていないわけですが、文句をつけようと思えば何とでも言えると言うことでしょう。

ただ一つだけ心配なのは、ある種のレリバンスを目の敵にする論者が、こういう議論を自分らを応援するものだと勘違いして、それみたことかとばかりに、上の引用部分のようなことを叫び出しかねないことです。

イヤまあ、好きなように叫べば良いですけれど、「それが職能を向上させるのであれば、後々賃金として反映されるので、公的補助は必要ない」からといって、「職能を向上させないような教育にこそ公的補助が必要だ」ということになるわけではないということだけは、きちんとわきまえておいた方が良いと思いますよ。

役に立つ教育訓練にすら公的補助を拒否するある種の経済学者が、役に立たない趣味的教育への公的補助を褒めそやしてくれるわけではないのです。

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『労務理論学会誌第25号―現代資本主義企業と労働時間―』

41hju3lhp3l_sx342_bo1204203200_ 『労務理論学会誌第25号―現代資本主義企業と労働時間―』(晃洋書房)が今月末に出るようです。

http://www.amazon.co.jp/%E5%8A%B4%E5%8B%99%E7%90%86%E8%AB%96%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E8%AA%8C%E7%AC%AC25%E5%8F%B7%E2%80%95%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%A8%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%99%82%E9%96%93%E2%80%95-%E5%8A%B4%E5%8B%99%E7%90%86%E8%AB%96%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E8%AA%8C%E7%B7%A8%E9%9B%86%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/dp/4771027021

労働時間の規制を受けないホワイトカラー・エグゼンプションを他国の現状などを比較検討しながら分析。同時に、新自由主義的な資本蓄積構造であることを明確化し、日本型雇用システム、賃金、人事労務についての論考を所収。

これに、わたくしの「(特別講演)日本型雇用システムと労働法制の在り方をめぐって」も掲載されております。

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amazonだけがネット書店じゃない

あまりにもamazonで品切れ状態が続いていたので、こちらにはちゃんと在庫があるよ、とのお知らせです。

・全国書店

店舗に在庫が無い場合、お取り寄せが可能です。

一部書店チェーンは店舗在庫の検索ができます。

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610624

MARUZEN&JUNKDOネットストア

http://www.junkudo.co.jp/mj/products/detail.php?isbn=9784166610624

・楽天ブックス

http://books.rakuten.co.jp/rb/13493689/?scid=af_pc_etc&sc2id=265908549

e-hon

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=9784166610624

 honto
http://honto.jp/ebook/pd_27635054.html

honya club

http://www.honyaclub.com/shop/goods/goods.aspx?goods=17526885

・ツタヤオンライン

http://shop.tsutaya.co.jp/%E5%83%8D%E3%81%8F%E5%A5%B3%E5%AD%90%E3%81%AE%E9%81%8B%E5%91%BD-%E6%BF%B1%E5%8F%A3%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/product-book-9784166610624/

・ブックサービス(着払い)

http://www.bookservice.jp/Item/9784166610624

 

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大木正俊『イタリアにおける均等待遇原則の生成と展開』

07044大木正俊さんより『イタリアにおける均等待遇原則の生成と展開-均等待遇原則と私的自治の相克をめぐって』(日本評論社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nippyo.co.jp/book/7044.html

女性、非正規社員などの待遇格差を是正するための均等待遇原則が私的自治との関係からどのように正当化されるかを詳細に検討する。

多分出版社が作ったらしいこの簡単な紹介文が間違ってます。

大木さんがこの大著で論じているのは、女性などの人権的な差別禁止法制『ではなく』、現在の日本でいえば非正規労働者の問題が典型ですが、イタリアの文脈では必ずしもそうでもなく、むしろ正規労働者同士の待遇の違いを問題にする議論として展開されてきた一般的な均等待遇原則の話です。

えぇ、というくらい、出版元の編集者自身が自分らが出した本の中身がよくわかっていない、というあたりに、昨今かまびすしい均等待遇問題、同一労働同一賃金問題に対する『世間一般』のセンスの水準が窺われるわけですが、閑話休題。

Jilfire大木さんと言えば、日本の労働法学は他の法学諸分野には見られないくらいイタリア労働法学派が厳然と存在し、今日までその法統を伝えてきているわけですが、その最若手の俊英として今一番いきの良い研究者です。最近では、JILPTの資料シリーズ『欧州諸国の解雇法制』でイタリア編を執筆されています。

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2014/142.html

その大木さんの早稲田大学博士論文(だいぶ前に早稲田の紀要に連載したもの)をもとにまとめた大著ですが、まさに同一労働同一賃金原則が政府の重要課題に浮上しつつあるという時期に出版されるというのは、なかなか図ってそうなるものではないだけに、天の時と言いましょうか。

さて、本書は下記の目次を一瞥すると分かるように、

序章
 一 問題の所在
 二 労働法における私的自治と均等待遇原則
 三 イタリア法研究の意義と本書の構成
 四 用語の整理

第1章 イタリアの労働条件決定システムと労使関係の特徴
 一 イタリアの労働条件決定システム
 二 イタリアの労使関係の特徴
 三 小括

第2章 初期の学説と使用者の指揮権能の制限をめぐる議論
 一 均等待遇原則の強行性を肯定する学説の登場
 二 使用者の指揮権能の制限をめぐる問題の背景
 三 憲法の制定とその私人間における効力
 四 憲法を通じた使用者の指揮権権能の制限
 五 小括

第3章 差別禁止規定の創設と均等待遇原則
 一 立法を通じた使用者の指揮権能の制限
 二 労働者憲章法の制定
 三 1977年男女平等取扱法の制定
 四 均等待遇原則と立法の進展:労働者憲章法15条の意義
 五 小括

第4章 1989年憲法裁判所判決とその位置づけ
 一 賃金に関する均等待遇原則をめぐる従来の判例動向
 二 1989年憲法裁判所判決の内容
 三 1989年憲法裁判所判決の位置づけおよび学説の反応
 四 1989年憲法裁判所判決の背景
 五 小括

5章 1989年憲法裁判所判決以降の賃金に関する均等待遇原則
 一 1989年憲法裁判所判決直後の判決の状況
 二 1993年破毀院連合部判決による賃金に関する均等待遇原則の否定
 三 信義則による救済肯定判決と1996年破毀院連合部判決
 四 学説の動向
 五 小括

終章 総括
 一 これまでに明らかにしたこと
 二 イタリアの議論の考察
 三 日本の議論
 四 日本法との比較
 おわりに

均等待遇原則をめぐる推移を論ずる前に、「イタリアの労働条件決定システムと労使関係の特徴」を1章割いて論じています。ここが味噌です。そう、副題の「均等待遇原則と私的自治の相克をめぐって」の「私的自治」とは、もちろん企業と個別労働者との民法的個別自治も含まれますが、イタリア的文脈においてはこれは何よりも、全国的産業別労働組合が結ぶ労働協約で基本的な労働条件を決定するという集団的労使自治を指すのです。

そして、本書の大部分で大木さんが事細かに論じていくのは、まさにそういう集団的労使自治で賃金を決めるという社会の在り方と、それを破ってまでも裁判官が均等待遇を強制することが出来るのか?という意味での均等待遇原則との『相克』なんですね。

そして本書が描き出すのは、性別や人種といった差別禁止法とは異なり、そういう一般的な均等待遇原則は、むしろ否定される傾向にあるというイタリアの姿です。

こういう視点からの議論が(まったくなかったわけではないとはいえ)日本ではほとんど見られなかったのは、もちろん日本の労働組合が企業別組合でかつ多くの場合正社員組合であるため、『相克』を論じる土俵がほとんどなかったからではありますが、しかし今日ただいま目の前で進行しているように、集団的労使自治というもう一つの『規範』が欠如したまま、裁判官が絶対的判断基準を握るかのような形での均等待遇原則や同一労働同一賃金原則が声高に叫ばれるという事態に対して、そういう原則が生み出されたまさにヨーロッパ社会が、実はもう一つの(全国産業別レベルの)集団的労使自治という規範設定の仕組みが生きているということを、つい忘却させることになりかねません。

そういう意味で、ほんとに今大木さんのこの本が上梓されるというのは大変意味があることだと思います。

そこから今日の日本にどういうインプリケーションを導き出すかは、それぞれの読者に委ねられていますが、しかし本書をいったん読んでしまった人は、もはや集団的労働条件決定システムとの相克という本書が突き出す課題を知らんぷりしてこの問題を論じることはできなくなるでしょう。

あと、まことにつまらないいちゃもんを。せっかく本を出すのですから、校正はみっちりやっておきましょう。

結構校正ミスが目立つのですが、それにしても253ページの「終章 総括」の11行目。

・・・同一労働同一賃金幻想の法規範性を認めている。・・・・

いやいや、「幻想」じゃないでしょう。

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脊髄反射の罪

佐々木俊尚さんがツイッターでプチ炎上しているらしいと聞き、見に行くと、なんとその火元は拙ブログの記事へのコメントでした。

「炎上」したのはこのツイートですが、

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/698705056728649729

憲法を守っているだけでは国は運営できませんよ。

これは、「風鈴」氏のこのツイートに対するリツイートで、

https://twitter.com/bluemoon356756/status/698704777752936448

代替案?憲法を守れということですよ。

これはさらに佐々木さんのこのツイートに対するリツイートで、

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/698646109544128512

官僚政治や保守支配を打破すれば民主主義がやってくるかと期待したら政治の均衡が失われただけだったという嘆き。悪者を倒すだけで代替案がなければそりゃそうでしょ。/宮本太郎山口二郎『リアル・デモクラシー』または憂しと見し世ぞ今は恋しき

そう、この佐々木さんのは本ブログのこのエントリへのコメントだったのです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-2dac.html(宮本太郎・山口二郎編『リアル・デモクラシー』または憂しと見し世ぞ今は恋しき)

とすると、この「炎上」の原因を作った犯人も明らかです。

佐々木さんのツイートが、どういう文脈での言葉であるかを全く分からず、また分かろうともしないまま、脳みそをひとかけらも使わない脊髄反射で「代替案?憲法を守れということですよ」とリツイートした「風鈴」氏にあります。

いやもちろん、文脈によっては、「代替案?憲法を守れということですよ」という短い言葉が何よりも端的な寸言になり得るような状況もあり得ます。

しかし、少なくとも、拙ブログの上記エントリへのコメントとしての佐々木さんのツイートに対する言葉としては、これは全く意味をなさない。

憲法を守れって、誰に向かっていっているのか?

利益集団政治を批判して結果的にポピュリズム政治を招いた山口二郎氏らに対して?

改革ポピュリズムに乗って利益手段政治を叩いた小泉元首相らに対して?

さらにまた改革ポピュリズムを振り回し続けた(いる)みんなの党とか維新の党とか、もろもろの「改革」派政治家に対して?

それともそういう改革政治こそが憲法の趣旨に沿っているんだからもっとやれ、と。つまり利益手段の側に対して?

なんにせよ、ここで問題になっている構図において、「憲法を守れ」という言葉が、どういう意味を持ちうるのか、そこのところが一向に不明だし、おそらく「風鈴」氏はそんな難しいことは何も頭にはないのでしょう。

そういう、脳みそをひとかけらも使ってない脊髄反射に対して、佐々木俊尚さんがキレた。

キレて、つい舌っ足らずのリツイートをしてしまった・・・・。

というのが、このプチ炎上劇の実相ということであったようです。

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牛窪恵さんの書評(@沖縄タイムス)をいただきました

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5沖縄タイムスの2月13日(土曜日)に掲載された牛窪恵さんの拙著『沖縄タイムス』の書評を、ある方からお送りいただきました。

 

私が大手出版社に入社したのは1991年。男性と同じ仕事をしているにもかかわらず、お茶くみやコピー取りなど、いつまでも「女の子」扱いされ、20代後半になると、「まだ結婚しないの?(辞めないの?)」と「肩たたき」にあったものだ。・・・・・

著者はそれを単に「けしからん」と非難するだけではない。企業や社会が彼女たちを、なぜそのように待遇したのかを、当時の訴訟の判決文も用いて、冷静に読み解く。・・・

ご自分の経験も引きながら、拙著の意図するところを的確に読んでいただけている会心の書評でした。

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udonmotchさんの拙著書評(大変深いです)

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 udonmotchさんの「単角子宮で二児の母(予定)」というブログで、拙著『働く女子の運命』を大変丁寧に書評していただいています。ご本人の経験談をたっぷり含ませながら、大変深く突っ込んで論じていただいていまして、著者として感謝に堪えません。

http://udonmotch.hateblo.jp/entry/2016/02/15/205216

読んでいてちょっと重い気持ちになったので読み進めるのに時間がかかりましたが、

・自分が企業に総合職として働き、子供を産み、産休・育休をいただき復帰したものの、育児との両立に行き詰まり社内でジョブチェンジした経緯の中で感じたことが、わかりやすく言語化されていた

・そしてその現象はどうして起きているのか、が、日本特有の雇用構造、労使関係の歴史から生まれているということがとてもわかりやすく説明されていた

というところがとてもよかったので、ざっと紹介させていただこうと思います。

はじめに拙著の内容をやや詳しめに説明されているのですが、その後で、

私の経験(ちょっと長いので興味ない方はすっ飛ばしてください)

として、御自分の経験を丁寧に語られていきます。ここは是非リンク先にいって読んでみてください。

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最低賃金と業者間協定

『生産性新聞』2月15日号に「最低賃金と業者間協定」を寄稿しました。

 最低賃金は2006年に第1次安倍内閣の下で「再チャレンジ」の一環として政策課題化し、その後政権交代を挟みながらも一貫して大幅な上昇を遂げてきました。2006年から2015年の9年間で、最も高い東京都で719円から907円、最も低い沖縄県で610円から693円になっています。そして昨年末の「希望を生み出す強い経済実現に向けた緊急対応策」では、これからも年率3%程度を目途として引き上げていき、全国加重平均 1,000円を目指すとしています。当分、最低賃金が労働政策の一つの焦点となりそうです。しかし論じられているのはもっぱら地域最低賃金であって、かつての産業別最低賃金、今日の特定最低賃金ではありません。こちらは注目を集めていないどころか、地域最賃の急激な上昇に追い越されてしまう例まで出てきています。東京都では全ての特定最賃が地域最賃以下です。使用者側の産別最賃廃止論を何とか抑えて事実上維持したにしては情けない状況です。

 もちろんその原因は繰り返し論じられてきたように、企業別組合中心の賃金設定システムにあります。そこからこぼれ落ちた無組合中小零細企業の基幹的労働者に非正規並の地域最賃よりも高い産業別最賃を、というのが、1986年に新産別最賃が発足した時の思想だったはずですが、それ以来30年の歴史はその期待を裏切ってきたと言えます。

 しかし最低賃金の歴史を振り返ってみると、この状況はまことに皮肉なものがあります。というのも、1960年代から70年代にかけての時期には、労働側がもっぱら全国一律最賃を唱え、産別最賃に否定的であったのに対し、経営側は地域最賃を毛嫌いしていたからです。むしろ、1950年代にごく一部の業種に産別最賃を導入することにすら強い反対があったために、迂回作戦として労働省が持ち出したのが業者間協定方式でした。地域の事業協同組合等を主体とする業者間協定で初任給の最低額を定めるといったものです。これは当時、労働側から「ニセ最賃」と非難され、国会でILO条約をクリアしていないから変えますと大臣が答弁し、1968年改正で廃止されました。その意味で最賃の黒歴史とも言えます。

 しかしこの制度は、ある地域のある業界の経営者団体を、自分たちの雇う労働者の最賃を決めさせるという土俵に引っ張り出して、責任を持たせていたということもできます。当時の労組は全国一律最賃を唱えるばかりで、自分たちの力である地域ある業種の最賃を協定の形で勝ち取るなどという力量はほとんどありませんでした。当時地域最賃にすら反対していた経営側が、70年代前半に全都道府県で地賃ができてしまったら、今度は産別最賃なんていらないと言い出し、1986年には新産別最賃、2007年には特定最賃にして生き延びさせてきたわけですが、そもそも企業別組合の枠を超えられない日本の労働組合には、自分たちで産別最賃を作り出す力量は乏しいということが立証されたかたちです。

 今になって考えれば、当時あれだけ「ニセ最賃」と罵倒していた業者間協定をうまく使って、それに関係労組をうまく載っける形でのソフトランディングはありえなかったのだろうか、という思いもします。業界団体という土俵はあったのです。企業を超えた賃金設定システムという生まれつつあった土俵を叩き潰して、もはやその夢のあとすら残っていません。改めて業者間協定という「黒歴史」を、偏見なしに考え直してみても良いのかも知れません。

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読んでたらなんだか吐き気がしてきた

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_3 済みません、せっかく読んでいただいたのに吐き気を催させてしまったようです。

http://blog.goo.ne.jp/gurubu/e/c09f300eadcf5f346f511346801f6154

「ぐるぐる・ぶらぶら」さんのブログで、拙著『働く女子の運命』を書評いただいたのですが、冒頭いきなり

読んでたらなんだか吐き気がしてきた(すみません>作者の方)。

と、結構強烈だったようです。

それは、きわめて私的な理由で。

働く女子たる私や同僚が悩まされているものの正体が垣間見えたから。

この本で解説されている雇用システムの形成経緯において、折々に

ぶち込まれてきた恣意性の存在が、よく分かったから。

はぁ、そこまではっきり書いてしまって申し訳ありません、というべきなのかどうかよくわかりませんが、

今読めば眉をひそめてしまうような、過去の有力団体や有識者・研究者

の発言・解釈説明など、時代がそうだったと言えばそれまでだけれど、

積み重なって現在の状況に確実に影を落としている。

そこは、意識的にこれでもかこれでもかと過去の一件一見トリビア的に見えるエピソードをてんこ盛りにしています。

最近で言えば「ダイバーシティ」「ワークライフバランス」、

否定しえない正論の姿で天から降ってきた感のあるこれらのお題。

大事なことなのに、何故こう、何度も、形骸化や形式化を繰り返すの

だろう?もっと言えば、毎度形骸化を内省しないのはなぜ?

…理由の根っこが少し分かった。

みんなでこぞって換骨奪胎。構造的に換骨奪胎体質。きついわ。

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amazonにようやく入荷したようです

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2 3週間近く在庫切れ状態だったようですが、ようやくamazonに入荷したようですね。

http://www.amazon.co.jp/%E5%83%8D%E3%81%8F%E5%A5%B3%E5%AD%90%E3%81%AE%E9%81%8B%E5%91%BD-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%BF%B1%E5%8F%A3-%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4166610627/ref=sr_1_1

正直、せっかく新聞の書評欄で取り上げてもらっているのに、直ちにネットで買ってもらえないというのはなかなか辛いものがあります。

(追記)

「残り○点」の数字がだんだん減っていく・・・。

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毎日新聞「今日の本棚」で書評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 本日の毎日新聞「今日の本棚」で『働く女子の運命』が書評されました。

http://mainichi.jp/articles/20160214/ddm/015/070/043000c

 昨年、女性活躍推進法を成立させ、女性管理職の比率を高める施策を採る日本だが、社会進出における男女格差を示す「ジェンダーギャップ指数」は世界101位。なぜ女性が思うように活躍できないのか。その要因を労働問題の専門家が紐解(ひもと)く。

 著者が根本原因とするのは、働く者の職務技能を評価する欧米型の雇用形態に対して、企業の一員としての組織への献身度を評価する日本独自の雇用形態である。その結果、出産や子育てのために、長期継続勤務や転勤、残業をしづらい女性の地位が高まらないのだ。

 富岡製糸工場の女工に始まる近代日本の働く女性たちの歴史と社会での位置づけの変化も鋭く分析。賃金とは生活を保障すべきもの、という「生活給思想」が終身雇用や年功序列などの雇用形態を生み、労働組合が生活給思想にこだわり続けたことや、マルクス経済学者たちが日本型雇用形態を高く評価したことが、結果的に女性の社会進出を阻んだとの指摘は意外で興味深い。著者は最終的に職務や勤務時間が限定的で配置転換の少ない限定正社員という概念を提唱する。未来の働き方を考える一助になるだろう。(光)

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牛窪恵さんが沖縄タイムスで拙著を書評していただいたようです

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2 牛窪恵さんが沖縄タイムスで拙著を書評していただいたようです。

ようです、というのは、現物を見ていないから。沖縄タイムスってどこで見ることができるんでしょう?

https://twitter.com/tomori_hitoshi/status/698408566412042241

「沖縄タイムス」今日の読書面 配信【書評】濱口桂一郎著『働く女子の運命』(文春新書・842円) 《見出し》日本型雇用の限界を痛感 《評者》牛窪恵(マーケティングライター) 《本文》私が大手出版社に入社したのは1991年。男性と同じ仕事をしているにもかかわらず、お茶くみやコピー取…

牛窪恵さんって、確かNHKの所ジョージさんの番組で、アナウンサーの「大変ですよ」という話に、はいッ!と元気よく手を上げて解説している方ですよね。

どんな書評をしていただいているか、とても気になりますが、本文の最初のところだけチラ見で、「お茶くみやコピー取…」の後が想像をかき立てます。

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労基法4条も出てきますよ

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 「こたつ@流刑地」さん呟いて曰く

https://twitter.com/Ningensanka21/status/698337408866078720

そういや『働く女子の運命』では労基法4条はあんまり登場せんかったな。それなりに判例はあるみたいやけど、政策には影響せんかったってことなんかな。

いや、88ページから92ページにかけて、労基法4条の制定過程をたいへん詳しく紹介していますよ。

ただ、確かにその後はほとんど出てきませんね。給与表を男女別に作るというのでない限りアウトじゃないということになってしまったため、あんまり使い道がなくなったからですが。

ただ、上のツイートの少し前で「こたつ@流刑地」さんが紹介している法制定直後の通達は結構踏み込んでいます。

https://twitter.com/Ningensanka21/status/698336336541913088

労基法第4条の「「女性であることを理由として」…とは、「労働者が女性であることのみを理由として、あるいは社会通念として又は当該事業条において女性労働者が一般的又は平均的に能率が悪いこと、勤続年数が短いこと、主たる生計の維持者でないこと等を理由」とすることの意であ」る。

https://twitter.com/Ningensanka21/status/698336643254620160

さらっとすごいこと書いてたんだなぁ、と。

https://twitter.com/Ningensanka21/status/698340326818222080

昭22.9.13 発基17号、平9.9.25 1基発648号です。(「」内の直接の引用はコンメンタールです)。

これを見ると、なんと70年近く前の男女同一賃金規定が既にある種の間接差別も禁止すると解釈されていたことがわかります。それも「主たる生計の維持者でないこと等を理由」とするのも労基法違反というのですから、たいしたものです。

拙著第2章は、その後の数十年がまさにそれとは逆の方向に向かう歴史であったことの説明ですが、それにしても終戦直後というのはいろんな意味で面白い時期であったことは間違いありません。

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宮本太郎・山口二郎編『リアル・デモクラシー』または憂しと見し世ぞ今は恋しき

0255710

長らへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

え?いや、一言でいうとそういう本です。

宮本太郎・山口二郎編『リアル・デモクラシー』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/1/0255710.html

従来日本で生活保障に一定の役割を果たしてきた利益集団は,グローバル化や小泉構造変革,政権交代を経てどのように変容したのか.日本医師会,建設業協会,農協,連合,NPO団体の戦略転換を分析し,その上で,利益誘導型とは違う形で中間集団を基盤にした,新しい民主主義と生活保障の仕組みを構想する.

目次は次の通りで、第1部でいろんな団体を取り上げ、第2部でやや理論的な分析をしているのですが、

利益政治の転換とリアル・デモクラシー

第1部

日本医師会における政治戦略の変化

政権交代による政策変動と政策コミュニティ―北海道開発政策を事例として

農協の政治運動と政界再編・構造改革・自由化―一九八〇年代以後の農協農政運動団体の活動分析

ソーシャル・ガバナンスと連合労働運動

政治過程の変容とNPOの政策提言活動

第2部

熟議民主主義と集団政治―利益団体・アソシエーション・集合性の構成

「空っぽの乗り物」?―政党組織“開放”の力学

福祉・雇用レジームの転換を妨げる財政の硬直性―再配分の政治の隘路

保守主義レジームの多様性―日独仏福祉国家再編の分岐

影響の体系としての現代民主体制

おわりに

正面からの総論に当たるのは宮本太郎さんの序章ですが(これは部分的に公開されています)、

http://www.iwanami.co.jp/.PDFS/02/1/0255710.pdf

でも、何で今こういう本を出すのかを率直に述べているのは、山口二郎さんの「終わりに」です。

その冒頭に出てくるのが、上の百人一首の歌なんですね。

長らへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

どういうことか?

・・・打破すべき悪しき仕組みや悪者たちを除去した結果、政治は均衡を失い、首相は強権をほしいままにし、人々の生活も不安定になった。そうした変化は、かつて政治過程の重要な登場人物であった組織、団体が弱体化したことに起因している。・・・

いやまさにその「悪者たち」を除去すべしと論陣を張って先頭に立っていたのが山口二郎さんたちであったわけですが、まさにだからこそ「憂しと見し世ぞ今は恋しき」なんですね。

・・・政治改革の中で、自立した個人を単位とする政治参加のモデルと考えられてきた。日本人が、それぞれのしがらみを断ち切って、自分で考え行動するようになれば、自民党による一党支配は崩れるだろうという期待が存在した。集団主義は封建的、あるいは伝統的な保守支配の地盤であり、個人主義が民主主義をもたらすという図式が暗黙のうちに共有されていた。・・・

・・・既存の集団を既得権にしがみつき守旧派と攻撃し、組織されざる大衆に改革をアピールするという手法は、小泉純一郎以来、扇動の能力を持つ政治家に愛用された。これも、政治における個人主義浸透の結果であり、ある意味で90年代以来の民主化の帰結ということもできるだろう。・・・・・・・

そう、だからこそ「憂しと見し世ぞ今は恋しき」なんですね。

ただ、本ブログの読者にとっては、かなりデジャビュの感もあるのではないでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_46a5.html (山口二郎氏の反省)

・・・今頃あんたが後悔しても遅いわ、なんて突っ込みは入れません。この文章自体がまさにそれを懺悔しているわけで、人間というものは、どんなに優秀な人間であっても、時代の知的ファッションに乗ってしまうというポピュリズムから自由ではいられない存在なのですから。

まあ、でも90年代のそういう風潮に乗せられて、いまだに生産の場に根ざした連帯を敵視し、それこそが進歩だと信じ込んで、地獄への道をグッドウィルで敷き詰めようとする人々が絶えないんですからね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-9826.html (山口二郎氏の反省その2 参加や直接政は必ずしも民主主義を増進させないのか!?)

・・・立派な政治学者が今頃になってそんなことを言い出さないでよ!!といいたくなりますね。

実は、山口二郎氏と私は同年齢。同じ年に同じ大学に入り、同じような環境にいたはずですが、私がその時に当時の政治学の先生方から学んだのは、まさに歴史が教える大衆民主主義の恐ろしさであり、マスコミが悪くいう自民党のプロ政治のそれなりの合理性でした。

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大学がブラックビジネスでないためには

昨日配信されたこの記事が大変話題を呼んでいるようですが、

http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20160211-00054313/(大学というブラックビジネス 人生のスタートから借金漬けになる学生たち)

ネット上では、具体的な金利水準が問題になっているようですが、ここでは千田さんが問題の本質として論じている論点そのものについて、その大学外社会への通用性がどれほどあるのかという観点に絞ります。というか、千田さんのこの一節が、文科系アカデミズムにいるのではない人にはおそらくカチンとくる可能性があるからです。

・・・私自身は大学教育に意味があると思っている。それまでの教科書に沿った暗記が主となる授業とは違い、自分で考えること、批判的な精神、自由な想像力、そして一般的に教養と呼ばれるもの、そういうものを身に着けることができるところが大学である。もちろん、それは高校でも可能ではあるし、大学を出たからといってできるひとばかりではないだろう。それでも多くのひとが働いているなかで、4年間、いっけん「無駄」とも思える時間を過ごさせてもらうことは大切なことであると思っているのだ。そう思わなければ、大学の教員などやってはいない。

そういうことのために、俺たちの稼いだ金をただでよこせというつもりかね?という反発こそが、実のところこの問題の最大の焦点なのです。

Chukoこの問題については、『若者と労働』の中で、次のように論じています。

 教育費については、まさにそういう問題があるからこそ、義務教育は無償というのが原則とされているわけです。そして、同世代人口の大部分が義務教育のみで社会に出て行った時代には、それでかなりの必要をまかなえていたことも確かでしょう。しかし、その後日本に限らず、先進諸国ではいずれも高校への進学率が急上昇していき、今ではほぼどの国でもほとんどの生徒が高校に進学するようになっていますし、大学への進学率もかなり高まっています。日本の大学進学率は、先進国の中では決して高い方ではありません。ただし、その中身が職業的意義の乏しい教育に著しく偏っていることは前節で述べたとおりです。

 このように高校や大学への進学率が高まってくる中で、欧米諸国では高校についてはほぼ授業料は無償化されています。日本ではようやく民主党政権になって、二〇一〇年度から実施されたことはご承知の通りです。問題は大学です。ヨーロッパの多くの国では、大学の授業料も原則無料です。それに対して、授業料が無償化されていない諸国でも、だいたい給付制の奨学金によってまかなえるようになっており、日本のような貸付型、つまり卒業後何年もかかって返済していかなければならないのが原則という国はほとんどありません。

・・・・・

 この問題に対しては、最近になって急速に関心が高まってきましたが、逆に言うと、それまではなぜこの問題に対してほとんど関心が持たれなかったのか、社会問題にならなかったのか、ということの方が、諸外国の目から見れば不思議なことのはずです。なぜだったのでしょうか。

 それは、日本人にとっては、生徒や学生の親が、子供の授業料をちゃんと支払える程度の賃金をもらっていることが、あまりにも当たり前の前提になっていたからでしょう。そもそも、生活給とは妻や子供たちが人並みの生活を送ることができるような賃金水準を労働者に保障するという意味がありますから、子供が高校や大学に進学することが普通になっていけば、その授業料まで含めて生活給ということになります。

 おそらくこのことが、高校教育にせよ、大学教育にせよ、将来の職業人としての自立に向けた一種の投資というよりは、必ずしも元を取らなくてもよい消費財のように感じさせる理由となっていたのではないでしょうか。つまり、公的な教育費負担が乏しく、それを親の生活給でまかなう仕組みが社会的に確立していたことが、子供の教育の職業的意義を希薄化させた一つの原因というわけです。

 そうすると、そのことが逆に公的な教育費負担をやらない理由となります。もしその教育内容によって学校で身につけた職業能力が職業人となってから役に立つからのであるならば、その費用は公共的な性格を持ちますから、公的にまかなうことが説明しやすくなりますが、それに対して教育内容が私的な消費財に過ぎないのであれば、そんなものを公的に負担するいわれはないということになりましょう。つまりここでは、日本型雇用システムにおける生活給と、公的な教育費負担の貧弱さと、教育の職業的意義の欠乏の間に、お互いがお互いを支えあう関係が成立していたわけです。

千田さんの言い方は、「私的な消費財に過ぎない」大学教育の費用を「公的に負担すべき」という議論になってしまっているのです。もちろん、それは戦後確立してきた生活給が教育費を私的消費財とみなすことを可能にしてきたにもかかわらず、それが現在大きく揺らいできているという社会の変動を反映したものであり、的確に対応しなくてはならない問題の鋭い提起になっているわけですが、それゆえにこそ、その提起は、大学教育がもはや私的消費財とみなされるべきではないというパラダイムチェンジを伴わなければ、「そういうことのために、俺たちの稼いだ金をただでよこせというつもりかね?」という反発以外の何者をも招かないでしょう。

そういう意味において、教育の職業的レリバンスとかいわゆる「L型大学」をやたらに目の敵にする人々は、すなわち自分たちの足元を掘り崩し続けているのだと思います。「無駄」だけど楽しいからお前の金をよこせ、でいつまでも通用するわけではない。資源の権威的配分の技術としての政治の世界においては、資源を移転するにはもっともらしい理屈がいるのです。

(追記)

本ブログを以前からお読みの方々はご存じの通りですが、わたくしは本ブログで、まさに千田さんが主張しているのと同様に、日本が学費が高い上に奨学金が充実していない国であることを指摘し、問題を提起しているつもりです。

その観点から見て、残念ながら千田さんのものの言い方はかえって事態を悪化させる危険性があると思うのです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/oecd-af93.html (学費は高いわ援助はないわ・・・日本の高等教育@OECD)

OECDが去る2月23日に公表した「Education Indicators in Focus」No.2に、大変雄弁なあるグラフが載っています。

http://oecdeducationtoday.blogspot.com/2012/02/increasing-higher-education-access-one.html(Increasing higher education access: one goal, many approaches)

ご存じの方はとっくにご存じのグラフですが、

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これを見ると、世界の国は4つの象限に分けられます。

右上のアメリカなどが入っている第1象限は、学費は高いけれども奨学金が充実している国。

右下の北欧諸国が入っている第4象限は、学費は低い上に奨学金が充実している国。

左下のふつうのヨーロッパ諸国が入っている第3象限は、学費が低いので奨学金が充実していない国。

そしてただ一国左上の第2象限に燦然と輝く我が日本国は、学費が高い上に奨学金が充実していないという素晴らしい教育環境を世界に誇っています。

48634067cover20150_2

(追記)

下のコメントで、「通りすがり」さんが

この手の比較で高等教育への進学率の国別の違いへの言及が無いのは分析が不十分だと思う。

と述べていますので、これまた既にご承知の方には今更ですが、同じOECDの「Education at a glance 2011」から先進各国の大学進学率を男女別にみたグラフを

http://www.oecd.org/dataoecd/62/2/48630696.pdf

Oecdedu

いくつかの重要なことがわかりますが、まず日本は少なくともOECDに加盟している先進諸国の中では決して高等教育進学率が高い方ではないということ、そして、トルコを除いてす他の全ての国では女性の進学率の方が男性よりもかなり高くなっているのですが、日本だけはダントツに男性の方がずっと高くなっているということ。たぶん、教育関係者で国際比較に詳しい人にとっては常識的なことですが、そうでない(週刊誌やテレビあたりで政治意識を涵養しておられる)方々にとっては、相当に意外なデータではなかろうかと思われます。

(再追記)

さらに「通りすがり」さんから、

ところで、奨学金制度の充実についてですが、給付と貸与の別は明らかなのでしょうか?

貸与制が主体の国の場合は学費が安い国と比べるとやはり負担の軽減の程度が低いように思いますがこの点はいかがなのでしょう?

と問われました。欧米人なら“Good Question”というところでしょうか。まさにOECDの「Education at a glance 2011」に、そこのところを分析したグラフも載っています。

Oecdloan

ご覧の通り、日本はほとんど全てが「Student loans」という点で際だっているようです。

(お知らせ)

94412

こうしていちいちOECDの原書からC&Pする代わりに、明石書店から刊行されている訳書を紹介した方が早いかも。

http://www.akashi.co.jp/book/b94412.html(図表でみる教育 OECDインディケータ(2011年版))

経済協力開発機構(OECD) 編著

徳永 優子 訳

稲田 智子 訳

来田 誠一郎 訳

矢倉 美登里 訳

8,400円とだいぶ高いですが、およそ教育問題を論じようとするなら必携です。エビデンスに基づいて教育を論じようとするまともな国なら。

うーっむ、こういうのをかけらも読んでなさそうな、むしろその存在すら知らなさそうな御仁ほど、大衆系マスコミのみならず教育行政に関わりあるところですらふんぞり返って「教育」を論じて恥じないのがどこかの国なのかも知れませんが・・・。

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出口治明・島澤諭『自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議』

4797384055_m出口治明・島澤諭『自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議』(SB新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.sbcr.jp/products/4797384055.html

SB新書と言ってもカレーじゃなくって、ソフトバンクのSBなんですね。

出口さんはますます怒濤の如く本を出されていますが、本書はどちらかというと割と軽めの本ですね。

先送りできない日本とあなたの働き方!

課題先進国ニッポンとあなたの未来

◆もう先送りできない!
適切な問題解決のその先に、個人も国も成長がある!

少子高齢化、財政再建など課題が山積する現在の状況から日本は適切な道を選び、歩んでいけるのか? 
今や「数字・ファクト・ロジック」を駆使して自分の頭で考え、判断することが何より大切な時代になった。
こうした混迷の時代でも、自分の半径5mの世界から変えていくことが結局は早く世界を変えることにつながる。
あなたの今後の人生や仕事を下支えする力を養う!

◆日本でしか通用しない価値は意味がなくなる!

◆少子化、老老介護、孤独死、待機児童問題など
数多くの難題を抱え、「課題先進国」となってしまった日本――。

歴史は自分の立ち位置を測る格好のモノサシだが、日本はいま世界でどんなポジショニングにあるのか、
そしていま日本、さらには東京の競争力をあげることがなぜ大事なのか、
ボーダーレスの本当の意味を知ることになる子、孫世代はどうやって働き、生きていくべきなのか――不透明な時代の先を見通す

◆適切な問題解決のその先に、個人も国も成長がある!
「この世界をどう理解し、どこを変えたいと思い、自分に何が出来るか考え、行動ることが、人間が生きる意味であり、仕事をする理由でもある」(出口氏)

ということで、目次は次の通りですが、

第1章  「数字・ファクト・ロジック」で考える
第2章  労働生産性を上げるためには
第3章  エイジフリーで働くということ
第4章  日本再生のカギを握る「教育」
第5章  少子高齢化の先にある未来
第6章  客観的な目で見る格差社会とナショナリズム
第7章  ポピュリズムに惑わされないリーダーを育てる
特別コラム 日本人がアジアで活躍する バイタリティ溢れる和僑

ここではやはり、このやりとりを第一に挙げておきましょう。こういう当たり前のセンスが欠如したまま、サービス業の生産性向上とか言ってると、全然逆方向に迷走するという話です。

出口 なぜ日本は一人あたりGDPの順位が29位と低いのか?それは労働者の生産性が低いからです。・・・

島澤 労働生産性で言うと、製造業の生産性が高く、サービス業(非製造業)が低いとよく言われますが、サービスの質に対する目が日本では厳しい傾向にあります。シンガポールのレストランに入って食事をしたときの話ですが、テーブルの上はまぁ我慢できるのですが、テーブルの下はきれいでないというか、ゴミが散乱したままですし、大きなゴキブリも隠れていました(笑)。もちろん、高級レストランではありませんので、値段相応のサービスの質なのだろうと思います。日本みたいに安い居酒屋でもこぎれいなお店は外国では見当たりません。

日本のサービスは質が高いですが、問題はだからといってそれが料金に含まれているわけではないことです。そのため、「質は高いけれど、お金はあんまり取らない」となり、生産性が低くなっているのです。・・・

出口 よく「ブラック企業」として取り上げられる企業は、そのほとんどがサービス業です。労働生産性が低いので賃金も上がらず、利殖する人が後を絶たないのも、儲かるような生産性の高い働き方ができていないからです。・・・

島澤 値段が安いのは、消費者からすればありがたい。しかし、諸外国から見れば本当はもっとお金を取れるはずなんです。昨今は「おもてなし」という言葉が流行っていまして、盛んにもてはやす風潮もありますが、あれもよくないと思います。極端な話、金の取れない「おもてなし」は自己満足以外の何者でもないですし、それを従業員に見合った対価もなしに強制するのはおかしいでしょう。

私は本ブログで、「スマイル0円が諸悪の根源」と言ってきましたが、そろそろ「お・も・て・な・しが諸悪の根源」と言い換えた方が良いかもしれませんね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-107c.html

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NHK視点・論点スクリプト

去る1月29日の未明に放送されたNHK視点・論点の「働く女子はなぜつらい?」のスクリプトがアップされています。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/237292.html

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5250ページの拙著のエッセンスを約3000字弱に圧縮したものですが、くれぐれもこれだけ読んで分かった気にならないで下さいね。

拙著にてんこ盛りに載っているあれやこれやのトリビア風にも見えるエピソードの積み重ねにこそ、この問題の真実が溢れているのですから。

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労働開発研究会第2701回「現在の紛争解決の実態」

Photorkk 労働開発研究会の第2701回「現在の紛争解決の実態」が来週月曜日2月15日にあります。

http://www.roudou-kk.co.jp/seminar/workshop/3579/

第2701回「現在の紛争解決の実態」 ★オンラインセミナー対応

2016年2月15日(月)15:00-17:00

―個別労働関係紛争の経緯と実際の紛争解決における内容と解決金額等―

 解雇や労働条件の引き下げといった問題をめぐり、個々の労働者と使用者との間で生じる紛争については、労働局のあっせんや労働審判、民事訴訟など様々な解決手段が用意され、実際に利用されております。

 また、JILPT(労働政策研究・研修機構)において、「「日本再興戦略」改訂2014」に基づいて実施された「労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析」の結果等から厚生労働省では、個別労働関係紛争の解決状況における、解決状況確認ツールを公開しました。

 通常、解雇を始めとする雇用終了に関しては、裁判に持ち込まれ、解雇権乱用法理に基づいてその効力が判断され、日本の解雇規制は厳しいというイメージを抱いておられる方も多いと思いますが、現実の労働社会においては、時間と費用のかかる裁判に持ち込まれない膨大な数の解雇その他の雇用終了事案が発生しております。

 今回は労働政策研究・研修機構の濱口先生を講師にお招きし、労働局のあっせん、労働審判の調停・審判及び民事訴訟の和解についてを詳細に分析したJILPT調査をもとに、今日の日本の労働社会において日常的に発生している雇用終了と紛争解決の実態を、ありのままに認識し、職場のありようを考えます。ぜひご利用下さい。

Koyoufunsou 内容は、去る1月末に刊行されたばかりの『日本の雇用紛争』の概略です。

本書は、2015年5月に公表した労働政策研究報告書No.174『労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析』をそのまま第2部として収録するとともに、その研究で用いた労働局あっせん事案の内容分析を第3部とし、併せて法政策の推移を第1部として一冊の書物にしたものである。

第2部の研究は、2014年6月24日に閣議決定された『「日本再興戦略」改訂2014-未来への挑戦-』において「労働紛争解決手段として活用されている「あっせん」「労働審判」「和解」事例の分析・整理については、本年度中に、労働者の雇用上の属性、賃金水準、企業規模などの各要素と解決金額との関係を可能な限り明らかにする」とされたことを受け、労働政策研究・研修機構において厚生労働省及び裁判所の協力を得て実施した調査研究である。その対象は、労働局あっせんについては、2012年度に4労働局で受理した個別労働関係紛争事案853件であり、労働審判については2013年(暦年)に4地方裁判所で調停または審判で終局した労働審判事案452件であり、裁判上の和解については2013年(暦年)に4地方裁判所で和解で終局した労働関係民事訴訟事案193件である。この研究担当者は、本書の著者である濱口桂一郎(主席統括研究員)と高橋陽子(研究員)の二人であった。

 この研究に当たり、労働審判と裁判上の和解については、上記二人の研究員が裁判所内で、労働関係民事訴訟及び労働審判記録を閲覧の上、持参したパソコンに収集すべきデータを入力するという手法で資料収集を行ったため、第2部で用いている数値化されうるデータ以外に質的データは収集されていない。これに対し、労働局あっせんについては、労働局で受理したあっせん事案の記録(「あっせん申請書」、「あっせん処理票」、「事情聴取票(あっせん)」、「あっせん概要記録票」及び添付書類)について、当事者の個人情報を抹消処理した上で、その提供を受けているため、紛争事案の内容を分類分析するために必要な質的データが得られている。そこで、本書第3部において、紛争の類型化に有用な限りで、できるだけ事案の特徴を明らかにするような形で分析を進めていくこととした。

 この部分は、2012年にJILPT第2期プロジェクト研究シリーズNo.4として刊行された『日本の雇用終了-労働局あっせん事例から』の全面改訂版と位置づけられる。ただし前回は、2008年度における4労働局のあっせん事案1,144件のうち、過半数の66.1%を占める雇用終了事案(解雇、雇止め、退職勧奨、自己都合退職など756件)を取り上げ、雇用終了理由類型ごとに詳しくその内容を分析したものであったが、今回は雇用終了事案に限らず、全事案853件を対象として分析を行っている。  本書が、雇用紛争をめぐる諸課題に関心を寄せる多くの方々によって活用されることを期待する。

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「爽快!読書空間」の拙著評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5「爽快!読書空間」というブログで拙著を評していただいております。

http://takemaster2009.blog47.fc2.com/blog-entry-811.html

女性の労働史・日本型雇用の生成史に関する歴史的記述、日本型雇用がいかに女性の活躍を難しくしているかという現状の分析、の両点につき興味深い分析がなされている本だと思います。・・・

と、いくつかの点を指摘された上で、

・・・あとがきで「本書の特徴」として、女性労働を「徹頭徹尾日本型雇用という補助線を引いて、そこから論じたところにある」としていますが(250頁)、むしろ、女性労働を補助線にして日本型雇用を論じた本といった印象があります。

と、ズバリ見抜かれてしまいました。

まさにそのとおりなんです。

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amazonで品切れしてるだけです

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5フェズさんに限らず、そう思った方は多いでしょうが・・・、

https://twitter.com/fez_kitchen/status/696214769582211072

読んでみたいと思ったのに売り切れてる!(つд⊂)

働く女子の運命 (文春新書) 文藝春秋

いや、それはamazonだけです。

なぜかもう2週間近く品切れ状態なんですが・・・。

http://www.amazon.co.jp/dp/4166610627/

一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。

物理的な本屋さんにはちゃんと並んでいますし、他のネット書店でも買える状態です。

諦めないで、どこかで入手いただければ、と。

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東大生協書籍部で新書第10位

文春新書編集部の高木知未さんがわざわざ宣伝用のフリップを作って宣伝に努めていただいた効果でしょうか。東大生協書籍部の最新ランキング新書の部で、第10位に潜り込んだようです。買ってくださった皆様、ありがとうございます。

http://www.utcoop.or.jp/hb/news/news_detail_501.html

  書名 著者名 出版社 本体価格
1 研究者としてうまくやっていくには 長谷川修司 講談社 900
2 東京大学第二工学部 中野明 祥伝社 780
3 プラグマティズム入門 伊藤邦武 筑摩書房 880
4 戦略がすべて 瀧本哲史 新潮社 780
5 免疫が挑むがんと難病 岸本忠三 講談社 1080
6 代議制民主主義 待鳥聡史 中央公論新社 840
7 恐怖の哲学 戸田山和久 NHK出版 980
8 意識と無意識のあいだ マイケル・C.コーバリス 講談社 860
9 中世社会のはじまり 五味文彦 岩波書店 820
10 働く女子の運命 浜口桂一郎 文藝春秋 780

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非正規の賃金、上がりやすく 「同一賃金」へ熟練度を反映@日経新聞

日経新聞に興味深い記事が載っています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS05H2H_W6A200C1MM8000/

政府は非正規雇用の待遇を改善するため、仕事の習熟度や技能といった「熟練度」を賃金に反映させるよう法改正する。正社員と同じ仕事なら同じ賃金水準にする「同一労働同一賃金」の実現に向け、経験豊かで生産性の高い派遣社員らの賃金を上がりやすくする。約2000万人に上る非正規の賃金底上げにつなげる。

 5月にまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」に盛り込む。関連法はパートタイム労働法や労働契約法の改正と、派遣社員の待遇に関する新法で構成する見込み。厚生労働相の諮問機関の労働政策審議会で詳細を詰め、早ければ秋の臨時国会に提出する。

 現行法では、企業が非正規と正社員との間に賃金格差を設ける場合、派遣労働者は特に定めがなく、パートタイムや有期雇用は「業務の内容」「責任の程度」「配置の変更の範囲」などを考慮するとしている。しかし、いずれも習熟度や技能、勤続年数といった非正規の「熟練度」を賃金に反映するしくみはない。

 正社員は賃金体系で勤続年数や技術能力の向上が反映されるが、非正規は年功的な要素がなく、賃金格差は年齢とともに広がる。厚生労働省の調べでは、25~29歳の場合、正社員は1時間あたり1453円で非正規は同1030円。50~54歳になると正社員は同2446円で、非正規は同1029円にとどまる。

 法改正では、経営者が賃金を定める際、熟練度の考慮を義務づける規定をそれぞれの法律に設ける。欧州は理由があいまいな賃金の差を禁止し、差を設けた企業に訴訟などで格差の立証責任を課している。日本も「熟練度」を明記することで、なぜ非正規が正規よりも賃金が低いのか企業に事実上の説明責任を課す。

 非正規による賃金格差訴訟はこれまで「法律に『熟練度』の規定がないため、能力などを訴えても勝訴例は非常に少ない」(政府関係者)のが実情。法整備で企業側に対抗する根拠ができる。

 ただ賃金体系で熟練度をどのように定義付けするかは労使交渉や判例の蓄積によるため、法改正しても、すぐに非正規の賃金改善につながるとは限らない。経営状況が厳しければ、非正規の賃上げの原資を確保するために、正社員の賃金や待遇を引き下げざるを得なくなる可能性もある。・・・・

「政府」という名前の人はいないので、ニュースソースが具体的にどこなのか一向に不明ないかにも日経新聞的な記事ではありますが、妙に詳細にわたっている不思議な記事ではあります。

とりあえず心覚えとしてメモ。

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日曜日の朝刊・世界を笑え!

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先週金曜日の早朝(未明)のほとんど誰も見ていない時間帯にNHK視点・論点に出ましたが、明日日曜日のやはり早朝5時に、FM東京に出ます。

http://www.jfn.jp/News/view/jfn/1163

●7日  ~日曜日の朝刊・世界を笑え!~

『働く女子の運命』とはどういう事なのか?昨年末に書籍『働く女子の運命』を出版した、労働政策研究・研修機構の主席統括研究員 濱口桂一郎さんをゲストに迎えてお話を伺います。出演は、THE NEWS PAPER。

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 それから、その間にもいくつか『働く女子の運命』の書評がいくつかアップされています。

「ソーシャルライブラリー」というところに、「かえるのすみか」さんが、

http://www.sociallibrary.jp/entry/4166610627/

この本は日本の女性の明治以降の労働史をていねいに紹介している。

  結婚したり子供産んだりしてると働けない。働いて生活費を稼ぐことができないということは自分以外が稼いだ生活費で食べて服着て屋根で雨風をしのぐことができない。私は何よりそれが自分としては嫌なんだ。シンプルに生活を自分の手で全うしたければ妊娠はできない。もう年齢的に妊娠はお役御免になりそうなことは少し安心だ。私は蜂社会だったら働き蜂だ。巣の壁ををひたすら塗り上げる。そんなに重要な仕事なんて望まない。会社でしたいことなんてそんなにないんだ。だがそういう生き方ができるのも先達たちの努力のたまものなのかな。たぶん50年前だったら日陰の座敷牢だろうし。おてんとうさまの下の道は時々あったかいし感謝しよう・・・・・

また、読書メーターに、1月末から今月初めにかけて連日のように書評が続けざまにアップされていました。

http://bookmeter.com/b/4166610627

1/29 :ケニオミ, 日経夕刊の書評で満点5つ星で紹介されていた本です。明治期から現在に至るまで女性が労働市場でどのような役割を担わされていたかを説明しています。家族を扶養する役割を担う男性には、年功序列の賃金制度で遇し、終身雇用制を用いる。年齢が上がるにつれ賃金が上がるので、男性にはスキルを磨かせるが、結婚・出産で退職する女性にはスキルアップはさせない。この様な前提で始まった日本の労働環境の中、男女平等をどのように実現させるのか。本音では同一労働同一賃金なぞ実現してほしくない男性中心の労使の姑息な解決方法の結果が現在の姿だ。 

1/30 :ざっきい, 同著者の「日本の雇用と中高年」「若者と労働」を読んでいて、三部作の気持ちで読んだ本。三作とも同じ軸で語られている。日本における雇用システムは、知識・技術のない新人一括採用と、転勤などある意味無制限な試用、解雇のしにくさが結びついたもので、歴史的な経緯が書かれている。この日本型雇用から表れる問題について著者が示す解決は、できる知識・技術に基づいたジョブ型雇用の導入と無制限な試用(と解雇のしにくさ)の撤廃である。まあ欧米と同じ制度にしたら?といった感じ。欧米型にした場合の混乱と対処についても書いて欲しい。 

1/31 :Panico, 下手に日本型雇用が成功してしまった過去があるために、一度決まってしまった賃金格差を是正できないでいる現代社会にNOをつきつけ…つきつけてねえ!?読めば読むほど(これもう無理なんじゃないかな…)と諦めてしまいかねない現状が露になる。もういっそ全員貧しくなれば解決するんじゃね!?とヤケになっちゃう。 

2/1 :ダンボー1号, 昔夫一人で稼いだ収入を今妻の収入加えて同じ水準保っているのが今の現状で一般職正社員が今や派遣に入れ替わってしまった。確かにそうでした。なぜそうなった?という女子労働の歴史記述が長すぎて今の問題と打開案の考察が少ないです。 均等法以前の男性が修行、女性補助のほうが出産・家族も安定するように見えますが今の社会と毛材は逆行を許さない。じゃどうする?と言うことです。男女同じ待遇に拘り過ぎると産むとハンディが大きくなり、職場にマタハラが横行する。古い考えの会社が減り、理解ある余裕ある社会に変わるのを気長に待つ? 

2/2 :piack, タイトルが「運命」です。やはり、<逃れられない>という前提なんでしょうね。中身を読んでも、「じゃあ、どうしたらよいのか」という所は「読者の皆さんにお任せしたい」というオチ。歴史や社会構造の問題点はよくわかったが「どうしたらよいのか」という部分に踏み込んだ記述が読みたかった。 

2/3 :カモメ, 女性労働問題、とりわけ男女の賃金格差や退職年齢の差に関する制度の変遷についての記述が多かったです。難しい面もありましたが、賃金の理屈や成り立ちについて理解でき面白かったです。今後の展望としては現在の日本の男性の働き方に女性を合わせるのではなく、一般職の働き方を男女共に推奨していました。確かにまず男性の長時間労働を是正した労働環境が前提でなければ、女性の柔軟な働き方も受け入れられ難いと思います。しかしそもそも結婚による影響を受けるのが女性ばかりということや、結婚するのが当たり前ということに違和感があります。 

2/6 :Miki Sato, 今年27歳。結婚して1年経ち、出産と仕事との間でジレンマに苦しんでいる私の頭に、ストレートに入ってくる本でした。「日本型雇用」のあり方に納得。法規や制度だけが存在していても仕方ないのですね。これまで後輩(たち)が出産→産休→育休を経ていく中で自分の周辺にも負担が増えたことが事実としてあり、それを経験したからこそ「どちらかを選ばざるを得ない」状況があることを再認識しました。

いろいろな批評をいただき、ありがたい限りです。

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トミヤマユキコさんの書評@『週刊朝日』

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2 17750『週刊朝日』2016年2月12日号で、トミヤマユキコさんが拙著『働く女子の運命』を軽快に書評されています。題して「メンバーシップ型社会の働きづらさ」

http://dot.asahi.com/ent/publication/reviews/2016020300184.html

女子にとって、日本というのは実に生きづらい国である。仕事に打ち込みたいと思えば男並みの働きを期待され、そんなの無理だと思って結婚しても、産みやすくも育てやすくもない環境が待っている。それを愚痴れば「おまえの努力が足りないだけ」と、自己責任論で押さえつけられてしまったりする。

 本書は、この国が抱える女子の働きづらさ=生きづらさについてのレポートだ。戦前から現代までの女子労働史が、さまざまな資料の数珠つなぎによってまとめられている。かなりみっちり書かれているので、慣れるまで読むのに苦労するかも知れないが、がんばって欲しい。この国が女子をいかに軽視してきたかが分かるから。

 著者によれば、日本は「メンバーシップ型」の社会だという。どのような技能を持っているかということ以上に、どのようなメンバーであるかが重視される社会だ(ほとんどの新入社員が入社後に配属先を告げられるのもそのためだ)。対する欧米は「ジョブ型」の社会。企業が求める技能を持った者に適切なポストが与えられる。後者の方が労働の形としてシンプルなのは明らかだ。

 メンバーシップ型社会は、女子という存在を正しくカウントしない、という過ちを繰り返し続けている。体力がないから、結婚したら辞めるから、出産したら休むから、という理由でたとえちゃんとした技能を持っていても女子を仲間はずれにする。この理屈が恐ろしいのは、アレンジすれば、男子にも使えること。この不況下で増え続ける非正規雇用者の扱いを見れば、今や仲間はずれが女子だけじゃないのが分かるはずだ。

 男女雇用機会均等法が施行されてから30年。本当に変えるべきは、法律ではなくメンバーシップ型社会の方である。だが、それが一番難しい。著者も、働く女子の運命は「濃い霧の中にあるようです」と語る。この暗澹たる現実がある以上、一億総活躍なんて、到底ムリだろう。

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なぜ女性差別が続くのかを説得的に説明 by 相如さん

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 hontoレビューに、相如さんが『働く女子の運命』に対するかなり長大で突っ込んだ書評をアップされています。

http://honto.jp/review/user-review_819200029877_093.html

本書の著者は、近年広まりつつある「限定正社員」制度の火付け役として知られ、ネット上で質の高い(しばしば口調が攻撃的ではあるが)情報発信を行っている。日本社会は一昔前に比べれば女性差別の問題にはるかに敏感になっており、労働の現場で女性が差別されている現状のレポートと、国際比較における日本の男女格差の大きさをデータに基づいて告発する議論も、頻繁に目にするようになった。他方で、なぜそのような差別や格差が放置されているのかの原因については、日本社会における意識の「遅れ」「低さ」という以上に深められてこなかった印象がある。本書が、これまでの雇用・労働における女性差別の問題を扱った類書と根本的に異なるのは、女性差別が執拗に続いてしまう原因を、雇用システムという制度的な問題から論じている点にある。

 日本以外の先進諸国は「ジョブ型」である。つまり、人を雇用する場合はその仕事ができるかどうかの能力で判断され、職務の範囲も明確である。だから、その仕事が担えるのであれば、女性であろうと男性であろうと本質的に重要ではない。さらに著者によれば、既存の男性労働者が女性の労働市場への進出に対して、女性が同じ仕事を低賃金で担ってしまい、自らの賃金水準を下げることを恐れたことが、結果として同一労働同一賃金の原則を推進していったという。これもジョブ型社会であることの派生的な効果である。ジョブ型社会でも男女格差の問題はあるが、それはあくまで就いている職種に男女の格差が存在していることである。

 日本における雇用は「メンバーシップ型」である。厳しい就職戦線を勝ち抜いた後は、その企業に全人格を捧げる構成員となり、職務や勤務地の明確な定めもなく、膨大な残業や頻繁な配置転換、地方や海外への転勤に至るまで、あらゆる要求を柔軟に受け入れなければならない。これは、体力面に加えて、「出産」「育児」を抱えている女性にとって圧倒的に不利である。そのため日本では女性は「一般職」として、30歳までに退職することが暗黙裏の(そしてしばしば明示的な)慣例となってきた。本書ではこの時期の様々な、女性に対する待遇格差を正当化する言説が、メンバーシップ型雇用の傍証として引用されている。

 1985年に男女雇用機会均等法が制定されたが、あくまで男性の「総合職」のキャリアコースに女性も参入させる、という文脈に読み替えられたため、結果的に大多数の女性は途中で脱落していき、根本的な男女格差の解消にはつながらなかった。そして1990年代以降の非正規雇用の急増と雇用流動化のなかでも、その中核にあるメンバーシップ型の雇用システムはむしろ強固に維持された。この時期には露骨な女性差別の言説は少なくなったものの、正社員総合職の過労問題が解消しないという以上により悪化していったことで、男女格差はますます広がっていった。現在喧伝されている「女性活躍」に対しては、著者はそこでは依然としてメンバーシップ型雇用が前提とされている以上、必然的に均等法の失敗の二の舞になる運命にあると批判し、むしろ「ジョブ型」の働き方を広めていくべきであると主張する。

 正直なところを言えば、ジョブ型/メンバーシップ型という二分法で全てを解釈する著者の論理構成には、若干の違和感もないわけではない。しかし、なぜ法律的・制度的には世界水準の男女平等が整備されてきたにもかかわらず、現実には世界最低水準の不平等のままであるのか、という問いに対して「進んでいる/遅れている」という評価軸ではない形の説明を試みているものとして、まさに目から鱗の一冊である。

「目から鱗の一冊」と評していただきました。ありがとうございます。

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炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法第7条

労働法に詳しい人でも、おそらく圧倒的に多くの人が知らないであろう法律の、そのまたさらに誰も知らないであろうある規定の話です。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S42/S42HO092.html

炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法
(昭和四十二年七月二十八日法律第九十二号)

(福利厚生施設の供与)

第七条 使用者は、炭鉱災害による一酸化炭素中毒症にかかつた被災労働者であつて、当該一酸化炭素中毒症に係る療養の開始後三年を経過した日において労働者災害補償保険法の規定による傷病補償年金を受けているもの又は同日後において傷病補償年金を受けることとなつたものが、それぞれ当該三年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなつた日において、住宅その他の福利厚生に関する施設であつて厚生労働省令で定めるもの(以下「福利厚生施設」という。)の供与を引き続き受けることを希望したときは、厚生労働省令で定める期間、当該福利厚生施設を供与しなければならない。

そもそもこれは、1963年11月、三井鉱山三池炭鉱三川鉱で起こった日本炭鉱災害史上空前の大事故に端を発します。炭塵爆発により坑道が破壊され、さらに爆発によって発生した一酸化炭素ガスが坑道内の作業箇所に流れ、20人が爆死、438人が急性一酸化炭素中毒で死亡、さらに生還した839人も一酸化炭素中毒に苦しむことになりました。患者の中には精神神経症状を呈する者が多く、職場復帰できない重傷者も少なくないことから、本人とその家族はより一層の援護措置を求めて激しい運動を展開しました。

事故から3年経つと、療養給付と休業給付が長期傷病補償給付に切り換えられるとともに、労働基準法上の解雇制限が解除されることになります。

社会党は既に1965年4月から特別措置法案を国会に提出してきました。これに対し政府は慎重な姿勢でしたが、1966年6月に参議院社会労働委員会が「政府は、一酸化炭素中毒被災者援護措置について、差当り炭鉱労働者に限り今後1カ年以内に立法措置を講ずるよう努力すること」と決議したことで特別法の立案に踏み切り、労災保険審議会の審議を経て、翌1967年6月に法案を国会に提出し、修正の上7月に成立に至りました。

社会党案では、労働基準法上の解雇制限が解除されることを前提に定年までの解雇制限をかけるとともに、一定の前収保障が含まれていましたが、政府案には盛り込まれていません。その代わりに国会修正で、使用者への一酸化炭素中毒者に対する差別的取扱いの禁止、作業転換等の措置義務、長期傷病補償給付受給者に対する福利厚生施設の供与義務が盛り込まれています。この最後の修正は、社会党案の解雇制限との関係で追加されたものです。すなわち、3年経って長期傷病補償給付に移行すると現行法では解雇されてしまいますが、炭鉱労働者にとって解雇されて差し当たり困難を来すのは社宅等の福利厚生施設の供与を受けられなくなることなので、解雇されても社宅に住み続けることができるように、という趣旨で盛り込まれたのです。

少なくとも、この1968年という時期には、総評も社会党も、労災保険の療養給付・休業給付が3年経って長期療養補償給付に移行すると、労働基準法上の解雇制限が切れて、解雇されてしまう状態になるということを当然の前提にして、それを制限する立法をしようとし、それがだめなら解雇されても社宅に住み続けられるようにしようという修正を勝ち取っているわけですね。

どうしてそういう認識が消えてしまったのか、というのも興味深い論点ではあります。

まあ、昨年最高裁が専修大学事件で判決を下してしまったあとで持ち出してみても、あんまり面白くないかも知れませんけど。

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ワークルール教育推進法案(仮称)今国会提出

本日の朝日に、「労働法理解促す「教育法案」 超党派議連、提出を検討」という記事が載っています。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12194658.html

労働者に過酷な働き方を強いる「ブラック企業」が問題になるなか、労働者や使用者に労働法などのワークルールを身につけてもらおうと、超党派の国会議員連盟が、ワークルール教育推進法案(仮称)の今国会への提出を検討している。・・・

昨年成立した青少年雇用促進法に、

(労働に関する法令に関する知識の付与)
第20条 国は、学校と協力して、その学生又は生徒に対し、職業生活において必要な労働に関する法令に関する知識を付与するように努めなければならない。

という規定が設けられたことはご案内の通りですが、それを一本の法律にまでしようという動きです。

記事によると、同議連の会長は自民党の尾辻秀久氏で、与野党の83人が参加しているようです。

これについては日本労働弁護団が累次にわたってワークルール教育推進法案を提案してきています。ちょうど本日付で、同弁護団のホームページに「ワークルール教育の推進に関する法律第1次案(Ver2)」がアップされておりますね。

もっとも、英語で「work rules」とは就業規則のことなので、このカタカナでは労働法教育という意味での法律にならないと思いますが。

http://roudou-bengodan.org/topics/detail/20160205_1ver.php

  第一章 総則

(目的)

第一条 この法律は、ワークルール教育が、労働者と使用者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差等に起因する紛争を防止するとともに、労働者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるようその自立を支援する上で重要であることに鑑み、ワークルール教育の機会が提供されることが国民の権利であることを踏まえ、ワークルール教育に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、基本方針の策定その他のワークルール教育の推進に関し必要な事項を定めることにより、ワークルール教育を総合的かつ一体的に推進し、もって国民の勤労生活の安定及び健全な労使関係の発展に寄与することを目的とする。 

(定義)

第二条 この法律において「ワークルール教育」とは、働くこと(労働者が働くこと及び使用者が労働者を働かせることの双方を含む)に関する法令、慣習、規範、慣行その他のルール及びこれらのルールを実現するための諸制度等についての教育並びにこれに準ずる啓発活動をいう。

 (基本理念)

第三条 ワークルール教育は、労働者と使用者との間の情報の質及び量並びに交渉力等の格差の存在を前提として、労働者及び使用者がそれぞれの権利及び義務について正しく理解するとともに、労働者が自らの権利又は利益を守る上で必要な労働関係法制等に関する知識を習得し、これを適切な行動に結び付けることができる実践的な能力が育まれることを旨として行われなければならない。

2 ワークルール教育は、学齢期から高齢期までの各段階に応じて、学校、地域、家庭、職場その他の様々な場の特性に応じた適切な方法により行われるとともに、それぞれの段階及び場においてワークルール教育を行う多様な主体の連携を確保して効果的に行われなければならない。

3 ワークルール教育の推進にあたっては、労働者の義務や自己責任が安易に強調されることによって労働者の権利又は利益が不当に損なわれることのないよう、特に留意されなければならない。 

(国の責務)

第四条 国は、前条の基本理念(以下この章において「基本理念」という。)にのっとり、ワークルール教育の推進に関する総合的な施策を策定し、及び実施する責務を有する。

2 内閣総理大臣並びに厚生労働大臣及び文部科学大臣は、前項の施策が適切かつ効率的に策定され、及び実施されるよう、相互に又は関係行政機関の長との間の緊密な連携協力を図りつつ、それぞれの所掌に係るワークルール教育の推進に関する施策を推進しなければならない。 

(地方公共団体の責務)

第五条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、都道府県労働局、教育委員会その他の関係機関相互間の緊密な連携の下に、ワークルール教育の推進に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の区域の社会的、経済的状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。 

 (労働組合、使用者団体等の努力)

第六条 労働組合並びに使用者及び使用者団体は、基本理念にのっとり、ワークルール教育の推進のための自主的な活動に努めるとともに、学校、地域、家庭、職場その他の様々な場において行われるワークルール教育に協力するよう努めるものとする。 

(財政上の措置等)

第七条 政府は、ワークルール教育の推進に関する施策を実施するため必要な財政上の措置その他の措置を講じなければならない。

2 地方公共団体は、ワークルール教育の推進に関する施策を実施するため必要な財政上の措置その他の措置を講ずるよう努めなければならない。 

   第二章 基本方針等

(基本方針)

第八条 政府は、ワークルール教育の推進に関する基本的な方針(以下この章及び第四章において「基本方針」という。)を定めなければならない。

2 基本方針においては、次に掲げる事項を定めるものとする。

 一 ワークルール教育の推進の意義及び基本的な方向に関する事項

 二 ワークルール教育の推進の内容に関する事項

 三 関連する他の労働政策との連携に関する基本的な事項

 四 その他ワークルール教育の推進に関する重要事項

3 内閣総理大臣並びに厚生労働大臣及び文部科学大臣は、基本方針の案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。

4 内閣総理大臣並びに厚生労働大臣及び文部科学大臣は、基本方針の案を作成しようとするときは、あらかじめ、関係行政機関の長に協議するとともに、ワークルール教育推進会議の意見を聴くほか、労働者、使用者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。

5 内閣総理大臣並びに厚生労働大臣及び文部科学大臣は、第三項の規定による閣議の決定があったときは、遅滞なく、基本方針を公表しなければならない。

6 政府は、雇用を取り巻く環境の変化を勘案し、並びにワークルール教育の推進に関する施策の実施の状況についての調査、分析及び評価を踏まえ、おおむね五年ごとに基本方針に検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更するものとする。

7 第三項から第五項までの規定は、基本方針の変更について準用する。 

  (都道府県ワークルール教育推進計画等)

第九条 都道府県は、基本方針を踏まえ、その都道府県の区域におけるワークルール教育の推進に関する施策についての計画(以下この条及び第十九条第二項第二号において「都道府県ワークルール教育推進計画」という。)を定めるよう努めなければならない。

2 市町村は、基本方針(都道府県ワークルール教育推進計画が定められているときは、基本方針及び都道府県ワークルール教育推進計画)を踏まえ、その市町村の区域におけるワークルール教育の推進に関する施策についての計画 (以下この条及び第十九条第二項第二号において「市町村ワークルール教育推進計画」という。)を定めるよう努めなければならない。

3 都道府県及び市町村は、都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画を定めようとするときは、あらかじめ、その都道府県又は市町村の区域の労働者、使用者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。この場合において、第十九条第一項の規定によりワークルール教育推進地域協議会を組織している都道府県及び市町村にあっては、当該ワークルール教育推進地域協議会の意見を聴かなければならない。

4 都道府県及び市町村は、都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画を定めたときは、遅滞なく、これを公表するよう努めるものとする。

5 都道府県及び市町村は、都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画を定めた場合は、その都道府県又は市町村の区域におけるワークルール教育の推進に関する施策の実施の状況についての調査、分析及び評価を行うよう努めるとともに、必要があると認めるときは、都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画を変更するものとする。

6 第三項及び第四項の規定は、都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画の変更について準用する。 

   第三章 基本的施策

(学校におけるワークルール教育の推進)

第十条 国及び地方公共団体は、児童及び生徒の発達段階に応じて、学校(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校をいい、大学及び高等専門学校を除く。第三項において同じ。)の授業その他の教育活動において適切かつ体系的なワークルール教育の機会を確保するため、必要な施策を推進しなければならない。

2 国及び地方公共団体は、教育職員に対するワークルール教育に関する研修を充実するため、教育職員の職務の内容及び経験に応じ、必要な措置を講じなければならない。

3 国及び地方公共団体は、学校において実践的なワークルール教育が行われるよう、その内外を問わず、ワークルール教育に関する知識、経験等を有する人材の活用を推進するものとする。 

(大学等におけるワークルール教育の推進)

第十一条 国及び地方公共団体は、大学等(学校教育法第一条に規定する大学及び高等専門学校並びに専修学校、各種学校その他の同条に規定する学校以外の教育施設で学校教育に類する教育を行うものをいう。以下この条及び第十五条第二項において同じ。)においてワークルール教育が適切に行われるようにするため、大学等に対し、学生等に対するワークルール教育、啓発その他の自主的な取組を行うよう促すものとする。

2 国及び地方公共団体は、大学等が行う前項の取組を促進するため、関係団体の協力を得つつ、学生等に対する援助に関する業務に従事する教職員に対し、研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な措置を講じなければならない。 

(地域におけるワークルール教育の推進)

第十二条 国及び地方公共団体は、地域において高齢者、障害者等を含む地域住民に対するワークルール教育が適切に行われるようにするため、地域住民に対し、情報の提供その他の必要な措置を講じなければならない。

2 国及び地方公共団体は、公民館その他の社会教育施設等において都道府県労働局等の収集した情報の活用による実例を通じたワークルール教育が行われるよう、必要な措置を講じなければならない。 

(労働組合並びに使用者及び使用者団体によるワークルール教育の支援)

第十三条 労働組合並びに使用者及び使用者団体は、関係団体との情報の交換その他の連携を通じ、ワークルール教育の推進が図られるよう努めるものとする。 

(教材の充実等)

第十四条 国及び地方公共団体は、ワークルール教育に使用される教材の充実を図るとともに、学校、地域、家庭、職場その他の様々な場において当該教材が有効に活用されるよう、ワークルール教育に関連する実務経験を有する者等の意見を反映した教材の開発及びその効果的な提供に努めなければならない。 

(人材の育成等)

第十五条 国及び地方公共団体は、都道府県労働局及び地方公共団体の担当部局の相談員その他の労働相談活動を行う者に対し、ワークルール教育に関する専門的知識を修得するための研修の実施その他その資質の向上のために必要な措置を講じなければならない。

2 国及び地方公共団体は、大学等、研究機関、労働組合、使用者団体その他の関係機関及び関係団体に対し、ワークルール教育を担う人材の育成及び資質の向上のための講座の開設その他の自主的な取組を行うよう促すものとする。 

(調査研究等)

第十六条 国及び地方公共団体は、ワークルール教育に関する調査研究を行う大学、研究機関その他の関係機関及び関係団体と協力を図りつつ、諸外国の学校における総合的、体系的かつ効果的なワークルール教育の内容及び方法その他の国の内外におけるワークルール教育の内容及び方法に関し、調査研究並びにその成果の普及及び活用に努めなければならない。 

(情報の収集及び提供等)

第十七条 国及び地方公共団体は、学校、地域、家庭、職場その他の様々な場において行われているワークルール教育に関する先進的な取組に関する情報その他のワークルール教育に関する情報について、これを収集し、及び提供するよう努めなければならない。

2 国は、その収集したワークルール教育に関する情報がワークルール教育の内容に的確かつ迅速に反映されるよう努めなければならない。 

   第四章 ワークルール教育推進会議等

(ワークルール教育推進会議)

第十八条 厚生労働省に、ワークルール教育推進会議を置く。

2 ワークルール教育推進会議は、次に掲げる事務をつかさどる。

 一 ワークルール教育の総合的、体系的かつ効果的な推進に関してワークルール教育推進会議の委員相互の情報の交換及び調整を行うこと。

 二 基本方針に関し、第八条第四項(同条第七項において準用する場合を含む。)に規定する事項を処理すること。

3 ワークルール教育推進会議の委員は、労働者、使用者及び教育関係者、労働組合、使用者団体その他の関係団体を代表する者、学識経験を有する者並びに関係行政機関及び関係する独立行政法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。)の職員のうちから、内閣総理大臣が任命する。

4 前2項に定めるもののほか、ワークルール教育推進会議の組織及び運営に関し必要な事項は、政令で定める。 

(ワークルール教育推進地域協議会)

第十九条 都道府県及び市町村は、その都道府県又は市町村の区域におけるワークルール教育を推進するため、労働者、労働組合、使用者、使用者団体、教育関係者、当該都道府県又は市町村の関係機関等をもって構成するワークルール教育推進地域協議会を組織するよう努めなければならない。

2 ワークルール教育推進地域協議会は、次に掲げる事務を行うものとする。

 一 当該都道府県又は市町村の区域におけるワークルール教育の総合的、体系的かつ効果的な推進に関してワークルール教育推進地域協議会の構成員相互の情報の交換及び調整を行うこと。

 二 都道府県又は市町村が都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画を作成し、又は変更しようとする場合においては、当該都道府県ワークルール教育推進計画又は市町村ワークルール教育推進計画の作成又は変更に関して意見を述べること。

3 前2項に定めるもののほか、ワークルール教育推進地域協議会の組織及び運営に関し必要な事項は、ワークルール教育推進地域協議会が定める。 

   附 則

(施行期日)

1 この法律は、公布の日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

(検討)

2 国は、この法律の施行後五年を目途として、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

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移る権利、移らない権利

『生産性新聞』2月5日号に「移る権利、移らない権利」を寄稿しました。

 厚生労働省の「組織の変動に伴う労働関係に関する研究会」が去る11月20日に報告書を取りまとめ、労政審の審議が始まりました。焦点は会社分割時の労働契約承継法の改正問題です。
 同法は2000年の商法改正に伴って作られた法律です。その基本的な発想は、EUの企業譲渡指令と同様、労働者は職務と一緒に動くのが一番いい、というところにあります。ヨーロッパでは、労働契約は職務を限定して結ぶのが普通ですから、ある会社で自分がやっている仕事が分割されてほかの会社に行ってしまうのに、自分がそれから切り離されて元の会社に残されてしまうのが最大の悲劇になります。そこで、職務と一緒に労働者も移転するというのが大原則です。移転が嫌だといって元の会社に残っても、雇用は保障されません。ジョブ型社会とはそういうものです。
 日本では、労働契約で職務が限定されていないことが普通で、ある時点をとれば主として従事している職務はこれだということはできますが、それでも業務分担自体結構曖昧です。また主として従事している業務といえども、それは会社から命じられたから従事しているだけであって、人事異動が発令されたら全然違う部署の仕事に回されるといったことも普通です。そういうメンバーシップ型社会に、ジョブ型社会のルールを持ち込んだため、労働契約承継法のルールはいささか複雑なものになっています。
 つまり、分割計画書の記載を基本としつつ、主に従事する職務を優先させる方向への修正を認める仕組みです。就職よりも就社が一般的な日本の雇用慣行を踏まえつつも、労働者からの異議申出権を職務優先の場合にのみ認めるという形で整理を図っているわけです。当時対案として出された野党法案は、移るも移らぬも労働者の意思次第という仕組みでした。ジョブ型とメンバーシップ型の両方の希望を全て満たそうとするとそうなるわけですが、それでは労使のバランスがとれません。どこかで線引きをするとなると、EU指令をベースにするしかなかったのでしょう。
 さて同法制定後の2005年、商法の中から会社関係部分が独立して「会社法」になるとともに、それまでは分割の対象が「営業」だったのが、「権利義務の全部又は一部」となり、またそれまでは債務の履行の見込みがあることが前提だったのが、債務の履行の見込みがなくても分割できるようになりました。いわゆる「泥船分割」です。しかし、そのときには労働契約承継法は改正されず、指針で最小限の対応がされただけでした。
 今回の報告書は後者について、債務超過の状況についても過半数組合等への協議の対象となることを明確に周知すること等とする一方、不採算事業に承継される主従事労働者や不採算事業に残留する非主従事労働者にも異議申出権を付与すべきではないかという議論に対しては、承継法の趣旨から否定的な考えを示しています。ジョブ型社会を前提とすれば、泥船であろうがなかろうが労働契約にその職務が書き込まれているのですから当たり前の理屈です。しかし、日本のようなメンバーシップ型社会では、たまたま会社から人事命令で不採算部門への配置転換を命じられたために、その部門と運命をともにしなければならないというのは、不平不満をもたらす可能性があります。この問題は結構奥が深いのです。

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なんだかすごくじわじわエピソード的

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5今までも拙著を評論していただいてきている「細波水波」さんが、『働く女子の運命』にもやや長めのコメント。

http://yaplog.jp/mizunami/archive/674

hamachanの新書ももう5冊目。分野別が中高年・若者ときて今度は女性。ちなみにどーでもいいことですが、岩波、日経、ちくま、中公、文春とラインナップがバラバラなのはなぜだろう。ぶれずに同じ話なのですが、書名には出版社カラーが出る気がします(笑)。

タイトルは編集者との合作ですから(笑)。

この本の主たる魅力は、戦前から女性監督官がいたなんて知らなかったよ~!!とか、そういうエピソードの数々が第一かなと。若年定年制や、その当時の会社側主張などは(私には)なじみのある話だったので「ふんふん」くらいの感じですが、こういうことを「大学で労働法や労働経済の講義で学ぶ(しかもそれなりに突っ込んで学ぶ)」以外の機会に知ってもらうことができるのは、ものすごく貴重なことだと思います。長期勤続のメンバーシップ(という言い方ではないにせよ)に(多くの場合自発的に≒社会システム的に)入らないことが女性の低賃金(のみならずそれと表裏一体/ニワトリタマゴの別コースなど)の原因であるということが、ずいぶん昔からその時々の女性の(別に男性でもよかったんでしょうが)官僚や研究者の言葉で指摘されてきていたということとか。・・・そう、「文献の引用」がなんだかすごくじわじわエピソード的なんですよね。それはhamachan先生の意図なのか、読む私が女子だからなのか、原資料を書かれた方の切なる思いなのか。均等法をつくる、そのうち大河でやりませんかねぇ。

そうそう、実はこの本の隠れた狙いは、あんまり人に知られていなさそうな昔のエピソードをほじくり返してきててんこ盛りにして、それでもって女子の歴史を伝えるということなんです。

ニッポン初の女性監督官谷野せつなんか、大河ドラマとまではいいませんが、朝の連続テレビ小説あたりで取り上げてくれると嬉しいな、と。

彼女の出た戦前の日本女子大学ってのは、今放映中の広岡浅子が作った大学だったりするので、つながりはあるし。

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中対オルグ60年

中対オルグといっても、よほどの労働専門家でなければ分かる人はほとんどいないでしょう。労働組合の中の人でも多分圧倒的多数は何のことか分からないか、なんか聞いたことがある気がする・・・という程度では。

しかし、今から60年前の1956年、高野路線から太田・岩井路線に転じた総評が打ち出した、中小企業の未組織労働者を、総評直轄で大々的に組織していくという運動は、当時は大変大きなインパクトがあったのです。

しかし、それからちょうど20年後、1976年に総評が出版した『オルグ』という本を読むと、なぜ総評の中対オルグがだめになったのか、そしてそれに代わってその反対側にいたゼンセン同盟がまさに未組織中小企業の組織化を着実に進めていったのかが、ある意味よくわかります。

この本の主体を占める地方オルグたちの座談会にこういう下りがあります。

・・・ぼくは、水野さんがいった中で、ゼンセン同盟には、一つの対抗意識を持って興味をそそられたのです。ゼンセン同盟は役員も入れて、専従が280名おるそうですね。そのうちの100名は日常業務や運営、組織を動かす人間に使う。あとの180名を全員、組織拡大オルグに集中します。それは今のゼンセン同盟が55万、・・・宇佐見・山田体制は、5年間に2倍、100万単産にするというキャッチフレーズを出し、ファッションや小売流通などに全部オルグを再教育して配置していくという重点的な動かし方をしますね。

・・・総評の側でいくと、われわれオルグの所は、今や手一杯ですね。戦線は拡大する。人数は増えない。むしろ定員数減らされる。そうすると、今までやってきた守備範囲のところを守るのにきゅうきゅうとしていて、新しいところを組織化する、ここを集中的に取り組むというように機動的にオルグを配置していくという運営面は、今総評にないですね。そこのところは決定的にこれから僕は遅れると思うのです。・・・

まさにその40年後の目で見ると、その予言通りになっています。その原因もオルグたちは分かっている。いや、本書のはじめの方に文章を寄せている、中対オルグを作った側の太田薫氏自身もよくわかっている。

曰く:

中小企業対策のオルグができてから20年になる。現在、地方オルグという名前がついているオルグはいるわけだが、実際にその運動が行われているとは私には思えない。・・・

・・・総評の運動がないという。その最大の原因は地方オルグのほとんどが県評、地区労で社会党代行のような仕事をやらされ、地方オルグ本来の仕事をやっていないからだ。・・・

ここまでちゃんと分かっていながら、そこを何とかすることができなかったのですね。

本書に出て来る言葉で一番痛切なのは、岡村省三氏の文章の最後に出てくる「総評の臨時工、地評の社外工」という言葉でしょう。ゼンセンのオルグは、まさに無限定正社員であるわけですが。

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権丈善一『ちょっと気になる社会保障』

214133あれ?この表紙の絵は何だ?へのへのもへじ、の右上にあるのはへめへめしこじ?はぁ?

と、表紙からして「ちょっと気になる」本をいただきました。おなじみ権丈善一さんの『ちょっと気になる社会保障』(勁草書房)。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214133.html

若者は高齢者に搾取されている? 賦課方式から積立方式への抜本改革が必要? 制度解説に終始したり、いたずらに世代間対立をあおる社会保障論議に意味はない。社会保障制度とは、そもそもどんな論理で設計されていて、状況にあわせ今後どのように変えていくべきか。「社会保障というシステム」の根本からわかりやすく学び、教えるための入門書。

今まで本ブログでもその都度紹介してきた権丈節を、よりもっと一般向けに、てことはつまり、社会保障がよくわかってない、というかむしろ、世にはびこるインチキ論者にたらし込まれて社会保障を誤解しちまってる善男善女のみなさまに、力の限りわかりやすく説明してあげようと書いた本、ということになりますね。

目次は下にコピペしておきますが、とりあえず本屋さんで見つけたら、「はじめに──社会保障なんか信用ならん!?」を読んで抱腹絶倒して下さい。

社会保障って、なんだか気になるんだよね。ちょっと知りたいと思うんだけど、なに読めばいいんだろ。政府の資料もいろいろあるみたいだな。でも、なんか胡散臭いしなぁ。となれば、テレビで見たことのある人の本やよく売れてそうな本を読めばiiのかな。なるほど、これはおもしろいぞ、政府っていつも国民を騙そうとしているわけか。うんうん、そうかそうか・・・・・世の中はやっぱり陰謀で動いているんだよなぁ。・・・

そういう、「意識高い」っていうか、意識だけ高くって知識の乏しい(思いて学ばざれば・・・って奴ですな)「若いお兄さん」向けに、日頃の権丈節を少し抑えて分かりやすさ最優先で書いてます。

権丈節はいささか玄人向け的なところがあって、ひねりをもう一ひねりしちゃうので、分かってる人は読んでニヤリとするけれど、そのニヤリにもってくるまでが素人にはちょっと、というところがあるんですね。そこが、この本は、(それでもひねりすぎの箇所は結構ありますが)素人さん向けのやさしいひねりになっていて、素直に読める本になってると思います。

たとえば、年金は保険だよ、って話も、こう素直にひねってます。

・・・たとえば今、自動車保険に加入している人のところに証券会社のお兄さんがやってきて、あなたが支払っている自動車保険料を私に預けていただけましたら、もっと利回りよく運用しますよっと。そういう勧誘に乗って、普通自動車保険の保険料を株に回すでしょうか?「そうですか、私は自動車保険会社にダマされていたわけですね」と言って、それまで支払っていた自動車保険料を株の購入に回しても構いませんけど、自動車事故に遭ってしまったら、目も当てられないくらいの不幸でしょうね。

目次は以下の通り。「知識補給」はやや高度です。

はじめに──社会保障なんか信用ならん!?

第1章 少子高齢化と社会保障
 就業者1人当たり人口の安定性と努力目標

第2章 社会保障は何のため?
 分配面における貢献原則の必要原則への修正
 将来の生産物への請求権を与える年金
 Output is centralという考え方

第3章 社会保障は誰のため?
 係数感覚に欠ける善良な市民
 生活保護と社会保険
 為政者の保身と社会保障政策
 救貧機能と防貧機能

第4章 社会保険と税
 税による貧困救済の扶助原理
 社会保険誕生の意味
 公的年金保険と生活保護
 税と社会保険の財源調達力
 トレード・オフの関係にある制度の「普遍性」と「安定性」の価値

第5章 社会保険と民間保険
 リスクと不確実性
 制度設計における公平性への配慮

第6章 保険のリスク・ヘッジ機能
 年金は保険であることを忘れさせた原因

第7章 長生きリスクとは

第8章 年金が実質価値を保障しようとしていることを説明することの難しさ
 社会経済の不確実性

第9章 結局,民間保険,社会保険,税の違いとは
 抑制と効率化の違い

第10章 社会保障がはたす3つの機能
 生活安定・向上機能
 所得再分配機能
 経済安定化機能
 社会保障制度の持続可能性と社会保障の機能強化との間の政治変動

第11章 建設的な社会保障論議を阻んできた悪気のないストーリー
 心優しい人たちを惑わせた図──社会保障給付費の経費別割合の見方
 論者に政府を憎ませる根暗な考え方
 歴史を知り,制度を知るということ

第12章 もちろん留意すべき世代間の問題

第13章 社会保障規模の国際比較と財政
 将来の話は名目値では論じてはいけないという話

第14章 今進められている社会保障の改革とは?
 子育て支援策
 医療介護の一体改革
 年金改革

おわりに

知識補給
 100年安心バカ
 世銀と年金とワシントン・コンセンサス
 日本の年金を世界がうらやましがっている理由
 生活保護とブースターとしての年金
 日本の年金の負担と給付の構造
 投票者の合理的無知と資本主義的民主主義
 保険としての年金の賢い活用法
 保険方式と税方式─最低額が保障されない民主党最低保障年金?
 社会全体で助け支え合うということ
 高齢者の貧困救済と,いわゆる世代間格差との選択
 社会保障に関するふたつの国民会議とは?
 公的年金の財政検証,そして平成26年財政検証の意味
 バカ発見器?のひとつ─スプレッドへの理解


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働く女子は活躍できるのか? 濱口桂一郎×上野千鶴子(後編)

Proxyということで、昨日の前編に続いて本日後編です。

http://hon.bunshun.jp/articles/-/4524

「激論」とありますが、事実認識はかなりの程度共通していて、さて何が「激論」なんでしょう。

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影山裕子さんが登場したのには・・・・

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5ここ一週間ほどずっと「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」という状態のamazon書店ですが、「はづき」さんのレビューがアップされています。

http://www.amazon.co.jp/review/R3GHJZH6XVCG0V/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4166610627&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books属人型メンバーシップ雇用社会 日本

風邪ひいて早く寝ようと、ナイトキャップ代わりに開いた本が、面白すぎて寝られなくなったしまった。
「女子供を養う給与を貰う(生活給)」代わりに転勤、長時間労働を甘受する”男性”で成り立ったメンバーシップ雇用型社会である日本。ジョブ規定とそれに対する成果が評価基準の欧米型ジョブ社会。性差を越えた平等は後者をベースにしなければ成立しない。労働者の代表として、本来性差の平等を推進する労組は、生活給を維持しようとして自己矛盾に陥る。
私がNTT在職時代に既に伝説の存在だった、公社キャリア女子一期生の影山裕子さんが登場したのにはちょっと驚き、懐かしくも感じた。

実は本書に結構繰り返し登場する主役級の人物の一人がこの影山裕子さんです。

若き日のBG扱いの屈辱、夫との離婚、アメリカから帰国後に書いた本、さらには自分が育児休職制度を作ったかのような自慢話まで、いろいろ盛りこんでいます。

今から15年ほど前、もう老境にあった影山さんにお目にかかって少しお話をしたことがありますが、一つの時代の生き証人という感じで、こういう形で多くの人の記憶にとどめられる形にできてよかったと思っています。

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働く女子は活躍できるのか? 濱口桂一郎×上野千鶴子対談

お待たせしました。噂の(?)対談の前半が文藝春秋のホームページにアップされました。

http://hon.bunshun.jp/articles/-/4523(働く女子は活躍できるのか? 濱口桂一郎×上野千鶴子、"組織の論理"と"女性の論理"が大激論!(前編))

Proxy『働く女子の運命』を上梓した濱口桂一郎さんは、労働省出身で日本型雇用研究の第一人者。これまで『若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ)や『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)で労働問題に鋭く切り込んできた濱口さんが、次に選んだテーマは「日本型雇用と女性の活躍」。
ジェンダー研究の権威・上野千鶴子・東京大学名誉教授と行ったこの対談では、行政マンならではの組織の視点を持つ濱口さんと、女性の辛苦を知り尽くした上野さんとの大激論が繰り広げられました。
日本型雇用の問題とは? 欧米との違いは? 男性並みに働くことが解なのか? 悩めるあなたへのヒントが満載です。

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永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著『詳説 障害者雇用促進法』

214705永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著『詳説 障害者雇用促進法 新たな平等社会の実現に向けて』(弘文堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.koubundou.co.jp/book/b214705.html

 平成25年、障害者権利条約の批准に向けて「障害者雇用促進法」の重要な改正が行われました。特に平成28年度施行の「障害者差別禁止」と「合理的配慮提供義務」、同30年度施行の「精神障害者雇用義務化」は、事業者に対して従来よりもさらに実効的な対応を義務づけており、障害者雇用の一層の前進が期待されています。しかし、その法文からは必ずしも具体的な事業者の義務内容を読み取れるとは限らず、実務の今後の展開に委ねられている点も少なくありません。
 そこで本書では、研究者、弁護士および上記改正に携わった行政実務者の協働により、障害者を雇用する立場にある事業者やそれをサポートする社労士、ないし障害者の就労を支援する弁護士や各種支援者等に向け、上記の点を中心に改正障害者雇用促進法の逐条的解説を行います。それに加え、障害者雇用にかかわる実務上の様々なポイントを弁護士がレクチャーする〈実務のポイント〉や、障害者雇用を今後さらに展開させていくためのヒントとなる外国の制度などを紹介する〈海外事情〉など、障害者雇用にかかわるすべての人にとって重要な情報が満載。読者の関心に応じて必要な箇所から読み進めていけるよう、クロスリファレンスも充実しています。
 新しい障害者雇用促進法の内容を理解し、その意義を発揮させていくための最も精確な情報を提供する、決定版です。

メインタイトルだけみると、いかにもありきたりの法律解説書に見えるかも知れませんが、いやいやどうして、これはなかなか凄い本ですよ。

第1章 障害者雇用政策のあゆみ 
第2章 障害者雇用にかかる裁判例の検討 
第3章 障害者雇用促進法の解説 
第4章 障害者差別禁止原則の理論的検討 
第5章 これからの障害者雇用政策 
第6章 行政実務者が振り返る「障害者雇用促進法改正」

第1章から第5章までは、若手研究者が中心になり、実務家としての弁護士がそれを補完するという形で記述が進められますが、その中でも第4章や第5章では、はっと目を見開かれるような記述があります。

ここでは、第4章題4節「合理的配慮提供義務」(長谷川珠子執筆)の中の、「日本的雇用システムに適した合理的配慮の在り方」という項を挙げておきます。

欧米諸国では、採用時から職務が固定されており、当該職務の本質的機能の中身が明確であることが多い。そのため、障害者の職務遂行能力や当該機能を遂行するために必要とされる合理的配慮の内容を、比較的容易に評価・判断することができる。これに対し、長期雇用慣行や年功的処遇等を特徴とする「日本的雇用システム」においては、特に正社員について、職務が限定されず、長期的な勤続の中で企業内のさまざまな部署・職務に配置転換が行われることが予定されている。そのため、職務遂行能力を測ろうとしても「職務」事態が不明で必要な能力の判定が難しく、かつ、どの職務について合理的配慮を行えば事業主の義務が満たされるのか明らかではないことが多い。この点は、日本の合理的配慮(および過重な負担)を検討する上で、非常に悩ましい問題を報じさせる。・・・・

ちなみに、たまたまですが、WEB労政時報でわたくしも同じような観点からの問題提起を行っております。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=491(障害者差別と日本型雇用)

しかしながら、本書が他の類書と隔絶しているのはなんといっても第6章です。ここは細目次を引用しておきましょう。

第6章 行政実務者が振り返る「障害者雇用促進法改正」
 第1節 行政実務者としてどういう姿勢で法改正に取り組んだか
  Ⅰ 2013(平成25)年法改正がおかれた厳しい状況
  Ⅱ 合意形成にあたって必要とされた「視座」
  Ⅲ 行政実務者が政策形成過程を語るということ
 第2節 障害者雇用に関する合意形成プロセス
  Ⅰ 障害者雇用対策は、誰が決めるべきか
  Ⅱ 「コーポラティズムアプローチ」は否定されるべきか
 第3節 「差別禁止」「合理的配慮」「雇用義務」をめぐる議論の構図
  Ⅰ はじめに
  Ⅱ 「間接差別」という迷宮――「差別禁止」をめぐる議論
  Ⅲ 「合理的配慮」という革新──「合理的配慮」をめぐる議論
  Ⅳ 四面楚歌の「精神障害者雇用義務化」──「雇用義務」をめぐる議論
  ●もう一歩先へ…7 障害者雇用対策が目指すべきは、雇用の量の拡大か質の向上か

本章を執筆している「行政実務者」とは、障害者雇用促進法改正を、研究会、審議会、そして国会審議とすべて事務方の現場監督(障害者雇用対策課長)としてとりしきってきた山田雅彦さんです。

この章の記述は、他の章よりも、そして他のすべての役人経験者の書いた解説書よりも「主観的」です。主観的という意味は、障害者差別禁止と精神障害者の雇用義務化という二重の難題を実現する過程で実務家が否応なく直面した政策決定過程の問題を、妙なかっこつけをせずに、ストレートに表出しているからです。

彼は、労働行政において障害者対策を形成する仕組みとしての四者構成をコーポラティズムアプローチと呼び、それ以外の分野でとられた当事者中心アプローチと対比させます。そして、行政レベルで労使(とりわけ経営側)の意見をきちんと取り込んで一定の結論を出すというやり方だからこそ、その後はスムーズに行くが、行政レベルで当事者中心アプローチをとって障害者やその関係者ばかりで政策を決めても、その後が進まず、「政治主導」に依存することになってしまうと、極めて批判的です。

実は、率直な記述といいながらも、他の分野の話はあまり書かれていないのですが、おそらく彼の本音は、偉そうに急進的な議論をさんざんぶち上げた挙げ句に、結局あんたらのは尻すぼみで大したものになっていないじゃないか、と言いたいのを、さすがにそこは我慢したという感じですね。

この第6章を読むためだけにでも、本書は値打ちがあります。

(参考)

Koyoufunsouついでながら、先週末刊行された『日本の雇用紛争』の中から、精神障害に係る障害者差別事案を二つほど紹介しておきます。

・10137(内男)内定取消・障害者差別(33万円で解決)(宿泊飲食、50-99人、不明)
 面接・適性検査を受け内定をもらっていたのに、過去に障害者枠で応募していたことが知られ、副支配人から障害者であることを隠していたことを問責され、内定を取り消された。精神障害者を差別視する人権問題である。会社側によれば、障害の内容を考慮した配置も必要となるため、障害の事実は告知すべきであり、対応に落ち度はない。障害事実の告知義務があるかどうかは難しい問題である。

・20081(正男)普通解雇・障害者差別(30万円で解決)(運輸、30-49人、無)
 幼少時よりてんかんの症状があり、就職の際すべて申告して承知の上で採用された。会社は将来クレーン業務に就けると言っていたのに、突然解雇された。会社側によると、荷主から「病気の人間に業務を任せておいて何かあったら困るのでこれ以上任せられない」と言われ、他に配置転換する業務もないため、解雇せざるを得なかった。
 てんかんに対する障害者差別であるが、使用者にはもともと差別意識はなく、取引先(荷主)の要求によって差別的解雇を強いられている事案である。前年にてんかんの症状のある人がクレーン車で集団登校の列に突っ込む悲惨な事故があったことが大きく影響している。

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