未だにこんな議論がまかり通っているのか・・・
例の愛知県のブラック社労士については、既に山のように論評されているので特にコメントすることもないのですが、それにこと寄せてインチキな議論を展開する手合いが依然として後を絶たないようなので、やはり一言なかるべしということで。
https://news.careerconnection.jp/?p=19774 (ブラック社労士の出現は「正社員解雇の厳しさ」が原因か? 再発防止は「金銭解雇の法制化」との意見も)
一連の騒動に対してネットでは、あらためて「これは酷い」と批判が出ているが、このような社労士が現れる背景には「正社員の解雇の厳しさ」があるという指摘する声もあがっている。
「経営者が本当に必要と考える場合であっても、安心して解雇ができないから、逆に半ばいじめのような退職勧奨になってしまいがちということである」
現実社会で生きている人なら誰でも知っているとおり、日本の労働社会における解雇のしやすさ、しにくさは、名の通った大企業と中小零細企業とでは雲泥の違いがあります。
後者における解雇の実情については、わたくしの労働局あっせん事案の研究によって、アカデミズムの人々にも最近はよく知られるようになってきましたが、未だに判例雑誌に載るような事案だけで日本の現実社会の解雇をすべて語って疑わない理論偏重な人々が、とりわけ理論経済学方面には結構いるようです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-12a7.html (中小企業ではスパスパ解雇してますよ)
少なくとも、私が日本の労働局のあっせん事案を調べた限りでは、こういうのが日本の解雇の現実の姿ですけど。
・10185(非女):有休や時間外手当がないので監督署に申告して普通解雇(25 万円で解決)
・10220(正男):有休を申し出たら「うちには有休はない」その後普通解雇(不参加)
・20017(正男):残業代の支払いを求めたらパワハラ・いじめを受け、退職勧奨(取下げ)
・20095(派男):配置転換の撤回を求めてあっせん申請したら雇止め(不参加)
・20159(派男):有休拒否に対し労働局が口頭助言した直後に普通解雇(不参加)
・20177(派女):出産直前に虚偽の説明で退職届にサインさせた(不参加)
・20199(派女):妊娠を理由に普通解雇(不開始)
・30017(正女):有休申請で普通解雇(使は通常の業務態度を主張)(打ち切り)
・30204(非女):有休をとったとして普通解雇(12 万円で解決)
・30264(非女):有休を請求して普通解雇(6 万円で解決)
・30327(非女):育児休暇を取得したら雇止め(30 万円で解決)
・30514(非男):労基署に未払い賃金を申告したら雇止め(不参加)
・30611(正男):指示に従わず減給、これをあっせん申請して懲戒解雇(打ち切り)
・30634(正男):労働条件の明示を求めたら内定を取り消し(15 万円で解決)
・10011(非女):個人情報(家族の国籍)を他の従業員に漏らしたことに抗議すると普通解雇(7万円で解決)
・10057(正男):会社から監視カメラで監視され、抗議すると普通解雇(15 万円で解決)
・20088(派女):いじめの現状を公にしたら派遣解除で雇止め(20 万円で解決)
・30015(派男):応募した業務と違う営業に回され、申し入れたら雇止め(不参加)
・30037(試女):無給研修に疑問を呈し、正式採用拒否(不参加)
・30048(正男)・30049(非女):配転で交通費を請求したが拒否され、退職勧奨(不参加)
・30077(正男):賃金が求人票と異なり、問うと退社を促された(10 万円で解決)
・30563(非男):偽造契約書に承諾させようとし、意見を言うと退職を勧める(不参加)
・10029(非女):賞味期限や注文数のごまかしを指摘したら普通解雇(不参加)
・10210(正女):データ改ざんを拒否して普通解雇(30 万円で解決)
・30036(正男):ハローワーク紹介で内定した会社が他社に労働者を供給する会社であることに疑義を呈したところ内定取消(不参加)
・20070(正男):常務に「勝手にやらんで欲しい」と言って懲戒解雇(打ち切り)
・20214(正女):マネージャーの降格人事に嘆願書をもって抗議したことで普通解雇(取下げ)
・30131(正男):客先で荷下ろし順に意見をしたら出入り禁止となり、さらに普通解雇(不参加)
・30243(正女):運営に意見が食い違っただけで普通解雇(打ち切り)
・30594(非男):副社長と営業方針、やり方が合わないとして雇止め(打ち切り)
・10032(正男):勝手に日曜出勤したので出勤停止、処分撤回を要求して懲戒解雇(取下げ)
・10056(正女):会社・社長の批判、社長の机を開けて社員の履歴書を見たので普通解雇(25万円で解決)
・10075(正男):会議中の発言や営業員との口論を理由に普通解雇(不参加)
・10097(派男):会社を信用できないと発言したことを理由に普通解雇(16.5 万円で解決)
・20052(正男):言い争いで出勤停止、不服申立に対し自主退職したものと見なす(30 万円で解決)
・20086(非男):社長、専務、同僚への暴言で普通解雇(不参加)
もし、解雇しにくいからいじめをする、という命題が正しいのであれば、これだけ解雇がやりたい放題な中小零細企業が圧倒的な労働局あっせん事案では、それを回避するためのめんどくさいいじめ事案なんかあんまり出てこないはずですね。
ところがどっこい、労働局あっせん事案は解雇も山のようにありますが、最近はそれ以上にいじめ嫌がらせによる自己都合退職事案がごまんとあります。もちろん、解雇もいくらでもやれそうな中小零細企業です。
・10001(派男):派遣先上司から時間外に個室で業務指導(説教)で退職(3万円で解決)
・10027(正女):同僚から言葉の暴力やセクハラまがいをされ退職(10万円で解決)
・10084(非男):同僚からのいじめについて異動させるとの約束を守られず退職(22.5万円で解決)
・10157(正女):上司から仕事ミスを厳しく叱責され、モニターで監視され退職(打切り)
・10215(正女):事務に向かないと異動を強要、心療内科に通い、退職(45万円で解決)
・10218(正女):「あなたの席はそこではない」等と言われ、退職(不参加)
・20090(非女):同僚3人からいじめを受け、上司も対応せず、退職(打切り)
・20118(正男):勝手に作業手順を変え問題を起こしたため掃除を命じられ退職(取下げ)
・20121(正女):先輩店員にいじめられ、店長に相談しても対応せず退職(25万円で解決)
・20124(正男):上司からパワハラを受け、心身にストレスがたまり退職(打切り)
・20158(正男):素手で便器掃除やゴミ片付けをさせられ、ボケ、バカと言われた(打切り)
・20212(非女):店長から「年取って邪魔なのでハローワークで仕事を探すように」と言われ退職(不参加)
・30034(派女):いじめから生ずる心身ストレスで勤務できなくなった(打切り)
・30035(派女):派遣先のいじめで他の職場に変えてもらえずうつ病で働けなくなった(打切り)
・30094(非女):公休日を無断欠勤扱いされ、中傷メモを貼られ、追い込まれ退職(打切り)
・30098(正男):不眠症から復職しようとしたら社長から暴言、うつ病で退職(18万円で解決)
・30166(非女):管理人夫妻から「自分でシフトを決めるな」と言われ、退職(9万円で解決)
・30176(正男):長時間の拘束と度を超した罵詈雑言で退職(不参加)
・30205(非女):社長から名指しで過大な暴言を受け退職(15万円で解決)
・30236(正男):皆の前でミスを公表し「欠陥社員」と言われ、うつ病で休職、退職(100万円で解決)
・30263(派男):ハラスメントで退職せざるを得なくなった(打切り)
・30287(非女):店長の暴言、出勤日数を減らされる等の嫌がらせで退職(9.4万円で解決)
・30313(正男):営業所長から「暗いオーラが出てる」「君はバカ」「親は育てるのに失敗した」等と言われ、退職(40万円で解決)
・30496(非男):代表者の息子から暴力を受け、恐怖心から退職(打切り)
・30561(非女):チーフの暴力的な言動で心療内科に通院、仕事ができない状態に(打切り)
・30582(非男):新店長から毎日シフトを減らすと言われ退職(打切り)
・10010(非男):店長からいじめを受けうつ病になり退職(30万円で解決)
・10059(非女):毎日暴言、罵声を浴びせられ、こなせない量の仕事で退職(10万円で解決)
・10072(派男):派遣先正社員より中傷され就業不能に(30万円で解決)
・10085(正女):上司より暴言を吐かれ、評価を貶めるメールを送信され退職(打切り)
・10127(正男):工場長のパワハラの恐怖心で体調悪化し、通院中退職(不参加)
・10167(正男):同僚から嫌がらせを受け、フォークリフトを当てられ退職(44万円で解決)
・10190(正男):パワハラでうつ病に罹患、入院後復職を拒否され退職(80万円で解決)
・10195(正女):社長からいじめ、自宅付近の駐車場で待ち伏せされ「生活できないようにしてやる」と言われ、退職(不参加)
・10196(正女):社長からいじめ、過重労働で体調崩し、退職(不参加)
・10197(正男):社長から心ない言動で退職(20万円で解決)
・20008(正女):嫌がらせで退職せざるを得なくなった(取下げ)
・20097(非女):准看護師にいじめられ、退職(打切り)
・30026(正男):支店長の激しい叱責でフラッシュバックを起こし、退職(不参加)
・30105(非女):足の捻挫をきっかけに店長から嫌がらせを受け、退職(打切り)
・30142(派男):派遣先でパワハラを受け退職(不参加)
・30150(非男):酒を飲んだ上司から「クビにする」と言われ、退職(10万円で解決)
・30160(非女):いじめがまかり通り精神的に限界で退職(不参加)
・30305(非女):業務妨害に等しい嫌がらせを受け、退職(不参加)
・30354(正女):ことごとに社長からいじめを受け、退職を余儀なくされた(不参加)
・30417(派女):派遣先の言動で精神的苦痛を受け、退職(3万円で解決)
・30511(非女):主任の言葉の暴力、いじめに耐えきれず退職(打切り)
・30529(派女):派遣先女性社員から八つ当たりされ、侮辱、嫌みを言われ退職(不参加)
何のことはない。解雇がしにくいから仕方なくいじめするしかないんだ、という一見もっともらしそうに見える議論は、現にスパスパ解雇やり放題の中小零細企業こそが、いじめ嫌がらせがてんこ盛りであることによって、見事に反証されてしまっています。
しかし、話はここで終わりません。
例の愛知の悪徳社労士は、どういう企業に対して、あの陋劣な手口を売り込もうとしていたのでしょうか?
愛知を代表する天下のトヨタ自動車・・・ではもちろんありませんね。
そういう、インチキ社労士を頼る必要のない大企業が、どちらかと言えば解雇がやりにくい立場にあり、労働法もよくわからずにそういうブラック社労士を頼ってくるのは、労働局あっせん事案に出てくるような中小零細企業ということになるでしょう。
あれ?そういう企業はそもそも結構スパスパ解雇していて、わざわざ悪徳社労士のアドバイスで持って回った手口でいじめ自殺に追い込むような必要性はないんじゃないの?
まさにその通り。そこにこそ、このインチキ社労士事件の最大の悪辣さがあるのです。
実のところ、あの社労士の口車に乗って、それなりに高い金を払って必要性のないいじめ自殺プロジェクトをやらされる中小企業こそ、いい面の皮と言えましょう。
そして、現実社会の実情を知らず(あるいは知っていても知らないふりをして)日本社会はすべて解雇ができないくらい厳しい規制があるなどと嘘八百をわめき立てて、こういう悪徳社労士の商売の宣伝を勤める一部のエコノミストや評論家諸氏の責任は重いものがあるといわなければなりますまい。
« 日本の雇用制度のてへぺろな感じがよくわかった | トップページ | 本当に身も蓋もないくらいに »
食えないのです。資格に惹かれて取得したものの食えないのです。
学士も修士も博士も食えないのです。それだけです。今回のそれも資格と収入の期待>予測>あり得ないマーケティングビジネス>貧困なる帰結の憤慨にその慟哭があらたな獲物を見つける術を自虐的に拡散する術の方法を選択しただけです。彼(ら)は知っているのです。それを利用したい相手がいることを。それが企業の果たすべき社会保険制度を遵守する必要を無視しても、取っ替え引っ替えできる労働供給状態の公認を社会が許す利己主義を。
書き物だけではなにも変わりません。今のおまかせデモクラシー制度に寄生したファシズム台頭が透けて見えるのです。是非多くの方にこのブログに接していただきたいと思います。理論などに人を救う生命力は在りません。それは所詮事後バイアスですから「過去」を「今」の肥やしにしたいものです。
はまちゃん先生、小生の失礼ながらの先般コメント中の「価値」の問いかけはいかがですか?
くみさん、オリエンタルランドというなんともオリエンタリズムを想わせる偶然な企業名の雇用にはどのようなご感想がおありでしょうか?勉強させてくださいませ。
投稿: kohchan | 2016年1月 9日 (土) 19時46分
これでもか!の事例の列挙に、もどかしさと怒りが伝わってきます。
私がかつて勤務していた小企業(社員40名程度)なんてもう経営者の恣意で解雇しまくりで、社員の方もそれが当たり前のように素直に去っていきました。もともと、この企業に一生を捧げるかわりに、生活を守ってもらおう、なんてハナから考えてませんでしたから。
一方、それから勤務した大企業は全く逆で、事業所閉鎖に伴う解雇でさえ、気を使いまくりの大変な手厚さでしたが、これも当たり前ですよね。明示こそしてませんが、一生面倒見るからウチに入社してね、そのかわり何でもやってね、で(少なくとも新卒では)採用しているのですから。
それがイヤだったら、一部の外資系金融機関のようにいつでもクビにするかわり高給を払えばよいのです。
大企業を傾けるのは常に、働かないオジサンではなく、むやみに働くオジサン・おじいさんです。
投稿: 人事部OB | 2016年1月 9日 (土) 20時54分