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2016年1月25日 (月)

「分断された職場」@『労基旬報』2016年1月25日号

『労基旬報』2016年1月25日号に「分断された職場」を寄稿しました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/

 最近世界の労働法や労使関係をめぐる問題の中で最もホットに論議されているのは、2014年にデイビッド・ウェイル氏が刊行した『分断された職場』(The FissuedWorkplace)でしょう。ボストン大学経営管理大学院教授であったウェイル氏は、本書刊行後オバマ政権の労働省賃金時間部長に就任し、最低賃金や時間外割増に関する政策の責任者となっています。最先端の労働問題研究者が同時に労働政策の責任者として実務に当たるという、日本では(マクロ経済政策では見られるが、少なくとも労働政策では)見られない立場にあるウェイル氏であるだけに、その議論をフォローすることは今後のアメリカの労働政策の行方を予想する上で不可欠であるだけでなく、日本のこれからの労働政策を考える上でも多くの示唆を与えてくれます。
 同書については既に、仲琦氏(『日本労働研究雑誌』2015年8月号)、中窪裕也氏(『季刊労働法』2015年秋号)によりやや詳しい紹介がされており、それらと重なるところが多いのですが、まずはその論ずるところを追いかけておきましょう。分断される前の職場は伝統的な大企業の世界でした。当時は、さまざまな機能を内部に抱える方が、外部から調達するよりも取引費用が低く、競争力が高かったのです。ところが1980年代以降、流れは逆転し、業務を外部企業に委託し、職場を分断させる動きが強まってきました。その要因としてウェイルは資本市場からの要求と情報通信等新技術の発展の二つを挙げます。
 まず資本市場の要求です。労働者の年金が確定給付型から確定拠出型に移行するとともに、拠出された掛金の運用が専門的な投資機関に委ねられ、膨大な資金を株式で運用する専門的な投資機関が、経営者の行動に重大な影響力を発揮するようになりました。すなわち、これら投資機関は短期的な利回りを求めることから、企業はその資源を自社が優位性を持つ「中核的競争力(コア・コンピテンシー)」に集中することを求められるようになったのです。中核的競争力と関連しない全ての業務は、より低いコストで提供できる外部企業にアウトソースできるかどうか査定されなければなりません。こうして、典型的には本部の人事部門、経理部門、IT部門、現場の清掃要員、保安要員などがアウトソースの対象としてリストアップされることになります。もう一つは情報通信技術の発達による取引費用の大幅な低減です。トラック輸送や小売業において、リアルタイムの運行状況、販売状況を把握管理できるようになったことは、分断化した組織形態の下でのコスト削減に大いに寄与しました。
 こうした職場の分断化が賃金決定にどういう影響を与えたのかについて、ウェイル氏は労働組合による組織化の防止、医療保険等付加給付の削減、労災、差別、ハラスメント等による使用者責任の回避といったことによる労働コストの引下げに加えて、次のようなより深層的な回路を指摘します。すなわち、年功的な賃金制度をもつ日本だけでなく、アメリカにおいても大企業で働く労働者、とりわけ単純労働者の賃金は、外部労働市場に晒されている同種労働者の賃金よりも高い傾向があります。これは、労働者の社交性によるもので、他の使用者の下で働く者よりも、同じ職場で働く者と比較した賃金水準が満足度を決定するため、大企業の賃金制度の最末端にある労働者は往々にして外部労働市場よりも高い賃金が支払われるというのです。これが、雇用関係を競争の激しい外部市場の中小企業に移すことによって、同じ屋根の下で働く労働者との比較を防ぐことができるようになります。職場を分断することによって、公平性の問題は顕在化されることなく、単純労働者には外部市場の低い賃金で済ませることができるようになるのです。
 こうした職場の分断のやり方として、ウェイル氏は下請、フランチャイズ、サプライ・チェーンの3つの類型を挙げます。これらは法的には重なり合う部分が多いのですが、経済・社会学的な分析の切り口として有益です。下請については、発注者から請け負った元請業者が更に多くの業者に下請させるという重層下請現象が拡大しています。フランチャイズにおいては、ブランドのイメージに関わる全般的なコントロールを行うフランチャイザーを中心に、フランチャイジーという独立した事業体が具体的な業務を行います。サプライ・チェーンにおいては、複数企業が共同して商品やサービスを提供しますが、そのブランド所有者はコーディネーターとしての機能を果たします。
 これらいずれの形式においても、伝統的に使用者と位置づけられてきた発注者は直接労務従事者への指揮監督を行わないので使用者責任を負わないで済みます。使用者責任を負うのは個々の下請企業です。ここでウェイルの指摘するパラドックスは痛烈なものです。下請企業がそれなりの資力を持ち、労災や差別等のトラブルに対して対応できる能力があるのであれば、そうした事態に対応するコストを請負料金の中に含ませて、結果的に発注大企業に転嫁させることができるでしょう。それに対して、下請企業が資力のない中小零細企業であればあるほど、裁判を通じて賠償させようにもそれに充てる資産がないため、判決を得ても紙切れ同前になってしまいます。つまり、使用者責任を追及されてもそのコストを払う必要が事実上ないために、他の下請企業よりも低い価格で業務を受注することができるのです。発注企業としては、なまじ使用者責任を果たせるために請負料金が高くなる企業よりも、使用者責任を果たす気がないために格安で請け負ってくれる中小零細の下請企業の方を選ぶインセンティブが働くということになります。
 こうした現状に対してウェイル氏はさまざまな対応の方策を検討していますが、正直言っていずれも決め手に欠ける印象を与えます。それはもちろん、現在アメリカ社会が抱える問題なのであり、労働省賃金時間部長となったウェイル氏にとってもなかなか困難な課題でしょう。
 国際的な労働法学者の集まりである労働法リサーチネットワークは2015年6月、アムステルダム大学で大会を開き、本書をテーマに各国からの参加者がそれぞれの国における職場の分断状況と法的対応について報告しました。日本からは上記書評を書いた仲琦氏が出席しています。これらは『比較労働法政策ジャーナル』(Comparative Labor Law & Policy Journal)2015年秋号に掲載されています。
 一方、欧州の労働法学者で構成される欧州労働法ネットワークは2014年11月、「新たな就業形態とEU法」というテーマで年次セミナーを開いています。この「新たな就業形態」というのは、ウェイル氏の指摘する職場の分断化だけでなく、従業員シェアリング、カジュアル労働、バウチャーベース労働、クラウド労働など、情報通信技術を利用した新たな働き方なども含めたもので、そのもとになった研究成果は、EUの外郭団体である欧州生活労働条件改善財団から『新たな就業形態』(New forms of employment)として2015年3月に刊行されています。その内容については本紙の昨年4月25日号で簡単に紹介しました。
 さらに、欧州労連のシンクタンクである欧州労研(ETUC)も今年7月に『アウトソーシングの課題』(The outsourcing challenge)と題する大部の報告書を刊行しています。これはよりウェイル氏の問題意識と近く、欧州各国で進展しているアウトソーシングにより生産ネットワークが分断され、賃金引下げによる労働コストの削減、労働密度の昂進、フレクシビリティのコストの労働者への押しつけが図られているだけではなく、従業員代表制や団体交渉制度が迂回されてしまっている現状を明らかにしています。集団的労使関係がなお労働市場において重要な枠割りを果たしている欧州諸国であるからこそ、それが空洞化していく原因としての職場の分断化現象への関心もそれに惹き付けられることになるのでしょう。
 同報告書は、各国におけるアウトソーシングの実態を概観した上で、その労働条件への影響を分野ごとに見ていき、そしてとりわけ分断された生産ネットワークにおける労働組合組織化の問題、言い換えれば周辺的な労働者の発言メカニズムをどう確立するかという問題に取り組んでいます。取り上げられているのは電気通信産業、荷物配送業、建設業、金属産業の派遣労働者、多国籍企業等ですが、いずれも日本に対しても極めて大きなインプリケーションを有する興味深い事例ばかりです。

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