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男女平等政策と女性労働政策の峻別!?

金子さんの『働く女子の運命』書評シリーズ最終章(ということになるのでしょう)がアップされています。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-412.html

拙著の書評という形を取りながら、逆に金子さんの発想の有り様をとてもよく浮かび上がらせてくれている文章になっていると思います。

何よりもタイトルがすべてを物語っています。曰く:

男女平等政策は男女平等政策で、女性労働政策は女性労働政策で!

つまり、女性労働政策の叙述は男女平等政策なき女性労働政策として書かれるべきであり、男女平等政策の叙述は女性労働政策とは切り離してそれだけで書かれるべきである、と。

それはそれとしてひとつの考え方であると思います。

ただ、現実社会における法政策に即して物事を考え、論じていこうとすると、そういう峻別論では不都合が生じてしまいます。

言うまでもなく、現実社会の女性労働政策は、女子保護規制から始まり、戦後徐々に男女平等政策が強まり、逆に女子保護規制が薄れていってやがて消えます。その傍らで徐々にワークライフバランス政策が拡大していき、今日では男女平等(共同参画とか活躍とか言っても要は同じ事です)と二大柱というのが現状でしょう。

それを素直に描いていけば、拙著のような構成(あくまでも構成であって、使っている素材は決して素直ではありませんが)になるでしょう。

しかし、金子さんはその構成自体が気に入らないようです。「男女平等政策は男女平等政策で、女性労働政策は女性労働政策で!」と言われるのですから。

しかしそうなると、その言うところの男女平等政策なき女性労働政策は、労働省婦人少年局が一番力一杯仕事をしていた時代をすっぽり抜かして描き出されなければならないと言うことになります。

女性労働政策とは、かつては女子保護規制であり、ごく最近になってワークライフバランスが出てきたが、その間は空白期である、と。

いや正確には空白とまでは言えず、金子さんの挙げられる家内労働とか母子家庭の母とか書くことは若干ありそうですが、それにしても、女性労働行政がいの一番に取り組んでいたことをわざわざ外して、そういう周辺的なことどもだけを拾い集めて女性労働政策を構成しなければならないということになれば、それがそれとしてひとつのアカデミックな立場としてあり得ることは認めたとしても(というか、認められるかどうかもよくわかりませんが)、現実社会の映像としてあまりにも欠落感のあるものになってしまうように思われます。というか、なぜそんな現実の政策の流れと乖離した代物を作らなければならないのでしょうか。

まあ、でも、金子さんがどこに引っかかっていたかがこれでくっきり浮かび上がってきたことは確かなので、とりあえず話はここで一段落ということになるのでしょうね。

個人的には、ここまで男女平等政策なき女性労働政策にこだわる金子さんにこそ、上野千鶴子さんと対談して欲しいという気もしますが、機会がない以前に、多分あまり気が進まないのではないかとおもわれます。

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