「人夫名義の職工利用」とは何か?
『法学セミナー』12月号が「派遣労働社会」を特集しています。
http://www.nippyo.co.jp/magazine/6996.html
[特集]
派遣労働社会
派遣労働拡大の経緯と背景 ……山川和義
2015年改正法による新たな期間制限ルール ……奥田香子
持続可能な社会と雇用 ――派遣労働を中心とする非正規雇用規制とのかかわりで ……矢野昌浩
派遣労働拡大と労働関係・社会保障の理論 ……脇田 滋
労働の意味と雇用のあり方を考える ……和田 肇
派遣労働者の労働問題 ――法改正の動向を踏まえた検討 ……塩見卓也
ここでは、ややトリビアに見えるかも知れませんが、脇田滋さんの論文の中で、私の論説が引用されている部分について、やや認識が違っているのではないかと思われる点を指摘しておきたいと思います。
わたくしの「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」(『日本労働法学会誌』114号)を引用した後に、こう述べられている点は、まさにその通りなのですが、
・・・たしかに、濱口教授の指摘の通り、戦前、間接雇用の職工にも工場法の適用があり、建設業における災害扶助での同様な扱いは、使用従属の実態に基づく労働者保護が間接雇用労働者にも要請されていたことを示している。
その後の次の記述は、契約主義的ではない戦前の工場法の考え方を、戦後の契約主義的な労働法思想から解釈したために、やや妙な議論になっているように思われます。
・・・さらに、実態は職工であるのに工場法や健康保険法の適用を回避する目的で、基幹業務は職工に担当させるが、周辺業務は「組請負」形式での人夫供給業者を通じた「人夫名義の職工」利用が拡大した。直接の雇用関係がない人夫であれば、職工について課せられる法律上の使用者責任を回避することができるために、間接雇用形式を悪用したのである。
初めの引用の前の記述で述べられているように、戦前の工場法は、間接雇用だというだけの理由で使用者責任を逃れることができるようにはなっていません。「間接雇用の悪用」は、少なくとも工場法の適用如何に関する限りできないのです。
では、「人夫名義の職工利用」とは何か?
ここで、戦後の労働基準法は全ての労働者に適用されるけれども、戦前の工場法は「職工」のみに適用される法律だったということを再認識する必要があります。
直接雇用か間接雇用かによっては適用関係は影響されないけれども、職工かそうでないかによって適用されるか否かが決まるのです。
そして、「職工」の業務を行うのではない「人夫」は、直接雇用であろうが間接雇用であろうが、工場法の職工保護を受けられません。そういう法律なのです。戦後の労働基準法を無意識に遡らせて考えてはいけないのです。
本当に職工の業務ではない作業を行う人夫であるなら、そもそも工場法が適用されないのですから、「人夫名義の職工利用」ではないのですね。
そう、これは、人夫供給請負業者から人夫という名目で供給された労働者を、実際には職工の業務に利用しているという状況を指す言葉なのです。
もちろん、工場法は契約主義ではなく実態主義なので、いくら口先で人夫だといっていても、実際にやっている仕事が工場の製造工程であれば、職工として工場法が適用されます。ただ、それは監督を受ければそうなるというだけで、現実には職工を人夫と称して義務を免れようとする使用者が後を絶たなかったわけです。
何をどのように規制するかという枠組みが違っている時代状況の事態を、現在の認識枠組みをそのまま当てはめて論じてしまうと、このようにずれた議論になってしまう危険性があります。
戦前の法状況の意義というのは、直接雇用か間接雇用かという契約形式には重きを置かず、その従事している作業内容によって適用関係を決めるという点にあり、むしろ今日の派遣労働に対するインプリケーションとしても、そこを重視すべきではないかと思われます。
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制度理解が概して弱い経済学者の議論の典型の誤りかと思います。
モデル思考がそのようなきめ細やかな理解を方法論として妨げているように感じますね。
投稿: yunusu2011 | 2015年11月21日 (土) 08時06分