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2015年10月30日 (金)

森岡孝二『雇用身分社会』

S1568森岡孝二さんより『雇用身分社会』(岩波新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1510/sin_k853.html

労働条件の底が抜けて雇用身分社会が出現した。
 その実態を概観し、まともな雇用を再建する道筋を探る。

実は、このタイトル、そして特に「第1章 戦前の雇用身分制」というのをみて、来年早々刊行予定の拙著とかぶったかな?と一瞬思いましたが、そして、この第1章で『職工事情』からかなり引用されているのは確かにかぶっているのですが、全体としては、働く女子の視点から描いている拙著とは、かなり棲み分けはできているようで安心しました。

さて、本書の構成は

序 章 気がつけば日本は雇用身分社会   
  派遣は社員食堂を利用できない?/パートでも過労とストレスが広がる/使い潰されるブラック企業の若者たち/現代日本を雇用身分社会から観察する/全体の構成と各章の概要
   
  第1章 戦前の雇用身分制   
  遠い昔のことではない/『職工事情』に見る明治中ごろの雇用関係/『女工哀史』に描かれた大正末期の雇用身分制/戦前の日本資本主義と長時間労働/暗黒工場の労働者虐使事件/戦前の工場における過労死・過労自殺
   
  第2章 派遣で戦前の働き方が復活   
  戦前の女工と今日の派遣労働者/派遣労働の多くは単純業務/1980年代半ば以降の雇用の規制緩和と派遣労働/財界の雇用戦略―『新時代の「日本的経営」』/リーマンショック下の派遣切り/雇用関係から見た派遣という働き方/中高年派遣の実態と派遣法「改正」法案
   
  第3章 パートは差別された雇用の代名詞   
  パートタイム労働者の思いを聞く/パートはどのように増えてきたか/日本のパートと世界のパート/日本的性別分業とM字型雇用カーブ/パートはハッピーな働き方か/シングルマザーの貧困/重なり合う性別格差と雇用形態別格差
   
  第4章 正社員の誕生と消滅   
  正社員という雇用身分の成立/「男は残業・女はパート」/絞り込まれて追い出される/過労とストレスが強まって/拡大する「限定正社員」/時間の鎖に縛られて/正社員の消滅が語られる時代に
   
  第5章 雇用身分社会と格差・貧困   
  雇用形態が雇用身分になった/戦後の低所得階層/非正規労働者比率の上昇と低所得階層の増加/現代日本のワーキングプア/潤う大企業と株主・役員/労働所得の低下に関するいくつかの資料
   
  第6章 政府は貧困の改善を怠った   
  政府は雇用の身分化を進めた/雇用が身分化して所得分布が階層化/男性の雇用身分別所得格差と結婚/高い貧困率は政府の責任/公務員の定員削減と給与削減/官製ワーキングプア/生活保護基準の切り下げ
   
  終 章 まともな働き方の実現に向けて   
  急がれる最低賃金の大幅引き上げ/雇用身分社会から抜け出す鍵/ディーセントワーク

   
   あとがき

となっていますが、読んでいて気になったのは、第1章と第2章のつなぎのところです。

第1章は戦前の『職工事情』や『女工哀史』に見られる原生的労働関係の凄惨な姿を描き、それの連続的な延長線上に第2章の派遣労働を描き出そうとしているのですが、それはいささか違うような。

第2章の冒頭近くにこういう記述がありますが、

・・・当時の女工たちの多くは、募集人によって農村から集められ、工場に送り込まれた。この場合、雇用関係は、工場主と女工との契約関係である前に、工場主と募集人の契約関係であった。

雇用関係が間接的である点で、かつての女工たちに最も近い存在は今日の派遣労働者であろう。・・・

明治期の日本の労働社会が雇用と請負が入り交じり、間接雇用とも間接管理とも言われるような状況であったのは事実ですが、それは主として成人男子の働く機械工場や炭鉱などであって、女工の多い繊維工業は、例外的に直接管理が徹底していた世界です。

そもそも募集人はあくまで募集人であって、労務請負人ではありません。どちらにも悪辣な連中はいっぱいいましたが、悪辣の種類が違います。

甘い言葉でだまくらかして工場に連れてきて、後は知らん顔でいなくなってしまうのが募集人であって、だからこそ、『職工事情』にも、

・・・各地方の紹介人は職工となるべき相当の婦女につき勧誘をなすなり。この勧誘をなすについて職工生活の快楽をのみ説明し、毫もその疾苦の状に及ばざるを常とす。・・・地方細民の婦女はこれがために心を動かされ、この勧誘に応じ試みに入場することとなる。
 この募集法によって傭い入れたる工女が工場に入って工場生活をなすや、各種の事情は全く予期する処の如くならず、その疾苦堪ゆべからざるものあるに及んで、始めて紹介人の欺瞞を覚り、これを以て工場主に訴うるもこれを顧みず、紹介人に迫らんとするも、彼ら已に郷里に帰れり。・・・ここにおいてか意志の弱き者は涙を呑んで契約期間は工場に止まることとなり、やや強硬なる者は逃亡を企つるに至るなり。・・・

という記述があるわけです。

甘い言葉で騙して(漱石の『坑夫』のように)連れてくる世界と、親方の請負の世界がともに存在する炭坑みたいな世界もありましたが、女工の世界はそうではありません。

戦前の日本が(繊維工業の女工は大きな例外として)労務請負的な世界が広がっており、それが戦後いったん禁止された後、再び社外工の世界が広がっていくのは確かですが、それと女工とはつながらないのです。

ここは、労働法制史の立場からは大変違和感がありました。

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