石井知章編『現代中国のリベラリズム思潮』
石井知章さんからその編著になる『現代中国のリベラリズム思潮』(藤原書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1471
中国よ、どこへ行く? 「これはまさしく『自由』のための連帯の著作である」(子安宣邦)
日本では一部しか紹介されてこなかった現代中国のリベラリズムの多面的な全体像を、第一線で活躍する日中の気鋭の研究者15人により初めて捉えた画期的な論集!
これは名実ともに大著です。かつ、なによりも現代中国政府に対する、そして中国政府に寄り添うようなタイプの言説に対する果敢な挑戦の書でもあります。
石井さんの「はしがき」に曰く
本書は、中国国内外で活躍している主な現代中国のリベラリストを対象として、その主要な論文を紹介し、かつ日本国内の現代中国社会・思想研究者による関連テーマについての論考を交えつつ、中国における現代思想としてのリベラリズムの全体像を描くことを主な目的とする。なぜなら、ここで扱われている現代中国リベラリズムをめぐる言説空間が、中国国内ではほぼ完全に一元化された独裁的権力のコントロール下にあることはいうまでもないにせよ、これまで中国のそれとの相似形にあったリベラル・デモクラシーの日本ですら、既述のようなリベラリスト群像の多面性はまったくといっていいほど紹介されてこなかったからである。それゆえに、われわれはこのことを、同じような言説空間を共有している日中間の共同作業として行いたい。そして、この知的作業が、ますます混迷を深めつつある日中の言説空間での相互のねじれ現象を、少しでも緩和、是正する方向に働くことを願わずにはいられない。
第1部は徐友漁さんのインタビューと論文からなりますが、
第Ⅰ部 中国におけるポスト文革時代のリベラリズム
〈インタビュー〉文革から天安門事件の時代を生きて 徐友漁
九〇年代の社会思潮 徐友漁
その徐友漁さんら5人は、昨年5月、天安門事件を振り返る内輪の会に参加した後、騒動惹起などの容疑で当局に拘束され、このうち人権派弁護士の浦志強さんは今年5月起訴されるに至っています。そういう弾圧の中で、普遍的近代の立場に立つリベラル派の発言がこれだけまとまったかたちで紹介されるのは、大変有意義なことなのでしょう。
藤原書店社長によるインタビューの末尾で、徐さんがこう語っているのは、現在の中国の状況をよく物語っているように思われます。
・・・ただ、中国の特殊な事情ということでぜひご理解いただきたいのですが、例えば翻訳を発表する、雑誌に載せる、本を編集するという具体的なことは、通常であればメールや電話で連絡を取ったり、会って話したりという密な交流によって進められるものです。ただ、Eメールというのは、「透明の状態」と中国ではよく言いますけれども、当局に見られますので、この件で直接ご連絡をいただくのは、ご厚意でというのは大変ありがたく思いますし、そこに他意は全くないですけれども、結果的にはある意味、中国では犠牲を払うことになってしまうということもご理解いただきたいと思います。
実際、石井さんのあとがきによると、徐さんは拘束後数ヶ月語に釈放されたものの、2015年9月現在、未だに事実上の自宅軟禁状態におかれ、出国が禁じられているだけでなく、外部との連絡や電話、メールなどもすべて当局に監視されており、この本の出版に際しても、本人とは一切コンタクトをとれなかったそうです。
そういう立場におかれた人々とは対照的に、中国政府を理屈を駆使して弁明するようなタイプの議論(汪暉氏など)やそれを日本から応援するような議論(柄谷行人など)ばかりがこの日本ではびこることに対する憤懣が、本書の基調をなす通調低音と言えましょう。
第2部は徐氏以外の中国リベラル派の言説、第3部はそれに呼応する日本人研究者の論説です。
第Ⅱ部 現代中国におけるリベラリズムの言説空間
中国リベラリズムの「第三の波」 栄 剣(本田親史訳)
中国新左派批判――汪暉を例にして 張博樹(中村達雄訳)
中国的文脈におけるリベラリズム――潜在力と苦境 劉 擎(李妍淑訳)
最近十年間の中国における歴史主義的思潮 許紀霖(藤井嘉章・王前監訳)
「前近代」についての研究の現代的意味 秦 暉(劉春暉訳)
中国における憲政への経路とその限界 張千帆(徐行訳)
リベラル左派の理念 周保松(本田親史・中村達雄・石井知章訳)
第Ⅲ部 現代日本における中国リベラリズムの言説空間
劉暁波と中国のリベラリズム 及川淳子
「帝国論」の系譜と中国の台頭――「旧帝国」と「国民帝国」のあいだ 梶谷 懐
西洋思想と現代中国のリベラリズム――過酷な時代を生きた思想家顧準を中心に 王 前
一九三〇~四〇年代中国のリベラリズム――愛国と民主のはざまで 水羽信男
「秘教的な儒教」への道――現代中国における儒教言説の展開 緒形 康
現代中国における封建論とアジア的生産様式 福本勝清
K・A・ウィットフォーゲルと近代――「封建的」なものと「アジア的」なものとの間 石井知章
〈跋〉「公的自由」と人間的幸福――『現代中国のリベラリズム思潮』に寄せて 子安宣邦
言うまでもなきことながら、中国の文脈においては、共産党政権を擁護する新左派 対 共産党政権に批判的なリベラル派 というのが基本的対立図式なので、日本のネット感覚で「リベサヨ」とかいうとわけわかめですので、そこだけはよろしくね。
なお、石井さんと徐さんに関わる本を本ブログで紹介するのは、実は二度目です、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-e435.html (『文化大革命の遺制と闘う』)
徐さんは高校生時代に文革を経験し、長く中国社会科学院で研究してきた方ですが、ノーベル平和賞の劉暁波氏の08憲章に署名し、その後警察から相当に嫌がらせを受けてきたということです。
例の重慶の事件を文革の再来と見る立場から、現代中国における前近代「遺制」を厳しく批判するその論調は、まことに説得力があります。
本書をお送り頂いた石井知章さんは、ご承知の通り現代中国の労働組合(工会)の研究者ですが、そこからそもそも中国社会の東洋的専制主義の根深さに研究を深めていき、最近はウィットフォーゲルの紹介をされていますね。
その石井さんの単著も紹介していました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-71c7.html (石井知章『中国革命論のパラダイム転換』)
ウィットフォーゲルの未公開原稿に基づいて国民党の視点から中国革命を読み解いていく第1部が本書の中核で、実際中国共産党公認の国定教科書的歴史像をひっくり返していく叙述はとても面白いのですが、外野席の野次馬的には、近頃中国共産党の御用文化人として日本でも評判の高い汪暉氏の議論を徹底的に叩いている第5章が面白かったです。
も一つ、終章の最後のところで、マルクスのアジア社会論を隠蔽することで成り立ってきたソ連や現代中国の東洋的専制主義を批判する視座として市民社会論というのが出てきて、「アジア的なるもの」をめぐって植村邦彦氏とのやりとりが紹介されているあたりが、これは立ち読みでもいいですから是非ご一読ありたいところです。
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