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まぼろしの専門職派遣

昨日から日経新聞の経済教室で先日成立した派遣法についての論説が載っています。昨日の八代尚宏さんのはいつも通りの八代節でしたが、今朝の大内伸哉さんのは、正面から専門職派遣が正しく、99年改正からおかしくなったという議論を展開しています。

かつて髙梨昌さんが唱えていた議論と同じです。

しかし、既に今まで繰り返し述べてきたように、その99年以前の専門職派遣という建前こそが虚構であり、まぼろしであったのです。

一昨年12月、WEB労政時報に書いた文章に何一つ足す必要がないので、そのまま再掲しておきます。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=155

 去る12月12日、労働政策審議会労働力需給制度部会に公益委員案が提示された。公益委員である部会長の鎌田耕一氏は、8月に報告書をまとめた今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会の座長でもあり、その発想が同じ線上にあることはいうまでもない。この報告書が公表された時点で、私もこのコラムで「世界標準の派遣労働規制へ」を書いており、内容的にはほとんど付け加えることはない。
 しかしながら、新聞報道は依然として、「派遣、無期限に受け入れ」(朝日新聞)、「派遣『常用』可能に」(毎日新聞)、「無期限派遣を容認」(読売新聞)などと、あたかもこれまでの「常用代替防止」によって派遣の無期限の受け入れが不可能であったかのような報道をしている。もちろん、そんなことはない。専門26業務という、その実は全然専門的ではない業務区分の看板を掛けることで、いままでだって無期限の派遣は容認されていたのである。
 ではいままでの「常用代替防止」とは、何を防止しようとしていたのだろうか。それを赤裸々に語っているのは、派遣法制定に尽力した故高梨昌氏である。高梨昌「労働者派遣法の原点へ帰れ」(『大原社会問題研究所雑誌』2009年2月号)から引用しよう。
 
 ところで、「登録型派遣」を事務処理派遣で認めた理由について触れなければならない。それは、これらの専門的業務に従事しているのはもっぱら女子労働者であることに着目したからである。労働者派遣法の立法化問題が審議されていた当時は、今一つ男女雇用機会均等法の立法化が重要な労働政策の課題として審議されていた。・・・
 周知のように、第二次世界大戦中に、女子労働者が繊維産業の現場労働者にとどまらず、あらゆる産業や職業分野に進出し始め、未婚女子が雇用労働者として就業することが当然視されるように労働観が変化し、敗戦後も経済的生活難もあって、この雇用慣行はより一般化してきた。さらに戦後経済復興と経済の高度成長過程を経て、大規模経営がリーディングな経営体として定着するにつれ、事務的書記的職業への労働需要が急増してきたが、ここに雇用機会を得たのが後期中等教育を受けた女子であった。ところが、これらの事務労働分野へ進出した女子も、結婚・出産を機に退職し、家事労働の専業主婦となるものが圧倒的多数派を占めていた。いわゆる「夫婦役割分担型家族観」が支配的家族観であったことが、こうしたライフスタイルを女子がとる根底にあったが、家庭電化商品の普及や出生率の低下など、によって家事労働が軽減されるとともに、子育てから解放された家庭の専業主婦が、雇用労働へ再登場して就業する傾向が目立ち始めていた。いわゆる年齢別労働力率のM字型カーブの形成である。
 ところが、彼女たちの多くが独身時代に身につけてきた事務的書記的労働への再就職は必ずしも円滑に進まなかった。というのは、これらの労働需要はもっぱら大規模経営や公務労働で、いずれの中途採用者へ門戸を閉ざす、いわゆる「企業閉鎖的労働市場」であったためである。・・・
 派遣システムは、中途採用市場での求人と求職のマッチングに役立つ需給システムであると考えててきた私は、派遣に当たって「登録型」を認める必要があると考えた。その理由は次の事実に注目したからである。求職者のニーズは、フルタイマーとして正社員と同様の勤務形態を望むものは少数派で、自己のライフスタイルや家庭生活との調和を考えて働きたいという女性が多数派であった。また、専門的知識と経験を必要とする専門職への求人には、通訳や速記など単発的でアドホックな求人があること、また書記的業務でも、複数の者が交替しても仕事が処理できる性質の仕事であることなど、必ずしも「常用雇用形態」である必要性は少ないことに注目したからである。
 労働者派遣法では、私は、こうした女子労働者の職業選択行動を念頭において、専門的知識と経験を必要とする業務に限定するポジティブリスト方式の採用と、これに登録型派遣制度を採り入れた派遣法案を労働大臣に建議したのである。

 
 この高梨氏が、同じ論文の中で「雇用・解雇を自由に行える労働市場流動化政策」、「労働ビッグバン」を手厳しく批判し、「労働の世界を焼け野原にしてしまった」とまで非難しているのは興味深い。なぜなら、上で書かれたような職業選択行動をとる女子労働者だけが登録型派遣労働者である間は良かったのに、ネガティブリスト化によって若い男性労働者までがその世界に放り込まれたために悲惨な事態がもたらされたと主張していることになるからだ。
 いうまでもなく、男女均等法と同年に成立した派遣法には、女性ならば登録型で派遣しても良いが、男性は常用型に限るなどという性差別的な規定は存在しない。この高梨氏の立法意図と派遣法の文言とをつなぐものは何だったのか。その秘密は、高梨氏が「原点に帰れ」と主張するポジティブリスト方式の「業務」にあった。高梨氏は上記論文で「これらの業務は専門的職業別労働市場として外部労働市場を形成しており、終身雇用・年功制で形成されている企業内労働市場とは競合しない市場」であり、「いわゆる「常用代替」は起きえない」と述べている。後期中等教育を受けた女子による「複数の者が交替しても仕事が処理できる」程度の「事務的書記的労働」が専門的外部労働市場を形成していたなどという話は聞いたことがないが、「終身雇用・年功制で形成されている企業内労働市場とは競合しない市場」を男性正社員システムのことと理解すれば、その外側であることは確かである。つまり、結婚退職することを前提とするはずの女性正社員が登録型派遣に「常用代替」される限り、男性正社員の雇用の安定に直接影響はないという判断だったのだろう。
 それにしても、「事務的書記的労働」が外部労働市場を形成するほどの専門的業務であるという論理の飛躍は、そのままでは通らない。そこで派遣法制定時に政令で、実は一般事務職の仕事を指していながら、文言上はいかにも専門業務めいた雰囲気を醸し出す「業務」が発明された。この時指定された「専門的業務」のうち、5号の事務用機器操作は職場にパソコンが登場して間もない26年前という時代を考えればなお「専門的」と言って言えないことはなかったかも知れない(それにしても90年代以降にコンピュータが扱えない一般事務職というのが存在し得たとは思えないが)。しかしとりわけ8号の「ファイリング」は、未だかつて労働行政が用いる「職業分類表」に細分類としてすら登場したことのない虚構の「業務」であった(この点については、竹内義信『派遣前夜』及び、これをもとにした拙著『新しい労働社会』p88の記述を参照。)。4半世紀の間、「はだかの王様」の寓話の如く、誰も本気では専門職だなどとは考えていない「業務」を専門職であると信じているフリをすることで、この微妙な秩序は維持されてきた。
 この「虚構」の毒が自家中毒を起こしたのが、2010年2月に出された『専門26業務派遣適正化プラン』であった。派遣法制定時にそういう女性の事務的書記的労働を登録型派遣で認めようと想定していたまさにその業務が、理屈付けのために専門業務めかした表現をされた政令の規定を杓子定規に解釈されることによって、本来許されない業務であったことになってしまったわけである。そして、その混乱が、2012年派遣法改正時の国会附帯決議において
 
いわゆる専門26業務に該当するかどうかによって派遣期間の取扱いが大きく変わる現行制度について、派遣労働者や派遣元・派遣先企業に分かりやすい制度となるよう、速やかに見直しの検討を開始すること。
 
と書かれることをもたらし、今回の改正の提案に至ったのである。
 政令上にのみ存在した虚構の「ハケンの品格」は、実はありもしない幻であった以上、それに代わるものは、直用であれ派遣であれ、常用であれ登録型であれ、等しく適用されるべき「労働者の品格」以外にはないはずである。労働側が主張すべきは、いつまでも常用代替防止という虚構にしがみつくことではなく、派遣労働者であるがゆえに他の雇用形態と異なる取扱いを受けるような事態をなくす方向での制度改正ではないか。

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