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「日本とドイツの分岐点」 @『労基旬報』2015年9月25日号

『労基旬報』2015年9月25日号に「日本とドイツの分岐点」を寄稿しました。

ちょびっと専門的なテーマですが、中に分け入るとけっこうアクチュアルなトピックでもあります。

 日本型雇用システムの特徴である年功賃金制度の起源については諸説さまざまであることは知られていますが、戦後急速に広まった原点が有名な電産型賃金体系であり、その源流が戦時体制下の賃金統制にあったことは多くの人の認めるところでしょう。戦時体制はさまざまな点でナチス・ドイツの体制を見習い、特に労働組合を否定したドイツ労働戦線に倣って産業報国会という労使一体型の組織を作ったりしています。実際、ナチス・ドイツの労働政策を見ると、企業を経営共同体と位置づけ、企業家は指導者(フューラー)、労働者は従者(ゲフォルグシャフト)とされていますので、賃金制度についてもナチス・ドイツの影響ではないかと想像するのは不思議ではありません。

 ところが、いろいろと調べてみると全く逆で、アメリカに続いてドイツが職務評価制度を確立し、ジョブ型の賃金制度を確立したのは、実はナチス・ドイツ時代だったのです。ワイマール末期、ナチスの政権獲得直前の1930年前後に、幾つかの研究機関が職務評価の技法を考案し、ヒトラーが権力を握った頃から職務評価に関する出版物が多くなりました。1941年ドイツ帝国産業団体の社会経済委員会が基準職務例を伴った等級価値数法を発表するとともに、ドイツ労働戦線の労働科学研究所も職務評価に関する研究を進め、等級価値数法を公表しています。翌1942年、ドイツ労働戦線とドイツ帝国産業団体の共同研究により賃金分類法であるLKEM法が完成し、鉄鋼、金属、電機産業の全事業所に適用されました。戦後はREFA(ドイツ作業研究連盟)の手でさらに職務評価が進められ、DGB(ドイツ労働総同盟)の作業研究も進展し、1960年代にはドイツ労働者の約3分の2に職務評価が適用されるに至ったということです。

 一見戦時体制下の日本のモデルであったように見えるナチス・ドイツが、少なくとも賃金制度の思想においては全く対極的な位置にあったというのは、いろいろな意味で興味深い現象です。日本とドイツの分岐点は戦時体制にあったのです。ただ、日本の賃金制度の歴史をたどっていくと、戦争直前の時期のある動きは、むしろ年功賃金を否定し、職務給を確立する方向性を打ち出していたことが分かります。昭和初期には賃金制度の合理化がブームになり、1932年に当時の商工省臨時産業合理局生産管理委員会が発表した『賃金制度』に関する提案は、「職務給確立ノ必要」を説いていました。職務給とは「仕事ノ難易ニ比例スル基本給」であり、「スナワチ仕事ノ種類ニヨッテ、コレラ欧米ノ例ノ如ク数段階ニ分類シテ、ソノ各々ニ対シテ一定ノ基本給額」を樹立すべきというのです。そしてそのために、
(イ)作業ヲ遂行スルニ要スル技倆、経験、知識、体力、責任ノ軽重、並ニ健康上ニ及ボス影響等ヲ考慮シ、其程度ニ応ジ、之を仕事ノ性質ニヨッテ数箇ニ分類シ、各段階別に、其属スベキ重ナル仕事を列挙スル
(ロ)職場中ノ労務者各人ニツキ、現在主トシテ従事シツツアル仕事ヲ調査シ、前項仕事別ノ分類ニ従テ人名ヲ列記スル
(ハ)前項ニヨリ分類シタル労務者ニ対スル日給ノ平均額ヲ求メ、多少ノ修正ヲ施シテ、之ヲ各仕事階段ニ対スル職務給トスル
といった設定方法を指示し、さらに上級の職務に移す場合は必ず欠員がある場合に限定せよとまで言っています。

 これを見ると、ほぼ同時代のドイツと同じような問題意識で職務評価制度を導入しようとしていたことが分かります。このまま行けば、日本もドイツやアメリカと同様に職務給が確立していたはずですが、日本の賃金制度思想はこの後急転回し、生活賃金へ、そして年齢と家族数による賃金へと向かっていくのです。そしてそれをそのまま受け継いで電産型賃金体系が確立し、戦後日本の賃金制度の基本構造を形成することになります。

 ナチス・ドイツと軍国日本のどこが同じでどこが違っていたのか、社会のさまざまな側面で議論の尽きないところですが、労働のあり方という一局面だけで見ても、かくの如く一見似たような方向の政策を採りながら、細かく見ると全く逆方向の制度を推進していたりしているので、気を抜くことができません。

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コメント

>一見戦時体制下の日本のモデルであったように見えるナチス・ドイツが、少なくとも賃金制度の思想においては全く対極的な位置にあったというのは

非常に興味深い。日本のアニメの賃金問題を外国人相手に論ずるとき、こういう国全体での賃金制度の違いについても知っておかないと通じないんです。

投稿: くみかおる | 2015年9月24日 (木) 20時50分

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